公式からしばらくの間はネタバレ禁止のお達しが出ているので、何も喋らない。
型月ファンたち……皆、口を噤みながら静かに遊んでいきましょう。
ネタバレは……絶対ダメよ!!
というわけで!!
月姫を遊ぶことに全力を費やしているので、暫くは更新ができないと思います(言い訳)。
作者は月姫の原作は未プレイ。概要をある程度知ってるだけなので、今まさに「これが月姫か……」といった感じに遊んでいます。
とりあえず、徐々に書き進めていたものを今回は投稿します。
ほぼほぼ、この辺はオリジナルな展開なので、ゆっくり読み進めていき、色々噛みしめていってください。
PM 6:00
「……ん? なんだ、あれ?」
最初にその異変に気づいたのは、グラウンドで部活動に励んでいた子供たちだった。
浮世絵中学の校庭で遅くまで練習をしていた野球部や陸上部のスポーツ少年たち。彼らは完全下校時間である、午後六時ギリギリまで部活動に精を出していた。
彼らは青春の汗を流すのに夢中だったため、スマホなども触っていない。校内では奴良リクオの正体に関して色々とパニックになっていたが、それを知らずに彼らは校庭で普段通りの日々を過ごしていた。
普段通りの平和の中——『それら』は突如として出現する。
『————』
グラウンドの隅っこに何か、人らしきものがぽつんと佇んでいる。しかし目を凝らして見れば分かるように、それは人間ではなかった。
人間らしい上半身を持ってはいるものの、下半身は『虫』の『蜘蛛』のような形をしている。
蜘蛛男、あるいは蜘蛛女。一体ではない、複数体いる。
それらが一斉に——その足をカサカサと動かし、こちらへと接近してくる。
「え、え、なにあれ……なにこれ!?」
間近まで接近してくるそれらの存在に、生徒たちは何が何だか理解もできない。いったい何が起きているのかも分からぬまま——そいつらが牙を剥き出しに襲い掛かってくる。
「う、うわあああ!?」
「きゃあああああああああ!?」
そのときになってようやく、彼らは命の危機を感じて叫ぶ。だけどもう逃げられない。
子供たちは何が起きているのかも分からぬまま、無惨に食い殺されて人生を終える——筈であった。
「——邪魔だ、どいてろ」
刹那、襲われる生徒たちを押し除け、一人の少年が妖怪たちの正面へと躍り出た。
目つきの悪い、浮世絵中学の制服を纏った男子生徒。二年生・土御門春明である。
陰陽師である彼はその場に駆けつけるや、即座に陰陽術を行使する。瞬間、地面から木の根が針のように飛び出し、蜘蛛人間たちを串刺しにしていく。
『ぎゃあああ!!』
断末魔の悲鳴を上げたのは妖怪の方であった。問答無用で彼らを刺し殺していく春明の所業に、助けられた生徒たちが唖然となる。
「……えっ? な、なに……え、誰?」
「つ、土御門くん……え、なに? なんなの?」
浮世絵中学校内で春明の顔と名前はそれなりに知られていた。
生徒会選挙での応援演説を皮切りに、どことなく他者を威圧する彼の佇まい。授業をサボったりと普段の素行も結構悪く、真面目な生徒が揃っているこの浮世絵中学で、彼の存在は『ちょっと怖い不良生徒』といった感じで影ながら恐れられている。
そんな彼が突然現れ、謎の能力を駆使し、訳が分からないまま化け物たちを駆逐していく。
その光景に呆気に取られ、得体の知れない恐怖を覚えたものもいただろう。どこか恐怖するような眼差しを彼へと向ける者もいる。
「おらっ!! ボサっとすんな、タコ!!」
もっとも、春明にとってはそんな目で見られたところで屁でもない。
リクオと違って『正体を知られたくない』だの『皆から嫌われたくないだの』。そんなこと微塵も思っていない彼は、呆然と立ち尽くす生徒たちのケツに容赦なく蹴りを叩き込む。
「死にたくなかったら走れ!! 校舎まで!」
「ひぃっ!? は、はい!!」
春明に喝を入れられ、へたり込んでいた生徒たちが慌てて身を起こす。彼らは化け物たちに、そして春明に怯えた目を向けながらも、指示に従って校舎へと真っ直ぐ駆け出していく。
現状、妖怪たちは浮世絵中学の正面玄関を中心に敷地内へと侵入してきている。だが裏口などからも妖気を感じられるため、おそらく主だった出入り口は全て封鎖されているだろう。
現段階で外へ逃げるのは得策ではない。学校に残っている生徒たちを守るためにも、彼らを校舎まで下がらせる必要があった。
『——ガアアアア!』
「チッ! まだ来やがるか!」
春明が生徒たちに避難を促している間にも、即座に第二陣、第三陣と敵勢力が校庭内に侵入してくる。その数は十や二十どころの騒ぎではない。視界を覆い尽くす勢いで、さらに増殖を続けていく。
「……おいおい、マジかよ……どんだけいんだよ……」
春明の陰陽術を以ってしても、それらを一息で全滅させるのは難しいだろう。『面霊気を被って全力を出せば』また違っていたかもしれないが、生憎とここに来る前に狐面は家長カナに預けてしまっている。
一応は正体を隠させるため。ほとんどボッチな春明と違い、カナには何も知らない友人が学校内に大勢いるのだから。
「……百物語組か……まさか、ここまで直接的な手段に出るとはな……」
春明は眼前の妖怪たちが、タイミング的にも百物語組の構成員。あるいは彼らが使役する妖怪であると見抜く。さすがにここまで大体的に動くとは思っていなかったため、その対応も後手に回らざるを得ない。
春明は自身の学び舎でもある校舎を背に、妖怪たちの大群を相手に防衛戦を強いられることになる。
「別に……こんな校舎に思い入れなんざ、これぽっちもねぇんだが……」
彼自身の心情としては——ぶっちゃけ、浮世絵中学の被害など放置してもいいと思っている。二年間ほど通った中学校でも、彼にとっては窮屈な『檻』に過ぎない。
特にこれといって、楽しい思い出があるわけでもないと——。
「まっ……さすがにそうも言ってられねぇか……」
しかし、この学校は『彼女たち』にとっては大事な場所だ。
カナや、白神凛子にとって重要な居場所であるなら、それだけで春明がここに立つ理由がある。
そのためだけに彼はここを守り——立ち塞がるもの全てを皆殺しにする。
「お前ら……生きて帰れると思うなよ」
どこまでも冷酷な瞳で、眼前の妖怪たちへと苛立ちをぶつけるように吐き捨てていた。
「——この場所を狙ったこと……死ぬほど後悔させてやる」
PM 6:20
「みんな、慌てないで!! 落ち着いて移動して……誰か取り残されたりしてないわね!?」
春明が校庭で戦っている一方、校舎内には生徒たちの避難を促しているものがいた。春明と同じ二年生の白神凛子である。
彼女は春明たちからおおよその事情を聞き、これが奴良組と敵対する妖怪組織の襲撃であることを理解する。彼女自身は戦う力も持たないため矢面に立つことができないが、彼女とて奴良組の端くれである。
もしものときに備えてどうすればいいか。緊急時にどう動けばいいかなどは承知済み。だからこそ比較的冷静に、取り残されたものがいないかどうか各階を見廻り、パニックに陥っている生徒たち一人一人に声を掛けることができていた。
「し、白神さん……いったい何が起きてるの?」
「わ、わたしたち……どうすればいいのかな?」
まだ校内に残っていた生徒の中には凛子のクラスメイトなど、彼女にとっても見知った生徒たちが数多くいた。下校時刻ギリギリまで、部活や委員会活動に励んでいた勤勉な生徒たちだ。
「ええっと……それは……」
その一人一人に的確な声掛けを行い、落ち着かせて避難を急がせる。凛子一人が行うには少し負担がかかり過ぎる仕事だったかもしれない。
「——大丈夫よ! 絶対助かるから、落ち着いて移動するの……いいわね?」
だがそんな凛子の負担を減らせる形で、この混乱の最中にでも冷静さを失わないでいる者がいた。
「……横谷先生」
浮世絵中学の理科教師・横谷マナである。
教師の中で唯一、彼女だけが学校に遅くまで残っていた。こんな異常事態でありながらも冷静に、凛子以上に的確な行動力で生徒一人一人を安堵させて避難を促していく。
「あの……横谷先生……」
「ほら、あなたも! そんなところでぼーっとしてないで……って、あなたは確か……清十字団の……」
そんな同じ目的で動いていた二人、マナと凛子の視線がそこでばっちりと重なった。凛子はマナに、マナは凛子に避難するように互いに声を掛けようとしたが——
「あなたは……この騒ぎのこと、どこまで分かってるの? 知ってることがあるなら教えてちょうだい」
マナは凛子の落ち着きよう、そして彼女が清十字団の一員だということを思い出し、問いを投げかける。
既にマナはリクオが『妖怪』であるということは知っている。先の〈とおりゃんせ〉の怪談で彼女自身がリクオに助けられた身だ。また、この学校にリクオの関係者らしきものたちが潜伏していることも察している。及川つららが、不用意に雪女としての力を行使した現場に立ち会っていたからだ。
そういった事情から、マナは眼前の白神凛子も——リクオの関係者ではないかと、ほとんど正解に近い結論を出していた。
「え、ええっと……それは、その……」
教師であるマナの問いに、凛子はどのように答えるべきかと頭を悩ませる。
凛子の方は未だに自分や、リクオが『半妖』である事実は知られてはいない、まだ秘密にしなければならないことだと思い込んでいた。
「…………」
「…………」
それにより、凛子とマナは互いに何を言うべきかと。一種の緊張状態で暫し呆然と対峙し合う。
しかし、そんな悠長なことをしている場合ではなかった。
「——きゃああああ!? ば、化け物が……!」
「——は、入って来た!! こ、こっち来ないでよ!」
『——っ!?』
先ほど逃げた筈の女生徒たちの叫び声が校舎の廊下内に響き渡り、凛子とマナの二人がそちらへと振り返る。
『ぐげごごごっ!!』
「よ、妖怪!? もうこんなところにまで!」
彼女たちの視線の先、逃げようとする女の子たちの進路を塞ぐ形で巨大なカマキリの怪物が立ち塞がっていた。
校庭で春明が食い止めている連中以外の奴が侵入してきたのだろう。二人の女生徒のすぐ目前まで迫っており、到底逃げられる距離ではなかった。
学校という平和な場所で、失われてはいけない幼い命が犠牲に——と、思われた刹那である。
「——はぁああっ!!」
『げげげっ!? ぐげががが!!』
何者かが一閃、その巨大な昆虫妖怪に刃を振るう。
その人物が手にしていた槍の横凪に——妖怪が真っ二つに引き裂かれる。
「なっ……なに……助かった?」
「て、いうか……誰?」
化け物が倒され、命が救われたことで少女たちが安堵の息を零す。しかし、そこに立っていた見慣れぬ人物を前に、別の困惑が彼女たちに襲い掛かる。
「……大丈夫? 怪我はない?」
そこに立っていたのは、巫女装束の狐面の少女。正体は今更言うまでもなく——家長カナである。
彼女が校内でこの姿を晒すのは、実のところ二回目だ。生徒会選挙のとき、犬神が体育館内で暴れたときにも、彼女はこの姿でリクオを守ろうと、何も知らない生徒たちの前で奮闘した。
「あれ……なんか、見覚えがあるんだけど、誰だっけ?」
もっとも、そのことを覚えている生徒は意外と少ない。あれらが全て、清継のパフォーマンスとして片付けられたこともあり、巫女装束の少女の存在は一部の生徒たちを除き、演出の一部として認識されていたからだ。
「ここは……もう大丈夫そう……だね」
カナはこの姿で生徒たちを助け、学校内に侵入してくる妖怪たちを次々と屠っていく。幸い侵入してくる妖怪たちはごく僅か、今のところカナ一人でも対処できている状態だ。
「……急いで。先生や先輩の指示に従って……ここから離れなさい」
カナは自分や春明を除いて頼りになるであろう人物として凛子や、教師である横谷マナを頼るよう女生徒たちに声を掛けていく。
「カ……んん! ま、任せてちょうだい! し、知らない人!!」
凛子は咄嗟にカナの名を呼ぼうとし、慌てて咳払いで誤魔化す。彼女は既に仮面の下の素顔がカナだと知っているため、特に躊躇いも戸惑いもなくカナの指示に従っていく。
最初から打ち合わせていた通り、生徒たちを避難させるために全力を尽くしていく。
「……あなたは誰、なのかしら?」
しかし、凛子が女生徒たちを避難させていく一方で、横谷マナはその場に留まっていた。
彼女は正体が分からないカナを警戒するよう、探るような視線を向けていた。この混乱の最中で狐面を被ったカナが何者なのか、それを冷静に見極めようとしている。
「もしかして……あなたも奴良くんの関係者だったりするのかしら? あの、及川さんって子と同じような……」
「——!!」
マナは自身の考えを、ほぼ正解といってもいいカナの正体を言い当てた。
とっくにリクオの正体、つららのような妖怪が彼の側にいることを知っていたのだから、彼女がそのような考えに辿り着けるのは簡単なことだ。
「せ、先生は、つららちゃん……! リクオくんのことを知ってるんですか!?」
これに、寧ろカナの方が驚く。
まさか横谷マナが奴良リクオの正体を知り、それを誰にも悟られないように黙っていてくれていたとは。
これはこの状況、皆がリクオの正体を知ってパニックになる中で嬉しい誤算である。
「今は詳しいことを説明している時間はありません。ですが……後で必ずお話ししますので……」
カナは横谷マナという教師を信用、信頼することにした。
「……先生。リクオくんは……今苦しんでいます。みんなが彼を……人ではないと、化け物だと罵ろうとしてます」
「そ、それは……」
リクオの正体が人間ではないという事実。それは今や学校全体に知れ渡ろうとしている事実だ。
きっと彼の心情などお構いなしに、多くの人々が彼を責め、彼をこの人間社会から追い出そうとする。それは百物語組が起こしている今の騒動を乗り越えたところで、寧ろ乗り越えた後にこそ、重くのしかかってくる問題だ。
「どうか……リクオくんの助けになってください。貴方のような大人が、教師が彼の力になってくれるなら、きっと心強いですから」
そうなったとき、リクオには一人でも多くの理解者が必要になってくる。カナやつらら、凛子などの友人たちは当然だが、それ以外に必要になってくるのが『大人』の理解者だ。
横谷マナのように、社会的に教師だと認められている彼女のような存在こそが——リクオの人間社会での暮らしを手助けしてくれることになると。
カナなりにそう考え、横谷マナという教師に自身の思いの丈をぶつけていく。
「……ええ、勿論。そんなの当たり前じゃない」
狐面で正体を隠す、得体がしれない筈のカナの言葉に、マナはまったく悩む様子もなく力強く頷いた。そのようなこと、今更言われるまでもないとばかりに。
そう、その程度の覚悟なら、とおりゃんせの事件で助けられたときに済ましている。
リクオが何と戦っているかなど、詳しい事情は何一つ知らないが、それならそれで出来ることをするだけ。彼女はただ、リクオの人間社会での暮らしを手助けするだけだと。
横谷マナは、どこまでも教師としての職務を全うするだけである。
——よかった……わたしや凛子先輩以外にも、リクオくんの力になってくれそうな人がいて……。
マナとの会話を終え、彼女がその場から立ち去っていく後ろ姿を見つめながら、カナは胸の内でホッと安堵の息を零す。
学校の掲示板やネットに書き込まれた、リクオへの悪意あるコメント、彼の人格を否定するような誹謗中傷。リクオは大きく傷つき、今後の学校生活など、多くの場面で人間として過ごすことが困難となるだろう。
そうなったとき、人間である自分が彼の側にいて上げなければならないと。自惚れではなく、当然の帰結としてカナはそう考えていた。
だけど、そんなことはなかった。
自分だけではないのだ、彼の支えになれる人間は。
先ほどの横谷マナとの会話で分かった。リクオの正体を知りながらも、彼の助けになろうとしてくれる人たちは——きっと、これからも沢山現れる。
リクオが人々の助けになろうとする限り、人間の中にだって彼の力になろうとしてくれる人は必ず出て来てくれる。
リクオの理解者になれるのは——決して自分だけではないのだと。
その事実に気づき、家長カナの中で——何かが吹っ切れた。
「よしっ! ……コンちゃん!! わたしたちも、頑張ろう!!」
『お、おう? どうしたんだ? そんな……急に意気込みやがって……』
いきなり気合を入れ始めたカナに、面霊気のコンは少し面食らっただろう。しかし、今のカナが全力を出すことは——文字通り、命懸けである。
周囲の人たちには上手く隠しているが、今のカナが神通力を行使するのは、かなり危険を伴う行為だ。どんな神通力を用いようと、必ず具合が悪くなり、最悪な場合は血を吐いてしまう。
神通力を行使すればするほど、自分の中で『何か』が擦り減っていくことが実感できる。カナとしては『本懐』を成し遂げるまで倒れるわけにはいかないと、「これだ!」と思う瞬間以外、神通力の使用を極力控えていた。
だが、リクオの力になれる人間が自分だけではないと悟ったことで、カナは『ブレーキ』をかけることを止めた。
自分が倒れたところで大丈夫だと。悪い方向で吹っ切れてしまったのか。自らの体調を気にし過ぎ、神通力を抑えるという行為を止めたのだ。
——とりあえず『他心』と『天耳』で周囲の状況を、より詳しく調べておかないと……。
現状、カナの役目は——校舎に侵入して来た敵勢力の排除。そのために必要になる妖怪を探る能力を、カナは普通の陰陽師などが用いる通常の妖気探知で賄っていた。
しかし、ここから先はより正確に、より精度を高くして学校全体を調べるため、六神通である『他心』と『天耳』の力を解放する。
どちらとも久方ぶりに行使する力だったが、発動までは問題なく実行できた。あとはこの後に来る体調変化に気をつけるだけ——だった筈なのだが。
「————————!!」
『どうした、カナ? ……何か、見つけたか?」
意気込んで神通力を発動したかと思えば、今度は思考を停止させたかのように立ち止まる彼女に面霊気が不思議がる。
だがそんなコンの声すらも、今のカナには届いていない。
「——この、気配は……!」
六神通・他心。
その能力は他者の心の機微。その人物が抱く敵意や悪意を看破するものだ。
カナはこの『他心』と、周囲の物音を隈なく拾い上げる『天耳』の二つで学校全体を隈なく調べようとした。
しかし、その中に『ノイズ』とも呼ぶべきものが混じっている。
ほとんど一般生徒しかいない校内の中に、途方もない『悪意』を抱え込んでいるものがいたのだ。
その悪意の持ち主を——カナは知っていた。
妖気を上手く隠し校内に紛れ込んでいるようだが、カナの神通力まで誤魔化すことは出来ない。
そいつを、まさに『本懐』である仇敵の存在を近くに感じる。
その事実に——カナは危機感よりも、歓喜を抱きその口元を獰猛に吊り上げていた。
「——見つけた!」
PM 6:40
「ね、ねぇ……ここなら安全……なんだよね?」
「し、しらねぇよ。みんながここに集まってるって聞いたから来ただけだし……」
妖怪の出現によってパニックとなった浮世絵中学校。校内に遅くまで残っていて取り残された生徒たち、およそ五十人がここ——体育館内に集まっていた。
全校生徒の十分の一ほどの人数。それぞれが不安そうな表情で互いに互いの顔色を窺い合う。
「……あっ! 横谷先生……どうでした?」
「ええ……大丈夫よ。校内に残っている生徒はこれで全員……校舎の方に取り残されてる生徒はいないと思うわ」
そんな誰もが浮き足立つ中で約二名ほど。比較的落ち着いて話し合う者がいる。白神凛子と横谷マナである。
先ほどの顔合わせから、生徒を避難させるという共同作業をこなしながら二人は互いに自己紹介。それぞれが持っている情報を一部共有していた。
「それにしても……あなたも奴良くんの関係者だったのね。ほんと……この学校にはあと何人くらい妖怪の子がいるのかしら?」
「ご、ごめんなさい! けど、驚きましたよ。先生が……リクオくんのこと知っていたなんて……」
凛子の方はさっきの狐面の少女がカナであることなど。まだ秘密にしていることこそあるものの、リクオの正体を知っていながらも、それを秘密にしてくれていた横谷マナという教師を信頼し、彼女とこれからについてを話し合う。
「とりあえず……ここで一旦様子を見るんですよね? 下手に動くのは……多分まだ危ないでしょうし」
凛子は春明から、学校中の生徒を一箇所に集めるように頼まれていた。バラバラに散らばられては効率が悪い。人を集中させてくれた方が面倒がなくていいと。
凛子はその助言を守る形で人を集めていた。それが体育館という指定は得意になかったが。
「そうね……ここなら、立て篭もるためのバリケードも張れると思うし……いいアイディアだと思うわよ?」
マナはこの場所の立地条件を良しと判断する。この広い体育館内であれば敵の侵入にもいち早く対応できる。パイプ椅子や体操用具など、バリケードを張るのに役立ちそうなものも揃っている。多少の時間であれば、それで時間稼ぎも出来るだろう。
横谷マナとしても『結果論』ではあるが、ここに避難して良かったと。とりあえずほっと胸を撫で下ろしていた。
「……あれ? 先生が……みんなにここに集まるよう、指示を出してくれたんじゃないんですか?」
ふと、そのときになって凛子の脳裏にちょっとした疑問が過ぎる。
凛子は生徒たちを捜し、避難させることを優先するあまり『どこに集めるか』などを失念していた。だが混乱の最中、誰かが『体育館まで集まれ』と『あそこなら安全だ!』と叫んでいたことで、急遽ここを避難場所へと指定したのだ。
凛子はてっきり、それがマナの意見によるものだと思っていたのだが。
「いえ、私じゃないわよ? 白神さんじゃないの?」
しかし、マナの方もここを避難場所にした心当たりがないという。
彼女も気付かぬうちにここが安全な場所だと言われ、生徒たちをこの体育館まで誘導していたのだ。
「……あれ? じゃあ……いったい、誰が……?」
凛子でもない、マナでもない。
いったい誰が、最初に『ここに避難すれば安全だ』と言い始めたのだろう。
そのことに何か引っ掛かりを感じ始めた、その直後であった——
「——みんな、聞いてくれ!!」
一人の男子生徒がステージ上へと上がり、集まった人々へとなにかを訴え始めていく。
「……なに、何が始まるの?」
その男子生徒が壇上へと上がっていく姿に、体育館内に集まっていた生徒たちの意識が向けられる。
総勢五十人ほどの生徒たちの視線を一身に受け、その男子は緊張に声を上擦らせながら叫ぶ。
「お、俺……ネットの書き込みとかで見たんだ! この騒ぎ……あの化け物たちを呼び寄せてるのは……全部、奴良リクオのせいだって!!」
「——なっ!?」
「——!?」
凛子とマナが息を呑み。
いったいこんなときに何を言い出すのかと。彼女たちが思わず止めに入ろうとするよりも、早口で彼は自らの主張を捲し立てていく。
「ここにいるみんなだって、学校の掲示板を見ただろ!? あいつは人間じゃない……妖怪だったんだ! つまり、俺たち人類の敵ってことなんだよ!! あいつがこの厄災を呼んでるんだ!! あいつがこの学校の生徒だったから……俺たちはこんな目に遭ってるんだ!」
それは、ある意味で正しい意見かもしれない。少なくともこの浮世絵中学がリクオの母校だからこそ、百物語組はここを攻め落としに刺客を差し向けた。リクオがいなければ、これほど大量の妖怪たちが押し寄せてくることはなかっただろう。
もっとも、だからといってリクオを責めるのは筋違いというもの。全ては百物語組の企みであり、リクオも彼らの策略に利用されているだけに過ぎない。
「今からでも遅くない!! みんなであいつをこの学校から追い出すんだ!! そうすれば……きっとあの化け物共もここからいなくなる筈なんだから!!」
だがその男子は、リクオの存在そのものをまるで『悪』であるかのように主張し始める。そんな彼の言葉にざわつき出す生徒たち。
「ぬ、奴良リクオは……人間じゃない……」
「や、やっぱり、掲示板に書かれてることは本当だったんだ……」
「けど、追い出すって言ったて……」
生徒たちの反応は、正直あまりピンと来ていないようにも見える。
ここにいる者たちの殆どが学校の掲示板サイトを閲覧し、リクオの正体に関するコメントに目を通した。しかし、それが現実のものであると、未だに認識が追いついていないのだ。
妖怪の存在など、ついさっきまでは信じてもいなかった少年少女だ。リクオを悪だと断定するにはまだ情報が足りない。
「みんなっ!! 見せかけのあいつの姿に惑わされちゃ駄目だ!! あいつは妖怪なんだ……今も外を彷徨いてる、あの化け物共の仲間なんだよ!!」
迷う生徒たちの心を後押しするかのように、壇上の男子は尚も叫び続ける。
リクオは人間ではない。自分たちとは違う生き物で——化け物なんだと。
「——ちょ、ちょっと待ってよ!!」
その流れに不味いと危機感を抱いた、白神凛子。彼女も壇上へと上がり、慌てて皆に向かって訴える。
「みんなっ!! こんなネットの書き込みなんか真に受けないで……あなたも、こんな非常時にいったい何を言ってるの!?」
凛子はとにかく生徒たちを落ち着かせようと、必死に声を張り上げる。
そしてこんな状況下で、悪戯に混乱を広げようとする男子生徒の行いを責めるように叫ぶ。
だが——
「あ、あんた……清十字団の一員だろ? 奴良リクオの関係者……そうか!! お前も奴と同じ、あの化け物たちの仲間だな!!」
「——っつ!?」
まさかの切り返しに凛子は思わずビクッと方を震わせる。
確かに凛子は清十字団の一員で、奴良組の傘下で、奴良リクオと同じ半妖である。男子生徒の言っていることは何一つ間違ってはおらず、反論することが出来ない。
そこを突くかのように——その男子は責める対象を凛子へと切り替えていく。
「見ろ!! あの白い鱗をっ!! あんなもの普通に人間にあるわけがないじゃないか!」
「!! そ、それは……」
カナや清十字団と関わるようになってからはすっかり気にしなくなっていたが、凛子の目元や手の甲には鱗がある。白蛇の祖先から引き継いだ、『蛇の鱗』だ。
最近では誰からも指摘されることがなかったためにすっかり失念していたが、確かにそれは凛子が妖怪の血を引いている証。
彼女がただの人間ではないことを、証明する証拠である。
その証拠物件を根拠に、男子生徒は白神凛子という『被疑者』を追い詰めていく。
「彼女も奴良リクオの同類だ! 人間のフリをして、俺たちの日常を潰そうとしてるんだ! 出てけ!! 俺たちの学校から出て行け!!」
「っ!!」
凛子自身、この鱗が原因で色々と嫌な目に遭ってきたが、ここまで露骨な罵倒を浴びせられることは滅多にない。あまりの悔しさから唇をキュッと強く噛む。
「そ、そういえば……白神さん、変な鱗生えてるよね」
「だ、誰も何も言わなかったから気にしなかったけど……やっぱ普通じゃないよね?」
男子生徒の言い分に同調するかのよう、凛子と顔見知りであるクラスメイトたちまでもが途端に不安そうになる。
その不安はさらに他の生徒たちにまで伝播し、さらなる混乱を呼び起こすとしていた。
——不味い!? これじゃ……収拾が付かない!?
落ち着かせようにも、凛子が半妖であることは確かな事実だ。彼女が何を口にしたところで、全て下手な言い訳でしかないと取られかねない。
「——やめなさい!!」
しかしそんな状況の中、理科教師・横谷マナが声を上げてくれた。
この場にいる唯一の大人として、彼女は男子生徒の言いようをピシャリと叱りつけてくれる。
「今はそんなことを言い争っている状況ではないの!! みんなでこの場を切り抜けることを考えなさい!!」
教師である彼女が厳しく一喝することで、子供たちも徐々に静かになっていく。
「せ、先生……」
「そ、そうだよね。今はそれどころじゃないよ」
「あ、ああ……それも、そうなんだよな……」
マナの言葉に彼らは目の前の現実を思い出す。
たとえリクオや凛子が何者であるにせよ、あの化け物たちはすぐそこまで迫っているのだ。今はその脅威を何とかしなければ、自分たちの命が危ないのだと。
「…………あ!?」
男子生徒は、マナが声を上げたことに一瞬、不満そうに口を尖らせていた。
だが次の瞬間、彼はその視線を天井へと向け——『何か』を見つけたのか慌てて声を上げる。
「——ば、化け物だ!! 妖怪が……こんなところにまで!?」
「っつ!?」
その叫びに呼応するかのように、頭上から一匹の『蜘蛛男』が降ってきた。明らかに常識外れの怪物、人間の姿をしているリクオなどよりも、はっきりと分かりやすい——怪物だ。
『げげ、げげげはっ!!』
「き、きゃあああああああ!!」
その蜘蛛男は天井から降ってくるや、悍ましい鳴き声を上げながらその場で暴れ始める。
生徒たちの緊張感は一気に爆発し、皆が悲鳴を上げながら我先にと体育館から逃げ出そうとする。
『ぎぁばばば!!』
「こ、こっちにも!?」
だが外へ逃げようとしたそのとき、さらにもう一匹の『蜘蛛女』が生徒たちの進路を塞いだ。二匹の妖怪に挟み撃ちにされ、逃げ場を失う生徒たち。
「し、しまっ!?」
「み、みんな!?」
安全など確保する暇もなかった。袋小路に追い詰められたピンチに凛子やマナが息を呑む。
「う、うわぁあああああ!? もう駄目だ! リクオだ、リクオのせいでみんな死ぬんだぁああああ!!」
まさに絶体絶命の最中においても、壇上の男子生徒は最後まで奴良リクオを呪うよう悲鳴を上げる。怨嗟の声は、絶望する生徒たちの心を一瞬にして黒一色に塗り潰す。
そうだ。奴良リクオが悪い。
奴良リクオのせいで——ここで自分たちは死ぬのだと。
『しゃああ!!』『げぎゃああ!!』
「い、いやあああああああああ!!」
「う、うわあああああああああ!!」
まずは一人ずつ。蜘蛛男が女子生徒に、蜘蛛女が男子生徒へと襲い掛かる。
それを皮切りに始まるであろう大虐殺。それを止める手段を、ここにいるものたちは誰一人持ち合わせていなかった。
けれどそんな虐殺は起こらない。起こさせない。
血も涙もないケダモノたちの牙が、彼ら無力な子羊たちを害することはなかった。
「——はぁぁああああああああああ!!」
渾身の気合いを叫び、体育館の窓ガラスをぶち破りながら高速で飛翔する弾丸の如き一閃が——まずは蜘蛛男を躊躇なく切り裂いていく。
『——っ!!』
断末魔など上げさせる暇もなかった。
一瞬でその醜い図体が無力化され、不格好な肉体が力なく崩れ落ちていく。
「——つぁあああああああああああ!!」
その死に様を確認する間もなく、さらにもう一息。
蜘蛛女の醜悪な肉体が、繰り出される槍の連撃で穴だらけになっていく。
『ぎゃっぎゃっ!? ぎゃあああああ!?』
突きが連打されるたびに短く悲鳴を上げる怪物。
数秒と経たないうちに何の反応も示すこともない、ただの肉塊へと成り果てていく。
「————————」
「————————」
「————————」
「————————」
鮮やかな手際だった。それらの一挙手一投足には、怒りさえ感じるほどの激しさがあった。
雷のように降り注ぎ、嵐のように全てを薙ぎ払った『彼女』の勢いに、そこにいる全てのものが息を呑む。
呼吸すら止まりそうな静寂の中で彼女——『狐面を被った巫女装束』の少女の、荒い息遣いだけが聞こえてくる。
「はぁはぁ……」
家長カナだ。絶体絶命の窮地にあった生徒たちを彼女は救った。
だが、そのあまりにも苛烈な戦闘行為に誰も礼の言葉など言えない。
何者かも分からない相手であれば尚更、恐怖すら覚える獅子奮迅な戦いぶりだった。
次回予告仮タイトル
『真実の顔』
……ここから彼女の、家長カナの『戦い』が始まります。