sideドラコ
子供のころのことを完全に覚えていられる大人がいるのなら、見てみたい。
僕は、老衰で死んだんだ。この頃の記憶ははっきり言って、曖昧だ。
トロールが来ることを思い出した時は、ハロウィン当日。伝えようと思ったときには、ハリエットは既にいなかった。
彼女は一体どこに行ってるのだろうか。今日は宴会なのに⋯⋯
そうこうしているうちに、クィレルがやってきてトロールの来襲を告げた直後、気絶(フリ)した。それでも一応教師か。
慌ててハリエットを捜しに行く。途中で何故かウィーズリーと出会った。「何でいるんだよ‼」と言われたが、こっちの台詞だ!
どうやらグレンジャーを捜しに来たらしい彼と合流して捜してると、トロールがトイレに入っていくのが見えた。
僕らは迷いなく、鍵を閉めてしまった。
ああ、時が戻せるのなら、僕はその前にトイレの中を確認する。
でも、気付かなかったんだ。だって、中からは、悲鳴の一つも聞こえなかったんだ。
ハリエットは微笑んでいるはずなのに、その目の温度は氷点下。
周囲の温度が間違いなく数度下がっている。
ぽんっと何気なく渡されたトロールの生首。切断面から新鮮な血液が滴り落ちていて、僕の腕が生暖かい液体で濡れた。
迷うことなく頭を下げた。
「⋯⋯⋯とりあえず、悪意が無いのは分かりました」
「すみませんでした」
「私がいたから何とか対処できましたが、グレンジャーさんだけだと最悪死んでましたよ」
「本当にすみませんでした」
「まあもういいですけど⋯次は気を付けてくださいね」
「――Ms.ポッター、Ms.グレンジャー⋯貴女方がトロールのことを知らなかったのは分かっています。しかし、皆大広間にいる中、いったい何をしていたのですか?」
「私は所用があって、湖に行っていたんです。大広間に戻る途中、トイレでグレンジャーさんが泣いていたので話してたら、いきなりトロールが入ってきて、鍵を閉められて⋯⋯仕方ないので、殺しました」
「ほう、湖?そんなところに一人で行って、いったい何をしていたのかね」
「⋯⋯今日は私の両親の命日です。することなんて一つでしょう」
そう、いつもの無表情で言ったハリエット⋯⋯そうか、黙祷しに行ってたのか。やはり、両親のことは気にしていたのだろうか。
「そう、ですか⋯⋯トロールと遭遇して無事でいられる1年生はそう多くありません。戦って勝つなんて、もっとです。グレンジャーに10点、ポッターに15点あげましょう。また、生徒だけで動くのは軽率でしたが、トロールに襲われる危険を冒して友人を捜しに来た勇気に、マルフォイとウィーズリーに5点ずつ差し上げます⋯⋯もう帰りなさい。皆寮でパーティーの続きをしていますよ」
sideスネイプ
ドラコ達3名が寮に帰っていく。ハリエット・ポッターもそれに着いて帰ろうとする。が、我輩の隣を通り過ぎようとして、止まる。そのままじっとこちらを見上げてくる。トロールの血で少し汚れた手のひら。いつも通りの冷めた表情。先程平然とした様子で首を抱えていたこの少女には、子供とは思えないほどに、感情の起伏が感じられない。
「⋯⋯何かね」
「⋯⋯その脚。随分と血の匂いがしますが、後で医務室に行った方が良いですよ」
と、小さな声で言って、そのまま立ち去って行った。
彼女のことは、苦手だ。見ているとどうしても両親のことを連想させてしまう。
授業中や普段あったとき、幾度となく大人げない嫌がらせや嫌味を言ったりしている。だが、悪意があるのは分かっているのだろうに、彼女はいつも半笑いで躱し、流してしまう。グリフィンドール生に何を言われても、怒る様子も、傷つく様子も見られない。
その様子に、少し、恐ろしいとすら、思ってしまう。
ドラコが置いていったトロールの生首と、トイレに放置されていた死体の切断面を見る。美しく、無駄なく、見事に切断されている。死体にはそれ以外の外傷は無く、周りに破壊された跡は一切ない。恐らく戦闘は一瞬で終わったのだろう。ハリエット・ポッターが圧勝して。
「⋯⋯あの子は本当に一年生ですか」
思わずといったようにミネルバが呟く。同感だ。
上級生、教師ならともかく、授業で攻撃魔法をほとんど習っていないような一年生の、先日までマグル界で育っていた少女にできることではない。―――天才、という言葉が浮かんできた。
4階の廊下付近
「⋯⋯⋯」
一人の男が、静かに佇んでいる。その視線は、立ち入り禁止区域のドアに向けられている。
――いや、正確に言うなら、ドア付近の床に。
「マドゥ先生、何をしておるのかの」
「⋯⋯ああ、ダンブルドア校長。扉の先が気になっただけですよ。何を隠しているのかは知りませんが、たくさんの教師が色々な方法で守っているのでしょう?最初の部屋にいるのは魔法生物ですかね?唸り声がする。それに⋯⋯」
マドゥが屈み、すっと手を伸ばし、床に落ちた血液を指で掬い取る。
「随分と新しい血液。この騒動を起こした奴が侵入しようとして失敗したのではないですかね」
「⋯⋯⋯」
ダンブルドアは穏やかに微笑んでいる。だが、その瞳には警戒の色が浮かんでいる。
「マドゥ先生。この扉の先を、おぬしが知る必要はない」
「⋯⋯⋯」
「戻りなさい。そしてもう、この付近にはなるべく近寄らんで欲しい。特に、このような騒動のある時は⋯⋯」
「⋯⋯ええ、分かりました」
マドゥは立ち上がり、扉から離れていく。ダンブルドアの視界から出る。
徐に指を唇に近づけて、ぺろり、と舐めとって。傾国といえるほど美しく笑んで。
「⋯うん。悪くないね。セブルス・スネイプの血も⋯⋯罪と、後悔の味」
「ねえポッター、どうして生首を持って行ったの?」
「ああ、あれですか?トロールにはそんなに知能がないから、勝手に侵入できるとは思えないんですよね。誰かが手引きしたか、よほど警備に穴があったかしない限り⋯⋯」
「⋯⋯それで?」
「この騒動の原因になった人がいたら、頭の上に乗せてあげようかな~と思ったんですよ」
「「「⋯⋯⋯⋯⋯」」」
「ねえ、ポッター」
「なんでしょう、グレンジャーさん」
「⋯⋯あの⋯⋯ありがとう」
「⋯⋯⋯」
この学校に来て、初めて、スリザリン生以外に礼を言われた。
「⋯⋯どういたしまして。ハーマイオニー」