ダゲキ「俺のトレーナーはかなり無茶だと思うのだが皆様はどう思うだろうか?」 作:個人情報の流出
夜の帳が町を包む頃。人間の女の寝息がささやかに聞こえる部屋に、ジュカインはやって来た。元トレーナーの、女の部屋に。
彼女はある種の確信をもってここに来たのだ。彼女の予想が外れてしまえば、彼女がここに来た意味はない。人間のいる前では話せなかった彼と話すことだけが、彼女の目的だった。
「君は、ここに何をしに来た」
居た。ボールから出て、トレーナーを守るかのようにベッドの横に佇むそのポケモン、ダゲキ。自分の予想通りダゲキがそこに居たことに安堵したジュカインは、ダゲキの許に歩み寄る。
「驚いた。まさか本当にボールから出てるとはね。お姫様を守るナイトみたい」
「質問に答えてほしい。なぜこんな夜に、忍び込むようにしてアユの部屋に入ってきたのだ。後ろめたいことでもあるのか? 何をしに来た」
まるでバトルをしているときのような気迫に、ジュカインは一瞬たじろいだ。しかし、思っていることを悟らせないのはジュカインの得意技だ。平静を装い、警戒心全開のダゲキをなだめるように言葉を続けた。
「従順なのね。良いと思うわ。ポケモンとして、正しい姿だと思う。……別に、なにもしないわよ。目的はそこの人間じゃなくて、あなた。あなたに聞きたいことがあってここに来たの」
「……ふむ。まあいい、信じておこう。しかし気に入らないな。君は元々アユのポケモンだったのだろう? なぜアユと呼ばず、人間と呼ぶ?」
「へぇ。その子、アユって言うの。そこの人間は私たちに名を教えてくれなかったわ。ずいぶん変わったのねぇ、その子」
「……アユが、君に名前を教えていなかったのか?」
「ええ。ずいぶん長い間旅をしていたけれど、一度も。彼女、説明していたでしょう? 私たちは彼女の武器でしかなかった。それだけだったから」
ダゲキは沈黙する。彼は賢いポケモンだ。何か考え事をしているのだろう。
「いまいち、信じられないのだ」
と、ダゲキは言う。
「俺が初めて会ったときのアユは、暗い女ではあったがポケモンを武器としか思わないような人間ではなかった」
「そう? ……まあ、そうでしょうね。さっきも言ったけれど、確かに少し変わったわ、その子。ポケモンとちゃんと話すようになったみたいだし。でも、根本は変わってない。勝ちを重視した、ポケモンに負担を強いるその戦い方はね」
ジュカインはふぅ、とため息をついた。ふと、アユと共に戦っている時のことを思い出したのだ。自分は彼女のエースだったから捨て石のような扱いをされたことは少なかったが、それでも自分の前に出ていったポケモンたちの悲鳴が、疲労した相手トレーナーのポケモンにとどめを刺すという自分の役割が、嫌で嫌で仕方がなかった。
「ポケモンに負担を強いるのはポケモンバトルをしている以上仕方のないことだろう。どんなバトルをしようと戦うのは俺たちなのだから」
「それが過剰だって言いたいのよ、私は。今日のバトルであなたが炎の壁に突っ込んで抜けてきたのって、その子の指示でしょう? いくらこらえるを使っていたからって、よろしくない指示だと思うわ」
「それならあの状況をどうするべきだと思ったんだ。俺は水タイプ技は使えないし、君はすでに技を四つ出していて、あの炎を消せる技があったとしても出せない状況だった。膠着状態だ。どちらかが何とかする必要があった。それを俺がどうにかしただけだろう」
互いがにらみ合うだけの、無意味な時間が過ぎる。静寂は重苦しく、空気は肌にまとわりつくようだ。こんな状況に自ら突っ込んだのはジュカインであるが、実際彼女はこんな状況が大の苦手だった。それに、彼女はこんな問答をしにここへ来たのではない。
「……まあ、その話はおいておきましょう。こんな話をするためにここに来たのではないし」
「……そういえば、俺に聞きたいことがあってきたのだったな。それで、俺に聞きたいこととはなんだ? ダゲキなんかに何を聞いても、大した答えは返ってこないと思うが?」
ダゲキは自嘲ぎみにそう答える。このダゲキ、ダゲキと言う種族の中でも最強クラスに位置するポケモンなのだが、どうもそれをわかっていないらしい。まあ、ジュカインはそんなことなど知るよしもないのだが。
「簡単な質問よ。どんなポケモンでも答えられるくらいのね。あなたは、あなたのトレーナーの事をどう思っているの?」
ダゲキはその問いに、呆けたような顔をした。そして、眉をひそめて「全然簡単じゃないじゃないか」と呟いた。そして、ダゲキはまた考える。バトルの時の頭の回転はものすごく早いのに、どうしてバトル以外だとこうなってしまうのか。謎は深まるばかりである。
「良いトレーナー、だな」
ダゲキは十数分の格闘の末、そう答えた。しかし、その答えが返ってくるのは想定済みだ。聞きたいのは、どうして良いトレーナーだと思っているのか。ジュカインにとってアユと言うトレーナーは、どうしても良いトレーナーだとは思えない。だから聞きたいのだ。あんなトレーナーに付き、あんなトレーナーを信頼し、あんなトレーナーと共に殿堂入りをした。それはなぜなのか、と。そんな疑問の全てを込めて、ジュカインは「その心は?」と返す。今度は、ダゲキは考えなかった。
「アユは無茶だ。無茶な状況を覆せと命令してくるし、無茶な相手に勝てと言ってくる。タイプ相性もなにもかもお構いなしだし、所持ポケモンは俺だけだ。だけどな、アユの命令は理にかなっている。アユの選ぶ技は、その全てがそのときの状況に最適なものだ。俺なら間違いなくこうする、と、考えたことを指示してくれるし、俺の思考を上回る指示をしてくれることもある。こんなに魅力的なトレーナーが他にいるだろうか? きっと、居ないだろうな。……それに」
「それに?」
「アユは俺を捨てなかった」
「……そう」
ダゲキのその言葉の真意はわからなかった。自分が優秀だから、とでも言いたいのだろうか? それとも。彼は過去、トレーナーに捨てられたことがあるのだろうか。……考えても仕方のないことだ、と、ジュカインは考えるのをやめた。聞きたいことは聞けたのだ。もう、十分だろう。
「ありがとう、ダゲキ。……最後にひとつ、言いたいことがあるの」
「なんだ?」
「私、その子を許すことはできないわ」
あのバトルの後。ジュカインはアユの謝罪に対する返事をしていなかった。……ずるいことに。ジュカインはアユを許すつもりなど、初めからなかったのだ。ただ、自分が見限ったトレーナーが新しいポケモンを手に入れてどうなったのか、見てみたいだけだった。久しぶりに見た元主の姿は、思った以上に変わっていて、思った以上に変わっていなかった。
――――だから。
「だから、私その子についていくことにするわ」
まだ、許すつもりなんてないから。これからの旅で許させてみなさい、と。そんな考えで、ジュカインはこれからまたアユと旅をすることを決めた。ここにきてダゲキとアユが友好な関係を結べていなければ、あるいは、ダゲキがアユを良いトレーナーだと言う理由が薄っぺらければ。もう一度、アユの旅について行くつもりはなかったのだが。思ったよりもこの主従の絆は強いようで、これならば今は許せなくてもそのうち許せるようになるのではないかと、そう思ったのだ。
「……そうか。なんだかよくわからないが、いいんじゃないか? ポケモンが増えれば俺の負担も減るしな」
ダゲキがやれやれといった感じでそう言った。ジュカインはそれにクスリと笑うと、「それじゃあ、おやすみなさい」と言って部屋を出た。いやいや、本当にそれだけだったのかよ、とダゲキは心のなかで突っ込みをいれ、これでようやく眠れると、アユの眠るベッドの中に潜り込んだ。
こうして、ポケモンたちの夜の会話は、その家の人間の誰にも知られることなく終わった。静寂に包まれたアユの家は、人間とポケモンという大勢の家族を抱えたまま、朝日が上るのを待っていた。
「んむ……」
耳に届く妙に色っぽい吐息で意識が覚醒する。……うむ。まだ頭がぼんやりとしている。昨日遅くまで起きていたせいだろうか。いや、昨日の夜更かしは俺のせいではないのだ。なんとなく、夜になにかが起きる気がして眠いのを我慢してボールから出て待っていただけなのだ。気のせいだったかと寝ようとしたちょうどその時に現れやがってジュカインのやつ。許さぬ。ふぁっきんジュカイン。
「んぁ……らげき、おはよぉ……」
寝ぼけて呂律が回らない様子のアユが、ゆっくりと起き上がる。隣で横になっている俺を見て、こてんと首をかしげた。
「んー? なんでダゲキがいっしょにねてるの……?」
そのまま俺が横にいた理由をボーッと考えていたようだが、やがて諦めたのか、まぁいっか、と呟いてベッドから降りた。そのまま机の上に置いてあったモンスターボールを手にとって、俺をボールに戻す。
ちなみに、ポケモンは自分の意思でボールから出ることは出来るが、ボールに戻ることはできない。だから、俺が昨日アユの隣で寝たのは仕方のないことだったのだ。仕方のないことだったのだ。
俺をボールに戻したアユはモソモソと着替え始め、いつも通りの森ガール風の服を身にまとった。いつも思うのだが、そのふわっふわのスカートは冒険の邪魔にならないのだろうか? 本人が冒険の中で邪魔そうにしていた様子はなかったのだが、実は動きにくかったりするんだろうか? 真相はアユのみぞ知る、と言ったところである。
「おとーさん、おかーさん、おはよー……」
アユは寝起きが悪い。だから総じて朝はテンションが低い。たまにスッキリと起きて朝から元気全開の時もあるのだが、そんなところは数回しか見ていない。相当のれあけーすである。
「お、起きてきたな、アユ。朝の弱さは相変わらずか! アッハッハ、変わらねぇなぁ!」
「もー、朝からうるさいよぉ……頭に響くから笑うのやめて」
「なんだよひでぇなぁ」
「朝はお父さんへの当たりが強いのも相変わらずね」
アユのお父さんとお母さんは顔を見合わせて笑う。アユはそんな二人を気にもとめずに、眠そうに目を擦りながら食卓についていた。
「アユ、朝御飯は食パンよ」
「しょくパン……? ってことは! お母さんのオレンジャムもある!?」
「もちろん!」
うわーい、やったー! と無邪気に喜ぶアユ。旅をしていたときはある程度落ち着いた様子だったのだが、ここに来てからのアユはなんだか子供のようだ。親がいる環境だからだろうか。俺にはよくわからないが、きっとこれが人間の普通なのだろう。
「おうアユ、意識はしっかりしたか?」
「もちろん! お母さんのオレンジャムがあるのに寝ぼけてるわけにはいかないからね!」
「んじゃ、これを渡しても良いな」
そう言って、アユのお父さんはアユにモンスターボールを手渡した。それは、新品のようにピカピカなもの。昨日も見た、ジュカインのモンスターボールだ。
「お父さん、これ……」
「ジュカインが、良いってよ。こいつ面白いよな。全然しゃべらないくせに、なにか言いたそうにこっちを見てるときは何が言いたいのかはっきり伝わりやがる」
「……そっか」
さっきまでの元気が嘘のように静かになったアユは、ただ黙ってボールを見つめた。磨きあげられたボールの表面に反射して、ちょっぴり歪んだアユの顔が写し出されている。そのまましばらく眺め続けた後、アユは意を決したように口を開いた。
「これからまたよろしくね、ジュカイン」
当たり前だが返事はない。だが、アユはどことなく嬉しそうで、俺は自分の入っているボールの隣にセットされたジュカインのボールを、何となく睨み付けてしまった。やれやれ、これで昨日の宣言通り、やつはまたアユの手持ちになったわけだ。せいぜいこき使われるが良いさ。俺の大変さの半分をお前も味わうが良い。マジできついぞ、一匹で六匹倒すの。
「そういえばね、アユ。言ってなかったんだけど、お母さん今日久しぶりにコンテストに出るのよ」
家族みんなで食卓を囲む中、アユのお母さんがそう切り出した。
「コンテストに!? すっごい久しぶりじゃん、なんで急に? お母さん前コンテストはもうそろそろ引退ねとか言ってたのに」
「いやねぇ、そう思ってたんだけど、いざやめてみると毎日が退屈でね。アユも一から頑張ってすごいことを成し遂げたんだし、私も新しいこと始めよっかなって」
「新しいこと……?」
「うん。うつくしさのコンテストに出ようと思ってるの」
「え、ほんと!?」
昨日アユが教えてくれた情報によると。コンテストは『かわいさ』『かっこよさ』『かしこさ』『たくましさ』『うつくしさ』の五つの部門があり、その中でポケモンの魅力を競っていくものらしい。その中でもアユのお母さんはかわいさ部門のエキスパートということだったが、今回はうつくしさ部門に挑戦するようだ。
「お母さん頑張るからねー! アユ、よかったら見に来てね!」
「うん! 絶対行く!」
と、言うことで。アユの今日の予定が決まったようである。ポケモンコンテストというのはイッシュには無かったから、見るのが楽しみだ。