千冬side
一夏はリェータスに駆け寄ると、守るように両手を広げて私と対峙する。
睨みつけたまま、私に向かって張り裂けそうな声を上げる。
「これ以上、僕とディアナさんに手出ししないで!!」
何を言ってるんだ、お前は……!?
どうして、どうしてそんな殺人鬼を庇うような真似をするんだ……!?
しかも、よりにもよって、あんなに真面目だったお前がッ……!?
様々な困惑が私の中で駆け巡る。薄々、勘付いていたのかもしれない。家庭の事情で一夏の心の傷を癒すことができなかった。そこに【悪魔】につけ込まれて、一夏は心を奪われてしまった。
頭では分かってはいるものの、耐え切れない。思わず私は事実を暴露してしまう。
「そこにいる女は……お前を陥れた張本人なんだぞ!?」
「……知ってるよ、それくらい」
え………?
一夏の予想外の返答に、私だけでなくリェータスも驚きを隠せない。
私を見つめていた顔は至って冷静だった。自暴自棄になったとは思えない。
でも、なら尚更、どうしてその女の元にいたいなんて言う!? お前の人生を弄んだ元凶の傍にいたいなんて!!
すると一夏は地面に転がっていたリェータスのナイフを拾い、私に刃先を向けながら叫ぶ。
「それでも、僕はディアナさんが良いの。ディアナさんがいなくちゃ死んだも同然なんだ! だから姉さんがディアナさんを殺すのなら……僕も一緒に死んでやる!」
そんな……一夏はもう手遅れだと言うのか?
こんなの、あんまりじゃないか!
私は結局、何のために頑張って……。
両目から涙がポロポロ流れるのを自覚しながら懇願するように情けない声を上げる。
「お、お願いだ、私と一緒に来てくれ。もうお前を一人になんてしない。付きっ切りでお前の面倒を見る。それでもダメなら、せめて……せめて最後に抱き締めてくれ。こんな形で終わるなんて、あんまりにも……!」
「それじゃあ、姉さんは一度でも僕を救ってくれたの? 僕は小さい頃から実の兄からも虐待を受けていたのに!」
「な、んだと……!?」
一夏の告白に私は動揺を隠しきれない。
秋十が、一夏を虐めていた……!?
私の知名度の所作で一夏達に被害が及んでいたことは幾度か耳にした。
小学生の頃、両親がいなかったから一夏は虐められていたものとばかり思っていた。
だけど秋十が、黒幕だったのか……!?
素行が悪いのは知っていたが、まさか実の弟に手をかけるほど落ちぶれていたのか、あいつは……!!
……で、でも! だったらその心配はない! もうあいつは死んだんだ、だから気にする必要はないんだぞ!?
勝手な言い分を思い浮かべながら、一夏に手を伸ばす。一夏は火の粉を振り払うようにナイフを無造作に振るった。
い、一夏……!?
「それ以上、僕達に近寄るな! じゃないと、本気で刺すぞ!」
「どうして、どうしてだ……一夏」
「ディアナさんと約束したんだ……ずっと一緒にいるって。だから邪魔しないで!!」
そんな………。
私は……お前の家族なんだぞ?
たった一人の姉なんだ、もう私にはお前しか残っていないんだ。
一夏は手元から何かを取り出し、スイッチを押す。
刹那、眩い閃光が迸る。
灯りが少ない深夜の暗闇に、突然光が発生したのだ。当然私は眩暈に襲われてしまう。
不意を突かれて視界を奪われてしまい、しばらくしてようやく視界が回復する。
「くっ………一夏!」
しかし、既にそこに一夏とリェータスの姿は無かった。
まだ視界が回復しきってない中、私は脇目も振らずに暗闇にいる一夏の姿を追う。
すると階段の向こう側、リェータスの手を引いて階段へ先導している一夏の姿を見た。
「ま、待ってくれ! 一夏! 行かないでくれ!」
私の声を聞いてくれず、一夏はリェータスの方ばっか見ていた。
おぼつかない足取りで走れば追いつける距離だった。でも、今の私では一向に追いつけない気がして足に力が入らない。
お願い、行かないで! もう一人ぼっちになるのは嫌なんだ!
だから……置いて行かないでくれ!!
一夏!
一夏ぁッ!!!
「一夏ぁあああああああああッ!!!!」
悲痛な叫びに聞き入れてもらえず、一夏はリェータスの手を引っ張って、私の視界から失せてしまった。
どうしてなんだ、一夏……。
〜◆〜
ディアナside
一夏に手を惹かれながら、私達は学園の屋上に来ていた。
参ったなぁ……一人で大丈夫だって言ったのに、心配して付いて来ちゃったの?
危ないでしょ! って叱りつけたいとこだけど、今回は一夏のお陰で助かったから叱れないなぁ。
でも、知ってたんだ、私が一夏を嵌めたような女なんだって。
それでも私を選んでくれたんだ。ここまで来た甲斐があったよ。
「大丈夫? ディアナさん」
血が流れている目を見ながら一夏はオロオロする。
先程まで織斑千冬に啖呵を切った面影は失われていた。
でも、カッコよかったよ。子供の頃、私を救ってくれた姿と重なって見えたもん。可愛い姿も良いけど、私を守ってくれた【天使】のヒーローだったわ。
ポケットからハンカチを取り出すと、それを縦に引き裂いて、包帯代わりに目の傷口に巻く。
「ありがとう、一夏……でも、新しい家には行けなくなっちゃった、ごめんね」
IS学園外へ出るため、モノレールの従業員を誰かから奪った“特典”で催眠をかけて操ろうとした手筈だった。
でもそれも叶わない。力が底知らずの織斑千冬に私の“特典”の本源である目を斬り裂かれてしまった。今までクズ転生者から奪った“特典”は全部吐き出してしまったように消え失せ、何も残ってない。
もう私は……一夏を連れていけない。ただの小娘に成り下がってしまった。
でも一夏は左右に首を振って笑顔を向ける。
「ううん、良いんだ。だって僕の居場所は……ディアナさんの隣なんだから」
「一夏……」
「僕は君と一緒にいられることが、一番の幸福なんだ」
私達は互いに見つめ合う。
このまま生きていても、確実に私と一夏は引き裂かれてしまう。たとえ一夏の助言で死刑を免れるとしても、一生私は一夏と関わることを許されない地獄に囚われることになるだろう。
もちろん一夏にとっても地獄だ。
私達の答えは、自ずと決まっていた。
屋上の端まで歩き、柵を外して遥か下の地面を見つめる。屋上から地上まで約五メートル、生身で飛び降りれば助からない。
地面を見ながら、一夏は呟いた。
「思うに……僕はあの時、ディアナさんに受け入れられた時から“死んだ”んだ」
「え……?」
「僕がすること全てを否定されて、死にたいと願う毎日を送っていた。そこへ君が現れて、『織斑千冬の弟』だった僕を殺して、ただの『一夏』に生き返らせてくれた。だから……僕はディアナさんと一緒に死にたい」
「一夏……うん」
私の中は歓喜と幸福に満たされる。私の本性を知っても、私を受け入れてくれて、命を共にしてくれるのだから。
私達は決心し……身を投げ出す。
自由落下の法則に従って、私と一夏の身体は速度を増して地面に落ちて行く。
一夏を抱きしめながら、走馬灯のように色んな思考が頭を過る。
私は知らなかった。力で手に入れることの達成感と、心から受け入れられた喜び……その二つの違いを。
一夏に会えたからこそ、『俺』と言っていた私は死んで生まれ変われた。この世界に生まれて、初めて生きて良かったと思った。生きる希望が持てた……。
一夏と逃げて、最強戦女や天災兎を殺し、世界を壊した後……誰もいない島で二人っきりで住もうと思っていた。
誰も私達を縛らない、何も私達を制限しない。そんな豊かな楽園で暮らしたかった。
………結局、夢物語に終わったけどね。
《ディアナさん!》
ふと、一夏の顔が浮かび上がる。一夏が私を【ディアナ・リェータス】と認識して、心を開いてくれた天津万安な笑顔が。
それを思い返すと、私の胸がポカポカ暖かくなるのを感じる。
……あ………そうか。
ようやく山田先生の言いたかったことが理解できた。
一夏に受け入れられたことが、こんなにも幸せだったなんて。
今までの一方的なものとは違う、相思相愛と呼べる“愛”なんだ、この気持ちは。
ようやく私は………一夏と心が繋がれたんだ。
「……一夏。生まれ変わっても、私のこと好きでいてね」
微笑みながら、一夏の頭を優しく撫でる。
小柄な体型を抱きしめ、できるだけ一夏に衝撃がかからないように抱え込む。
「えっ? ディアナ、さん……?」
「ごめんね、散々一夏を弄んじゃって。
………………ありがとう」
〜◇〜
『——先日起きたIS学園で起きた事件の続報です。学園の屋上から転落死したと見られる容疑者は『ディアナ・リェータス』さんであることが判明し、織斑千冬さんの実弟である織斑一夏さんも事件に関与していた疑いがあり……』
『臨時ニュースです! 只今入った情報によりますと、突如核ミサイルの発射コードが何者かにハッキングされ盗まれた模様!』
〜◇〜
千冬side
あの事件後、IS学園は崩壊した。行方不明の束が世界中に散らばっているISを全て機能停止にした。女でもISが使えなくなったならIS専用学校も閉鎖するのも必然的だ。
だが束の攻防はそれだけに止まらなかった。
ISが使用不可になったのと同時期、日本を除く各都市国家に向けて核ミサイルが発射された。その爆炎で田舎や森林など一部の大陸を除いて人口が半分以上も失われ、大陸の殆どが数百年も草木の咲かない死の大陸になってしまった。
直撃を免れた都市も無事ではすまなかった。世界中の大気に放射能汚染が拡散し、核爆発で上空へ舞い上がった粉塵が太陽光を遮ってしまう。
だが、日本を含めた一部の地域はその被害を免れた。束が放射能除去装置をばら撒いたのか分からないが、人体への影響が見られなかった……あいつなりの良心なのかもしれない。
そして、世界を散々引っ掻き回したあのバカは……妹の後を追ってこの世を去った。
時々何を考えてるか分からなかった奴だったが、それでも本音を曝け出す相手がいなくなって寂しいことには変わりない。
現在、私は一人の少女を連れて病院内を歩いていた。少女の手元にはお見舞い用の花束が抱えられていた。
「千冬様……もうすぐ一夏様の部屋です」
「……ああ、分かってる」
この少女は織斑クロエ、旧姓クロエ・クロニクル。束が拾ってきて娘のように接していた束に忠誠を誓った少女。
私の元で世話になるように命じて、奴はラボごと爆死した。
勝手で荒っぽいやり方だったが、これがあいつなりの罪滅ぼしなんだろう。箒を、大事な妹を死に追いやり、何もしてやれなかったことへの……。
他に行く当てのなかったクロエをあいつから託され、織斑家の次女として正式に引き取った。
白い廊下を歩き続け、ある部屋に辿り着く。
「入るぞ」
コンコンとノックし扉を開ける。
そこには点滴を打たれている一夏の姿があった。
「一夏、具合はどうだ?」
声をかけると、ゆっくりな動作でこっちを振り向く。
医者が言うには後遺症の心配もないとのこと。私を見ても怯える素ぶりがない。
発見当初、ディアナ・リェータスは頭の打ち所が悪くて即死だった。その腕の中で一夏は生きていた。まるで卵の中にいる雛鳥を守るかのような姿で、リェータスの亡骸が発見された。
どんな経緯であれ、一夏は生きている。この事実が私に希望を持たせてくれた。
「大丈夫だ。もうお前は一人なんかじゃない。私がずっといるから」
もう世界を騒がす機械兵器もない。偽りの仮面を被った碌でなしな元弟もいない。そしてもう、あの小娘はいない。地獄に帰ったんだ。
誰もお前の人生を蝕むことはない。
だから………。
「だから……今度こそ一緒に暮らそう。一夏」
そう言って一夏に向いて微笑む。
今度こそ一夏と、家族と幸せを噛みしめるんだ。家族という名の繋がりだけしか見るような愚かな行為は二度としないと誓ったんだ。
だから一夏……もう一度私と………。
「……ごめんなさい。僕はそういう甘いのは卒業したんです」
その時、思わず私は鳥肌が立った。クロエの方を見ると、驚愕のあまり手元にあった花束を地面に落としてしまっている。
一夏の姿が……あの【悪魔】の少女の姿と重なって見えたからだ……。
一夏side
驚愕の表情に染まったクロエさんは僕を見ながら、花束を地面に落としてしまう。あの黄と白の花はクリサンセマムノースボール。確か花言葉は……『輪廻転成』だっけ?
今の僕にはピッタリな言葉かもね。
「何を……」
「僕の幸せは、僕だけの青い鳥は……今も僕の中で飛び回っている」
どうしてあの時、ディアナさんが僕だけを生かしたのか分からない。
でも、裏切ったことには変わりないんだ。だから如何なる手段を使っても、ディアナさんを生き返らせてみせる。
ディアナさん、生まれ変わっても好きでいてって言ったよね? その言葉に従えそうにもないや。
だって、こんなに愛おしくて会いたいんだから。
君が生まれ変わって、
泣いて縋っても、絶対に逃さないんだから……。
「ディアナさん……ずっと、ず〜〜〜っと一緒だからね♪」
だってこの世界は、
【
〜◆〜◇〜◆〜
——争いの鼓動は止まらない。
『これは俺の物だ! 誰にもやるもんか!』
『あなた、私を騙したのね!? 許さない! 殺してやる! 絶対に殺してやるわ!!』
『わ、私は悪くないッ……生き残るためだもの。私は悪くない、私は悪くないッ。ヒ、ヒヒヒヒヒヒ……!』
『俺はごめんだね、他人を助けるなんてバカな行為! 誰を蹴落としてでも、俺だけは絶対に生き残ってやる!!』
——人類が愚かであり続ける故に、神はそれを達観するしかできない。
『殺せ! 生き残るために奴等を殺せ!!』
『これは奴等が始めた戦争だ……迎え撃つのだ! そして我々こそ、この地上における唯一の生存者となるのだ!』
『ハハハハハッ!! そうだ! 皆殺しにしてしまえ!!』
『薙ぎ払え! 勝利は我等にあり!!』
『死ねぇ!!!』
——嘗て【天使】と謳われた少年は、【悪魔】に魅了されて【堕天使】と化し、神に謀叛を起こす。
『アンタが神様? ふ〜ん……案外パッとしないんだね。それで、どうやったらあの娘を蘇らせることができるの? ……え? 世界の規約に反する行為? そんなの、僕の知ったことじゃないよ、
——もう一度言おう。これは狂気と殺戮に満ちた……世界滅亡への物語。
——神が引き起こした惨劇は
〜〜〜〜〜【end】〜〜〜〜〜
もう完全にハッピーシュガーライフのラストシーンですやん! と思う方、間違ってないです!
あの騒然とした最終回、鳥肌ものだったんで。
でも思いつきで書いた今作がここまで来るなんて予想外でした。お気に入り数が百を超えて10人から評価をもらったことも。
皆様、ご愛読ありがとうございました。