英雄の半身と弟子の交換転生 〜英雄輔翼伝〜 作:ゆうき あゆむ
『重大な事件や時期にたまたま出会う事』
今回の場合、事件や時期ではなく、重大な『人』です。
第一話 際会
宇宙歴776年、帝国歴467年、キルヒアイス家に1人の男の子が生まれた。
赤毛が特徴的な、泣き声のとても元気な子であった。
『勝利』を意味する『ジーク』と、『平和』を意味する『フリード』を合わせた、『ジークフリード』と名付けられた。
約130年以上続いている、銀河帝国と自由惑星同盟との戦争という背景を持った時代を表しつつ、平和を願う両親の優しさが溢れた名前であった。
そして、平和への願いが込められた、この赤毛の赤ん坊こそ、前世ではユリアン・ミンツと呼ばれた老人の転生した姿であった。
キルヒアイスはすくすくと成長しつつも、ユリアンとしての前世の記憶は朧気にしか無く、本人も特に意識するものではなかったため、何も疑問に思う事なくジークフリード・キルヒアイスとして、銀河帝国の平民としては裕福な環境であったと推察される生活で、何不自由なく日々を過ごしていた。
ー それから、10年の月日が流れた。 ー
宇宙歴786年、帝国歴477年、キルヒアイスが10歳の時に、キルヒアイス家の隣の家に帝国騎士の一家であるミューゼル家が引っ越して来た。
「こんにちは!」
キルヒアイスは隣に誰かが引っ越して来た事を知り、外出先から帰宅してくると、自宅の敷地に入ってから隣家に引っ越してきた家族の少年を見つけた。
その少年、すなわち未来の獅子帝であるラインハルト・フォン・ミューゼルに同年代の年頃の少年がいる事を知って嬉しくなり、元気よく挨拶をした。
刹那、挨拶の一言がきっかけになったのか、目があったことがきっかけになったのかはわからないが、キルヒアイスの目の前で火花が飛んだ。
記憶のフラッシュバックが起こったのだ。
ラインハルトが何やら声をかけて来ていたが、そんな余裕はキルヒアイスには無い。
記憶が呼び起こされる度に記憶のフラッシュバックが起こり、そのフラッシュバックに驚愕や朧気な記憶の裏づけとしての納得を繰り返した結果、自分の前世は帝国という専制君主制の政治体系からみると、別の対立軸である共和民主制を掲げた、自由惑星同盟やバーラト自治政府で生きてきたユリアン・ミンツであった事を思い出したのだった。
しかし、瞬間的に約100年分の記憶が、僅か10歳の脳に流れ込んで来たのである。
脳へのストレスは想像出来ないものだった。当然というか必然的に、ストレスに耐えきれなかった10歳の脳は生命維持としての最低限の活動以外を停止させ、彼は目の前が暗くなって行くのを感じた。
前世ではユリアン・ミンツとして年齢も立場も違うも目の前の少年に会った事はあるが、ユリアンとしても、キルヒアイスとしても初めて会った10歳のラインハルト少年の目の前で気を失ってしまった。
目の前で意識を無くしたキルヒアイスを、ラインハルトとその姉のアンネローゼが彼の家まで送り届けてくれたようだが、彼は3日ほど意識を失っており、その間、ラインハルトはもちろん、ラインハルトの姉であるアンネローゼも何回も見舞いに訪れていた。
記憶のメカニズムにおける脳科学的に考えれば、100年分の記憶である。
意識の回復がいつになるかなど考えられないほどのストレスを、キルヒアイスは受けたのだ。
それが、わずか3日で意識を回復したことは、元々のキルヒアイスの潜在的な身体能力と、朧気とはいえ、誕生した時にすでに転生者としての記憶を有していた事から、10年をかけて記憶の整理を彼の脳が無意識に行なっていた事に起因していた。
しかし、ラインハルトにとっては目の前で同じ年頃の少年が倒れた事が、アンネローゼにとっては弟の目の前で赤毛の少年が倒れた事に驚き気になっていたのだ。
この医学的な知識が何もない2人にとって、不安であった事に変わりはないはずである。
キルヒアイスが目を覚ました時にも、部屋にはラインハルトが来ており、どこかやり場のない、不安を隠すことのない蒼氷色の眼差しをキルヒアイスに向けていた。
「目が覚めたか。」
「俺は、ラインハルト・フォン・ミューゼル。君はジークフリード・キルヒアイスと言うそうだな。君の母上から伺ったぞ。」
「それにしても、ジークフリード…」
「俗な響きだな、けどキルヒアイスと言う苗字は良い!」
「これから俺は君のことを『キルヒアイス』と呼ばせてもらおう。俺のことは『ラインハルト』と呼んでくれ。」
目が覚めたキルヒアイスを見て、一安心したのか、蒼氷色の瞳に無垢な輝きを携えながら、名前の主の家にもはばからず率直に言って来た。
来客に対してベッドから上半身を起こしたキルヒアイスは、いきなり名前について『俗な響き』言われた事に苦笑いするしかなかった。
「わかったよ、ラインハルト。」
「けど、ラインハルトが僕のことを、なぜ苗字で呼ぶのかってことを名前をつけてくれた両親に聞かれたら、『キルヒアイスって言う響きが美しくて気に入ったから』って、言うね。」
「それから、遅くなったけど、これからよろしくね。」
苦笑いを崩すことは無かったが、キルヒアイスは悪戯っ子のような視線を向けつつ、彼が前世で師匠達の影響を受けた事を確認できる皮肉を含めて、先日は交わすことができなかった挨拶の続きをようやく交わした。
そして、右手を差し出し握手を求めた。
皮肉を言われた事を察したのか、拗ねた表情を見せながらも、ラインハルトも右手を差し出し、目の前のベッドの上にいる、引っ越してきてから初めてできた友達の握手に応えた。
キルヒアイスは苦笑いを消した満面の笑みで、2人の友情のはじまりである、繋がれた右手にもう一度力を込めて強く握り返した。
「ラインハルト、改めて、よろしくね。」
「ところで、僕はどうなったの?挨拶したまでは覚えているんだけど…。」
キルヒアイスは、気になっている先日の事を聞いた。
「ああ、君は『こんにちは!』って俺に言ったと思ったら、すぐに倒れてしまって、俺と姉さんが連れて来たんだ!」
「そうなんだ!」
驚きの表情とともに眼を見開き、申し訳ない雰囲気がキルヒアイスの全身から感じられた。
「いきなり迷惑をかけてしまったね…。」
「ごめん…」
「そして、ありがとう!」
ベッドから起こしている上半身をできる限り前に倒しながら、これ以上はできないくらい頭を下げて謝った。
「気にするな。」
「それより、今度はうちにも遊びに来いよ。」
「姉さんも君が倒れたところを見ているから、君の事がすごく気になっているし、それに、姉さんとの挨拶はまだだろ?」
「わかった、ラインハルトありがとう。」
目の前にいる非のうちどころのない容姿のラインハルトを見ながら、前世の記憶から多少の記憶はあるものの、まだ見ぬその姉の容姿や性格を想像しつつ、次は、キルヒアイスがミューゼル家に遊びに行くことを約束した。
ラインハルトは、友達となったキルヒアイスが無事に意識を取り戻した事と、次は我が家に来てくれるとの約束が守られる事を確信したかのように、キルヒアイスの自室を後にした。
ー 数日後 ー
数日後、キルヒアイスがラインハルトに呼ばれてミューゼル家に行くと、玄関を入ったその瞬間から家中に広がる甘い香りが鼻腔を刺激した。
リビングにキルヒアイスとラインハルトが入ると、手に2つのケルシーのケーキを持ったラインハルトの姉が入って来た。
「ちょっと待っててね。」
「今、ホットチョコレートを持ってくるから。」
ラインハルトの姉は、そう言い残すとキッチンに向かい、すぐにマグカップ2つを持って来た。ラインハルトは、姉がその後に自分のケーキと紅茶を持ってきたのを確認してから、キルヒアイスを紹介した。
「姉上、ご存知でしょうが改めて紹介します。
彼が、ジークフリード・キルヒアイスです。」
「今回、友達になりました!」
自分の口から友達になった事を含めて、ラインハルトは紹介したかったのだろう、ラインハルトの姉自身も何度もキルヒアイスを見舞っていたので、知っているはずだが、弟の顔を立てるためにあえて彼のフルネームを呼んだのだった。
「はじめまして、ジークフリード・キルヒアイスくん。」
「私は、アンネローゼ。」
ラインハルトの気持ちを汲んだ、広大な草原の草を撫でる、優しい風のようなアンネローゼの爽やかな彼女の自己紹介であった。
「ラインハルトと、お友達になってくれてありがとうございます。」
爽やかな風の次は、春の暖かな太陽のような笑顔でキルヒアイスに頭を下げた。
この少女の持つ、総てを暖かく包み込む雰囲気に心を奪われたキルヒアイスは、アンネローゼを直視することができず、俯いたまま頷くしかできなかったのである。
「ところで、ジークフリードって、おっしゃるのね。」
「じゃあ、『ジーク』って、呼ばせてもらうわね。」
「ハイ!」
俯いていたキルヒアイスは顔を上げ、アンネローゼを真っ直ぐな眼差しで見つめながら返事をした。しかし、心の中で『さすが姉弟!』と叫んでもいた。
アンネローゼも、弟同様、いきなり自分の呼び方を指定して来たからだった。
さすがに初対面であり、眩いばかりの容姿と雰囲気に軽口を口に出して言わなかったが、思わず『さすがは姉弟、迅速果断な呼び名の決め方が似てますね。』と言いかけていた。
余計な一言を付け加えてしまう癖は、前世における師匠達の影響が前世のユリアンにとって、晩年まで残っていた事を疑う余地がないものであった。
ただ、キルヒアイスのアンネローゼに向けられた顔は、ラインハルトの時のような苦笑いはなく、嬉しさからの笑顔だったのである。
「お口に合わないかもしれないけど、どうぞ、私が作ったケーキをお食べくださいな。」
アンネローゼからケーキを促され、キルヒアイスとラインハルトは一口頬張った。
甘酸っぱいスモモの味が口いっぱいに広がり、スポンジケーキの甘さと相まって、なんとも言えない、幸せな気持ちになった。
「アンネローゼ様、美味しいです!」
キルヒアイスはケーキで口の中がいっぱいになりながら、それをホットチョコレートで喉元に押し込むと感嘆の声を上げた。
姉の作ったケーキを褒められて、ニコニコしているラインハルトを一目見て、アンネローゼが微笑みながら頷いた。
「ありがとうジーク。」
「そして、ラインハルトの事をよろしくお願いしますね。」
「姉上、子供扱いしないで下さい!」
自分のことを同年代の少年に頼まれ少し子供扱いされたと思ったのか、拗ねたように訴えるラインハルトを見て、キルヒアイスとアンネローゼは、声を上げて笑ったのだった。
そんな波乱の出会いから、キルヒアイスとラインハルトは、10歳のヤンチャ盛りな男の子らしく、時に泥だらけになりながら、時によく晴れた日なのにびしょ濡れになりながら遊んだ。
その度に2人はアンネローゼに叱られていたのだが、結局は、アンネローゼが焼いたケーキを食べて笑い声がこだまする、それは幸せで、楽しい日々が続いていた。
そんな幸せの日々を過ごしているキルヒアイスは、ラインハルトとアンネローゼとの出会いから暇さえあればいろいろと考えた。
前世での自分の事、前世での自由惑星同盟からバーラト自治政府の事、前世での銀河帝国の事、そして、前世ではイゼルローン要塞での捕虜交換の時に見た現世での自分の事、他にも多くの事を思い出し、考え、その考えを整理していた。前世では作家としての人生が大半であったため、その時の癖で時折、メモを取ったりもしていた。
考えた上で、今の時点での結論が出た。
「あまりにも情報が少ないな…10歳の自分では今の帝国について知ることができる情報は限られている。それに、前世でもこの時期の情報は同盟にほとんど流れて来てなかったし、情報開示されてからもほとんどなかったようだし…。」
情報の少なさには、多少の焦燥感を感じていた。
「ただ、もう一度、同じ世界を違う側からやり直すのか…」
他方、100年生きた後の人生のやり直しについては、苦笑いするしかなかった。
ただ1つキルヒアイス、いや、ユリアンにとって前世でいちばんの後悔であった、事に対する喜びはあった。
「ヤン提督を助けられるかもしれない。」
と思った、その一点である。
ただ、『あ~!ヤン提督に会えなかったし、誕生日をお祝いできなかった…』と、かなり残念な気持ちになり、自室に一人でいる時に地団駄を踏むくらい心残りであった事は、墓場に持って行くと決めた、キルヒアイスだけの秘密であった…。
際会、了
次回、決意
歴史は繰り返される…
ましてや、ほぼ、同じ歴史なのだから…
アンネローゼ、、、ラインハルト、、、
その時のキルヒアイスの決意は?