ダゲキ「俺のトレーナーはかなり無茶だと思うのだが皆様はどう思うだろうか?」 作:個人情報の流出
バトルフィールドを重い静寂が包む。周りからフィールドの様子を見ているトレーナーも、息が止まっているかのように静かだ。
俺の背に立つアユは自然体。このプレッシャーの中、まったく気負うことなくこの場に立っている。まあ、アユにとってはこの程度プレッシャーにもなっていないのだろうが。
俺の正面に立つピカチュウのピカさんは、緊張感に当てられて少し体が固まっているか。しかし、不安そうな素振りは見せない。ピカさんのトレーナーが、しっかりと集中している証拠だろう。トレーナーであるルミアは額に汗をかいているものの、非常に良い集中力だと言える。この特訓を始めた時と比べて、随分と萎縮しなくなったものだ。
「ダゲキ、攻撃!」
「ピカさん、回避!」
アユの俺への指示の数瞬後、ルミアの指示が飛ぶ。ルミアの指示がフィールドに響き渡る頃には、すでに俺は攻撃の体勢に入っている。
「ピカさん、『でんこうせっか』!」
ルミアの鋭い指示が飛ぶ。ピカさんが俺の拳を回避し、俺に攻撃を当てる最大のチャンスである。指示は『でんこうせっか』。ピカさんの反応が遅れたとしても、カバーできる可能性のある技。ピカさんの今の実力も加味した上での最適解だろう。
ピカさんが動く。指示を聞いてからの動き出しがさっきまでに比べて一瞬早い。技の発動時の踏み出しのタメも少し短くなっている。……だが、躱せないほどではない!
俺がひらりと身を躱すと、ピカさんはそれに反応して即座にブレーキをかけ、『でんこうせっか』を止める。
「ピカさん、だめ!」
ルミアは気づいたようだが、もう遅い。発動していた技を中断した今のピカさんは隙だらけだ。
「ダゲキ、攻撃!」
俺は動きの止まったピカさんを、大したダメージにならないよう威力を調整して普通に殴る。右のストレートと言うやつだ。
「試合終了!」
俺の攻撃のヒットを確認したアユは、即座に試合終了を宣言する。俺のパンチを喰らって吹き飛んだピカさんは何事もなかったかのようにむくりと起き上がる。うん、しっかりと威力調整は出来ていたらしい。
威力の調整が上手くいっていた事実に一安心していると、目の前でルミアが膝から崩れ落ちた。
「ルミア! 大丈夫!?」
アユが慌ててルミアに駆け寄る。ルミアは酷く疲れた様子であったが、駆け寄ってきたアユを見ると薄く笑った。
「だいじょぶ、です。ちょっと、その……疲れただけで」
「それは大丈夫じゃないって。えっと、ダゲキ運べる? 部屋で休ませなきゃ。あー、参ったなぁ。ごめんね、こういう、人に教えるのとか初めてでさ、加減がわからなくて……。もうちょっと回数少なくするべきだったね」
回数を少なくするべきだった、というのは、今さっきまでやっていたバトルの特訓のことだ。アユは、『名付けて、ワンターンバトル!』と言っていた。
やることは単純。どちらかが攻撃を一発当てたら終わりのポケモンバトルを何度も繰り返すだけだ。トレーナーの瞬発力、集中力、状況判断能力を同時に鍛え、ポケモンは聞いた指示をすぐさま行動に移す瞬発力が鍛えられると言う優れものな特訓! らしい。
俺が技を使用せず、威力を調整して攻撃をしていたのは回数をこなすためだ。アユの俺へのオーダーは、『本気でやれ、でもダメージは与えるな』だった。動きは本気で、しかし攻撃まで本気でやると回数できないから、そこだけは手を抜いてくれ、と言うことだろう。俺はその通りに手を抜き、何度も何度もワンターンバトルを繰り返した。最初の方は俺が動いた瞬間どころかアユの指示のタイミングにすら反応できなかったルミアも次第に反応できるようになっていき、指示からの行動が遅かったピカさんも、大分そのスピードを早めた。
で、問題なのは回数。この訓練が始まったのは六時半。現在時刻が八時半。大体十秒以内に一試合が終わることもあって、その回数は……数えきれないほどである。
短いわりに集中力を使う訓練であるし、朝食なども摂っていないのだから、ルミアが倒れるのも必然と言うことだろう。
「いえ、その……まだ、やれますから。だから、だいじょう……ぶっうぅ! ったぁ……!」
ルミアが立ちあがるも、足に力がしっかりと入っておらず、すぐにまた倒れてしまった。こりゃあ重症だ。
「絶対大丈夫じゃないから! ほら、ダゲキ運んで! 私はジョーイさん呼んでくる!」
へいへい、了解した、アユ。しかしポケモン使いの荒いトレーナーだよ、まったく。
ルミアの心配をするピカさんに心配するなと伝えつつ、俺はルミアをさくっとお姫様だっこした。ルミアは驚いたようであったが、俺に「ありがとう」と告げて、そのまま眠ってしまった。
俺はふと気になって、ルミアを抱いたままジュカインたちの居る方を見た。そう言えば特訓を開始してから俺もアユもジュカインとマロンさんのことはまったく気にしていなかった。とりあえず朝の特訓は終わりだろうし、それを伝えねばならない。
フィールドの端に見えるジュカインとマロンさんは、今も両者共に真剣な面持ちで『じならし』の特訓に励んでいるようだった。ジュカインの『じならし』を見よう見まねで繰り出そうとするマロンさんの足には、わずかにエネルギーがこもっているように見える。残念ながら踏みしめた足から『じならし』は起こらなかったが、筋は良さそうだ。
「ルミアが倒れたからとりあえず特訓は終わりだぞ」
ジュカインに声をかけると、顔を真っ青にしたマロンさんがこちらにかけてくる。
「た、たたたたたた倒れたって!? る、ルミアは大丈夫なのか……?」
すごい慌てようだが、まあそれも当然だろう。なんせ自分の知らないところでトレーナーが倒れたんだからな。俺はマロンさんを安心させるために、なるべく優しい声色を作って言った。
「命に関わるようなことではないよ。アユのやつが朝も早くからきっつい特訓に付き合わせたもんだから、疲れたんだろう。しばらく寝たら目を覚ますさ」
それを聞いたマロンさんは「よかったぁ~……」と呟くと、その場にへたりこんでしまった。ちょっと大袈裟だとは思うが、心配だったのだろう。微笑ましい限りだ。
「……相変わらず、あの子は自分のことしか考えていないのね」
「お、珍しい。お前が喋るなんてな。で、なんだそれは。アユがルミアの限界を見極められなかったのを言ってるのか?」
「限界を見極められなかった? へぇ、あなたはそう捉えるのね。……私はそうは思わないけれど。あれはただ、自分ができるから相手も出来るだろうと思っているだけでしょう。強くしようということだけを考えて、相手のことなんて微塵も考えていない。だからルミアが倒れたんでしょう?」
「……やめておこう。くだらない内輪揉めにわざわざマロンさんを巻き込むこともないだろう」
そう言って、俺は話を切り上げた。このまま話を続けても、お互いが納得するような結果にはならないだろうという判断だ。この会話にはなんの意味もない。マロンさんをちらりと見ると、へたりこんだまま汗を流して固まっている。まあ、それなりに怖かったんだろうなぁと思う。マロンさんに申し訳ないな。
「ダゲキ居た! なにやってるのもう、ちゃんとついてきてよ!」
フィールドにアユの声が響いた。声の方に振り返ると、アユとジョーイさんが走ってくるのが見える。いや、なにやってるのと言われても。やっていたことは状況説明だが。絶対必要なことだと思うのだが。それに俺、ついてきてくれなんて言われていないのだが。そして心の中でどれだけ騒ごうとアユに伝わることがないと言うのが非常にむなしい。口に出しても同じである。世界はいつだって理不尽なことでいっぱいだ。
「とりあえず、部屋に運んでベッドに寝かせましょう。容態を見るのはその後ね」
俺が抱いているルミアの様子を軽く見たジョーイさんは、冷静に言った。ジョーイさんはポケモンのお医者さんであるが、人間も見ることが出来る。俺とアユはジョーイさんに従い、ポケモンセンターの中へとルミアを運んだ。
「寝不足と疲れで眠っているだけみたいね」
俺とアユ、それにルミアのポケモンたちが取り囲む中、顔をあげたジョーイさんは笑顔でそう言った。
「朝早くから色々やっていたみたいだけど、あんまり無理をしたらダメよ。それで体を壊したら意味がないんだから。特訓もいいけど、ほどほどにね?」
「はい。ありがとうございました」
ジョーイさんが部屋から出ていくと、アユはひとつため息をついた。
どうしたのだろうか? こんな状況になってしまったことによる罪悪感か何かだろうか? ……ジュカインはあんな風に言っていたが、俺は別にそこまで気にすることでもないと思うのだが……。
と、ごちゃごちゃと考えながらアユを見つめていると、それに気づいたアユが俺に笑顔を向けた。
「どうしたの、ダゲキ? 私の顔に何かついてる?」
とりあえず、ふるふると首を振っておく。するとアユは笑顔のままルミアに視線を移した。
「ルミアが目を覚ましたらさ、トレーナーズスクールに行こうか。本当はこの後にみんなでご飯食べて、そのまま向かおうと思ってたんだけどね。流石にこの状態のルミアを放置して行くってのはちょっと薄情過ぎると思うし。ルミアが目を覚ますのを待ってから、さ」
俺はなにも言わず、ただ頷いた。元より俺はアユのポケモンであり、それを拒否する理由はない。従うだけだ。だが、この時声をあげて返事をしなかったのは……なんだか、静かにしていなければいけないという、そんな空気が漂っていたからだ。
「早く目、覚ますといいね」
……どうして、そんなに悲しそうな顔をしているのだ。アユは。
「ん、む……あれ……?」
ルミアが目を覚ましたのはお昼を過ぎた頃だった。寝ぼけた声をあげるルミアを見て、アユは安堵からか深くため息をついた。
「目、覚めたんだね。よかったぁ……。ジョーイさんからはそんなに心配しなくても大丈夫って聞いてたけど、中々安心なんてできないもんだねー」
「あ……そっか。私、倒れて……」
「そう。ごめんね、本当に。私が無理をさせたから……ってちょっとルミア!?」
ルミアが急に起き上がろうとしたのを、アユがルミアの体を支えつつも止める。
「急に起き上がっちゃダメだよ。私がさんざん無理させちゃったんだから、これ以上無理したらダメ」
「私が倒れたのはアユさんのせいじゃないです。それに、私が倒れたせいで、特訓中断しちゃいましたよね? だから、続きをやらないと……」
「いや、それはそうだけど、ここで無理したって意味ないよ。二日後にはポケモンバトルをするんだし、体を壊しちゃったらまずいでしょ? とりあえず今日はゆっくり休んで、また明日特訓しようよ」
「……はい。わかりました」
アユの言葉を聞いたルミアは、大人しく横になった。アユはそれを見届けると座っていた椅子から立ち上がった。
「私は今からトレーナーズスクールを訪問してくるから、ルミアはゆっくり休んでて」
「はい。いってらっしゃいです、アユさん」
「うん、いってきます。じゃあいこっか、ダゲ……」
ぐぅぅぅきゅるるるるる。
「……キ」
ちょっと静かな部屋に響き渡る、あからさまなお腹の音。ちなみに、俺ではないぞ? 俺ならこんな不覚はとらない。……おい、今『バトルでは不覚をとりまくってるのになに言ってんだこいつwwwww』とか言ったやつ。後でインファイトな。
いや、そんなことはどうでもよくて。今のお腹の音、これは誰のものかというと。
「あー、ほらいやその、えっと、これは違くてね? 早朝から特訓とかやってたらさ、ご飯食べるのを忘れてたっていうか。あー、そっかー、もうお昼なんだねー時間忘れちゃってたぁー……」
顔を真っ赤にして立ち尽くし、その後にあたふたと訳のわからん言い訳を垂れ流している我らが主、アユのものである。
皆様ももうお気づきだろうが、俺たちは朝からなんにも食べていない。故に、こうなるのは必然であろう。腹を鳴らすという不覚はとらなかったが、もちろん俺もお腹がすいている。ライトなものとは言え約二時間もバトルをしていたのだからそりゃあもうものすごくすいている。というかなんでここまで食事を忘れていたのか、アユに問い詰めたい。小一時間ほど問い詰めたい。小一時間ほど問い詰めていたらもっとお腹がすくではないか。ちくしょう許さんぞアユめ。
「……ふ、ふふ、あははっ……!」
そして、そんなアユの姿を目を丸くして見ていたルミアは、眦に涙を滲ませて笑い始めた。本当におかしそうな、邪気のない笑い声。
「な、なによぅ。そんな、笑うことないじゃん……」
アユは拗ねたようにそう呟くと、ぷいっとそっぽを向いた。それがルミアにとってはまたおかしかったのか、よりいっそう大きく笑い始めた。
「も、もう! ルミア!」
「ふ、ふふ、いや、その、ごめんなさい……あははっ、ふふっ、あの……アユさんが、あんまりかわいいから……」
「へっ!? なっ……何を馬鹿なこと言ってるの! こら! 笑うな! 笑うのやめろ! もぉー!」
おーおー、動揺してる動揺してる。こんなに動揺してるアユは初めてみたかもしれん。さっきも赤かった顔が更に赤くなってリンゴみたいになっているし、目の錯覚だとは思うのだが、頭から湯気がたっているようにも見える。これは確かに面白い。ルミアが笑ってしまうのも納得だ。
「ふふ、ふふふ、ふー……。ごめんなさい、笑ってしまって。私もお腹すいてるので、トレーナーズスクールに行く前に皆でブランチにしましょう?」
「……うん。そう、だね」
アユはそっぽを向いたまま、ぼそぼそとそう答えた。
「でも、本当によかったの? 部屋で休んでなくて」
皆で食事をとり終えて、今はトレーナーズスクールへの道中だ。アユと共に歩くのは、ボールから出ている俺と、ルミア。
ポケモンセンターの部屋で休んでいるはずの彼女がなぜトレーナーズスクールへの訪問に着いてきているのか、その理由とは。
「もう、何回同じこと聞くんですか。アユさんは心配しすぎです。ぐっすり眠れましたし、ご飯も食べましたからもう元気一杯ですよ」
とのことである。まあちょっとだけ心配ではあるが、元の理由が寝不足と疲れ。寝て起きて飯食って元気一杯っていうのは不自然ではない。見るかぎり無理しているようにも見えないため、大丈夫だろう。
「そう? それなら良いけど……」
しかし、ポケモンセンターを出てから何度も何度も大丈夫? 無理してない? と声をかけるアユは、ルミアの言う通り心配しすぎである。過保護なおばあちゃんかよ、ってもんである。あんまりしつこいとルミアも不快だろうから、ほどほどにしておいた方がいいと思うのだが。
「ねえ、ダゲキ? あなた今何か失礼なこと考えてない?」
……え? 失礼なことって、なんだ? えーと、えーと……あ、俺過保護なおばあちゃんかよ、とか思ったな。え、それ? アユはその事を言っているのか? 少し鋭すぎやしないか? ……とりあえずなんか怖いから違うって意思表示をしておこう。首を全力で横に振っておこう。 オレハ、ナニモ、シツレイナコトナド、カンガエテ、イナイヨー?
「えー? 嘘だ-。絶対なんか失礼なこと考えてたって!」
「アユさん? なんでそんなことわかるんですか?」
ルミアナイス! よく聞いてくれた! なんで俺の考えていることがアユにばれたのか、知りたい知りたい!
「んー? 女の勘ってやつなのかな? なんかびびっときた」
「女の勘ですか……。そんなの本当にあるんですね」
え、こっわ。なにそのオンナノカンって。こっわ。聞いてもよくわかんないしルミアはなぜか納得してるし。うわー、わからんぞ。これ、俺これから迂闊に変なこと考えられないぞ。いや、変なことを考えていたわけではないのだが、その……。くそぅ、なんか負けた気がする。とりあえず、これからは思考には気を付けよう……。
「……あ、見えてきた見えてきた。ルミアも見えるよね? あれがトレーナーズスクールだよ」
「ハクダンシティは一度一通り見て回ってますから、わかりますよアユさん」
「あ、そうだったっけ。……でも、大きいねぇ、トレーナーズスクール」
そんなことをやっているうちに、俺たちはトレーナーズスクールにたどり着いていたようだ。……うむ。確かに大きいな、これは。一昨日訪れたポケモン研究所に勝るとも劣らない景観だ。
「じゃ、入ろっか。ごめんくださーい!」
「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよアユさん! なんでそんなに躊躇い無く行けるんですかー!」
やれやれだ。俺はため息をつきながら、二人の後を追いかける。しかし、このトレーナーズスクールで、俺たちは一体どんな経験が出来るのか。少し、ドキドキするが……楽しみだ。
繋ぎを色々書いてたら本当に訪問するところで終わってしまいました。お許しください。
続きは……いつになるんでしょうか。今度は三ヶ月近くも放置したりしない……と思いたいです。