ダゲキ「俺のトレーナーはかなり無茶だと思うのだが皆様はどう思うだろうか?」 作:個人情報の流出
お気に入り登録していただいた方、ありがとうございます! 二話までしか投稿してなくてこんなにお気に入り登録をいただいたのは初めてで驚いております。これからもこの作品をよろしくお願いします!
ホウエンにアユという少女がいる。父ユウジはボーマンダを操るホウエン殿堂入りトレーナーで、世界各地の大会を荒らし回る賞金稼ぎ。母アサヒは美しくも可憐なサーナイトと共にかわいさコンテストマスターランクで何度も優勝をもぎ取った、トップコーディネーター。類い稀なる才覚を持つ二人の人間を親に持つアユは、当然のごとくその才能を受け継いでいた。
その手腕はまさしく神童と呼ばれるに相応しいものだった。相手に思考する隙を与えない素早い試合運び、一瞬の判断力、攻めすぎず引きすぎない絶妙な駆け引き。大局を見通す観察眼。格下などまるで相手にもならず、格上であっても容赦なく食い潰す、その威圧感。凄まじいトレーナーだった。ジムリーダーなど歯牙にもかけず、圧倒的なまでのスピードでコンプリートした彼女には、しかしある問題があった。
ポケモンを思いやらないのである。
彼女の考えとは、ポケモンはバトルにおける道具であり、武器であるということだ。最低限面倒を見ていれば問題はないし、最低限コンディションを保っていれば十分と考えていた。
彼女は戦況によって、意図も簡単にポケモンを切り捨てる。倒れることを覚悟した攻撃などは信頼あるトレーナーとポケモンでも行うことはあるが、彼女のそれは冷静で、冷酷なものだった。
彼女の指示には躊躇いがない。彼女は大局を最重要視し、小局をあっさりと切り捨てる。神童アユとの対戦では、二対五の状況からあっさりと逆転負けすることが珍しくはなかった。それはきっとポケモントレーナーとして、勝利を目指すものとしては正しい姿なのだろう。しかし、ポケモンは道具ではない。相手の心境を考えることもなく、有効な関係を築こうとするでもなく、ただただ戦うための道具として扱われ、その場の判断で切り捨てられればそんなトレーナーから離れていくのも当然だった。
アユの手持ちは短期間で大きく変わることが多かった。それはアユの考えに、戦いについていけなくなったものがアユの許を離れたり、アユ自身がそう判断し、逃がしたりすることが多かったからだ。彼女が旅立ちからホウエンリーグに至るまでずっと使い続けたポケモンは。ずっと、彼女と共に居続けたポケモンは、彼女の最初のパートナーであるジュカインだけだった。
ジムバッジをコンプリートしたアユは、すぐにホウエンリーグにチャレンジした。彼女は当然のように四天王を蹴散らした。当然のように、チャンピオンにも勝てると思っていた。ところが、チャンピオンには勝てなかった。
完敗だった。アユはチャンピオンダイゴの操るポケモンを一匹も倒すことができなかった。神童アユは、その存在を伝説のものとする直前に、敗北した。そしてダイゴは、敗北したアユにたった一言、「君には圧倒的に足りていないものがある」と告げた。
アユはそれに対し、かなりのショックを受けた。ショックは受けたが、自分はまだ大丈夫だと思っていた。ポケモンリーグに挑戦する回数に制限はない。むしろ、一度ダイゴの戦いを見て、対策をたてられる。負けたところで何度も挑戦すれば、いつかは彼に勝てるはずだ。殿堂入りトレーナーになれるはずだ。
しかし、新たなポケモンを捕まえるために繰り出したジュカインは、アユの命令を聞かなくなっていた。
とうとう、彼もか。アユはそう思った。自分の戦いにずっとついてきてくれたポケモンだった。自分の戦いに唯一壊れずについてこられた武器だった。しかし、言うことを聞かなくなってしまったのでは使えない。もう使いどころのないポケモンは、いらない。残念だが、この子は逃がしてしまおう、と、そう思った。
結果的に、アユはジュカインを逃がすことができなかった。どうしても逃がせないのだ。このポケモンが自分のそばから離れることが耐えられない。このポケモンと二度と会えなくなってしまうのが怖い。ここでアユは理解した。私は、ジュカインのことが大好きだったのだと。このポケモンを信頼していたのだと気がついたのだ。しかし、それに気づくのが遅すぎた。きっと泣きわめいても、謝っても、ジュカインが私を許してくれることはないだろう。彼はきっと、もう一生私と共に戦ってくれることはないのだろうと、彼女は察した。
それに気づいたとき、彼女はもう戦うことができなかった。自分が武器だと思い込んでいたポケモンは、武器ではなく、共に戦う仲間だった。そのことに、気がつくのが遅すぎたのだ。
殿堂入りトレーナーになる前に家へと帰ってきた、酷く落ち込んだ様子の娘を見たユウジとアサヒは、とてつもなく驚いていた。自信満々で、お父さんよりも早く殿堂入りするんだと息巻いていた娘が、目標も果たさず、ボロボロな状態で帰ってきたのだから無理もない。特に家族の前では明るい彼女が笑いすらしないことが、両親の一番の驚きだった。
アユはたまたま家に帰ってきていた父に、ジュカインのボールを預けた。強い子なの。戦わずにいるのは勿体ない。けれど、私の許ではもう二度と戦ってくれないから、と言って。両親はその理由をアユに問うた。すると、アユはこう言った。
「私は、ポケモンに捨てられたの」
ジュカイン以外のポケモンをパソコンに預け、たった一人になった彼女は、自らの部屋に閉じ籠った。
「なんてことがあったんだよ。私ってば、あんまり誉められたトレーナーなんかじゃないんだ」
出会ったとき、妙に暗い人間だと、そう思っていた。負の感情を持つ人間は知っていた。ただ、その人間の負の感情とは、自分の思うように行かないことに嘆き、それがなぜなのかを考えようともせず、他人のせいにして、ポケモンのせいにしてわめき散らすような、そんな負の感情だった。出会った頃のアユはそうではなかった。言葉では表しづらいが、俺が知っていた負の感情を動だとすると、静の感情と言える物だと思った。そんな感情の裏には、こんな過去があったらしい。今のアユからは考えられないことだ。
しかし、それではそのジュカインに会うのは気まずいだろう。なぜわざわざジュカインと会おうとするのか。
「私ね、もう一度向き合いたいんだ、ジュカインと。あの時は、気づいただけだった。気づいただけで、変われてなかった。……ねえ、ダゲキ。私はね、あなたと出会えて変われたと思うの。あなたと出会って、あなたとイッシュを巡って……あなたと殿堂入りトレーナーになった。私はもう、あの頃の私じゃない」
アユはまっすぐに、曇りのない目で俺を見つめた。アユの決意は本物らしい。やれやれ、こうなったアユは強いのだ。まあ、元々俺に止める気はないし、止める理由もないのだが。
俺はポケモンだ。それが信頼できるトレーナーなら、どんな悪事を働こうともついていくし、そのトレーナーの重要な決断に反対はしない。それが、良いポケモンとトレーナーの関係なのではないかと思うのだ。
「それじゃ、お父さん。ジュカインに会わせて」
「じゃあ、私は買い物に行ってくるわね。二人とも、夕食までには終わらせること。行ってきます」
アユがジュカインと話をしているうちに食事の準備をしてしまうつもりであろうアユのお母さんが、唐突にお父さんが帰ってきたために足りなくなった食材を買い出しに行った。それを見届けたお父さんは、腰のベルトから一つのモンスターボールを取り出した。そのボールはなんの変哲もないただのモンスターボールだったが、まるで新品のようにピカピカに磨かれていた。持ち主がそのボールを、そのポケモンをどれだけ大切にしているかがわかるボールだった。
「出てこい、ジュカイン」
出てきたのはジュカイン。ボールの中で話を聞いていたのか、自分が出てきたときに目の前に誰がいるかはわかっていたようだ。アユのことを、とても冷たい目で見つめていた。
しかし、ジュカインとは大きいポケモンだな。俺よりも、アユよりも、身長が高い。アユのお父さんと同じくらいだ。いや、ジュカインの方がちょっと大きいか。ジュカインを初めて見た俺には判別がつかないが、背が高い方なのだろうか。スラッとして美人な、いや、美ポケモンなジュカインだと思う。
また、それと同時にかなり鍛えられている。美しく、無駄がない筋肉のつきかただ。これは強い。強いポケモンだ。
久しぶりにそのジュカインと会っただろうアユはジュカインの前まで歩み寄っていって、深く、深く頭を下げた。その行動にジュカインは若干驚いていたようだが、ほとんどその表情は変わっていない。
「ごめんなさい、ジュカイン。私、馬鹿だった。私、自分が強いんだと思ってた。自分が強くて、ポケモンはその強さを周りに見せつけるための道具だと思ってた。笑っちゃうよね。本当に強いのはあなたたちで、私はあなたたちがいてくれるから強いんだってことに気づかなかった。あなたたちに力を借りなければ、なんの力もないただの人間なんだって事に、気がつかなかった。私ね、イッシュ地方を回ったよ。色んなトレーナーを見てきた。人とトレーナーって信じあえばどこまでも行けるんだって思えた。だから……ごめんなさい。私は、私のせいであなたと、私が捕まえてきたポケモン皆と、そんな関係を築くことができなかった。そんな、馬鹿な私を、許してください」
ジュカインは黙って聞いていた。そして、黙ったまま、アユのお父さんと目を合わせた。ジュカインのその目には、確かな意思を感じられた。アユのお父さんは深いため息をつきながら、ガリガリと頭を掻いた。
「ジュカインはお前と、お前のダゲキと戦いたいそうだ。許すかどうかはその後ってことだろうな」
ちょっと。ちょっと待った、なんでそうなるのか。うわ、なんかジュカインが無言でめっちゃこっち睨んでる。なんだお前。なんか話せや。お前はポケモンなんだから俺と話せるだろうが。お願いです。なにか話してください。怖いです。
「……わかった。ジュカインがそうしたいなら、私は戦うよ。いいよね、ダゲキ」
えぇ……? なんでぇ……? なあ、アユよ。俺たちは休養のためにここまで来たのではなかったのか。なぜ俺がまた戦う流れになってるんだ。くそう、くそう、本当に、なんで毎回こうなるんだ。
「じゃあバトルフィールドに行くか。場所は覚えてるよな?」
「お父さん、私をなんだと思ってるの……? さすがに忘れないって」
「本当か? ちっちゃい頃はトイレの場所忘れたーって泣きながら……」
「ちょ、馬鹿! そういうの良いから、早く行くよお父さん!」
顔を赤らめて早足で歩いていくアユと、それに笑いながらついていくアユのお父さん。そして、俺をまた一睨みしてアユたちについていくジュカイン。
……はぁ。仕方がない。覚悟決めるかぁ。
「ダゲキーっ! なにやってるの、早く!」
はいはい、今いきますよっと。
しかし、まあ。大きい家だとは思っていたが、まさか家の中にバトルフィールドまであるとは思っても見なかった。なんだか、トレーナーにとっての楽園のような家だな、ここは。
きっとアユのお母さんやお父さんが練習のために使っているのだろうこのフィールドは、スタンダードのもので非常に綺麗に整備されている。足元の土を踏みしめた感覚とか、ポケモンリーグのフィールドに近い。非常に戦いやすそうだ。
俺の背にはアユが、向かいにはジュカインと、アユのお父さんが居る。一つ深呼吸をしたアユのお父さんが、フィールドの反対側まで聞こえる大きな声でルールを説明し始める。
「ルールは公式戦とほぼ同じだ。使用できる技は四つまで。そして、今回の変則的な部分は一対一でのバトルと言うことだな。俺はジュカイン。お前はダゲキだ」
「うん! ルールはだいじょーぶ! 私とダゲキはいつでも始められるよ!」
「はは。しかし、アユと本気のポケモンバトルが出来るなんてなぁ。お父さんは感慨深いよ」
「そういう感傷は終わったあとで! さあ! 早く始めよ!」
「おう! 今回は審判がいないから、タイマーをセットする! アラームが鳴った瞬間からバトル開始だ!」
アユのお父さんがリモコン操作でアラームをセットする。フィールド全体に、電子合成のカウントダウンが鳴り響く。
五! フィールドの空気が張りつめる。
四! 俺とジュカインが睨み合う。
三! アユとお父さんが、同時に息を吸い込んだ。
二! 背中に冷や汗が流れるのを感じる。
一! 足に、ぐっと力を込める。
バトル開始!
「ダゲキ! 『れいとうパンチ』!」
先に指示が飛んだのは、アユだ。年齢の差、反射神経の差か、それともアユのお父さんが様子見を選択したか。それだけは頭の隅に留めておいて、俺は命令を遂行するべく地面を蹴る。一歩、二歩。あんなに遠く思えたジュカインとの距離が、目と鼻の先まで縮まる。……そこで、嫌な予感がした。
「ジュカイン! 『つばめがえし』!」
しかし、嫌な予感程度では攻撃を止められないほど勢いが乗ってしまっていた俺は、何が来ようとも耐えきる気概で『れいとうパンチ』をねじ込む。それと同時に、鋭い痛みが走る。つばめがえしがクリーンヒットしていた。
「『アイアンテール』!」
「かわして!」
次の命令が早い。さすがアユのお父さんだ。とりあえず俺は指示に従い、ジュカインから離れる。重いはがねタイプの一撃なんか受けたくないしな。
「ジュカイン、『くさむすび』!」
む? この状況で、俺を相手に『くさむすび』? 特にこうかがばつぐんな訳でもないし、俺は別に重くもない。撃つ理由が見当たらないのだが……ほほう、これはこれは。
今しがた放たれたくさむすびは、フィールドのあちこちに俺を引っかけるためのわっかの罠を作っていた。きっとアユのお父さんは、この罠だらけのフィールドを作るためにくさむすびを指示したのだろう。
もちろん、このフィールドはスタンダード。草むらでもないのだから、『くさむすび』の罠などバレバレだ。全部見える、はっきりと。
だが、見える罠だからと言って、厄介ではないというわけではない。むしろ使い方によっては、見える罠の方がよほど厄介だ。見える罠と言うのは避けるのが簡単な罠なのではない、避けることを強制される罠なのだから。もし、この罠を無視して攻勢に出れば、俺は誘導され、罠に引っ掛かり転んで、無様で致命的な隙を晒すだろう。だからと言って罠をよければ、今度は動きが大幅に制限されることになる。これ以上厄介な罠もない。
だが、これは相手のジュカインにも言えること。この状況で、アユのお父さんはどんな技を選択するのか。
「ジュカイン、『ソーラービーム』を準備しろ」
アユのお父さんの指示に従い、無口なジュカインは『ソーラービーム』の発射準備に入った。なるほど、なかなか厄介な状況だ。攻め込みにくい状況を作った上で、『ソーラービーム』を指示することで攻めを急がせる。躊躇すれば『ソーラービーム』で焼き払われ、焦って攻めれば無様に転ぶか、誘導されたルートを通って返り討ちにされるわけだ。
しかし、凄まじいのはジュカインの集中力である。素晴らしい戦略ではあるが、やっていることは大量のくさむすびを維持しながら『ソーラービーム』のチャージを行うということ。これは非常に難しい。
一つの技を発動させるにはそれなりの集中力が必要だ。他のことを意識すると、技が解除されてしまう場合があるくらいには集中しなければならない。俺がアイリスのクリムガンと戦っていたとき、『いわなだれ』を避けるときに『れいとうパンチ』の冷気が霧散してしまったのが良い例だろうか。
一つの技でもそこそこ。じゃあ、その一つの技、『くさむすび』を複数出して維持するなら? それはかなりの集中力を要求されるだろう。そして、『ソーラービーム』は難しい技だ。チャージが必要なこともあって、撃った後はかなりの疲労があるらしい。そんな技を、大量の『くさむすび』を維持しながら撃つ。これがどんなにすごいことなのか、皆様に伝わっただろうか。
「ダゲキ、『くさむすび』に向かって『ほのおのパンチ』!」
む、『くさむすび』に? 罠を燃やすのは確かに効果的だと思うが、一個ずつ潰していくのは非常に効率が……むむ。気づいた。気づいてしまった。これはあれか。『ほのおのパンチ』一発で全ての『くさむすび』の罠を燃やしきれと言っているのか、アユは。それは……それは無茶だ。そのためには普段の『ほのおのパンチ』を大幅に超える火力で放たなければならない。そのためにはこちらも『ソーラービーム』よろしくチャージを行う必要があるだろう。しかし、それもそれで難しい。そもそも俺は炎タイプではないのだ。いくら集中したところで火力を強めることが出来るとは限らないし、出来たとしても相当長い時間チャージしなくてはならないはず。その間に『ソーラービーム』に当たってじ・えんどだろう。……だが、まあ。俺の持っている技で、これ以外の突破方法が見当たらないのも事実だ。やってやろうではないか。いつもの通り、無茶を乗り越えて。
いつも以上の集中力を右こぶしに注ぐ。熱く燃える炎を意識すれば、いつの間にやら俺の拳が炎に包まれる。
その炎を猛火に、猛火を業火に。自分の拳を焼き尽くすほどに大きく、大きく、大きく、大きくしていく……!
「「今! 『ほのおのパンチ』(『ソーラービーム』)!!」」
アユの指示にしたがい、灼熱の拳を地面に叩きつける。それとほぼ同時に、ジュカインが『ソーラービーム』を放つ。
拳が叩きつけられてから一瞬の間を置き、バトルフィールドが炎に包まれた。『くさむすび』から『くさむすび』へと炎が広がり、巨大な炎の壁を作る。そして、それをかき分けるように突き抜ける『ソーラービーム』が、確かに俺の左を掠めた。
ジュカインがなぜ『ソーラービーム』を外したかはわからない。しかし、これはとてつもないチャンスだと言えよう。メラメラと燃え続ける炎の壁で俺とジュカインはお互いにお互いの姿を見ることができない状態だ。それは、アユもアユのお父さんも同じだろう。この炎をどうするかが、この勝負の分かれ目になる。
「ダゲキ、『こらえる』で炎の壁に突っ込んで!」
……全く、俺のトレーナーは無茶な命令をする。ああ、了解だアユ。この程度の炎の壁、二歩で乗り越えて見せよう!
俺はこらえる体勢を作って炎の壁に突っ込む。自分が作ったものだとはわかっているが、熱い。めちゃくちゃ熱い。しかしそれも一瞬だ。宣言通り、一歩、二歩で再びジュカインの前に躍り出て……渾身の力を込めて『つばめがえし』を構える、ジュカインを見た。
「ジュカイン! 『つばめがえし』!」
致命的な一撃が俺の体を襲う。こうかばつぐんの斬撃が二回、俺の体を切り裂いた。……しかし。
「ダゲキーぃ! 『ほのおのパンチ』でっ! 『インファイト』ぉーーーっ!」
――――俺はまだ、『こらえる』体勢を解いていない……!
ジュカインが目をまるくする。その様子を見て、俺はジュカインに向けてニヤリと笑った。最後の指示は技の二つ同時使用。ジュカインが『くさむすび』をしながらソーラービームを撃ったのに触発されたのか、対抗意識を燃やしたのか。しかしそれは、この勝負を決めるのに十分な威力を持つだろう。いいだろう、やってやろうではないか。『ほのおのパンチでインファイト』!
炎をまとった右拳がジュカインの腹を抉る。次いで、右よりも火力のやや低い左拳がジュカインを捉えた。左での『ほのおのパンチ』は初めてだったが、この一回でコツはつかんだ。もう一度右を叩き込み、次の左は右と遜色のない火力で放つ。徐々に威力を増す無数の拳はジュカインの体力を大きく削り取っていき……そして。技が終わる頃、ジュカインは膝をつき、そのままフィールドに倒れこんだ。その様子をただ見守っていたアユのお父さんは、感心したような、安心したような顔でふっと笑った。
「出てこいペリッパー。『あまごい』だ」
アユのお父さんが繰り出したペリッパーがあまごいをし、フィールドの炎を消した。視界を遮るものがなくなったフィールドで、アユにも見えただろう。フィールドに立つ俺と、倒れるジュカインの姿が。
「見ての通り、ジュカインは戦闘不能だ。アユの勝ちだな」
「や……やった! やったね、ダゲキ-っ!」
それを見たアユは満面の笑みになり、俺のところまで駆け寄ってきて俺に抱きついた。それ自体は心地よいものだが、割りと傷に響く。もうちょっとダメージが落ち着いてからにしてもらいたい。
「ごめんねダゲキ。熱い思いさせちゃって。でも、ありがとう。ダゲキのお陰で、今日も勝てたよ」
熱いくらいならよいのだ。このくらいの無茶はいつものことだし、あの厳しいチャンピオン戦に比べればぬるいものだったからな。それに、トレーナーを勝利に導くことができた。バトルを行うポケモンにとって、これ以上に嬉しいことはなかろう。
「さて、そんじゃあアユ。早くポケモンセンターに行くか。傷ついたポケモンを治療して貰わなきゃな」
「うん。じゃあ、ボールに戻ってね、ダゲキ」
了解した。やっと休めるのだな。……今回は、多少寝過ごしても構わんだろうか。
アユとアユのお父さんが家に戻ると、食卓には豪華な料理がところ狭しと並んでいた。これはすごいな。パーティとかでもなかなかないほど豪華だぞ。
「すご……どうしたのこんなに……」
「アユもお父さんも帰ってきたんだもの、ごちそうを用意して当然じゃない! 久しぶりに家族が揃ったんだから、ね」
「そういやそうだなぁ。次、いつ三人揃うかもわからねぇしな」
アユと、お父さんと、お母さんは三人で顔を見合わせて笑い合う。和気あいあいとした空気の中、みんなで楽しい食卓を囲むのだった。
アユのホウエン地方での生活は、もうちょっとだけ続く。
……ちなみに、俺たちポケモンにはお母さん特製のポロックが振る舞われた。あの甘酸っぱいやつはいい。すごく美味しい。アユも作れるようになってくれないだろうか。