今日、大湊警備府に1人の新人提督が執務室に着いた。港が見える窓に赤いカーテンの掛けられた若干汚れて新しいのに変えたくなる壁紙、木の床板、申し訳程度の机と椅子。その粗末な執務室を見回し、これから大丈夫なのかと不安混じりにため息をつく。が、ぐっと拳を握り締めて顔を上げた。
「よし。こっから俺の艦隊を作って平和を目指すか」
そう意気込んで、新人提督である『凪』は港の見える窓から果てしなく広がる水平線を見る。白い海軍の制服を身に纏い、腰にはなぜか日本刀を提げた黒髪の青年。歳は24歳。自分の艦隊を持ちたいと夢を抱いて提督になったまだまだ半人前でもない新人。ちょっとした知り合いと、剣の腕、能力を買われてここまで来た。夢の第1歩である執務室に胸を高鳴らせていると、コンコンと執務室のドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します」
そう言って入ってきた1人の女の子。背丈は低いが、その体には12.7センチの連装砲を装備したセーラー服の少女が緊張した面持ちで執務室に入ってきた。
凪はその訪問者の方に体を向けて話を聞く。
「えっと、君は?」
はわわ、と慌てながら少女は自己紹介を始める。
「あ、暁型四番艦、電です。どうか、よろしくお願いいたします」
ぺこっと頭を下げる。事前に1人凪の下に送るというのを聞いていたので、この子がそうかと理解した。彼女は戦艦や巡洋艦、駆逐艦などの艦艇娘『艦娘』の1人。提督は彼女らを育成し、隊を編成して出撃させ敵を撃退する。電が初めての艦娘か、と思うと提督になったという実感が改めてわいてくる。
「ああ、連絡は受けてる。凪だ。これからよろしく」
電に握手を求めて手を伸ばす。それに恥ずかしそうにしながら自分の手を伸ばして握手をする。ギュッと小さいがしっかりと握り返してくる手に頼もしさを感じる。
あまり長く握手をして変に思われるのも嫌なので、手を離す。
「ところで、電以外に今この基地に戦力はいるのか?」
技術者やらはいるんだろうが、電以外の駆逐艦や重巡、軽巡などはいるのだろうか。
「いえ、まだ電だけなのです。任務や出撃中にスカウトしたりしてこれから増やす形になります」
ふむ、と顎に指を当てる。
(なら任務をこなしつつ、余裕があれば増やしていく感じでいいか。今の資材の量にも余裕があるだろうか? 送られてくる資材の量にもよるが、最悪燃料と弾薬があれば……)
と頭でこれからの事を考えていると、何も言わずに難しい顔をしている凪に不安になったのか、電が不安げに見上げながら話しかけてきた。
「あ、あの電だけでは不安ですか?」
しまった、と思い電の頭に手を置き優しく撫でてみる。急に頭を撫でられてビクッと体を震わせるが、恥ずかしそうに撫でられる電。
「いや、そうじゃない。一番初めに俺の艦隊に来てくれた電に俺は期待してるからな?」
そう言って、ふいに凪は子供が苦手なのを思い出す。それに思わず難しい顔にふたたびなる。恥ずかしさで凪を見れないのか、幸いにも難しい顔をしてるのを電に見られずに済んだ。
そろそろいいか、と手を離す。
「電、とりあえず資材の量を把握しときたい。基地の案内も兼ねて一緒に回ってほしいんだが、どうだ?」
その申し出にピクッと体を震わせた電は顔を緊張した面持ちに変えた。頭を撫でた時に少しでもリラックスしてくれたと思ったのだが、また緊張させてしまった。しまった、と反省しつつ、電の返事を待つ。すると、電は表情を引き締めて拳を握り凪を見上げた。
「早速任務ですね! 電の本気見るのです!!」
そう言って、凪の手を取り執務室から出る。
「お、おう」
自分を引っ張る、強くもなく弱くもない力の少女、電。会ってまもない自分のために頑張ろうとしてくれる彼女に頼もしさを感じつつそのまま凪は引っ張られる。
基地内を電に案内されて、執務室に戻ってきた2人。案内と言っても、電もここに着て間もないためお互い見取り図を手に回っていた。そのせいで少し時間を食ったが、資材の量も把握できたし、だいたいの位置も覚えた。
執務室に設置された自分の机に向かって書類を作成する。その横で、黙って見守る電。
(資材は電だけなら余裕があるし2、3人くらいならまだ大丈夫だな。任務をこなして資材の配給をもらって、人員を増やすのがしばらくの目標だな)
そう考えながら、できあがった書類を横に置き伸びをする。
「司令官さん、これからどうしますか?」
わざわざ凪が終わるのを黙って待っていたようで、まだぎこちないが笑顔を見せてくれる電。それに、書類作成で体にかかった少しの疲労が癒された気がした。自然と顔が綻んだ。
「そうだな……」
ちらっと窓の外を見る。空は夕暮れにさしかかり、暗くなり始めていた。今から出撃させるのはないな、と判断し今出されている任務の確認がてら書類を確認をする。
「これは明日でいいし、これも、これも……」
目を通していって、今電1人でこなせそうな任務が見当たらない。できそうなのが、この基地周りの警備ぐらい。この辺は出てくる敵もそれほど強くないらしい。ただ、電のような駆逐艦だと被弾すれば落ちる可能性があるのも否めない。見通しの悪くなり始める今の時間帯からあえて電を出撃させるようなリスクを侵す必要はない。
「ないな。ゆっくり休め」
書類を机にそっと置く。そして思う。もっと人員がいる! と。ふっと遠い目をする凪。
「えっと、じゃあ休むのです。お疲れ様でした」
凪の様子を見て察し、苦笑いする電はぺこっとお辞儀する。
「お疲れ」
電がとことこと執務室から出ていくのを見送り、凪はふうと一息ついて椅子に座る。
背もたれにもたれ、天井を見上げた。
「明日は電の力を見たいから警備に当てて、艦娘の増員と装備の開発をやるか。気を付けるのは、直接被害の出る電と、資材の消費か」
明日のやることを決め、まぶたを閉じた。