貞操観念逆転した魔女の世界で   作:宇賀神

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五話

 僕の前世はお酒や煙草と無縁の人生を送ってきた。病床に伏せているのだから酒や煙草は論外だし、そもそも成人を迎える前に死んじゃったから試す前に終わってしまった。憧れはあったのかというとそれもない。アルコールは病院で嗅ぎ慣れていたからともかく煙草の匂いは好きになれなかったから。

 ちなみに現世ではどうなのかと言うと煙草や葉巻はやっぱり煙の匂いがダメ。なぜか好きになれないんだ。知り合いのウィッチや軍人さんは嗜好品として吸っているんだけど、吸えない僕を特に白い眼で見たりしない。むしろ僕を前にすると吸うのを我慢してくれる。やはり男女逆転しているかららしく、男性の僕に気を遣ってくれているのだ。とても有り難い話だ。

 じゃあ酒の方はどうかと言うと、正直これも好きではない。僕が子供舌というのもあるが、酔いが回って地に足が着かなくなる妙な浮遊感が苦手なんだ。理性が働かなくなるのがちょっと怖い。けど部下やウィッチと付き合いで酒は飲むことはある。もちろん酔いが回らなくなる程度にね。そこまでならギリで飲んでも良いかなってライン。

 

「ふぅ……」

 

 だから僕は今、ペリーヌからの差し入れでもらったガリアワインの入ったグラスを回した。煙草も酒も苦手なんだけどテイスティングは大人っぽくて好き。ガリア産果実の芳醇な匂いとアルコール特有のツンとする匂いが混ざって鼻孔を擽る。とても薫り高い……――――いやごめん、もうキツイ。ちょっと頑張って格好つけたけどもう酔いそうだ。

 「下戸か?」と思われるかもしれないが、実はもうお酒を呷って3杯目になるんだわ。僕にしては頑張った方。

 

「ふふっ……宮藤大佐にそんな気取ったポーズは似合わないな」

「トゥルーデ、思っても口に出しちゃダメよ。私もその意見には概ね同意だけど」

「昔から康夫は妙に背伸びしていたからな。その癖が抜けていないんだろう」

「……何すか揃いも揃って、人のポーズにケチ付けないでくださいよ」

 

 バルクホルンさんとミーナさんと坂本さん。僕はこの三人よりも階級は上だけれど敬語を使う。何故なら年上だから。軍人としては階級が全てなんだろうけど前世は日本で生まれ育った僕からしてみれば、階級よりも年功序列の癖が抜けていないんだ。だから僕より年上の人達にはため口にしてくださいとお願いした。

 

「ハハハッ! 私は良いと思うけどな、そういうお茶目な一面も魅力だと思うぞ」

「私はどっちも好きー!」

 

 瓶から直接ワインを飲むシャーリーと、彼女の膝上でジュースを飲むルッキーニがそれとなくフォローを入れてくれた。ちなみに、酒癖が悪い坂本さんはお酒は飲まないという約束を交わしているため、ジュースを飲みながらの参加だ。

 

「ほらー……二人だってこう言ってくれてるんですからいいじゃないですか」

 

 グラスを机の上に置き、塩コショウで味付けされた蒸かし芋をいじけ食いした。

 

「私もちょーだい!」

「はいルッキーニ、あーん」

「ふんっ……。はしたない飲み方をするリベリアンが宮藤大佐を庇うのはやめろ、大佐が周囲から同列に扱われて品が下がるだろ」

「同列でいいんじゃないかー? 命令違反は日常茶飯事、営倉に入れてもネウロイが出てきたら壊して飛び出す。リベリアン以上にリベリアンらしいだろ?」

「何を言うか! そもそも宮藤大佐が命令違反や営倉脱獄をするのは全てネウロイを倒す時だけだ! 現に命令違反と共に必ず戦果を上げて帰ってきている。脳天気で、ただ束縛が嫌いだからという安直な理由で命令違反しているお前達と一緒にするな!」

「こら二人とも。折角宮藤大佐が酒盛りに参加してくれたのに雰囲気を壊さないの」

 

 ヒートアップする二人を僕の代わりにミーナさんが宥めてくれた。僕と彼女とじゃ隊長としての風格が別格だ。つくづく僕が501のリーダーに就任しなくてよかったと思う。絶対に纏められないぞこんな個性派集団。

 

「それで宮藤大佐、ガリアワイン以外にもお酒を持参してくれたのよね?」

「あ、はい、何か大吟醸……?ってやつがいいらしいって上層部との飲み会で聞きまして。とりあえず一本買ったんですけど、そのままにしてたんですよね」

 

 僕はミーナさんに相づちを打ちながら机の上に扶桑酒を置いた。プンスキー伯爵やマルセイユなどの酒好きウィッチと飲み交わそうと思っていたのだが、生憎僕が501や大規模作戦に抜擢されてからは機会が無かったので腐らせていた一本だ。いや酒は腐らせてナンボなんだけどさ。

 

「私がぁ……いっちばんに飲むぅ……」

「あ、ルッキーニはお酒ダメだからね……ん?」

 

 僕は異常に気づいた。ルッキーニはコップを差し出して扶桑酒を注がれるのを今か今かと待ち侘びているが、眠たそうに船を漕ぎ、しかも顔が若干赤い。

 

「ルッキーニ、僕に向かって『ハー』ってしてみて?」

「……宮藤大佐?」

「いやミーナさん、下心無いですって。いいからルッキーニ、ほら、ハー」

「ハー」

 

 疚しい気持ちはないし変態的嗜好は無い、決してないがルッキーニの吐息を嗅ぐのには理由があった。明らかに酔っているだろうルッキーニ。

 

「……やっぱり」

 

 僕の予想は的中。柑橘系の匂いの他にほんの少しだがアルコールの匂いが混ざっている。一番あり得そうなのは膝上にルッキーニを乗せたシャーリーだったが、彼女は首を横に振っている。

 僕はルッキーニの頬をムニムニと突きながら話しかけた。

 

「……まぁ間違えて入れちまったのかもな。飲んじゃったもんは仕方ない。ほらルッキーニ、面倒くさがらずに歯を磨いて、ちゃんと自分の部屋で寝ようね」

「うじゅー……」

「宮藤大佐、」

「あ、じゃあお願いします……。でも大丈夫ですか? ミーナさんも結構お酒飲んでましたけど……」

「えぇ大丈夫――――と言いたいところだけど、私ももう限界ね……。ルッキーニさんを部屋まで運んだら私も寝るわ……」

「そうですか。じゃあ先に、お休みなさいですね」

「えぇお休みなさい。後片付け、よろしく頼んだわね」

「はい」

 

 僕はミーナさんに甘えてルッキーニを預けた。やはり常識人のミーナさんが一番頼りになる。バルクホルンさんもシャーリーさんもどこか悪のりしがちだから常識人ではないんだよなぁ。

 

「さて、改めて仕切り直しを――――」

 

 僕は持ち込んだ扶桑酒を嗜むために机上の飲みかけたグラスを飲み干そうとした。だがグラスがどこにも見あたらない。扶桑酒の酒瓶もだ。

 

 さて、僕は他者に魔力を譲渡できる固有魔法『魔力タンク』がある。ただし魔力を譲渡するには体液を他者に摂取させる必要があり、その都合上、僕が魔法力を使っていない状態であっても能力が作用する特性があった。唾液であっても血液であっても体液ならなんでも効果がある。

 それともう一つ、この固有魔法は量と質で左右される特性があった。

 量で例えれば、同じ鍋を突いたり、僕の食器を誤って使ったなどの間接キスくらいなら問題はない。同様に血を一滴二滴口に含んだ程度じゃ魔法力は回復されないだろうし、一般女性がウィッチに目覚めることもない。

 一方で質によっても譲渡される魔法力は変わるらしく、血よりも唾液の方が効果があるらしい。

 

 と言うのも、過去に一度だけ、芳佳が原作でも坂本さんのおっぱい揉んでたりした主人公特有のラッキースケベが発動してしまい、運悪く僕とフレンチキス――――もといガリアキスをしたことがある。それも親戚一同が集まっているときに、だ。

 

『お兄ちゃーんッ!!』

 

 ほんの一啜りくらいしかしていなかったのに、同量の血以上に爆発的に濃度が増してしまった芳佳の魔法力は暴走。正気を失った芳佳が力ずくで僕にひたすら「もう一回、もう一回だけ! 先っちょだけだから!」とキスをせがんできてそれを宥めるのにどれだけ苦労したことか。

 おまけに僕の両親を始め親戚一同からは白い眼で見られるし、誤解を解こうにも『魔力タンク』は箝口令が敷かれているから抽象的な説明しかできなかったし。それはそれは後始末が大変だった。

 

 ――――主に芳佳がな。

 

 男女逆転した世界で見れば、芳佳は親戚のお姉さんに性的行為を求める完全にただのエロガキである。だからか、僕が芳佳のご両親から頭を下げられるし、親戚のオバさん達からは疚しい視線で見られるし、逆に親戚のオジさん達からは同情されるしで居たたまれない気持ちになった。ちなみにみっちゃんからもキスをせがまれたが、それはやんわりと断った。

 

 まぁとにかく、唾液が血液以上にアウトという事が判明して以来、さすがに大丈夫だろうとは割り切っている間接キッスもなるべくしないように心がけている。

 

「アッハッハッハ! アーッハッハッハ!!」

 

 ……いるのだが、イレギュラーというのはどこでも発生するみたいだ。

 

「では僭越ながら、私が康夫のグラスで扶桑酒の先陣切らせてもらおう!」

 

 グギギと軋む首を動かせば、そこには僕の唾液が付着していたグラスに並々と注がれた扶桑酒を嗜む坂本さんがいた――――。

 昔から僕の私物をかすめ取る悪癖があると話したが……坂本さん、貴方お酒は飲まないって約束したじゃないですか……。

 

「少佐、独り占めは言語道断! 私にもそのグラスを貸してくれ!」

「バルクホルンさん!?」

「少佐、次は私で頼む!」

「シャーリー!?」

 

 バルクホルンさんもシャーリーも酔いでまともな思考ができていないのか、僕のグラスでやいのやいのと騒ぎ立てている。こういう抜けたところがミーナさんしか頼れないと語った所以だ。

 しかし悪のりする貴方達は大切なことをお忘れではないだろうか。

 あのグラスには僕の唾液が付着しているがそれは前述したとおり大丈夫だと思いたい。それよりもあのグラスには僕の飲みかけのワインが入っていたはずなのに扶桑酒が注がれている。そんでもって坂本さんはアルコールに滅法弱い下戸であり、しかも酔い方が笑い上戸とキス魔のコンボ。

 

 ――――もうおわかりですね?

 

「逃げッ――――」

「ハッハッハ! 逃がさん」

 

 坂本さんは逃げようとした僕を掴んで無理矢理振り向かせてきた。――――心臓が飛び出そうになるほど、坂本さんと僕の顔の距離は近かい。

 

「んちゅ~」

「ヌグオオオォォッ!!!」

 

 だが、ここで勢いに飲まれてはいけない。唇を突き出して力任せに僕とキスしようとする坂本さんの肩を掴み、なんとか体から引きはがそうとするが、そこらのウィッチよりも鍛えていて尚かつ男の僕なのにパワー負けした。男女逆転しているからだとか、男女間の筋量は実は一緒だとか違うからだとかそういうのじゃなくて、単純に酒と欲望でリミッターが外れてるからだろう。

 しかしここにはまだ頼れるリーダーがいる。ルッキーニを抱えて部屋に運ぼうとしていたあの人だ。

 

「そ、そうだ……! ミーナさんヘルプ! 助けて!」

「スゥ……スゥ……まだだめよクルト……」

「ミーナさん!?」

 

 ダメだ、頼みの綱のミーナさんはルッキーニを抱きかかえたままスヤスヤと酔いつぶれてる。限界が近いと語っていたため仕方がない。ミーナさんに助力を乞うのは諦めよう。

 

「もう我慢の限界だ……ここ一年近くお前の血を飲んでいない……。もっとだ……もっとお前の汁をくれッ!」

「ちょっと!? 語弊を招きそうな言い方は止めてください!」

「語弊なもんか! 私はありとあらゆるお前の汁をくれと言っているんだ!」

「本当だ語弊じゃなかった!」

 

 とにかく、このままだとキスされるのは時間の問題と思われる。一歩ずつ下がって足掻いていたが完全に悪あがきだった。もう後ろは壁で逃げ場はない。

 万事休すか――――。

 

「んおっ!?」

 

 しかし坂本さんがグイッと何かに引っ張られてポーイと投げ捨てられた。調度品を撒き散らしながら坂本さんが土埃を上げて倒れ伏す。

 

「――――そこまでだ少佐!」

 

 僕と坂本さんの間にお姉ちゃん、もとい固有魔法の『筋力強化』を開放したバルクホルンさんが仁王立ちしていた。さながらこの世界のスーパーマンならぬスーパーレディみたいだ。さっきまで悪のりして僕のグラス争いをしていたとは思えない凛々しさに涙が出る。

 

「バ、バルクホルンさん!」

「けぷっ」

「あの……大丈夫ですか?」

「あ、あぁ平気――――うぷっ」

 

 ……まぁかなり酔ってるみたいだけど。

 

「ふぅっ……。いくら少佐と言えども大佐の貞操に手を出そうとするなら話は別だ。逃げろ宮藤大佐! 私が時間を稼ぐ!」

「で、でも……バルクホルンさんも限界近いじゃないですか……」

「バルクホルウウゥゥン……貴様アアァァ……」

「ひっ」

 

 ユラリと立ち上がった坂本さんは、いつの間にか竹刀を手にしていた。しかも、いつもの陽気な笑い上戸と違い幽鬼のような負のエネルギーを纏っている。あの人、僕のグラス奪った時に的確に唾液が付着してる部分で飲んだな。じゃなくちゃあんな酔い方しないだろう。いくら力自慢のバルクホルンさんと言えども武器を手にした坂本さん相手には分が悪い。しかも酒が入ってブレーキが効かず、力のみならずあの手この手の絡めてで攻めてくるだろう。主に荒淫的な意味で。

 

 しかしミーナさんとルッキーニはスヤスヤでアテにならないし、もう一人さっきまで悪のりしてたシャーリーは――――あれ、シャーリーどこ行った?

 

 とにかく今頼れるのはバルクホルンさんしかいない。断腸の思いだが僕じゃ足手まといだ、ここは任せそう。

 

「す、すみませんバルクホルンさん! 貴方のことは忘れません!」

「ふっ、その言葉だけで私は百万馬力さ……。さぁ来い少佐! 今の私は阿修羅すら凌駕する存在だァッ!」

「行くぞバルクホルンッ!!」

 

 僕は走った。背後からは竹刀の音と調度品が壊れた音がした。それでも振り向くことはしなかった。

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 自室に逃げ帰って施錠するのが正解だろうか。それとも他のウィッチに助けを乞うべきか。迷いながらも僕は足を止めなかった。バルクホルンさんの犠牲を無駄にしないために。

 

 

「ハァッ……ハァッ……――――うおっ!?」

 

 

 廊下を全力疾走していた僕は、半開きになっていた扉から腕が伸びて室内に引きずり込まれた。突然の事で頭が混乱する。まさか坂本さんに捕まったのかと身構えたが違った。

 

「たーいさ♡」

 

 僕を引きずり込んだのは坂本さんではない。瞳に♡を携え、耳元で甘ったるく囁いたのはシャーリーだった。さっきまであそこで酒盛りしていたのに、坂本少佐が酒を飲んだ途端真っ先に逃げ込んできたのか。スピードキチに相応しい脱兎の如くという奴だ。

 

「シャ、シャーリー……?」

「よぉ大佐、ここなら坂本少佐も気づかないから安全だぞ……しばらく隠れていくといい……」

 

 部屋の中は薄暗くて、窓から照らす月光だけが僕らを浮き彫りにしていた。けれどシャーリーの顔色を窺うのは光量が足りなかった。彼女が本当に僕を坂本さんから匿うつもりだったのか、何を考えて僕を捕まえたのか真意を測り損ねる。

 代わりにここがどこかは分かった。機械油と鉄、それに女の子らしい甘い匂いが混ざっていた。機械弄りが趣味な彼女らしい独特の匂い。酒よりも容易く理性を蝕む匂い。男の本能を掻き立てる匂いだ。

 

「ハァッ……! ハッ……!」

「ふうぅっ……」

 

 全力疾走した僕の乱れた呼吸と、シャーリーの官能的な溜息。深夜の一室に酒と男女の息が合わさって倒錯的な空間。

 

「よーやく二人きりになれたなぁー……最近ルッキーニに構ってばっかりだったから、寂しかったんだぞ……?」

 

 僕を地面に押し倒したままシャーリーは語る。酒の影響で頬は熱を引いたように上気し、瞳は正気を失って狂気を孕んでいた。しかもこの人も坂本さんと同じで魔法力を開放している。明らかに冷静な思考ができていない。

 

「それは、その、ルッキーニ子供だから、何か放っておけなくて」

「私もその気持ちは分からないでもないけど過保護すぎるのは悪影響だぞ? それに……なぁ大佐、兎って寂しいと死んじゃうって噂、知ってるか?」

「そ、それ迷信だって聞いたぞ。兎は12時間飯を食わせなかったら胃腸が何かヤバくなって、そのまま数日世話をしなかったらぽっくり逝くってだけなんだってさ」

 

 何だかんだ言いつつ何時も通り飄々としながら逃げればいい。シャーリーと話すときのノリはいつもこうだ。

 

「大体、私達に気を遣って一緒にお酒を飲んでくれるのは嬉しいけど、男一人混ざるのは襲ってくれって言ってるようなもんだぞ?」

「だって……僕はシャーリー達を信用してるから……」

 

 だから僕は、そう、油断をしていた。なんだかんだでシャーリーは暴挙にうってでないだろうと。だって彼女はヤバイ奴の多い扶桑ウィッチと違って良識のあるリベリアンだから。ウィッチが処女を失うと魔法力を失って飛べなくなる重要性を知っているから。

 

「信用してくれるのは嬉しいが……いくら私でも限界が近いんだ……」

「それはどういう――――」

 

 

 それはあまりにも突然で避けられなかった――――。

 

 

「ンムッ――――!?」

「ンッ……チュルッ……――――」

 

 

 月光に炙り出された僕とシャーリーの影が重なる――――。

 

 

「ンッ! チュッ……ンッ、フゥッ……」

「チュッ……。ンアッ……ジュルッ……ジュチュルッ……」

 

 僕の体を押さえつけていたシャーリーの手は、いつの間にか僕の指の隙間に滑り込んでいた。体は隙間無く密着して彼女の心音と僕の心音が一つになり、荒い鼻息と粘着質な水音が部屋に響く。

 

「ンッ、プハアッ! ハァッ……ハァッ……ハァッ……!」

「フゥー……! フゥー……!」

 

 一方的に貪るソレは、呼吸も忘れるほど夢中になっていたシャーリーの息が続かなくなって終わった。

 

 『僕とシャーリーはキスをした』。

 

 それを理解してまた頭が真っ白になった。心臓は早鐘のように打ち付ける。けど不思議なもので、周囲の時間が止まったようにピタリと音が止んだ。

 

「なぁ大佐……私もそろそろアガリが近いんだ……。大佐は格好いいし、男だから私以外のウィッチからアプローチされて退役しても家庭に入るのに困らないかもしれないけどさ、私達ウィッチは一度も経験しないまま二十歳になるから相手を見つけるのが難しいんだ……」

「シャーリー……」

「だからちょっとだけでいい……。今夜だけでいいから私を――――いや、私だけを見てくれ大佐……。少佐にも、宮藤にも、誰にも見せたことのない大佐を見せてくれないか……?」

 

 蚊の泣くような声で弱音を語るシャーリーは僕の胸元に顔を埋めてきた。僕の唾液を啜った彼女は魔法力の行き場が無くなり、頭からピョコンと可愛らしいウサ耳が飛び出している。けれど暴走しかけている魔法力と昂ぶりを理性で押さえ付け、力任せに無理矢理ではなく僕に判断を委ねている。

 いつもの豪気なシャーリーだったら冗談でも交わしながら断るのだが、弱々しい彼女を僕は押し退けることができなかった――――。

 

「……」

 

 正直に告白しよう。

 シャーリーは前の世界でアニメを見ていた僕の、所謂推し的なキャラクターだった。「あーあ、近所にこういうエッチで巨乳なお姉さんがいたらなー」なんて妄想した日もある。そのグラマラスな肉体に目を奪われたのは事実だが、推しに決めた一番の理由は溢れ出んばかりの『母性』だった。スピード狂いで新作のストライカーに目のない彼女だったが、ルッキーニと接している時だけ彼女は母親代わりを立派に努めていた。『母性』という意味では劇場版のペリーヌも好きだったがそれは別の話。

 前世の僕は孤独ではなかった。両親や兄妹はしょっちゅう見舞いに来てくれたし、危篤時には親族が見舞いに来ていたことも知っている。けど、殆どの時間を一人で過ごした僕にとって、病室のノートPCに感じていたシャーリーの女性らしい振る舞いは妄想の対象としては十分すぎた。

 

 ……何かそれっぽい事つらつら述べたけど、まぁ、何というか、つまり僕はシャーリーが好き。前世から。硬派気取ってすんませんでした。

 

「なぁ……聞かせてくれ大佐……。大佐は私のことをどう思っているんだ……?」

 

 いつも勝ち気で何事にも臆せず、スピード自慢なリベリオンの誇るエース、シャーロット・E・イェーガーはいない。潤んだ瞳で見上げてくる彼女はただの女の子、僕の前世なら可愛さで世界平和にできる破壊力抜群の子兎。

 けどシャーリーは酒でまともな思考ができていない。僕の魔力が含まれている唾液も飲んだだろうから麻薬的な中毒性も手伝って僕を求めている可能性だってある。

 

「シャーリー……僕は……」

 

 それでも僕は明確な拒否を示すことはできなかった。

 

 素直に「前世から好きでした」と気持ちを打ち明けようか、それとも誤魔化すべきか迷っていた。

 ウィッチは処女を失うと魔力が使えなくなると言われている。アガリを迎えても魔法が使える宮藤家が特殊だっただけで本来はそうなのだと聞いた。だからウィッチと男性が肉体関係を持つのは御法度。アガリを迎える前、10代後半の性に盛んなウィッチが男性に飢えている理由の一端だ。

 

 シャーリーの言う通り彼女は確かにアガリが近い。だが僕の『魔力タンク』があれば先延ばしにできることが坂本さんで証明されている。その理論で行けば、処女を失っても僕の『魔力タンク』があればどうにかできるんじゃないだろうか――――。聡いシャーリーがそんな簡単なことに気づかないハズがない。だから彼女は口では「アガリが近いから」などと断っているが、本心では『男』である僕を求めているだけなのだろう。

 けど、処女を失っても飛べるからと言って肉体関係を持つのは御法度。なぜなら"処女=童貞の方程式を辿れば男の僕が女性と関係を持つと僕の魔法力も消える可能性"があるから。

 まぁそうなったら僕が大人しく家庭に入ればいいだけだから二の次三の次でいい。

 じゃあ何が問題なのかって言うと、扶桑軍とリベリオン軍、それに世間がてんやわんやになるのが目に見えている――――。というのが躊躇している理由だ。

 僕の固有魔法を虎視眈々と狙っている国が多い中で「結婚しますた」と僕が寿退役してみればいい。『リベリアンのエースが唯一の男性ウィッチを強姦――――』。各国朝刊の見出しはこれで決まりだ。彼女と僕はバッシングは避けられなくなってしまう。

 

 彼女は僕を求めてくれて、僕も彼女を求めたい。

 だが彼女の輝かしいキャリアに、これから待ち受ける素晴らしい将来に、たった一度の過ちで泥を塗っていいのだろうか――――。

 

「僕は……僕はシャーリーが……ッ!」

 

 ギュッとシャーリーと握った指に力が入る。

 このまま流れに身を委ねたい気持ちと、彼女の将来のために断る気持ちの狭間で揺れていた。

 

 

「……ん?」

 

 

 だが、唐突に淫靡な雰囲気は終わりを告げた。

 外から、ズルズルと何か重たい何かを引き摺る異質な音がし、それがシャーリーの部屋の前で止まったからだ――――。

 

 

「――――ここか」

 

 

 バァン!と勢いよく扉が開いた。

 

「「わあっ!?」」

 

 音に驚いて開けられた扉を見ると、片手に竹刀、もう片手でバルクホルンさんの首根っこを掴んだ坂本さんが鬼気迫る形相で殴り込んできた。先ほど引き摺られていたのはバルクホルンさんで、やはり坂本さんには敵わなかったらしい。

 

「えっ、少佐!? な、なんでここが……!?」

「――――喝ッ!」

 

 スパァン!と一閃、戸惑うシャーリーの頭に竹刀が振り下ろされた。よく見ると坂本さんの右目が開眼している。シャーリーとのキスで『魔力タンク』が発動したから『魔眼』を使われて居場所がバレたパターンだこれ。

 

「うぐあああぁ……」

 

 坂本さんが規格外に強いというのもあるが、酒が回っていたのもあってシャーリーは一発ノックアウト。僕の体の上に力なく覆い被さってきた。

 

「ほら、焼き入れてやるから来い!」

 

 僕がシャーリーの体に興奮するよりも早く、坂本さんは目を回した彼女の服の襟を掴んだ。これで坂本さんの両手が完全に塞がったから僕に手を出す危険性はグンッと減った。禍転じて功と為す……いや棚からぼた餅かな?

 

「ウィー……ヒック……」

「さ、坂本さん……」

「――――康夫」

「は、はい」

「私達はお前にたしゅけられてきた、この部隊にいる全員が全員。だから協定をむしゅんだんだ……」

「は、はぁ……協定ですか……それは何の……?」

「アッハッハ! 我が国が誇る英雄様が何をそんな弱気なんだ! アッハッハ!」

 

 躁鬱みたいにテンションが上がったり下がったり激しい。

 本来ならただのキス魔&笑い上戸に落ちつくんだが、多分グラスに付着していた僕の固有魔法と酒がミックスされて理性がぶっ飛んだ末に一周回ってこうなったんだろう。貴重なサンプルだ。

 

「お前は将来誰の婿に行くだけ考えておけばいい! アッハッハッハ! アーッハッハッハ!」

 

 坂本さんは陽気な笑い声を残しながら、シャーリーとバルクホルンさんをズルズルと引き摺ってどこかへと去っていった。まるで嵐を体現したような人だ。そんな気性だから扶桑のウィッチと自己紹介しただけで警戒されるという自覚はあるのだろうか。

 

「……」

 

 一人取り残された僕は坂本さんの言葉を反芻する。『協定』だの『婿に行く』だの、どうやら僕の与り知らぬところで501のみんなから共有財産みたいな扱いをされていたらしい。まぁ501のみんなは美人揃いだから「そうあってほしい」という願望の混じった確証バイアスで、まだまだそうだと判断するには材料が足りないけども。

 ただもしそうだったとして、せめて僕に一言くらいあっても良かったんじゃないだろうか。誠実に言ってくれれば僕だって心の持ちように答えを出していたのに。

 

「参ったなぁ……」

 

 なぜなら問題が一つだけあった。

 実は僕が共有財産宣言されるのはこれが一度ではない――――。

 

 

「502に次いで二つ目かぁ……」

 

 

 一期と二期の間に短期間だが一時期在籍し、プンスキー伯爵から堂々の共有財産宣言をされた"502JFW"を思い出していた。男女間の貞操観念が逆転した世のウィッチが、どれだけ男に飢えているのかを実感した僕は、重い足取りのまま自室へと帰った。

 きっと今日は泥のように眠れるだろう――――。

 




俺達の戦いはこれからエンドです。くぅ~疲w
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