ヤンデレの装者たちに死ぬほど愛されて眠っちゃうビッキーの話 作:nagato_12
今話からえぐさと胸糞さがエクスドライヴします。引き返すなら今です。
* * * * ◇ ◇ ◇
「ほら――水だ。少しは気分が落ち着くといいのだが」
そう言って、翼さんはミネラルウォーターが入ったペットボトルを、ワタシに差し出してきてくれた。
「……ありがとう、ございます」
しかしワタシは差し出してもらったそれを、すぐに受け取とうとはしないで、慎重に警戒を払いながら受け取った。
「……心配せずとも、ただの水だぞ?」
ワタシのそんな様子を見て、翼さんが苦笑気味に言った。気を悪くさせてしまったんじゃないかと不安になったが、今日一日ずっと、怖い目に遭い続けて来たワタシは、すっかり人間不信に陥ってしまっていたのだった。
見るとそのペットボトルはまだ新品で、開けられたような形跡は見つからない。ワタシは怯えながら蓋を開けると、おそるおそる中身に口をつけた。
変な味はしない。ホッとする反面、自分にいい加減、限界が来ているような気がして嫌な気持ちになった。
何度も何度も走り続けて、すっかり喉がカラカラに渇いていたワタシは、まるでがっつくように水を飲んだ。
「誰も取りはしないから……ゆっくり飲むといい」
翼さんはそう言って、ワタシのことを気遣ったのか、少し離れた位置にあるベッドの上に腰を預けていて、同じお水が入ったペットボトルを飲んでいた。
いけないとわかっているのに、翼さんから目を離すことが出来ない。いつまた、他のみんなのように翼さんが豹変してしまうかと思うと、身体が震えてしまいそうだった。
マリアさんに追いかけられたワタシが、痛む足を引きずりながら必死に街の中を逃げ回っていると、その先でたまたま、バイクに乗った翼さんと出くわした。
『――話はあとだッ! とにかく乗れ立花ッ!』
ワタシの後ろから追いかけてくるマリアさんの姿を見て、並々ならぬ状況だとそう判断したのか、翼さんはそう言いながらワタシにヘルメットを渡してくれた。
乗っていいのか、すっかり他人を信じられなくなってしまっていたワタシは悩んだけれど、追いかけてくるマリアさんに捕まってしまえば、なにか酷く取り返しのつかないようなことになる気がして、ワタシは言われた通りに翼さんの後ろに飛び乗ったのだった。
それから翼さんは、日本で滞在する間に使うために借りたという、近くのホテルへとバイクを走らせてくれて。
「ここはマリアも知らない場所だ。だから、安心していい」
と、そう言ってワタシを部屋の中へ通してくれたのだった。ちなみに来る途中、ワタシは少し迷ったけれど、自分のスマホは適当な場所に投げ捨ててきた。持っていたら、いつまたマリアさんが、ワタシの居場所を辿って追いかけてくるかわからなかったから。
「つばさ……さん」
喉が潤って、ようやくまともに言葉を話せる程度には落ち着いてきたワタシが、彼女の名前を口にする。
「……憔悴しているな。ひどい顔だ」
翼さんはそう言うと、険しい表情をその顔に浮かべて呟いた。
今日一日で初めて向けられた、笑顔以外の表情。ワタシはそんな彼女の姿を見て、少しだけホッとしてしまった。
だって今まで見てきたみんなは、怖いくらいの満面の笑顔を浮かべながら、ワタシに接してきたのだから……。
「えっ、と……あの、その……ッ」
なにがあったのか事の経緯を話そうとして、そして、どこから話したらいいのかを迷ってしまう。
クリスちゃんに切歌ちゃん、そして調ちゃんにマリアさん……。ワタシに見せた、あの彼女たちの異常な姿を思い出せば思い出すほど、なにかの悪い冗談のように思えてしまう。
みんな、どうしちゃったんだろう……これがただの悪夢だったら、どんなに良いことか。
「あ、の……」
「無理に話そうとしなくて構わないさ――マリアが、おかしくなってしまったのだろう?」
「っ!?」
驚いて、翼さんのほうを見た。
翼さんは力の抜けたような、空っぽな笑みを口元に浮かべながら、
「実はな……ロンドンで私と一緒に、行動を共にしていたマリアなのだが、最近少し……いや、かなり様子がおかしかったのだ」
と言った。かけがえのないパートナーを心配しているような、そんな表情。
「暇さえあれば、ずっと立花の話ばかりをしているし、私が立花と一緒に他の者の名前を出すと、露骨に機嫌が悪くなってしまう……。今回の帰国も、急にマリアが『日本に帰りたい』と言い出してな……。なんだか嫌な胸騒ぎがして、一緒に付いて来てみれば、このザマだったというわけだ……」
「そん――な……」
翼さんの言葉に、絶句するワタシ。
マリアさんが、ワタシのことを……? そんな、嘘だよ。だって……。
マリアさんはいつも、みんなから頼りにされているしっかり者のお姉ちゃんで……。強くて優しくて……そして、みんなのことを一番に考えてくれる、そんな素敵な人で……。だって、それに――
「わ、ワタシは……男の子じゃぁ、ないん……です、よ……?」
「…………」
バツの悪そうな顔で、顔を俯かせた翼さん。ワタシは混乱して、ワケがわからなくなってしまった。
ただ一つ、確実なことがあるとすれば、それは――さっきマリアさんが、ワタシのことを追いかけてきたという事実だけ。
身体がまた、わずかに震えるのがわかった。
「……つ、翼さん。じ、実は……――」
ワタシは翼さんに、おかしくなってしまったのはマリアさん一人ではないことを、たどたどしい口調で語り始めた。クリスちゃんのこと、そして切歌ちゃんや、調ちゃんのこと。翼さんの表情が、みるみる驚きの色に染まっていく。
「な――なんだと……ッ!?」
ショックを受けたように、椅子の上で項垂れてしまった翼さん。ワタシが話した内容が、到底信じられないといったような顔をしている。
「……もしかしたら、ワタシ達が知らないところでみんなの身に〝なにか″があったのかも……知れません」
やっとのことですべてを話し終えて、ワタシは自分の心が少しだけ、平静を取り戻してきたのを感じた。
「助けに――そう、助けに行きましょう、翼さん……ッ」
そして徐々に湧き上がってくるのは、このまま『みんなを放っては置けない』という、そんな確かな気持ち。
もし、みんながなにかの事情によっておかしくなってしまったというのなら、ちゃんと話し合ってそれを解決してあげれば、きっとみんなは元の優しい、いつものみんなに戻ってくれるハズだ――
希望が見えてきたような気がして、震えてばかりだった自分の身体に、わずかに力が戻ってくるのがわかった。
「そう……だな。もとより私も、そのつもりでロンドンから駆けつけてきたのだ」
椅子から立ち上がって、翼さん。その目には力強い輝きが灯っている。
よかった――翼さんと一緒なら、きっと大丈夫。みんなが相手だって、怖くない。絶対に救ってあげられる……ッ。
ワタシは目の前の暗雲が晴れていくような、そんな気分になった――しかし。
「――だが、その役目は私一人に任せてもらおう。お前はここで、事態が収拾するまで待機しておくんだ」
翼さんが、険しい顔つきでワタシのことを見ながら、そんなことを言い放ってきた。
「……えっ!? そ、そんなッ、どうしてですか、翼さんッ!?」
予想外の言葉に、ワタシは慌てて理由を尋ねる。
「……わからないか? 話を聞いた上で判断すると、マリア一人ではなく他のシンフォギア装者全員から今、立花――お前は狙われているのだ」
そんなお前を、みすみす危険が及ぶような場所に連れて行くような真似は、出来ない。と。
翼さんはハッキリと言う。
「この場所は、私以外の人間は誰も知らない。もしもの事態に備えて、緒川さんにすら知らせずに、私が内密に用意していた隠れ家だ。ここならば、誰にも知られずにひっそりと身を隠すことが出来る」
「そ、そんなッ!? そんなのっ、で、出来ませんよッ! ワタシも翼さんと一緒に――」
「――お前はっ! ここで、状況が落ち着くまで隠れているんだッ! ……マリアたちのことは、私に任せろ。必ず元の皆を連れて、お前のことを迎えに来てやる」
翼さんに怒鳴られて、思わず身体を萎縮させてしまうワタシ。
そして翼さんは、さっさと自分の身支度を整え始めてしまった。
「それにお前が一緒に来ると、最悪の場合――〝話し合い″にすらならない危険がある。ギアを雪音の家に忘れてきてしまったという今のお前では、自分で自分の身を護る術を持っていないのだ」
どうか、わかってくれ。
翼さんはそう言って、ワタシの顔を見た。
「お前になにかあったら、私が辛いのだ」
「つ、翼さ――」
「私が迎えに来るまで――決してここから外へ出るなよ」
翼さんはそれだけ言うと、真剣な表情のまま部屋から出て行ってしまった。
ホテルの部屋の中で一人、取り残されてしまったワタシ。
「……みんなが、……ワタシを」
にわかには信じられないような、そんな話だった。
ワタシは全身からチカラが抜けたように感じて、その場にへたり込んでしまった。
どうして――こんな酷いことになってしまったんだろう。
昨日まではちゃんと、いつものみんなが居たはずだったのに。
本当なら今ごろ、翼さんたちが帰ってきたことをみんなで喜んで、一緒にごはんを食べに行ったりしてはしゃいでいたハズだったのに。
ワタシがクリスちゃんに飛び付いていって、それをクリスちゃんが顔を真っ赤にしながら怒って――切歌ちゃんと調ちゃんが、そんなクリスちゃんのことを茶化すように囃し立てたりして、そして笑って――マリアさんがそれを呆れたような顔で見ていて――少し離れた場所で翼さんが、そんなワタシ達のことを楽しそうに眺めている。
そんな幸せな景色が、当たり前のように広がっていたハズだったのに。
「……ぅ、ぁ、……っ、……っ、……ぐずっ、ふぐっ……ぅ」
うずくまって膝に顔を埋めながら、ワタシはまた泣いてしまった。
抑えようと思って我慢しても、涙が勝手に溢れてきて止まってくれない。
「会いた、い、よぉ……ひッく、みんなぁ……ひぐッ」
もう一度、みんなと笑い合いたい。ワタシはしばらくの間、ずっと声を押し殺しながら一人で泣き続けたのだった。
「……行かなきゃ」
そして。
どれほどの時間が経ってからか、ようやく落ち着いたワタシは、おもむろに立ち上がった。
ただ待っているなんて――ワタシには出来ない。
もう一度、みんなと一緒に。
そのためにワタシが行動しないで、ただ泣きながら蹲って待っているなんて出来ない。
大丈夫、きっと上手くいく。翼さんがワタシのことを助けてくれたみたいに、今度はワタシがみんなのことを助けるんだ。
翼さんには怒られちゃうかもしれないけれど、それでも――
「へいき、へっちゃら……だから」
魔法の呪文を呟きながら、ワタシは覚悟を決めて、部屋の玄関まで歩いていった。
扉のノブを捻って、そろそろと足を外へと踏み出す。
はやく、みんなのところに……ッ!
「――いったいどこへ、行くと言うんだ立花」
すると。
扉の向こう側に出た瞬間――そんな言葉と共に、ワタシは凄まじいチカラで部屋の中へと、連れ戻されたのだった。
* * *
「あぁ、どうしてお前は……いったい――どうしてぇッ!? 私の言いつけが守れないんだ、お前はぁッ!?」
ばきっごきっ。
翼さんが怒鳴るたびに、ベッドがギシギシと大きな音を立てて軋んだ。そしてそれに続くようにして、まるで肉と骨がぶつかり合うような、そんな鈍くて嫌な音がワタシの耳に届く。
「ご、ごめんな、さッ――ひ、ぎィ……ッ!? や、やめ、つばささ――ぅぁッ、ぇう……ッ!?」
目の前で火花が散るような、そんな感覚。
そしてやや遅れてから、呻くほどの強烈な痛みが、ワタシの顔面を走っていく。
それが何発も何発も続いて、初めてワタシはそこで、自分が翼さんに殴られているのだと理解した。
「私はお前のことを心配して言ったんだぞッ!? それなのにお前はッ! いつもいつもォッ! 無茶なことばかりしてぇッ!」
人が変わったように怒り狂っている翼さんは、ワタシの悲鳴なんてまるで聞こえていないみたいに、ワタシの身体の上で馬乗りになりながら、その細い腕を何度も何度も振り上げた。
「がッ……ぐ、ぇえ……ッ! や、やめへ……つばささ……いぎィッ! ぐ、ぁ……いたい、痛いですから……ぎゃぅッ! ぅぁ、嫌ぁぁ……ッ!」
必死に顔を腕で庇おうとするけれど、それすらも翼さんに阻まれてしまって許してもらえない。
殴られた拍子に歯で切ってしまったのか、血の味がする口を懸命に動かしながら、ワタシは必死に翼さんに向かって謝り続ける。
翼さんの目が、さっきまでとは違う――どろりと湿った瞳をしていることに、ようやく気が付いて。
(あぁ、この味……調ちゃんに無理やり食べさせられたあの料理と、一緒だ……)
そんな、的外れなことを、どこか別の場所で冷静に考えながら、ワタシは我を失ったように殴り続ける翼さんの拳を、自分の身体で受け止め続けた。
もはや顔の全体が全部痛くて、どこを殴られているのか感覚がない。きっと激しい痛みを感じすぎて、頭がボーっとしてしまっているのだろう、思考がまともに働かなくなっていた。
やがて――鼻血も出たのだろう、翼さんが握った拳にワタシの血がついたところで。
「はぁ、はぁっ……――ぁぁッ!? な、なんだ……これは……ッ!? そんなッ……どうして、そんなッ!? 私が、立花を……ッ!?」
ハッと我に返ったような表情を浮かべて固まった翼さんは、みるみるうちにその顔を真っ青にし始めた。
「ご、めんな……さ……ごめん、な……さ……ぃ……ッ」
口からも、そして鼻からも出血しながら、暴力が止まってからもワタシの口からは、うわ言のように謝罪の言葉が漏れている。
こうして殴られているのも全部、ワタシのせいだ――翼さんの言うことを聞かなかった、そんなワタシが悪いんだから。
だから、こうして謝るのは当然のことだ――ワタシは熱にうかされたような頭で、そんなことを思っていた。
「すまない……すまない、立花……ッ! 私はなんて最低なことを……ッ!」
血相を変えた翼さんが、くしゃくしゃになった顔をしながら、大粒の涙を流し始めているのがわかった。
ワタシはそんな彼女の姿を見て。
よかった――いつもの優しい翼さんに、ちゃんと戻ってくれたんだ。そう思った。
ワタシに暴力を振るってしまった罪悪感で、押しつぶされそうなほど表情を歪めている翼さんの顔。
ワタシはそれを見て、なんだか嬉しくなってしまった――嬉しい?
自分のせいで、翼さんを怒らせてしまった。自分のせいで翼さんに、こんな辛そうな顔をさせてしまった。そんな自分が、情けなかった――違う。そうじゃない。
翼さんの言うことをちゃんと聞いていれば、こんなに殴られることなんてなかったのに――違うッ!
「ま、待っていろ……っ、すぐにっ、なにか、冷やすものを持ってくるから……っ」
翼さんはそう言って、慌てて部屋から飛び出していった。
逃げて――今すぐここから逃げるのッ!
ワタシの本能が、そんな警鐘を大音量で鳴らし続けていた。
――はやく逃げてッ!!
ベッドの上で、ワタシは身体を起こした。
(そうだよ、逃げ――なきゃ)
回らない頭でそう考えて、ワタシはよろよろと力の入らない身体を引きずるように立ち上がると、さっき翼さんが出て行ったばかりの玄関へ向かってゆっくりと歩き出した。
血がポタポタと滴って、翼さんのベッドシーツを汚していく。
ワタシにはなんだかそれが、すごく悪いことをしてしまったような気分になって。自分でもいっそ妙なくらいに、そのことを後悔してしまうのだった。
(おねがい、誰か……。助けてよ……)
* * * * * ◇ ◇
……反省は、しています。
次で最終話になります。明日の午前零時に投稿予定です。