家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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椎橋先生の最新作『岩本先輩ノ推薦』、コミックス一巻買って来ました!
椎橋先生らしい怪しくも美しい、そんな魅力の詰まった本作。
まだまだ序盤ですが、今後の展開にも期待できる作品です。

ただ、個人的に一つだけ心配な点が。
ヒロインがいない……主要人物、全員男!!
時代的に軍学校に女性がいないのも分かるのだが……流石にむさ苦しい!!
男だけというのも色々と需要はあるが……この路線で行くのか、それともカッコ可愛いヒロインを入れるのか?

そういった意味でも目が離せない今後の展開。
次巻も楽しみに待っています。


そしてこちらの方も……ここから展開が一気に変わっていく。
穏やかな日常から、シリアスな展開へのターニングポイント。どうかお楽しみください。



第九十六幕 夢の終わり

 始まりはいつも突然で残酷だ。

 

 

 昨日まで当たり前のように思っていた全てが、何の前触れもなく失われていく。

 

 

 終わるときはいつだって一瞬、心の準備などできる筈もなく。

 

 

 

 その日、彼や彼女の『大切なもの』が——瞬きの間に消え去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カナ!!」

「あっ、つららちゃん! 今帰るところ?」

 

 浮世絵中学校。放課後の廊下で家長カナと及川つららの二人が笑顔で合流する。既に二人の間に隔たりなどなく、互いに名前で呼び合うことに一切の抵抗もない。

 仲の良い友人と、周囲の生徒たちや教師からもそのように広く認知されていた。

 

「カナ、今日も一緒に来るわよね!? 百物語組の調査、手伝ってくれるんでしょ?」

 

 つららはカナに一緒に帰ろうと声を掛けた。ここ数日、彼女たちは毎日のように共に下校し——そのまま百物語組の調査へと乗り出していた。

 今も水面下で、何か良からぬことを企んでいるであろう百物語組の尻尾を掴もうと、奴良組は全力で調査活動を続けており、カナもその調査を手助けしていた。

 今日もそうするだろうと、つららは当たり前のようにカナを誘っていた。だが——

 

「ご、ごめんね、つららちゃん。兄さんから呼び出し受けてて……今日はちょっと……」

 

 カナは心底申し訳なさそうに、つららに今日は来れないことを伝える。既に先約があると、そちらの用事を優先するようだ。

 

「兄さん……土御門か……」

 

 つららはカナの口から出た兄さんという言葉、それを指す人物の名前を呟いて眉を顰める。

 

 土御門春明——カナが『兄』と慕う陰陽師の少年。

 カナとはそれなりに長い付き合いらしく、彼女がその少年のことを心から信頼していることは既知なことだ。だが妖怪であるつららにとって、春明という人間は信用できない、全くもって油断ならない相手。

 

 それは彼が陰陽師であるという理由以外にも、彼の性格や自分たちに向ける態度。自身の主人であるリクオに対しても明確な敵意を露わにし、顔を合わせる度に喧嘩を売ってくるほどだ。

 寧ろ、何故カナがそこまで彼のことを信じているのか。それが信じられないくらい、つららの中では信頼も評価も低い人物だ。

 

「……カナ。あいつに何か変なことされたら……すぐに私かリクオ様に相談するのよ! 遠慮なんていらないんだからね!」

 

 そういった春明への疑いからか、つららはカナがあの男に色々と無理強いさせられているのではと。カナの身を心配し、何かあったらすぐにでも相談するように助言する。

 

「えっ!? ……いやいや、大丈夫だよ! 別に変なことなんて……まあ、つららちゃんがそう言いたくなる理由も分からなくないけど……」

 

 つららの心配にカナは即座に首を振りながらも、やや言葉を濁す。

 春明が自分以外の人間や妖怪に対して無愛想で容赦がないのはカナも理解している。つららがそう言いたくなってしまう気持ちも分からなくはない。

 

「でも大丈夫だよ! なんだかんだ言っても兄さんは頼りになる人だから……じゃあ、また明日ね!」

 

 しかし、たとえどれだけ他人に当たりが強くとも、カナにとって春明が頼もしい兄貴分であることは変わりなく。

 カナはつららに笑顔で別れの挨拶をし、その場を立ち去っていく。

 

 

 

 

「そっか……カナちゃんは土御門……さんと一緒か……」

「も、申し訳ありません、若!! 私がもっとちゃんと引き留めていれば……」

 

 カナと別れたつららはリクオと合流。二人はそのまま奴良組への帰路を急ぐため駅へと向かう。

 本来なら放課後は部活動、というより清継の趣味団体・清十字団の活動に時間を取られるところだっだのだが、何故か今日に限って清継がサッサと帰ってしまっていた。

 

『——え……何? 誰のこと? ボクは……何も聞いてないよ……』

 

 まるで彼らしからぬ、どこか怯えた様子。いったい何があったのかと、リクオとの会話で話題にこそ上げなかったものの、なんとなく気になる姿だった。

 

「……でも、仕方ないよ。カナちゃんにとって、あの人は頼りになるお兄さんなんだから……」

 

 だが、今は清継のことよりもカナ。そして——土御門についてだ。

 

 カナから彼女のこれまで歩んできた道筋を語られていたリクオ。カナにとって土御門春明という少年がどれだけ頼りになる人物かは理解できる。

 理解できるのだが——少なくとも、奴良組の妖怪たちの中には、それに納得しきれない者もいる。

 

「ですがあの男……未だに腹の底を見せていないところもあります。そんな男に、カナは……」

 

 つららも春明のことを怪しんでいる一人だ。というよりも、彼女の場合はカナのことを心配し、春明を彼女に近づけていい相手なのかと悩んでいる感じだった。

 カナの身を心配するからこそ、彼女の周囲のことに過敏になってしまう。すっかりカナと仲良くなり、彼女に対してどこか姉御肌なつらら。

 

「うん……そうだね。百物語組と安倍晴明との抗争も控えていることだし。いずれあの人とは……腹を割って話す必要があるかもしれない」

 

 リクオはリクオで、春明とはいずれきちんと話し合わなければと真剣な顔つきで語る。

 多くの敵対組織と絡む以上、今は内輪揉めをしている場合ではないのだ。

 

 内心では、結構複雑な気持ちを抱えながらも——春明との『和解』について真剣に考えを巡らしていた。

 

「とりあえず……今は百物語組の調査を続けよう! 今日こそ……何かしら、手がかりを得たいところだしね」

「……そうですね。私も……精一杯お手伝いします、リクオ様!!」

 

 しかし、今は土御門のことよりも百物語。彼らの企みを阻止することが急務である。

 土御門とはいずれ話し合えるかもしれないが、百物語組の連中と対話など不可能。

 

 多くの人々の不安や恐怖を糧に徐々に勢力を強めていく——江戸百物語組。

 父親の仇でもある彼らを、奴良リクオは倒すべき敵として見定めていく。

 

 

 そんな、覚悟を決めるリクオに対し——

 

 

「——あの、奴良リクオくん……ですか?」

「ハイ?」

 

 怪しげな男がまずは一人、声を掛けてきた。

 

 

 

 それが——『夢の終わり』の一歩であった。

 

 

 

×

 

 

 

「……はぁ~……なんか、かったるいな……」

 

 浮世絵中学一年、女子生徒の下平。その日、彼女は学校の情報処理室にいた。

 彼女は学校のパソコンを使い、課題に必要なテキストを作成していた。その資料は本当であれば既に提出されている筈の宿題だったのだが、なんだかんだでサボり続け、ここに至ってもまったく手が付けられずにいる。

 今日の放課後、学校に残ってでも片付けなければならない課題なのだが、それでも身が入ることはなく。とりあえず、下平はネットサーフィンに時間を費やし、問題を先送りにしていく。

 

「あ~あ……奴良くんや家長さんの課題、見せてもらえれば楽だったんだけどな……」

 

 下平は同じクラスの生徒、奴良リクオと家長カナについてボソリと呟く。

 彼女は彼らとは『普通』の友達だ。普通に挨拶をするし、普通に世間話もする。カナとは稀に登下校が一緒になったりもするが——あくまでその程度の関係。

 親切心から宿題を見せてもらったり、ノートを丸写しさせてもらったりもするが、特にそれ以上の仲に進展したことはない。

 

 彼らと特に仲が良い『清十字団』のように一緒に旅行をしたりなども考えたことはない。他にも数多くいる友人の一人。浅い付き合いの一つ、言ってみればそれだけ。

 しかしリクオもカナも、他の人よりはお人好しな部分があり、下平はそんな二人のことをそれとなく信頼していた。

 

「そういえばあの二人……前よりずっと一緒にいることが多くなったけど……付き合ってんのかな?」

 

 少し離れたところから見かけるリクオとカナは、以前よりも距離感が近くなったような気がする。ひょっとしたら付き合い始めたのかもしれない。

 今度あったらそれとなく揶揄い混じりに聞いてみようかと。変に意識することもなく、彼女はそんなことを考える。

 

 

「…………ん?」

 

 

 そんなときだ。ふと、下平の視界にそれが映った。

 下平の隣の席で——見知らぬ生徒が『学校の掲示板サイト』を開いていたのだ。

 

 浮世絵中学校の掲示板サイトは、当然ながら学校関係者しか利用できない。

 学校側が配布したアカウントを持っているものだけがアクセスすることができ、どのアカウントで、どのような発言がされたかなども、しっかり記録に残るようになっている。

 イジメや嫌がらせの温床にならないよう、常に教師の目でも監視されているため、好き好んでこの掲示板を利用する生徒は少ない。

 下平も特に自分で利用する機会もない。今後も使うことのない機能だと思っていた。

 

 

 だが、その掲示板のコメント欄に——『奴良リクオ』の名前が書き込まれていたことに下平は目を止める。

 

 

「…………なんの話してんだろう?」

 

 見えたのはチラリと一瞬だけ。しかし妙に気になってしまい——下平は自分が使っているパソコンを使用し、その掲示板を覗いてみることにした。

 自分で使うことになるとは思ってもいなかったサイトへ、パスワードとアカウントを入力してアクセスする。

 

 

「…………? なんだ、これ……?」

 

 

 最初は、そこに書かれていることの意味が理解できなかった。

 しかし、徐々に読み進めていくことで——彼女の顔は蒼白に染まっていく。

 

 

 

 

「お疲れ様、諸君!! ボクたちが生徒会でいられるのも後わずか! 最後まで、キチンと仕事をこなそうじゃないか!」

 

 浮世絵中学二年、生徒会長の西野は生徒会室で役員たちに忙しなく指示を飛ばしていた。

 彼らが忙しそうにしているのは生徒会活動の一環だ。生徒会長として、地味ながらも立派に勤めを果たした西野。彼に付き従う生徒会役員一同。彼らは今年度の仕事納めとして、一年間の活動記録を取りまとめていた。

 この活動記録を元に、来年生徒会長になる生徒へと仕事の引き継ぎを行う。一応、進級した後も少しだけ仕事が残っているものの、それで西野は生徒会長の役割を終える。

 今年から彼も三年生。本格的な受験シーズンを迎えるため、自らの進路の舵を切っていくことになるだろう。

 

「西野会長! こっちの資料はどこでしたっけ?」

「それは書記長の机……引き出しの二番目に突っ込んどいてくれ!」

「西野会長! お腹減りました! お菓子のストックはどこでしたっけ?」

「後ろの棚だ! 今日のうちに胃袋に処理しておきたまえ!!」

「西野会長! また清十字団への苦情が来ています!! どうしましょう!?」

「諦めて突き返せ!!」

 

 活動記録を取りまとめている間にも、西野は会長としていくつか山積みとなっていた問題を淡々と片付けていく。清十字団関係の問題こそ棚上げするが、生徒会長として、一人の人間として、彼は確実にスキルアップしている。

 このままいけば特に何のトラブルもなく会長としての任期を終え、次なる世代へ役目を託すことができただろう。

 

 あくまで——何事もなければの話ではあったが。

 

「あの……西野会長……」

「どうかしたかね、副会長?」

 

 激務に追われる最中、副会長の女子生徒が西野に遠慮がちに声を掛ける。彼女は他の生徒たちに聞こえないよう、声を忍ばせながら西野へとノートパソコンのモニターを見せていた。

 

「……掲示板サイトの書き込みをチェックしていたのですが……少し気になるコメントが……」

「気になるコメント? なんだいそれは……詳しく話してみたまえ」

 

 副会長もよく分かっていないのだろう。生徒会としてどうすべきか、そのコメントに関して会長の西野にその意見を伺っていく。

 

 

「奴良リクオという生徒に関して……何やらおかしなコメントが……されているようなんです」

「……なんだって?」

 

 

 しかし成長した西野でも、即座にその問題へと対応するだけの応用力を持ち合わせてはいなかった。

 

 

 

 

「横谷先生~! さようなら!!」

「はい、さようなら! 気を付けて帰るのよ!」

 

 浮世絵中学理科教師、横谷マナは教師としての職務をこなすため学校に残っていた。廊下ですれ違う生徒たちに笑顔で挨拶を返しながら、彼女はいつものように理科室へと足を運ぶ。

 

「……今日は、奴良くん来てないみたいね……」

 

 暫く前まで、放課後の理科室には頻繁に奴良リクオの姿があった。理科室で熟睡する彼の姿を見ると——いつも彼女は『とおりゃんせの怪』で起きた出来事を思い返す。

 

 

 都市伝説——〈切り裂きとおりゃんせ〉。

 十五年前、横谷マナはその怪人の手によって親友を連れ去られ、それが心の傷としてずっと残っていた。親友である綾子だけが消え、マナは一人だけ生き残ってしまったと自分のことを心の奥底で責め続けていた。

 

 しかし、その後ろめたさを、奴良リクオが解消してくれたのだ。

 妖怪であった彼がとおりゃんせを退治してくれたことで、囚われていた綾子や他の女性たちの魂は解放された。

 その瞬間に立ち会うことができ、マナは親友を看取ることができた。

 

 マナは全て奴良リクオのおかげだと。彼に心から感謝し——彼の学校での生活を静かに見守る決意を固めていた。

 

 たとえリクオが何者であれ、彼を信じ、教師として生徒である彼の力になる。

 ひょっとしたら自分の助けなど必要ないのかもしれないが、それが横谷マナという教師が一人の生徒に対して心から誓った思いである。

 

 

「最近は特に忙しそうね……ちゃんと休めてるのかしら……ちょっと心配だわ」

 

 正直、教師として一人の生徒に入れ込み過ぎるのは良くないことではある。しかし、少なくともそれだけの恩義はある。

 このくらいであればエコ贔屓にもなるまいと、自身に言い聞かせながら再び廊下を歩いていく。

 

 

「——……ねぇ……この書き込み……?」

「——奴良リクオって……一年生のあの子だよね?」

 

 

 そんな風に彼のことを意識していたせいか。

 マナは——廊下で女生徒が『奴良リクオ』についてヒソヒソと話し込んでいたことに足を止める。

 

「!? ねぇ、あなたたち! 奴良くんが……どうかしたの?」

 

 すぐにその女生徒たちに声を掛け、詳しい話を彼女たちに尋ねる。

 

「あっ……横谷先生」

「マナ先生……実は、その……」

 

 マナの呼び掛けに最初はおどおどしていた女生徒たちだったが、やがて意を決したのか。

 

 彼女たちはマナに——『自分たちがスマホで見ていた学校の掲示板サイト』。

 そこに書き込まれていた、その文面を彼女へと見せていく。

 

 

「……!? こ、これは……まさか!?」

 

 

 戸惑っている生徒たちと異なり、リクオの正体を僅かだが知るマナ。

 

 彼女はそこへ書き込まれていた文章が、リクオにとって如何なる意味を持つものなのか。

 朧げながらに理解し——その背筋を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■奴良リクオは人間と妖怪の間に産み落とされた呪われた存在。

 

 

 ■件の予言だ。

 

 

 ■終末がやってくる。リクオのせいでこの国は滅ぶ。

 

 

 ■リクオを殺せ! リクオは殺せ!

 

 

 ■そうじゃないとボクたちが滅びることになるぞ!

 

 

 ■殺せ! 殺せ! 殺せ!

 

 

 

 

 

 

 ■奴良リクオを殺せ!!

 

 

 

×

 

 

 

「——来たな! 人と妖の子め!! この時を二十五年待った!! くらえぇえ、ライダァアアア~!」

「それ以上は言わせないわよ!!」

「ががべ!?」

 

 自分たちに襲い掛かってくる謎の覆面ライダー。

 あらゆる意味で危険なその人物を氷の妖術にて撃退し、つららは即座にその場を離れる。

 

「リクオ様! 乗ってください!!」

「つ、つらら!?」

 

 彼女が作り出したのは『氷のスケートボード』だった。そのスケボーの後ろに怪我をしたリクオを乗せ、急ぎその場を離脱していく。

 

「くそっ!! 逃がすな、追え!!」

 

 逃げ出していくリクオとつららに向かい、人間たちが悔しそうに息を荒げる。

 彼らは口々に、リクオへの殺意と憎悪を叫んでいた。

 

 

「——奴良リクオを……呪われたあのガキを殺すんだ!!」

 

 

 

 

「リクオ様、あの人たち何なんでしょう!? 見覚えありますか!?」

「いや……全然分からないよ」

 

 スケートボードで安全地帯を目指しながらも、二人は困惑する。

 何故? どうして? いきなり人間に命を狙われなければならないのだろうと。

 

 

 始まりは唐突だった。

 

『すいません、道をお尋ねしたいのですが……』

 

 突然、見知らぬ男が道を尋ねてきた。

 ちょっと前にも『奴良リクオくん……ですか?』などといきなり声を掛けられ、顔写真を撮られたりなど。

 今日はよく声を掛けられる日だなと、不思議に思いながらもいつもの親切心で道を教えようとするリクオ。

 

 だが、そうして油断していると——さらに別の男が背後から忍び寄り、いきなり襲い掛かってきた。

 

 男はリクオの後頭部に向かって、警棒を撲殺する勢いで振り回してくる。リクオは咄嗟にカバンを盾にすることでその一撃をガード。驚くべき反射神経で致命傷は防ぐことができたのだが、そのせいでカバンの中身はぐちゃぐちゃ、カバンを持っていた右手にも怪我を負ってしまう。

 

『いてて……』

『リクオ様!? ちょっと、何よアンタたち!?』

 

 痛みに顔を顰めるリクオに、当然のように抗議の声を上げるつらら。

 

『な、なんだぁ!?』

『喧嘩か?』

 

 周囲の通行人からも悲鳴が上がる。一般的な視点から見ても、男たちの行動が常軌を逸したものだと理解できるだろう。

 

『ねぇ、こいつ殺したら殺人になっちゃうかな』

『いや? 化け物だからOKっしょ? むしろ英雄じゃねぇ?』

 

 だが、男たちは一切悪びれた様子を見せない。リクオに道案内を頼んだ男もグルだったのか、懐からナイフを取り出し、リクオへの殺意をはっきりと口にしていく。

 

『こ、こいつら……妖怪? いや……違う?』

 

 リクオは男たちの挙動に不気味なものを感じる。相手はどこからどう見てもただの人間、妖気の片鱗すらも感じられない。

 ただの人間がどうして自分に襲い掛かってくるのか、違和感しかなかった。

 

『退がりなさい! アンタたち!!』

『!! ま、待って……つらら!?』

 

 しかしつららは怒り心頭だった。男たちからリクオを守るために彼らに吹雪を浴びせ、その体を凍らせていく。

 勿論、手加減はしている。人間相手に本気を出すほど大人気なくはない。

 

 だが——

 

『ヒッ、ヒィ? こいつら……マジで化け物だぁあ!』

『う、噂通りだ、ヒィッ!?』

 

 つららに反撃されたことで、男たちは怯えた様子で悲鳴を上げる。

 自分からこちらへ危害を加えておきながら、情けなく泣きつくその反応。つららですらも思わず呆気に取られた。

 

『…………!? つらら、周りを見て……』

 

 だが、リクオたちが戸惑っている間にも、周囲の空気が刻一刻と変化していく。

 

 人前でいきなりつららが妖術を行使したことで、道を歩く通行人がポカンとしているのだが——その群衆の中に、明らかにリクオたちへと『疑惑』の目を向けている者たちがいるのだ。

 

『……まじかよ……凍らせたよ』

『ふぇ~……おっかねぇ~……』

『やっぱアイツ……妖怪なんだ……』

 

 ひそひそと、スマホを片手に物陰に隠れる男たち。

 明らかにこちらへと奇異な視線を向けてくる彼らに、さすがのリクオも冷や汗をかく。

 

 

 いったい、こいつらは何者なのだ?

 

 

『まずいな……ここから逃げよう、つらら!!』

『は、はい!!』

 

 焦ったリクオはつららの手を引き、裏路地へと身を隠す。

 急ぎ人目を避けるべく、その場から慌てて離脱することになった。

 

 

 

 

「と、とにかく急いで本家へ! ほら、もうすぐ駅ですよ、リクオ様!!」

 

 現在進行形で続く謎の集団からの逃亡劇。

 さきほどの不意打ちで負傷してしまったリクオを連れ、つららは奴良組本家へと急行する。

 本家に辿り着けば、たとえ何者であろうとも迂闊な真似はできないだろう。本家では常に手練れの武闘派たちが待機している。たとえ京妖怪の幹部クラスが乗り込んできたところで、返り討ちにできるだけの戦力がある。

 

 だが本家に戻るにも、まずは駅に行って電車を利用する必要がある。

 駅の中ならさすがにあんな大それたことをしでかしてくるとは思えないが、とにかく急ぐ必要があった。

 

「ここを通れば近道です! 急ぎましょう!!」

 

 つららは駅までの道のりをショートカットするため、工事中のビルを抜け道として選んだ。

 そこを通り抜ければ駅までもうすぐだと、その表情も安堵で緩んでいく。

 

 

 

 しかし——それにより、リクオたちはさらなる窮地へと追い込まれる。

 

 

 

 一発の『銃声』が——工事中のビル内で響き渡った。

 

 

 

×

 

 

 

「——もぅ……この国の男って肉の硬い、不味い男ばかりね……」

 

 リクオたちが通り抜けようとした工事現場のビル。

 未だに建設途中、骨組みしか出来上がっていなかったその鉄骨の足場の上部に——ひとりの女が佇んでいた。

 

 女は見るからにケバケバしい、派手なキャバクラ嬢のような格好をしていた。顔もかなり厚めの化粧が施されている。いい歳こいて若造りしようとし、失敗してしまった『年増女』といった感じである。

 

 身長二メートルはありそうなその女の名は——『悪食(あくじき)野風(のかぜ)』。

 山ン本の『十二指腸』である。

 

 

 百に分かれた山ン本の一部たち。彼らは嗜好も能力もバラバラであり、その性格や生態にも当然ながらいくつかの差異があった。

 生まれながらに高度な知能を持ち合わせているものもいれば、知能などほとんど持たずに誕生した『獣』のようなものもいる。

 

 悪食の野風という妖怪は——後者であった。

 彼女はまさに人々を貪るだけの食欲の塊。近くにいるものなら誰であろうとバリバリ食らう、そんな品性の欠片もない、ケダモノのような妖怪であった。

 

 しかし、この三百年の間に彼女は知能を身に付け、自我を獲得。

 人間に擬態して自身の醜い容貌、鼻が曲がるほどの悪臭を香水で隠す程度の知性を持ち合わせるようになった——かに見える。

 

 もっとも、その本質はあくまでも食欲の塊、ただ『肉を喰らいたいだけ』の妖怪。

 まさに己の欲望に忠実な生き物——典型的な山ン本の一部であったと言えよう。

 

「ホホホ……人から襲われる気分はどーお? それがあんたの守ろうとしている存在なんでしょ? 奴良リクオ君……」

 

 悪食の野風は、さきほど適当に狩っておいた人間の肉をクチャクチャと貪りながら。

 

 眼下で広がる——『リクオと、彼を一方的に追い詰めていく人間たちの集団』との睨み合いに高みの見物を決め込んでいく。

 

 

 

 

「——奴良リクオ、この国のためにお前を処刑する。〈件〉の予言だ、悪く思うなよ」

「はぁはぁ……国? 件……?」

「り、リクオ様……」

 

 奴良リクオとつららは人間たちに追い詰められていた。

 駅までの近道にしようとした建設途中の工事現場に、既に待ち伏せていた『狙撃手』がいたのだ。

 さすがに本物ではなく改造銃の類だろうが、その狙撃手のスナイパーライフルがつららの氷で出来たスケートボードを破壊。リクオたちの足を止め、彼らをこのビルの中に閉じ込める。

 ビルの周囲はシートによって覆われており、一般人の目もない。その狙撃手を始めとし、リクオを殺そうとする人間たちがワラワラと集まってきた。

 

「追いついたー」

「まだ死んでねーの」

「じゃ、オレやるけど」

 

 リクオへの殺意を無機質な表情で口にする男たち。

 それぞれ手には金属バットや鉄パイプ、警棒やナイフを装備してリクオたちを取り囲んでいる。その数は控えめに見ても二十人以上はいる。

 彼らはリクオが逃げられないよう、全方位を取り囲みながらジリジリと距離を詰めていく。

 

「くっ……リクオ様!」

「ダメだよ、つらら、抑えて……」

 

 敵意を滲ませる男たちに、つららは反撃を試みようと静かに妖気を高めていた。リクオの護衛として彼を守るため、たとえ正体がバレたとしても構わないという覚悟だ。

 しかしリクオがそれを制止する。まだ諦めるのは早いと、彼はあくまで言葉によって彼らを説得しようとしていた。

 

「あの……件の予言って何ですか!? 何かの間違いじゃ——」

 

 だが彼の『言葉』は、男たちの『暴力』によって遮られる。

 

「————」

 

 男の一人が無言でバットを振り回し、リクオへと殴り掛かる。かろうじてそれを躱すリクオだが、バットは工事現場の鉄骨へと命中。

 鉄骨が大きく歪んだことで理解する。その一撃には、確実な殺意が込められていた。

 

「————」

 

 さらに、今度は別の男がナイフを振り下ろしてきた。

 リクオはまたもカバンを盾にすることでそれを防ぐも、カバンはバッサリと斬られてしまい中身が落ちていく。

 

 学校で使う大事な筆記用具やノート。リクオの日常の一部が、無情にもこぼれ落ちていく。

 

 

 ——この人たち、本気だ!

 

 ——本気で……ボクを殺そうとしてる!?

 

 

 リクオの背筋に寒気が走る。

 バッドでの一撃にも、ナイフでの斬撃にも。躊躇というものが一切なかった。

 彼らは確実にリクオを殺すつもり。彼を肉体的にも、精神的にも追い詰めていく。

 

「しらばっくれるんじゃねーよ。人間のカッコしやがって……とっとと正体表せよ、妖怪」

 

 

 

 

「な、なんだよ、それ……」

 

 訳が分からなかった。

 自分が妖怪であることは事実だが、どうしてこんな見も知らない人々にまで知れ渡っているのか。

 リクオが半妖であること、世間的には絶対にバレてはいけないことなのに。

 

 親しいものにしか話せない筈のことなのに、どうしてこんなに大勢の人たちが自分を妖怪だと知り、罵ってくるのだ。

 

 

「ボクは……人間だよ!」

 

 

 リクオは何とか彼らを説得しようと、今は人間であると叫ぶ。

 もう少しすれば日が完全に沈み、『妖怪』へと姿を変えることもできるが、今は紛れもない『人間』である。

 

 人間としての自分を見失いたくない。

 その一心で、リクオは心から叫び声を上げていた。

 

 だが彼の切なる願いとは裏腹に、男たちの行動はますますエスカレートしていく。

 

「——うっ!?」

 

 再び銃声がリクオを襲った。

 さきほどの狙撃手の弾丸がリクオの頬を掠め、彼に手傷を負わせていく。

 

「惜しい!」

「どこがだよ、下手くそ~」

 

 リクオに弾丸が直撃しなかったことに、狙撃手同士は軽口を叩き合う。

 さながら、サバイバルゲームを楽しむかのように。彼らは——リクオを獲物に狩りを楽しんでいた。

 

 

「あんたたち!! それ以上やったら……もう手加減しない!!」

「——!!」

 

 

 この暴挙に、ついにつららが『キレた』。

 狙撃手の銃身を吹雪にて凍らせ、雪女としての『畏』を前面に出し、男たちと完全に敵対する構えをとっていた。

 

「おお……ほっ!」

「と、撮れ! あの娘……やっぱ妖怪の女の子なんだ……」

 

 しかしそれは逆効果である。男たちの何人かがつららの妖術に興奮し、スマホやカメラをこちらへと向けてくる。

 つららが妖術を行使する決定的な瞬間をカメラに収め、それをネットへと拡散するつもりなのだろう。

 

「つらら、ダメだ!! こいつら……ボクらが変身するのを待ってるんだ!」

 

 相手の思惑に乗せられまいと、リクオはつららへと警告を促す。

 それ以上ムキになってはダメだ。何か——取り返しのつかないことになる予感がすると。

 

「え……? で、でも……でも私……!」

 

 これにつららは八方塞がりになってしまう。

 

 これだけの人数が相手なのだ。妖怪としての力を発揮しなければ、連中を退けることも困難だろう。しかし、正体を晒せば——つららは二度と人間社会に復帰できなくなるかもしれない。

 少し前までの彼女であれば、その程度なんてことなかった。リクオさえ守れるのであれば人間社会での自分の立場など、どうでもいいと切り捨てることができた。

 

 

『——つららちゃん!』

 

 

 だけど、今のつららにはカナがいる。この土壇場においても彼女との学園生活が頭を過ぎる。

 カナの影響でつららは護衛としてではなく、彼女個人として学校での生活を以前よりも大事にするようになっていた。

 それが失われるかもしれない可能性に、つららは自身の思考を鈍らせてしまう。

 

 

「——ヒャハハハ!! 今だ!! くらえぇええええ!!」

 

 

 そんなつららの一瞬の隙を突き、人間たちが彼女に牙を剥く。

 男の一人が構えたの銃だった。勿論、これも本物ではない。違法な改造が施された『テーザー銃』だ。

 

 アメリカの警察機関でも導入されている正式装備。銃口から小さな棘を射出し、標的に突き刺して電流を流すという代物。

 基本、撃たれた相手が致命傷にならないよう、出力もかなり抑えられて設計されている筈なのだが——その銃はリミッターが外されていた。

 

「うっ!! ……うっ!?」

「つ、つらら!?」

 

 妖怪であるつららに『畏』のこもっていない攻撃など、本来なら致命傷にはならない。だが、出力を限界まで上げられていたテーザー銃の威力につららの意識は混濁、そのまま彼女は気を失ってしまう。

 

「見たか! オレの象をも殺す改造銃!! ヒャハハハ!!」

「やったね! ガクトくん!! ハッハハハハ!!」

 

 倒れるつららを嘲笑い、歓喜に震える男たち。

 そんな彼らの嘲笑に——

 

 

「——っ!!」

 

 

 ついにリクオも『キレる』。

 

 彼は気を失ったつららの体を抱きかかえ、地面に落ちていた鉄パイプを拾い上げた。

 そして次の瞬間、一気に男たちとの間合いを詰めていく。

 

 

 

 

「……はっ?」

「……え?」

「へ……あ……?」

 

 それは一瞬の出来事だった。

 鉄パイプを構えたリクオに、人間たちは殺気立った。生意気にも抵抗する気かと。人間様に逆らうつもりかと。

 妖怪であるリクオをぶちのめし、彼の正体を暴いてやろう。

 

 そんな思惑で武器やカメラを構え、リクオが正体を晒す決定的瞬間を待っていた。

 

「——おい」

 

 しかし、その必要もない。この程度のチンピラ相手に、リクオはわざわざ変化する必要もなかった。

 

 人間の姿のまま、彼はチンピラたちの合間を抜き去り——彼らの手にしていた武器を鉄パイプで叩き落としていく。

 男たちの持っていたスマホやカメラも一瞬でガラクタにし、そのふざけた行いを強制的に止めさせる。

 まさに神業と、チンピラたちはその動きを目で追うこともできなかっただろう。

 

 もっとも、リクオは今日までに数々の修羅場をくぐってきたのだ。たとえ身体能力が人間のままであろうと、武器の振り方や体の動かし方。相手の視線や呼吸の隙を突く歩法など。過酷な戦いの中、そういった技術を自然と身に付けていた。

 この程度の芸当であれば、リクオでなくとも出来る武術の達人は世の中にごまんといる。あくまで人間の範囲でことを収め、リクオは相手を睨みつけていく。

 

 

「——黙ってりゃいい気になりやがって……これ以上やらせんな」

『——っ!!』

 

 

 つららが傷つけられたこともあってか、必要以上に怒気がこもったリクオの視線。男たちは息を呑み、言われるがままに立ち尽くしかない。

 

「っ……!」

 

 そんな空気の中、男の一人が忍ばせていた予備のスマホに何かしらの書き込みを行っていく。リクオは即座にそのスマホを奪い取り、そこに書かれていたコメントを確認した。

 

 

 ■近くにこの国は滅びる。

 

 ■もう逃げられない、終末がやってくる。

 

 ■奴良リクオを殺さないと!

 

 ■件の予言に従わないとっ!!

 

 

「……なんだこれは。これが〈件〉の予言か?」

 

 自分の名前も含めて気になるコメントが多々あったが、リクオは真っ先にこの〈件〉とやらの予言についてスマホの持ち主である男を問い詰めていく。

 

「ね、ネットで広まってるんだ! 今この国で変なことが起きるのは……全部ある男のせいだって……」

 

 男はリクオの存在に怯えながらも、件の予言についてその詳細を吐いた。

 

 

「——この国を救うには妖と人の子である、奴良組三代目……奴良リクオを殺さなければならないって……!!」

「!!」

 

 

 それはどういう意味かと、リクオがさらに問いただそうとした。その刹那——

 

 

 上空より舞い降りてきた巨大な女が、リクオを取り囲んでいた男の一人を、人間を「グチャリ」と踏み潰した。

 

 

 

×

 

 

 

「あーあ……せっかく変身が見れると思ったのに……ちっともダメね。中学生一人を本気にさせられないなんて」

 

 上から降ってきた女は——悪食の野風だった。

 彼女は男たちがリクオの正体を暴くことができなかった不甲斐なさに業を煮やし、自らの手でリクオを本気にすべく動き出した。

 

「骨のないチキンたち」

「ギャアアアアアア!!」

 

 手始めに役立たずとなった男たちを捕食し、自分の食欲を満たしていく。

 触手のように伸びる彼女の腕が、手の甲についている彼女の口が——容赦なく人間たちの頭部を喰いちぎり、何の躊躇いなく彼らを殺戮していく。

 そこには一切の躊躇がない。いや、躊躇どころか——彼女は自分が人間を殺しているという意識すら持っていない。

 まるで息を吸って吐くように、呼吸するのと同じ自然さで自分の近くにいる人間たちを喰い荒らしていく。

 

「初めまして、奴良リクオくん……私の名前は悪食の野風。あなたと同じ妖怪よ」

 

 人間を殺戮しながら、親しげな声音でリクオへと声を掛ける野風。

 

「さあ、正体を現しなさい。じゃないと……どんどん食べちゃうわよ?」

「や、やめろぉ!! 何やってんだ、お前!?」

 

 リクオはそんな野風の殺戮をやめさせるべく、隠し持っていた護身刀を躊躇いなく抜き放った。

 振われるその斬撃が、人間を捕食し続けていた悪食の野風の手を止め、彼女に手傷を負わせていく。

 

「お前……馬鹿な真似はやめろ!!」

「……へぇ、いい目してる……でも、所詮は人の剣ね」

 

 怒りに吠えるリクオの眼光、鋭い彼の一撃を前に手を休める悪食の野風。しかし所詮は人間状態の斬撃。畏の乏しいその一撃では、妖怪を倒すことはできない。

 妖怪を滅する刀・祢々切丸でも持ってくれば話は別だったかもしれないが、生憎と今あの刀はリクオの手元にはない。

 人間のままのリクオでは、悪食の野風の暴虐を止めることができない。

 

「ち、ちくしょう~! て、てめぇ……!」

「俺たちの仲間を……この女、ゆるさねぇ!!」

 

 悪食の野風の暴虐には周囲の男たちも激怒していた。リクオを殺すために集まった同志たちを殺された彼らは、血気盛んにも殺意の矛先を野風へと向ける。

 

「やめろ!! アンタたちの太刀打ちできる相手じゃない!!

 

 だが、その無謀をリクオが止める。

 

 

「下がってろ!! 見て分からないのか!? こいつは……本当に妖怪なんだぞ!?」

 

 

 そう、悪食の野風は紛れもない妖怪だ。

 さきほどから妖怪を殺すだの、許さないだの。考えなしに口にしている彼らだが、本当の意味では何も理解していない。

 

 妖怪を相手にする意味。

 人間を殺戮できる怪物と対峙するということが、どういうことなのかを——。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、あれ?」

「変なおばさん」

「お……おい、血だらけだぞ……!?」

 

 リクオが男たちと問答をしている一瞬の隙を突き、悪食の野風は工事現場の外——市街地へと出ていた。巨大なおばさん、血だらけの体。道を歩く一般人は悪食の野風の異様さを前に、意味も分からず呆然と戸惑う。

 妖怪が何だとか分からない一般人では、それを瞬時に現実のものであると認識することができないでいるのだ。

 

 だが、思考を停止させている人間たちなどお構いなしに、野風は人間を捕食すべく腕を触手のように振り回していく。

 

「なんですか、これはギャッ!?」

「ヒェェ? ヒェエエ!?」

「ちょっ、ちょっとキミ……何を!?」

「ヒィ……キャアアアアアアアアア!?」

 

 現場はすぐに阿鼻叫喚の地獄へと変わる。無抵抗の人間を野風が何の躊躇いもなく殺し、彼らの血肉をその腸へと収めていく。

 一分にも満たない時間で——何十人という死傷者が出てしまっていた。

 

 

「やめろぉおおおおお!! お前いったい……何考えてんだ!!」

 

 

 そこへようやく彼が、奴良リクオが駆けつけてきた。

 リクオの叫びにようやく野風は殺戮の手を止め、彼の方を振り返る。

 

「フフ……さあ、奴良リクオくん。刀をとって……ハァハァ……」

 

 人間を殺戮することでその血肉に酔いしれる悪食の野風。

 かなり興奮状態になっており、気持ち悪く体をくねらせながら、彼女はリクオに妖怪になることを迫っていく。

 

 ——日は……落ちている。今なら……妖怪になることも出来る……けど!?

 

 既に日は沈んでいる。

 この時間帯なら、リクオは夜の姿に——妖怪になることができる。

 

 だが、堂々と変身するには——周囲に人の目があり過ぎだ。

 このまま『人間』から『妖怪』へと姿を変えればどうなるか——想像に難くなかった。

 

 自分の正体を衆目に晒す。

 それは……自分がこれまで守ってきた日々を、その全てを壊しかねない暴挙である。

 

 あの日常を失いたくない。

 ちょっとでもそんなことを考えてしまい、覚悟を鈍らせてしまう奴良リクオ。

 

 

「——うわぁ~ん! ママッ! しっかりしてよ、ママ~!?」

「っ……!!」

 

 

 だが、そんな彼の耳に——幼い子供の泣き声が聞こえてきた。

 振り返ればすぐ横に、倒れ伏す女性とそれに縋りつく女の子の姿があった。

 

「っ……!!」

「ママ~、ママ~!」

 

 その子の母親は野風に足を抉られてしまったのか、その場から動けないでいる。おそらく、もう二度と自分の足でまともに歩くことはできないだろう。

 女の子は必死に母親へと泣き縋り、訳も分からず泣き崩れている。

 

 それは紛れもなく、リクオがもたついている間に生み出してしまった『悲劇』だった。

 

 

 

「——野風、俺を見ろ。望み通り……てめぇを叩き斬ってやる」

 

 

 

 その光景を目撃した瞬間、リクオの思考が一瞬でクリアになる。

 

 

 隠し通すべき秘密、守りたい日常。それは確かに今もリクオの胸の中にある。

 

 

 だが、その女の子と母親の無念を思えば——そんなことも、言ってはいられない。

 

 

 彼女たちの無念を晴らすためにも、今はただこの妖怪を——悪食の野風を叩き斬る。

 

 

 それしか考えられずに——ついに奴良リクオは自らの意思でタブーを犯していく。

 

 

 

 人前で、群衆の目がある中で——彼は『人』であることをやめ、『妖』へとその姿を変えた。

 

 

 

「そ、それよ! その姿よ!!」

 

 リクオが妖怪となったことで、野風も興奮して自らの正体を晒していく。

 

 

「その肉が喰いたかったのよ!!」

 

 

 彼女の本性。それは腐った十二指腸に口や目玉がついたという。

 その性根に相応しい、醜い姿であった。

 

 彼女は全身から異臭を放ち、駄々洩れる欲望を吐き散らす。そんな悪食の野風に対し——

 

 

「——てめぇが喰っていいのは俺の刃だけだ」

 

 

 リクオは一切の慈悲もなく、刃を突き立てた。

 本気となったリクオを前に悪食の野風など——所詮、敵ではなかった。

 

 

「ギッ? あ、あ……ギャアアアアアア!!」

 

 

 リクオの手によって惨殺され、野風の巨体がその畏ごと消失していく。

 

 人間を無差別に喰らうしかできない残虐な妖怪・悪食の野風。

 

 こうして彼女もリクオの手により、地獄の山ン本の元へと還っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、三代目……ご、ご無事で?」

 

 騒動がひと段落したところへ、意識を取り戻していたつららがリクオへと駆け寄っていく。

 既に彼女も人ではなく、雪女としての姿を堂々と晒していた。

 

 主であるリクオがその正体を衆目の前に差し出したのだ。

 側近である彼女も、それに付き従うべきなのだろうと。

 

 

「——う、うう……ば、化け物……化け物ぉ!!」

 

 

 そこへ人間たちの叫び声が響き渡る。

 悪食の野風に襲われ、恐慌状態に陥っていた人々。彼らは野風を叩き斬ったリクオに『化け物』と後ろ指を指していた。

 

 

「うわっ!? ほ、本当だ……」

「え、で、でも……今助けて?」

「よ、妖怪が、もう一人いる!?」

 

 

 その悲鳴に触発され、人々は一斉に奴良リクオから距離を置いていく。

 

 

 そう、野風から救われようと関係ない。

 

 

 化け物を殺せるものも、同じ化け物なのだ。

 

 

 今の彼らにとってリクオは窮地を救ってくれた『ヒーロー』などではない。

 人間社会を脅かす、正体不明の怪物、妖怪、化け物なのだ。

 

 

 その事実を、奴良リクオはこれでもかというほどに思い知らされる。

 

 

「……そういうことかよ」

「り、リクオ様……」

 

 何かを察したリクオが呟きを零し、それにつららが複雑な視線を向ける。

 

 リクオは表面上、平気そうな顔を作りながらも、心の中では少し泣きそうだった。 

 

 

「手ごわい奴らだ。俺の大事なもの一つ……見事にぶっ潰しやがった」

 

 

 ここまで全てが『敵』の策略。

 リクオはまんまと敵の術中にハマり、大切なものを一つ手放されてしまったのだ。

 

 

 穏やかな日常、ありきたりな日々。

 幼馴染や友達と過ごす何でもない平和な毎日。

 

 

 

 奴良リクオの抱いていたささやかな夢が——この時、静かに終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな夢の終わりを。

 

 

 

 

「……リクオくん?」

 

 

 

 

 遠い空の下で家長カナも感じ取り、不安げな表情で虚空を見上げていた。

 

 

 

 

 




補足説明

 下平さん
  一度紹介したけど、忘れてると思うからもう一度解説。
  リクオとカナのクラスメイト。原作の四巻に一瞬だけ登場。
  可愛いモブで、割と作者の好きなキャラ。
  彼女を含めた学校の生徒たちも、今後の騒動に巻き込まれていきます。

 西野くん
  こちらも忘れてると思うから説明しよう。
  原作の生徒会選挙で立候補した生徒の一人。
  原作では清継が生徒会長になりましたが、今作では彼が会長になりました。
  会長として真面目に仕事をしている。原作の清継は会長として仕事したか?
  原作でも名前しか出ておらず、特にビジュアルのイメージはありませんが、とりあえずメガネはかけている感じでお願いします。

 悪食の野風
  山ン本の『十二指腸』。見た目がデカい、明らかにケバイおばさん。
  三百年前の誕生直後はほとんど理性もなく、ただ人間を喰うだけの腸だった。
  単純にやられ役だが、リクオの『日常』を壊すという意味では重要な役どころ。
  こいつのせいで、リクオは……。
 
 リクオを襲う人間たち
  シリアスな展開ではあるのだが、色々と突っ込みどころが多い。
  ネタ的に危険な謎のライダーや、狙撃銃を堂々構えるスナイパー。
  象をも殺すという改造テーザー銃を所持するガクトくん。
  悪食の野風に仲間を殺され、何故か奮い立つ謎の団結力。
  君たち……その団結力をもっと別のところで発揮できんのか?




 次回から鬼ごっこスタートです。
 そして、カナの命を燃やす戦いも、ここから始まっていきます。
 
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