ヤンデレの装者たちに死ぬほど愛されて眠っちゃうビッキーの話 作:nagato_12
ヤンデレな
マリア(言いたかっただけ)
生理的嫌悪感に更にブーストをかけていくスタイル。
* * * ◇ ◇ ◇ ◇
もうなにがなんだかわからずに、自分が変になってしまったんじゃないかとさえ思いながら、アテもなく色んな方向へ走り続けて、やがて体力の限界が訪れてしまったワタシは、リディアンの近くにある公園まで行き着いていた。
著しい恐怖に襲われたことによる生理的な現象なのか、目からは大粒の涙が止め処なく流れている。
「……っひ、ぐす……ぐす……」
わからない。ワタシの知らないところで、みんなの身にいったいなにが起きてしまったというんだろう。
クリスちゃんと切歌ちゃん。そしてさっき見た、あの調ちゃん。
三人の、あのどろりと濁ったような、気持ち悪い輝きを放っていた瞳が、ワタシの脳から離れない。
ズキズキと。逃げるために色んな場所でぶつけてしまった、自分の身体が今さら痛んできて辛かった。
朝から走りっぱなしだったワタシの足は、まるで根を張ったみたいにベンチに貼り付いてしまって、もうこれ以上一歩たりとも動けそうにもなくて。
「……ぐす、っひぐ……ぅ」
どうすることも出来ずに、未知の恐怖に身体を震わせながらワタシが、ただ公園のベンチの上で声を押し殺して泣き続けていると。
「――なんだ、随分と泣き虫な子供が公園にいると思ったら、響じゃないの」
と、いきなりそんな風に誰かに声を掛けられてしまった。
「ひぅッ……!?」
短い悲鳴を上げたワタシが、慌てて顔を上げてみると――果たして、そこに立っていたのは。
大きな紙袋を提げて、こちらを不思議そうな顔で覗き込んでいる、マリアさんだった。
「ぅえっ、ぁっ、ま――マリア……さん……ッ!?」
「あら、ごめんなさい。もしかして驚かせちゃったかしら? えぇ、そうよ、マリア・カデンツァヴナ・イヴよ」
ビックリして、涙でぐしゃぐしゃになった目を丸くするワタシ。
なんで、どうして……? マリアさんは今ごろ、翼さんとロンドンに居るんじゃ……?
「……? なにをそんなにビックリしているの? まるで幽霊にでも行き逢ったような顔をして……って、あれ――イヤだ、もしかして私ったら、手紙に書き忘れちゃってたのかしら!?」
ワタシの反応を見て、マリアさんは首を傾げていたようだったが、やがてハッとした表情を浮かべたかと思うと。
「実は日本で、急な収録の予定が入ってしまっていてね、今日の朝一番の飛行機で、翼と一緒にこっちへ帰ってきていたのよ」
と、穏やかな顔でそう説明してくれた。
「そぅ、だったんですか……」
「さっきまで翼と一緒にS.O.N.G.へ行って、司令たちに挨拶をしていたんだけれど、私は私でせっかくだから、調たちの顔でも見に行こうと思ってね。ついさっき別れたばかりなのよ?」
それで歩いていたら、公園の中で貴女が大声を上げて泣いているんだもの。驚いてしまったわ。
マリアさんの落ち着いた声を聞いたせいか、ワタシの中にピンと張り詰めていた緊張が、わずかに緩んだのが自分でもわかった。
ポロポロと、また涙がワタシの目から溢れてくる。
「ま、まりあざん……ッ、うぇえ……ッ! ひっ、ぐず……ッ!」
「あらら」
思わず彼女の身体へと飛び付いていって、人目も憚らず号泣してしまうワタシ。服が濡れてしまうのも気にしないで、マリアさんはそんなワタシの頭を、優しく撫でてくれていた。
よかった、いつものマリアさんだ……ッ!
マリアさんに抱きついたまま、ワタシは心地の良い安心感に身を包まれる。
いつも通りの彼女の姿に、ワタシは心の底から安堵した。ずっと混乱だらけだった自分にとって、それはこれ以上ないくらい嬉しいことだった。
「いったい、どうしたっていうのよ……まったく。まるで、身体だけが大きい子供みたいね?」
「じ、実は……ふぐッ、み、みんな、がぁ……ッ、ひぐっ」
慌ててさっきあった出来事をマリアさんに話そうとして、そして詰まってしまうワタシ。盛大に泣いてしまったせいなのか、話そうと思って口を開いても、勝手にしゃくりあげてしまって上手く言葉が出てこなかったのだ。
はやく、はやく事情を話さないといけないのに――大変なのに。
わかっていても、嗚咽が混じってしまって、ワタシは言葉がうまく喋れなかった。
「よしよし、話はあとでゆっくり聞くわよ。まずは落ち着きなさい。ほら、椅子に座って」
マリアさんに抱き止められたまま、ワタシはまたベンチに座り直す。マリアさんはワタシが安心できるように、ワタシの手を優しく握ったまま、もう一方の手に持っていた大きな紙袋を見せてくれた。
「ほら、こうして皆に、ロンドンのお土産も買ってきたのよ? 貴女の分もあるから、ね? だからどうか泣き止みなさい、響」
「……ぐすっ、……ひくっ」
まるで玩具を見せて、泣いている赤ん坊の気を引く母親のような真似をするマリアさん。ワタシはそれがすごく恥ずかしかったが、それよりもマリアさんの優しさに安心してしまって、余計に涙が溢れてしまった。
「きっと気に入ってもらえると思うわ。ほら、これが――貴女の分よ」
紙袋から中身を取り出して、ワタシに見せてくれるマリアさん。彼女の手にあったのは、可愛くオレンジ色のリボンでラッピングされた、大きめの紙で出来た白色の箱だった。
「ほら、よかったら開けて、中身を見てみて頂戴」
にっこりと慈愛に満ちた顔で微笑んで、マリアさん。ワタシはそれを「あ、ありがと……ひっく、ございます……ッ」と、なんとかお礼を言ってから受け取った。
その箱はあまり重くはなくて、持ってみた感覚で判断する限りでは、衣類かなにかが入ってあるみたいだった。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を必死で手で拭いながら、箱の包装を解いていくワタシ。なんだか本当に子供の頃に戻ったみたいで、余計に恥ずかしい。
マリアさんが隣で、そんなワタシの様子を上機嫌そうに眺めていた。
「……?」
箱を開けて、その中身を見たワタシは――しかし、疑問符を浮かべてしまう。
衣類だと判断していたワタシの直感は、どうやら的中していたようだった。
箱の中にはやけに派手な色をした、布製品のような物がまるで詰め込まれるように、ぎっしりと納められていた。
しかし、すっかり泣き疲れてしまって、いつもの判断力を失ってしまっていたワタシは、″それ″が一体なんなのか、すぐに一目では判別することが出来なかったのだ。
判断力もなければ、ろくに思考も回らなかった。
マリアさんが、首を傾げているワタシを嬉しそうに見ながら、そしてワタシの耳元で囁いた。
「どう? 素敵でしょう? その『ブラジャー』」
「――……え?」
予想外の言葉を聞いて思わず驚いてしまった拍子に、ワタシは持っていた箱ごと、地面にそれを取り落としてしまった。
落とした弾みに、箱の中身が飛び出して、地面にぶちまけられていく。
ワタシの足元に広がったのは、どれも目に痛いようなキツイ色ばかりをした、十着はあろうかという大量の下着。
あれだけ止めようとしても止まらなかったワタシの涙が、まるで蛇口を戻したようにピタリと止んだのがわかった。
代わりに溢れてくるのは――冷たい汗。
……な、に、これ。
目の前に広がった異常な景色に、ワタシの思考が完全に停止する。
「あぁ、きっとサイズはピッタリだと思うから、安心していいわよ響。貴女ときたら、年頃の女の子だっていうのに、柄物の下着を全然持っていないんだもの。女のセンスは下着にこそ表れるモノなんだから、見えない場所だからと言って気を抜いていてはダメよ」
貴女の衣装棚に入ってある〝モノ″も、決して悪い趣味じゃなかったけれどね。
隣に座っていたマリアさんは、そう言ってワタシの頭をまた撫でた。優しい手つきだった――まるで可愛らしい着せ替え人形にでも触れているような、そんな優しい手つき。
ぞわりと。全身が粟立つような、そんな嫌な感覚がワタシの身体を駆け抜けていく。
「ま、りあ……さっ」
今度は息が詰まって、上手く言葉が出てこなかった。ワタシの足元の地面に広がっている″それ″が、彼女なりの意地の悪いジョークかなにかであることを、ワタシは心の底から祈り続けていた。
そうだよ――きっとそうだ。マリアさん、ああ見えて少しイタズラ好きなところがあるから、きっと今回もそれで……。
やっぱり、海外に住んでいるような人は一味も二味も、考えていることが違うんだなぁ。ワタシみたいな子をからかって遊ぶだなんて、マリアさんも人が悪いんだから……。
「ところで、ワタシからの手紙はもう読んでくれたかしら? 読んでくれたわよね、わざわざ〝貴女が寮から出て行く瞬間″を見計らって、ポストの中に投函しておいたんですもの」
だからきっとすぐ、マリアさんは笑いながら『冗談よ』って、そう言っていつもの顔で笑ってくれるハズで……っ。
「あら、そういえば貴女、手紙を入れていたオレンジ色のポシェットはどうしたの? ホラあの、遊びに行くときにはいつも使っている、お気に入りのポシェット――あぁ、そうか、クリスの家に置いてきてしまったのね」
きっと……すぐに……、いつもみたいに……っ。
「それにしても、一日にクリスと切歌、そして調の三人に会いに行っているだなんて、思っていたより気の多いイケナイ子だったのね、響は。とんだ浮気者だわ。そのたびにスマホのGPSを辿って、後を追いかけていた私の身にもなって欲しかったわよ」
やめて……、もう、いいよ……マリアさん、もう十分だから……っ。
「まぁ、そのおかげでこうして、二人っきりの公園で子供みたいに声を上げて泣いている、貴女の顔を近くでじっくり眺めることが出来たのだから、私としてはわざわざ日本に帰ってきた甲斐があるというものだけれどね」
もう……っ、もう嫌だぁ……ッ。
「――そうよっ、せっかくこうしてプレゼントしたんだから、着けているところを私に見せてくれないかしら?」
そこには、どろりと濁った瞳をこちらに向けて、上機嫌に微笑んでいるマリアさんの姿があった。
「ぃっ――嫌ぁぁあぁッ!!」
喉が裂けてしまったんじゃないかと思ったほどの絶叫。ワタシはそれからマリアさんの手を跳ね除けると、そのままベンチから走り出してしまった。
走り出そうとする瞬間、足元に散らばっていた衣類を踏んだせいで、足を取られて転んでしまいそうになった。しかしワタシは、なんとか姿勢を保つことに成功して、全速力でその場を後にする。
(なんでッ! どうしてこんなッ! もうわかんないよッ――どうしちゃったの、みんなぁ……ッ!?)
もはや逃げる先にアテなんてない。ただ公園の敷地から飛び出して、人の多い場所を目指して走り続けた。
さっき転びそうになったときに足首でも捻ってしまったのか、走るたびにズキズキとした痛みが走っていた。しかし、だからといってここで足を止めることなんて出来ない。
もう無理だった。何度考えても理解の追いつかない現状に、完全にワタシの頭は思考放棄してしまう。
走るたびに増していく足の痛みが、疑問すらも滲ませていくような、そんな気さえした。
本当はみんな、初めからどこもおかしくなんかなっていなくて、ただ自分だけが一人だけ変になってしまったんじゃないかと、そんな嫌な想像が頭を通り過ぎていった。
そうだよ、だって昨日までみんな普通だったのに――いきなりおかしくなっちゃうなんて、ありえないよ。
本当はみんな今ごろ、突然おかしくなってしまったワタシを心配して、探し回ってくれていたりするんじゃないか、と。そんな現実逃避のような妄想をし始めるワタシ。
そう、明日になったらみんな、元の優しいみんなに戻っていて……それで――『心配したんだから』って言いながら、ぎゅっと抱き締めてくれて……。
痛みが我慢できる限界を越えてしまって、ワタシは走るのをやめて歩き始めていた。
おぼつかない足取りで、差しかかった曲がり角を折れる。ここを抜ければ、人の往来が多い大きな道に出る。これできっと――。
角を曲がった先。
そこには、見惚れるような素敵な笑顔を浮かべて立っている、マリアさんの姿があった。
「見ーつけた」
* * * * ◇ ◇ ◇
上げてから落としていく外道。
次話は明日の午前零時に投稿予定です。