今回の話で一区切り。次回からは四国編が始まります。
ちょっと月末にかけて忙しくなりそうなので、次回の投稿は八月に入ってからになります。
まだ、ストックはありますので、ご安心ください。
それでは、どうぞ!
レモンラテ。
名前のとおり、レモンイエローを強調したデザインの店内。
小学生から高校生までの少女たちを顧客とした、洋服ブランドの店である。
ブランド店といっても、ターゲットの客層は子供。中には高価な商品もあるが、大半の品物が子供のお小遣いで買える手頃な値段設定のものが多い。
今は特に、中学生女子の間で人気のあるブランドである。
「凜子先輩、これなんてどうです?」
「これは……ちょっと派手よ。私には似合わないわ」
「そんなことありませんよ、絶対に似合いますって!」
カナが清継の電話をとってから、30分ほどが経過していた。
彼に話したとおり、カナと凜子の二人はレモンラテの店内で商品を物色していた。
仲良く楽しげに会話を紡ぎながら店内を見て回っているが、商品手に取る彼女たちの動作はどこかぎこちない。
それもその筈。彼女たちがこういった「流行のお店」に入るのは、なにせこれが初めてのことだった。
普段からファッションに無頓着なカナは、適当な店で適度に洋服を見繕い、凜子にいたっては洋服店に入る機会すらないなかったのだ。
白蛇の血の力で商売人として成功している凛子の家はかなり裕福である。どれくらい裕福かというと、彼女の家には専属の洋服屋が出入りすほどであり、そのため、わざわざ店先にまで赴いて洋服を選ぶ必要がなかった。
だからこそ、カナと来たこのレモンラテが白神凛子にとっての、初めての洋服屋デビューとなる。
しかし、そもそもの話。何故そんな彼女たちが、こうして二人でこんなブランド店に足を運んだのか?
話は今朝にまで遡る。
カナが学校に登校し、そのまま教室に行こうと廊下を歩いていたときに、凜子がカナを呼び止めた。
彼女は少し申し訳なさそうに、カナに向って、「流行のファッションを教えて欲しい」と口にしてきたのだ。
凛子はカナに助けられ、半妖としての自分を受け入れられて以降、少しづつ前向きになり始めていた。
以前は自分から距離をとっていたクラスメイトたちとも、軽い世間話くらいをするようになり、少しづつ周囲との壁を取り払っていった。
ところが、クラスメイトの女子たちが話している今時のファッションや流行といった話に、凛子はまったくついていくことができず、そういった話になるといつも言葉を詰まらせる。
これまで友達付き合いを拒否し、衣服なども洋服屋に見繕っていてもらったツケが回ってきたのだ。
そして、このままでは不味いと思ったらしく、凛子は同じ年頃の女子であるカナに助けを求めてきたのである。
しかし、カナもその問いに言葉を詰まらせていた。
彼女自身もそういった流行に疎いため、どう言葉を返せばいいのか分からなかったのだ。
色々と悩んだ末、カナが思い出したのが、このレモンラテの存在である
少し前に駅前にできた洋服ブランド店。クラスメイトの下平が話していたのを彼女は思い出した。
カナは凜子の手を取り、こう尋ねていた。
「――先輩、今日の放課後空いてますか?」
そうして、彼女たちはこの店にやってきたのだ。
今時の女子中学生の――流行とやらを知るために。
「このスカートなんてどうです?」
「ちょ、ちょっと短いと思うけど……」
「そうですか……じゃあ、こんなのはどうです!」
「そ、それは派手すぎよ」
カナが気になる商品を手にとり、凜子がそれに感想を述べていく。
先ほどから、彼女たちはずっとこういったやり取りを続けていた。
元の趣旨から少しズレてきてはいたが、それでもカナは楽しんでいたし、凛子も嬉しそうに微笑んでいた。
だが――
「それで――ですね……」
カナは凜子との会話を続けながら、視線だけを後方へと向ける。
チラリと除いた彼女の視線の先の物陰から、こちらの様子を窺っている少年少女の面々が見えていた。
団長の清継に巻と鳥居、陰陽師のゆらに幼馴染のリクオまで。
若干団員は足りないが、そこにはいたのは紛れもない清十字団のメンバーたちだった。
――……なんでいるの?
カナは純粋に疑問に思った。
彼らがどうやって自分のいる場所を見つけたのかは察しが付く――あの呪いの人形だ。
先ほどの呪いの人形――もとい携帯電話でした、清継との会話の中でうっかり自分の居場所を漏らしてしまった迂闊さを、カナは後悔する。
特に後ろめたいこともなかったため正直に答えたのだが、まさか尾行されるとは思ってもいなかった。
彼らが何を目的にしているかは知らないが、このまま後をつけられるのは面白くない。
カナは深く溜息を洩らすと、できるだけ声を低くして凜子にそっと話しかけた。
「先輩……ちょっといいですか?」
×
一方のリクオたち。彼らの間には微妙な空気が流れていた。
「……男じゃなかったか」
「う~ん、そうみたいだね」
「誰やろ、あの人」
「見たところ、上級生といった感じだがね」
「………ふぅ」
カナと彼氏のデートを期待していた女子の面々は、露骨にがっかりした表情をする。
リクオは、カナが男と二人っきりで買い物をしていないことにひっそりと安堵の息をこぼしていた。
「てゆーか……あたしたちいつまでこうしてるの、清継くん?」
鳥居が清継に問いかける。
共に買い物をしている相手が男子でなかった時点で、少女たちの興味はだいぶ薄れていた。
だが清継はいつものように楽しげな笑みを浮かべ、尾行の続行を宣言する。
「まあ、まちたまえ。せっかくの機会だ。最後まで尾行を続けよう、清十字怪奇探偵団として!」
そんな清継の迷いなき発言に一同は盛大に溜息を吐きつつも、黙ってカナたちの方へと目を向け続ける。
不意に、カナは一緒に買い物をしていた少女に背を向け、どこかへと移動していく。
取り残された少女は一人、その場で黙々と洋服を物色している。
「あれ、カナちゃんどこ行くんだろう?」
「トイレじゃねぇ?」
リクオの疑問に巻が適当に答える。
「それにしても、相手の女の人……ほんとに誰やろ?」
そして、一人取り残された見覚えのない少女に、ゆらは首を傾げる。
リクオは、ゆらの言葉に促されるように、その少女へ、普通の人間に比べて極端にいい、その視線を向ける。
彼の視力は、少し離れた位置にいた少女の人相などをしっかりと捉えていた。
長めに伸ばした髪が、彼女の顔右半分覆い隠しているためか、少し暗い印象の少女。
リクオは彼女が、校内で何度かカナと話しているのを見たことがあるが、名前までは知らない。
――カナちゃんと、どんな関係なんだろう?
自分の知らない彼女の交友関係に、何故かもやもやする気持ちを抱きながら、リクオはそのようなことを考えていた。すると、そんな彼の背後から、
「――なにしてるのかな、リクオくん?」
「っ!?」
声がした。
とても、とても聞き覚えのある声だ。毎日のように学校で聞く、馴染み深い筈のその声に、リクオは背中一面に矢でも射かけられたかのような感覚に襲われた。
瞬時に冷や汗を浮かべながら、恐る恐る声のした背後をリクオが振り返ると。
そこには先ほどまで、見知らぬ少女と楽しげに話をしていた家長カナが腕を組んで仁王立ちしていた。
「カ、カナちゃん!?」
いつのまにか自分たちの後ろに回りこんでいた事実に、リクオは驚愕の叫びを上げる。
彼の声に反応した残りのメンバーたちも振り返り、視線の先にいたカナに全員が固まる。
カナは、笑みこそ浮かべてはいたものの、目が笑っていなかった。
やたらドスの効いた声で、さらに言葉を綴る。
「とりあえず……立ったままか座るかくらいは、選ばせてあげるけど、どうする皆?」
×
「まったくもう……」
店内に設置されている休憩スペースの一角で、カナは一息入れる。
そのスペースには机と椅子が設置されており、カナは椅子の一つに腰掛け、机を挟んだ向かい側の椅子には凜子も座っている。
そして――床には店内に訪れていた清十字団の団員たち、全員が正座させられていた。
カナが自分たちの後をつけていたメンバーをこの休憩スペースまで連れ込み、説教を始めて30分。
普段はあまり怒ることのないカナの怒りを受けた一同は圧倒され、何も言葉を挟むことができず、沈痛な面持ちで彼女の説教にずっと冷や汗を流し続けていた。
「それにしても……どうして私が男の人とデートしてるなんて思ったの?」
説教中に尾行してきた理由を聞き出したカナが、ここにきてさらに問いただす。
そんな彼女の疑問に、消え入りそうな言葉で巻が答えていた。
「いや、だって……誕生日の日に二人っきりで買い物だって聞いたから、てっきり……。ほら、カナってモテるからさ……」
カナは彼女の弁解に、再び零れ落ちそうになる溜息をどうにかして押さえていた。
確かに、男子生徒から何度か告白なるものをされたことがあるが、今まで一度として「YES」と返事したことはない。何故かと聞かれても返答に困るのだが、どうしてもそういった感情を、彼らに抱くことができないでいたのだ。
すると、横でカナと巻のやりとりを聞いていた凜子が、驚いて目を見開いた。
「ええ!? 家長さん、今日誕生日だったの!? ご、ごめんなさい。そうとは知らずに私……」
腰掛けていた椅子から立ち上がり、カナに向って頭を下げる。
せっかくの誕生日に自分の都合に付き合わせたことを、申し訳なく思っているようだ。
「いえ、いいんです。気にしてませんから」
「でも……」
カナは笑ってそう答えたが、凜子の表情は暗いまま。
気まずげな空気が、周囲一帯に漂ってくる。
「そうだ――!!」
すると、そんな空気を破る勢いで、正座させられていた巻が立ち上がった。
何事かと、一同が彼女に注目する中、巻は勢いに任せるまま、とある提案を口にする。
「せっかくだから、皆でカナの誕生日プレゼントを選んでやろうぜ!」
「えっ?」
その提案に、カナは目を丸くする。
だが、その発言に正座させられ萎縮していた清十字団の表情が、パッと明るくなる。
「それいい! いいよ、巻!」
「だろ?」
親友のナイスアイディアに同調する鳥居。
「でも、誕生日プレゼントならもう……」
カナはカバンから清継からもらった呪いの人形を取り出す。
しかし、その人形を見た巻が、肩をすくめながら首を振った。
「いやいや、せっかくの誕生日プレゼントが、そんなきもい人形だけじゃあんまりだろ」
「失敬な! 僕のあげたキュートな人形に何の不満があるのだ!!」
「大ありだっつうの!」
巻の率直な意見に清継が噛み付くが、取り合わない。
「そうと決まれば、善は急げだ。一緒に選ぼうぜ、カナ!」
戸惑うカナの手を取る巻。
余りの急な流れに、カナは先ほどまでの怒りをあっさりと霧散させてしまっていた。
「――ええと、白神さんでしたっけ……」
そんなカナと巻の隣で――
巻の積極性に唖然としている凜子に、鳥居が少し遠慮がちに声をかける。
お互いの自己紹介はカナの説教前に済ませていたが、その説教が長かったためか、おぼろげに覚えていた名前を確認しながら、鳥居は凛子に話しかける。
「え、ええ……」
警戒するような体制で鳥居と向かい合う凛子だが、それにも構わず、彼女は巻に習うように凛子の手を取っていた。
「白神さんも、一緒にカナの誕生日プレゼント選びましょ……?」
だが、鳥居が凛子の手に触れた瞬間、何かに気づいたのか彼女の手が止まる。
その様子を見て、一瞬怪訝な顔をしたカナだったが、鳥居の視線がどこに向けられていたのかに気づき悟る。
鳥居が、凜子の手に生えている鱗を凝視したまま、止まっていることに。
鳥居だけではなかった。
カナと同じように鳥居の時間が静止したことを疑問に思った皆が、彼女の視線の先を見て――固まる。
凛子の手に生えている鱗に、皆の視線が集中していたのだ。
「あっ! こ、これは……その……」
次の瞬間、凛子は鳥居の手を振り払い、その顔をうつむかせる。
凛子が鳥居たちをみる目に、カナと最初に出会ったときと同じ、怯えの色が宿り始める。
「ご、ごめんなさい。私、ちょっと気分が……」
「先輩!?」
震えながら、搾り出すような声を吐き出した凜子。彼女はそのまま、一目散にその場を逃げるように駆け出していく。
カナは、急いでその後を追いかける。
休憩スペースに居心地悪げに取り残された清十字団は、彼女たちの背中を静かに見送るしかできなかった。
×
「………はぁ、はぁはぁ」
店内の化粧室まで逃げ込んだ凜子は、恥ずかしさで熱くなった顔を冷やすため顔を洗う。
そして心を落ち着かせるため深く息を吐き、呼吸を整える。
「先輩……」
そんな様子の凜子を心配するカナの姿が、鏡越しに映る。
彼女が自分を心配してついてきてくれたことに安堵しつつも、凛子の顔色はまったく晴れない。
「ごめんね、家長さん。急に……」
「いいえ……」
彼女に心配かけまいと、とりあえずの謝罪をするが、凛子の表情は曇ったままだ。
――わかっていたこと、だ。
凜子は先ほどのやりとり、自分の鱗を見たときの清十字団の反応を思い出す。
彼らは明らかに、自分の鱗の存在に戸惑い、奇異な視線を向けていた。
だが、それを責めることは誰にもできない。
彼らの反応こそが、人として当然の反応なのだと、凛子は理解していたからだ。
全ての人間が、カナのように自分を受け入れてくれるわけではないことを、彼女はすっかり失念していた。
――わかっていたこと、なのに……。
凜子の目に涙がこみ上げてくる。
小学生のときの苦い記憶が蘇る。
腫れ物を扱うかのような、当時のクラスメイトたちの態度を思い出してしまい、自然と体が震えだす。
「ねぇ、家長さん」
「はい……」
「やっぱり、半妖っておかしいのかな?」
「――えっ?」
気がつけば、凜子はカナに向かって語り掛けていた。
胸の中に詰まった、黒い感情を吐き出すかのように。
「人間から見て、私はただの化物でしかないのかな……」
「そんなことはっ!」
「――けど!!」
凛子の弱気な発言をカナが即座に否定しようとしたが、それにも構わずに彼女は続ける。
「けど、皆私を腫れ物のように扱う! 皆が、私を白い目で見る!」
「………」
凛子の緊迫した空気に呑まれ、カナは言葉を失う。
「家長さんは、私の鱗は幸せを呼ぶって、触れば幸せになれるっていってたけど、本当なのかな?」
そうして感情を吐露することで、少しは落ち着いたのか。声のトーンをわずかに落とす凜子。
化粧室が、痛いほどの沈黙に包まれる。
「先輩」
その沈黙の中、カナが静かに自分の考えを言葉に乗せる。
「先輩の仰るとおりです。確かに、先輩のことをそういった目でみる人間だっています」
カナの言葉に凜子がビクリと肩を震わしたが、それでもカナは喋ることを止めなかった。
「でも、全ての人がそうだってわけじゃない。少なくとも、清十字団の皆は違います」
凛子への想いを伝えるため、喋るのを止めなかった。
「さっきはいきなりだったから、驚いてしまっただけです。清継くんも、巻さんも鳥居さんも、ゆらちゃんも。リクオくんだって……」
そして、凜とした声でカナははっきりと断言してみせる。
「私は――信じてますから」
静寂――カナの言葉が、静かに凜子に胸の奥に染み渡る。
「ありがとう……
まだ少し陰りがあるも、凜子はカナへ笑顔を見せた。
その笑みを受け、カナもまた微笑む返す。
「さ、戻りましょう。皆待ってますから」
そう言いながら、カナは凜子に向って手を差し伸べていた。
「……ええ」
わずかに躊躇いつつも、凜子はその手を取り、カナと手を繋いで化粧室を出ていった。
×
「――だから、私はやってないって、言ってるだろ!」
「んなこと言って~~このカバンの中身は何だい~~?」
「「?」」
しかし、皆がいるであろう休憩スペースに戻ろうとした彼女たちを待っていたのは、激しく飛び交う怒号であった。
遠目から、なにやら巻と見知らぬ男が言い争っており、他の清十字団の面々が、おろおろとする様子が伺える。
「何があったの、リクオくん?」
急いでその場に駆け寄ったカナは、後ろの方であたふたしていたリクオに問いかける。
「ああ、カナちゃん……」
戻ってきたカナと凜子の姿に、一瞬ホッと顔を緩めるリクオだが、すぐにその表情を固くする。
「巻さんが万引きをしたって、あのおじさんが……」
「万引き!?」
リクオのその言葉に、カナは目を丸くして驚く。
いったいどういうことかと、彼に説明を求める。
概要はこうだ。
カナと凜子が走り去ってしばらく、呆然としていた清十字団。
気まずい空気の中、帽子を深々と被った中年男性がおもむろに彼らへと近づいてきた。
その男は巻の側に寄ってくると、彼女のカバンに手を伸ばしてきた。
反射的にその手を弾こうとする巻の手を払い除け、彼女のカバンの中に手を突っ込む男。すると、巻のカバンから、支払いの済ませていない商品が出てきたのだ。
その商品を手に男性――自称万引きGメンは、嫌らしい笑みを浮かべてこう言った。
「――これは万引きだね~~お嬢ちゃん?」
そして今に至る。
「知るかよ! 勝手に入ってたんだ!」
「フン!! よくある言い訳だねぇぇ~~」
リクオがカナたちに説明している間も、巻と万引きGメンは言い争いを続けていた。
その声に気づき始めた他の客たちまでもが、何事かとこちらに視線を向けてくる。
このまま言い争いを続けさせるのは不味いと判断したカナは、とりあえずその場を収めようと一歩前に出る。
「待ってください!」
彼女の静止の声に反応して、巻と男が振り返る。
「カナ……」
「なんだ、おめえさんは?」
男がカナを怪しむように睨み付けるが、気にせずにカナは続ける。
「巻さんが万引きって、なにかの間違いじゃないんですか?」
「そうよ!!」
カナの言葉に、巻の隣でうろたえていた鳥居も力強くうなづく。
ゆらも清継もリクオも、そのとおりだといわんばかりの顔で万引きGメンを睨みつける。
しかし、男は引かない。
「間違いもなにも、こいつがこのお嬢ちゃんのカバンから出てきたのが、何よりの証拠でねぇか?」
「それは、けど――」
男の反論に怯むこともなく、カナは巻を庇い続ける。
彼女が万引きをしたなど、到底信じられることではない。
だがそれ以上に――
――あれ この人?
男に向かってさらに反論しながら、カナは気づく。
――もしかして……妖怪?
巻に万引きの疑いをかけてきた男から、妖気が発せられていた。
リクオや凜子とは違う、純粋な妖怪が放つ妖気だ。
一応、妖気を隠しているつもりのようで、陰陽師のゆらと幼馴染のリクオも、そのことに勘付いた様子を見せるが、確証がないのか動けずにいる。
また、一般人が多くいる店内であるため迂闊な行動がとれないでいる。
そんなカナたちの心中の焦りを、嘲笑うかのように男は強気な行動に出た。
「だいだい、おめぇさん、この髪は何だい~~」
「痛っ!?」
男が無造作に、金髪の巻の髪を掴んできた。
「その制服……おめえさん、浮世絵中学校の生徒だろう~? 中坊のくせに、いっちょ前に髪なんぞ染めおって、この不良娘が!! おめぇみたいなやつが万引きせずに、誰が万引きするっていうんだい~~?」
「……っ!?」
男のあまりの言い草に一瞬、何を言われたのか分からず呆ける巻だったが、その言葉を理解した瞬間、目を伏せ唇を強く噛んでいた。
巻の体が、わずかだか震えている。
友人の傷ついたその様子に、鳥居やカナが男に向かって口を開きかける。
しかし、それよりも早く、男に対して叫ぶ者がいた――
「――勝手なこと言わないでよ!!」
それまでずっと傍観していた凜子。彼女が誰よりも、吠えるように男に向かって怒りをぶちまける。
「金髪だからなに!? 不良だから万引きしてる!? そんな上辺だけで勝手なこと言わないで!」
凜子の双眸は、わずかだが涙で滲んでいる。
「彼女のことなにも知りもしないで! 勝手な偏見で勝手な憶測ばかり並べないでよ!!」
「あんた……」
「………」
今日知り合ったばかりの筈の彼女の怒りように、巻と鳥居が目を丸くする。
「先輩……」
化粧室で、凜子の心情を吐露されたカナには、彼女の怒りの理由が理解できた。
彼女もまた、自身の持つ白い鱗で多くの偏見に晒されてきたのだろう。
だからこそ、この男の無神経な言葉が許せなかったのだと。
「ふ、ふん。おめさんらがなんと言おうと、証拠がここにあるんだ。言い逃れはできねぇぞ~~」
凜子の剣幕に一瞬怯む万引きGメンであったが、すぐに気を取り直し、彼は巻の手を乱暴に掴み上げる。
「さぁ、こい! あっちでこってり絞ってやる!」
「は、離せ!?」
「おとなしくするんだ!」
「巻!?」
そのまま巻をどこかへ連れ込もうと、おもいっきり引っ張る。
抵抗しようとする巻、親友の危機に悲鳴に近い叫びを上げる鳥居。
男のその強行手段に、どうするべきかと迷っていた面々が動き出す。
カナが武器の入ったバックに手を伸ばし、ゆらが式神の入った護符に手をかけ、リクオが目を鋭く細める。
三人が三人とも、各々に臨戦態勢を整える。
しかし、三人が何らかの行動を起こす前に――
『手』が伸びてきた
万引きGメンの背後から伸びてきたその手は、そのまま男の後頭部を帽子ごと掴み、
そのまま何の躊躇いもなく、男の顔面を側にあったテーブルに叩き付けた。
「ギャァァァァアア!?」
ゴォーンと鈍い音に男の悲鳴が店内に木霊する。
『!?』
突然現れたその手に、その場の全員が驚き、背後から現れた人物へと目を向ける。
「に――」
その人物誰かを見た瞬間、いつものようにその人物を呼ぼうとしたカナは慌てて自分の口を手で抑え、変わりに心の中で叫んだ。
――兄さん!?
「…………」
万引きGメンの背後には、土御門春明が立っていた。
いつものように死んだ魚のような目に、気だるげな表情をしていたが、かもし出す雰囲気に威圧感を感じる。
凜子も、突然現れた顔見知りのクラスメイトに戸惑いをあらわにしていた。
「つ、土御門くん!?」
しかし、そんな彼女の言葉に答えることなく、春明は男の後頭部を掴んだまま、堂々たる態度で発言する。
「てめぇで女のカバンにそいつを入れておいて、てめぇで万引き扱いとは……相変わらずいい度胸だな。おっさん」
「あ、あんたは!?」
一方の男。彼は押さえつけられたまま視線だけを春明に向けて、何故か顔を青ざめる。
「自分で入れた?」
「それって……!」
春明の言葉の意味を悟った巻と鳥居が、表情を強張らせる。
それなりに大きな声だったためか、周りで遠巻きにしていた野次馬たちも敵意の視線で自称万引きGメンの男を睨み始めた。
「いや、ち、ちがう……それは………」
一瞬で攻守が逆転したことに、しどろもどろになる男。
うろたえる男の様子を気にもとめることなく春明は続ける。
「まあ、話なら俺がゆっくり聞いてやるよ。ちょっくら表にでも出ようか?」
「ひぃ!!」
春明は男の後ろ襟を掴み、そのまま引きずりながら店の外へと歩き出した。
問答無用で連行されていく憐れな男の姿に、カナはほんの少しだけ同情する。
こうして、万引きGメンと春明がいなくなったことで、店内に再び静寂が舞い戻ってきた。
「なんや……今の?」
呆気にとられる一同を代表するようにゆらが口を開いたが、彼女のその疑問に答える者などいなかった。
「――あの、白神先輩」
「な、なに?」
暫しの静寂の後、不意に鳥居が凜子に向かって話しかけていた。
彼女は凜子を真正面に見据え、しっかりと姿勢を正す。
「さっきは、その……ごめんなさい!」
どうやら、先ほどの凜子の鱗の件について、謝罪をしているようだ。
「………いいのよ、気にしてないわ」
鳥居の突然の謝罪に、凛子は視線を逸らして答える。
気にしてないと口にしているものの、やはり凜子の表情はどこか暗い。
だが――
「それと、巻のこと……庇ってくれてありがとうござます」
「えっ?」
「巻のために、本気で怒ってくれて……ありがとうございました!」
思ってもいなかった感謝の言葉に、目を白黒させる凛子。
鳥居は、涙を流していた。
大切な親友を庇ってくれたことが嬉しくて、自分が先ほどやってしまった過ちが恥ずかしくて。
謝りたいという気持ちが、彼女の心を埋め尽くしていたのだろう。
鳥居は目に涙をためながら、凛子へと深々と頭を下げていた。
一方、その頃。
春明に路地裏まで引きずりこまれた、万引きGメンこと、妖怪・袖入れ鬼は命の危機を感じていた。
彼はGメンになりすまして、万引きの濡れ衣を着せ恐怖を与えるという、なんともせこい悪行を積み重ねる妖怪なのだ。
その彼が今、恐怖を与えるべき相手である人間に対して逆に慄いていた。
「ま、待ってくて 話せば分かる!!」
「………」
「あ、あんたの知り合いだったなんて知らなかったんだ!!」
「………………」
「あの子らにはもう二度と手を出さないから、頼む見逃して――」
「言いたいことは、それだけか?」
「ひっ!!」
「安心しろ……消しゃぁしねぇよ。まだ二度めだからな」
「ただ――死ぬほど痛い目にあってもらうだけだ」
袖いれ鬼の絶叫が、あたり一帯に響き渡った。
×
万引き事件の、翌日の放課後。
いつものように空き教室で清十字団の面々が集まっていた。
教室内にはカナとゆら、巻と鳥居、昨日は不参加だった島がいる。
いつもならワイワイと騒ぐ皆の声で賑やかになる教室内だったが、昨日の出来事を引きずっているのか、どこか暗い雰囲気を漂わせている。
あの後、鳥居の感謝の言葉に、凜子の暗い表情が一瞬晴れたように見えたが、結局彼女はなにも答えることができなかった。
既に時間も時間だったため、そのまま解散の流れにはなったが、果たして彼女の胸中は如何ほどか。
今日、カナは休み時間に何度か凜子の教室を訪ねてみたが、何故か行くたびに不在で会うこともできなかった。
春明に確認したところ、一応は出席しているらしいことに、とりあえず安堵するが、
――……大丈夫かな先輩。
と、心配が尽きないカナであった。
「あの、カナちゃん……」
「リクオくん?」
すると、そんなカナへ、いつの間にか教室に入ってきたリクオが声をかけてきた。
リクオの後ろに、付き添うような形でつららの姿も見える。
「あの、これ……」
彼はおずおずと、カナへとなにかを手渡す。
「これは?」
リクオの手渡してきた物――赤いふちの手鏡を見て、カナは不思議そうに首を傾げる。
「その、一日遅れだけど……一応誕生日プレゼント」
「え?」
「あの後、急いで探してきたんだ。本当は、昨日のうちに渡せればよかったんだけど……」
「ありがとう、リクオくん。大切にするね!!」
素直に嬉しくて微笑むカナ。
リクオの後ろで、何故かつららが機嫌悪げに頬を膨らませる。
「やあやあ、集まっているようだね諸君!!」
そのとき、陽気な声で清継が教室に入ってきた。
口元に笑みを浮かべるその姿は、いつもより少しテンションが高いように見える。
「さて……」
教壇に立つ清継に、全員が彼の挙動に注目する。
「今日はビッグニュースがある!」
『ビッグニュース………』
以前も聞いたことのある清継のその言葉に、一瞬嫌な予感を感じ、顔を歪める団員たちだったが、すぐにその表情が――驚愕に染まる。
「今日この日より、我が清十字怪奇探偵団に――新メンバーが加わることとなった!!」
『新メンバー!?』
予想だにしないその言葉に、一同は驚きの声を上げた。
「ではどうぞ!!」
皆のその反応に満足した表情で清継は廊下にいるであろう、その新メンバーを教室内へと呼ぶ。
開かれた扉の向こうに――その先にいた人物にカナが目を見開く。
「凜子、先輩」
教室に入ってきたのは、白神凜子その人だった。
だが、いつもの凜子とは大分雰囲気が違う。
顔の右半分を覆い隠していた長い髪が後ろで束ねられており、彼女の顔が良く見える。
彼女の、目元に生えている鱗がはっきりと視認できるような状態になっていたのだ。
しかしそのことを気にする様子もなく、凜子は明るい表情をしていた。
「ふふふ、驚いたかね? 実は昨日の帰り際、こっそりと勧誘しておいたのさ!」
昨日の帰り。
迎えの車らしきリムジンに乗り込もうとしていた凜子に、清継は声をかけていたという。
「――白神凜子さん」
「――ええと、貴方は?」
「――清十字怪奇探偵団団長の清継です!」
「――清継くん。なにか用かしら……」
「――はい! 単刀直入にお伺いします。凛子先輩――」
「――是非、我が清十字団に入部しませんか?」
「そのときは返事をもらえなかったが、昼休みにわざわざ僕のところに来てくれたよ、是非入部したいとね!!」
「よろしくお願いね、皆さん」
思いもよらない人物の登場に、昨日の騒動に遭遇していた面子が呆気にとられている。
その場にいなかったつららと島が、そんな皆の反応に疑問符を浮かべていたが。
「……先輩」
一拍遅れて、カナが凜子に駆け寄る。
「カナちゃん。私、決めたよ……」
凜子が何かを決意したように、真っ直ぐにカナを見つめる。
「いつまでも、怯えてばかりいられないもの。それに……」
彼女はそれまでとは一味違う、影のない屈託のない笑みで微笑みを溢していた。
「ここにいる人たちとなら、私も変われると思うから」
「先輩!」
凛子の言葉に、カナは笑顔になった。
笑いあう二人の様子に、呆けていた他の団員たちの表情がパッと明るくなる。
「よっしゃー! じゃあ、今日は凜子ちゃんの入団を祝ってカラオケでも行こうぜ!!」
いつもの調子を取り戻した巻が、凜子と肩を組む。
積極的な巻の行動に、前向きになった凜子もさすがに戸惑うが、そんなことなどおかまいなしに、巻も鳥居も、凛子へと寄り添っていく。
「うん、行こ、行こ!!」
「待ちたまえ! まだ、今日の妖怪体験談発表会がまだだぞ!」
「そんなもん、あとだ、あとだ!」
こうして、いつものように笑顔で笑いあう少年少女たち。
その輪の中に新しく入った、その少女もまた笑顔を浮かべる。
些細だが、確かに得た『幸福』に、白蛇の鱗が鮮やかに光り輝いていた。
凛子先輩、清十字団入り!
今後、彼女には原作のカナちゃんのような危ない目にあってもらいます。
どうかお楽しみに?
補足説明
袖入れ鬼
原作コミックス21巻。番外編『家長カナVS万引きGメン』に登場。
やってることは原作でも今作でもほとんど同じ。
原作だと、夜リクオがやくざキックで黙らせる。一応、ぬらりひょんと顔なじみ。
レモンラテ
今回の舞台。
店名は作者のオリジナルですが、モデルはピンクラテなるお店から。
そこに原作のファッション誌『ピチレモン』のレモンを付け合わせた、安直なネーミング。
ちなみに原作のカナはその雑誌で読モをやっていますが、今作ではその設定は採用しておりません。
さすがに、そこまでは拾い切れませんでした。申し訳ありません。