英雄の半身と弟子の交換転生 〜英雄輔翼伝〜   作:ゆうき あゆむ

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現世でのキルヒアイスが目指す志は、どこを目指すのだろうか。


第四話 初志

 宇宙歴790年、帝国歴481年、幼年学校の4年生となったキルヒアイスとラインハルトは、嫌がらせなどほとんど無くなった学校生活を過ごしていた。

 嫌がらせが少なくなったのは上級生が少なくなった事もあるのだが、同級生達は2人が強すぎる事で痛めつける事を諦めた事、そして、キルヒアイスが周りとの繋がりを持とうとしていた動きが、少しずつ果実として目に見え出した事も関係していた。

 

 前世のキルヒアイスとラインハルトは孤高な2人と言ったイメージで、他者を寄せ付けない雰囲気があったのだが、現世での2人の場合はラインハルトの近寄り難い覇気こそ同様だったが、その覇気を覆い隠すかのような人懐っこさを、現世のキルヒアイスが醸し出していたのだった。

 その結果、元々のラインハルトの持つ覇者たる素質が人を引き付ける魅力としてそうさせるのか、もしくは、その二つが上手く融合したからなのかはわからないが、自然と2人の周りにも同級生を中心に人が集まるようになっていた。

 

 キルヒアイスの人懐っこさや人付き合いの上手さの影響から、ラインハルトもこの時期に多少の社交性を身に着けていた。正確には、前世でのユリアンとしての素養としての部分で影響を受けていたのである。その違いを知る者は、前世でのラインハルトを知る者だけなのだが、この世界にはいるはずもない事であった。

 

 人の性格は遺伝的要素が2割程度であり、残りの8割はその人が置かれた環境に左右されるという事は、人類が地球と言う一惑星でしか暮らす事が出来なかったはるか太古から知られていた。

 

 現世におけるキルヒアイスの性格の根幹は、前世でのユリアンの人懐っこさや人付き合いの良さである。

 前世でのユリアンのその性格は遺伝的要素もあったのかもしれないが、彼のおかれた環境によるものが多分に影響していたであろう事は疑いようがない。幼い頃の両親の死、養ってもらっていた祖母の家での母への悪口など、幼少期の彼は孤独であった事は想像に難くない。

 そんな環境に育っていたら、成長と共に、孤独を解消しようと悪事の道に進み居場所を作るか、周囲に愛想を振りまくことで自分の居場所を作るかのどちらかであっただろう。

 彼の生活環境の中において、幼少のころから十代の後半まで彼の周囲には同年代の者がほとんどおらず、ほとんどの時間をヤン・ウェンリーが中心の自分を受け入れてくれる大人達との交流で過ごしてきていたのである。

 そうなると、周りと連んで悪さを働くよりも、周囲に愛想を振りまくことで自分の居場所を作る方が容易である。この流れは誰かの思惑などではなく、自然発生的にできた流れなのだがその結果、彼にとっての居場所がヤン・ウェンリーの側であり、イゼルローン共和政府となったのだ。そして、その居場所での生活が、彼の人生全般における性格の基礎になった事は、至極当然の事であった。

 

 前世のユリアンとは関係のない、キルヒアイスの元々の性格も本来であれば社交的なものである事は、隣家に引っ越して来た、見知らぬ同年代の子どもへ、戸惑いもなく挨拶ができる事でわかる。

 そんな元々のキルヒアイスの性格と前世のユリアンの性格が融合した結果と、現世のキルヒアイスによる仲間づくりと言った思惑が、積極的な他者との交流に繋がっていた。

 

 その現世でのキルヒアイスのかなり社交的な性格が、ラインハルトの性格の形成でも多少の社交性を身につけている事に影響していた。

 

 ラインハルトの元々の性格は、清廉で卑怯とは無縁な性格なのだが、悪く言えば人見知りで他者からの干渉が苦手な、自己中心的な性格であり、良く言えば何事にも囚われず確固たる信念を持って、自らが信じた道をただひたすらに突き進む性格で、覇王たる素質が十分備わっている性格だった。しかし、一方で人としての優しさも併せ持っており、その点は、目の前で倒れたキルヒアイスを助けた点で伺い知る事が出来る。

その点ではラインハルトにとっては、キルヒアイスの伝手があったにせよ、自分を頼って集まって来る者を無碍に拒絶する事が無かったのである。こうなると必然的に他者との交流を図ることとなり、その事が今のラインハルトの性格を形成に寄与するに至ったのである。

 

 その結果、放課後にはどこからともなくラインハルトのところには同級生に限らず人が集まるようになり、他愛もない会話はもちろん、軍務省が発行する官報を読んで一喜一憂するようになったり、時には戦術シミュレーターでお互いに競い合ったりするようになっていたのであった。

 

 そんなラインハルトが中心にいる集団を、どこか羨ましそうに、しかし忌々しそうに見ている同級生がいた。

 灰色の髪を持つ、イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼンだ。

 

 彼は、フォンの名が示すように貴族であったのだが、幼年学校の成績は低くはなく、ある程度の能力は有しているであろう事がわかる。

 ただ、貴族としての素地からか自己顕示欲が高い傾向にあり、寵姫の弟で学年首席であるラインハルトを過剰に意識している事はもちろん、ラインハルトの従士として見られがちなキルヒアイスも、平民ながら成績上位にあったため、勝手に、目下のライバルとして意識していたのであった。

 

 中流以上の貴族にとっては、その家に仕える従士の子どもや学友として募った自領の子どもを、自分の子どもの世話係として幼年学校に一緒に入学させる事がこれまでの慣例となっていた。

 今まで、喧嘩を売って来ていた同級生や上級生達のほとんどが、そう言った貴族子弟とその従士の子ども達といった集団であった。そして、ラインハルトの周りに集まって来るのは、従士を連れてこられない下級貴族であったのだ。

トゥルナイゼンもそれまでの慣例同様、彼の家に使える従士の子どもと一緒に入学しており、従士の子ども4名を自身の取り巻きとした5人の集団を形成していた。

 

 「イザーク様、彼らですが、一度、痛い目に合わせた方がよろしいのではないでしょうか?」

 

 キルヒアイスとラインハルトをライバル視していることを知っている警護係の従士の一人が、トゥルナイゼンに耳打ちした。

 

 「構わぬ、すておけ。 我らは我らの道を進めばよい。」

 

 トゥルナイゼンは、若年であるが故の『彼らに負けたくない。』と言った、歪んだ貴族の矜持に固執し、従士達と学校を後にするのであった。

 ただ、彼の本心はラインハルトの覇気の強さや、キルヒアイスのラインハルトを補佐する姿に、嫉妬と言う名の羨ましさを持っていたのだ。

 その嫉妬からか、彼は幼年学校を卒業すると2人とは違う道を歩む事になる。

 

 キルヒアイスは、そんなトゥルナイゼンの心境を察していたのか、彼が学校を従士と共に去るのを横目で追いながら、『今じゃなくてもいい、いつか、彼も仲間にしよう。』とラインハルトの傍らで、他の同級生達に囲まれながら思うのであった。

 

 嫌がらせなどが減り時間的な余裕ができたキルヒアイスにとっては、自身の前世での記憶に基づいて、これからの事に思案する時間が増えた事に繋がっていた。

 現世における現時点での情報が、前世の記憶をたどっても極端に少ない事から、有限である時間を、これから起こりうる事を前世で知り得た記憶を呼び起こして考える事に使ったからである。

 

 記憶のほとんどは、『正史ローエングラム王朝 ー獅子帝伝ー』と言う、前世で皇族と高級官僚が中心となり編纂された、ローエングラム王朝における正史を綴った書籍であった。

 前世でのローエングラム王朝はその正史を編纂する際、例え陰惨な事象であったとしても、でき得る限り記述していた。

 前世のユリアンは、その書籍が発刊されるとすぐに購入し、ヤン・ウェンリーの伝記との整合性をとっていたのである。

 

 その正史についての記憶が続く限り、キルヒアイスは考えた。

 

 正史から得られた事の一つに、ラインハルトは純軍事的な能力としては、突出していた事が上げられる。戦術的な能力はもちろんとして、戦略的な面でも同様のことが言えるであろう。

 もう一つは、大局での方針を示す事による政略は別として、その方針を後方にて補完し、安定させるための足場固めとも言える政略的な能力が極めて脆弱であった事である。

 前世におけるローエングラム王朝の成立が、ラインハルトにより極めて短期的に成し得た事や、もしかしたら潜在的にはあった政略的な才能を出す前に、彼の命の火が消えてしまった事も政略的能力の脆弱さに起因していたのかもしれない。

 ラインハルトの行った政略が全く皆無である事はなく、どちらかと言うとフェザーンに遷都してからは積極的に行っていたのだが、政略は軍略と違いその多くが結果を出すまでに数ヶ月から数年単位を必要とする場合が多く、短期的に見れば、その途中経過としての結果は得られるが、政略本来としての結果を得られる事は少ない。

 もちろん、軍略においても時間的に結果を得るまでに長期間を要する事象が無いとは言えないが、それでも政略と比べれば少ないだろう。

 政略における特徴とも言える時間的な要素が、王朝成立当時はラインハルトの政略面での脆弱さを覆い隠す結果となり、王朝が安定してくると逆に目立つ結果となっていたのは、ある種の皮肉としか言いようがない事だった。ただ、ラインハルトとしたら、統一後に取り掛かった内政の結果を見られなかった事は心残りであったのかもしれない。

 

 他方で、政略や軍略としての手段の一つとして謀略がある。戦略的にも有効となる事が多い謀略だが、ラインハルトの行った謀略のほとんどが、パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥の考案したものであった。その点でラインハルトには、元々が清廉な性格であり卑怯な事を嫌う傾向が強かったから謀略を実行するための決断力はあっても、考案する素養は多くないと考えられた。

 ローエングラム王朝の成立に寄与した謀略の中心にいたオーベルシュタインについても、政略的な動きは少なく、彼の思考の流れは、謀略に特化していた可能性が高かったのではないかと考えられた。もちろん、彼は軍人であったので、政略的思考を過度に期待するのは酷な事かもしれないが、実際に彼についての正史での記述は、彼自身の死に関する記述も含めて、謀略面でラインハルトを補佐していた事柄が圧倒的に多かったからあったのである。

 

 獅子帝伝の中でも政略面について主だった記述があったのは、ラインハルトの妃であるヒデガルド・フォン・ローエングラムと、伯爵でありその父であるフランツ・フォン・マリーンドルフであった。

 

 圧倒的に内政を取り仕切る官僚が足りないローエングラム王朝は、極端に軍に偏った王朝初期があったのだ。

 もちろん、各省庁内部に限れば優秀な人物はいたのだが、内政を統括してバランスを取りながら国政を舵取りし、取り仕切れるトップたる人材が少なかったのだ。

 ローエングラム王朝初期は、そのような状況であったのだが、少なくともユリアンが大往生を遂げるまで85年間は続いていたのだ。その点では、王朝初期におけるマリーンドルフ伯とその娘の執政官としての手腕は、特筆するべきものであったのであろう。

 そうかと言って前世の記憶を持つキルヒアイスが、あえて現世でその轍を踏む事は無い。ましてや現世での彼の父は下級とは言え官吏である。また、前世でもフレデリカ・グリーンヒル・ヤンという政治家が近くにいた。彼は、ラインハルトの周囲にいる誰よりも、また、今後、ラインハルトの周りに集まってくる可能性がある誰よりも、内政面における政略家としては一日の長があった。

 

 前世でのローエングラム王朝の事や自分ができる事を考えながらキルヒアイスは、『私のやる事は、ラインハルト様を政略面で補佐する事だ。ただ、その時期はまだ先だな。となると、今、やっていることを続け、今のうちから政略のための種は撒いておこう。』と自らの心に誓ったのだった。

 

 キルヒアイスが志を遂行するために日々を送っていたある日、いつものように集まった同級生達と戦術シミュレーターで腕試しを終えた帰りに、ラインハルトは幼年学校と寮の間にあるルドルフ大帝の銅像の前で立ち止まった。

 いつものように敬礼を捧げていたのだが、いつもは敬礼を解くとすぐに帰るところだが、今日は、敬礼を解いた後、話す内容をルドルフ大帝の眼に埋め込まれたカメラに唇の動きを読まれないように俯くと、キルヒアイスに問いかけた。

 

 「キルヒアイス……。 ゴールデンバウム王朝は、人類開闢の時からあったわけでは無い。 であれば、ルドルフに可能であった事が俺にも可能だと思うか?」

 

 キルヒアイスも、一目ラインハルトを見た後、ラインハルトと同じように俯いて返事をした。

 

 「もちろんです。 宇宙を…… 宇宙を手にお入れください!」

 

 「キルヒアイス、お前も一緒に来てくれるだろう? 一緒に宇宙を手に入れよう! そして、姉上を取り戻そう!」

 

 「ハイ!」

 

 返事をしたキルヒアイスは、先日、心に誓った事を伝えようと一呼吸置いた。

 

 「…… ラインハルト様、私は、貴方のお側で、そして後ろで、貴方が安心して前を向いて進めるように、非才の身ながら、全力で共に歩ませて頂きます!」

 

 想いを伝えるようにキルヒアイスは言葉を切りながら言った。

 全てを伝えたわけでは無いが、ラインハルトには十分に想いは伝わったのだろう、満足そうに2度、3度と頷いていた。

 それだけ2人の絆は深く、お互いの事を理解しているのだった。

 

 それから2人はおもむろに顔を上げると、幼子が星空に浮かぶ星を掴むように、それぞれが片手を高々と上げ、ラインハルトは宇宙を、キルヒアイスはその宇宙の安寧を、それぞれの掌の中に収めるかのように空に浮かぶ星を掴もうと拳を握った。

 

 

 

 

 

 そして翌年、宇宙歴791年、帝国歴482年、キルヒアイスとラインハルトは様々な波乱を、実力をもって排除しつつ、平穏とは言い難い帝国幼年学校における全過程を終了した。

歴史的な大きな乖離が無い事はもちろん、ラインハルトは首席のまま卒業の日を迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初志、了




次回、静穏

卒業を控えたキルヒアイスとラインハルトは、命を削る戦場に赴く前にやらなければならない事があった。
彼らにとってそれは、ひと時の心の安らぎであった。
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