ヤンデレの装者たちに死ぬほど愛されて眠っちゃうビッキーの話   作:nagato_12

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お次の子はおさんどんです。


三人目・調のケース

 

 

   *  *  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「――どうぞ、響さん」

 

 

 

「あ、ありがとう……調ちゃん」

 ワタシは、玄関の扉を開けて招き入れてくれた調ちゃんにお礼を言いながら、部屋の中へと足を踏み入れた。

 

「ごめんね、急に電話しちゃって……」

「いえ……大丈夫です」

 

 他でもない――切ちゃんのこと、なんですから。そう言って、調ちゃんは複雑そうな顔をしていた。

 

 あの後――駅前に切歌ちゃんを残したまま、一人だけで逃げ出してしまったワタシは、はっと我に返って、あんな切歌ちゃんを放っておくことなんて出来ないと思い、電話を使って切歌ちゃんと一番親しい間柄の調ちゃんに、助けを求めたのだった。

 クリスちゃんに引き続き、切歌ちゃんの様子までおかしくなってしまったとなれば、それはもうワタシ一人では対処しきれない異常な状態だと、そんな判断をした上での行動でもあった。

 

 どうやら調ちゃんは、今日一日ずっと寮にある自分たちの部屋で居たらしい。

混乱しながら、なんとか電話口で一連の事情を説明したワタシに、調ちゃんは、

 

『クリス先輩のことはわからないんですけど……実は、切ちゃんについては少し″心当たり″があるので……。響さん、よかったら今から、家に来てくれませんか』

と、そんな提案をしてくれたのだった。

 

 そうしてワタシは、切歌ちゃんから逃げ出したそのままの足で、調ちゃんたちが普段暮らしている寮部屋にまでやってきたのである。

 クリスちゃん家ほどではないにしろ、今まで何度かお邪魔したことのある、調ちゃんたちのお家。

 

 調ちゃんに案内をしてもらいながら、ワタシは部屋の中に入ると、すぐに辺りを注意深く見渡して、

「そ、それで調ちゃん……。その……き、切歌ちゃん……は?」

 

 と、思わず訊いてしまっていた。思い出すのはもちろん、さっき目の当たりにしてしまった切歌ちゃんの、あの異常な姿。

「まだ……帰って来てません。何度か電話もしてるんですけど、全然通じなくて……」

 

 眉を下げて、心配そうな表情を浮かべながら答える調ちゃん。大切な人と連絡がつかないのだから、それは当たり前のことだった。

「そ、う――なんだ」

 

 ワタシはその答えを聞いて、ホッとしたような、切歌ちゃんへの心配が更に増加したような、そんな複雑な気持ちになった。

「……椅子、どうぞ」

 

 調ちゃんに促されるまま、リビングに置かれていた椅子へと腰を降ろす。

「そ、それで調ちゃん……切歌ちゃんの異変に『心当たり』があるって……。そう、電話で言っていたけれど……」

 

 ワタシは席に着くなり、無駄な話をしないで早々に、調ちゃんに本題を切り出していた。

 今日ワタシが会ったあのクリスちゃんと切歌ちゃんは、どう考えても普通の状態じゃない。あのままの二人を放っておいたりしたら、一体どんな酷い事になるか……考えたくもなかった。

 

 早く、なんとかして助けてあげないと……。

 あの二人の身に起きた異変に、少しでも関係しているような手がかりがあるのなら――ワタシは調ちゃんの言葉を、黙って待った。

 

「実は切ちゃんは……最近ずっと、感情が不安定だったんです……」

「ずっと……?」

 

 今まで隠してきた辛い事をやっとのことで打ち明けるような、そんな苦しそうな表情をして調ちゃん。

 ワタシはそんな調ちゃんからの告白に、思わず茫然としてしまった。

 

 ずっと――? そんな……だって昨日だって、本部の訓練で顔を合わせたときは、切歌ちゃんはいたって普通の――いつも通りの切歌ちゃんだった、ハズなのに……?

 そんなワタシの顔を見てか、調ちゃんが「……あれ、見えますか」とおもむろにリビングの一画を指で差しながら訊いてきた。

 

 ワタシはその方向を向いて、そして衝撃を受ける。

「え……? あ、あれって″お薬袋″……?」

 

 調ちゃんが指し示した場所。そこには、リビングに備え付けで配置されていた小さな食器棚があった。調ちゃんの指は、その棚の上に置かれていた、一つの編み籠――その中に入れられていた、白い紙の小袋を示している。

 それは今ワタシたちが座っている場所から、それほど離れた場所ではなかったので、その小袋の表紙に印字されていた文字まで、ワタシにはっきりと読むことが出来た。

 

『内服薬 暁 切歌 様 一日三回 食前』

 

「あれ……実は本部から、こっそりと内緒で切ちゃんが処方してもらっている、精神安定剤なんです……」

「えッ――!?」

 

 薬の正体を教えられ、愕然とするワタシ。調ちゃんはそのまま言葉を続けた。

「ちょっと前から、切ちゃんは精神的に不安定になってしまっていたんです……原因は、心理的なものなので、これといった特定までは出来なかったんですけど『他のみんなには心配かけたくないから』って、切ちゃんそう言ってて……」

 

「……そ、んな」

「切ちゃん、今朝の飲まなきゃいけない分のお薬を、うっかり飲み忘れちゃってたみたいで……多分ですけど」

 

 じゃあ、さっきの切歌ちゃんの様子は――。

 あえて最後までは口に出して告げなかった調ちゃん。ワタシそれを聞いて、全身から血の気が引いていくような感覚を味わった。

 

「わ、ワタシ……ッ、それなのになんにも知らずに、切歌ちゃんにあんなッ、酷い事……!?」

「い、いいえッ! 響さんは少しも悪くないんですッ! 悪いのはぜんぶ、お薬を飲み忘れたりした切ちゃんだから……っ」

 

 勝手に怖がったりして、そんな状態の切歌ちゃんを一人置き去りにしたまま、自分だけ逃げ帰ってきちゃっただなんて……ッ! ワタシ、最低だ……ッ! 知らなかったとはいえ、自分で自分を怒鳴りつけてやりたくなった。

 もしかしたら――クリスちゃんのときにも、そういった事情があったのかもしれない。そう思うとより一層、自分はなんて酷いことをしてしまったんだと、今さらになって後悔し始めた。自分の不甲斐なさに腹が立つ。

 

 ワタシは椅子を引いて、立ち上がった。

「なら今すぐにでも、二人を探しに行こうよ調ちゃんッ! なにかあったりしたら、大変だよ……ッ!」

 

「……そうですね、わかりました。わたしもすぐに支度をしてきます」

 調ちゃんも、ワタシと同じように立ち上がる。そして、そのまま歩いてリビングの隣にあった、キッチンのあるスペースへと入っていった――え? キッチン……?

 

「あれ、どこへ行くの調ちゃんッ!?」

「……実は、響さんがお家に来るついさっきまで、ずっとここでご飯を作っていたんです。切ちゃんと一緒に食べようと思って――だから、わたしが着替えて準備している間、よかったら響さんに味見をして頂きたくって……」

 

 調ちゃんがそう言いながら、すぐにリビングへと戻ってきた。その手には、中身の入った食器が並べられた、大きなお盆が提げられている。

「ご、ご飯だなんてッ! 調ちゃん、そんな悠長な――」

 

 呑気なことを口にする調ちゃんに、ワタシが面食らって、反論しようとすると。

「わたしが着替えている間だけです。ほんの少しでも良いので」

 

 そう言って、調ちゃんがワタシの目の前にくるように、持っていたお盆を机の上に置いた。見るとそれはご飯が入った茶碗と、味噌汁のお椀。そして、豚のしょうが焼きらしき主菜の並んだ、夕食の献立のようなメニューだった。

「切ちゃんが迷惑をかけた、せめてものお詫び、なんです……」

 

「し、調ちゃ――」

 いつものワタシなら、ここで飛び跳ねながら大喜びをする場面なんだろう。だけど今は、調ちゃんの手作り料理をゆっくり堪能しているような時間はない。ワタシは調ちゃんにもう一度、抗議の声を上げようしたが、

 

「では、わたしは奥の部屋で着替えてきます――少しでも召し上がってもらえると、うれしいです」

 それだけ言って、さっさと調ちゃんは奥にあった部屋へと引っ込んでいってしまった。

 

 残されるのは、調ちゃんが作った食事の並んだお膳と、椅子に座ったワタシだけ。

 なんだか、勢いが削がれるような展開だった。

 

(調ちゃんったら……そんなのんびりしていて、ホントに大丈夫なのかな……?)

 目の前にはたった今盛られたばかりなのだろう、湯気の立った美味しそうな食事。普通ならば、さぞかしワタシの胃袋を刺激するような光景なのだろうが、はっきり言って今のワタシは、呑気にご飯を食べていられるような気分じゃなかった。

 

 しかし、調ちゃんが最後に残していった、あの言葉を思い出すと、なんだかそれも可哀想な気がした。

 少しでも召し上がってもらえると――うれしいです。

 

「……きっと、ワタシのことを気遣ってくれたんだよね」

 気が進まないまま、せめて少しでも言われた通りにして食べてあげないと、せっかく用意してくれた調ちゃんに悪いと思って、ワタシはおずおずと箸を手に取った。

 

 少し迷って、最初に手をつけたのは、しょうが焼きのようなメインのおかずが載せられたお皿。

 食べやすいサイズに小さく肉を箸で切って、口元に運ぶ。

 

 醤油の焦げたこうばしい香りと、そしてなんだか、今まで嗅いだこともないような変わった匂いが、ワタシの鼻をついた。

(なんだろ、この匂い……隠し味かな?)

 

 不思議に思いながらも、しょうが焼きを口の中へと放り込んだ。

「――ッ、ぅッ!!!?」

 

 真っ先に口に広がったのは、豚肉の食感と、そしてその肉に上にかかっていたタレの味。

 

 

 

 まるで鉄をそのまま水に溶いて回し掛けたような、そんな――濃厚な鉄臭い味だった。

 

 

 

「っぶ、ぇ――ッ、ごほッ!! げほ、ごほッ……!!?」

 ビックリして、口に入れたものを全て吐き出してしまうワタシ。今まで味わったこともないような味に、思わず喉の奥がえずいてしまいそうになった。

 

「――どうしたんですか、響さん」

 そんな風に背後から声を掛けられて、思わず肩が跳ねる。

 

「し、しら、べッ、ちゃ――げほごほッ、ぉ、ぇ……な、何こ、れぇ、っげほ……うっ、ぇ……!」

 咽せてしまっておよそ言葉にならないワタシの背中を、いつの間にか近くまでやってきていた調ちゃんが、優しく撫でてくれた。

 

「し、調ちゃ――」

「めずらしいですね、いつもは食べるのが大好きな響さんが、ごはんを吐き出しちゃうだなんて」

 

 

 そう言いながら調ちゃんは、ワタシの背中を撫でている手とは、別の手で、

 

 

 

 ワタシが吐き出したものを手掴みにして、そのまま無理やりワタシの口の中へ捻じ入れてきた。

 

 

 

「ぇ、ぁ――ぅ、ぐぅぅッ!!? ん……ぅッッ!? んんぅーッ!? ぐぅッ――っはッ……ぉ、ぇッ! ぅえ、おぇぇ……ッ!!」

 再び口の中で広がる、吐き気を催すほどの鉄臭さ。思わずワタシは調ちゃんの身体を弾き飛ばすと、もう一度それを吐き出した。

 

 口の中のものだけに留まらず、まるで胃袋が裏返ってしまったかのような気味の悪い感覚。脳みそをじりじりと焼いて焦がすような、その強烈な感覚に、ワタシの目には生理的な涙が溢れた。

 鉄臭い料理の味に代わって、胃液の混じった強烈な苦味が、ワタシの口の中で暴れ回っている。

 

「げ、ぇ……ぇほッ、ごほッ……ぉ、ぇ……ッ、し、しらべ、ちゃ……ッ、い、いったい、なにを――……ッ!?」

 突然の事態に、ワタシの思考がフリーズしてしまう。慌てて、突き飛ばした調ちゃんの方を振り返ってみると、

 

 そこには満面の笑みを浮かべてワタシを見ている、調ちゃんの姿があった。

 

「――ッひ!?」

「あぁ、素敵……素敵です、響さぁん……」

 

 うっとりと恍惚の表情を浮かべている調ちゃん。その瞳には、普段の彼女らしい輝きはなく。

 じっとりと湿ったような、歪な色をした光が燈っていた。

 

 まるでそれは――クリスちゃんや切歌ちゃんのときと同じ。

「そ、そんな……ッ、な、なんで――調ちゃん、までぇ……ッ!?」

 

 座っていた椅子から転がり落ちるようにして、慌てて後ろへ退こうとするワタシ。あまりの恐怖からか腰が抜けてしまって、すぐに立ち上がることが出来なかった。

「う、嘘だよね……ッ? い、嫌だよ、へんな冗談はやめてよ……ッ、調ちゃん……ッ!」

 

「切ちゃんったら、本当に悪い子……。響さんに、こんなに心配をかけさせちゃうなんて……」

 ワタシの言葉なんてまるで耳に入っていないみたいに、調ちゃんは独り言をいうように呟いている。

 

「ほかでもない響さんに迷惑をかけるだなんて、いくら切ちゃんでも許せないですよ――ねぇ、響さん?」

 もしも、切ちゃんが邪魔になったら、いつでも――このわたしに言ってくださいね。と。

 

 うっとりと惚けたような表情を浮かべたまま、彼女はただ微笑んでいた。

 そして、

 

 

 

 ――そのときは、わたしが響さんの為に、切ちゃんを取り除いてあげますから。

 

 

 

 と、そう言った。

「そ……んな……うそ、っ……嘘だよ……ッ、ねぇ、調ちゃん……しっかり、しっかりしてよぉ……ッ!!」

 

「あぁ、そうだ。たくさん食べる響さんのために、今日はいっぱい作ったんですよ。まだまだおかわりはあるので、どうぞ遠慮せずに召し上がってくださいね」

 そう言って、調ちゃん。ワタシが吐き出した物ですっかり汚れてしまっていたお盆の上――そこに載せられていたお汁茶椀を、気にせず調ちゃんは素手で持ち上げて。

 

「ほら、このお味噌汁なんて、わたしの自信作なんです。いっぱい――隠し味を、たくさん淹れたので」

 濁った瞳で、にっこりとワタシに向かって微笑んでいた。

 

「ぅぁ、ぁぁああッ! い、嫌……ッ! 嫌ぁあ……ッ!」

 足でフローリングの床を蹴るようにして、調ちゃんから逃れようと後ずさるワタシ。やがてドンっと、ワタシの背中が近くにあった食器棚とぶつかると、その衝撃で棚の上に載ってあった物が、辺り一面に落ちてきてしまった。

 

 そこには――切歌ちゃんの薬が入っているという、あの編み籠も含まれていて。

 白い紙袋が入った丸い形状をした編み籠が、ワタシの足元まで転がってくる。ワタシの視界は勝手に、その籠を映した。

 

 ぱさっと。お薬袋が籠から飛び出していく、そんな軽い音。その数は――二つ。

 一つは切歌ちゃんの名前が入った袋。そして、もう一つには。

 

 

 ――『月読 調』と。確かにそう、記されていた。

 

 

「う、ぅぁああぁあああああッッ!!」

 絶叫を上げながら、チカラの入らない身体を強引に引きずり上げるようにして、その場を駆け出すワタシ。走ることはおろか、立ち上がることすら上手く出来なかったけれど、そんなことはどうでもよかった。

 

 少しでも、この目の前の少女から距離を取らないといけない。でないと――でないと、ワタシは。

 床や壁に、何度も自分の身体を打ちつけながら、からがら家の玄関へと辿り着いたワタシ。震える手でノブを捻って、勢いよく外の世界へと飛び出した。

 

 外へ出る、その瞬間。

 ワタシの背後にいた調ちゃんが、本当に優しい――蕩けるような声で。

 

 

「なにか困ったことがあったら――またいつでも此処にいらしてくださいね」

 

 

 と言ったのが、背中越しにわずかに聞き取れたのだった。

 

 

 

   *  *  *  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 




次話は明日の午前零時に投稿予定です。
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