英雄の半身と弟子の交換転生 〜英雄輔翼伝〜   作:ゆうき あゆむ

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幼年学校前半、キルヒアイスとラインハルトにとって、思考のベースとなる日々を過ごします。


第三話 雌伏

 宇宙歴786年、帝国歴477年、幼年学校に入ってからのキルヒアイスとラインハルトは、『姉が寵姫なだけの何の実力も無い下級貴族とその腰巾着』といった風評が常に付きまとっていた。彼らにとっては目標を持って入学した幼年学校である。ただ単に貴族だからと言った理由で入学していた他の貴族子弟達の流す風評など、どこ吹く風、鼻であしらう程度の事であった。

 

 そんな2人の態度もあって、入学当初は同級生や上級生といった学年に関係なく、多くの貴族子弟から喧嘩を売られた。『元は下級貴族で、姉のおかげで入学できた』と思われていたのだから、貴族としての歪んだ誇りを持つ者達にとっては鼻持ちならない存在であったのだろう。

 ただ、流石に入学してから半年も経った頃からは2人の成績の良さや、腕っ節の強さから売られた喧嘩にことごとく勝って来たと言う実績が付いてくると、あからさまに喧嘩を売られる事は徐々にその数は減らしていた。

 

 そんな2人を、常に忌々しく思っている者達もいた。学校の教官たちである。

 学校側としては、当人たちから喧嘩を売っている事実が見当たらないとは言え、学校で起こるほとんどの問題事に渦中の人物として名前が上がる生徒である事、また寵姫の弟がその中心である事から、歪んだ目で2人を評価し、忌々しい思いをもって目をつけていたのであった。

 

 事実、他の生徒であれば呼び出されないような些細な問題であっても頻繁に教官から呼び出され、その度に嫌味を言われていたのである。特に先日は、上級生を噴水に落としたと言う事で呼び出されたばかりであった。

 ラインハルトは先日に限らず、呼び出される度に怒気を表に出していた。一方でキルヒアイスは、前世での多感な時期を辛辣な洒落が飛び交う事が日常であった環境で過ごした、ユリアンとしての経験が彼を強かにしていた。

 

 「ラインハルト様、嫌味を言われると言うことは、彼らはそれだけ私たちを恐れていると言う事です。そんな、縮こまった胆力しか持たぬ者に対して、まともに相手にする必要は無いかと思います。むしろ、彼らのその小さな胆力を哀れむ、お心の広さをお持ち下さい。」

 

 悪戯っ子の様な笑顔で、どこか楽しむかの様に諭していたのであった。

 言い回しは多少違うが、毎回、要約すると同じような言葉を聞いていたラインハルトは、その度に少し拗ねた表情をするのだが、将来、この諫言がラインハルトにとって判断の幅を広げる一助となる事は想像に難しく無い。

 

 そんな、平穏とは言い難いどこか喧騒に満ちた日常の合間に、キルヒアイスはよく意識をどこかに飛ばしていた。ラインハルトと最初に出会った頃から、1人でいる時には前世の記憶と今の情報を整合し整理する事が、現世でのキルヒアイスにとっての日常だった。

 ただ、周りからしたらは時に笑みを浮かべ、時に苦い顔をしたりと妄想全開であった為、変わり者扱いを受ける事が多々あった事は、ラインハルトだけが知る秘密である。

 そして、今日もキルヒアイスは授業の合間で、1人の世界に浸っていた。

 

 『あっ!そう言えば、前世では僕は生まれてたけど、この世界では生まれてるのだろうか?生まれていれば、4歳のはずだけど…確認なんて出来るわけないしな…』

 

 少し、苦笑いである。

 

 『後、ラインハルト様の元々の性格って、人見知りだったんだな。学校に入ってから、喧嘩の時以外はほとんど私以外の人と会話しているのを見た事が無い。前の世界では、取っ付き難い印象はあったけど、人見知りなんて印象を受けなかった。やっぱり、いろんな経験がそうさせたのかな?』

 

 次は、真剣な表情を見せている。

 

 『あっ! 今更だけど思い出した! そう言えば、前の世界でラインハルト様と謁見した時も気絶してる… しかも、あの時は血まみれで…』

 

 次の瞬間には、また、苦笑いしながら恥ずかしそうにしていた。

 

 「キルヒアイス!」

 

 ラインハルトが、真剣な表情で蒼氷色の瞳を見開き覗き込んで来た。

 

 「ラインハルト様、何でしょう?」

 

キルヒアイスは、慌てて妄想から現実世界に戻ってきた。

 

 「上級生から呼び出しだ! また、難癖つけて来たぞ。」

 「今度は、どちらの貴族の方でしょう?」

 「知らん!」

 

 その言葉を受けて、キルヒアイスが苦笑いしたのをラインハルトは見逃さなかった。

 

 「どこの誰かは関係ない! 売られた喧嘩は買うまでだ!」

 

 蒼氷色の瞳に光を帯びて、嬉々としているラインハルトを見て、キルヒアイスは前世での師父から聞いた言葉を使って、一応は止めようと試みる。

 

 「ラインハルト様、『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』との言葉が、遥か太古の兵法にあります。

 次は相手に貴族の嗜みと礼儀を問き、ぜひとも事前に名乗って頂いて下さい。」

 

 「わかった… 次があればだけどな。」

 

 言葉の意味を詳しく知らないからなのか、あるいは、売られた喧嘩を止められた事が気に食わないのかはわからないが、おそらく後者であると思われるような苦い顔で返事を返した後、今度は悪戯をする前の顔になってから切り返した。

 すっかりラインハルトのペースで日々を過ごしていた彼にとっては、一回は彼を止めてから従うと言う日常が当たり前になっていたのだ。

 

 「ラインハルト様、場所は図書館奥のホールですね? では、参りましょうか。」

 

 自分も楽しんでいる気持ちを隠せずにいる彼のこの気持ちは、無意識としての感覚であったが、彼の前世での師匠の一人である記憶の中での元薔薇の騎士団であったワルター・ファン・シェーンコップ中将が、多分に影響していた事は否めなかった。

 

 四対二と言う、不利な状況ではあったものの、2人がホールの壁を背にして背後を取られないように戦術を取りながらの喧嘩となっていた。

 一見、壁を背にすると不利な様に思われがちだが、人間、一度に襲える人数は限られている。前後と左右の四方向もしくは、斜めからの四方向ということになる。

 すなわち、後ろに目がない限りは、壁などの障害物を背にした方が少なくても一方向は潰せる事から戦いやすい場合が多いのである。

 また、一度に複数が襲う場合、よほどの連携がないと、殴りかかる、蹴り上げるなどの攻撃が中途半端になりやすい。したがって、極端な人数差がある場合を除いて、多人数を相手にする事はそこまで不利な状況とは言えない。

 ましてや、2人はお互いの左右をかばう形で横並びになっていた。

 この立ち位置であれば、お互いがいない横方向と前だけを気にしていれば良いことになる。

 しかし、一対一と比べると人数的には不利である状況に代わりはない事も確かである。

 そこは相手が貴族子弟である。幾度かの同じ様な修羅場をくぐり抜けて来たラインハルトとキルヒアイスの敵ではない。

 

 「先輩方、どちらの方々でしょう? お名前を教えていただけませんか? それから、なぜ、我々に喧嘩をお売りになられたのでしょうか? 」

 

 キルヒアイスが、先ほどラインハルトに言ったことを自分で実践するかの様に上級生達に確認した。

 

 「うるさい!」

 

 上級生達のリーダー的な存在の生徒は、ただ吠えるだけであった。

 

 「先輩、名も名乗らずに多勢に無勢の下級生への意味のない喧嘩、貴族としての矜持はお持ちでは無いのですか? それとも、我々の様な下賎な民へは、そうやって押さえつけ、弱い者苛めをすることが帝国の藩屏たる貴族の矜持だと教わりましたか? ですが、下賎とおっしゃいますが、我々は幼年学校の生徒であることから、陛下の臣下であります。その臣下を意味もなく痛めつける意味をお教えいただけないでしょうか? ひょっとして軍では、この様なことがまかり通るのですか? 」

 

 キルヒアイスは皮肉を込めてリーダー的な上級生に問いただした。

 

 上級生達にキルヒアイスとラインハルトを襲う意味はないのである。『ただ、気に入らないから』という理由が、理由にならないこと位は、たとえ安寧と暮らして来た貴族子弟にとっても理解している。

 ましてや今回、キルヒアイスは皇帝や軍規を持ち出して来た。彼らにとっては『たかが子供の喧嘩』であるが、キルヒアイスにとってはラインハルトの覇道のため一つの踏み台として捉えていた事が、皇帝を出し、軍規にまで話を広げていたのである。

 

 「うるさい! うるさい! うるさい! 」

 「関係無い! やってしまえ!」

 

 周りの上級生達も騒ぎ出した。これで精神的にも勝負はついた。冷静に戦えない者が、人数的に有利とは言え勝てるどおりがない。

 無秩序に突っ込んでくる上級生達に対して、キルヒアイスとラインハルトは冷静に対処し、次々にその戦意を挫いていった。ある者達は相打ちで、ある者はうずくまっているところを盾にされた。

 

 「覚えてろ!」

 

 この日も無事に? 上級生3人を撃退した時点で最後の一人は戦意を失い、捨て台詞を吐いて逃げていった。

 

 「『覚えてろ』って、名前も喧嘩を売られた理由もわからないのに、覚えてられないですよね? 」

 

 苦笑いしながら言うキルヒアイスの皮肉に、喧嘩に勝ったことで上気させ、薄っすらと紅く染まった笑顔を苦虫を噛んだ様な顔に変え、ラインハルトは一言だけ呟いた。

 

 「教官に言うんじゃないか? 」

 

 2人は、苦虫を噛み潰したような顔を見合わせて、『またか… 』と言った雰囲気を出しつつ、肩をすくめて苦笑いした。そして、キルヒアイスもラインハルトに呟いた。

 

 「ラインハルト様、また、一緒に呼び出されましょうか…… 。」

 

 最終的には無事とは言えない、『呼び出し』と言う拷問を覚悟した、そんな2人の一部始終を、遠くから眺めていた灰色の髪をした彼らの同級生と、同じく遠くから眺めていたダークブルーの瞳を持った上級生が、それぞれ別々の場所にいたのだが、2人は気がつく事はなかった。

 

 前世世界のキルヒアイスよりも、時に辛辣な皮肉を含んだ好戦的な一面を持つ現世でのキルヒアイスであるが、そこは前世で100歳まで生きたのだ。その経験を生かして、周囲との繋がりも持つようにしていた。

 

 ラインハルトとの付き合いの中での印象が、希薄な人付き合いだと感じていた事はもちろんのこと、前世の記憶を持つ現世のキルヒアイスにとって、大多数の門閥貴族は別として、平民はもちろん下級貴族や一部の前世のユリアンとして考えた常識的な門閥貴族人との繋がりが、今後のラインハルトにとって、大きな武器になる事を自覚していたからだ。ただ、平民の彼はその人脈作りがなかなか進まないことを忸怩たる思いで捉えていた。

 

 遠くから眺めていた2人の幼年学校生は、そんなキルヒアイスの成果の賜物であったのだが、果実となり成果が目に見えるようになるのは、まだ当分先になるのであった。

 

 そして、皮肉な事に今現在、結果が得られていないと言う事が、ユリアン・ミンツとして生きた前世と、多少の齟齬はあるものの、ほとんど変わらない状況で歴史は進んでいるのだった。

 

 

 

 

 

ー幼年学校入学から2年。ー

 

 

 

 

 

 宇宙歴788年、帝国歴479年のある日、入学から2年の月日が流れ3年生になった彼らに大々的な嫌がらせは無くなっていた。しかし、ほぼ毎日のように取るに足らない嫌がらせは続いていた。

また、この頃の学校側の態度はと言うと、取るに足らない嫌がらせである事と、2人が下級生には決して手を上げず、嫌がらせをしないと言う事から、黙認する姿勢を取っていた。

 嫌がらせを撃退している毎日という、決して暇ではない日々の合間に2人は、軍務省発行の官報でフェザーンからもたらされた三行程度の小さな記事が載っていたのを見つけた。

 

 『エルファシル星系からの叛徒民間人300万人の逃亡は、反乱軍中尉ヤン・ウェンリーが中心になり、煽動したものである。』

 

 数ヶ月前の官報で大々的に取り上げられていたエルファシル星系での戦闘は、帝国軍の艦隊がエルファシルの駐留守備艦隊を打ち破り、リンチと言う名の司令官を捕虜にしたと大々的に書かれていたのだが、今回の記事はフェザーンからの情報である上に、農奴として捕らえられるはずの民間人が逃げられた結果とあり、実に簡素なものである。

 

 「キルヒアイス! この、ヤン・ウェンリーなる者は、300万人の民間人を司令官を囮にして逃したと考えるべきだろうな? 褒められた事では無いが、叛徒共の中にもなかなか出来る奴がいるじゃないか。」

 

 「ラインハルト様、確かにその通りだと思います。将来、この者と対峙する可能性もありますね。」

 

 「そうだな。そうなる事が楽しみだ。」

 

 ラインハルトは蒼氷色の瞳に一層の輝きを増しながら、欲しい玩具が見つかった子供のような笑顔でキルヒアイスに答えていた。微笑んでラインハルトと話をしていたキルヒアイスは、別の意味でも微笑んでいたのである。

 

 『ヤン提督はやっぱり凄い! それに… 歴史が変わってなくて良かった。』

 

 前世がユリアン・ミンツであるキルヒアイスにとっては、ヤン・ウェンリーの活躍が何よりも手放しで嬉しいのはもちろんだが、前世の記憶と違う歴史が流れる事を危惧していた。

 タイムパラドックスなのかパラレルワールドなのかはわからないが、前世とほぼ同じ時間軸に生まれ変わり、前世とは違う帝国側にいるという事は、バタフライ効果を生み出す要因になる可能性がある事を、彼は前世の100年で培った知識で持っていたからである。

 

 そして、2人にとっては将来の思考における原点となる幼年学校の前半が過ぎていくのであった……

 

 

 

 

 

 

 

雌伏、了




次回、初志

幼年学校後半、ラインハルトを助ける事をアンネローゼとの別れで決意したいたキルヒアイスは、前世のキルヒアイスにはなかった、ある志を目指す。
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