ネウロイが跋扈するこの世界で、事前知識ありとは言えども生き抜くのは大変だった。
幼少期はいつなんどきネウロイが襲ってくるか怖くて怯えていたし、それにアニメ・ドラマCD・小説の三つしか知らないからその他の重要そうな知識なんてからっきし。歳を重ねるにつれて軍に入隊したい気持ちがつのるも、ミリタリー関係はあまり興味が無かったから一から軍規や兵器の名称を頭に叩き込まなければならなかったし、ウィッチの魔力が発現していなければ軍になんて到底入れないだろうオツムの出来だった。
おまけになまじ原作の知識がある分、救える人は救えるだけ救っちゃおうとした。ペリーヌの家族しかり、ミーナさんの恋人しかり、バルクホルンさんの妹しかり。男女あべこべになったから息苦しい生活を強いられてしまい動きづらかったが、多少の差異はあれども救える分は救ってきた。まぁ原作の修正力で叔父さん……もとい芳佳のお父さんやサーニャの家族の行方は相変わらず不明のままだが。
とにかく軍規に逆らってあっちこっちに寄り道してばかりだったが、それらは全てネウロイによる仕業であり、急襲される現地を予知していたかのように基地を抜け出しては急行した僕は、自然と階級が上がって行き勲功ももらい気づいたら大佐の椅子に座っていた。常軌を逸脱した戦歴と戦果の数々により、本来は将校にまで登り詰めてもおかしくないそうだが、前述通り頭がパッパラパーなのと命令違反ばかりで尚かつ男性ということもあり、下手に階級を上げすぎるのはよくないと判断した扶桑のお偉いさんによって今の階級に落ちついている。僕は特にこの階級にケチを付けるつもりはない。ぶっちゃけ大佐がどれくらい偉いのか分からないから。
けど、それなりに高い地位を得ていることだけは理解していた。
当時の第501統合戦闘航空団の中には大佐以上の階級は僕以外おらず、当初は僕が501のリーダーになる予定だったからだ。しかし、やはり命令違反と男性である点がネックらしく『狂犬ウィザード』の肩書きを持っただけの一隊員に落ちついた。発言力とか政治力とかも男女逆転してて、ちなみに上層部は殆どが女性だった。原作でウィッチを嫌悪していたマロニーさんも女性になってた。
後は、僕が齢16歳という年齢なのも大きかっただろうか。そんな年頃の男性を前線に送り込むだけですらあり得ないほど批判が殺到していたと聞く。対処に追われた広報担当の兵隊さんには頭が上がらない。
長々とモノローグを語らせてもらったが、つまりどれだけ僕の存在が異質で階級が上であっても――――。
「――――反省、してますか?」
「はい……」
「……」
「ごめんなさーい」
ミーナさんの権威は健在ということだ。
僕と坂本さん、それに腕組みして仁王立ちするミーナさんの眼前には、石質の床に正座された芳佳とルッキーニとハルトマンがいた。芳佳とハルトマンはひとまず謝罪を述べるが、ルッキーニは「悪くないもん」とでも言いたげに反抗的な目をしていた。
「全く、こんな……いかがわしい物を……貴方達には501としての自覚や責任感は無いんですか!? は、恥を知りなさい恥を!」
ミーナさんが頬を朱に染めながら、彼女達が正座させられている発端となった『ブツ』を「ダン!」と机に叩きつけた。『ブツ』とは、被写体の僕が中心になって映っている写真だった。それも一枚や二枚だけでなく紐で括られたそれは辞書並に分厚かった。それが単なる写真ならまぁ良いのだが問題は内容だ。僕が露天風呂で空を見上げながら寛いでいる写真であったり、半裸でベッドに寝ころんでいる写真であったり、ルッキーニと水浴びではしゃいでいる写真であったり。この時全ての情景は覚えているのだが、この写真全て撮られていた覚えは全くない。
つまるところこれらは――――盗撮写真だ。
「全く……宮藤大佐が進言を断ったからここで済んでいるものの、本来だったが軍法会議ものだぞ」
坂本さんが溜息を吐いて頭を振った。
ぶっちゃけ僕はまだこの世界に慣れていない。男が女性らしく生き、生活し、そして並々ならぬ恥じらいを持つ価値観の違いに未だに苦しんでいる。特に僕がこの世界に溶け込むのに時間がかかったのは、「男が裸になるときにトップスを隠す」文化だった。男が上半身裸になることは、前世で言うところの女性がトップレスになることと同義らしいのだが僕にはそこら辺が理解できず、小さい頃は川遊びする時やお風呂に入るときも股間を隠していただけで終わらせていたが、両親に大目玉を食らってようやくそれがダメなのだと気づいた。みっちゃんも芳佳も黙ってガン見しないで言ってくれよ……。
とりあえず僕が言いたいのは、上半身を見たり撮られたりされる変態的嗜好は無いが、特に上半身を隠すことに抵抗感があったという点だ。
それもあって、僕は今回のことに対して上層部に申し立てるつもりは一切無い。まぁ半裸を見られるのは別にいいけど自室の隠し撮りは流石に勘弁してほしい。これは男女関係なく嫌悪感を抱く行為だ。これ以上極度にプライベートに干渉するのであれば僕も法的措置を執らざるを得なくなる。それが身内の芳佳であってもね。
「でもさー、正直腹筋を自慢しに来る宮藤大佐も控えてほしいよねー。そんなの誰だって我慢できなくなるじゃん」
「そうだそうだー! 私達は悪いことなんもしてなあぁーい!」
「ハルトマンさん!? ルッキーニちゃんも!」
「まぁ確かに……。度々扇情的な格好なるのは気をつけて欲しいが……」
反発するハルトマンとルッキーニに芳佳は目をひん剥いたが、坂本さんは同調して頷いた。隣でミーナさんがため息を吐いているぞ。
とりあえず、これも僕が苦言を取り下げた要因の一つだった。
僕はこの世界では軍人だ。それなりに体を鍛えているから上半身を晒すにあたって恥ずかしい贅肉も無いし、なんならうっすらとシックスパックが割れて自慢したい気持ちにも駆られている。その衝動が爆発して過去にプロパガンダの一環として際どい写真や映像を大本営仕切りの元で撮りまくったけどね。
けど、さっきも弁明したが僕に視姦される変態的嗜好はない。あくまでも純粋な自慢したかっただけ。
一方で、病床に伏せていた前世ではフラストレーションが溜まっていた反動があった。と言うのも、この世界の男性基準だと考えられないくらい開放的になっていると言われたことがある。上半身を隠すことに抵抗があったことも要因の一つだろう。
とまぁ注意されたにも関わらずそれを直そうとしなかった。だから責任の一端は僕にあると考えていた。
「僕もそれに関しては反省してるよ。だから上に通達しないでここで留めてるんじゃないか」
「いーや甘い! 甘すぎるよ宮藤大佐! 私達なんてこの程度で収まってるけどまだまだ序の口だからね! 宮藤大佐のあられもない姿を見たいウィッチはごまんといるけど、それ以上に過激な事がしたいウィッチはそれ以上にいるんだから!」
「そうだそうだー! 過激なことだって――――過激なことってなぁに……?」
「ル、ルッキーニちゃんにはまだ早いかな……。ねぇお兄ちゃん?」
「僕に振るなよ……」
いつもならバルクホルンさんがここでハルトマンに雷を落とす場面だが彼女はいない。驚くべき事に僕の盗撮写真を見て泡吹いてぶっ倒れたからだ。どんだけ男性に免疫が無いんだよとケタケタ笑ってしまったが、妹のクリスちゃんにべったりでその後も即軍入りしてた背景を考えると仕方がないのかもしれない。
前世基準で例えると、バルクホルンさんは小中高全部男子校で育った純粋培養の男子生徒であり、またインターネットも普及していない時代なためおかずも少なく教師も同級生も身内も全員男。戦闘、規律、筋トレと国への奉仕一筋で育った童貞が社会に放り出され、職場に唯一いる女性社員の生々しい写真を見たと仮説を立てれば過度な興奮のあまりぶっ倒れるのも仕方ないだろう。ましたやそれが盗撮であり、盗撮していたのがその同期で責任感が滅茶苦茶強ければ尚更だ。ハルトマンが怒られるのはバルクホルンさんが気を取り戻してからが本番だ。
「フラウ……貴方ね……」
ルッキーニは「?」マークを浮かべ、芳佳は羞恥心から僕と顔を合わせようとせず、また罪悪感もあって反省しているようだがハルトマンはどこ吹く風。そんな彼女にミーナさんは頬をつり上げてピクピクしている。相当ピキっている証拠だ。
「宮藤大佐、ごめんなさいね。私がいるのに未然に防ぐことができなくて……どこでフラウの教育を間違ったのかしら……」
「そんな気にしなくていいですよ。僕にも落ち度があったことは重々理解していますから」
「ハァ……貴方は優しいのね……。彼を助けてくれた時と何も変わっていない……」
ミーナさんは憂いながら僕の頬に手を当てた。"彼"というのはミーナさんの恋人クルトさんのことであり、史実だと音楽家の道を捨ててミーナさんを追いかけて軍に入隊したが、撤退が間に合わずにパ・ド・カレー基地で戦死した人だ。今回も史実に則ってミーナさんを追いかけて軍に入隊していたが、大規模撤退戦である『ダイナモ作戦』に僕が参加していたことが大きなターニングポイントとなって生存ルートを辿っている。当時の僕は"男性ウィッチ"のブランドを盾にしてあっちこっちに戦役に参加していた。――――勿論、扶桑軍非公認の事後報告で。
ネウロイ倒してるだけなのに怒られるの癪だったので、パッと戦場に現れてはパッと消えてを繰り返していたが、当然バレて頭ごなしに怒鳴られた僕が「扶桑捨てて自由そうなリベリオンに籍を移します」と脅したのも記憶としては新しい。いや軍規やモラルに反して悪いことしてるのは僕なんだけどね。実際に戦場は混乱しちゃってたし、扶桑だけでなくあちらこちらのお国から怒られたのも確かさ。でも空が飛べて魔力があるのにジッとしてるのも嫌だったんだ。前世では動きたくても動けない日常だったからね。
「あーミーナさんだけズルイ!」
「うじゅじゅー宮藤大佐! 私の頭も撫でて撫でてー!」
自分語りで話が逸れてしまったが、反省しているように見えて欲望に忠実なこの二人によって現実に引き戻された。やっぱり反省してないじゃないか(呆れ)。
「おいミーナ……お前まさか宮藤大佐に……」
「ちっ、違うわよ美緒。私別に疚しい気持ちなんて無いわ、本当よ?」
「そりゃあったら大問題ですよ、貴方は恋人がいるって公言してるんですから……。つーかルッキーニと芳佳、あんま反省してないよね。特にルッキーニ、さっきからお前欲望ダダ漏れな」
「ハルトマン中尉が言ってたけど、緩すぎる宮藤大佐が悪いー!」
「そうだよ! お兄ちゃん昔からそうだったけど、人目が無くなった途端に上半身脱ぐ癖やめた方がいいよ!」
「確かにガードが緩かったなとは思うけど、そりゃ信頼の裏返しなんだよ。501が結成されてから結構経ってさ、時には背中を合わせて、時には命を預け合った戦友じゃん。それなのに……ハァー……。僕はお前達がこういう事する子じゃないと思ってたんだけどなぁ……。特に芳佳、叔母さんが知ったら泣くぞ」
僕の溜息で三人の顔が青くなった。こういう時はフリでもいいから怒るよりも失望するに限る。
「お、お兄ちゃんごめんなさい! やりすぎました、本当にごめんなさい……! 何卒、何卒お母さんには内緒にしてください!」
「ごべんばざい゙い゙いいいぃぃ……エグッ……ヒクッ……。反省じまずううぅぅ! 二度とじまぜんだから嫌わないでえええええぇぇ!!」
「あわわわわ……あわわわわわわわわわ……」
やべぇ……ちょっと効果覿面すぎたか。芳佳は扶桑式五体投地しそうになってるし、ルッキーニは泣き出しちゃったし、ハルトマンは心ここに在らずといった様子でガクガクと体が小刻みに震えている。
「ま、まぁ次からそういう写真撮りたいときは僕の了承を得てからにしてね。僕がガッカリしたのはこういうはだけた写真ばかり撮ってるからじゃなくて、盗撮していたことが原因だから。分かった?」
全員無言でコクコクと何度も頷いた。これでもう盗撮しないと約束してくれれば、僕はもうこの件については終わりで良いと思う。
「もうしないと誓えるなら、今回は宮藤大佐に免じて不問とする。それでいいな? 宮藤大佐」
「はい」
「では解散だ。もう二度とこんな馬鹿げた真似はするなよ。全く、叱る側の気持ちにもなってみろ」
坂本さんは正座させられていた三人娘よりも先に部屋から出て行こうとしていた。そんな彼女の前にミーナさんが立ち塞がる。
「……ちょっと美緒、上着のポケットに隠した『ソレ』。今すぐ出しなさい」
「チッ」
おい舌打ちしたぞこの人。
そういえば説明し損ねていたが、僕と坂本さんは501に入る前から旧知の仲だ。僕のウィザードとしての適正を見出したのは何を隠そう芳佳の叔父さんであり、その後も僕の固有魔法を紐解くためにストライカーの研究に自発的に協力していた。その途中で坂本さんと知り合い、リバウを始め様々な戦場でも幾度となく背中を預け合った経緯がある。そこで他のウィッチと知り合ったがそれは別の話。
だから彼女のこういう奇行も――――彼女と一緒に寝泊まりすると僕の私物が消える不可解な現象にも目を瞑ることにした。槍玉に挙げて指摘したこともあったが開き直られてしまい、挙げ句の果てに酒を煽って錯乱した彼女から肉体関係を迫られた事もあった。悪い気はしなかったけど、まだ責任は取りたくなかったので断腸の思いで逃げさせてもらった。
「やはりミーナの目は誤魔化せんな」
坂本さんはやれやれポーズで上着のポケットから、あの盗撮写真の束からくすねた一枚を取り出してミーナさんに渡していた。これが僕の私物が無くなる原因でなくてなんなのか。
「まだあるでしょう?」
「……」
坂本さんは更にポケットから二枚目、三枚目、四枚目と僕の写真をミーナさんに渡していた。どんだけがめついんだ。
「はい宮藤大佐。ついでにこれも」
「あ、ありがとうございます……」
写真の束と一緒に胃痛の薬をミーナさんから渡された。もうこの隊にはミーナさんとサーニャしか常識人がいねーや。
坂本さんをオチに使ってごめんなさい。