家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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よし! この辺りの話は原作基準なのでスラスラ書けたぞ!!
オリジナルの話とか、一から考えるのは楽しいけど、辛いのよ……。

今更ですが、今回の百物語編の鬼ごっこは『制限時間』をそれなりに意識しています。描写が飛ぶ際、はっきりと何時何分と表記しているのもそのためです。
基本的にその時間を意識して話を進めておりますので、原作とは微妙にシーンの順序や描写の仕方が違ったりすると思いますが、そこはご了承ください。

ちなみに、今日この『ぬら孫』更新とまったく同時刻に『ゲゲゲの鬼太郎』の小説も更新しました!
久しぶりの同時更新、どっちがアクセス数を伸ばすかな……ワクワク!


第百三幕  檄鉄の雷電、蠱惑の珠三郎

PM 8:30

 

 

 

「——カナちゃん!! しっかりして!! カナちゃん!?」

 

 浮世絵中学保健室。白神凛子の悲痛な叫び声が響き渡る。

 

 山ン本の耳・吉三郎の襲撃を何とか乗り切った一行。一般生徒に犠牲者はなく、吉三郎にも手傷を負わせて退けることができた。

 体育館の一部が燃えたり、教頭のマイカーが完全にスクラップと化してしまったりと。それなりに物的被害こそあったが、何より大事な人命を守り抜くことができた。

 これもひとえに、家長カナや土御門春明が妖怪相手に奮戦してくれたおかげだろう。

 

 だが、最後まで戦い抜いてくれたそのカナが。戦いが終わるや、その場に力尽きて倒れてしまった。

 

「……うぅ……ぐっ…………!」

 

 カナはあれから一向に意識を取り戻す様子もなく、保健室のベッドで気を失っている間もうなされるかのように苦しんでいる。

 いったい、どうしてここまで苦しんでいるのか。どこか致命的な傷でも負ってしまったのかと、凛子は不安に胸が押し潰されそうになる。

 

「……くそっ!! どうなってやがる!?」

 

 これには土御門春明も狼狽する。

 

 彼はカナの傷を陰陽術で治療していた。しかし、もとより治療は彼の専門ではなく、そもそもカナはそこまで致命的な外傷を負っていたわけではない。

 かすり傷をいくらか塞いだところで、彼女の苦痛が和らいだ様子はない。現時点でカナの身体にどのような不調が起きているのか、それは春明にも分からなかった。

 

 もっとちゃんとした設備。病院などでカナの容体を詳しく調べる必要があるのだろうが——。

 

「——ダメだわ! やっぱり病院と連絡が付かない!!」

 

 それは無理だと、理科教師の横谷マナが焦った様子で手にしていた携帯電話をグッと握りしめる。

 

 カナが倒れてすぐに、マナは彼女を病院に連れて行こうと救急車に連絡を取ろうと試みていた。しかし、電話が繋がらないのだ。

 

 原因は——今も続いている外の騒動。

 百物語組の仕掛けたゲーム『鬼ごっこ』とやらの影響である。

 

 

 今現在、人間たちの多くはリクオを殺せと暴徒化しており、またそんな人間らを喰い殺そうと百物語組の放った妖怪たちが街中に蔓延っている。

 浮世絵中学校内では騒動が収まったものの、外の方では未だに混乱が続いているのだ。

 

 その影響なのか、救急ダイヤルに何度掛けても連絡が付かず。繋がったとしても『今は全車両出払っている』と断られてしまう。これも全て、暴徒となった人々が互いに傷つけ合い、妖怪らのせいで多大な死傷者が出ているからに他ならない。

 

 この鬼ごっこそのものをどうにかしない限り、カナが病院まで安全に運ばれる可能性は限りなく低い。

 もっとも、病院に運ばれたからといって彼女の苦痛が和らぐかどうかは別だが——。

 

 

 いずれにせよ、このままではカナの命も危ういかもしれない。

 

 

「カナちゃん……っ!!」

 

 大切な友達の危機を前に、凛子が祈るような思いでカナの手を握りしめた。そんなことをしても意味はないと、そう思いながらも縋らずにはいられない。

 

 ——カナちゃん!! カナちゃん!!

 

 心の中で何度も何度も、彼女の無事を祈ってその名を呼び続ける。

 

 

 そのときだった——。

 

 

「……! し、白神さん? あなた……それっ!?」

「えっ……?」

 

 その異変に気付いたマナが凛子に向かって声を上げる。

 凛子は目を瞑っていたために気付くことができなかったが、彼女の身体が——光っていたのだ。

 

 とても淡い輝き。本人ですらも目を凝らさなければ分からないほどだが、確かに光を放っている。その光は繋がれた手を伝い、カナの体をも包み込み始めた。

 

「…………すぅ~……」

 

 変化は劇的だった。

 あれほど苦痛にうなされていたカナの表情が穏やかなものへと変わっていく。顔色も良くなり、その口から静かな寝息すらこぼれ落ちていく。

 

「こ、これって……?」

 

 カナの体調が明らかに良くなっていることは喜ばしい。だが、何がどうなっているのか凛子自身が困惑している。

 いったい、白神凛子という少女の身に何が起きているのだろう。

 

 すると凛子のその異変に、陰陽師としての視点から春明が口を開いていく。

 

「…………白神、お前って……確か、白蛇の半妖だったよな?」

「え? あ……う、うん。そうだけど……」

 

 戸惑いながらも肯定する凛子。

 

 白神凛子はこの浮世絵中学の噴水に住まうとされる土地神。七不思議の一つにも数えられる『幸運を呼ぶ白蛇』の子孫である。

 だが子孫と言っても、彼女の中に白蛇の血は八分の一しか流れていない。妖怪としての戦闘力もなく、ほとんどただの一般人と変わりない存在。

 故に凛子自身も自分には何の力もない、所詮は何も出来ない妖怪もどきだと。皆と馴染むことができるようになった今でも、心の奥底では常に己の無力感に苛まれていた。

 

 しかし、そうではなかったのだ。

 

「なるほどな……白神! その調子でカナの手を握り続けてろ!!」

「えっ……?」

「それがお前の妖怪としての力……白蛇の『畏』だ!」

 

 春明の推察が正しければ、カナの具合が良くなったのも凛子の能力だという。

 彼女の中に流れる白蛇の血が、接触した相手であるカナの運気を良い方向へと導いているのだ。

 

 それは他の妖怪でいうところの、座敷童子に近い効果があった。

 座敷童子という妖怪も傍にいる限り、決してそのものに不幸が訪れることはない。どんな重傷を負おうが、必ず回復して元の元気を取り戻すという。

 

 それと全く同じことが——今の白神凛子にも発現しているのだろう。

 

「……わ、私の……力? 私が一緒にいることで……カナちゃんが助かるの?」

 

 その事実に、最初は戸惑いしかなかった凛子。

 だが次の瞬間——彼女の双眸からは、歓喜の涙が止めどなく溢れ出していく。

 

「そっか……私が、私なんかでも……カナちゃんの助けになれるのね……っ!」

 

 彼女は嬉し涙を流しながら、さらに強く祈りを込めてカナの手を握りしめていく。すると光は強まっていき、カナの顔色がさらに快方へと向かっていく。

 

 これでカナの不調が何もかも解決されたわけではないだろう。彼女は今も気を失ったままで、一向に目覚める気配はない。

 だがその表情はどこまでも穏やかで、少なくともここから具合が一転して悪くなることはないだろうと信じられるものだった。

 

 

 

 ——良かった……ほんとうに……!

 

 凛子はずっと、自分には何もできないと思っていた。

 妖怪の血を受け継ぎながらも、何にもできない半妖と蔑まれる日々もあったことが、彼女の無力感に拍車を掛けていた。

 

 体質的に白い鱗しか引き継ぐことのなかった遺伝。いっそのこと、白蛇の血などなかった方がと——そう考えたことも一度や二度ではない。

 

 しかしこのとき、この瞬間。凛子は生まれて初めて、自分に白蛇の血が流れていて良かったと、心の底から思うことができた。

 自分の中の白蛇の血が、大切な友達の命を救うことになるかもしれないのだから。

 

 

『——先輩、知ってますか? 白蛇の鱗に触れると、幸福になれるっておはなし』

 

 

 初めて出会ってとき、カナから言われた言葉が今になって思い出される。

 

 そう、自分は白神凛子。その鱗に触れた人を幸福にする白蛇の半妖だ。

 

 きっとカナのことも不幸にはしない。

 必ず幸福にしてみせると、その鱗をカナの手に触れさせていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……!」

「リクオ様っ! 大丈夫ですか!?」

 

 家長カナが苦境を乗り越えようとしていた頃。離れた場所で戦っている奴良リクオやつららにも、さらなる苦難が訪れようとしていた。

 

 彼らは今も人間たちから追い回されながら、人々を救うために街中で暴れ回っている妖怪たちを斬り捨てている。

 だがいくら下っ端を片付けたところで、事態が解決に導かれることはない。

 

 やはり人間たちを救うためにも、このゲーム・鬼ごっごのルール通り『鬼』を見つけ出さなければならないのかと。

 諜報能力に長けた組員たちを信じて、鬼の——敵幹部の居所を知らせる報告を辛抱強く待ち続ける。

 

 

 ところが——。

 

 

「——っ!?」

「リクオ様っ! び、ビルの壁から……誰かが!?」

 

 凄まじいを轟音が、リクオたちの逃げ回っていた裏路地に響き渡る。

 眼前のビルの壁面を壊しながら、何者かがリクオたちの進路上に立ち塞がるように姿を現したのだ。明らかに人間業ではない圧倒的な破壊を前に、足を止めざるを得ないリクオたち。

 

 そんなリクオに対し——。

 

「——おっ? いたいた~」

 

 瓦礫の中からぬぅっと、大男が姿を現す。

 その大男は自信に満ちた表情を浮かべながら、奴良リクオと対峙していく。

 

 

「見ィつけた!! いや……見つかった? まあ、どっちでもいいや」

 

 

 

PM 8:40

 

 

 

「……そ、そんな…………そんな……ことが……」

 

 

 浮世絵中学、清十字団団長・清十字清継。

 彼は今、まさに人生そのものを揺り動かされるような、それほどまでに強い衝撃を受けていた。

 

 彼は〈件〉の予言を、直接告げられたその日からずっと怯えていた。

 自身のクラスメイトである奴良リクオ。彼が人と妖怪との狭間に生まれた半妖。この国を滅ぼすものだという言葉を——心の底から信じ込んでしまっていたのだ。

 

 それはネットに流された噂話を信じるのとは違う。〈件〉という怪異の口から直接聞かされた予言は、かなり強い〈言霊〉として人間の精神を操作する。

 そもそも、リクオを貶めるような噂話をネットに流し始めたのも、この〈件〉の予言を直接聞いたものたちだ。彼らが件から聞かされたその予言を、そのままネットの掲示板に書き殴っていったことで情報が拡散。

 山ン本の口である圓潮がさらに言霊を呪詛として乗せることで、人々の脳裏にその噂が真実であると刷り込ませていく。

 

 この〈言霊〉の効力は並大抵のことでは解けない。

 ましてや、直接予言を聞かされたものの暗示はより固く、強い形でその人間の思考を縛っていく。

 

 しかし——。

 

「まさか……キミが……!!」

 

 そんな言霊の効力すらも薄れるほど、衝撃的な光景が清継の眼前に流れていた。

 それは彼の自室のパソコンのディスプレイ。そこに映し出されていたのは——とあるサイトに投稿された動画だ。

 

 街中の様子を映し出したその動画には、大勢の人間たちが血だらけで横たわっていた。その惨劇を生み出したと思われる異形が、その本性を現し——奴良リクオに襲い掛かる。

 

 奴良リクオがその妖怪に殺されれば、この国の滅亡も回避できるのでは? などという思考をする暇は、一瞬もなかった。

 

 何故なら次の瞬間にも——奴良リクオが『その姿』へと変わり、向かってきた怪物を容赦なく斬り捨てていったのだ。

 奴良リクオの本性、やはり奴は化け物だと。彼のことを噂でしか知らない人間なら、その動画を前にさらに不信感を強めていっただろう。

 

 

 だが、清継は違った。

 その動画を見た直後、とても立ってもいられずに膝から崩れ落ちていく。

 

 

 

「——奴良くん……キミが……主だったのかい!?」

 

 

 

 そう、清継が長年追い続けてきた——妖怪の主。

 自分をあの地獄から救ってくれた恩人、自分が憧れて止まない闇夜の主がそこにいた。

 

 ずっと気の良い友人だと思っていた相手。

 人と妖の間に生まれた呪われた存在だと刷り込まれていた相手。

 

 

 彼が、彼こそが——奴良リクオだったのだ。

 

 

 その衝撃的事実を前にすれば、もはや清継の精神を害していた〈言霊〉の影響など、あっさりと剥がれ落ちていくしかなかった。

 

 

 

 

 

「——お前、奴良リクオだろ? オレは『檄鉄(げきてつ)の雷電』……七人幹部の一人だ」

 

 リクオの倍くらいはありそうな大男——雷電が挑発的に奴良リクオを見下ろす。

 

 雷電は自分こそが百物語組の幹部の一人。リクオが夜明けまでに倒さなければならない『鬼』の一人であることを堂々と明かしていく。

 自身の力量に絶対の自信があるのか、隠れることなく真正面からリクオとぶつかるつもりでいるようだ。

 

「…………」

 

 リクオも、その雷電を迎え撃つもりで刀を構えていく。いったい何の思惑があるかは知らないが、向こうから来てくれるのであれば好都合。

 このまま敵幹部の一人を仕留め、一刻も早くこのふざけたゲームを終わらせられればと、彼も気合を入れていく。

 

 

『——ココダー! ココニイルゾ!!』

「おい!? いたぞ、奴良リクオだ!」

 

 

 しかし二人が衝突する前に、例の鳥妖怪の声に導かれるまま——リクオを殺さんとする群衆たちが集まってきた。

 

「おお! なんだ、あのでっかい(あん)ちゃん!」

「奴良リクオを追い詰めてるじゃん!!」

「すげぇー、(あん)ちゃん!!」

 

 群衆はあっという間に殺到するや、リクオたちを取り囲んでその逃げ道を封じていく。そして人間たちはリクオと対峙している、雷電に向かって歓声を上げる。

 雷電はかなりの巨体だが、それ以外なら普通の人間に見えなくもない。そんな彼がリクオを追い詰めるていることに、人々の表情が希望に満ちていく。

 

「…………」

「リクオ様……」

 

 そんな人間たちの表情に複雑な顔色になるリクオ。彼を気遣いながらも、つららは周囲の状況を見渡していく。

 

 狭い裏路地。周囲を取り囲んでいる人間たちは、当然ながら全て一般人だ。ほとんど素人の彼らだけなら強行突破も可能かもしれないが、すぐそこには敵幹部の雷電がいる。

 未だその能力すらも把握していない中、背中を向けるなどという隙を見せるわけにもいかない。

 また、群衆が周囲を埋め尽くしているこの状況下では、派手に立ち回ることもできない。

 

 

 逃げるわけにもいかず、こちらから仕掛けることもできず。リクオは待ちに徹する他なかった。

 

 

「ギャラリーが増えてきやがったゼぇー、ちょっくらサービスしといてやるかな?」

 

 すると雷電、周囲の一般人が自分に声援を送っていることに気を良くしたのか。観客たちにファンサービスしてやるとばかりに、ちょっとしたパフォーマンスを見せ付けていく。

 

「——おりゃああ!!」

『——オオッ!?』

 

 その大柄な肉体、自慢の筋肉を見せ付けるかのようなボディビル。雷電のパフォーマンスには人間たちも、まるでプロレスでも観戦しているような熱狂ぶりを見せる。

 

「兄ちゃん! 倒せばヒーローだぜ!」

「まかせろい!! フフフ……盛り上がってきたな!!」

 

 雷電のことを妖怪と、ましてやこの騒動の元凶の一味だと知らない人間たちが呑気に歓声を上げる。雷電も人間たちの応援にさらに気を良くしたのか、笑顔を振りまいていく。

 

「……おい、お前、今幹部って……隠れてたんじゃないのかよ?」

 

 そういった場の空気に、奴良リクオはいまいち戦う気が起こせず。とりあえす敵方の意図を探ろうと——雷電が自分の前に出てきた理由を問い掛ける。

 

 先ほどは好都合と流しかけたが、やはり百物語組の幹部がわざわざ前線に出てきてリクオと戦うのは本末転倒。

 鬼ごっこを仕掛けてきた圓潮の言葉を真に受けるのであれば、鬼である彼らはただ『逃げる』だけで、勝利条件を満たせる筈だ。

 

 いったい、連中の狙いはどこにあるというのか?

 すると雷電、彼はリクオの疑問に得意げな顔で答えてみせる。

 

 

 

「おうよ!! こいつは鬼ごっこで鬼ごっこじゃねぇ!! 何故なら……鬼ごっこじゃねぇんだ!!」

「…………」

 

 

 

 何か意味のある言葉かと思い吟味するも、やはり何を言っているかよくわからない台詞である。

 

「……ん? えーと、違うな……なんだっけ? えっと……圓潮がカッコよく言ってたんだけどな……」

 

 雷電本人も自分が何を言っているのか、キチンと理解しきれていない様子。リクオと直接戦おうというのだから腕っ節には自信があるのだろう。だが、おつむの方はそこまで賢くないのか。

 

「ちゃんと作戦があってよー……あれ? これ言っちゃいけないんだっけ?」

 

 大事な作戦とやらがあることをペラペラと喋っていく。作戦の内容そのものを忘れているため、情報漏洩にはなっていないが。

 

「…………」

「…………」

「……なんだ、あれ」

 

 そんな雷電の様子に——途端に周囲のギャラリーたちが白けていく。

 

 せっかくリクオを殺してくれるかと思っていたヒーローが、ただデカイだけの木偶の棒だったと。期待から一転、その顔に苛立ちや失望の色が宿っていく。

 

「早くやれよ!!」

「そうだ! そうだ!!」

「やらねー、ならオレが出てやるよ!!」

 

 焦らされることに耐えきれずに文句を口にしていくギャラリー。試合の不備に野次を飛ばす、タチの悪いクレーマーのようだ。

 

 そんなクレーマーどものブーイングの嵐に——。

 

 

 

「——あ? 今、何つった?」

 

 

 

 雷電がブチ切れる。

 

「!?」

 

 つい数秒前まで笑顔すら浮かべていた、気風も良さそうだった大男。

 しかし、今の彼の視線には、人間に対する侮蔑や嫌悪しかこもっていない。どれだけ人が良さそうに見えていようが、雷電もやはり山ン本の一部だ。

 

 

「人間如きが指図するとか……ねぇし」

 

 

 彼は人間如きが自分に意見するなど烏滸がましいとばかりに。自分が壊したビルの壁面、その一部を摘まみ、そのままピンと指で弾いていく

 

 刹那、巨大なコンクリートの塊が——野次馬の人間たちに向かって投擲される。

 

 

「——へっ? プギャっ!?」

 

 

 コンクリートの塊は、人間の一人を——ゴミのように押し潰した。

 潰された人間は原型も残らぬ肉片となり、辺り一体に血と臓物をぶち撒けていく。

 

 

「ヒィッ!? ヒギャアアアアア!!」

「ヒゥエエエエエエエ!?」

 

 

 眼前で人間がぐちゃぐちゃになるという、ショッキングな光景を前に悲鳴が上がる。ぶち撒けられた血と肉の悪臭、人々は嘔吐感を堪えながらも必死に逃げ惑う。

 雷電の所業により、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく人間。もっとも当人はまるで気にした様子もなく。

 

「あらら……いけねぇ。ギャラリーが減っちまったよ……」

 

 寧ろ観客が減ったと少し残念がりながらも——。

 

「ま、いいや……じゃ、やるか」

 

 邪魔者はこれで消えたと、奴良リクオに殺気を放っていく。

 

 

 それに対し——。

 

 

「——っ!!」

 

 奴良リクオも、激怒するほどの殺気を持って応えていく。

 何の躊躇いもなく、何の意味もなく。当然とばかりに人間を殺した雷電への怒りを込め、その刀を一切の容赦なく振り下ろした。

 

「へぇ、それがお前の能力か!!」

 

 リクオの一太刀を、雷電は自身の二の腕で受け止めざるを得なかった。

 

 リクオの『明鏡止水』の能力により、攻撃する気配にギリギリまで気づくことができなかったためだ。地面に落ちている雷電の武器であろう、巨大な木槌を手に取る暇すら与えない。

 そういう意味では、リクオの先制攻撃は確かに成功していた。

 

 しかし——。

 

 

「ただし……俺を斬るには——骨が折れるぜ」

「!!」

 

 

 雷電の頑強な肉体が、リクオの刀を弾く。

 不意をついた筈のリクオの斬撃が、敵の身体に傷一つ付けることすらできずにいなされてしまった。

 

 

「!! リクオ様、刀が……!」

「なっ!?」

 

 

 さらに防がれただけではないと、つららが叫ぶ。 

 見れば斬りつけた側、奴良リクオの刀の方にヒビが入ってしまっているではないか。

 

 いかにリクオの刀が妖刀・祢々切丸でないとはいえ、こうまで容易くボロボロになるとは。

 

「くっくっく……さあ! テンション上がってきたぜ!!」

 

 だが、それが当然とばかりに、雷電は不敵な笑みを浮かべつつ——己の身体を変質させていく。

 

 それまではただの人間の大男にしか見えなかった雷電。だが、その肉体がピキピキとひび割れていき、その全身からは異様な妖力が放たれていく。

 

 

 これこそが彼の——山ン本の骨・檄鉄の雷電の『畏』なのだろう。

 その自慢の能力で、彼は奴良リクオに真っ向から勝負を挑んでいく。

 

 

 

PM 8:50

 

 

 

『——みんな聞こえるか? ケータイを無線状態にして聴いてくれ』

「…………」

「…………」

 

 鬼ごっこが経過して三時間ほど、既に奴良組の面々も事態収拾のために動き始めていた。

 奴良リクオが信頼する百鬼夜行たち。首無、毛倡妓、青田坊や狸影など。街中に散らばっていたそれぞれの面子が、携帯電話の緊急連絡に耳を傾けていく。

 

『これはリクオ様からの命令だ。我々は……リクオ様を助けには向かわない』

「!!」

 

 電話越しから聴こえてきたのは、黒田坊の表面上は落ち着いた声音だ。彼は単刀直入に——主である奴良リクオの『助けには行かない』という命令を皆に話していく。

 

『東京中に百物語組と思われる妖たちが出没し、人間たちを襲っている。我々は各組の協力をあおぎ、奴らを撃破する』

 

 黒田坊がその名を口にしたように、それこそが奴良リクオの意志だ。

 

 彼は側近たちに自分を守らせるよりも、人々を守ることを優先した。

 主戦力である自身の百鬼たちをあえて自分から遠ざけ、その力で人々を——リクオを殺せと、自分を迫害する彼らを救助しろと、組員たちに最優先で命令を下した。

 

「黒田坊……わ、分かったわ……」

「…………」

 

 リクオ直々の側近だけあって、彼の意志を直ぐに呑み込んでいく。本来ならばリクオを今すぐにでも助けに行きたいだろうが、それを主自身が望んでいないのだと納得する。

 電話を手にする毛倡妓も、その通話を横で聞いている首無からも特に不満の声は上がらない。

 

『一つ忠告しておく。これは百鬼夜行戦ではない』

 

 さっそく主のその命を実行に移そうとした一行。だが通話を切る直前に、黒田坊から意味深な言葉が掛けられる。

 

「何で……あっ?」

「……そうか!」

 

 一瞬どういうことかと疑問を抱いた毛倡妓と首無だったが、すぐに黒田坊の言わんとしていることを察する。

 

『これは我々を分散させる巧妙な作戦……つまり、奴らは一対一なら負けぬ自信があるということだ』

 

 そう、街中に潜む敵を各個撃破しなければならない都合上、奴良組は戦力を分散させる必要があった。だがそうなれば百鬼夜行として、力を主から受け取ることも、主へ力を還元することも出来ない。

 

 この戦いは百鬼としての強みではなく、個々の強さが試される戦だ。

 仲間に頼ることが悪いというわけではないが、それだけでは勝てないのが——この鬼ごっこである。

 

『皆……心してかかってくれ』

 

 それを理解した上でしっかりと事に当たれと、黒田坊は改めて気を引き締めるように皆に伝え——そのまま通話を切った。

 

 

 

 

 

「……大がかりな出入りになるな」

 

 黒田坊の電話が切れてすぐ、首無はリクオの命令通り。既に合流していた毛倡妓と共に街中に繰り出そうとしていた。

 

 二人は人気のない公園にいる。

 街灯の明かりだけが周囲を照らす中、今しがた倒した敵の死体を一瞥しつつ、首無は後方に立つ毛倡妓へと声を掛ける。

 その敵の死体は首無が毛倡妓の元に駆けつけた際、彼女に不意打ちをかまそうとしていたところを縛り上げて倒した相手だ。

 

 毛倡妓を危機から救い出し、そのまま二人で一緒にこの危機を乗り切ろうと。

 百鬼夜行とはいかないまでも、二人のコンビネーションがあればどんな敵とでも互角以上に戦えるだろうという自信を漲らせていく。

 

「気を引き締めていこう……毛倡妓」

「ええ……頑張ろうね、首無」

 

 毛倡妓も、そんな首無の言葉に答える。

 

 

 

 答えた上で——懐から一振りの短刀を取り出した。

 

 

 

「待って……首無」

「なんだよ、毛倡妓。時間がないぞ……」

「いいから……待ちなさいよ……!」

 

 何を血迷ったのか。毛倡妓はその刀で——首無に背後から襲い掛かる。

 そして、こちらを振り返った彼の顔面に向かい躊躇なく、その凶刃を振り下ろした。

 

 

「ギャッ!? ギャヒィイィイイ!!」

 

 

 毛倡妓に顔面を斬り付けられた激痛に、首無は悲鳴を上げながら地べたを転がり回る。

 

「ヴゥヴァァアアアア……ヒィ……ヒィ……」

「…………」

 

 その無様な醜態を毛倡妓は冷酷な目で見下す。

 それはとても信頼しているパートナーに向けるような視線ではなかった。

 

 

 首無は驚いただろう。

 信頼していた筈なのに、仲間だと思っていたのに。

 

 

 どうして、どうして——。

 

 

 

「——な、なぜぇ……なぜ……わかっだぁ?」

 

 

 

 何故、『偽物』と分かったのかと。

 首無の皮を被った『何か』が、困惑した表情で毛倡妓へと問う。

 

 そう、この首無は真っ赤な偽物。首無の姿に変装した、百物語組の妖怪だったのだ。

 毛倡妓の凶行とも取れる行動も、それを見破ったからこそ。彼女はそのまま、首無だったものの上に馬乗りになりながら吐き捨てていく。

 

「さっきさ……あんたの携帯、鳴らなかったでしょ? あれはこういう事態のときは全員が持ってんのよ……妖怪のくせにハイテクでしょ?」

 

 毛倡妓が首無を偽物と見破ったのは——彼が先ほどの黒田坊の連絡、自分自身の携帯に出なかったからだ。

 

 奴良組は団体名義で携帯電話の契約を行なっており、主だった面々には必ずそれらが支給されている。

 ましてや今は緊急時。そんなときに携帯電話を持ち歩かないなど、迂闊にもほどがある。

 

 真面目な首無がそんな失敗を犯すわけがないと、毛倡妓は首無を怪しんだ。何より——。

 

 

「あとね、あいつは二人っきりのとき……あたしのことを『紀乃』って呼ぶの。覚えておくんだね……」

 

 

 皆の前では首無も自分のことを毛倡妓と呼ぶ。だが二人っきりのときなど、彼は毛倡妓のことを人間だった頃の名前——『紀乃』と呼び捨てにする。

 

 その名前こそ、決して昔のことを忘れてはいない、二人だけの『絆』がそこにあるという証明だ。

 そんなことも知らずに、首無に成り代わろうなどと片腹痛い。

 

 毛倡妓は大根役者な三下にトドメを刺そうと刃を振り下ろそうとし——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——もうバレちゃったの?」

「えっ?」

 

 

 瞬間——何が起きたかを理解する暇もなく、彼女の意識が薄れていく。

 

 

 

 

 

「ごめんなさいねぇ……そいつはただのザコ。欺き惑わしつけ入る……これがあたしの戦い方なんだ」

「う……く……」

 

 目を覚ましたとき、毛倡妓は血だらけで倒れていた。

 どうやら彼女は不意打ちを食らったようだ。彼女を強襲したのは——偽物の首無が倒したと思っていた死体。その皮を被っていた『何者』かだった。

 配下の雑魚を囮に毛倡妓を昏倒させ、被っていた死体の皮を破り『役者』がその姿を晒す。

 

「クス、紀乃ねぇ~……呼ばれてみたいわ……その色男に」

 

 その女……いや、男だ。

 中世的な顔立ちに、女言葉。女性が羽織るような着物を着ていることから勘違いしそうだったが、そいつは紛れもない男性。

 だが次の瞬間にも、かろうじて男だと分かるその『見た目』すらも変化させていく。

 

「その顔。いただき」

 

 そいつは倒れ伏す毛倡妓に手を翳すや、彼女の身体情報を読み取り——瞬く間に毛倡妓の『皮』を生成。

 その皮を被り、自身の姿形をあっという間に『毛倡妓』へと変えてしまった。

 

 

 これぞ、山ン本の面の皮——珠三郎の能力。

 

 どんなものにでも自らが生み出す面の皮によって変装し、そのものになりきってしまう。

 この『面の皮』は彼の配下である下っ端妖怪が首無に化けていたように、浮世絵中学を襲った山ン本の耳・吉三郎が無力な生徒に化けていたように、他者が被ることでも変装道具として使用できる。

 

 だがこの皮は役者である珠三郎が被ってこそ、その本領を発揮する。

 

 

『——あたしの名は毛倡妓。あたしと今夜どう? 忘れられない夜にしてあげる……ふふふ』

 

 

 毛倡妓の面の皮を被った珠三郎は、声質から所作まで全てが毛倡妓そのものだった。

 これならば相当に親しい相手であろうとも、そう簡単に見破ることは出来まい。

 

 その変装技術で人を欺き惑わし、その心をズタズタにする。故に彼は『蠱惑(こわく)の珠三郎』という異名で呼ばれている。

 

 

「これであんたは用済み……そこで勝手にくたばってなさい」

 

 毛倡妓の姿を借りた今、本物の彼女はもう必要ない。珠三郎は動けなくなった毛倡妓をその辺の茂みへと投げ捨てる。

 

「あんたの代わりに、その男に愛されてくるわ。ふふふ……じゃあね♡」

 

 そして、まるでフリフリの着物を見せびらかすかのように、鼻歌など歌いながら珠三郎はご機嫌な様子でその場から立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

「…………首無……に、逃げて……」

 

 トドメすら刺されずに投げ捨てられた毛倡妓。ここにはいない首無へと、必死に警鐘を鳴らす。

 しかし、彼女の言葉が彼に届くことはない。

 

 彼女はそのまま——意識を深淵へと沈めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 皆に伝えるべきことを伝え、黒田坊は携帯電話の通話を切った。

 彼のすぐ側にも助けを求める人間たちがいるのか、泣き叫ぶような悲鳴が聞こえてくる。

 

「リクオ様……」

 

 黒田坊は彼らの助けを呼ぶ声に応えるため、現場へと駆けつけようとする。だがその前に——彼はリクオの『これから』のことを考え、その身を怒りに震わせた。

 

 

 この戦い。たとえ奴良組の勝利で終わろうとも、奴良リクオの正体がバラされたという事実は消えてなくならない。

 リクオはこの先の人生も、人間たちから『半妖』あるいは『化け物』と蔑まれる。元の穏やかな生活を送ることは、もはや絶望的に近い。

 

 黒田坊はリクオが学校で過ごす日々を思い返す。

 

 主の護衛として、時々は浮世絵中学まで赴くことがある黒田坊だが、同級生に紛れているわけでもない彼は、つららや青田坊のようにその輪の中に入ることはできない。

 

 終始護衛に徹し、リクオが学校の友達と過ごす何気ない日常を遠くから眺めているだけ。

 

 

 だからこそ、その『尊さ』が分かるのだ。

 闇に息づくだけの自分では触れることもできないその輝かしさ、その眩しさ。

 

 

 掛け替えのない日々、人間として過ごす奴良リクオの当たり前の日常。

 

 

 

 それを連中は、一瞬で全てを台無しにしたのだ。

 

 

 

「——っ!!」

 

 抑えようのない、憤怒が込み上げてきた。

 彼はその激情を内側に溜め込むことができず、すぐ側にあったビルの壁面を殴り付ける。

 コンクリートの壁は凹み、砂となった破片、握り込んだ拳から流れる血が地面へとこぼれ落ちていく。

 

 

「柳田……貴様だけは……拙僧が地獄に送る!!」

 

 

 黒田坊はここにはいない。事件の裏で暗躍しているであろう百物語組の一員・柳田に対する怒りを激らせていく。

 

 リクオが苦しむ様にほくそ笑んでいるであろう、奴の嘲笑を思い浮かべるだけでどうしようもない憎悪が込み上げてくる。

 

 

 きっとこの騒ぎの黒幕は他にもいるだろう。

 柳田だけを殺せば、それで済むというわけでもない。

 

 

 だが、柳田だけは——奴だけは自分の手で始末する。

 

 

 この報いは受けて貰う。その命で必ず償わせる。

 

 

 

 それが曲がりなりにも、柳田と同じ時期に『百物語組』を名乗った、自分なりのケジメなのだと信じて——。

 

 

 




補足説明

 凛子の能力について
  カナの危機に目覚めた! 白神凛子の白蛇の血!! 
  ご都合主義のようにも思えますが、これはぬらりひょんの孫のゲーム。
 『百鬼繚乱大戦』にもある設定です。
  ゲームでは凛子を子分として召喚でき、実際に回復効果があります。
  その力を、ここいらで発現させてもらいました。

 檄鉄の雷電
  ようやく本格的に参戦した吉三郎以外の百物語組の幹部。
  ここから幹部たちによるボスラッシュがリクオを襲う……雷電はその一番手。
  個人的には、敵としてはそれなりに印象深いキャラ。
  人間たちと和気藹々していた直後、ブーイングにぶち切れて人間をぶっ殺。
  その気の短さも、肉体的な強さも含めて、トップバッターに相応しい。
  肝心の出番に関しては……お察し下さい。

 蠱惑の珠三郎
  山ン本の面の皮。変装で相手を欺き、その心をずたずたにする。
  皮自体も便利で、その能力でかなり奴良組を引っ搔き回していく。
  面の皮は、本人から直接採取しなくても、断片的に再現可能らしい。
  首無の皮とか、あれも本人からの採取ではなく、情報を元に作ったもの。
  別の能力と別の異名もありますが、それはそのときに紹介しましょう。
  
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