家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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よし!! 今回は早めに更新できた!!

筆が乗ったというのもありますが、これこそが本来のペース!!
今後もこれくらいの更新頻度で進めていけたらと、思ってはいます……思っては。

そろそろ、今作のオリジナル回である。
『浮世絵中学での、家長カナと吉三郎の戦い』にも決着を付けたいところ。

この戦いの結末は次話まで持ち越しですが……今回はその前段階ということで。



第百一幕  天眼、その代償は。

PM 7:35

 

 

 

 それは——僅か五分間の攻防であった。

 

「——吉三郎!!」

 

 自分に時間がないことは誰よりもカナ自身が理解している。

 短期決戦。一気に決着を付けるべく、彼女は怨敵への明確な殺意をその一撃に乗せていく。

 

「……ふんっ!」

 

 勿論、たった一振りで仕留められるほど甘い相手ではない。吉三郎はカナの殺意をヒラリと受け流すように、身体をずらしてその一撃を回避。

 お返しとぼかりに、手にした骨刀を無造作に振り下ろす。

 

「——っ!!」

 

 その反撃をカナも避ける。だが紙一重で躱してはいけない。その一撃を回避するために、カナはわざわざ後方へと大きく退く。

 

 予想通り、強烈な一撃がまさに『爆裂』した。

 爆ぜた体育館の床の破片が、まるで散弾のように飛びっていく。

 

 山ン本の骨・雷電の一部を削って作られたというその骨刀は凄まじい威力を誇る。吉三郎のように大した武力を持たない妖怪の一振りさえも、必殺の一撃にしてしまう。

 カナの巫女装束がダメージを軽減できる仕様とはいえ、あれをまともに食らっては不味い。

 必然的に慎重な対応が求められ、カナは間合いを大きく取らざるを得ない。

 

「おやおや、どうしたんだい? 逃げてばかりじゃ……仇を討つことは出来ないよ……」

 

 距離を取るカナに、吉三郎は挑発的な言葉で誘いを掛けていく。だが——内心では彼もそれなりに危機感を抱いていた。

 

 というのも、時間を掛けていられないのは吉三郎の方も同様であったからだ。

 これ以上時間をロスすれば、外で戦っている土御門春明が敵を全滅させ、カナの元へと駆け付けてくるだろうと予測される。

 カナを相手にしている状態で春明が加わるとなると、さすがに分が悪い。

 

 その場合——吉三郎は迷わず逃げの一手を打つだろう。

 

 カナを殺したいと思ってはいるものの、それでもまだ自分の身が可愛い吉三郎。カナのように、全てを捨ててまでの殺意という訳ではないのだ。

 

 ——逃さない! 絶対に!!

 

 やはりカナの殺意、憎悪は並大抵のものではなかった。

 彼女は吉三郎を確実に自分の手で仕留めたい。春明の手を借りることなど、最初から思考の中にすら存在していない。

 

 ——この手で奴を……そのためにっ! 私は力を付けてきたんだ!!

 

 

 京都での一戦で、カナは『天狗の羽団扇』という強力な武器を失った。人間である彼女が風を自由自在に操れるほどの力が秘められた秘宝。

 ただの武器であるという以上に、恩人であるハクの形見としても大切な品だったのだが——やはり、戦力的に大きな痛手であることをまずは認めなければならない。

 

 さらにこの頃から、カナは六神通を長時間使えば体調に異変をきたしてしまうことにも気付いていた。

 風も操れず、神通力も不安定。こんな体たらくでは然るべき戦いのときに力を発揮できず、戦力にもなれない。

 このままではただの足手まといだと。カナなりにどうすればいいか苦悩し——。

 

 彼女は今のところ問題なく振るえる唯一の武器——式神の槍。それを用いた『槍術』の腕前を磨くことを目標とした。

 友達との掛け替えのない日常を謳歌するだけではない。この半年間、カナもカナなりに必死に努力を重ねてきたのだ。

 

 その努力の成果の甲斐あってか、カナは槍捌きに関してであれば以前とは比べようもなく強くなった。

 勿論、ただの人間である以上、動きそのものには限界があるが、少なくとも技術の面ではこの上なく成長したと。

 彼女に稽古を付けてくれた——『師匠』たちのお墨付きである。

 

 カナに稽古を付けてくれたの——奴良組の面々だ。

 友達のつららや、他の組員たち。奴良リクオが忙しい合間を縫っては、カナの修行に付き合っていてくれたのだ。

 

 彼女の強くなりたいという思いに、応えてくれたのだ。

 

 

 

「はぁああっ!!」

 

 彼らとの訓練を無駄にしないためにも、負けられないと奮戦するカナ。敵の攻撃を何とか躱しながら、突きの連撃で着実に吉三郎を追い詰めていく。

 

「ちっ……!」

 

 カナの予想外の攻勢に吉三郎の方が先に焦りを見せた。どんなに強力な武器を持っていようと、真っ当な接近戦では自身に分が悪いと。

 彼は自分自身の小手先の能力に頼らざるを得なくなる。

 

「——阿鼻叫喚地獄っ!!」

 

 そう、忘れてはならない。山ン本の耳である——吉三郎固有の能力。

 地獄の亡者たちの嘆き、生者を妬ましいと叫び続ける者たちの呪いの言葉。悍ましいまでの悲鳴を、対象の脳髄に直接叩き込む技である。

 

 人間であろうと妖怪であろうと、これには耐え難い。

 人間なら数分で発狂しかねず、妖怪でも苦悶に膝を突くことは間違いない。

 

 まともな神経であれば、決して耐えられない——まともな神経であれば。

 

 

「……っ!! 小賢しい!! そんな小細工が今更通用するかっ!!」

 

 

 一瞬の間もなくカナは怨嗟の叫びを、亡者たちの嘆きを跳ね除ける。

 いかに死者たちがうるさく喚き散らそうが、関係ない。彼女の精神がその苦痛を遥かに凌駕する。

 

 その程度では、もはや止まれないのだ。家長カナという少女の憎悪は——。

 

「くそっ! この……っ!!」

 

 阿鼻叫喚地獄でも足止めにもならない。その事実に体裁を取り繕う余裕すら失くす吉三郎。もはや残された頼みの綱は——新たに用意した骨刀のみ。

 威力の高い武装でカナの勢いを削ぎ落とそうと、とにかく刀を振り下ろしていく。

 

「……っ!」

 

 動きそのものが単調ではあったものの、その攻め方がカナには効果的だった。

 心情的には捨て身覚悟で突撃してもよかったのだが、流石にあの一撃を受けたあとでは反撃する余力もなくなるだろう。

 

 あの骨刀の攻撃は受けられない。人間の耐久性を考えたとき、それが大前提となる。

 あの強烈な攻撃を掻い潜り、吉三郎に致命的な一撃を与えるには——今のカナには一手が足りない。

 

「——だったらっ!!」

 

 ならば、その一手を——カナは自らの中から捻り出す必要があった。

 

 

 

 

 

 ——今の私にできて、それでいてこの戦いに必要な力は……!!

 

 カナは現状、五つの神通力を自らの意志で使いこなすことが可能だった。

 

 空を自在に飛翔する『神足』で、相手の攻撃を俊敏に躱す。

 聴覚を強化した『天耳』があれば、たとえ視界を奪われようと不意打ちを食らうことはない。

 吉三郎のドロドロの悪意など『他心』であれば、手に取るように把握できる。

 過去世を覗き見る『宿命』だが、今更こんな奴の過去やら前世やらを知ってもしょうがない。

 

 これら四つの神通力でも、戦いを優位には進められるだろう。

 だがやはりもっと、もっと直接的に——相手の動きを予測する必要性を感じ、今の自分にはそれが出来る能力があるのだと思い出す。

 

 そう、既にカナ自身も、その力を意図的に発現することには成功している。

 戦いの最中に『それ』を使用するのはかなり負担が掛かると。頭の片隅で警鐘が鳴っていたが、そんな後ろ向きな思考を無理矢理にねじ伏せ。

 

 

 カナは第五の神通力——『天眼』を自らの意志で起動させた。

 

 

 天眼は、未来を読む。

 数秒先の未来をその視界に収めることで、対象者の動きを完全に先回りするのだ。これを戦いの最中に維持できれば、それこそカナに避けられない攻撃などない。

 問題は、それをどこまで維持できるかだったが——。

 

 ——二分……いや一分でも構わない!!

 

 ——こいつを……この手で殺せるのならっ!!

 

 もはや後先のことなど考えない。

 この戦いで全てを出し尽くす勢いで——カナは天眼を躊躇なく行使していく。

 

「そらっ! ……あっ? な……んだと?」

 

 それにより見えてくる攻撃の軌道。吉三郎が自身の攻撃をあっさりと避けられて唖然としているが当然のことである。

 今の彼女には、相手の攻撃どころか動きそのものが全て『視えている』のだから。

 

 

 ——見える……視えるっ!! 

 

 ——はっ……はははっ!!

 

 ——勝てるっ!! ううん……殺せるっ!!

 

 ——今この瞬間……こいつの命は私の……掌の中にっ!!

 

 

 圧倒的な優越感がカナの口元を歪めていく。相手の動きの全てを掌握するという行為に、カナの脳内が全能感によって満たされていく。

 この戦いも先が見えた。こうなった以上、もはや吉三郎如きに勝ち目などない。

 

「はははっ! ははははっ!!」

「こ、こいつ……何を笑って……ぐっ!?」

 

 どんな攻撃もカナは余裕を持って躱す。そして相手の隙を突き、その身に刃を突き立てていく。

 面白いほどに一方的な戦いだ。自然と相手を嘲笑するような笑い声が込み上げ、それに吉三郎がムキになったように表情を歪める。

 

 

 ——死ねっ、死ねっ!!

 

 ——そうだ! 苦しめっ!! もっと……もっと苦しめっ!!

 

 

 吉三郎の表情が屈辱に染まる様に、カナはほくそ笑む。

 今の彼女の勢いであれば、一気に決着を付けることも容易だっただろう。

 

 だが、カナはあっさりとは勝負を決めない。

 

 できるだけ長く、できるだけこいつを苦しめよう。

 その身にこれまでの悪行の報いを、屈辱を与えてやらないと気が済まなかった。

 

 

 ——苦しいかっ! 苦しいだろっ!?

 

 ——それがお前が……お父さんやお母さんにっ!!

 

 ——ハクやみんなっ……!

 

 ——鯉さんや……乙女先生にして来たことだ!!

 

 

 全ては因果応報とばかりに。散々に苦しめた後に——『死』という絶望を与えてやると。

 

 

 ——そのまま! そのまま苦しみがら……死ねぇええええええええええええ!!

 

 

 既にカナの視界にも見えていた。

 

 自分の振り下ろした刃が吉三郎という妖怪に致命傷を与え、その存在が抹消される瞬間が——。

 吉三郎の顔が「どうして自分がこんな目に……!」などという絶望的な表情で歪む様が——。

 

 

 そんな約束された未来の光景を視界いっぱいに収めながら——。

 

 

 家長カナは、最後の一振りを振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 だが——

 

 

 

「——ガッ……ガハッ!?」

 

 

 天眼によって見える未来は、決して確定された事象ではない。

 死する運命だった少女を雲外鏡の魔の手から救ったように、その時々の行動によっていかようにも変動する。

 

 吉三郎にトドメを刺す直前——家長カナの肉体に、ついに限界が訪れてしまったのだ。

 それにより、吉三郎が死する筈だった運命は流転。逆にカナが血を吐いて倒れるなどという事態に陥ってしまった。

 

 

「…………ふ~ん……やっぱり、相当無茶してたみたいだね。残念、後一歩だったのに……」

 

 

 時間切れという、あまりにも呆気ない幕切れ。

 流石の吉三郎もどこか唖然と、実感がないように呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

PM 7:40

 

 

 

「ふぅ~……これで、全員かしら?」

 

 浮世絵中学の渡り廊下。体育館から本校舎へと生徒たちを誘導していた白神凛子が一息付く。既にその場に残っている一般の生徒はおらず、ほぼ全員の避難が完了していた。

 避難をしていない生徒は、校庭で敵妖怪の殲滅作業を行なっている春明などだが——。

 

「——オラァああああ!! とっとと、くたばりやがれぇええええ!!」

「…………」

 

 妖怪の大軍相手に何やら大規模な陰陽術を行使しており、どうにも近寄り難く声も掛けにくい。

 しかし、あの様子であれば彼は問題ない。あと数分もすれば外の敵を全て倒し切ってくれるだろうと。

 

 凛子は心配の向かうべき先を、別の人物へと向けていく。

 

「カナちゃん……」

 

 家長カナ。

 凛子は彼女が戦っているであろう体育館へと目を向けた。カナ一人を体育館に残して数分ほど経過していたが、そちらの方の動きがここからでは見ることもできない。

 彼女は今も吉三郎と戦っているのか、それとも既に決着が付いているのか。

 

「っ……!!」

 

 居ても立っても居られず、気が付けば体育館の方へと駆け出していこうとする凛子。しかし——。

 

「白神さん、どこに行く気なの!? 貴方も早く避難しなさい!!」

「よ、横谷先生……」

 

 凛子の腕を掴み、彼女の動きを静止するものがいた。凛子と一緒になって生徒たちの避難誘導を行っていた、唯一校内に残っていた理科教師の横谷マナだ。

 教師としての責任感から、危険な場所へ戻ろうとする凛子の手を引いていく。

 

「先生は……先生はみんなの側にいてください。私は……カナちゃんのところにっ!!」

「ま、待っ……!?」

 

 だが凛子は、その手を振り払った。

 何か言いたげなマナを置き去りに、一人で体育館へと走り出していく。

 

 

 

 

 

 ——カナちゃん……!

 

 

 走りながらも凛子の脳裏には——家長カナの苦悶の表情が浮かぶ。

 

 人間でありながらも、半妖の自分なんかよりも遥かに強くて頼りになる友人。だが今のカナは、凛子の目から見ても明らかに無理をしていることが分かる。

 

 頻繁に咳き込み、顔色も蒼白で、いつ倒れてもおかしくないほどに消耗しきった華奢な身体。

 凛子は雲外鏡の頃から様子がおかしいと気にはしていた。だが、それを誰にも相談できずに今に至ってしまっている。

 きっと大丈夫だろうと、単なる風邪くらいだと自分自身に言い聞かせながら、凛子はカナの不調からずっと目を背けていたのだ。

 

 ——大丈夫……なんかじゃない!! きっとカナちゃんは……ずっと無理をしてた!

 

 けどそれもここまで。いい加減、現実を受け入れなければならない。

 

 この戦いが終わったら、カナを何が何でも病院に連れて行く。

 リクオや春明とも相談し、彼女の身に何が起こっているのかをはっきりと確かめるのだ。

 

 もしもカナが何かの病気だというのであれば、その事実を受け入れた上で——自分に何が出来るかを模索するつもりだ。

 あの子がこれ以上苦しまないためなら、どんなことでもして見せると凛子も覚悟を決めて行く。

 

 ——だから……だから無事でいてっ! カナちゃん!!

 

 そのためにも、今はこの戦いを乗り越える必要があるのだと。カナの無事を確かめるためにも、凛子は彼女の元へと急いでいく。

 

 

 

 けれど——何もかも遅かった。

 

 

 

「カナちゃん! カナちゃ——」

 

 体育館にたどり着いた凛子は、視界に飛び込んできた光景を前に絶句する。

 

 鮮血に染まった体育館の床、その上に倒れ伏す家長カナ。

 そんな彼女のことを、それなりに傷つきながらも五体満足な吉三郎が見下ろしている。

 

 

「か、カナちゃんっ!?」

 

 

 凛子は驚愕に目を見開き、大慌てでカナの元へと駆け寄っていく。

 

 

 

 

 

「せ、先輩……ダメです! 来ちゃ……ゴホッ!? ガハッ!!」

 

 凛子が自分の名を呼びながら近づいてくることを認識し、カナは来ないように叫ぼうとした。まだ戦いは終わっていない。吉三郎の脅威がある中、そのような気遣いは無用だと。

 だがその瞬間、胸の奥からまたも嫌なものが込み上げてくる。

 

 もはや限界だ。平気だと取り繕う余裕もなく、凛子の目の前で——カナは吐血する。

 

「カナちゃんっ!? そ、そんな……!」

 

 カナが血を吐く姿に、凛子の顔色がさらに絶望に染まっていく。

 

 体調が悪いどころではなかった。こんな身体で戦ってこれたこと自体が不思議でならない。神通力を維持することも不可能なのか、白髪になっていた髪も元の茶髪へと戻ってしまっている。

 

「き、吉三郎っ!! カナちゃんに……いったい何をしたのっ!?」

 

 カナの側に寄り添い、その身体を抱き抱えながら凛子は吉三郎を睨み付ける。これほどの重体、カナ自身の不調以上に、きっと吉三郎に何かされたせいだと怒りをぶつけていく。

 

「……おいおい、そこでボクに振るのかよ? それは流石に冤罪だよ、冤罪……」

 

 もっとも、吉三郎からすればそれこそ言い掛かりである。

 

「ボクは何もしちゃいないよ。彼女が勝手に倒れて、血を吐いてるだけさ……」

 

 吉三郎は心底心外そうに、それでいてつまらなさそうに吐き捨てていく。

 

「まっ、色々と限界だったんじゃないの? 戦う前からヤバそうだったくせに、また妙な力を使ってこっちの動きを読んだりと、さらに無茶を重ねたみたいだったし……」

 

 実際、カナが天眼を発動するや手も足も出なかった吉三郎。

 あと一歩でトドメを刺されるところであった彼としてはありがたいことなのだが、あまりにも突然過ぎたため、喜びよりもどこか拍子抜けした気分であった。

 

 

 

 ——あ~あ……壊れちゃったか……。

 

 ——まっ、人間なんて所詮こんなもんだよね……。

 

 つい先ほどまで自分が追い詰められていたことを棚に上げ、吉三郎はどこか冷めた気分で血を吐く家長カナを見下ろす。

 既に彼の中に、カナへの屈辱や怒りはない。壊れた玩具に子供が関心を示さないように、カナに対する彼自身の興味も急速に薄れていく。

 

「ゴホッ、ゴホッ……まだ……私は……まだっ……ガハッ!!」

 

 それでも、倒れ伏しながらも。カナの射殺さんばかりの視線だけは変わらず、吉三郎を睨みつけていた。

 痙攣する腕をどうにかして動かし、取りこぼしてしまった槍を拾い上げようと試みている。

 

 その様子を、吉三郎は一応油断なく観察する。

 もはや家長カナへの興味などほとんどなかったが、やはり急死に一生を得たという事実だけは認めなければならない。

 

 ——死にぞこないのくせに頑張るね……。

 

 ——このまま捨て置いてても勝手にくたばってくれそうだけど……。

 

 ——……うん、やっぱ殺そう!

 

 吉三郎はあっさりと、カナの命をこの場で奪うことに決めた。

 いつもの彼であれば、もっともっと苦しめてやろうと。たとえ相手が死に体だろうが、最後の瞬間までその断末魔を味わい尽くそうとするだろう。

 

 

 だが、吉三郎の中の何かが——彼女をここで殺さなければと訴えていた。

 

 

 この場で確実に息の根を止めておかなければ、後々面倒なことになるという予感。

 こんな感覚は吉三郎にとっても初めてであったが、彼はその本能という名の警告に従う形で——手にした骨刀を無造作に振り下ろそうと持ち上げる

 

「だ、ダメっ!? やらせない!!」

 

 それに対抗するつもりなのか、白神凛子が両手を広げながらカナを背に庇う。

 

「やれやれ、それで庇っているつもりかな? はっ!! 残念だけど、盾にすらならないよ~!」

「……っ!!」

 

 その様子を無力な小娘の抵抗だと吉三郎は笑い飛ばし、凛子の口からは己の無力さを痛感するような声が漏れ出る。

 

「ふ、ふっふっふ……それそれ……そういう顔がたまんないんだよね~!」

 

 凛子の絶望する様を見ることで、吉三郎は優越感を取り戻していく。

 

 そう、これだ。こういった人間たちの絶望こそが、自分の心を満たしてくれるのだと。

 吉三郎は自分の性——己の生まれてきた意味をしみじみと感じながら、凛子ごとカナを叩き潰そうと骨刀を振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがその刹那——。

 

 

「……ん? なんだ……この音?」

 

 

 鋭い聴覚を持った吉三郎の耳が、外から聞こえてくる『異音』を拾い上げる。

 校庭ではあの陰陽師の春明が、陽動として連れてきていたオキクムシ率いる大群と交戦している筈。戦闘音が未だに絶えていないことから、まだ足止めが続いていることも容易に想像できる。

 

 もう暫くの間、春明がこちらに来ることはない。ない筈なのだが——。

 

「なんだこれ? 自動車……? なんでこっちに?」

 

 異音の正体は『自動車の駆動音』であった。

 現代ではとても馴染み深い音響ではあるが、何故その音が——真っ直ぐこちらへと突っ込んでくるのかが吉三郎には理解できなかった。

 

「……はぁ、はぁ……なに……?」

「い、いったい何が!?」

 

 やがて、その音はカナや凛子にまで聞こえるほど近くにまで迫ってくる。どうやら彼女たちの仕込みというわけでもないらしい。

 

 春明でもなければ、カナたちですらない。ではいったい誰が?

 などと考えている間にも——。

 

 

 

 

 

 凄まじい轟音上げながら突っ込んできた自動車が——体育館の入り口へと乗り上げていた。

 

 

 

 

 

「…………はっ?」

 

 

 思わず呆気に取られる吉三郎に対し——。

 

 

 

 

「——離れなさい」

 

 

 

 一人の教師が声を張り上げる。

 

 

 

「——私の生徒から……離れて!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——どうする……私は……どうすれば!? 

 

 凛子がカナのことが心配だと体育館に駆け出した時。横谷マナは暫しの間、そこで立ち尽くしていた。校内に残る唯一の大人として、自分が何を為すべきなのかを悩んでいたのだ。

 

 ——私は……ただの人間。妖怪相手に……出来ることなんて……。

 

 だが、彼女は本当にただの一般人に過ぎない。

 

 カナや春明のように、人間でありながらも戦う術を持つべく特別な修練を積んだわけでも。凛子のように曲がりなりにも半妖というわけでもない。

 そもそも彼女はいったい何が起きているのか、それすらも完全に把握しきれていない。

 完全に蚊帳の外、どうあっても当事者にはなれない立場にいる。そんな自分がこの騒動に首を突っ込んだところで、何かが変わるとも思えない。

 

 ——きっと他のみんなと一緒に……避難しているのが一番いいのよね……。

 

 凛子からも他の生徒たちと一緒にいてくれと頼まれた。

 懸命に足掻いているカナや凛子たちを信じ、邪魔にならないように引っ込んでいることが、『巻き込まれた一般人』としては最善の行動なのかもしれない。

 

 

 けれど——。

 

 

「……そんなこと! 出来るわけないじゃない!!」

 

 思わず声に出てしまったが、それだけ横谷マナにとって、この事態に何もせずにいるのは耐え難いことであった。

 全てを教え子たちに任せ、自分だけのうのうと安全地帯で待機していることなど。

 

 教師としても——友人を妖怪に奪われた個人としても、決して納得できるようなことではない。

 

 ——綾子……。

 

 マナが学生時代に失った友人・綾子。

 彼女の魂はここ最近まで〈切裂とおりゃんせ〉という恐ろしい〈怪談〉に囚われ、ずっと苦しんでいた。

 

 その囚われた魂を解放してくれたのが——奴良リクオだ。

 彼がその身を挺して妖怪に立ち向かい、綾子や大勢の人の魂をとおりゃんせの魔の手から解き放ってくれたのである。

 

 本当に、本当に感謝している。だけどそれでも——後悔は残っている。

 

 ——あの日……私が目を閉じなければ……綾子を一人にすることもなかったのかな……。

 

 綾子の魂は救われはした。だけど、彼女の命は戻ってはこない。

 十五年前のあの時、あの瞬間。もしも自分にもっと勇気があれば、違った行動を取っていれば。

 

 親友が今も生きている。自分も彼女と同じ場所にいられた。そんな未来があったのかもしれないのではと。

 意味のないことだと分かっていても、考えてしまうのだ。

 

 ——もういやよ!!

 

 ——……あんな思いは、もうたくさんっ!!

 

 その後悔が、マナという人間をこの瞬間に突き動かす。

 ただ待っていることなど出来ない。何か——何か自分にも、彼女たちの助けになることがないかと。

 

 

 周囲を見渡し——彼女はそれを見つけてしまう。

 

 

「あっ……!」

 

 

 マナの視界の先に広がっていたのは——浮世絵中学教員用の駐車場だった。

 そこに一台の自家用車が停められたままになっており、彼女はその車に見覚えがあった。

 

「あれは、確か教頭先生の……」

 

 浮世絵中学の教頭。教師間からも、生徒からもあまり評判のよろしくない先生。数日前に新車に変えたとか、同僚たち相手に自慢げに語っていたような覚えがするが——。

 

「……? 鍵が……空いてる?」

 

 その自慢の愛車のドアが空いていた。鍵もつけっぱなしである。

 いったいどのような経緯があったかは不明だが、教頭は自分の愛車を乗り捨てたまま、どこかへと逃げてしまったらしい。

 生徒を放置し、自分だけ安全地帯に逃げたであろう教頭に僅かに怒りが込み上げるが——。

 

 

 マナはこれを、一つの『天啓』と受け取る。

 

 

「…………すみません、教頭先生。この車……お借りします!!」

 

 

 本来であれば許されるようなことではないだろうが、今は非常時だ。

 生徒を助ける何かのきっかけにでもなればいいと、マナはその自動車を拝借。

 

 エンジンを掛け、そこからどこへ向かうかを暫し考え込む。

 

 

「——死ねぇええええええええ!!」

「……土御門くんは……大丈夫そうね、あの様子なら……」

 

 真っ先にマナの目に止まったのは、校庭の方で妖怪たちの大群を相手取っている土御門春明。だが彼は圧倒的な力で妖怪の群れを押し潰している。

 

 あそこに割って入るのは、だいぶ気まずい——もとい、邪魔にしかならないだろう。

 ならばあとは、カナたちのいる体育館しかない

 

「綾子……私に……力を貸して!!」

 

 マナは今は亡き親友に祈るように呟きながら、次の瞬間——車のアクセルペダルを踏む付ける。

 

 多少の傷ならばやむなしと、体育館の入り口に向かって思いっきり車を突撃させたのだ。

 

 

 

PM 7:45

 

 

 

 こうして、奇しくもカナたちの危機に横谷マナは乱入した。

 彼女が自動車で体育館に飛び込むや——カナと凛子の二人が、まさにあの少年の妖怪にトドメを刺されようとしている瞬間だった。

 

 

「——離れなさい……私の生徒から離れて!!」

 

 

 その光景を目撃した瞬間、マナの中で何かが吹っ切れる。

 もはや躊躇している場合ではないと、アクセルペダルをさらに勢いよく踏む込み——。

 

 

 教頭から無断拝借した自動車を、真っ直ぐ吉三郎へと突っ込ませていく。

 

 

 

 

「………………はっ? ちょっ……ちょっと待っ——」

 

 

 呆気に取られたままの吉三郎は呆然と立ち尽くす。

 

 彼にとって、人間とは自身の欲求を満たすための玩具に過ぎない。

 人間の苦しむ様を見たい、その悲鳴を聞きたい。己の欲望に正直に、それが山ン本の一部である彼の願望。

 

 その願望を満たすため、そのために彼は多くの人々の命を、尊厳を踏み躙って来た。

 

 無様に逃げ惑う人間。

 惨めに命乞いをする人間。

 何も出来ずに無価値に死んでいく人間。

 

 それこそが、吉三郎の知っている『人間』という生き物の全てだ。

 カナや春明、花開院家の陰陽師といった歯向かってくるような人間もいるが、あれらはあくまで例外に過ぎない。

 

 ただの人間如きに出来ることなどない。吉三郎はそれを経験と知っている。

 

 

 知っているつもりだった。

 

 

 ——……はっ……は? …………はっ?

 

 

 だからこそ、彼は咄嗟に反応できなかった。

 

 

 玩具でしかない人間が、自動車などという鉄屑の塊で突っ込んでくる?

 そんなことは、完全に吉三郎の理解の範疇外にあったのだから。

 

 

 

 理解できないことを前にしては、妖怪とて思考が停止する。

 

 

 

 結果として、吉三郎は横谷マナの運転する車に正面衝突。

 

 

 

 問答無用で——跳ね飛ばされることになったのである。

 

 

 

 

 

 




補足説明

 天眼
  雲外鏡の回でも説明は入りましたが、タイトルにもなっているので改めて。
  第五の神通力であり、簡易的な未来予知を可能とする代物。
  能力のモデルは『空の境界 未来福音』の瀬尾静音と前回はお話ししましたが、戦闘中に行使するとまた使用感も変わってくる。
  どちらかというと『コードギアス』のビスマルク。未来を読むギアスに近い感じになりますね。



 さて、次回で吉三郎との戦いに一区切りを付けます。
 それで吉三郎自身がどうなるかは、今の時点では伏せておきます。
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