目覚めると、民家の前だった。
「⋯⋯⋯」
周囲を見渡す。自分は毛布が敷き詰められたバスケットに入っている。あたりはもう真っ暗だ。おそらく深夜だろう。
バスケットの中に、手紙があった。
「⋯⋯⋯」
封を開ける。読んでみる。
(⋯⋯⋯ねえヴォル)
「⋯⋯⋯⋯⋯なんだ」
彼は完全にいじけていた。
(まあまあ、機嫌直してくださいよ。幼少期まで見ちゃったのは流石に悪かったと思ってます)
『それに君ハリエットの両親殺害したんだからさ。これぐらい大目に見てよ』
「うるさい――それで、なんだ」
(⋯⋯いくら私の母の姉妹とはいえ、こんな手紙一枚で突然自宅の前に置き去りにされている色々とまだ手のかかる赤ちゃんを簡単に「はいそうですか」って快く引き受けて貰えると考えるほど、イギリスの魔法使いどもは脳内お花畑なのですか?)
「⋯⋯⋯⋯⋯」
返事はない。まあ別に構わない。愚痴を言いたかっただけだ。
家を見ると、既に何らかの守護呪文がかけられているのが分かる。完全に引き取ってもらえること前提だ。
子供一人育てるのが、いったいどれだけ大変なことだと思っているのだろう。頭が痛くなる。
しかも、私が襲撃されたのは10/31。今はもう11月になっているかもしれない。つまり夜
超寒い。そんな中に1歳児を置き去りにするとは⋯⋯
「⋯⋯ま、とりあえず周囲の見張りは私がしておくから、君はもう一度寝るといい。睡眠は大切だよ」
「⋯⋯ええそうですね―――て、え?」
声が真隣から聞こえた。
ばっとそちらを見る。そこには四鎌童子がいた。
頭をなでてくる。完全に実体化している。
「⋯⋯⋯なぜここまで自由に実体化できるのかは分からない。この世界は、どうやら私たちのいたところとはかなり違うらしい。魔術体系もだいぶ違ったしね。まあ、それはおいおい調べていこう。とりあえず今は、寝たら?眠いでしょ」
(⋯⋯それもそうですね⋯おやすみ、しーちゃん)
「⋯⋯ああ。おやすみ。ハリエット」
白い世界から、あの餓鬼がいなくなった。完全に眠ったらしい。
「⋯⋯⋯おい」
『なんだい』
「お前は一体、何者だ。まさか人間とは言わないだろう?」
『君は何者だと思う?』
「⋯⋯⋯」
じっと、睨みながら観察する。先程自分の閉心術などものともせず、余裕の笑みで全ての記憶を強奪していった、ナニカ。
人間ではありえない、性別が分からなくなるほどに整った顔立ち。赤い瞳。長い髪。鋭い牙。尖った耳。神話の天使の様な純白の三対の翼。
「⋯⋯⋯神か何かか?」
『ははは。神なんかじゃないよ。彼はもっと性格が悪い』
「⋯⋯まるで神と知り合いだというような言い方だな」
異形は笑うだけ。感情は一切読めない。
『――私の名はシカマドウジ』
シカマドウジ。それが日本語でどういう字を使うのかまで、頭に情報が入ってきた。【四鎌童子】だ。
『あの娘と契約している鬼だよ』
「⋯⋯⋯鬼?」
『そう、鬼。この大鎌に封印されてるんだ。鬼呪の武器っていうんだよ。私たちの世界の呪いの中でも扱いの難度が非常に高くてね。直接鬼を呼び出して、剣、斧、弓といった、何年もかけて祀られ、清められた神器に封印し、使役するんだ。ただ相当危険でね。実用化に成功するまでは、決して成功することがない、何千人も人体実験をしなければならないような禁呪の研究とされていたくらいだ。その分得られる力も大きい。鬼と契約した人間は、鬼に欲望を喰われるのと引き換えに、通常の人間の七倍以上の能力が得られる』
「――七倍?」
⋯⋯それは、使い始めた途端パワーバランスが崩れるような、とんでもない代物ではないのだろうか。
「⋯⋯⋯契約に失敗したらどうなる?」
『悲惨な末路を迎える。鬼の力に押し潰され死ぬか、体を乗っ取られて人喰いの鬼となり処分対象となるか―――どちらにせよ待ち受けるのは、死だ。言っておくけど君が開発するのは無理だと思うよ。この世界、私の同族の気配を感じられない』
「何故そんな代物を、あの小娘が持っている」
『本人に聞いてみたら?』
「⋯⋯⋯⋯⋯」
朝日の眩しさに目が覚めた。
「おはよう、ハリエット」
(おはようございますしーちゃん。何か変わったことは?)
「特にないよ。君の叔母夫婦もまだ寝ている」
(そんなことまで分かるんですか)
「寝息が聞こえるからね」
そう言って微笑む鬼を見つめる。ひらっひらのワンピースの様な衣を身にまとい、翼を生やしている彼を。
要するに滅茶苦茶浮き、目立つであろう彼を。
「大丈夫、幻術で姿が見えないようにしているよ」
(あ、そうですか)
幻術って便利だ。
「あ、叔母さんが起きたね」
(そうですか)
私にも足音が聞こえ始める。
ガチャリと音がしてドアが開く。女性が出てくる。郵便受から手紙を取りに来たのだろうか。
「―――は?」
女性が私と目が合って、固まる。
そりゃそうだ。自宅の前に赤子が捨てられていたら、誰だって驚く。
「―――ふえ、へへへ」
とりあえず、赤ちゃんらしく笑っておいた。