そしてその願いは叶った。
これは何てことはない、心に留める価値すらない、そんなお話だ。
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とある嫌われ者が、死に際にこう言いました。
たくさん我が儘を言いました。 たくさん悪事を働きました。沢山迷惑を掛けました。 たくさんいじめをしました。 たくさん罵りました。 たくさん嗤いました。 だからたくさんの人に嫌われました。
これからは我が儘を言いません。 悪事は働きません。 迷惑を掛けません。 いじめもしません。 人に対して選り好みもしません。
だから。
だからどうか。
来世は万人に好かれる、そんな性格にして下さい。
神様。
あるところに、万人に等しく好意的に接してくれる少年が居ました。 更に加えてその少年は、幸運にも非常に優れた容貌を持っていました。
少年は、常に周囲に好意を振り撒きました。 人気者も、嫌われものも、陽気な人も、陰気な人も、一切関係ありません。 どんなに敵意をぶつけられても、鋭い刃物のような痛々しい言葉を浴びせられても、少年が他人に嫌悪を向けることは決してありませんでした。
好意を向けられて嫌悪を感じる人間は少数でしょう。
そんな努力が__実った? いいえ、これはもう必然でしょう。
当然の如く、少年の周囲には常に人が集まり、笑顔が絶えませんでした。
多くの人との繋がりと笑顔に囲まれて、この少年の一生は終わることでしょう。 あぁ、なんと幸せなことでしょう。
本当にそうなのでしょうか?
万人に好意的に接する。 そんな事は本来あり得ません。 『嫌い』がない、それは人として何処か破綻しているのではないでしょうか。
では何故少年は、万人に等しく好意的に接することができたのでしょうか。
実はこの少年は、生まれた時から、他人の顔を見ることができないという障害を持っていたのです。
どういった感情の籠った表情をしているのかはわかるのです。 しかし、少年が見ていた景色に誰かの顔はなく、いつも顔の部分だけ真っ黒に染まっていました。
つまり少年にとって、親も兄弟も、親戚も友達も他人も、生まれた時からまったく同じように見えていたのです。
『みんな同じ』。 それが成長の中で少年にとって当たり前になるのに、そう時間は掛かりませんでした。
少年は多くの人に囲まれて、その人生に幕を閉じるでしょう。 それはおそらく、幸せなことなのでしょう。 しかし、少年はきっと、特定の個人に対して特別な感情を抱くことなく、それに疑問を感じることすらなく命を使い切ることでしょう。
さて。
貴方には、この少年が幸せに見えますか?
きっと答えは1つじゃない。