家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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はぁはぁ……。

『ウルトラ怪獣モンスターファーム』に『ポケットモンスターバイオレット』。
『Fate/Grand Order』のボックスガチャ。
『マスターデュエル』のフェスイベント。

はぁはぁ……やることが多くて目が回る……そんな中で何とか書いた今回の話。

ぶっちゃけ繋ぎの回、原作をなぞる展開です。
ところどころ細かい変更点こそありますが……ほぼ原作通りです。

一応、『ぬら孫』の今年の更新は今回が最後の予定。
来年こそは……『百物語編』を終わらせ、次の『清浄編』に突入したい。

……したいとは思っているんですよ。



第百五幕  地獄絵図

PM 9:10

 

 

 

 時間を少し巻き戻そう。

 

 奴良リクオと山ン本の骨・雷電が激闘を繰り広げていた頃。渋谷では大勢の人々がいつも通りの日常を送っていた。

 賑わう繁華街。仕事終わりの帰路につく、あるいはこれから夜の仕事に赴く人々が渋谷駅を通過していく。スクランブル交差点では何千人もの人々が立ち止まり、律儀に信号が青になるのを待っていた。

 

『——現在都内では謎の事故が多発しております。くれぐれも外出しないように……』

 

 その交差点前のビルに設置されているいくつもの大型モニター。本来であれば企業の依頼に応えて宣伝広告を流す街頭ビジョンだが、今夜はその全てのモニターが一斉に都内で発生している不可解な事故を報道していた。

 いったいどんな事故が起きているのかなど、重要な部分は暈しながら。とにかく家から出ないようにと、しつこいほど原稿を読み上げるニュースキャスター。

 

 しかし、そんな注意喚起をまともに受けるもの、少なくとも渋谷を練り歩くものの中にはいない。今のところ彼らには直接的な被害もないため、能天気にも『その事故』について世間話のノリで人と話していく。

 

「TVはウソばっかりだな、みんなネットで知ってるっつーの!」

「裏とれてないのは、ニュースで流せないらしいよ?」

「ハァ? ラジオはもう報道してるぜ!!」

 

 既に人々は知っていた。各所で起きている原因不明の事故が、ただの事故ではないことを。

 TVのニュースなどよりも早くにネット内を駆け巡った例の噂——〈件〉の予言により、この騒動が何に起因しているのかということまで。

 

「つーかさ……奴良リクオが死ねばいいんだろ? うちらもいく?」

「やばいって! 新宿はもう無法地帯だって……奴には仲間がいるから、殺されねぇともかぎんねーし……」

 

 そう、全ての元凶は妖と人との間に生まれた呪われた子——奴良リクオであるということを。

 彼の存在が人々を襲う妖怪どもを呼び寄せ、この国に災いをもたらし、やがては滅ぼすのだということすっかり『信じ込まされている』。

 

 リクオのことを何も知らない赤の他人に、彼が無実だと言い聞かせたところでそれを理解することもできまい。

 彼らは奴良リクオという、碌に知らない少年の『死』を適当に望む。

 

「ブクロじゃ、岩政さんが連合呼んで追ってるらしいよ!?」

「マジ!? かっけぇ! やっぱ俺らも加勢すべきかな……日本国民として!」

「そうそう、参加しなきゃ非国民だってな……ははは!」

 

 とりあえず彼が死んでくれればこの国は救われるのだろうと、仲間内で冗談のような軽いノリでお喋りしていく。

 実際にまだ被害を受けていないためか、まさに他人事。たとえ誰が死のうと、殺されようと彼らの日常に何一つ変化などなかった

 

 

 その『死』が、間近に迫る瞬間までは——。

 

 

「………お? なんだ……あれ?」

 

 

 信号待ちの交差点、隣の人と談笑していた男性の一人が不意に視線を前方へと向ける。向かい側の交差点では自分たちと同じように、大勢の人間が信号が変わるのをただ普通に待っていた。

 

 だが、ずらりと並ぶ人の列——その中に、明らかな『異物』が混じっていた。

 

 それは法衣を纏った、僧侶のような巨大な異形。一応は人の形をしているようなのだが、顔面は真っ青で明らかに生気というものがなく、その表情も悲鳴を上げるような形で固定されている。

 さらにその僧侶以外にも、蜘蛛のような女の異形も人混みに混じっていた。

 

 どこから、いつからそこにいたのか。信号待ちする人々の大半がその存在に気付いてもおらず。

 

 

『グシャ』

『ムシャ』

 

 

 誰かがその存在に気付いて騒ぎ出す——次の瞬間にも、異形の怪物たちが首を伸ばし、人間を頭部から噛み殺す。

 

 

「わあっ」

「いで」

 

 

 噛まれた当人は間の抜けた声を溢しながら、呆気なく絶命した。

 

 

「あ……え?」

「ちょ……こっち来る?」

 

 一方でその光景を見ていた他の人間たち。彼らはそれが何なのか、即座に理解することが出来ずにいる。だが徐々に、徐々に現実を受け入れ始め、迫り来る怪物どもを前に恐怖に顔が引き攣っていく。

 

 

 察しのいいものは気が付いただろう。それらがこの瞬間にも、ネットやニュースを騒がせている騒動の元だと。

 人間たちを殺して回っている妖怪ども。〈件〉が予言した、破滅そのものなのだと。

 

 

「う、うわあああああああ!?」

「く、来るなよ! く、くる……ひぃっ!?」

  

 

 さりとて、それが分かったところでどうしようもない。自分たちには関係がないと高みの見物を決め込んでいた彼らだが、この東京にいる以上、決して無関係ではいられないのだ。

 心地よい夜の喧騒に包まれていた渋谷の街が、あっという間に阿鼻叫喚の地獄へと変わる。

 

 

 この日、この瞬間——『死』が誰にでも平等に訪れることを彼らは思い知るだろう。

 

 

『——奴ノセイダ!! 終末ガヤッテクル!!』

 

 

 そして、その死から逃れる術はただ一つしかないと——東京の空を飛び回る怪鳥がその名を叫び続けていく。

 

 

『——リクオヲ……殺セ!!』

 

 

 奴良リクオ。奴が死なない限り滅びの運命を変えることは出来ないんだと。

 助かりたければ奴を殺せ、リクオを殺せと。

 

 

「り……リクオ……奴良リクオ!!」

「奴を殺せば……俺たちは助かるのか……!?」

 

 怪鳥が繰り返し叫び続けるその名前に、命の危機に立たされた人間たちが縋っていく。

 

 たとえそれが真実であろうとなかろうと、もはやそれはどうでもいい。

 

 この苦しみから助かるのであれば、自分たちが救われるのであれば——彼に殺意を向けることに躊躇などなあるわけもなく。

 

 

「——こ、殺せ……誰でもいいから!!」

「——誰か……リクオを殺してくれ!!」

 

 

 化け物どもから必死に逃げ回り、懇願しながら叫び続ける人間たち。

 

 彼らの抱いた憎しみや恐怖が、ネットワークに拡散するよう、さらなる広がりを見せていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『——清継くん!』

『——清継管理人殿! ユースト見ておりますか!?』

『——ツイッターチェックした!? すっごいことになっているでありますよ!?』

 

 人々が逃げ惑うその光景を——『彼ら』はパソコン越しから見つめていた。

 

 渋谷のスクランブル交差点には、ライブカメラが設置されている。インターネットさえあれば動画サイトを通じ、いつでもその様子をチェックすることが出来るようになっているのだ。

 人ならざる化け物どもが人々を追い回し、喰らい、殺しているリアルタイムの映像。それはまさにこの世の地獄を思わせる、凄惨で身の毛もよだつような光景だっただろう。

 

『いや~!! 我々にとってはキターな夜ですな!!』

『なんというか……どこかで望んでいた展開というか……』

『妖怪脳にとって祭りですな……なんだかワクワクするでござるよ、フフフ……』

 

 だが、自宅という安全地帯からその光景を映像としてしか見ていない輩にとって、やはりそれは対岸の火事に過ぎない。不謹慎な呟きを洩らしているものの中には、東京にすら住んでいないものもいるのだ。

 彼らにとってこれはどこまでいっても他人事。ちょっと過激なホラー映画を鑑賞しているような感覚でしかなかった。

 

「——が、ガクト氏……それは言ってはいけないのでは……?」

 

 だがそういった呟きに対し、真面目な顔で苦言を呈するものもいる。

 

 現在、『妖怪脳』と呼ばれるサイトで通信会議を開いている一同の『中心的人物』とも言える男。

 妖怪の噂や伝承、都市伝説などをきっかけに集まったネットの有志たちから、ある種尊敬の念を抱かれている少年。

 

 

「…………」

 

 

 浮世絵中学一年生、清十字清継。

 

 

 今まさに多くの人々から憎悪を向けられている妖怪の主——奴良リクオの友人である。

 

 

 

PM 9:20

 

 

 

 ——リクオくん……本当にキミなのかい? 

 

 豪奢な自宅から、パソコンの前でネットの同志たちとの通信回線を開きながらも、清継の心中では決して小さくない葛藤が渦巻いていた。

 

 ネットに情報が出回る前から、既に清継はリクオが妖怪であるという事実を掴んでいた。山奥の酪農場までわざわざ〈件〉の口から直接予言を——『奴良リクオが呪われた半妖』だという言葉を聞いていたのだ。

 直接予言を耳に入れた影響により、清継にも〈言霊〉という強い暗示が掛けられてしまった。奴良リクオの友人でありながらも〈件〉の言葉を真に受け、恐怖心を抱いて彼から逃げるように距離を置いてしまった。

 

 ——本当にキミが……妖怪の主。僕が憧れた……あの人だったのか!?

 

 しかし例の動画——リクオが妖怪の主へと直に変貌する動画を見た瞬間から、彼の暗示は既に解けていた。

 長年追い求め続けていた憧れの主、自分を救ってくれたあのお方が奴良リクオだという衝撃の事実が彼を正気にさせたのだ。

 

 ——いったい……何が起こっているんだ!?

 

 もっとも、暗示が解けたからと言って即座に冷静に対処できるわけではない。

 清継は正気が戻った後も混乱の渦中におり、サイトの同志たちの言葉に流されるよう、上の空で返事をするしかないでいた。

 

『——清継くん!! 妖怪脳にたくさん、奴良リクオの情報がきてるよ!?』

「——っ!!」

 

 だが、清継が呆然としている間にも事態はどんどんと進んでいき、遂には奴良リクオという少年個人の情報が清継の運営する妖怪脳へと書き込まれていく。

 

『俺らの手に集まってきたなぁ~、ほら! やっぱり、浮世絵中の生徒になりすましてた!』

『ボク、近所で昼に見たよ!!』

『あのさ、実は弟の友達が浮世絵中に通ってて……写真を手に入れたんだけど……』

『OK!! ネットにUPヨロ~! 俺が見たのと照らし合わせるわ!』

 

「え……」

 

 集まってきた情報をまとめ上げ、そして公開しようという方向でネット民たちが盛り上がっていく。俗にいう吊上げである。

 これには呆気に取られていた清継も咄嗟に声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと……待て!! ただの中学生だったらどーすんの!!」

 

 基本、妖怪への探究心で他人を困らせることもある清継だが、一般的な社会常識や倫理観くらいは持ち合わせているつもりだ。顔写真などの個人情報を無断で投稿するなど、ネットモラルに反する行為である。

 万が一にも、間違いであった場合は取り返しのつかない事態になりかねないのではと、流石に止めに入る。

 

『え!? ちょっと待って、清継くん!! それってキミの中学校じゃないか!?」

『そーだ!! 持ってる写真があったら出してくれよ! まさかの独りじめかい!?』

 

 しかし清継の反論も虚しく、彼らの熱は一向に冷める様子がない。

 さらには清継の通う中学校も浮世絵中だということを思い出したのか、彼にも情報提供をするよう強く迫っていく。

 

「うっ……そ、それは……」

 

 そんな相手方の勢いに、清継は言葉を詰まらせてしまう。

 事実として、奴良リクオは清継が団長を務める清十字団のメンバーだ。顔写真どころか、住所や誕生日まで把握済みである。

 

『じゃあ、あの話知ってる!? 生徒会選挙で巨大な妖怪が出たとかいう噂!!』

『それどころじゃねぇって!! ネットに上がってたんだけど……ついさっき、浮世絵中が妖怪たちの襲撃にあったって!!』

『うわあ~、ヤベェよ!! 自分に関わった生徒たちを皆殺しにするつもりだ!!』

 

 情報交換をしていくにあたり、ネット民たちの好き勝手な言動がヒートアップしていく。

 話の中には浮世絵中学が妖怪たちに襲われたという事実すらも含まれており、それがリクオの仕業だと歪曲して解釈されていく。

 

『ヒッデェ……これが清継くんの追ってた闇の主か……』

『こんなのがこのまま広まったら……マジで人間滅びるんじゃねぇの?』

『ウェ~……さっさと殺さないとな~……』

 

 さらには渋谷のライブ映像が残酷さを増していく影響もあってか、安全地帯にいるであろう彼らの間にも緊迫感のようなものが生まれてくる。

 今はまだ東京の中だけで収まっている。しかし〈件〉の予言が確かであれば——この混乱は、いずれ国そのものを破滅へともたらすことになるだろう。

 

 

『——奴良リクオ……殺さないと……』

 

 

 その焦燥が、より強く彼らに奴良リクオという存在の死を望ませる。

 

 その殺意とも呼ぶべき感情がどこへ行き着くのか、それはまだ誰にも分からない。

 

 

 

 ——ボクは……いったい、どうすれば……いいんだ!!

 

 だが、このままでは不味いという思いが清十字清継という少年の胸に宿る。

 しかし現実問題、自分に何が出来るのだという思考が彼からいつもの破天荒さを奪っていく。

 

 この惨状を前に、ただの人間に過ぎない自分に出来ることなど何もあるわけがないと諦めかけ——。

 

 

『——弱いモン殺して悦に浸ってる』

 

『——そんな妖怪が……この闇の世界で一番の畏になれる筈がねぇ』

 

 

 ——……!!

 

 そうになった、その刹那。

 清継は『彼』の言葉を、妖怪の主としての奴良リクオの言葉を思い出す。

 

 

『——人に仇を成す奴ぁ、俺が絶対許さねぇ!!」

 

『——俺が……魑魅魍魎の主となる!!』

 

 

 

「…………そうか、そうだよ!」

 

 あのとき、あの瞬間。

 子供であった自分たちを殺そうとしたガゴゼという恐ろしい妖怪に対し、奴良リクオだった少年が闇の主として言い放った台詞だ。

 

「絶対違う……あの人はこんなこと……しないんだ……」

『……えっ? なんだって?』

『どうしたの……清継くん?』

 

 その呟きが通信越しに聞こえたのか、ネット民が俄に騒めき出す。しかしそんな雑音、もはや清継の耳には届いていない。

 

 

「——ずっと追ってきたボクには分かる!!」

 

「——あの人を……憶測だけで軽々しく語るんじゃないよ!!!!」

 

 

 何も知らずに好き勝手なことを口にするものたちへの怒りをぶち撒けながら、清継は通信用のヘッドオンを床に叩きつける。

 破損したヘッドオンから壊れたラジオのような音が聞こえてきたが、そんなノイズはどうでもいい。

 

 ——あの人が……妖怪の主になろうともいうお方が!! 

 

 ——こんな弱いもの虐めみたいなこと、するわけがないんだ!!

 

 最初から清継には分かっていた筈だ。闇の主がこんな非道いことをするわけがないと。あの人ならもっと堂々と、自分の畏を魅せてくれる筈だと。

 

 もっとカッコいい姿を魅せ付けてくれる。

 あの人に命を救われた清継には、それが十分に理解出来ていた。

 

「おっと……いかん! あの人の思い出を描いた壁画が汚れてしまった!」

 

 その事実を思い出し、怒りを発散させたことで一旦は冷静になる清継。

 自分が癇癪を起こしてしまったせいで乱れてしまった、闇の主の肖像画(手描き)を手直しながら、彼は行動を起こそうとする。

 

「フンっ!!」

 

 まずは気合を入れるため、両手で思いっきり自分自身の両頬を叩く。

 そして、キーボードで未だネットの中だけで騒ぎ回る輩相手にメッセージを残し、すぐに出掛ける用意をした。

 

 必要なものはノートパソコンや携帯電話、ビデオカメラなどの撮影機器。その他、財布などの最低限の必需品をリュックに詰め込み、新しいヘッドフォンを装着。

 全ての装備を整え——清継は弾かれたように安全な自宅から外へと飛び出す。

 

「…………」

 

 清継の実家がある小高い丘。そこから見える街並みの風景は、異様な雰囲気に包まれているように見えた。

 空には暗雲が立ち込め、大地が鳴動するかのように震えている。街のあちこちから悲鳴が聞こえてくるようで、安全な自宅から外への一歩を踏み出すのには、相当な覚悟が必要だっただろう。

 

 

「ボクが確かめなきゃ……!!」

 

 

 だが、清継は既にその覚悟を済ましていた。

 

 

 

 

 

『——清継くん、いったいどうしたんだ!?』

『——暴走!?』

『——ま、まさか……危ないって!?』

 

 清継の残したメッセージを閲覧していた妖怪脳のメンバーが静止の言葉を投げ掛けるが、もはや遅い。

 彼らのような傍観者に収まるのではない。清継は自らの目で、何が真実かを見極めるために世界へと飛び出したのだ。

 

 

□ボクが証明してみせる

 

 

 そのメッセージの通り、彼は憧れた妖怪の主の——そして、友人の潔白を証明するために走り出していた。

 

 

 ——奴良くん……ボクがキミの無実を証明して見せる!!

 

 

 

PM 9:40

 

 

 

「——愉快、愉快! 鬼ごっことは……よくこんなことが思いついたな、圓潮よ。大したものだ!!」

「……どうも」

 

 薄暗い地下通路を二人の男が歩いていた。

 

 一人は着物を纏った恰幅のよい男性。

 一見すると人間に見えなくもないが、その顔面は明らかに人間とは異なるゴツい風貌をしていた。帽子を目深く被っていることもあり、まだ誤魔化しが効くかもしれないが、それでも間近で対面すれば人間ではないと一発でバレることだろう。

 

 もう一人は完全に人間にしか見えない、噺家の男性。その正体は山ン本の口・圓潮である。

 上機嫌で隣を歩く恰幅のいい男とは異なり、その顔はいたって無表情。その表情の下にどのような感情を浮かべているか。それを読み取ることは、同じ山ン本であっても困難だろう。

 

「それはそうと……肝心の畏の方は集まっておるのか?」

 

 恰幅のいい男は圓潮に作戦の進捗状況を訪ねる。東京全体を巻き込んでの鬼ごっこで人間たちを殺し、その憎しみを奴良リクオへと向けさせる百物語組の企み。

 しかし、ただ人間を殺すだけでは意味がなく、恐怖や憎悪だけならまだしも〈畏〉までもがリクオ一人に集中するようでは本末転倒だ。

 人間たちが抱いたその〈畏〉を、自分たちが力として利用できなければならないと念を押す。

 

「ご心配なく……畏は順調に集まっている筈ですから」

 

 しかし、男の懸念に圓潮は変わらず平坦な声で応える。

 全ては予定通り。何も心配する必要はないと、その口先で自分たちの『トップ』である男を安心させるように囁く。

 

「ふっふっふ……そうか、そうか……ぐっ!?」

 

 その報告に愉悦そうな笑みを浮かべる男だったが——ふいに、立ち止まってその全身を震わせた。

 

「おや、どうかされましたか?」

 

 体調に異変をきたす男の様子にも、圓潮は冷静な声音で尋ねる。すると男は僅かに焦燥が混じった声で、自身の肉体が痛み出した理由を口にした。

 

「はぁはぁ……ほ、骨が……雷電が潰されおった! おのれぇ……鯉伴の倅め!!」

「ほう……」

 

 雷電、山ン本の骨。

 純粋な戦闘能力だけであれば、山ン本の中で群を抜く実力者だ。若干頭が悪いという欠点があったとしても、並大抵の相手に倒されるような奴ではなかった。

 きっと雷電を倒したのは、奴良リクオだろう。奴良鯉伴の息子にしてやられたという屈辱、激痛に耐えながらも男は顔を上げ、再び歩き出していく。

 

「ふぅふぅ……ふぅ……。それにしても吉三郎といい、鏡斎といい……どうして大人しくできないのか……」

 

 呼吸を整えながら、彼は愚痴を漏らす。

 ここにはいない百物語組の幹部たち。山ン本の耳・吉三郎は勝手な行動をとった挙句に敗走。今は東京からも離れているのか、その気配を追うことも出来ない。

 

 一方で、鏡斎——山ン本の『腕』であり、妖を〈産む〉ことの出来る百物語組の戦力の生命線とも呼ぶべき存在。彼もまた独自の判断で動き、今は渋谷に居座っているようだ。

 戦略的な意味合いを考えれば、鏡斎は安全な場所でひたすら妖だけを生産していればいいのに。どうして危険な前線まで自ら赴く必要があるのか、率直に疑問を抱くしかない。

 

「それは仕方ありませんよ……我々は皆、山ン本さんの一部……」

 

 しかし彼らの行動に、口である圓潮は理解を示す。

 

「欲望のままに動く生き物ですから……鏡斎は本物の動乱を見て、より強力な妖を産みたいのですよ」

 

 山ン本の一部である彼らに我慢なんて言葉は似合わない。それでなくともこの三百年間、彼らはずっと雌伏のときを強いられてきたのだ。

 今回はようやく巡ってきた大暴れの機会だ。これを逃してなるものかと、皆がこぞって自分のやりようで東京中を派手に荒らし回っていくのはある意味で必然だろう。

 

「なに、我々はただ待てば良いんですよ。ここ……畏の集まるこの場所で……」

 

 もっとも、そういった自分勝手な同胞たちの行動すらも予想通りであると。

 圓潮は微笑み浮かべながら、自分たちの目的地である『その場所』へと男を案内していく。

 

 

 

「さあ、着きましたよ……」

 

 そうして、薄暗い地下通路を抜けた先——怪しげな雰囲気が漂う広間へと圓潮たちは到着する。

 

 蝋燭で照らされた室内。壁のあちこちには大量の木の根が這うように生い茂っている。不気味な人型の異形が衛兵のように警備をしており、すれ違う圓潮たちへと頭を下げていく。

 そして、室内のところどころに大小様々な『眼球』が埋め込まれていた。その目玉はモニターにでもなっているのか、東京の各地で殺戮を繰り広げる百物語組の妖怪たち、そこから逃げ惑う人間たちの様子を映し出していた。

 

『——ギャアアアアア!?』

『——助けてくれえええええええ!!』

『——いや……来ないでよ! いやあああ!!』

 

 映像から響いてくる人間たちの絶叫、絶望、断末魔の叫び。血と臓物をぶち撒けながら人間が絶命していくその様は、まさに『地獄絵図』だった。

 だが、そんな残酷な光景に顔色一つ変えることなく、男たちは部屋の奥へと進んでいく。

 

 そんな映像、彼らにとっては余興に過ぎない。

 その深奥にこそ——百物語組の切り札となる『モノ』が鎮座していたのだから。

 

 

「ム……! 圓潮……これか!?」

 

 

『それ』を目の前にした瞬間、圓潮に連れられてここまで辿り着いた男が帽子を脱ぐ。

 

 はっきりと顕になるその顔は——奴良組の幹部・三ツ目八面のものであった。 

 

 何故、奴良組の幹部である彼が圓潮と共にいるのか。奴良組の妖怪が目撃すれば疑問を抱いたことだろう。もっとも、当人たちにとってそんなこと今更だ。

 

「これが……ワシが脳として入る……新たな器!!」

 

 三ツ目八面は興奮に体を震わせながら、その手で自らの顔をビリビリと搔きむしっていく。

 

 

「——滾るのう!!」

 

 

 用済みとなった三ツ目八面の『面の皮』を破り捨て、その顔の下から——『脳』が素顔を晒す。

 そう、百物語組の幹部にして、地獄にいる山ン本五郎左衛門の意志を受信する役目を負った部位。

 

 山ン本の脳——彼こそが、山ン本五郎左衛門本人だといっても過言ではないだろう。

 

 そうして、山ン本は眼前に眠るように鎮座する『巨大な鎧武者』。

 それが腕に抱いている器——『茶釜』に必要な畏が集まるその瞬間を、今か今かと待ち続けていく。

 

 

 

「……そろそろ新しい噂が流れる頃だ」

 

 一方で、脳が興奮して昂っている姿を横目にしながらも、圓潮はその意識を壁に埋め込まれている巨大眼球モニターへと向けていた。

 そこにはちょうど、奴良リクオと仲間たちが、渋谷へと向かっている姿が映し出されている。人間たちを救おうと奔走する奴良リクオ、その顔色からも彼の必死さが伝わってくるが。

 

「リクオくん……せいぜい駆けずり回るがいいよ」

 

 そんな死に物狂いのリクオに対し、圓潮は皮肉気味なエールを送る。

 既に百物語組の幹部たちは『耳』が逃げ出し、『骨』が倒されたてしまったが——そんなことで慌てる必要はない。

 

 どれだけリクオが『幹部如き』に戦果を上げようと結末に変わりはないと、圓潮は静かな笑みを崩すことなく言い放っていた。

 

 

「——どんなに頑張っても、最後に笑うのはこの世に悪が蔓延るとき現れるという……『救世主』だよ」

 

 

 

PM 10:00

 

 

 

「……はぁはぁ! はぁっ!!」

 

 地獄が広がる渋谷内。他の人々がそうであるように、制服姿のツインテールの少女も必死に逃げ惑うものの一人であった。

 

「た、助けて……助けてくれぇええ!!」

「や、やめろ! ギャアアアアアアアアアア!?」

 

 追いかけてくるのは魑魅魍魎の群れ。捕まった人間たちが一人、また一人と妖怪たちの手により無慈悲に殺されていく。

 その光景を、少女は直視することを避けた。出来れば悲鳴も聞きたくないと耳を塞ぎたかったが、その手にはスマホが握られている。

 少女は走り回りながら、そのスマホでここにはいない——幼馴染の少年へとメールを送っていた。

 

『カズ、渋谷に来ちゃダメ! ヤバいよ!!』

 

 今夜、彼とこの渋谷で遊ぶ約束をしていた。

 少し遅れてだが誕生日を祝ってくれるという彼の好意に甘え、渋谷で遊びたいと言い出したのは自分なのだ。

 

 ——カズ……アンタだけでも逃げて!!

 

 だから、せめて彼だけは巻き込みたくないという一心で、少女は警告を発する。

 きっと大丈夫だと、これで彼は渋谷に来ないと。少女自身も、追ってくる怪物どもから何とか逃げ続けていく。

 

「はぁはぁ……はぁ!?」

 

 

 だが、その逃げた先で——彼女は異様な光景を目の当たりにする。

 

 

「う、ううう……」

「寒い……寒いよ……」

「い、いや……帰りたいよ……」

 

 道のど真ん中、そこで複数の女性たちが項垂れていた。中学生から、大学生ほどの比較的若い年代。彼女らは一様に腕を縄で縛られ、背中の衣服が破かれて剥き出しになっていた。

 

「な、なによ、これ……どうして、こんな……!」

 

 人々がパニックで逃げ回る中、何故ここだけ女性たちが集められ、そして衣服が剥ぎ取られているのか。少女は何一つ理解することができず、その異様さを前に思わず足を止めてしまった。

 

 

「——ねぇ、キミどこから来たの?」

「——!?」

 

 

 すると、少女が呆然としているその横で一人の男が平坦な声で呟く。

 褐色肌に和装のその男は、拘束されて動けないでいる女性の一人に話しかけながら、手にしている筆を動かす。

 

「んー……家出かな? 彼氏いるの?」

「た……助けて……ママ……」

 

 男の特に意味もなさそうな問い掛けに、その女性は答えられない。怯えきっている彼女は涙を流しながら、ここにはいないのだろう母親に助けを求めている。

 だが、彼女の懇願が誰かに聞き届けられることはなかった。男はお喋りをしながらも筆を動かし、剥き出しになった女性の肌に直で『何か』を描いている。

 

 

「——よし……『きた』」

 

 

 筆を持って一分もしないうちに、男は女性の背中に——『妖怪』の画を描いた。それは、イノシシのような牙を持った飢えた犬のような怪物の画だった。

 

 

「う……ん……ガッ!? ガァアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 筆で背中をなぞられる、こそばゆい感覚に女性が吐息を漏らした、刹那——。

 

 彼女は口から悍ましい悲鳴を上げ、その肉体が人間ではない別のものへと変貌を遂げる。

 その肉体が弾け飛ぶように、彼女は背中に描かれた妖怪と同じものへと変わってしまったのだ。

 

「ひ、人が……化け物に……フグッ!!」

 

 偶然にも衝撃的な光景に立ち会ってしまった少女。その異質さに思わず口元を手で抑える。妖怪となった彼女は、他の怪物どもと一緒になってそのまま人間たちへと襲い掛かる。

 

 

 さっきまで人間だったものが、化け物となって人間を蹂躙していく。

『人間』が『人間』を殺しているのだ。

 

 

「はぁはぁ……はぁ……はぁ……」

 

 その悍ましさに、少女はもはや正気を保っていることすら困難。顔面蒼白、動悸も激しく息切れを起こし、その場にへたり込んでしまう。

 

「……キミがいいな……次は……」

 

 しかし男は平然と、怪物と化した女に一切の興味を示すことなく次を——新しい獲物を求めた。

 視線を漂わせたその目が、腰を抜かしていた少女へと向けられる。

 

「あ………あ、ああ…………」

 

 少女は悟る。次は自分だ。自分があの男の手によって妖怪へと変えられてしまう番だと。

 そうやって怪物となって——人間を殺して回るのだ。

 

 

 ——カズ……ごめんね……。

 

 

 絶望に打ちのめされながらも、どこか冷静に残酷な現実を受け入れる、受け入れるしかない少女。

 

 もう会うこともないだろう、幼馴染の少年に心の中で謝罪しながら——彼女は祈る。

 

 せめて、せめて彼だけは逃げてくれと。

 たとえ怪物になったとしても、彼だけは殺したくないと切実に願うしかなかった。

 

 

 

PM 10:30

 

 

 

「…………この街はいい」

 

 一通り、目についた好みの女性たちを妖怪へと変えた画師。ビルの上から満足げに、地獄絵図と化した渋谷の街を見下ろして笑みを浮かべる。

 

「あらゆる欲に満ち、俺の意欲を掻き立てる……この地獄絵図は俺の全存在をかけた最高傑作になる……!」

 

 男が渋谷を選んだのは、彼が求める条件を悉く満たしていたからだった。

 

 渋谷——東京を代表する繁華街。

 常に人で溢れかえっているこの街では、様々な感情が生まれては消え、生まれては消えるを絶えず繰り返している。尽きることを知らぬ人々の欲望が歯車となり、この街に命を灯しているのだ。

 

 その命の輝きに誘われるように、男はこの街へと引き寄せられた。この街で己の欲望を満たすため——若い女性たちの背中に画を描いていく。

 自分の好みとなる女の素肌をキャンバスに、男の歪んだ創作意欲はより一層掻き立てられていった。

 

「あとは主役だ。この地獄で血に沈む色男……」

 

 だが、まだ足りない。

 いくら女性たちを妖怪に変えたところで、画師の欲望は決して満たされない。この作品——『地獄絵図』完成させるためには、足りないピースがある。

 

 

「早く来いよ……奴良リクオ。お前の屍でこの画は完成する!!」

 

 

 そう、奴良リクオだ。

 この地獄絵図の中で奴という至高のモデルが朽ち果てることこそが、この画師の——鏡斎の望み。

 

 

 山ン本の腕——『狂画師・鏡斎』。

 

 

 鬼ごっこの作戦がどうなど、百物語組の目的がどうなど、彼にはもうどうでもいいことだった。

 

 

 

 ただ己の欲望を満たすためだけに、この渋谷に彼は自らの理想を描いていく。

 

 

 




補足説明

 三ツ目八面
  なんと……彼こそが山ン本五郎左衛門!! 山ン本の脳だったんだ!!
  な……なんだって!! って、ここまで読んでくれた読者にとっては今更。
  ちなみに原作だと、最後まで三ツ目八面として怪しまれることなく、フェードアウトする脳みそくん。

 狂画師・鏡斎 
  お待たせしました……お待たせし過ぎたかもしれません。
  ぬら孫の原作史上、もっとも嫌悪感を抱かれているかもしれない男。 
  女性の背中に画を描くという性癖を路上で全開させる高レベルの変態。 
  感想のコメント欄を見るに、本小説でも吉三郎とツートップで嫌われてる。
 
 地獄絵図
  今回のサブタイトルにもなっている、鏡斎の必殺技?
  この地獄絵図こそ、彼の生涯に残してはならない最高傑作。
  この地獄の中で、次回……『彼女』たちの鬼ごっこが幕を開ける。
  
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