家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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時が経つのは早いですね。
ぬら孫の更新をしたのが……つい先日のよう……。

嘘です、ごめんなさい!!
半年ほど放置してました!!

いや……去年からずっと。なかなかいい感じに話がまとまらなくてですね。
物語の大筋は決まってるんですが……今回はそこにいたるまでの話の展開にどうにも納得が出来ず……気が付けば半年が過ぎていました。

今回、何とかそれなりに形にはできたので続きのお話を投稿します
この先も色々ありますが、いきなり最終回!! なんて展開にはならないのでそこはご安心下さい。
続ける以上は、当初の予定通り物語を進めていく方針です。
今話の最後の部分も、最初の構想通りの展開ですので……一応安心してください。


それにしても、放置していた間も地味にお気に入り数を増やしていますね。
特にここ数日の伸びがちょっと多い気がするのですが……いったい何があった?




第百幕   憎悪 対 悪意

PM 7:20

 

 

 

「……な、なんなの? 何だって言うのよ!?」

 

 浮世絵中学校の女子生徒である下平。彼女は目の前の緊迫する状況に、ただただ困惑していた。

 現在、彼女を含め多くの生徒たちが浮世絵中学の体育館にいる。そして、そのステージの壇上には二人の人物が対峙している。

 

 一人は、巫女装束姿の家長カナだ。

 

 襲撃してきた化け物たちを撃退し、生徒たちを救ってくれた少女。妖怪を倒せるほどの力、狐面の下の素顔を唐突に明かされたときこそは面を食らったが、それでも彼女がこの学校の生徒——『家長カナ』であるという事実に変わりはない。

 彼女はリクオのことでパニックになっていた生徒たちを宥め、優しく諭してくれた。

 おかげで下平はリクオを信じてみようと、心からそう思えることができたのだ。それは下平以外の生徒たちも同じ思いであり、皆が彼女の行動力に感謝していた。

 

「——吉三郎!!」

 

 だがそんな彼女が、今や別人のような憤怒の形相を浮かべ、向かい側に立つ少年・吉三郎とやらを睨みつけている。

 

 その人物のことを、下平は全く知らない。

 先ほどまで、彼はずっと「リクオのせいだ!」と無様に騒ぐだけの男子生徒の筈だった。だが突如、カナから殺意を向けられたことで、その本性を顕にする。

 怪盗の変装のように姿を偽っていたのか、その『面の皮』を脱ぎ去って正体を衆目の前に晒す。姿を晒した彼は一見すればそれなりに顔の整った、中性的な美少年という感じの風貌だった。

 

 もっとも——それが見せかけであることが、素人目の下平にも分かる。

 

「——君もいい加減しつこいね……そんなにボクのことが憎いのかい?」

 

 友人のように気さくにカナへ声を掛ける吉三郎だが、その言葉と表情は侮蔑と嘲笑に満ちていた。

 明らかに人を見下した笑み、その瞳は濁った泥沼のように澱んでいる。その目をチラリと覗き見るだけでも、下平の背筋にぞくりと悪寒が走る。

 

 

『——姿こそ人間だが、こいつは心身ともに人間ではない』

 

 

 下平は吉三郎という少年の本質を、理屈抜きでそのように理解する。

 そんな相手を前に、友達であるカナが槍を構えている。その光景に下平は言い知れぬ不安を抱かずにはいられなかったが。

 

 ——……家長さん……ううん、カナ!

 

 ——なんだかよく分かんないけど……絶対に無茶はしないでよ!

 

 カナの事情を詳しくは知らない下平には、心の中でそのように祈るのが今できる精一杯であった。

 

 

 

 

 

 ——……さてと……どうしたもんかね……。

 

 勢いで正体をバラした吉三郎だが、内心では少し戸惑っていた。

 

 今回の学校襲撃——百物語組としてではなく、彼個人が考えついた思いつきの『遊び』だ。

 下っ端の妖怪たちを使って人間を襲わせ、自身はその人間たちの中に混じる。一般人を装い、悪戯に騒ぐことで人々の混乱を増長させていたのだ。

 生徒たちの恐怖する様を観察し、人知れず愉悦に口元を歪ませていた吉三郎。

 さらにリクオへの不信感を募らせることができれば言うことなしと、この遊びを最高に楽しんでいたのだが——

 

 ——全く……いいところで……また台無しにされた。

 

 家長カナの乱入によってその遊びも成立しなくなってしまった。

 彼女の余計な説得のせいで生徒たちからリクオを疑う心が失われ、もはやこれ以上の混乱は望めない。おまけに正体まで見破られてしまい、こうして素顔を晒す羽目になった。

 

 ——思ったより厄介じゃないか……この女の神通力とやらは……。

 

 家長カナが『六神通』なる能力を行使しすることは調べがついていたが、思っていた以上の精度に吉三郎は舌を巻く。

 妖気の方は完全に消して気配を断っていたのだが、それでも彼女には自分の悪意やら敵意などが分かってしまうらしい。

 

 ——確か……こいつには厄介な羽団扇も……ん?

 

 さらに吉三郎は脳細胞をフル回転させ、カナの戦力について冷静に分析する。

 

 京都での戦いを人知れず観察していたりと、吉三郎はカナの戦闘力に関してある程度調べをつけていた。それによれば、彼女には神通力の他に『天狗の羽団扇』という恐ろしく便利な道具を所有していた筈だ。

 風を自在に操るあの羽団扇だけはそれなりに警戒する必要があると、注意深くカナの挙動を見据えていく。だが——

 

「……おやおや? カナちゃん~……君、あの羽団扇はどうした?」

「…………」

「まさか……修理とかしてないわけ? 土蜘蛛にぶっ壊されたあの時から!?」

 

 一番厄介というべき天狗の羽団扇を、今のカナは所持している素振りすら見せない。

 どうやらあの戦い——土蜘蛛との戦闘で壊されて以降、カナはあの手の武器を持ち合わせることが出来なくなったらしい。

 

 

 これは吉三郎は知らないことだったが、カナが所持していたあの天狗の羽団扇。あれは特別珍しい一品であり、壊れたからといってそう簡単に修復できるようなものでもないらしい。

 一応、『羽団扇に代わる武器』であれば懐に忍ばせているのだが、それを取り出す様子もなく。カナは式神である槍だけを構えて吉三郎と対峙している。

 

 

 そんな彼女の無謀さを——吉三郎は嘲笑っていく。

 

「はっは!! なら……わざわざ警戒する必要もないね~! そんな君如き!!」

 

 カナの現状の戦力を『大したことない』と判断した吉三郎。

 彼は警戒心を取っ払い、意気揚々とカナに向かって仕掛けていく。高い笑い声を上げながらふいに、何かに合図を送るかのようにバッと片手を上げた。

 

「……きゃあっ!?」

「な、なんだぁあああ!?」

 

 するとその合図と同時に何か、巨大なものが地響きを鳴り響かせながら、体育館内のステージ裏側から姿を現す。

 

 

『——ギィィギギャアアアアアアア!!』

 

 

 咆哮を上げながら現れた『それ』を前に、ことの成り行きを見守っていた生徒たちが戦慄する。

 

「ま、また妖怪!? でかっ……てか、気持ち悪っ!!」

「なにあれ……動物? いや……ねずみの化け物!?」

 

 それは巨大な、以前もこの体育館で暴れた犬神のように巨大な——『ねずみ』の妖怪であった。

 生徒たちにとってはそれだけでも驚異的な存在なのだが、彼女——家長カナにとって、その妖怪は違う意味で特別な意味合いを秘めている。

 

「!! この妖怪……あのときの……」

 

 巨大なねずみ妖怪。

 それは過去、幼少期に家長カナが遭遇したそれと、まるっきり瓜二つな風貌をしていた。

 

 

 その妖怪の名は——鉄鼠。

 

 

 そう、家長カナの家族を殺し、大勢の人々を殺した。

 そして彼女自身の心に消えない傷を植え付けた張本人でもある。

 

 その鉄鼠を前にして、カナは暫し呆然と立ち尽くす。

 

 

 

「ふふふ……驚いてくれたかな? キミのために、わざわざ鏡斎に頼んで同じやつを用意してもらったのさ!」

 

 鉄鼠を従えながら、吉三郎は愉悦に口元を歪めていく。

 

 この鉄鼠、当然ながらカナの両親を殺したものとは別の個体である。だが八年前の鉄鼠も今ここにいる鉄鼠も、どちらも元々は山ン本の腕である狂画師・鏡斎によって生み出された妖怪だ。 

 鏡斎本人はあまり好まないが、一度でも描いたことのある作品であれば、また描き直すことができる。今回、カナとの戦闘を一応は想定した吉三郎が、この鉄鼠を念のためにと鏡斎に用意させておいたのだ。

 

 家長カナを手っ取り早く無力化する手段として、彼女のトラウマを刺激する材料として——。

 

「知ってるよ……キミ、ねずみがとっても苦手なんだよね?」

「……」

 

 酷薄な笑みを浮かべる吉三郎の台詞にカナは言葉を返せない。相手の言葉を肯定するかのように、彼女は目を伏せっている。

 

 実際、カナはねずみが苦手であり、普通のねずみを直視しただけで呼吸困難を起こすほど。まして、相手はそのトラウマの元凶となったねずみ妖怪そのものだ。

 いかに彼女の覚悟や決意が固くとも、平静ではいられないだろうと。吉三郎はカナの心情をそのように読み取っていく。

 

「はっはっは!! さあ、鉄鼠!! その女諸共、ここにいる人間どもを全部喰い散らかしてやれよ!!」

 

 その心の乱れを突き、好き勝手に暴れまわってやろうというのが彼の魂胆である。まずは邪魔者であるカナを排除し、その後でここにいる生徒たちを皆殺しにする。

 そうすれば、あの奴良リクオを多大に苦しめることが出来るだろうと。吉三郎は愉快痛快に笑い飛ばしていく。

 

「…………」

「カナちゃん!? カナちゃん!?」

 

 巨大なねずみ妖怪を目の前にピクリとも動かないカナ。そんな彼女の身を案じ、凛子が悲痛な叫び声を上げる。

 

 もしかしたら、彼女は動けないのかもしれない。

 

 カナの過去を聞かされたことのある凛子は、カナが過去のトラウマからねずみ妖怪を前に手も足も出ないのではないかと、その身を誰よりも心配して叫んでいた。

 

 

 もっとも——

 

 

 

 

 

「——呆れた」

 

 

 

 

 

 家長カナがねずみを苦手としていたのは、既に『過去』のことである。

 先の修行でそのような心の弱さ、とっくに克服している。そんなことも知らずに知ったかぶりで、カナのトラウマを刺激しようとする吉三郎。

 

 

 カナはそんな吉三郎に心底、本当に心の底から呆れ果てたように、侮蔑と蔑みを吐き捨てながら。

 次の瞬間——鉄鼠に向かって槍一本、その身一つで突撃を敢行。

 

 

「……へっ?」

 

 カナが鉄鼠を前に動けることを、まるで予想もしていなかったのか。吉三郎の口から間の抜けた声が溢れ落ちる。

 しかし、動揺する敵のためにわざわざ待ってやる道理など当然なく。

 

 

 カナは槍を一振り。

 そのたったの一振りで、巨大なねずみ妖怪——鉄鼠の体が真っ二つに両断されていく。

 

 

『ギ……ギャアアアアアアア!?』

 

 

 断末魔の悲鳴。八年前とは違い、誰一人殺戮すること叶わず。

 鉄鼠はあまりにも呆気なく、この世から消滅していく。

 

 

 

 

 

「す、すごい……カナちゃん……これなら!?」

 

 鉄鼠の巨体を槍の一撃で沈めてみせたカナの手腕に凛子の目に希望が宿る。正直なところ、凛子の心中には『カナが本当に戦えるのか?』という疑問が多少なりともあった。

 

 カナと学校でいつも日常を過ごしている凛子からすれば、彼女はあくまでも普通の女の子だ。確かに一般人に比べれば妖怪に対して耐性があるのだろうが、それでもやはりただの人間であると。

 妖怪としての力を存分に発揮できるリクオやつらら、陰陽師であるゆらや春明とも違うのだと、そう思い込んでいた。

 

 だがその心配が杞憂であると、眼前での戦いを目の当たりにすれば凛子の考えも改まるというもの。

 

 家長カナは自分のような半端な半妖とは違い、しっかりと戦力になる実力を秘めている。

 これならば、あの吉三郎とやらも返り討ちにできる。学校の皆にも犠牲者を出さずに済むと、凛子の表情も緩みかける。

 

「ゴホッ! ゴホッ!!」

「か、カナちゃん!?」

 

 だが、そのように安堵しかけたところで、カナは再び咳き込む。またも体調を悪くし出した彼女に凛子は慌てて駆け寄っていく。

 

「だ、大丈夫です、凛子先輩。わたしは平気ですから……先輩は、みんなのことをお願いします」

 

 自分を心配する凛子に、カナはあくまでも平気だと突っぱねる。

 しかしその顔色は尋常ではなく、まるで死人のように青ざめていた。明らかに大丈夫ではないと、素人目にも判断できる状態。

 

 それでも、カナは凛子へ皆の避難を促し——その危機迫る眼光を、あの卑劣な妖怪・吉三郎へと向けていた。

 

「…………」

 

 吉三郎は、鉄鼠が消滅する様を呆然と見つめている。

 自身の思惑が全くの見当違いで終わってしまったその顔に浮かぶのは驚愕、戸惑い。

 

「……っ!!」

 

 そして、屈辱に——怒りである。

 

 吉三郎はその瞳に怒りを宿し、カナにその視線を向ける。

 この瞬間、吉三郎は家長カナという存在を『遊び相手』から『明確な敵』へと切り替え、彼女と対峙することとなる。

 

「これ以上、みんなをここに留めておくわけにはいきません……あいつは、わたしが……!!」

 

 そして、その視線にカナも真正面から応じていく。

 

 

 

PM 7:30

 

 

 

 現在、時刻は午後七時半。

 吉三郎が正体を現してから、まだ十分ほどしか経過していないが状況は一変していた。巨大な蜘蛛やら巨大鼠やら、度重なる妖怪たちの襲撃が止み、嘘のように静まり返る体育館内。

 

「…………」

「…………」

 

 静寂に包まれる中、ステージ壇上で二人の男女が睨み合っている。既に生徒たちの殆どがこの空間からの避難を終えており、この場に残っているのは二人だけ。

 

 浮世絵中学一年生・家長カナ。

 山ン本の耳・吉三郎。

 

 この二人だけで、この空間内の支配権を争い合っている。

 

「いや~……まさかキミ如きにここまで苦戦することになるとは。思いもよらなかったよ、ほんとうに……」

 

 暫しの沈黙の後、吉三郎が軽口を叩く。

 普段通り、人を小馬鹿にするような口調ではあったが、その言葉の響きに余裕というものはない。明らかにカナに対する警戒心、そして怒りを激らせながら彼女との間合いを測っている。

 

「…………」

 

 一方で、カナは沈黙を貫き通す。表面上は冷静に、吉三郎へと切り込むタイミングを見計らっているようだったが。

 

「……っ! ゴホッゴホッ!!」

 

 だがその際、カナは内側から込み上げてくる『何か』に堪えきれずに咳をする。決して隙を見せまいと視線だけは吉三郎を捉えたままだが、彼女の口からは——吐血が零れ落ちていく。

 

「……キミさ……ボクが言うのもなんだけど……なんか色々とヤバくない?」

 

 それを目撃した吉三郎が、一切の冗談抜きでそのように声を掛けた。

 カナの体調が芳しくないことにではない。そのような状態でありながらも、自身に対する殺意を一向に緩めようとしない、彼女の精神状態にだ。

 

 自分の肉体がどのような状態なのか、彼女自身も薄々と感じ取っているだろうに、それをまるで意にも介していない。

 

「ゴホッ! ……関係ないっ!」

 

 さらに血を吐きながらも、カナは吐き捨てていく。

 

「どんな状態だろうと……関係ない! お前を殺せるのなら……もう、何もかもどうでもいい!!」

「……まさか、そこまで憎まれていたとはね……」

 

 これには吉三郎も目を丸くする。

 別にカナに対して罪悪感など欠片も持ち合わせていないが、彼女にここまで恨まれていること自体が吉三郎にとっては意外だった。

 

 彼女の両親を無惨に殺しておきながら、彼女の恩人である鯉伴や乙女を貶めておきながらも。「えっ? そこまで怒ることなの?」と、彼自身は本気でそのように考えている。

 所詮、この外道に人の気持ちなど真に理解出来る筈もなく。どれだけの憎しみを向けようとも暖簾に腕押し、全て軽く受け流してしまう。

 

「……まあ、いいさ……キミのその心地よい殺気に免じて……この場では小細工抜きでやってあげるよ」

 

 だが、カナの憎悪自体はしっかりと伝わったのか。吉三郎は直接相手をしてやると、偉そうに踏ん反り返る。

 全くもって信用できない言葉だが、吉三郎自身もカナを直接自分の手で殺したいと思う程度には怒っている。

 

「——ちょうど、こいつを試してみたかったところだったから……ね!」

 

 尊大に吐き捨てながら、吉三郎は自身の懐へと手を伸ばす。

 そして、刀を抜き去るような動作で——『それ』を解き放つ。

 

 

 

「…………刀?」

 

 相手の取り出した得物を前に、槍を構えながらもカナは眉を顰める。

 

 吉三郎が刀を握っている姿を何度か目撃したことのあるカナだが、奴の懐から取り出されたそれは刀と呼ぶには、少しばかり無骨過ぎるものであった。

 どこかゴツゴツとした、まるで生き物の骨をそのまま武器へと加工したような装飾。

 

 実際、それは『骨刀』と呼ばれるもの。

 本来は祭りなどで使われる祭具。鯨の骨などを加工して作られるもので、実践には不向きな代物。

 

「ふふふ……」 

 

 だが、吉三郎が握ったその骨刀には確かに妖力が漲っているのを感じる。

 彼はその武装の威力を見せつけるかのように、床に向かって無造作にそれを振り下ろす。

 

 

 瞬間——床が爆ぜた。

 

 

 切り裂くでも、突き刺さるでもなく、骨刀の威力に体育館の床が爆ぜて——抉り飛ばされたかのように陥没してしまったのだ。

 

「……っ!!」

 

 これにはカナも息を呑む。

 いったい、何の骨を使っているのか。素材自体に相当な硬度・密度がなければああはならない。

 

 カナのリアクションに多少は溜飲が下がったのか、吉三郎は得意げにその武器について解説を入れてくる。

 

「すごいでしょ~? こいつは……山ン本の骨・雷電ってやつの体の一部を削って作った骨刀さ! ほらっ! ボクってば、かよわいでしょ? キミみたいに逆恨みしてくる輩から身を守るためにも、最低限こういう武器が必要になってくるわけなんだよ~」

 

 聞いてもいないことをペラペラと喋り倒す吉三郎。しかし、その間も彼はカナへの殺意を一向に緩めてはいない。

 

「光栄に思いなよ……? こいつを実戦で試すのは、キミが初めてなんだから……」

 

 残虐に口元を歪ませながら、嗜虐心に満ちた瞳でカナを見据える。

 

「せいぜい楽しませてくれなきゃ……骨折り損のくたびれ儲け。こいつを快く提供してくれた雷電くんにも……悪いってもんだろ、ん?」

 

 ここにはいない『骨』である同僚に対して皮肉っぽいことを口にしながら、新たに手にした凶器の矛先をカナへと真っ直ぐ突き付けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——……ああ、やっぱりだ……。

 

 ——やっぱり……こいつは、ここで……確実に殺さなきゃ!!

 

 吉三郎の手にした恐ろしい武器を前に、カナは改めて相手への殺意を激らせる。もっとも、カナにとって相手がどのような武器を手にしていようと指したる意味はない。

 

 吉三郎の新たな武器である骨刀は、確かに恐ろしい武装ではある。あんな破壊力のもの、少なくともカナの槍では受け止めることもできない。

 あるいは、『例の武器』であれば対抗できるかもしれないが、あくまで『あれ』は最後まで取っておくつもりだ。

 

 カナが何よりも危惧したのは、吉三郎の持つ武器の威力などではない。

 こうしている間にも感じ取れる、奴が心の底から垂れ流し続ける——吉三郎の『悪意』そのものである。

 

 カナの六神通——『他心』は他者の敵意・悪意を感じ取ることで、その動きを感知して危機を察知する神通力である。

『敵意』と『悪意』。この二つの感情は似通っているようにも思えるが、実際のところ全く違う。

 

 敵意とは——シンプルに、敵に対する闘争心のようなもの。その敵を許せないと奮起する感情でもあるが、その相手と戦いたいという純粋な気持ちでもある。

 悪意とは——他者への害意。他人を貶めたい、汚したい、踏み躙りたいという。敵意などに比べると明らかに後ろ暗くて残忍な感情。

 

 この敵意と悪意のバランスは、人によって様々だ。

 

 カナにとっては嬉しいことに、リクオや奴良組の面々など。彼らはたとえ相手がどのような外道であろうと、悪意の類はほとんど抱かない。

 自らの『畏』を懸けて戦う彼らはいつだって正々堂々。何一つ恥じることなく、清々しいまでの闘争心をその胸に秘めている。

 

 京妖怪などは、敵対する妖怪や人間に対して残酷な悪意を抱くことがままあった。

 弐条城の天守閣で攫ってきた女性たちを見張っていた妖怪たちなど、そのほとんどが悪意に彩られていた。一方で鬼童丸のような武人肌は悪意の類も薄く、その闘争心は奴良組に似通っている。

 羽衣狐などは、残念ながら人間に対して冷酷な悪意を抱くこともある。

 逆に土蜘蛛のように、ただ闘争を求めるものであれば敵意しか感じられない。

 

 いずれにせよ、個人が抱く敵意と悪意のバランスには大小の差がある。

 この二つの感情は誰もが持ち合わせるもの。それ自体は仕方がないことでもある。

 

 

 

 だが、この吉三郎という妖怪から感じ取れるのは——圧倒的な『悪意』しかない。

 

 

 

 この男はたとえどんな相手にであろうと、敵意は向けない。悪意だけが、グツグツと煮詰められた鍋のように心の奥底に渦巻いている。

 

 他者への『悪意』という一点だけで言えば、それこそ——羽衣狐や土蜘蛛にも勝る。

 きっと自分以外の存在を、この男は『道具』『おもちゃ』程度にしか認識していまい。

 

 ——やっぱり!! こんな奴を……野放しには出来ない!!

 

 他心でその悪意に触れられるカナだからこそ、吉三郎の危険性を改めて理解する。

 吉三郎への個人的な復讐心こそ否定出来ないが、それでもカナの心中には奴を放置してはいけないという『使命感』のようなものが確かにあった。

 

 

「——吉三郎……お前は、ここで潰す!!」

 

 

 やはり自身の憎しみを晴らすためにもだが、それ以上に、この男の身勝手な欲望のために人々を傷付けることは許されないと。

 

 家長カナは槍を片手に、強力無比な骨刀を手にした吉三郎へと立ち向かっていく。

 

 

 

 

 

 たとえ自分の全てを使い潰すことになっても、必ずこいつだけは——

 

 

 

同時刻

 

 

 

「——ああっ!! 鬱陶しい!!」

 

 浮世絵中学の校庭内にて。土御門春明と吉三郎のけしかけてきた雑兵たちとの戦いが続いていた。

 春明は校庭に植えられている木々などを最大限活用し、彼が得意とする陰陽術・木霊で相手の体を串刺しにしたり、バラバラにしたりと順調に敵妖怪を駆逐していた。

 

 だがいかんせん、数が多すぎる。

 次から次へと湧いて出てくる魑魅魍魎の数々、戦闘開始から一時間ほどが経過しているが敵の勢いは気配に止む気配がない。

 

 春明の手元に面霊気がなく、彼が全力を出せていないとはいえ、これは明らかに異常な状況である。

 彼ほどの陰陽師が奮起しているにも関わらず、何故このような硬直状態が続いているのか。

 

 その原因は——敵集団を率いている『とある妖怪』に原因があった。

 

『——あ、ああぁああああ!!』

 

 その妖怪は、蠢く妖異どもの一番後方に控えていた。

 それは、後ろ手に縄で縛られている裸体の女。上半身だけを見れば、苦しめられている女性が悲鳴を上げているようにも見えるだろう。

 

 だが——その下半身は『芋虫』であった。

 そして、芋虫の身体から次々と卵を産んでいるという、なかなかにショッキングな光景。

 産み落とされた卵は時間をかけることなく次から次へと孵化していき——カマキリやら、蜘蛛やらの妖虫ども生産・増産している。

 

 妖怪を産み出す母体となる妖怪。それがいつまで経っても敵を一掃できないでいる全ての元凶だ。

 

「……オキクムシ。実際に見るのは初めてだな……」

 

 春明は己の知識の中から、そのイモムシ女の正体が『オキクムシ』という妖怪であることを看破する。

 

 

 於菊虫(オキクムシ)

 罪人である女が殺され、虫の怪異となって蘇ったとされる妖怪。その女性の名前がお菊だったことからそのような呼び方になったという。

 彼女の遺体が投げ込まれた井戸周辺には、彼女のように『後ろ手を縄で縛られたような形の虫』が大量発生するようになるという。

 自らを縄で縛り付けているその姿は、過去の罪が未だに彼女自身を苛んでいるからなのか、それは誰にも分からない。

 

 ちなみにこの話はあの有名な『播州皿屋敷』が源流にあるとされ、似たような話が全国各地に分布している。

 女の罪状が違っていたり、実は罪そのものがでっち上げられた濡れ衣であったりとバリエーションも豊富だ。

 

 お菊という女性そのものが、まさに一つの都市伝説——〈怪談〉とも呼ぶべき存在であろう。

 

 

 ——だが、オキクムシに繁殖能力なんかねぇ筈だぞ……。

 

 しかし、春明が心中で愚痴るように、オキクムシという妖怪に『卵を産んで仲間を増やす』などという特性はなかった。ましてや、イモムシが卵を産むなど、その卵からカマキリやら蜘蛛の妖怪が産み落とされるなど、明らかに自然の理に反している。

 

 ——こりゃ……中身の方を相当弄ってやがるな……。

 

 おそらく、あのオキクムシは本来の伝承にある姿ではない。

 百物語組の誰かの手によって産み出された〈怪談〉。自分たちが扱いやすいよう、都合が良いように物語自体の内容も弄られているのだろう。

 

『あ、ああ……あああああああああ!!』

 

 今この瞬間も、オキクムシの女性部分が悲鳴を上げ、イモムシの部分が次から次へと卵を産み落としていく。

 理を歪められたまま、役目を全うするように〈描かれた〉妖怪。

 

 彼女の口から発せられる悲鳴は、まるで助けを求めているかのような、悲痛な訴えでもあった。

 

「ああ……まじで、めんどくせぇ……」

 

 もっとも、そんなオキクムシの境遇に春明は同情など抱かない。

 並の人間であればそれこそ、その悲鳴に耳を塞がなければ耐えられないだろう。カナやリクオといった面々であれば、何かしら思うところもあってその刃を僅かに鈍らせたことだろう。

 

 しかし、春明はただ面倒だった。

 無限とも思える敵の増殖機能にほとほとウンザリ。真面目な話、体力的にもそろそろケリを付けなければならないと。

 

 この硬直状態を打開するために、何かしらの策でも練らねばと。面霊気が手元にない今の状態でも出来る最善を、敵の進軍を押し留めながら模索し続ける。

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 そこで動きがあった。

 校舎を背にしながら戦っていた春明だが、その校舎側が俄に騒がしくなってきたのだ。本来であれば生徒たちは本校舎から少し距離のある、体育館に残らず避難していた筈。

 なのにその生徒たちが、一斉に体育館から飛び出し——本校舎へと移動してきている。

 

「おいおい、何やってんの!?」

 

 これに春明は目を丸くする。

 本校舎の建物内部に潜んでいた敵の掃討は既にカナが終わらせている。逃げ込む先として特に問題というわけではない。

 しかし、わざわざ避難場所として立地条件の良い体育館からそんな場所へ移動する理由はないだろうに。

 

 いったい何が起きているのか。春明のいる位置からでは詳しい詳細を知ることもできない。

 

「——土御門くん!!」

「白神……?」

 

 すると困惑する春明に向かって、彼女——白神凛子が声を張り上げた。

 

 

 

「敵よ!! 吉三郎って奴がっ……生徒の中に紛れてて!!」

「………………ああん!?」

 

 

 

 吉三郎。

 凛子の口からその名を聞いた瞬間——春明のこめかみに青筋が浮き立つ。

 

 

 

『——シャアアアアアア!!』

 

 

 それを隙ありとでも思ったのか、すぐ背後から妖虫どもが春明に向かって襲い掛かる。だが——

 

 

「——邪魔だ」

 

 

 春明は短く吐き捨てながら、まるで虫ケラを踏み潰すように術を行使。

 陰陽術によって急成長した木々の根が、背後から襲い掛かってきた虫どもを全て串刺しにし、さらにグチャグチャ、原型すら残らないほどにすり潰していく。

 

 

『ギィギャ!?』

『ジョ…………』

 

 その容赦のなさ、同胞たちの残虐な死に様に他の妖虫共が後退る。

 

 卵から孵ったばかり、産まれたばかりで碌な知性を持たないケダモノでしかない妖虫どもが、その瞬間に初めて恐怖を感じた。

 本来であれば、化け物である彼らが人間に与えるべき絶対的絶望を——人間の少年から押し付けられる。

 

 なんとも、理不尽なことだと。彼らに知能があれば嘆いていたことだろう。 

 そんな哀れな妖虫どもを、八つ当たりのようにバラバラにしながら、春明は思案に耽る。

 

 ——……ちっ! さすがに騒動の後から侵入してくれば探知できると思ったが……。

 

 ——最初から妖気を消して……生徒の中に紛れ込んでやがったとは!?

 

 最初に襲撃があった以降、春明はかなり神経を張り巡らして外からの侵入者に備えていた。この襲撃そのものが囮であることに、彼も気が付いていたからだ。

 

 表立ってくる攻めてくる妖怪たちに紛れて事を成そうとする、何かしらの企み。

 実際、花開院家のときも似たような状況で一杯食わされたことを思い返し、春明の中でより一層怒りが沸き立ってくる。

 今すぐにでも眼前の敵を一掃し、動きのあった体育館。そこで奮戦しているであろう——家長カナの援護に行かなければと決断する。

 

 すると、そんな彼の心情を読み取ったかのように。

 

「土御門くんっ!! これ……受け取って!!」

『ちょっ!? 投げんなよ!?』

 

 凛子が春明に向かってそれを全力でぶん投げた。まさかそのような雑な扱いをされるとは思っていなかったのか、投げられた『本人』が凛子に苦情を訴える。

 

「……っ!? 面霊気!?」

 

 凛子から春明の手に渡ったもの——それは面霊気であった。

 

 面霊気を凛子に持たせたのは——カナだ。

 凛子が他の生徒たちと避難する直前、カナは面霊気を凛子へと託していた。彼女が本来の持ち主である春明の手元に戻れば、少なくとも外の敵勢力は一掃できると考えたのだろう。

 

 生徒たちの安全を考慮するのであれば、確かに敵の殲滅は最優先。

 戦術的に、その判断は間違ってはいない。

 

「…………何やってんだ、あのバカは!?」

 

 しかし、手元に戻ってきた面霊気を認識し——春明は直ぐにカナのやらかした『ガバ』に唖然となる。

 

 今この瞬間、自分の手元に面霊気があるということは、カナは今『素顔』で戦っているということだ。

 他の生徒たちの目に触れさせないため、正体を隠し通すためにわざわざ面霊気を同行させたというのに、どうやらカナは自分からその素顔を晒してしまったらしい。

 

 いったい、何故そんなことになっているのか。体育館で行われた一連のやり取りを知らない春明は空いた口が塞がらない。

 

 だが状況は——彼が思っている以上に深刻だ。

 

『——おい、春明!! カナの奴……明らかにヤバいぞ!』

 

 面霊気は春明が文句を口にするよりも先に、カナの状態を伝達した。

 面霊気自身もつい先ほどになって気付いたカナの体調——それが明らかに、尋常ではないということを。

 

『……あいつ……あんなボロボロの状態で……あんなんじゃ、すぐに倒れちまう!! 

「!!」

 

 だが状況が状況だけに詳しいことまでは話している暇はない。こうしている間にも、次から次へと敵が湧いて出てきているのだから。

 

「……話は後だ。まずは……こいつらを片付けるぞ!!」

 

 瞬時にそのような判断を下した春明が面霊気を被る。

 これによって春明の半妖としての血が覚醒。これでようやく——うざったい襲撃者たちを全滅させるために全力を発揮できる。

 

 

「樹海……!!」

 

 

 春明の切り札。

 木々の成長を異常促進させ、その質量を持って一気に敵を押し潰す。

 

 もっとも、この切り札を持ってしても眼前の敵を全て殺し尽くすのにはそれなりに時間が必要。

 

 

『——ああああああああああああ!!』

 

 

 オキクムシが最後の力を振り絞るように、さらに卵を産み落として妖虫どもを増殖させる。

 

『キィキィ!!』『ガギャ!!』『ブシュウウ……』

『バギャギャッ!』『ブジュウルル……』『キシャアアア!!!』

 

 視界を埋め尽くすほどに害虫どもが溢れかえる。その有象無象の群れを前に、春明は舌打ちしながら冷静に敵の殲滅に要する時間を計算していく。

 

 

 ——十分、いや……十五分……二十分は掛かるかもしれねぇか……

 

 ——……俺が行くまで……絶対に無茶すんじゃねぇぞ……カナっ!!

 

 

 それまでの時間。カナにはどうにか持ちこたえて欲しいと、その無事を祈っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM 7:40

 

 

 

 しかし、春明の願いも虚しく。

 

 

「——ゴホッ!! ガハッ……ガッ!?」

 

 

 体育館には血を吐いて倒れ伏す家長カナと——

 

 

「……ふ~ん……やっぱり、相当無茶してたみたいだね。残念、後一歩だったのに……」

 

 

 やや拍子抜けしながらも、カナを見下ろす吉三郎が静かに佇んでいた。

 

 

 




補足説明

 カナの装備について
  家長カナは現在、天狗の羽団扇を装備していません。
  メタ的な話をすると、カナと吉三郎の戦力を同程度にしたく、『羽団扇』は修復不可能という設定にさせていただきました。
  今のカナは六神通こそ使えますが、武器は式神の槍がひと振り。
  そして、『とある秘密の装備』を懐に忍ばせています。
  この装備が、おそらく今後の主武装の一つになりますが詳細は秘密です。

 吉三郎の装備について
  吉三郎は前章まで魔王の小槌を武器にしていましたが、さすがにもう借りパクは出来ません。
  なので同僚である雷電の骨を削った『骨刀』を武器として振るいます。
  変装に用いた『面の皮』同様、一応何話か前の話で伏線は貼っておきました。
  これに加えて吉三郎自身が『阿鼻叫喚地獄』という耳としての能力。
  さらに隠し玉となる能力を一つ秘めていますが、こちらも詳細は秘密で。

 オキクムシ
  今回、役割上必要になった妖怪。ぶっちゃけ、春明への足止め要因。
  かなり個性的な見た目をしており、卵を産むという描写もあって、人によってはちょっと「ウッ!」となるかもしれません。
  まあ、R-15タグ付けてるし……多分大丈夫でしょう。

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