家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

105 / 118
前書きで分かる前回までのあらすじ!!

『浮世絵中学一年生の奴良リクオ! 彼は半妖でヤクザであることを隠したまま生きてきた!
 しかしそのことを世間にバラされ、何やかんやで人間たちから命を狙われる羽目に!
 それでも、リクオは人を守るため、街中を走り回って人々を襲う妖怪たちを葬っていく!

 一方その頃、リクオの通う学校にも敵襲! リクオの人間的生活をぶち壊すためにと刺客が放たれる!
 学校を守るためにリクオの幼馴染である家長カナ(原作と違って戦える)が奮闘!
 彼女の兄貴分の陰陽師、土御門春明(オリキャラ)が防衛線を張って妖怪たちの進行を食い止める!

 しかしその甲斐も虚しく敵の侵入を許してしまい、生徒たちの目前まで妖怪が迫り大ピンチ!
 なんとかギリギリのタイミングでカナが駆けつけ、妖怪を倒すことができた!
 死傷者を出すことを防ぐことができたが……生徒たちの間では未だに混乱が広がっていた!

 家長カナに、果たしてこの混乱を収めることができるのか……!?』


 超絶久しぶりの投稿のため、このような形で前の話を振り返らせてもらいました。
 ほんと、作者ですらも「何書いたっけ?」って忘れているくらいの期間です。
 更新が遅くなって本当に申し訳ありません。

 読者の皆さんも色々と忘れていると思いますので、どうかこの機会に前の話を読んだりと色々振り返ってみてください。……どうか、よろしくお願いします。





第九十九幕 情けは人の為ならず

PM 6:45

 

 

 

「——みんな、武器を取れ!!」

「——要は殺せばいいんだろ!? そいつを!!」

「——奴良リクオをっ!!」

 

 鬼ごっこが始まってもうすぐ二時間が経過しようとしていた。

 街中では多くの人々がこのゲームのルールを飲み込み始め、自らが生き残るために奴良リクオの命を狙い始めていく。

 既にあちこちで暴徒と化していく群衆。警察などの公的機関もまともに機能していない。

 

「さぁみなさん、一緒に行きましょう!! そうです! 今こそ日本人が団結する時だ!」

「……えっ、そ、そんなこと……いきなり言われても……」

 

 無論、全員ではなかった。圓潮の『言霊』にまだ囚われていない人もいるため、全ての人間がリクオを追いかけているわけではない。

 もっとも、そんなものは少数派だ。大多数の人間は既にリクオを殺すべき相手と認識し、大勢の人間がさらに多くの人々を撒き込んで行進を開始。

 

 リクオはどこだと殺意のこもった眼光を光らせ、彼の行方を捜していく。

 

 

『——ギャリィイイイイイイ!!』

 

 

 しかし、追われる立場なのは人間たちも同じ。

 大勢で固まっていた群衆に向かい、異形の怪物たちが襲い掛かる。百物語組によって無差別に解き放たれた妖怪たちである。

 彼らは問答無用に、唸り声を上げながら人間たちを捕食する、正真正銘の化け物だ。

 

「ギャアアアア!?」

「ひぃっ!? た、助けっ……あっ」

 

 そんな怪物たちにムシャムシャと生きたまま食われ、人間たちが何人も、何の脈絡もなく生き絶えていく。

 

「あ……ああ……」

「ヤベぇ……! こっちも妖怪が出たぞ!!」

 

 既に何十体もの妖怪たちが街中に出現し、多くの人間たちを殺し廻っているという。リクオを殺すどころではない。このままでは自分たちの方が先に全滅してしまうと、誰もが血相を変えて逃げ回っていく。

 

 無力な人間たち。そんな彼らへ知能も持たないようなケダモノたちが容赦なく襲い掛かっていく。

 そうして、妖怪たちの手によってさらに人が死のうとしていた——そのときである。

 

 

「——っ!!」

 

 

 どこからともなく現れた人影が、すれ違いざまの一閃でその妖怪を切り刻んでいく。切り刻まれた妖怪は瞬間、悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちていく。

 

 それは本当に刹那の一瞬だが、妖怪を瞬きの間で切り捨てていったその人物を——襲われていた人々は確かに目撃していた。

 

「えっ……?」

「今のって……奴良リクオ?」

 

 自分たちが殺そうと捜していた筈の奴良リクオだ。

 彼が姿を現し、一瞬で妖怪を切り捨て——そして、また姿を晦ましていく。

 

「…………」

 

 助けられた彼らはそれを追うことができなかった。

 ただ呆然と、何故彼が自分たちを助けてくれたのかが分からず、呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

「リクオ様!!」

「もうおやめください……人前に出るのは!!」

 

 路地裏を駆け抜けていく、奴良リクオと雪女のつらら。

 それに随伴する形で三羽鴉——黒羽丸、トサカ丸、ささ美の三人が飛翔していく。

 

 彼らはリクオに対し、無闇に人前に出ないよう進言していた。彼は今も人間たちに命を狙われている身の上なのだ。そんな中で下手に姿を晒せば格好の的、人間たちが彼の命を奪おうと大挙して押し寄せてくるだろう。

 

「目の前で人がやられてんのに……ほっとくわけにゃいかねーだろ!」

 

 けれど襲われている人間を前にして、奴良リクオに『隠れている』という選択肢はない。彼はもう何度目かになるかも分からない敵妖怪との交戦に汗を流しながらも、自分に付き添うカラス天狗たちに指示を飛ばしていく。

 

「黒羽丸! 東京中のカラスを使って暴れてる奴良組以外の妖怪を捜し出してくれ!!」

「っ!!」

「トサカ丸は本家との連絡役を!!」

「……!」

「ささ美は河童、大百足と諜報能力に長けた組を指揮し、百物語組の情報を集めてくれ!!」

「……」

 

 リクオは淀みなく、息を吐く暇もなく三者三様、それぞれに役割を下していた。

 

 

「……ハッ!!」

 

 

 リクオの指示に数秒ほど逡巡する三羽鴉たちだったが——すぐに彼の下を離れて飛び立っていった。

 

 今のリクオはもはや若頭ではない。奴良組を背負って立つ『三代目総大将』なのだ。彼がそうすべきと判断を下したのであれば、その指示を信じて従うのみ。

 

 己の為すべきことを為すため、リクオの期待に応えるためにも三羽鴉たちは急ぎ命令通りに行動を開始した。

 

 

 

 

 

「フゥ……」

 

 三羽鴉たちが自分の元から飛び去っていったところで——リクオは一息入れる。

 

 部下に自分の疲れているところを見せたくないという大将としての見栄からか、彼らがいる前では常に気を張っていた。

 だが、ずっと人間たちに追われていたのだから疲れていないわけがなく、時間が経過するにつれ徐々にだが確実に、疲労の色は濃くなっていく。

 

「三代目、よろしければこちらをどうぞ……」

「おっ、気が利くじゃねぇか、つらら……」

 

 そんな彼の体調の変化に目を向け、つららがペットボトルのお茶を差し出していく。水分補給が必要だろうと、隙を見て自販機から購入しておいたものだ。

 リクオもつららの前では下手にカッコをつけることもなく、素直に彼女の気遣いを受け取りペットボトルに口をつけていく。

 

「…………」

「…………」

 

 僅かな休息の時間。特に会話もなく流れていくのだが、ふいにリクオは懐の携帯電話に手を伸ばそうとし——途中で止めた。

 一瞬の動作。それが何を意味しているかを察し、つららが躊躇いつつも声を掛ける。

 

「リクオ様……差し出がましいとは思いますが……カナにまた連絡を入れてあげないんですか?」

「……」

 

 リクオが携帯電話を使って連絡を取りたいであろう相手を理解した上でのつららの発言。図星だったのか僅かに動揺を見せつつ、リクオは静かに首を振っていく。

 

「いや……さっき電話したときに大事なことは伝えてある。カナちゃんなら……それでこっちの意図を汲んでくれる筈だ」

 

 既に一時間以上も前に、リクオはカナと連絡を取り合っている。

 そのときにカナには他の人間たちを、街で襲われている人々を助けてやって欲しいと頼んである。慌てていたこともあり、返事を聞き終える前に通話を切ってしまったが、それだけでも自分の望んでいることを察してくれているだろうと。

 

 リクオはカナが人々を助けることに専念してくれると、彼女のことを信頼していた。

 だから——必要以上に連絡は取らない。彼女を信じているからこそ、後は任せて託すだけだ。

 

「……そうですね。カナなら……きっとリクオ様の助けになってくれますよ!」

 

 リクオがカナに向けるその信頼、つららは内心ちょっと複雑な気持ちを抱く。けれど、カナを信じているのはつららも同じだ。

 友人として彼女のことを信頼し、つららはつららで自分に出来ることをすると覚悟を決めていく。

 

 

『——見ィツケタ、見ツケタゾ!!』

「!!」

 

 

 ちょうどそのタイミングで追手がやって来る。二人を休ませまいと鬼ごっこが始まってからずっと付きまとってくる、百物語組の鳥妖怪だ。

 上空からリクオを監視し、大声で彼の居場所を周囲の人間へと伝えるメッセンジャー。

 

『奴良リクオハ……ココニイタゾォー!!』

「なにぃい!? どこだ、どこだって!?」

「いたぞ!! こっちだ!!」

 

 怪鳥の鳴き声を聞きつけ、人間たちもわらわらと集まってくる。これ以上ここに留まることはできない。

 

「走るぞ、つらら!! ついて来れるか!?」

「勿論! どこまでもお供します、リクオ様!!」

 

 人が本格的に集まる前にその場から離脱すべく奴良リクオは走り出し、そのすぐ後ろにつららがついていく。

 

 リクオは追われている最中であろうとも、百物語組が繰り出してくる妖怪たちを倒し、人間たちを助けるだろう。

 つららもリクオを手助けすべく、彼を守るべく護衛として力を尽くす。

 

 二人も為すべきことを為すため、この事態を収拾すべく力の限り奔走していく。

 

 

 

PM 7:00

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「…………」

「…………」

 

 浮世絵中学の体育館が、何とも言えぬ緊張感に包まれていた。

 蜘蛛の姿をした妖怪たちに誰もが死を覚悟した中——彼女がその場へと駆けつけ、手にしたその槍で敵を打ち倒したのだ。

 

 巫女装束の少女、狐面で正体を隠した——家長カナである。

 

 彼女の活躍によって死傷者は出さずに済んだ。だが、生徒たちはそれを手放しに喜べる精神状態にはない。誰もが正体不明の彼女に対し、どのようなリアクションを取るか測りかねていたのだ。

 妖怪すらも屠り去ったその力を前に、疑惑と怯えた感情を彼女へと向けていく。

 

「カ……あの、大丈夫ですか?」

 

 周囲が誰も何も言わない中、白神凛子が家長カナの元へと駆け寄った。

 この中で唯一、仮面の下の素顔を知る凛子。カナが敵ではないと知っているからこそ、まずは彼女の身を気遣う。

 

「はぁはぁ……だ、大丈夫です……」

 

 狐面を被ったまま、カナは凛子の気遣いに心配ないと返事をする。しかし、その容体は顔など見えなくとも、即座に悪いものだと診断できるほどに酷いものだった。

 

 ——カナちゃん、すごい汗……それに、体も冷たい!?

 

 疲労によるものか、カナは尋常ではないほど大量に汗を流していた。おまけに体温もかなり低く、まるで死人のように体が冷え切っている。

 明らかに尋常ではない様子。凛子は以前——雲外鏡という怪異と遭遇した後の、彼女の容体を思い出す。

 

 ——カナちゃん……やっぱり、相当に無茶をしているんじゃ!?

 

 あのときも、彼女は疲労困憊の様子を見せ、嫌な感じの咳をしていた。

 今もどこか危なっかしい足取りでフラフラしており、いつ倒れてもおかしくないような状態に見える。

 

「……ね、ねぇ、カナちゃん。一度横になったほうが……」

 

 カナの容態を心配し、凛子は他の生徒たちには聞こえないよう、こっそりと彼女へと耳打ちする。

 まだ完全に危機が去った訳ではないのだが、これ以上カナを戦わせるのは不味いと感じとったための処置である。

 

 

 だが——

 

 

「——ば、化け物だっ!?」

「……!?」

 

 静まり返る空気をぶち壊す勢いで、生徒の一人が怯えたように叫び声を上げる。

 

 先ほどもずっと騒いでいた男子生徒だ。奴良リクオをこの騒動の元凶だと主張し、凛子のことすらも化け物と罵っていた例の生徒。

 

 今度はお面を被った家長カナを指差し——彼女をも化け物と蔑んでいく。

 

「あ、あんな、化け物を殺せるような奴がまともな人間なわけない!! あ、あいつもきっと化け物だ!! 奴良リクオの命令でボクたちを殺しに来たに違いないんだ!! い、いやだぁ!! 助けてくれぇええ!!」

「ちょっと!? 助けてもらっておいてなんて言い草なの!!」

 

 そんな男子生徒に対し、凛子は怒りを露わにする。

 家長カナが、彼女がこれほど疲弊してまで自分たちを守ろうとしてくれているのに、その努力を一切無視するかのよう、この生徒はただ騒ぐだけ。

 混乱だけを広めていくこの男子のみっともなさに、凛子はその眼光に敵意すら抱いてその生徒を睨みつける。

 

「ヒィッ!? な、なんだよ……その化け物を庇うのかよ!! やっぱりお前も化け物なんだ! で、出て行け! 俺たちの学校から出て行けよ! 奴良リクオ共々!!」

「……っ!?」

 

 すると、男子生徒は凛子の睨みに怯えながらも——凛子やカナに向かって物を投げつけてくる。

 教科書や筆記用具、ありとあらゆる物を投げつけ、徹底的に拒絶な意思を示して見せた。

 

「……っ!」

 

 それら投げつけられる物から凛子はとっさにカナを庇った。今のカナはそんなものすら避けられないくらいに疲労しているのだ。

 この男子生徒の行為には——肉体が傷つく以上に、精神的に堪えるものがあった。

 

 

「——止めなさい!!」

「——ちょっと!! やめなさいよ、馬鹿!!」

 

 

 だが決して、決してそれがこの場にいる全員の総意ではない。

 男子生徒の行為を即座に非難し、制止するよう声を上げるものがいたのだ。それも——二人。

 

 一人は当然、教師である横谷マナだ。

 先ほどもそんなことをしている場合ではないと、教師として生徒を叱責していた。彼女がまたも声を張り上げ、再び男子生徒に対してピシャリと言い放つ。

 

 そしてもう一人は——

 

「……アンタ、ちょっとは冷静になれないわけ? さっきからマジでうるさいんだけど?」

 

 意外にも、女生徒の一人が男子生徒を責めるように口を開いていた。

 その生徒が誰なのかを知った瞬間、カナは仮面の下で大きく目を見開く。

 

「下平さん……」

 

 そう、騒ぐだけの男子生徒に苦言を洩らしたのは家長カナのクラスメイト——下平であった。

 

 下平はカナの正体を知っているわけではない。彼女にとって妖怪など未知の存在であり、恐怖の対象であることに変わりはないだろう。

 けれど下平は正体の分からぬ相手への恐怖よりも、男子生徒への嫌悪感をその顔に浮かべながらはっきりと物申す。

 

「今も、さっきだって助けてもらったし。わたしは信用してもいいと思うだよね。その子のことは……」

 

 今しがた妖怪二匹を斬り伏せ、ここにいる生徒たちを救ったように。その前の避難の段階においても、カナは多くの生徒たちを救っている。その助けた人間の中に、きっと下平もいたのだろう。

 彼女は感謝するような口ぶりで、カナの存在を好意的に認めてくれる。

 

「わ、わたしも……その人に助けてもらった!」

「お、俺も! ……その子は、信用してもいいと思う」

 

 下平の言葉に賛同するよう、自分も助けてもらったと声を上げる生徒たちが複数人いる。

 決して全ての人間が、仮面で顔を隠したカナの存在を『信用できない、怪しい化け物』と認識しているわけではない。

 

「けど……いや……」

「…………」

 

 しかし生徒の中には未だカナのことを信用しきれない、怪しんでいるものもいる。言葉にこそしないが明らかに及び腰になりながら、不審がるように警戒心を滲ませていた。

 

「——みんな騙されるな!!」

 

 すると、そんな生徒たちの心の隙を突くかのよう——例の男子生徒が一気に捲し立ててくる。 

 

 

「それがこいつらのやり方なんだ!! そうやって信用させておいて一気に絶望の底に叩きつける!!」

「だいたい、顔も見せられないようなやつをどうすれば信じられるっていうんだ!」

「隠したいものがあるってことは、そこにやましいことがあるってことだろう!?」

「いい加減、その醜い本性を見せてみろよ、化け物!!」

 

 

 男子生徒の、悪意すら感じさせる罵詈雑言の嵐。それらの言動はこの混乱の最中において、不安を煽るという意味では効果的であった。

 

「……やっぱ、人間じゃないよね……こんなことができるんだから……」

「でも、助けてくれたんだし……!」

「いや、そもそもリクオがこの学校の生徒でなければ……こんなことには……」

 

 揺れ動く生徒たちの心。

 誰を信じるべきか、何を信じればいいのか。益々分からなくなっていく。

 

「……っ!」

「……」

「……もう、どうすればいいってのよ!?」

 

 これには凛子も、マナも、下平も迂闊な説得を口にすることが出来ずに頭を抱えていく。

 

 もはや言葉だけでは収まらない。この混乱を収めるには、それこそ何かしらの強い『衝撃』が必要となるだろう。

 

 皆の視線を一瞬で釘付けにする、衝撃的な『何か』が——

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………みんな、話を聞いて……」

 

 

 そうした混乱の最中。

 さりげなく、そして自然な動作で狐面の少女が体育館のステージ壇上へと上がっていく。

 

 

 そして、皆に言葉を投げ掛けたその直後——

 

 

 彼女は何の躊躇いもなくその仮面を——

 

 

 

 

 

 家長カナという自身の正体を覆い隠していた面霊気を——あっさりと外していた。

 

 

 

 

 

「…………えっ?」

「…………はっ?」

「…………なっ!?」

 

 体育館内にいた全ての人間の視線が、壇上に上がる一人の少女へと注がれていく。

 あるものは唖然となり、あるものは理解が追いつかず思考が固まり、そしてあるものは驚愕する。

 

「か、カナちゃん!?」

 

 仮面の下の素顔を知っていた凛子も、カナの行為には目を剥いた。正体を知られれば、彼女も学校生活を送れなくなるかもしれないというのに、何故このタイミングで素顔を晒すというのか。

 

「……い、家長さん?」

 

 努めて冷静でいようとする教師の横谷マナも驚きを隠せない。リクオに続き、まさか彼女までもが『そちら側』に足を踏み入れていた存在だったとは。

 自分の教え子がまた一人、危険な橋を渡っていたことを知ってしまったのだ。

 

「……家長………カナ?」

 

 そして、何も知らなかったクラスメイトの下平。彼女を始めとする顔見知りの生徒たち、その全てが騒然となる。

 今まで何気なく接していた友人の全くの別側面。そこまで親しいと言える間柄ではないが、それでもこれはかなり衝撃的なものであった。

 

 

 

「みんな……わたしの話を聞いて……」

 

 動揺を浮かべる一同を前に、家長カナは静かな声を響かせていく。仮面を脱いだ彼女は今にも泣きそうな瞳で、困惑する全ての人々に訴えかけるように語りかけていた。

 

「わたしは家長カナ。この学校の生徒で……奴良リクオくんの幼馴染です」

「…………」

「わたしは人間ですが……ずっとリクオくんの正体を知っていました。ネットで騒がれているとおり……確かに彼は妖怪……半妖と呼ばれる存在です」

 

 リクオがただの人間ではないという噂。それ事態は絶対に覆しようのない現実だ。そのことでパニックに陥っている生徒たちに、まずはその事実を認める。

 それを真偽かどうかという段階であたふたしているものもいるが——。

 

 しかし、問題はそんなことではないと。カナは迷いない言葉で語りかける。

 

「でも、みんなは知っている筈だよ。リクオくんがどういう人で、これまで……どんなことをしてきたかってことを……」

 

 そうだ。噂に踊らされているだけの一般人とは違い、この学校の生徒である彼らは知っている筈なのだ。

 

 

 奴良リクオ——これがどのような性質を持った人間かということを。

 

 

 リクオは、どんな雑用でも嫌な顔一つすることなく、寧ろ率先して引き受けてくれる。それどころか、頼まれてもいないのに、自分からパシリのようなことまでする子だ。

 購買部のパンを皆の分まで買ってきたり、宿題のノートを丸写しさせてくれたり、当番でもないのに毎日日直の仕事までこなしてくれる。

 ゴミ捨てから草むしり、掃除当番も丸々全部代わってくれるくらいだ。

 

 もはや、ただの親切を通り越した範囲で行われるその善行はクラス、学年などという規模に収まらない。

 去年の生徒会選挙の応援演説で彼への歓声が上がったことから分かるように、その行いは全校規模にまで知れ渡っている。

 

 そう、この学校の生徒ならみんな知っている筈なのだ。彼が『良い奴』であることを——。

 

 

「……そうだよね。あいつは……奴良は確かに良い奴よ!」

 

 カナの訴えにクラスメイトの下平が声を上げる。

 

 彼女もリクオの親切にいつも助けられている子の一人だ。日直やら、先生に押し付けられた雑用やら。リクオにはいつも手を貸してもらっている。

 リクオだけではない。彼女の場合、その幼馴染であるカナからも何気なく親切を受けている。

 そんなカナからの切実な訴え、下平の心に確実に響くものがあった。

 

 

「確かに……あれだけの歓声を受けるだけの人物だ。悔しいが……生徒会長であるボクだって、あそこまで賞賛されることはない」

 

 カナの訴えに浮世絵中学の生徒会長である西野が悔しそうに、それでいてどこか清々しい表情で頷く。

 

 生徒会長として日々、浮世絵中学校をより良きものにしようと奮闘する彼だが、それが直接的に賛美されることは少ない。知名度も皆からの評判も、応援演説での奴良リクオの人気ぶりには敵わないと。

 会長としても、一生徒としても。リクオの普段の行いに、西野も心から尊敬するばかりである。

 

 

「お、俺もっ!! あいつには掃除当番代わってもらった!!」

「わたしだって……あの子のおかげで、友達との約束を優先できたわ!!」

 

 下平や西野だけではない。リクオのおかげで助かっていると「ボクも!」「わたしも!」と、続々と彼を支持する声が上がっていく。

 体育館に集っていた生徒のほとんどが一度や二度、奴良リクオから何かしらの良い行いを受けており、いつの間にやら——生徒全体で彼を擁護する流れとなっていた。

 

 これはある意味で当然の帰結。これまでリクオがこの学校で行ってきた善行が、巡り巡ってきた結果に過ぎない。

 

『情けは人の為ならず』

 

 リクオの日常的な人助けが——彼自身への信頼という形となっていったのだ。

 

 生徒たちの心から奴良リクオを疑う猜疑心が剥がれ落ちていく。それと同時に、ネットを介して人知れず彼らの心を支配していた山ン本の口・圓潮の『言霊』の暗示も薄れていく。

 

 

 言霊の効力さえ切れれば、後は普段通り。

 いつものように隣人としてリクオを慕う生徒たちばかりであった。

 

 

「すごいのね……奴良くんも、家長さんも……」

 

 教え子たちから剣呑な空気が抜けていく。その生徒たちの変化をこの場唯一の大人、横谷マナが目に涙すら浮かべて喜んでいた。

 

 教師である自分に出来なかった場の混乱を、子供たちは自身の力だけで取り戻したのである。大人として己の不甲斐なさを恥じるより、子供たちの成長ぶりに彼女は感極まる。

 少し気は早いが、まるで卒業生を見送るような気分だった。

 

 

 

 もはや浮世絵中学の生徒に、リクオをただの『化け物』だのと。偏見の目で見るような輩、どこにもいやしなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——み、みんな!! 騙されるな!!」

 

 だがたった一人。未だにリクオを敵として叫ぶ、空気の読めない男子生徒が声を張り上げた。

 

「耳障りのいい言葉で取り繕っても……奴良リクオが人間じゃない事実は変わらない!! あんな化け物を庇う女の言葉なんかに聞き入っちゃ駄目だ!! 洗脳されるぞ!!」

 

 この期に及んでリクオは化け物だの、その仲間の女も敵だのと、周囲を扇動するかのような主張を続けていく。

 

「……あの子、まだ言ってるよ」

「引っ込みがつかないんだろう。ほっとけよ、あんなヤツ……」

 

 もっとも、そんな男子生徒の口先だけの言葉など、誰も聞く耳を持たない。

 

 リクオは日頃の行いから、カナは自身の体を張ってこの場にいる生徒たちから信頼を勝ち得たのだ。騒ぐだけしか脳のない、どこのクラスかも分からないような生徒の妄言など誰も耳を貸さない。

 

 もはやその男子生徒は誰からも相手にされない、ただの『愚者』として皆の意識から自然消滅していく。

 

 

 

 筈であった。

 

 

 

「——いい加減に、その薄汚い口を閉じろ」

「…………えっ?」

 

 瞬間、刃物のような鋭い声音で家長カナは男子生徒へと吐き捨てる。

 先ほど「リクオを信じて欲しい」と訴えていた時とは全くの真逆。別人のように恐ろしい形相で睨みつけながら——手にした槍をその生徒へと突きつけていたのだ。

 

「ちょっ!? カナちゃん、何を……!?」

 

 カナの行動に凛子が焦りを口にする。

 いくら男子生徒の言動が許せないとはいえ、さすがにそれはやり過ぎだ。ここで暴力による危害を加えてしまえば、それこそ混乱をもたらしたい黒幕、百物語組の思う壺。

 先ほどの説得も無意味となり、またも生徒たちの間でパニックが広がってしまう。 

 

「い、家長さん!?」

「な、何で……何なんだよ!?」

 

 実際、槍を構えたカナを相手に生徒たちが騒然となっている。このままでは元の木阿弥、皆がカナやリクオのことを信じられなくなってしまう。

 

「どんな方法でそんな姿になっているかは知らないが……いい加減、これ以上は我慢の限界だ」

「…………?」

 

 しかし周囲の反応などまるで視界に入っていないカナ。彼女は——凛子にはいまいち理解しきれないことを呟きながら、その生徒への殺意を口にしていく。

 

「家長さん! 待って!?」

「家長っ!?」

 

 激昂するカナに、マナや下平も声を上げる。だが誰かが彼女に冷静になるよう諭す暇もなく——

 

 

「この期に及んでまだ惚けようというのなら……それでも構わない。お前をこのまま——殺すだけだ!!」

 

 

 家長カナは何の躊躇もなく、明確な殺意を抱き——その槍の凶刃を男子生徒へと真っ直ぐ突き放っていく。

 

 

「——うわあああああああ!! 人殺し!? 誰か、誰かたすけてぇええええええええ!!」

 

 

 カナの凶行にただの一般人でしかない男子生徒は、情けなく悲鳴を上げるしかできない。

 

 

 そのまま無惨に突き殺され、少年はその命を無為に散らせることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——なんてね♪」

 

 

 だが、男子生徒は——跳んだ。

 

 体育館天井高さギリギリまで跳躍し、カナの一撃を華麗に回避して見せたのだ。

 

 

「…………はっ? ……えっ? な、なにが……?」

 

 

 意味が分からずに凛子が目を丸くする。彼女だけではない。その場にいる全員が一体何が起きているのか理解できずにいた。

 

 だがただの事実として『カナが殺そうとした男子生徒が、彼女の殺意に塗り固められた一撃を避けた』という現実がそこにあるだけ。

 それも、明らかに人間の身体能力を超えた範囲で——。

 

「…………チッ!」

 

 避けられることを予想していたのか。カナは顔色一つ変えることなく、忌々しいとばかりに舌打ちする。既に戦闘態勢に入っている彼女は、何かしらの神通力を行使しているためか、髪の毛も真っ白になっていた。

 今の彼女にとって神通力の行使は酷く体に負担が掛かる状態だが、それを全く気にもせず己の力を全開で解放する。

 

 

 そうするだけの相手が——眼前に立っているということだ。

 

 

「まいったな……もう少し遊べると思ったんだけどなぁ~……はぁ~」

「……っ!」

 

 カナの攻撃を躱した男子生徒はステージの壇上。カナが立っている反対側、十メートルは離れている場所に着地する。

 彼はその顔に笑顔を浮かべている。こんな状況でありながらも自然に、まるで友人に笑いかけるように柔かに笑っている。その自然さが返って不気味、壇上を見上げる生徒たちが不安げな表情で息を呑む。

 

「それにしても……ちょっと暑くなってきたね。この『皮』便利なんだけど……通気性が悪いのはちょっと難点かな?」

 

 意味不明なことをぶつぶつと呟きながら、おもむろに男子生徒は自身の顔に手を当てる。

 

 

 そのまま——自身の『面の皮』をゆっくりと剥ぎ取っていった。

 

 

『————!?』

 

 

 男子生徒の顔がビリビリと剥がれ落ちていく様に、それを見つめる生徒たちが一斉に言葉を失う。

 

 いったい、あれは何だ?

 

 今目の前で起きている『アレ』は何だ? 

 

 そこに立っている男子生徒は、いったいどこの誰なんだ?

 

 生徒たちの胸中からは、様々な疑問が絶え間なく浮かんでくる。

 

 

 そんな彼らの疑問を嘲笑うかのように——『ソイツ』はその姿を晒していく。

 

「——結構気に入ってたんだけどねぇ〜……この臆病キャラ!! 無知で、無様で……とっても人間らしかっただろ?」

 

 男子生徒だったものがその素顔を露わにし、脱ぎ捨てた皮の中からは——中性的な美少年が現れる。

 

 整った顔立ち、変装時と変わらず口元に笑みを浮かべているが——目の奥は全く笑っていない。

 黒く澱んだ瞳で、自身の正体を見破った家長カナという少女の存在を忌々しげに見下していき、吐き捨てていく。

 

 

「——本当に、君ってば目障りだ……そろそろこの舞台から退場してもらうよ、家長カナさん?」

 

 

 彼こそが、男子生徒の正体。

 一般生徒に紛れ、皆をこの体育館へと誘導し、妖怪たちをけしかけて、怯える人間の振りで生徒たちの混乱を悪戯に煽った。

 

 皆の右往左往する様子を観察し、悦に浸っていた今回の黒幕の一人——山ン元の耳・吉三郎である。

 彼は自分の正体を見破ったカナに、イライラを抱いている様子だったが——カナの怒りはそれ以上だ。

 

 

「——退場するのはお前だ……吉三郎」

 

 

 憎悪を滾らせる彼女は、自身の願望を憎しみと共に吐き捨てていく。

 

 

「——終わらせてやる!! お前をここで殺して、何もかも……全部!!」

 

 

 もはや彼女の瞳には——眼前の怨敵しか写されていなかったのである。

 

 




補足説明

 珠三郎の皮
  山ン本の面の皮である珠三郎が生み出す変装用の皮。
  本人だけでなく、他者もその皮を被って変装ができる。
  いつぞやの伏線、非力な吉三郎が組の仲間である百物語組に用意させた便利アイテムの一つです。


 だいぶ間が空きましたが、ようやくカナと吉三郎が対峙しました。
 ここからどのような戦いになるか……予想しながら、またお待ちいただければと。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。