家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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 今まででの話の中で、一番長くなってしまったので、二つに分けます。
 それから、最初に一つだけ謝っておきます。

 今回の話は、原作でいうところのカナと夜リクオのデートという、原作でもカナちゃんが輝く数少ないエピソードの一つなのですが――

 今回、カナと夜リクオとはデートをしません。
 カナとリクオがデートをしません。

 大事なことなので二回言いました。
 今後の話の都合上、夜リクオとのデートの話は後の方に回させてもらいます。
 その関係で出番もハブられた人もいますが、何卒ご容赦下さい。
 ただ、今回の話は今作において、かなり重要な要素になっておりますので、どうか後編も含めて、最後までお楽しみください。
 


第九幕 カナの誕生日 前編

 ――この間の合宿は失敗だったな……。

 

 昼休み、浮世絵中学校の廊下を歩きながら、清継は自身の考えに没頭していた。

 

 合宿――。

 先週の週末、清十字怪奇探偵団は部活動の一環として、捩眼山への合宿を敢行した。

 最初は乗り気ではなかったメンバーたちも「素敵な旅館」という言葉に惹かれ、一気にその気になってくれていたようだ。

 

 無論、清継自身の目的は素敵な旅館に泊まることではない。

 この合宿は妖怪を知るための、妖怪修行を目的とした妖怪合宿だ。

 さらにいうのであれば、清継の真の目的――それは妖怪に捕まることでもあった。

 

 妖怪に捕まってもう一度『彼』に――『妖怪の主』に会う。

 

 もしも自分が妖怪に捕まれば、きっと『彼』は助けに来てくれる。

 かつて、清継を地獄から救い出してくれたときのように、きっとまた駆けつけてくれるだろう。

 大きな希望と、妙な信頼感から清継はそうであることを信じて疑わない。

 

 だからこそ、女子たちが露天風呂に夢中になっている隙を突き、彼はあの日、捩眼山の奥深くへと、夜の妖怪探索に向かったのだ。

 前もって調べておいた妖怪スポットを巡り、しらみつぶしに妖怪に出会うべく探索を続けた。

 

 ところが、だ。

 

 いくつかの名所を回ったが、一向に妖怪が出てくる気配はなかった。

 しかも探索途中からの記憶がなく、気が付けば、彼は旅館で寝ているという、不可解な状態で目を覚ました。

 その一方で、露天風呂に入浴していた女子たちの方が、妖怪に襲われたという話ではないか。

 女子たちは災難だったと嘆いていたが、何の成果も挙げられなかった清継からすれば、心底うらやましい話である。

 

 ――なんとかして、僕も妖怪に捕まらなければ。次は墓場にでも……。

 

 そうして、合宿の反省として、どこかズレた結論を出した清継。

 とりあえずその考えを一旦打ち切り、彼は別の考え事をして――その口元を歪ませる。

 

「ふふふ……」

 

 薄気味悪い笑い声を漏らす清継。

 本人は心の中だけで笑っているつもりだろうが、周囲には駄々洩れである。

 異常なテンションの清継に、すれ違う生徒たちが一様に彼から遠ざかっていくが、そんな周りの反応をまったく気にもせず、清継は自分の考えに夢中になっていた。

 

 そのとき、彼が思案していたのは、今日の放課後の清十字団の活動についてだった。

 部活動といっても、清継が仕入れてきた妖怪話を話すだけの活動なのだが――今日は違う。

 ある人物に対して、ちょっとしたサプライズを用意してある。

 そのサプライズに必要不可欠な品物が、今朝方、ちょうど清継の元に届いた。

 後は放課後になるのを待つだけ。今か今かと、そのときを待ちわびていた。 

 しかし、

 

「清継くん」

 

 自分を呼び止める声に、清継は振り返る。

 

「おや、家長くん。どうかしたかね?」

 

 彼を呼び止めたのは、清十字団の一員でもある家長カナだ。

 妖怪に対する理解が不真面目なメンバーが多い中でも、彼女は清継の話を真面目に聞いてくれる数少ないメンバーの一人(清継視点)。

 饒舌に語られる清継の説明に、いつも絶妙な質問を投げかけてくれる。

 しかし、いつもの彼女はどちらかというと、聞き上手で自分から清継に話しかけてくることは少ない。

 ましてやこんな廊下内で、わざわざ自分を呼び止めてまで声をかけるというのは、なかなか珍しい。

 いったい何の用だろうと、その場に立ち止まり、清継は彼女の次の言葉を待った。

 そして、カナは心底申し訳なさそうに、その口を開いた。

 

「今日の清十字団の活動のことなんだけど……」

 

 

 

×

 

 

 

「ハイ、そこ! 違う!! 式神の構えは、こうや、こう!!」

 

 浮世絵中学校の屋上。陰陽師――花開院ゆらの声が響き渡った。

 すでに時刻は放課後。未だに学校には大勢の生徒たちが残り、部活動や委員会など様々の活動に興じていた。 

 彼女たち、清十字怪奇探偵団もそんな青春に汗を流す、子供たちのグループ。

 ゆらは真剣な様子で、巻と鳥居――二人の少女に妖怪から身を守るための術『禹歩(うほ)』の指導を行っていた。

 

「なんで、私ら~……」

「こんなの習わなきゃならないのよぉお~……」

 

 ゆらの熱血指導に、二人はもうへとへとといった様子で、ぎこちなく体を動かしている。

 ゆらのお手本を見ればわかるように、その構えとやらは、お世辞にも可愛いモノでもかっこいいモノでもない。

 何とも微妙な、間の抜けた変なポーズ。そのポーズにゆらは絶対の自信を持っているようで、一切の迷いなく実演して見せているが、思春期真っ只中の彼女たちにとって、そのポーズを披露することは、極度の恥ずかしさを伴う行為であった。

 しかし、そんな友人たちへゆらは厳しい叱責を入れる。

 

「恥ずかしがったりしたらあかん! これは妖怪から身を守るための禹歩。その超初心者バージョンやで! これもあんたらのためや、また全裸で襲われてもえーん?」  

「「え~~」」

 

 そういわれると返す言葉がないのか、息を切らしながらも彼女たちは構えを取り続ける。 

 

 先日の合宿の一件。

 妖怪に襲われた際のことを思い出し、ゆらは彼女たちに護身術として禹歩を教えることにした。

 この清十字団がこれからも妖怪探しを続けるのであれば、覚えていて損はない。

 ただ逃げるのとは違う。禹歩は妖怪から身を守るための、未来への第一歩なのだから。

  

 よっぽど全裸で襲われるのが嫌なのか、先ほどより少しだけ、真面目に修行に取り組んでいる二人の様子をゆらは満足げに見届け、その場を振り返る。

 ゆらの振り返った先には、屋上の柵にもたれかかっている家長カナがいた。

 彼女はどこかそわそわした様子で、屋上の入り口へと視線を集中させていた。

 

 落ち着かない様子のカナにゆらは歩み寄り、その肩に手をかける。

 カナは、突然肩を掴まれたことに驚いたのか、キョトンとした顔でゆらを見つめ返す。

 

「さあ、家長さんもレッスンや!」

「え? あ、ちょ……」

 

 戸惑う彼女にかまわず、強引にその手を引っ張る。

 

「ホンマは、いの一番に受けてほしいのはあんたなんやで。あんたはよう、妖怪との縁があるみたいやからな」

 

 カナは合宿のときはなんとか襲われずに済んだが、窮鼠の一件がある。

 勿論、自分が一緒ならば今度こそ彼女を守り抜くと覚悟を決めていたが、一人のときを襲われては不味い。

 そのときのために、彼女にも禹歩をきちんとマスターしてもらいたかった。 

 

「ほら、真似しいや!」

「はぁ……」

 

 巻と鳥居の隣に立たせ、再びお手本を披露し、カナにも真似るように促す。

 だが、せっかくのゆらの指導も即座に中断されることとなる。

 

「――やぁ諸君、やってるね!!」

 

 無遠慮に声をかけながら団長の清継が屋上に顔を出した。

 彼はいつも持ち歩いている愛用のノートパソコン――の他に、何が入っているのかはわからないが、すこし大き目の紙袋を持っていた。

 

「ふふふ……青空の下。陰陽護身術の修行。なんとも素晴らしき、青春の一ページ! さあ、今日も新着妖怪体験談大会だ!!」

「「やれやれ」」

 

 相変わらずの清継のハイテンションぶりに、巻と鳥居が息を切らしながら溜息をついた。

 ゆらは清継の登場に、仕方なく禹歩の稽古を一時止め、彼の話を聞くことにした。

 彼の話を無視して稽古を続けても良かったのだが、清継の仕入れてくる妖怪話の知識は、プロであるゆらですら舌を巻くほどものであり、聞いておいて損はなかった。

 その場にいるメンバー全員が、清継の話を聞く体勢に移行する。

 

「おっと、その前に……」

 

 そこで、清継は何かを思い出したかのように、紙袋からある物を取り出す。

 

「なに、それ?」

 

 紙袋から出てきた、ピンクのリボンでラッピングされた白い箱に皆の視線が集まる。

 清継はその箱を、カナに向って差し出した。

 

「家長くん。今日は君の生まれた日じゃないか、誕生日おめでとう!」

 

 ――誕生日!

 

 その言葉にゆらは少し驚いたが、素直におめでとうの気持ちを込めて、微笑みながら拍手を送る。

 巻と鳥居も口々に「お~! おめでとう!」とカナを祝い、皆からの祝福にカナは照れたように顔を赤らめていた。

 

「あ、ありがとう。でも……」

 

 清継の差し出した白い箱に、彼女は少し躊躇いがちな視線を送る。

 そのプレゼントを受け取って良いか、判断に迷っている様子だった。

 

「マイファミリーへのプレゼントに遠慮なんかいらないよ! ガンガン受け取りたまえ!」

 

 彼女の遠慮がちな態度に、気にする様子もなく清継がプレゼントをさらに突き出してみせる。 

 

「じゃ、じゃあ……ありがとう、清継くん」

 

 清継の押しに負け、はにかんだ笑顔でプレゼントを受け取るカナ。

 

「なに? なに? なにが入ってるの?」

「この箱、ブランド物じゃない!?」

 

 巻と鳥居に促され、丁寧な手つきでカナはリボンを外し箱を空けていく。

 ゆらもその箱の中身が気になって、覗き込む。

 そして開かれ、明らかになる箱の中に――

 

 

 呪いの人形が入っていた。

 

 

 

「「「「………………………」」」」

 

 

 その場にいた、女子全員の時間が止まる。

 何かの見間違いかと思いこむことにして、ゆらはもう一度箱の中に入っていたプレゼントを確認する。

 しかし、なんど見返しても、カナの手に握られているそれは、のろいの人形以外の何物にも見えなかった。

 一瞬妖怪かと思ったが、幸い妖気はまったく感じられない。ただの人形のようだが。

 

「な、なにこれ……」

 

 プレゼントの貰い手であるカナが、代表して清継に問いかける。

 皆の凍りつくような空気にまったく堪えた様子もなく、清継は口を開いた。

 

「家長くんを妖怪化した人形だ! どうだい、超絶キュートだろ!!」

 

 輝くばかりのあふれん笑顔。自信満々に誇るその姿に、その場にいた全員が呆れる視線を送る。

 団員の誕生日を前もって調べ、誕生日プレゼントまで用意した気配り、心配りには感心したが、いかんせん美的センスがズレすぎている。

 妖怪好きなのは結構だが、こんなところにまで自分の趣味を反映させる必要もないだろうに。

 

 だが、そんな清継の趣味全開のプレゼントでも嬉しかったのか、カナは大事そうに呪いの人形――もといプレゼントを手に取り、微笑みを浮かべながら立ち上がる。

 

「ありがとう、清継くん。じゃあ、今日はこれで……」

「うむ、そうだったね。気をつけて帰りたまえ」

 

 そう言って、カナは屋上の出口へと歩き出していく。

 自身の話が始まってもいないのに帰ろうとするカナを、特に不振がることもなく清継は見送る。

 

「あれ もう帰んの?」

「話聞いてかないの?」 

 

 巻と鳥居が不思議がって問いかける。 

 

「今日は大切な用事があるそうだ」

 

 その問いに、何故か清継が答えていた。

 

「昼休みのときに報せに来てね。まあ、プレゼントだけは今日中に渡しておきたかったから、少しだけ時間をくれるように頼んでおいたのさ」

「ごめん、そういうことだから……また明日ね!」

 

 申し訳なさそうに手を振って、カナはその場を後にしていく。

 彼女が立ち去る姿を見送りながら、ゆらは嘆息していた。

 

 本来ならば、もう少し禹歩の指導を彼女に施したかったが、用事があるなら仕方ない。

 稽古はまたの機会にしっかりつけることを心に決め、ゆらはとりあえず、清継の妖怪話を聞くことにしてそちらに意識を集中させることにした。

 

 

 

×

 

 

 

 清十字怪奇探偵団と別れたカナは、すぐに教室まで荷物を取りに戻る。

 先ほど清継からもらった誕生日プレゼントをバッグの中にしまいこみ、そのまま教室を後にしていく。

 早歩きで廊下を渡り、昇降口まで急いだ彼女は、素早く靴を履き替え外へ出た。

 瞬間、気まぐれに吹いた風が彼女の髪を撫でていく。

 

 ――まだ、少し肌寒いかな?

 

 体で直接季節を感じ、感傷にふけるカナ。

 だが、すぐに我に返り、彼女は急いで校門まで駆け出していく。

 

 校舎から校門までの短い道筋には、帰宅を目的とする生徒たちが流れに身を任せるように歩いていた。

 そして、その生徒たちの流れに逆らうように、その少女は校門の前に立っていた。

 カナはその人物に向って大きく手を振りながら、彼女の名を叫ぶ。

 

「――凛子先輩!」

 

 カナのその声に、少女――凛子と呼ばれた女生徒が振り返える。

 ついでに周りの生徒たちも振り返り、声の発信元であるカナと送信元である『先輩』へと目を向ける。

 凛子先輩は、その視線に居心地の悪さを感じたのか少しだけ頬を赤らめたが、それでもめげずにカナに向って笑顔で小さく手を振り返した。

 

 

 白神凜子。

 浮世絵中学校の二年生で、カナの一つ上の先輩にあたる。

 長めに伸ばした髪が、顔の右半分を覆い隠しており、少し暗い印象与える。

 素行態度は至って真面目。特にこれといった問題を起こしたこともない、どこにでもいる一般的な中学生だ。

 

 表向きは。

 

 彼女はただの人間ではない。

 妖怪世界で俗に『半妖』と呼ばれる、人間と妖怪の中間にいる存在だ。

 彼女の曽祖父は強力な幸運を呼び込む力を持つ土地神『白蛇』であり、その血の影響で彼女の実家――白神家は先祖代々、商売人としての繁栄を手にしてきた。

 だがその血は、必ずしも幸せだけを呼び込むとは限らない。

 彼女の体の中には、八分の一しか妖怪の血は流れていないが、その血の影響か、彼女の体の各所に白い鱗が生えている。

 その鱗のせいで、人間からは常に奇異な視線を向けられ、また、鱗が生えている以外はただの人間と大して変わないため、妖怪たちからは何も出来ない半端者と罵られてきた。

 家族以外、人間からも妖怪からも受け入れられず、学校では常に孤立した存在として生活していた凛子。

 

 しかし、それも少し前までの話だ。

 とある妖怪に絡まれていたときに、彼女は家長カナと同級生の土御門春明に助けられた。

 それ以降、カナとは学校ですれ違うたびに気軽に挨拶を交わし、ときには昼食を共にすることもあるほど、親しい間柄になっていた。

 家族以外、初めての理解者の存在に凛呼の心が少しずつ軽くなっていった。

 ちなみに、同じクラスの春明とはあまり話しはしないが、それは彼自身の性格に問題があるだけで、凛子の方に落ち度はまったくない。

 

「お待たせして済みません、先輩!」

 

 凜子の元へ駆け寄りながら、少し遅れたことを謝罪するカナ。

 

「ううん、いいのよ」

 

 謝るカナに気にするなと、凜子が微笑む。

 

「それじゃあ、行きましょうか?」

「ええ、そうね」

 

 そして、二人の少女は帰宅する生徒たちの流れに乗って歩き始める。

 楽しげに会話を交わしながら、目的地へと真っすぐ向かっていくのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「そうか……今日、カナちゃんの誕生日だったんだね」

 

 清十字団の集会に、少し遅れて顔を出した奴良リクオが呟く。

 すでに清継の妖怪話も終わり、一区切りついていた頃だ。

 

 彼が遅れてきた理由は、教室の掃除を手伝っていたため。

 例のごとく、本来ならそれは彼がやる必要のない作業だったが、いつものようにクラスメイトに雑用を押しつけられ、それをリクオは快く引き受けていた。

 既に、彼のパシられっぷりはクラスメイトだけには留まらず、校内全体に知れ渡っていたが、そのことを知らないリクオは、いつものように日常を謳歌していた。

 

 現在、屋上にいる清十字団のメンバーは5人だ。

 団長の清継に巻と鳥居、陰陽師のゆらと遅れてきたリクオの5人。

 リクオの側近である及川つららは、料理番としての役目があったため先に帰らせた。

 清継の子分的存在である島も、今日はサッカー部の方に顔を出しているためいない。

 

 予断だが島はサッカー部のエースであり、U-14日本代表に選ばれるほどの実力者である。

 そんな彼が何故この清十字団の一員となっているのか、密かな疑問ではある。

 

「大切な用事があるって、なんだろうね?」

「家族の人と誕生日会でもするんじゃないの?」

 

 巻と鳥居が思い出したかのよう口を開き、カナの用事を予想する。

 誕生日の日に早く帰るのだから、当然といえば当然の彼女たちの意見にリクオは納得しかける。

 しかし、そんな彼らの考えを否定するかのように、ゆらが言葉を発していた。

 

「家長さん……一人暮らしや言うてたけど?」

「えっ?」

「一人暮らし?」 

 

 巻と鳥居の二人が目を丸くして、驚きの声を上げる。

 声こそあげなかったものの、ゆらのその発言はリクオの心中に決して小さくない動揺をもたらした。

 

 ――カナちゃんが、一人暮らし? 初耳だ……。

 

 リクオは彼女の幼馴染だ。

 彼女とは幼稚園の頃からの付き合いだが、そんな話を彼女から聞かされたことはなかった。

 自分も特に聞かなかったため、知らなかったとしても別に不思議なことではなかったのだが、何故かリクオの胸の奥がチクリと痛んだ。

 だが、リクオが衝撃を受けて固まっている間も、女子たちはカナの話題を続けていた。

 

「一人暮らしか……なんかちょっと憧れちゃうな」

「そんないいもんでもあらへんで」

「でも、だったら用事っていったいなんだろうね?」

 

 頭の上に疑問符を浮かべる彼女たちの問いに、答える声が耳に届く。

 

「友達と二人で買い物と言っていたよ」

 

 視線も向けず、ノートパソコンをいじりながら軽い調子で答える清継のものだった。

 その答えに、先ほどより少し軽めの疑問符を少女たちは浮かべて話し合う。

 

「へぇ、買い物か……。友達って誰だろう? 下平さんかな。それとも――」

 

 自分たち以外でカナと仲のよさそうな同級生の名前を呟きながら、鳥居が思案にふける。

 

 そんなときだった――

 

「あああああああああああ!?」

『???』

 

 鳥居の呟きを隣で聞いていた巻が、突然目を見開いて大声を上げながら立ち上がった。

 鳥居もゆらもリクオも、ノートパソコンに夢中になっていた清継ですらも、その突然の叫び声に仰天する。

 

「ち、ちょっと、どうしたのよ巻。いきなりっ!!」

 

 その場にいる全員の気持ちを代弁するかのように、鳥居が問いかける。

 巻はかなり興奮しているのか、息を荒げて喋り始める。

 

「そうだよ、誕生日だよ、誕生日!!」

「………?」

「考えてみなよ! 誕生日に友達で二人っきりで買い物だよ!?」

 

 そこで少し息を整え、彼女は堂々と宣言する。   

 

 

「ズバリ――男だよ!!」

 

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 彼女のその言葉に沈黙する一同。

 

「えっと……どゆこと?」

 

 巻と親友である筈の鳥居が、どこか呆れるような目で静かに尋ねる。 

 

「誕生日の日に二人っきりで友達と買い物って、これはもう男とデートしかないっしょ!!」

「………」

「あー巻くん。それはさすがに極論では?」

 

 いつも珍妙な発言で皆を呆れさせる清継ですら、戸惑いの表情を見せる。

 

「そうだよ、巻さん! なんでそんなことになるのさ!」

 

 リクオも清継の意見に賛同するように、声を上げる。

 気のせいか、リクオの声は少し上擦っていた。

 そんなリクオの様子になにかを感じ取ったのか、巻は悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべ、リクオに語りかける。 

 

「なんだぁ~知らねぇのか、リクオ?」

「………?」

 

 巻が何を言いたいのか分からず首を傾げるリクオだが、そんな彼に向って、巻は自身が知っているありのままの事実を告げる。 

 

「カナって――結構モテるんだぞ」

「………ッ!?」

 

 彼女のその言葉は「カナが一人暮らし」をしていると知ったとき以上の衝撃を、リクオにもたらした。

 

「私見たんだよね……この間、カナが告られてるとこ…」

 

 リクオの動揺もお構いなしに巻は話を続け、その話に鳥居も乗ってきた。

 

「ああ、私も見たよそれ! 野球部の子でしょ? すごく真面目そうな……」

    

 彼女もカナが告白されている現場を見たことがあるようだ。

 しかし、鳥居の話を聞くと、少し間をおいて巻は言葉を返した。

 

「えっ、いや……私が見たのは、サッカー部のやつだったけど。ちょっとやんちゃっぽい……」

「……えっ?」

 

 告白相手の容姿が噛み合わないことに、一瞬顔を見合わせる二人の少女。

 そこへさらに、ゆらの方からも別の目撃談が寄せられる。

 

「それなら私も見たで。遠目やからよう分からんかったけど、上級生っぽい人と、楽しそうに話し込んでたわ」

 

「………」

「………」

「………」 

「………」

 

 自分たちの考えていた以上の、カナの複雑な恋愛模様に全員が押し黙った。

 

「三股!?」

 

 気まずい沈黙を破るように、大げさに巻が叫ぶ。

 

「ちょっ!? だから、なんでそんなことになるの!?」

 

 巻の叫びにも負けぬ勢いで、リクオも叫ぶ。すでにその声は悲鳴に近いものがあった。

 

「ごめん、ごめん。さすがに今のは冗談だけど……」

 

 そこで一呼吸置いて、巻はなおも話を続けていく。

 

「でも、それだけ男に言い寄られてんだから、彼氏の一人くらいいたって不思議はないんじゃねぇの?」

「確かに……」

 

 その結論に賛同するよう、鳥居までもが頷く。

 ゆらは何も言わなかったが、妙に真剣な顔つきで思案にふけっていた。

 

 ――カナちゃんに彼氏?

 

 最初に巻が男などと発言したときは、何を馬鹿なと思うことができた。

 しかし、自分の知らない彼女の恋愛事情を聞いてしまった後だと、あながちその考えも的外れではないと思えてしまう。リクオの胸中に、なんともいえない感情のうねりが渦巻く。

 冷静に考えれば、女友達と二人でただ買い物をしていてもなんら不思議はないのだが、今のリクオにそんな当たり前の答えにたどり着く余裕はない。  

 

「よし!!」

 

 皆が静まる中、まるでなにかを決意するかのように拳を握り締め、巻が立ち上がった。

 

「尾行しよう!!」

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 再三、その場が沈黙する。

 

「……なんで?」

 

 巻が作り出した沈黙を再び破ったのは、やはり鳥居だった。

 鳥居の問いに、巻は神妙な顔つきを作って答える。

 

「いや、ほらっ! カナってさ……しっかりしてるようで、時々抜けてるとこもあるからさ。変な男に騙されたりしたら大変だろ? だから、私たちで相手の男を見定めてやるんだよ!!」

 

 言葉だけ聞けば、純粋に友人を心配しているようにも聞こえるが、それだけではないことは彼女の顔を見れば明白である。

 神妙だが、笑みを堪えているような表情。巻の性格から考え、心配半々、好奇心半々といったところだろう。

 親友のそんな心情を読み取り、鳥居は溜息をこぼしたが、すぐに微笑んで彼女の提案に乗る。

 

「まあ、いっか。私も興味あるし」 

 

 すると、ゆらまでもが鳥居に続く。

 

「ほんなら、私も付き合うわ」

 

 二人の協力者を得た巻は、満足げにうなづいた。

 

「よし! じゃあ、さっそく行こう!!」

 

 カナを尾行しようと、その場を後に屋上から出て行こうとする三人の少女たち。

 

「ちょっ、ちょっと、待って――」

 

 彼女たちを止めようと、リクオが静止の声を上げようとする、

 

「――待ちたまえ 君たち!!」

 

 しかし、リクオの声を掻き消すような力強い声で、清継が少女たちを呼び止める。

 

「なんだよ、清継。妖怪の話はさっき聞いただろ? 続きはまた明日聞いてやるから、今日は――」

 

 巻が面倒くさそうな顔で清継を振り向くが、

 

「君たち、後をつけるといっても、彼女がどこにいるのか分かっているのかね」 

「………」

 

 清継の率直なその疑問に、少女たちはその場で立ち止まる。

 

 すでに日も暮れ始めている。

 どこにいるかわからない彼女を探すのに時間を費やせば、辺り一面が真っ暗になってしまう頃合いだろう。

 デート?も終わっている可能性が高いのだ。

 

「……ふっふっふ」 

 

 何も答えられないでいる彼女たちに、清継が不敵に笑った。 

 

「まさか、こんなに早くアレを使うことになるとは……」

 

 清継の発言の意図が分からずキョトンとする一同。 

 すると、清継は先ほどカナにあげた誕生日プレゼントが入っていた紙袋に手を伸ばした。

 

「さっきの誕生日プレゼントだけど、実はこういうのもあるんだ――」

 

 と、そういいながら彼が紙袋から取り出したのは――またしても呪いの人形だった。

 

「うわ、きも……」

 

 再び出てきた別バージョンの呪いの人形に、巻と鳥居が後ずさった。

 

「失敬な! ボクを妖怪化したキュートな人形だぞ!! ……まあ、見ているがいい」

 

 清継が心外だといわんばかりに叫ぶも、すぐに気を取り直し、自身の指でその人形をいじくり始めた。

 何をしているのかわからず、皆が不思議そうに彼に視線を集中させる。

 するとおもむろに、呪いの人形を自分の耳元へと近づけた。

 

「おい、清継。さっきからなにやって――」

 

 業を煮やした巻が問い詰めようとした、その瞬間――

 

『え~~と、なにこれ?』

「「「「………ッ!?」」」」

 

 呪いの人形から、戸惑うようなカナの声が聞こえてきた。

 その声に清継を除く全員が驚くと、一同に向かって清継がニヤリと口元を歪める。

 

「もしも~し、家長くん? 驚いたかね? ハッハッハ!」

 

 そして上機嫌に笑いながら、呪いの人形に向って話し始めた。

 

『清継くん? なんで!?』

「実はこの人形、携帯電話が埋め込まれてあってね。清十字団の通信機になっているんだよ」

  

 携帯電話。

 清継の口から発せられたその単語で、ようやく目の前の不可思議な現状を理解する一同。

 彼は今、呪いの人形に埋め込まれた携帯電話を通じ、カナと会話しているのだ。

 正直、何故そんなものにわざわざ埋め込んだのかという疑問がリクオの頭に浮かんだが、とりあえず何も言わず、スピーカーモードに切り替わった携帯から聞こえてくる、カナの声に耳を傾ける。

 

『……携帯って、これお金かかるんじゃないの?』

「ハッハッハ、安心したまえ! 通話料は無論、我が清十字家が持つ!」

 

 カナの当然の心配に、清継は豪快に笑って答える。

 

 ――相変わらず、ズレたところで太っ腹だな……。

 

 彼の言葉に、リクオがそんなことを考えている、すると――

   

「ところで、家長くん。今どこにいるんだね?」

『……えっ?』

 

 唐突に、それはもう、本当に唐突に清継がストレートに問いかけた。

 あまりの直球な質問に、二人の通話を黙って聞いていた一同も呆気に取られる。

 

「いや、なに。ちょっと気になってね、特に深い意味はないよ」

 

 本当に何でもないと言った口調で、清継は話し続ける。

 

『ええと、今はちょうど、『レモンラテ』って、お店にいるんだけど……』

「うむ、そうか。いや、なんでもないよ! 是非ゆっくり楽しんできたまえ、では!!」 

『あっ ちょっ――』

 

 そして、カナから用件を聞き出すや、清継は一方的に通話を切った。

 動揺する一同を尻目に、彼はあっけらかんに言い放つ。

 

「諸君、聞いてのとおりだ! 家長くんは、レモンラテなる店にいるそうだ。何か知ってるかね?」

 

 清継はどうやらその店のことを知らないらしく、皆に向かって問いただす。

 

「レモンラテって、あれでしょ? この間駅前にオープンしたばっかりの」

「うん、オシャレな服がいっぱいある店だよね」

 

 どうやら、巻と鳥居がその店に心当たりがあるらしい。

 その言葉を聞いた清継が、二人に向かって指を突きつける。

 

「では、行くとしよう。案内したまえ!」

 

 どこか偉そうに、清継は屋上の出口を先陣きって歩き出す。

 

「……珍しいな。清継が妖怪以外に興味を持つなんて……」

 

 心底驚いた様子で、巻が目を丸くする。

 

「当然じゃないか。マイファミリーが変な男に騙されていないか調査するのだって、立派な清十字団の活動さ!!」

 

 変な男の筆頭である清継が言うと、いまいち説得力に欠けると思う団員たちであったが、すぐに気持ちを切り替えて清継の後に続いていく。

 

「では行くぞ!! 清十字怪奇探偵団出動!!」

「「「おう!!」」」

 

 清継の出動宣言に女子たちが陽気に答え、そのままは彼らは屋上を後にしていく。

 

 

 

 

 皆が立ち去った後。

 あまりの急展開についていけずにいたリクオだけが、一人取り残されていた。

 しばらく固まっていた彼は、ハッと我に返ると、慌てて皆の後を追いかける。

 

「ちょっと、皆待ってよ!!」

 

 そして、先に行った清十字団を追いながらリクオは一人考える。

 もしも、もしも本当にカナに彼氏がいたと仮定して――

 

 自分はいったい、どんな顔をして彼女に会えばいいのか、と。

 

 




補足説明

 今回出番をハブられて人たち

  雲外鏡
   十三歳になった少年少女を殺しにやってくる危ない奴。
   今作において――
   カナは幼少期に紫の鏡を拾っていないということで、彼女の下へは来ません。
   今作のカナであれば、こいつを返り討ちにするくらいの戦闘力があります。
   別の子を襲ってもらう予定も一応ありますが、それまで出番はおわずけです。

  島二郎
   ご存じ、清継くんの腰巾着。
   及川さん命の一途な少年だが、今作においてもその恋が実ることはありません。
   今回は、扱う人数の都合上、彼には不参加でいてもらいました、 
   ちなみに、彼がサッカーのU-14日本代表なのは、公式設定です。
     

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