ダゲキ「俺のトレーナーはかなり無茶だと思うのだが皆様はどう思うだろうか?」 作:個人情報の流出
アユの里帰り
「見て見てダゲキ! 水平線だよ!」
ボールの中でだらだらごろごろとしていた俺は、唐突に船の上に放り出された。俺としてはもう少し休んでいたかったのだが、まあ呼ばれたとあっては仕方がない。
で、水平線がすごいという話だったか。そうは言っても海は海だろう。そんなすごいというほどでも……すごい。これはすごい。
「綺麗だねぇ。ね、ダゲキ」
そう笑顔で言うアユに、俺はこくりと頷いた。そういえば、アユとはずいぶんのんびりとイッシュを旅していたものだが、ゆっくりと海を見たことはなかったかもしれない。アユが目を輝かせて綺麗と言う海は、確かにすごいものだった。どこまでも果てしなく続く青い海面が、日の光を浴びて眩しくキラキラと輝いている。それはいつか見た、みずのいしのようだった。空を見れば白い鳥ポケモンが群れをなして飛んでいた。
「あれはね、キャモメっていうポケモンだよ。ぺリッパー居たじゃない? あのポケモンの進化前。イッシュにはぺリッパーはいるのにキャモメはいないからなんだかちょっと寂しかったけど……うん。やっぱりキャモメが飛んでるのを見ると、ホウエンに帰ってきたんだーって気持ちになるなぁ」
む。俺がボールで休んでいる間に、もうホウエン地方の海域までやってきたのか。中々早いではないか。
そう。俺たちは今、アユの故郷であるホウエン地方のミナモシティへと向かっている。何故だって? その理由は一つしかないだろう。アユが、実家に、帰るのだ。
船出の前、まだ俺たちがイッシュにいた頃。俺とアユは二人してイッシュのホテルのベッドに突っ伏していた。
「ああああああ、
アユが俺一匹で四天王、チャンピオンを倒し、殿堂入りしてから約三ヶ月。俺たちは、あらゆる方面から引っ張りだこだった。新聞記者、雑誌記者、ポケモン大好きクラブ、テレビ、ラジオ、ポケウッドの映画関係者、ポケモン大好きクラブ、トレーナーズスクールからの特別講師の依頼、ポケモン大好きクラブ、ポケモン大好きクラブ……本当に、沢山のオファーが舞い込んできたものだ。俺とアユはやれやれとため息をつきながら、ほとんどの案件を二つ返事で受け入れた。まあ、なんだかんだ文句を言いつつもアユは満更でもなさそうで、取材や番組の出演も楽しんでいたと言えるだろう。ポケモン大好きクラブと、ポケウッドの依頼は頑なに拒否していたが。
それで、全ての案件が終わったのがついさっき。三ヶ月も働きづめだったのだからまあ、こうなるのも仕方がないだろう。めくれ上がったスカートからパンツ丸見えなのは許してあげてほしい。
「あー……ダゲキぃ、次に行くところ、どうしよっかぁ」
アユが力なく声を上げる。次に行くところ、というのはイッシュ地方内の話ではなく、次にどこの地方に渡ろうか、という話である。というのも、イッシュに残っていたのは、マスコミからの出演依頼が絶えなかったから。本当はチャンピオンを倒したあと数日もすれば別の地方……アユはカロス地方に行きたいと言っていたか。そう、数日後にカロス地方に行く予定だった。しかし、翌日からの依頼ラッシュに、これはしばらくイッシュから出られないな、と諦めたのである。
「いや、さぁ。この前カロスに行きたいって言ったじゃん? でもさぁ、こんな……こんな疲れた状況でさぁ、カロスに行ってさぁ、なんか、まともに動ける気がしなくて……」
同感だ。ぶっちゃけ休みたい。泥のように眠りたい。エキシビションから野良試合からなにからなにまで一匹で任されるこっちの身にもなって欲しい。そろそろ俺以外のポケモンも捕まえて欲しい。ポケモンセンターやら傷薬やらで体力は回復するが、精神力は回復しない。休みを寄越せ。アユは本当にぶらっくだ。
「でさ、私思い付いたの。このままイッシュでしばらくゆっくりするのもいいけど、また何かに捕まっちゃうかもしれないじゃない? だからさ、実家に帰ろうと思うんだよね。いいかな?」
ふむ、実家。実家というと、ホウエン地方か。よいのではなかろうか。アユはかなり長い間家に帰っていないのだろうし、俺もアユの地元を見てみたい気持ちがある。俺は腕だけを持ち上げて、サムズアップサインで返事をした。肯定の旨をアユに伝える際にこうするといいよ、と、随分前にアユに教わったものだ。
「ありがとー。疲れたし、準備は明日にして今日はもう寝よっかー。戻って、ダゲキ」
アユは探るように腰に手をやり、ベルトにセットされたたった一つのモンスターボールを取り出して、俺をボールに戻した。ちなみに、モンスターボールの中は俺たちポケモンにとってかなりの快適空間だ。もうボールの中で一生暮らしていきたいと思うほど快適なのだ。中にはボールに入ることを拒むポケモンもいるそうだが、ぶっちゃけ信じられん。
「おやすみ、ダゲキ」
アユは俺が入ったモンスターボールを腰のベルトに再びセットすると、すぐに寝息をたて始めた。着替えもせずに寝るのはどうかと思わないでもないが、まあ今日に関しては仕方ないことだろう。おやすみ、アユ。
と、いうことがあり。その次の日に荷物をまとめ、数日後に来るホウエン地方ミナモシティ行きの船のチケットを取り、ゆったりと船旅に出たのがもう一週間ちょっと程前の夜だ。ホウエン地方の海域に差し掛かったということは、もうすぐ着くのだろうか。アユの実家がある、ミナモシティに。
『この船は、あと二時間でミナモシティに到着いたします。皆様、残り少ない船旅を、どうぞお楽しみくださいませ』
そんなことを考えていると、船中にアナウンスが鳴り響く。
「あと二時間だって、ダゲキ。中に戻って、朝御飯でも食べよっか」
アユのないすな提案に、俺は勢いよく頷いた。
「んーー………っ、はぁ! 着いたぁー!」
船に揺られて二時間。朝食を済ませ、果てしなく広がる海に思いを馳せていたら、あっという間に着いてしまった。
ミナモシティとは、活気のある町だ、と俺は思った。流石に大都会であるヒウンシティとは天と地ほどの差があるが、ミナモシティの活気はヒウンとはまた別のところにある気がする。というのも、船着き場だけでも様々な人種が居るのが確認できるからだ。これは、きっと他地方からの観光客だろう。デパート、美術館、サファリパークにコンテスト。他地方から船で直接やって来れる事もあり、この町はホウエンの観光にぴったりなのだとアユがいっていた。
「さ、行こっかダゲキ。私の家はここから結構近くにあるんだ。コンテスト会場の隣なの」
ふむふむ、コンテスト会場の隣か。随分立地がいいのだな。楽しみだ。
大きなコンテスト会場の隣、これまたそこそこの大きさを誇る建物が、アユの実家らしい。アユがその家の前で足を止めたのだから、きっとそうなのだろう。
「……うーん」
しかし、なぜかアユは先程から家に入ろうとしない。どうしてだろう、久しぶりの実家だというのに、入りたくないのだろうか。それも中々変な話だ。里帰りをしているのに、実家に入るのが嫌だなんて。
少し俯きがちなアユの顔を除き込むと、アユはチャンピオン戦の時にも見せなかったような固い表情をしていた。
「あっ……ごめんごめん。ちょっとボーッとしてた。ここが私の家。それじゃ、入ろっか」
俺の視線に気づいたのか、アユははっとした表情になると、照れ臭そうに頬を掻きながらそう言った。ゆっくりとドアノブをつかみ、思いきったように扉を開く。
「お父さん、お母さん、ただいまー!」
というその声は、ひどく緊張しているように聞こえた。
「……アユ? アユなの? アユなのね!? あらー! お帰りなさいアユー! 元気にしてた?」
中から出てきたのは、若くて綺麗な女性だった。アユとそれほど年齢が離れていないように見える。姉とかだろうか?
「お母さん……ただいま」
お母さん!? 今アユはお母さんと言ったのか!? この女性が、アユと一回り以上年齢が違うと!? ……うーむ、人間とは実はすごい生き物なのかもしれない。
「聞いたよ。あんた、イッシュで殿堂入りしたんだってねぇ。しかもダゲキ一匹で。あたしゃびっくりしてびっくりして……一年くらい前にこっちでポケモン捕まえたのーって連絡くれたっきりでまるで連絡もないもんだから心配したのよ」
「う。ご、ごめんねお母さん」
「まあ、いいのよ。立派に成長して無事に帰ってきてくれたから。隣に居るのが、アユのパートナーのダゲキ?」
「うん、そうだよ。私のイッシュでの旅をずーっと支えてくれた、大切な……大切なパートナー」
「ふふ。本当に、成長したのね。さ、立ち話もなんだから中へ入りなさい。いっぱい旅のお話聞かせてよ」
「うん。ダゲキ、行こっか」
了解した。こんな大きな家、中がどうなっているのか楽しみだ。
アユの実家は、とても居心地の良い場所だ。内装は派手すぎず、質素であるが洒落ている。インテリアを選んだ人のセンスを感じる部屋だ。そして、壁においてある棚には大量のトロフィーや盾等の記念品と、沢山の写真が飾られていた。驚くべきはその量。写真はそれほどでもないが、トロフィーや盾などは壁を埋め尽くすほどの大きさの棚にぎっしりと詰まっているのだ。すさまじい量だと言えよう。
「どうしたの? ダゲキ君。トロフィーとか写真に興味津々?」
アユのお母さんがフレンドリーに話しかけてくる。俺は彼女にサムズアップで答えた。何となく使いたくなったのだ。
「あら賢い。アユが教えたの? これ」
「うん。なんか人のジェスチャー教えてあげれば、もっとコミュニケーションとりやすくなるかなぁと思って」
「へぇー、あのアユがねぇ……」
俺にはわからない話題だ。昔のアユの事にも興味はあるが、今はあのトロフィーについて教えてもらいたい。
「あ、ごめんねダゲキ君。あれはね、私と、アユのお父さんと、アユが取ったトロフィーよ」
ご家族全員で取ったトロフィーが、あんなに。アユの家って、実はとてつもない家なのでは?
「お母さんはポケモンコンテストかわいさ部門のマスターランクコーディネーター。お父さんはホウエン地方の殿堂入りトレーナーで、いろんな地方の大会を荒らし回る賞金稼ぎ。そして、私は……」
「ミナモが生み出した神童。十歳の駆け出しにして驚異的なスピードでホウエンバッジをコンプリートした天才トレーナー。だったかしらね、アユ」
「……うん。そんな感じ、だったね」
ほえー。すごい。アユのご両親の経歴もさることながら、アユがそんなに騒がれるほどの天才だったとは驚きだ。このトレーナーは、いつも無茶な状況で無茶な指示を出す無茶苦茶なトレーナーだとしか思っていなかった。四天王やチャンピオン戦で見せた緩いながらも的確な指示には驚いたが、それは神童と呼ばれるほどの才能と、ホウエンバッジコンプリートという経歴に裏打ちされた経験によるものだったのか。
速報:俺のトレーナー、すさまじい人だった。いや、まあ、俺一匹で殿堂入りを果たした時点ですさまじい人であるのは間違いないのだが。なんというかイッシュバッジコンプリートまでのアユとイッシュリーグ挑戦中のアユはほんの少しだけ雰囲気が違った気がするのだ。なんとなくの感覚だけど。
……うーん、でも、だとしたらますます不思議なことがある。アユと俺が初めて出会ったとき、アユはポケモンを連れていなかった。ホウエンでジムバッジをコンプリートしたときのポケモンはどうしたのだろうか?
「ねえ、お母さん。お父さんは?」
ふむ。そういえば、確かにアユの父親の姿が見えない。お仕事だろうか?
「お父さんはカントーのおっきな大会に招待されて、そっちにいるわよ。まあ、もう大会も終わって明日には帰ってくるらしいけれど」
「へぇ。結果は?」
「三位入賞ですって。激戦区のカントーで三位はさすがよねぇ」
「へぇーえ。私のお父さんなんだから、バチっと一位とってほしかったけどな、私は」
「そう言わないの。お父さんももうそろそろ衰えてくる頃なんだから、すごいもんでしょう、この結果は」
アユのお母さんはそう言って笑った。アユも笑っていた。
「……アユ。あの子に会うの?」
そんなアユの柔らかな笑顔は、一瞬で凍りついた。なにかを恐れているかのような顔だった。
「……うん。そのつもり」
「いいの?」
「うん。もうそろそろ、しっかり向き合わなきゃなって思うから」
「そっか。なら私は止めないわ。あなたとあの子の問題だものね。……さ、時間も時間だし、お昼ご飯にしよっか」
そう言って、アユのお母さんは席を立つ。俺はなんだかアユが心配になって、アユのことをじっと見ていた。俺の視線に気づいたアユはぎこちなく笑って、「大丈夫だよ」と言って、俺の頭を撫でた。
夜になり、アユの実家では予想外の事態が起きていた。
「うーい、ただいまっとぉ」
明日帰ってくるという話だったアユの父親がもう帰ってきたのだ。
「あなた! 帰ってくるの明日じゃなかったの?」
「あー、その予定だったんだけどさ、思ったより早く帰ってこられそうだったから早く帰ってきたんだよ。愛する妻の顔を早く見たくて、な」
「ば、馬鹿なこと言わないでよもう! もう、早く帰ってこられるなら連絡してよ、また食材買いに行かなきゃいけなくなったじゃない!」
「ははは、すまねぇすまねぇ!」
唐突なアユのお父さんの帰宅により、玄関は大騒ぎだ。一見すると喧嘩しているようにも見えるが、アユのお父さんもお母さんも心なしか楽しそうに話している。とても仲の良い夫婦なのだろうな。
「……お父さん!」
そんなお父さんとお母さんの様子を離れてみていたアユが、意を決したようにお父さんに声をかけた。お父さんは目を丸くして、「アユ……!」と呟いた。
「お帰りなさい、お父さん。私、帰ってきたよ。イッシュリーグで殿堂入りトレーナーになって、帰ってきた」
アユは泣きそうな声でそう言った。言葉を失い、立ち尽くしていたアユのお父さんは、ゆっくり、ゆっくりとアユに近づくと、アユをしっかりと抱き締めた。
「話は聞いたぞ。遠くイッシュの話だが、カントーにも伝わってきた。立派になったな」
「……うん、うん! 私やったよ、お父さん! 頑張って……頑張ってチャンピオンに勝ったのぉ!」
お父さんに優しい言葉をかけられたアユは、お父さんの胸のなかでボロボロと泣き出した。アユのお母さんもその光景を見ながら涙ぐんでいた。うむ、実に感動的な光景と言えよう。感動的な光景なのだが、事情がわからぬ俺が見ていてもちっとも感動的ではない。だれか、俺にこの状況の説明をしてくれ。なんだか気まずくてここにいられない。
「それでね、お父さん。私、ジュカインに会いたいの」
感動的なシーンも終わり、家族が色々と話す中で、アユがそう切り出した。アユのお父さんの顔には驚きが浮かんでいる。
「はぁ? おいおいいいのか? だって、ジュカインはお前を……」
「いいの。私が今日ここに帰ってきたのは、三ヶ月間引っ張りだこで疲れたって言うのもあるし、お父さんとお母さんに久しぶりに会いたかったってのもあるけど……一番は、ジュカインに会うためなんだから」
え。なにそれ聞いてない。
「……あー、そっか、そうだそうだ、ダゲキにはまだ説明してなかったっけ」
俺の困惑の表情に気づいたのか、アユは苦笑いをしながらそう言った。……これは、ついに聞けるのだろうか。ずっと気になっていた、イッシュに居たときには聞けなかったアユ自身の話が。
「聞いてくれる? ダゲキ。私の、すごく恥ずかしい話。黒歴史。きっと気分を悪くしちゃうと思うから、嫌なら良いんだけど……」
俺は首を横に振り、サムズアップをする。自分のトレーナーのことだ。どんなに恥ずかしくても、醜いことでも、聞きたくないなんてあるわけがないじゃないか。
「……ありがとう。じゃ、話すね。……私、私ね。ポケモンに捨てられたの」
……トレーナーが、ポケモンに捨てられた?