「ハリエット、腕は大丈夫なのか?グレンジャーから聞いたぞ。階段から落ちたスネイプ先生を受け止めたそうじゃないか。というか今まで何してたんだ?」
「おはようございますドラコ君。腕は全然大丈夫ですよ?あの程度じゃどうにもなりません。今までは⋯スネイプ先生の部屋のソファで寝てました」
「ああ、そうなのか、それなら―――は?」
⋯
⋯⋯⋯
「まあそんなことがありましてね。とりあえずスネイプ先生は今のところこちらの味方だということは分かりました」
「⋯⋯⋯そうか⋯なあハリエット」
「なんです?」
「本当に恨みとかはないのか?転生先の、ほとんど知らない人たちとは言っても、君の両親が死んでるのに」
「⋯⋯⋯まあ、そうですねえ⋯⋯正直思うところはありましたよ?嫌がらせやら嫌味やらをた~っぷりうける度に。
⋯⋯⋯まあでも⋯⋯⋯」
『り、りー⋯⋯りりぃ⋯⋯すまない⋯⋯ぼくが、ぼく、が⋯⋯』
「⋯⋯⋯あんなもの見せられたら、多少は留飲も下がります。それに、”ちょっとした仕返し”もしましたし」
「⋯⋯⋯仕返し?」
「⋯⋯なあ、ポッター⋯⋯あれは」
「しーっ朝言ったでしょう」
「⋯⋯え、スネイプ⋯先生⋯⋯?」
「~~~ぶっふぉおwww」
⋯⋯⋯なんだというのだ。今日は妙に、生徒からの視線を感じる⋯
「やあ、セブルス」
「⋯マドゥか」
酷く美麗な、いつも何を考えているのかよく分からない男に話しかけられた。少し警戒する。ダンブルドアに、クィレルに加えてこの男のことも気にかけておくように指示を受けた。なんでもあのトロール侵入事件の時、4階の廊下付近にいたらしい。――私が消えた、後に。
「何か用かね」
「君、体調はもういいのかい?昨日倒れたそうじゃないか。階段から落ちた君を、ポッターさんが受け止めて搬送していったって聞いたよ?お姫様抱っこで」
「⋯⋯⋯はあ?」
一年生の中でも、小柄で細身のあのポッターが、成人男性を受け止めた?それに加えて、おひめさまだっこ?
「⋯⋯なんの、冗談ですかな?」
「別に、冗談ではないんだけど⋯⋯まあ、信じるかは君の自由だ。グレンジャーさんに聞いてみたらどうだい?彼女はその現場を目の前で見ていた」
グレンジャー。最近よくポッターと一緒にいる。長年対立関係にあるグリフィンドールとスリザリンの生徒が交流している姿は、ホグワーツでもそこそこ有名だ。
「まあ、体調管理には気を付けたほうが良い。あとセブルス。君、いったん背中を確認したほうが良いよ?」
「背中?」
じゃあねえ、とひらひらと手を振って去っていく。会話をしている限りでは、怪しいところは全く見られない。
ただ、彼の表情は、我輩にも気になるものがある。完璧すぎるのだ。まるで、作っているかのような。
あの美しすぎる容貌が、余計にそう見せるのかもしれないが⋯⋯⋯それにしても、背中とはどういう意味だ?
黒いマントを脱ぐ。後ろを確認する。
そこには白い紙がテープで貼り付けられていて。その紙には、達筆で、こういう言葉が書いてあった⋯⋯⋯
【★減 点 先 生★】
その日、ホグワーツの廊下に、魔法界の英雄のファミリーネームを腹の底から叫ぶ声が響き渡ったという⋯⋯⋯
シカ・マドゥの部屋
「セブルス。ハリエット・ポッターが服を用意したときは、絶対に不用意に着用してはならぬのだ。そうなりたくなければ、念入りに裏まで見て、何かしらの術がかけられてないか確認して、ようやく袖を通せるのだ⋯⋯」
「いやですねえ、私が一体何をしたというんです?」
「自分の胸に聞いてみろ」
いろいろと悟りきったような表情で、ヴォルデモートは彼女の前科を回想した。
例えば、マグル界を歩くからと彼女に渡されたパーカーが、いつの間にか猫耳になっていたり。
ハリエットが相手に気付かれない睡眠薬を研究していて、データを取ろうとしていた四鎌童子にまんまと一服盛られてソファで寝てた時、油性マジックで顔に落書きされていたり。
容姿を変えてノクターンを散策していて、やけに絡まれるなと思っていたら、自分の羽織っていたローブに【マグル擁護者】という文字が表れていたり⋯⋯⋯
「クリューシオ」
「プロテゴ。何でですか」
「いや、思い出したら腹が立ってきてな。しかしあっさり防いでくれる。たまには当たればいいものを」
「嫌ですよ痛いのに。磔呪文は訓練の時だけで十分です」
「⋯⋯仲いいねえ」
「どこがだ」
小テストの採点をしているマドゥは、三枚の羽をゆったり広げて、四鎌童子としての本性をさらしている。
盗聴や監視の心配は無いということだ。
「そういえば、しーちゃんって普段何を教えてるんですか?マグル学なのは知ってますが」
「数学と理科」
「⋯⋯なんでまた⋯」
「どうせわざわざ自分とは違う世界のことを学ぶのなら、身になる事の方が良いだろう?『マグルが電気を使わなければならない理由』について書いたって、何になるっていうんだい?まあ流石にOWLなんかを控えている学年とかだったらテストに出ることをやるけどね。ところでハリエット」
「なんです?」
「そろそろ就寝時間だよ」
「は~い」
駆け足で部屋を出ていく。黙っていれば、彼女は可愛いのだが。
「ねえヴォルデモート。飲まない?」
「は?」
「ちょっと前に赤ワインを貰ったんだけど、私は飲まないからねえ。結構いいやつだよ」
「何も盛ってないだろうな?」
「盛ってないよ。今回は」
それは、今後も盛る可能性があるということだろうか。今までも本気で気を付けているのに、かなり引っかかってしまっている。
自分がワイングラスを出すと、何故か四鎌童子もグラスを出す。
「飲まないんじゃなかったのか?」
「酒は飲まないよ」
といって、自分に渡したものとは違うボトルを用意する。赤い液体が彼のグラスに注がれる。そのままゆっくり飲み始める。
「誰の血だ」
「さあねえ⋯でも、成人した男の血だ。保存状態が良い。ノクターンで買ったんだよ」
自分も一応何か入ってないか確認しつつ、ワインに口を付ける。確かに美味かった。
「⋯⋯あまり動揺してないね。多少は怒るかなと思ってたんだけど」
セブルスのことだろう。
「⋯⋯ドラコの話を聞いた時から想定はしていた」
「それは知ってるけど」
10年ほど前。俺がポッター家を標的にしたとき。
たしか彼はリリー・ポッターの命のみを要求してきた。
赤子の命も、その夫の命も、どうでもいい。ただ、リリー・ポッターだけを、見逃してほしいと。
正直ただ女欲しさに言っている物だと思っていた。彼は、彼女の意思を全く考えていなかったから。
まあ自分が愛なんて信じていない、というのも大きいが。
「まあ確かに、君がリリーを見逃していたら、血の守りのない彼女の赤子はほぼ間違いなく死ぬだろうね。僅か一歳の我が子をなくし、自分の夫まで殺されて。そんな中で生きるのは、きっと地獄だろうしね。ちょうど今のセブルスとおなじだ。自分がかつて願ったことは、最愛の女性に決してやむことのない絶望を与えることと同じだということに、果たして彼は気付いているのか⋯⋯⋯」
四鎌童子がくるくるとワイングラスを回す。
セブルスはもう、自分のものにはならないだろう。前の自分は騙しきったようだが、あんなものを見せられればさすがにそれくらいは分かる。
あれを見ていない本体なら、騙せるかもしれないが。
「別に、セブルスが離反していようが、今更何とも思わない。そもそも俺の本体を本気で捜索した死喰い人なんて数人しかいなかったしな」
「あはは。そうだったね。傷ついた?」
「⋯はっ。何故傷つく必要がある?」
「セブルスのことは信用していたじゃないか」
「『信用』はな。『信頼』じゃない。あいつは優秀な、使える男だった。それだけだ」
残りのワインを一気に飲み干し、空になったグラスにワインを継ぎ足した。
「元々、俺は誰も信じてない。流石に一人では目的を達成できないから、部下や協力者は必要だが。簡単に他人を信じてもいいことなんて」
「寂しいくせに」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「本当は、家族や仲間といった身近な存在に憧れてるくせに。そういった存在がくれるはずだった愛に、誰よりも飢えているくせに」
「⋯⋯知ったように⋯!」
「それはそうだよ。私はただ君の深層心理の欲望を読み上げているだけだ」
「⋯⋯⋯⋯⋯それが、俺の、欲望だと?」
「そう言っているだろう。だからハリエットに執着心を抱き始めている。自分を唯一、恐れず、真っ直ぐに見てくれるあの子に」
「⋯⋯⋯癪だが、あいつの方が強いからな」
「あっさりと認めるね」
「事実だ」
「ははは」
四鎌童子が深紅の瞳を細めて笑った。酷く美しかった。
校長室
「こんな!こんなしょうもないいたずらをして‼生意気だが規則は守る父親よりかはおとなしい子供だと思っていたら‼やはりあの男の娘だった‼」
「セブルス。少し落ち着くのじゃ。父親との関連性を意識しすぎておるから、似ておると思ってしまうのじゃ。ホグワーツの教師でハリエットのことをジェームズと関連付けているのは、お主ただ一人なんじゃぞ。それに、お主にも悪いところはあった。それはおそらく、いままでの理不尽な扱いの仕返しじゃ」
ぐう、とスネイプが唸った。
「のう、セブルス。ハリエットと何を話してきたのじゃ?」
「⋯⋯それは⋯記憶を取り出しますので、憂いの篩で確認して頂けませんか」
「おお、すまんの」
記憶を受け取ってダンブルドアは確認に行った。その背を見送って、大きくため息をついて、ソファに沈み込む。
確かに、自業自得なのだろう。自分が彼女にしたことを思えば、これくらいは可愛い悪戯だと甘んじて受け入れるべきなのだろう。
今になって、曖昧だった高熱を出していた時の記憶が、僅かばかりだが思い出されてくる。なんてことをしてしまったのだ。馬鹿じゃないのか。彼女をリリーと間違えて、あんな風に泣きついて。ああこんなことになるのなら、四の五の言わずに医務室に行くべきだった⋯⋯
⋯⋯⋯リリーはもう、いないのに。
『ねえ、スネイプ。あなたが私のことを守ろうとするのは、最愛の人を死なせてしまった自分の弱さと愚かさを、誤魔化しているだけですよ』
「⋯⋯それでも。
それでももう、私にはそれしかないのだ。ポッター⋯お前は、私の助けなど、要らないのかもしれないが」
そんな彼の独り言は、フォークスだけが聞いていた。