家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ついに、ついに……この小説に『挿絵』が導入されることになりました!
タイトル画面のあらすじのところにひっそりと、『家長カナの巫女装束姿』が掲載されています!!
絵心のない作者に代わり素敵なイラストを描いていただいたiyo様には、この場を借り重ねてお礼を申し上げます。

デザインの方は通常の巫女装束の上に、修験者の特徴的な格好を重ねたもの。まさに『女天狗』と言われても違和感がない格好、下駄を履いているところもポイント高め!!
下の方は、巫女用の見慣れた袴ではなくミニスカートになっていますが、個人的には全然OK! 寧ろカナらしさが強調されている感じがとても良い!
つららの方が着物で露出度が低い分……カナはミニスカで生足を見せていくスタイル……ゲフンゲフン!
ちなみにスカートの下にはスパッツを履いています。神足で飛び回る以上、見えないようにするためにも当然の装備ですね!

今後はカナの戦うシーンなど。この姿をイメージして頂けると、よりこの作品を楽しめるかと。


さて、今回の話を読み進める前に一つだけ注意点を。
前話に目を通していただけた人ならお分かりになられると思いますが、今話でも『とある人物』がかなり過激な行動を取ることになります。
本人的にはやむを得ずという行動ですが、当然この話はフィクション。実際、こうなるかどうかという問題もありますが、絶対に試してみようとかは思わないように。
良い子も、悪い子も絶対に真似をしないようによろしくお願いします。



第百二幕  託された想い、その一太刀に込めて

PM 7:45

 

 

 

 唐突ですが自動車で人を轢いた場合、『過失運転致死傷罪』あるいは『危険運転致死傷罪』によって罰せられる可能性があります。

 

 過失運転致死傷罪が適用されれば、「七年以下の懲役」「七年以下の禁固」「百万円以下の罰金」のいずれかが課せられます。

 危険運転致死傷罪であればそれもよりも重く、「人を負傷させた場合、最大で十五年以下の懲役」「人を死亡させた場合、最大で二十年以下の懲役」が課せられます。

 より悪質、無免許などの要素が加わればさらに罪は加重され、より重い刑罰が課せられることになるでしょう。

 

 自分には関係ないと、そう断じることは油断に他なりません。

 万が一、人を轢いてしまった場合も決して己を見失わず、自身ができる最善の行動を取りましょう。

 轢き逃げなど人命救助を疎かにするなど、対応を間違えればさらに重い責任が課せられることになります。

 

 この現代を生きる人間であれば、これらの問題から目を背けることは出来ません。

 車という便利な移動手段が、同時に凶器にもなるのだということを常に意識した上で、運転手は最新の注意を払った安全運転を心掛けましょう。

 

 

 

 

 

 まあ、それらの話も——あくまで人間を相手に事故を起こした場合に限られる。 

 

 現時点の日本の法令に『妖怪を轢いた場合』の罰則は存在しない。

 寧ろ、それが『どうしようもない外道』であれば、賞賛されるべき勇気かもしれない。

 

 少なくとも、横谷マナ。彼女の行った危険運転には人命救助という正当性があった。

 

 家長カナと白神凛子。

 二人の掛け替えのない教え子たちを守るため、彼女は自身が運転する自動車で腐れ外道を跳ね飛ばしていく。

 

 

 

「……っ!」

 

 体育館に自動車で乗り上げ、さらには吉三郎を正面衝突にて跳ね飛ばしたマナ。

 自動車という巨大なボディに守られているとはいえ、衝突の衝撃は運転している側のマナにもそれ相応なものとして伝わってくる。

 さらには精神的なショックも。姿形がほぼ人間である吉三郎を轢くという行為に、善良な彼女の良心がズキリと痛む。

 

 しかし——。

 

「よ、横谷先生……? ゴホッ、ゴホッ!!」

「!! い、家長さんっ……」

 

 マナの乱入に呆気に取られている少女たちの内の一人、家長カナが激しく咳き込み。見れば彼女の巫女装束は血塗れで、咳と一緒に吐血まで溢していた。

 生徒のそんな姿を見せられた刹那——胸に抱いた罪悪感は、あっという間に沸騰しそうな激情へと塗り替わる。

 

「私の生徒に……家長さんに——何してるの!!」

 

 踏み掛けていたブレーキペダルから足を離し、代わりにアクセルペダルを力のかぎり踏み付ける。

 吹っ飛んでいった吉三郎を追い討ち、さらに押し潰すような勢いで車を走らせていく。

 

「ちょっ……!?」

 

 これにやはり咄嗟に反応ができない吉三郎。

 ただの人間がこちらに突っ込んでくるという状況に思考が追いついてこないというのもあるが、純粋に車に轢かれたことに目を回している。

 

 

 基本的に妖怪には『畏』の伴わない、あるいは『陰陽術』といった特殊な力での攻撃以外ほとんど決定打にはならない。斬られようが殴られようが、銃で撃たれようが、高圧電流で感電しようが。

 よっぽど力の弱い妖でもない限り、それが原因で妖怪が消滅するようなことなどはない。

 

 だが、痛いことに変わりはない。

 自動車に突き飛ばされるという、人間であれば即死してもおかしくない衝撃。致命傷にこそならないものの、数秒は怯んで動けないでいる吉三郎。

 

 

「——このっ……調子に乗るなよ!!」

 

 もっとも、彼とて妖怪の端くれ。自動車に引きずられながらも、何とかボンネットの上に身を乗り上げ。

 反撃とばかりに——手にしていた山ン本の骨で造られた骨刀を振り下ろす。

 

「っ……!!」

 

 これに横谷マナが脅威的な速度で反応を示した。

 

 自分の命が脅かされる危機的状況の最中、彼女自身の感覚が鋭敏になっていたのか。吉三郎が骨刀を振り下ろすよりも早くに、運転席のドアを開き、車から飛び降りて脱出する。

 おかげでマナ自身は多少の擦り傷程度で済んだ。だが自動車——教頭先生から無断で拝借した彼自慢の愛車は、吉三郎の一撃を真正面からまともに受け。

 

 

 一撃で叩き潰され文句なしのスクラップ——完全な廃車コースとなった。

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……」

「せ、先生!! ……だ、大丈夫ですか?」

 

 車から咄嗟に飛び出てきたマナは、転がりながらもカナたちの側へと寄り添う。かなり無茶な行動を起こした理科教師に度肝を抜かれながらも、凛子は彼女に怪我がないかを心配する。

 

「私は大丈夫よ……それよりも! 家長さんはっ!?」

 

 だがマナは自分のことなどよりも生徒たちの、とりわけカナのことを心配する。血を吐いているというだけでも尋常ではないのだが、マナが思っている以上にカナの容体は深刻だった。

 

「……せん、せい……」

 

 その場に膝を突く彼女は全身が痙攣し、顔色も死人のように青褪めていた。

 既にその声は途切れ途切れ、辛うじて意識を保っているような状態だということが、その弱々しい声からも察せられてしまう。

 

「そ、そんな……! 家長さん、そんな身体で……」

 

 少女のあまりにも痛々しい姿にマナは涙すら出てきた。

 大切な生徒がこんなになってまで戦っているというのに、一時でも何もせずに大人しくしていようなどと考えた自分が恥ずかしくなってくる。

 

「白神さん、手伝って!! 早く家長さんを病院に——」

 

 これは一刻も早く病院で診てもらわなければならないと。特に怪我を負った様子もない凛子に、手を貸してくれと声を掛ける。

 

 

「——いやいや……行かせるわけないでしょ?」

 

 

 だが無理だ。まだ——吉三郎がそこにいた。

 

 残骸と化した自動車を押し退けながら、カナやマナたちの方へとにじり寄ってくる。自動車をぶつけられたことで衣服などはボロボロだが、身体そのものは全くの無事である。

 

「まったく……随分と派手な真似をしてくれるじゃないか……」

 

 呆れたようにため息を溢しながらも、吉三郎のこめかみは引きつっていた。

 マナの予想外の行動に完全に意表を突かれ、苛立ちを感じているのは明白だ。手にした骨刀を体育館の床にガリガリと引きずりながら、彼女の命を刈り取ろうと一歩ずつ近づいていく。

 

「くっ!?」

「…………」

 

 これに凛子の表情がさらに苦々しいものへ、マナの顔が無表情のまま固まる。

 今ので致命傷にならない吉三郎を前に、彼女たちは改めて人間と妖怪との絶対的な力の差を痛感させられた気分だろう。

 

「まったく、無駄な足掻きで……手間を取らせないでくれるかな?」

 

 ご立腹といった様子で吐き捨てる吉三郎。だが、このときの彼には未だに余裕のようなものがあった。車で突っ込んできたことには驚かされたものの、流石に今ので打ち止めだろうと。

 

 

 これ以上の抵抗などできる筈もないだろうと、やはり人間を侮っていた。

 

 

「——あら。なら……これならどうかしら?」

「あ……?」

 

 だがマナは不敵にも笑みを浮かべながら、羽織っていた白衣のポケットから——何か小さな箱を取り出す。

 その箱から素早く、先端が赤い棒を取り出し——火を付けた。

 

 マッチ棒だ。

 理科教師である彼女が今日の授業で使用し、たまたまポケットに入れていたままのそれを取り出したのである。

 

 それをどうする気かと思ったその矢先。彼女は火が付いたままのマッチを——ポイっと投げ捨てた。

 

 

「…………!?」

 

 

 地面に落ちていくそのマッチを、スローモーション越しの視界に捉える吉三郎。

 

 火が付いたマッチの落ちる先には、黒い液体がこぼれ落ちていた。

 そう、廃車と化した車から漏れ出ていた——『ガソリン』だ。

 

「白神さん!! 家長さん——離れてっ!!」

「へっ……?」

 

 マッチを投げ捨てた直後に、マナは凛子とカナを無理矢理に引っ張っていた。少しでも、ほんの僅かでもその場から距離を置かなければ——巻き込まれるかもしれないからだ。

 

 

 正直いって『それ』がそう都合よくいくか、上手くいくかどうかは賭けだった。

 だが、理科教師であるマナには、その危険性が十分に理解できた。引火性が高いガソリンなどの近くに、火が付いたものを近づけるとどうなるか?

 

 結果は——『大炎上』である。

 ガソリンの蒸気と空気が混ざり合った爆発混合気を火元に、炎は瞬きの間に燃え広がっていく。

 

「——熱っ!?」

 

 炎の着火源の側にいた吉三郎が身をよじる。炎に耐性などない彼にとっては、その高熱に晒されるだけでも動揺してしまう事態なのだが。

 

 

 さらにここから先——マナにとっても想定外の出来事が起きる。

 

 

 彼女としては『火が付いて相手に隙が出来れば……』くらいにしか考えていなかった。だが燃え広がった炎は、床に溢れていたガソリンを伝い——その火を自動車本体にまで届かせる。

 

 まさに導火線が炎を、ダイナマイトの元にで運ぶかのように——。

 

 

 そして、閃光が迸った——次の瞬間。

 

 

 自動車が、爆発する。

 

 

 

「————!!!?」

 

 

 

 燃え上がる炎に、爆風。

 衝撃で飛び散る破片が容赦なく吉三郎を襲い——その身を吹き飛ばしていく。

 

 

 

PM 7:50

 

 

 

「せ……先生、これは……や、やりすぎじゃ……」

「そ、そうね……こんなことになるなんて……思ってもなかったわ」

 

 爆発後も体育館内でさらに燃え続ける自動車。その場に蹲りながら、その光景を離れたところから呆然と見つめる凛子とマナ。

 

 凛子はマナがここまで過激な行動を取るとは思っていなかった。もっとも、マナ自身もここまでの大事になるとは思ってもなかった。

 生徒を守るためとはいえ、校内にここまでの被害を出したこと。責任問題、賠償、懲戒処分、あるいは解雇。ありとあらゆるネガティブなワードがマナの脳裏に過っていく。

 

「と、とにかくっ!! 家長さんを連れて、早くここから避難しましょう!!」

「は……はい!」

 

 だが、当面はそんなことを考えている猶予もない。

 今は一刻も早く、カナを連れてこの場を離れなければ。炎はさらに燃え広がっており、このままの勢いなら、そう時間も掛からずに体育館は全焼してしまうだろう。

 炎に巻かれないうちに早くこの建物から脱出しなければと、凛子もマナの言葉に同意する。

 

 

 

「——……ふざけるな」

「——っ!!」

 

 

 

 今度こそはと。正直なところ、そう思っていた。

 流石にこれならば、倒せないまでも戦闘不能くらいには追い込んだろうと、マナも凛子も安堵しかけていた。

 

「ふぅ~……ふしゅっ!!」

 

 だが、吉三郎は立っていた。

 自分たちと違い爆風の直撃を受けたというのに、それでも彼は立ち上がってきた。

 

 流石に無傷というわけではない。息も荒く、ぷすぷすと体から焦げたような煙を上げている。よっぽど余裕がないのか、その口調もかつてないほどに乱暴なものへと様変わりしていた。

 

「人間風情がっ!! 調子こいてんじゃねぇぞ!!」

 

 もはや、見せかけの仮面は完全に剥がれ落ちた。

 吉三郎は怒りを撒き散らすかのように——己の能力を無差別に解放する。

 

 

「——阿鼻叫喚地獄っ!!」

 

 

 地獄の亡者の嘆き、死者たちの悍ましい怨嗟の叫び。カナや春明なら、気合いや根性で跳ね除けるだろうが、ただの人間の精神で耐えられる代物ではなかった。

 

「なっ……なに、これ? ……い、いやあああああ!!」

「ぐ、ぐうぅうううううう!?」

 

 凛子もマナもこれには耳を塞ぎ、どうしようもない不快感に頭を抑えて蹲っている。だが聴覚を閉じようとしても、その絶叫は彼女たちの脳髄を直接揺さぶる。抵抗は無意味だ。

 

「死ねっ!! 死ねっ!! このまま三人まとめて……!?」

 

 二人の女性に地獄を与えながら、吉三郎は動けなくなった獲物にトドメを刺そうと骨刀を握り直す。

 しかしその瞬間、彼はようやく我に返り、とあることに気づく。

 

 

 

 ——………! い、いない!! あの女、どこに行った!?

 

 そう、ほんの少し。僅かに目を離した隙に——家長カナがいなくなっていた。

 眼前には苦痛にのたうち回っている女が二人しかいない。もう一人、早急に殺さなければならない筈の相手がどこにも見えないのだ。

 

 一瞬、「逃げたのか!?」などという考えが浮かぶも、その思考は数秒で覆される。

 吉三郎の聴覚が捉えた。上から『何者』かが襲い掛かってくる物音を——。

 

「上かっ!?」

「——!!」

 

 天井を見上げれば案の定、いつの間にか飛び上がっていた家長カナが槍を振りかぶっていた。

 

 最後の力を振り絞り『神足』で飛翔したのだろう。一瞬だけ髪が白くなっていたが、すぐに元の茶髪に戻る。もはやこれ以上、神通力を行使する余裕がなくなった証だ。

 あとは自由落下に任せて、槍の一撃を叩き込むしかカナに勝ちの目はない。

 

「——はぁああ!!」 

 

 あらん限りの雄叫びを上げながら、カナはその一閃を吉三郎に届かせようと全力を振り絞る。

  

 

 しかし——。

 

 

「舐めるなよ!! 小娘がぁっ!!」

 

 カナの一撃が入るよりも早く、吉三郎の骨刀の一撃が振り上げられた。それにより、彼女の手にしていた式神の槍が——木端微塵に粉砕される。

 

「これで……終わりだ!!」

 

 吉三郎が興奮気味に叫ぶ。

 

 もはや家長カナは神通力も使えず、唯一の武器であった槍も失われた。戦う覚悟や修練を積んでいようとも、流石に素手ではどうにもならない。

 

 もう、終わりだ。歴然たる事実として、もはやカナには吉三郎を害することなど不可能。

 抵抗も出来ず、この先はなぶり殺しにされる未来しか残されていない——。

 

 

 

 今までの、カナであればそうだっただろう。

 

 

 

「…………っ!!」

 

 まだ、まだカナの目は死んでいなかった。

 槍を粉微塵に吹き飛ばされながらも、彼女は何とか無事地面へと着地。息をつく暇もなく——懐に手を伸ばし、隠し持っていた『それ』を取り出す。

 

 最後の最後、本当に追い詰められた今だからこそ取り出したそれは——『小刀』だった。

 ずっとずっと、御守りのように懐に忍ばせていたそれを、カナはこの瞬間に鞘から抜き放つ。

 

「刀っ!? だが……そんなもんにっ!!」

 

 武器を隠し持っていたこと自体に驚きを露わにしつつ、それがどうしたとばかりに。吉三郎は返す骨刀の一撃でカナの悪あがきを粉砕しようと試みる。

 

 振り上げられる小刀、振り下ろされる骨刀。

 どちらが潰されるかなどは、火を見るより明らかだっただろう。

 

 

 

「——なっ……なにぃいい!?」

 

 しかし吉三郎の予想に反し。小刀は骨刀を——バッサリと切断した。

 無骨な、頑丈なだけが取り柄であった雷電の骨から造り出された武装が、完全に競り負けたのだ。

 

 あまりの異常事態に、吉三郎の頭の中が真っ白になる。

 

 ——ば、バカなっ!? バカなバカなバカな!!

 

 ——いったい……何なんだ!? この刀はっ!?

 

 応えてくれるものなどいない『何故?』という疑問が脳内を埋め尽くす。その致命的な隙を、カナが見逃す筈もなく。

 

 

 

「——吉三郎ぉおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 執念から繰り出される、彼女の小刀の一振り——。

 

 その一閃が、吉三郎の顔面を縦一文字に斬り付けていく。

 

 

 

「ガッ……ハッ……ハッ!?」

 

 吉三郎の端正だった顔に傷がつく。

 それはいい。はらわたが煮え繰り返るほど屈辱的ではあるものの、小さな刀で斬りつけられた程度であれば、まだ問題もなかった。

 

 だが刹那——切られた箇所から、吉三郎の妖気が噴水のように噴き出していく。

 山ン本の耳・吉三郎という妖怪を構成する要素が、彼の『畏』が、その傷口から激しい勢いで抜け落ちていく。

 

「ば、バカな……こんな……これはっ……!!」

 

 それがいったい、どういった効力なのかは吉三郎も知ってはいた。

 だが自分が『それ』によって斬られるなど、そもそもその『刀』をカナが所持していることすら想定外だった。

 

 

「——ね、祢々切丸? な、何で……何でお前なんかが、その刀をっ!?」

 

 

 妖怪だけを斬り、斬った相手の妖力を霧散させてしまう。それは紛れもなく——妖刀・祢々切丸の持つ特徴に他ならない。

 だが、その刀は奴良リクオの愛刀。ましてや、地獄より再誕した安倍晴明の手によってその刀身は粉々に砕かれた筈である。

 

 それを何故、彼女が——家長カナが手にしていたのか?

 

 

 

数か月前

 

 

 

『——カナちゃん……ちょっといいかな?』

『リクオくん?』

 

 ある日のことである。自分自身を強くするため、奴良組に修行のために訪れていたカナに、昼のリクオが声を掛けてきた。

 

 その日、カナとリクオは奴良組本家の地下隠し道場にいた。

 カナが奴良組の面子に稽古を付けてもらうため使用しているその道場は、夜になるとリクオが——何やら誰かと激しい稽古に没頭する。

 その稽古の規模があまりにも激しすぎるため、カナは夜に道場を使用することは控えていた。

 基本的に日の高いうちにだけ道場を使わせてもらい、夜になるとリクオと交代する。そういった流れが二人の間で定番化しつつあった。

 

 その交代時。まだ夕日が完全に沈みかけていない時間帯に、リクオは『それ』をカナに手渡してきた。

 

『これを……キミに持っておいて欲しいんだ……』

『……刀? リクオくん……これって?』

 

 リクオの差し出してきたそれは、一見するとただの護身用の小刀のように見える。だが、その刀を手にして感じ取れる『陽の気』に、カナはよもやと目を見開く。

 

『リクオくんっ……この刀って!?』

『そう…… 祢々切丸だよ』

『——っ!!』

『まあ、正しくは……その試作品って、話だけど……』

 

 

 京都の決戦時。安倍晴明の手によって祢々切丸は粉々に砕かれてしまった。晴明を倒すと決心したリクオだが、このまま祢々切丸抜きで奴との決戦に挑むのはあまりにも無謀。

 故に奴良リクオは奴良組の代表として、花開院家に『新しい祢々切丸』の製作を依頼していた。天才・十三代目秀元が生涯最高の一本と称した祢々切丸。

 

 それを越える刀を打って欲しいと。

 

 その刀の製作を依頼されたのは、妖刀造りの天才・花開院秋房。

 彼はリクオの頼みを引き受け、さっそく妖刀造りに没頭することになる。晴明が復活するとされる一年以内に、何としても刀を完成させなければならないと。

 

 十三代目秀元が師匠として色々と伝授してくれたこともあり、刀の製作自体は順調に進んだとのこと。

 だがそれによって打たれた刀は、ただの祢々切丸。あくまでそれまでと『同程度』のものでしかなかった。

 

 晴明に勝つためには、さらにそれを越える一振りでなければならない。秀元から全てを教えてもらった後も、刀の出来栄えは一向に良くならない。

 

 このままでは駄目だ。

 秋房は刀を真の意味で完成させるため、花開院本家を離れてとある場所へと旅立っていったという。

 

 

 リクオが手にしていたその小刀は、秋房が本家を出る際、餞別として置いていった試作品だという。試作品とはいえ、それはかつての祢々切丸と同じ能力・性能を秘めているわけだが——。

 

『けど……その刀はリクオくんが持っていた方がいいんじゃ……』

 

 カナは純粋に戸惑った。

 リクオのために造られた刀をどうして自分などに。試作品とはいえ、それはリクオが持っていてこそ最大限の力を発揮できるのではないかと、刀の受け取りを拒もうとした。

 

『いいんだ。刀だけに頼るようじゃ……この先の戦いでは通じなくなる。ボクも……ボク自身がもっと強くならないといけないんだ』

 

 しかし、リクオはあえてその試作品を手にしなかった。その理由は、彼が今も行っている修行の内容と関係しているらしい。

 その修行が中途半端な状態のままでは、祢々切丸を手にしたところでその力に依存してしまうと。リクオはあえて、今の段階で祢々切丸を手にすることを拒否する。

 

 その代わりに——その刀をカナへと託したのである。

 

『正直言うと……カナちゃんに武器なんて手にして欲しくない。キミに戦って欲しくないと……今でも思ってる』

『!!』

 

 その際、リクオはカナに対する自らの正直な気持ちも一緒に打ち明けていく。

 

『カナちゃんは……今までだって、ずっと傷付きながら戦ってきた。そんなキミがこれ以上傷付くなんて……ボクには耐えられない』

『…………』

 

 それが奴良リクオの嘘偽りない本音だ。

 家長カナという少女のこれまで歩んできた過酷な人生を思えばこそ。これからの幼馴染の平和を願うことこそが、リクオとしては当然の想いだっただろう。

 

『けど……ボクたちの側にいる以上、きっとカナちゃんも戦いに巻き込まれてしまう。カナちゃんも……戦うことを、止める気はないんだよね?』

『…………うん』

 

 リクオの言葉に、カナはそう頷くしかなかった。

 彼には悪いが、カナ自身にも戦わなければならない理由がある。倒さなければならない敵がいる限り、彼女が武器を手放すことは出来ないのだ。

 

『ならせめて……この刀でキミ自身の身を守って欲しい!! 勿論、ボクが一緒のときは……ボクが絶対にキミを守る!! だけど、ボクの手が届かないところで、キミが戦わなければならないときがあるかもしれない!! そのときに、この刀を……何かの役に立ててくれれば——!!』

 

 

 

PM 7:55

 

 

 

 ——ありがとう……リクオくん。

 

 カナは心の中で、リクオに感謝を述べていた。

 あのときリクオがカナの身を案じ、この刀を託してくれたからこそ——この一太刀を吉三郎に浴びせることが出来たのだ。

 

 奴の憎たらしい顔面を斬りつけ、それが凛子やマナを守ることにも繋がった。

 

 ——……また、キミに助けられたね……。

 

 いつだって、カナはリクオに守られてきた。

 その身を直接危険から守られ、その心を支えとして守られ。こうして離れているこの瞬間にも、あのときの彼の判断によって、この窮地から救われた。

 

 ——ほんと……守られてばかりで……ごめんね……。

 

 いつも守られてばかりのそんな自分を、カナは不甲斐ないと感じていた。

 だがそれ以上に、彼との繋がりを実感できることが嬉しくて、とても心強くて——。

 

 

 そのまま、彼女は穏やかな笑みを浮かべながら——倒れていく。

 

 

 

 

 

「い、いたい……痛いぃいぃい!?」

 

 カナによって繰り出された祢々切丸の一撃。

 それは確実に、吉三郎という妖怪に多大なダメージを与えていく。斬りつけられた顔面を抑えながら痛い痛いと。

 過去に一度も感じたことのない激痛に、彼は呻き声を上げていく。

 

「っ…………」

 

 だがカナとて無傷ではない。その一太刀を浴びせた直後——力尽きたかのように、その華奢な身体が前のめりに倒れ込んでいく。

 

「カナちゃん!?」

「家長さんっ!!」

 

 倒れた彼女にすぐさま駆け寄る、凛子とマナ。だが二人が駆け寄るのとほぼ同時に、吉三郎も傷付けられた怒りを家長カナにぶつけようとする。

 

「よくもっ! よくもこんなっ!! 殺してやる!! 今すぐ殺じて——」

 

 受けた痛みを、屈辱を何十倍にしてでも返さねばと。その殺意の矛先がカナへと向けられていく。

 

 

「——死ぬのは……テメェの方だ!!」

「っ……!!」

 

 

 だが、吉三郎がカナを害そうとした直後。体育館の外から生えてきた『木々の茂り』が彼の狼藉を阻害する。

 吉三郎はカナに危害を加えることが出来ず、一時的な後退を余儀なくされた。

 

「ふぅ~……悪りぃ……遅くなった」

「土御門くんっ!!」

 

 謝罪を口にしながらその場に姿を現したのは、狐面・面霊気を被った土御門春明である。外の敵を片付け終え、ようやくカナの元へと援軍に来れた彼に、凛子の顔色が明るくなる。

 これでもう大丈夫だと。あとは何があっても、彼が何とかしてくれるだろうと。凛子の春明に対する信頼がその表情から見て取れた。

 

「…………」

 

 実際、春明という陰陽師を前にして吉三郎は何も出来ないのか。手で顔を押さえたまま、彼はその場にて立ち尽くしている。

 

 

「てめぇの面を拝むのも、これで最後だな——死ねっ!」

 

 

 そんな吉三郎へと、春明は一気にトドメを刺そうと陰陽師を行使する。もはや何かを喋る暇も、抵抗する暇も、逃げる暇も与えるつもりはなかった。

 

 春明の操る木々が、吉三郎の身を貫かんと迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ぐっぐぐ………ふ、ふふふふふふ……フッフッ——」

 

 

 一瞬、刹那、瞬く間に——。

 吉三郎の口から発せられていた苦悶の呻き声が——嗤い声へと変わる。

 

 

「——っ!!」

「——っ!!」

「——っ!!」

 

 その笑みを前にし、その場にいたものたち、全員の動きが止まる。

 凛子やマナは当然ながら、あの春明でさえもが——その壮絶な笑みを前に、背筋が凍っていた。

 

 

 

 それは、曲がりなりにも——『人間の形』をしたものがしてよい笑みではなかった。

 

 

 

「フフェ、ハハハハハハッ、ハッハッハッハ——」

 

 

『それ』の表情が——見えない。

 嗤っているということを理解出来るのだが、人間の視覚情報が、『それ』の表情を『顔』と認識することを認めなかった。

 

 それほどまでに、悍ましかった。

 それほどまでに、穢らわしかった。

 

 まさに地獄のような、禍々しく。黒くグチャグチャした、得体の知れないものがその顔の内側で蠢いている——『嗤い顔』。

 冥府の亡者の嘆きを聞かせる阿鼻叫喚地獄など。その笑みに比べれば、子守唄のように穏やかにすら感じられるだろう。

 

『それ』は追い詰められたこの瞬間にこそ、自らの内面を曝け出していた。

 他者に対して『悪意』しかない本質。カナが他心にて見破っていた、『それ』をここで潰さなければならないと感じた最大の理由こそが——これなのだ。

 

 今この瞬間、『それ』の内面は裏返っていた。

 心など読むことのできない常人たちにも、醜く凄惨たる『それ』の本質を強制的に理解させるかのように。

 

 

「…………!」

『…………!』

 

 春明と、妖怪の面霊気ですらも戦慄していた。『それ』に対し、常に抱いていた怒りも、憎しみさえも、得体の知れないものへの恐怖へと変わっていく。

 

 

「な……な、なにが……」

 

 先ほどまで勇猛果敢に立ち向かっていた横谷マナも腰を抜かす。

 あんなもの相手に、今の今まで自分は立ち向かおうとしていたのかと、後悔の念が押し寄せる。

 

 

「ハ、ハァハァッ……!!」

 

 凛子にいたっては、緊張のあまり過呼吸に陥っていた。

 息が出来ない。あれをまともに直視してしまったら——もう駄目だ。

 

 一般人の感性、まともな倫理観では『それ』の内面に、一瞬でも触れてしまっただけで気が狂いそうになる。

 いっそこのまま、死んだ方がマシなのではないかと。そんなことすら考えてしまい——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——先輩……大丈夫ですよ……」

「ハァ、ハァ……!? か、カナちゃん……?」

 

 

 そんな怯える凛子の掌に、カナの手がそっと添えられる。彼女は凛子を優しく諭しながら、臆さず『それ』——吉三郎という存在を、真正面に見据えていく。

 

 既にカナにとって、吉三郎の悪意など見知った事実だ。

 それが笑みという形になって表に出てこようが、奴に対するカナの憎悪が衰えることはない。

 

 常人なら発狂してしまいそうな『それ』の本質を前に、カナは堂々と吐き捨てていく。

 

 

「吉三郎……お前は……お前はここにいちゃ、生きていちゃいけない……!」

「————」

「必ず……必ず、私の手で殺す!! 絶対に……逃さない!!」

 

 

『それ』の存在を真っ向から否定し、自分がこの手で必ず始末すると力の限り宣言する。

 

 

 そんな、カナの言葉に——。

 

 

 

 

 

「——キミこそ……覚悟しときなよ」

 

 

 吉三郎は笑みを消して答える。

 

 

「……こんな屈辱は、生まれて初めてだ!! こんなっ……こんなっ……!!」

 

 

 笑みが消えたことで、代わりにその顔に浮かび上がったのは——激怒の表情。

 だが、その感情には『怒り』という説明が付く分、身の毛もよだつような恐ろしさはない。

 

 悪意しか持たない筈だった少年が、ほんの僅かな『敵意』をカナにだけ向けて叫ぶ。

 

 

 

「キミだけはボクが殺す」

 

 

 

「絶対に、絶対に……ボクのこの手で殺す」

 

 

 

 

 

「——絶対にだ」

 

 

 瞬間、吉三郎は音もなくその場から立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 吉三郎が立ち去っていく後ろ姿を、カナや春明は黙って見送るしかなかった。

 

 カナは単純に追うだけの余力が残ってなかったこと。春明は今のカナを放置することが出来ず、またこの場の後始末をしなければならなかったからだ。

 今もごうごうと燃え上がる自動車の火をまずは消すべく、春明は陰陽術で炎を鎮火する作業へと移行する。

 

「か、カナちゃん……」

「家長さん……貴方は……」

 

 春明が火を消している間、不安げな表情で凛子やマナがカナへと歩み寄っていく。

 

 彼女たちは純粋にカナの容体を心配していたが——それ以上に、あの吉三郎が残した最後の言葉に言い知れぬ恐怖を抱いていた。

 

 一瞬だけとはいえ、垣間見てしまった『アレ』の悍ましい本質。

 あんなもの、あんな得体の知れないものに命を狙われなければならないカナの境遇を心底から同情する。

 

 力になって上げたいと、何とかして上げたいと思いながらも、その一方で『アレ』に関わることは生理的な嫌悪感から拒絶しなければならない。

 彼女たちは、自分たちの不甲斐なさに心底申し訳なさそうにこうべを垂れる。

 

「……だいじょうぶ……ですよ」

 

 そんな罪悪感すら抱いていそうな彼女たちに、カナは心配無用とばかりに微笑みを浮かべる。

 

「お二人が……あいつに狙われるようなことは……もうありませんから……」

 

 

 

 

 

 カナは悟る。

 吉三郎のあの怒りよう、あれはもう自分にしか——家長カナという人間にしか目がいっていない。

 

 他のものを人質に利用しようだとか、復讐のために計画を立てようとか。そんな余計なことの一切を考える余地もなく、カナを『殺すだけ』しか思考することが出来ない。

 きっと吉三郎は今後、『カナだけ』を狙ってくる筈だと。似たような憎悪を胸に抱いている彼女だからこそ、その根底を理解出来てしまう。

 

 だから、凛子やマナが『アレ』と関わる必要はないんだよと。

 怯える二人に、そう優しく告げることが出来た。

 

 

 ——そう、これで……もう、誰かを巻き込むこともなくなる!

 

 ——正真正銘……一対一で……奴と決着を付けることができる筈だから……!!

 

 

 カナはそう確信できる事実に、安堵感に包まれていた。だがその一方で——。

 

 

 ——ああ、もうダメだ……さすがに……限界っ……。

 

 

 ここまで騙し騙しに維持してきた自分の意識。

 それが深い深い、眠りの中へと堕ちていくことを実感する。

 

 

 

「——ナ、ちゃん……!」

「——い……カ……」

 

 

 自分の名前を呼ぶ皆の声が聞こえた気もするが、それもどこか遠い。

 

 

 

 結局、この騒動が収まるまでの間——家長カナの、彼女の意識が戻ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

PM 8:00

 

 

 

 山ン本の耳・吉三郎——撤退。

 家長カナ——意識不明により、戦線離脱。

 

 

 

 




補足説明

 祢々切丸の試作品
  リクオから、カナに手渡された護身刀・祢々切丸。
  リクオが秋房に刀の製作を依頼してから半年、作中の時間軸が進んでいたことから『試作品くらい出来てるだろう』という考えで生まれた設定です。
  本来であればリクオが持つものでしょうが、百物語編の彼は『自分の畏を変える』修行をしていますので、中途半端に良い武器は必要ないと。その刀をカナに託しています。
  カナにとって、その小刀は『武器』というより『御守り』という意味合いが強くあります。
  最後の最後まで抜かなかったのはそのためです。

 横谷マナの行動力
  生徒を守るため車で妖怪を轢いたり、火を放ったり。
  相手が腐れ外道な吉三郎だから許された行為。
  重ねてになりますが、絶対に真似しないようにお願いします。

 吉三郎のキャラ造形
  今回の去り際の捨て台詞で分かった人もいるかもしれません。
  吉三郎というキャラの性格面のモチーフは、『ダイの大冒険』に登場するキルバーンです。
  卑劣で決して自分の手を汚さず。その一方自尊心が高く、自分を傷付けたアバンをどこまでもストーキング。
  先生をストーカーするキルのように、今後は吉三郎がカナをストーキングしていきます。
  ですが、とりあえず、今回の話で百物語編における吉三郎との対決は一時完結。
  カナも暫く気を失っておりますので、次回からは原作の流れをサクサクっと進めていきたいと思います。
  
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