何を言ってもネタバレになってしまうので一言……本当に最高だった!!
ここまで凄まじい熱量のこもった作品は中々ない!
エンタメとは何なのか、これでもかというほど見せつけられた感じです!
さらに『デジモンゴーストゲーム』が前回で最終話を迎えました。
全体を通して楽しませたもらったシリーズ。最後の戦いはデジモン史に残る激闘だった。
これを機にデジモンというコンテンツがさらに盛り上がって欲しいと思いましたが……後番組が『逃走中』という謎のセレクト。
……いったい、どの世代を狙っているのだろう?
そういった傑作たちに心動かされ、長らく更新していなかったぬら孫の続きを書いています。
久しぶりのため作者自身もちょっとうろ覚えのところがありますが、何とか話に付いていきたいと思っています。
PM 11:00
「むむ……やっぱり電話には出ないか。奴良くん! キミは……今どこにいるんだ!?」
清十字清継が自宅から街中へと飛び出してから、既に二時間以上が経過していた。
奴良リクオの無実を証明しようと行動を起こした清継は、ネットの目撃談などを頼りにリクオがいるであろう場所を目指していた。しかしネットもだいぶ混乱が広がっており、正確な情報を見極めるのは困難を極めている。
いっそのこと、直接連絡を取れないかと何度か電話を掛けてみたが、繋がらない。清十字団連絡用の呪い人形型の携帯電話を持ち歩いていないのか、あるいは持っていても出られないような状況なのか。
いずれにせよ、清継一人で奴良リクオの元まで辿り着こうとするには、それ相応の『覚悟』をしなければなるまい。
もはや東京の街中に安全と言えるような場所はなく。こうしている今も——妖怪の脅威はすぐ側まで迫っているのだから。
「——ギャアアア!!」
「——うわっ!!」
人々の悲鳴が響き渡る。
ガサガサと、台所に出て欲しくない黒光りするアレの這いずる音が聞こえたかと清継が振り返ると——もうそこに妖怪の姿があった。
『————』
殺した人間の遺体を口にくわえた女性の上半身に、口にするのも憚れるようなアレな昆虫の下半身を併せ持った異形の怪物。
悍ましい唸り声を上げながら、次の瞬間にも素早い動きでこちらへと急接近してくる。
『——シャアアアアアアアア!!』
「の、のぁあああああ!? よ、妖怪ぃいいいい!!」
清継にとっては待ちに待った妖怪との遭遇だが、これっぽっちも嬉しくない。彼が妖怪を求めていたのは、ずっと『妖怪の主』に会いたかったからだ。
自分を闇の中から救ってくれたあの人に、もう一度会いたくてずっと妖怪の影を追い続けてきた。
その主こそが、奴良リクオであったのだが——出来ればその事実を自身の肉眼で確かめてみたいと、今は強く思う。
だがリクオの元に辿り着く前に、清継は絶体絶命の危機に陥っていた。
彼の妖怪の主への熱い思いなど関係なく、残虐な怪物はその命を奪い去ろうと容赦なく牙を剥く。
「——外に……」
しかし、ここで清継の元に『救世主』が颯爽と駆けつける。
清継の目的の中には『妖怪に襲われているところをあの人に助けてもらう』という願望があったが、図らずとも今回でそれが叶ったこととなった。
もっとも、彼を救ったのは妖怪の主などではなく。
「——出んじゃねぇ!! 人間ども!!」
「——っ!?」
人間への警告を叫ぶ屈強な大男の拳が、清継を襲おうとした妖怪の顔面へと叩き込まれる。
その強烈な一撃でその妖怪は木っ端微塵、それ以上の殺戮は許されずに消し飛んでいく。
「うわああっ!? ……って、あれ? なんか……どっかで見たことがあるような?」
突如として出現した大男の活躍に感動よりも驚きが上回る清継だったが、その妖怪と思しき男に見覚えがあることで冷静さを取り戻す。
それは、鉄紺色の法衣を纏った破壊僧。
ドレッドヘアのような髪型に、首にかけてある骸の数珠が特徴的。
妖怪の主である、奴良リクオ。
その百鬼夜行に名を連ねる、奴良組の特攻隊長——剛力無双の青田坊、その人であった。
「——これで百匹目、キリがねぇ……」
一撃で敵妖怪を仕留めた青田坊だったが、その顔に余裕の色はない。
彼自身が呟きを溢したように、仕留めた妖怪はこれで百匹目。これまでの道中で倒した連中同様取るに足らない雑魚ではあるが、それだけの数を倒して尚、街中に蔓延る妖怪どもは一向に減る気配を見せない。
倒しても倒しても湧いて出てくる、百物語組が繰り出す怪異ども。
三百年前のときのよう、きっと〈怪談)を生み出す発生源のようなものがあるのだろうが、生粋の武闘派である青田坊ではそこまで気が回らない。
とりあえず今は目に付いた敵を。人間たちを襲っている妖怪を、片っ端から倒していくしかないでいた。
「…………すげぇ」
「ゆ、勇者様だわ……」
そんな青田坊の活躍に、助けられた人々は感動に打ち震えている。
「すごぉい、たくましい……」
「なんて強いの……」
窮地のところを救ってくれたこともあってか、吊り橋効果で熱っぽい視線を送ってくる女性もチラホラと。
「フフ……」
その視線や黄色い歓声に、青田坊はちょっぴり得意げだ。
普段はあまり女性からそういう目で見られることがなく、そういった役目を黒田坊に取られていることもあってか、満更でもない気持ちで笑みを浮かべる。
「——あの人なら……きっと奴良リクオを殺してくれる!!」
「——奴良リクオを……殺せ!!」
「——俺たちを救ってくれ!!」
しかし、青田坊の気持ちに水を差すよう——彼らは『リクオを殺せ!!』などと声援を送ってくる。
奴良組三代目・奴良リクオを、幼い頃から青田坊が支えている主人を殺してくれと口々に叫ぶのだ。
「ああ!? だから違うってんだろ!! その話はっ——!!」
これに青田坊が一気に気分を害する。助ける人、助ける人。その大多数がそうやってリクオの死を望んでくるのだ。
その度にそれは違うと。リクオが決してこの騒動の元凶ではないのだと、青田坊は説明しようとする。だが口が上手いと言えない彼では、その詳細を事細かに説明することができない。
人を助ければ助けるほど、リクオの殺意を人々から聞かされる。正直、やるせない思いである。
「——あ、あなたは……あの時、闇の主と一緒にいた妖怪!!」
ところが、ここで今までとは全く違う反応を示すものが現れた。その少年は青田坊の姿を目に留めるや、過去に会ったことのあるような発言をする。
それが誰なのかを分かるや、青田坊の顔が露骨に引きつっていく。
——ゲッ! き、清継!?
眼前にいたのは、清十字清継。
浮世絵中学の生徒にして、清十字怪奇探偵団の団長。そして、奴良リクオの友人の一人である。
——なんでこいつがここに!?
雪女こと・及川つらら同様、『倉田』として浮世絵中学校に通っている青田坊。つららとは違い青田坊自身は清十字団の団員でもなく、これといって清継と親しいわけではない。
しかし清継の破天荒な言動・行動力は、同じ浮世絵中学の生徒であれば誰もが知るところである。青田坊もこのお騒がせ小僧がどのような奇行に走るか、全く予想することができない。
——めんどくせぇ奴が……けど、放っておくわけにもいかねぇしな……。
正直、直接的な関わり合いを避けたい相手ではあるが、出会ってしまった以上、放置することはできない。リクオのためにも、どこか安全なところまで保護するのが賢明だろう。
「なんて幸運なんだ!! 実は今、ボク闇の主を探してまして……合わせてくれませんか!?」
ところが青田坊の考えとは裏腹に、清継は彼と出会えた幸運に表情を輝かせる。
清継は青田坊が倉田として浮世絵中学校に通っているという事実こそ知らないものの、彼が闇の主——リクオの仲間であることはしっかりと覚えていたようだ。
自身の人生観を変えたと言っても過言ではない『闇の主』との会合を青田坊に希望する。
「…………あ? おい、探して……どうすんだい!?」
「ぐあっ!?」
だが清継の申し出に対し、青田坊は鋭く眼光を細める。ドスの効いた声で脅しながら、さらに清継の胸ぐらをぐいっと掴み上げた。
「まさか……テメェもリクオ様を殺してーのか? ああん!?」
「……っ!!」
「ひぃっ!?」
怒気を纏いながらの青田坊のガン飛ばし。そこには大の大人でも震え上がるほどの威圧感が込められていた。実際、青田坊を勇者と呼んで彼に黄色い歓声を送っていた人々も距離を取っていく。
いかに清継がリクオの友人であろうとも、彼の命を狙っているというのであれば容赦はしない。
青田坊に子供を傷つけるような真似は出来ないが、返答次第では下手なことが考えられなくなるよう、割りかし本気で脅し付ける必要があるだろう。
「ち、違う!? ボクは彼を撮りたいんだ!?」
「ああん?」
だが、清継から返ってきた答えは青田坊の予想だにしないものであった。
清継は手にビデオカメラを持ちながら『彼』を——リクオを撮りたいと、自身の目的を声高々に叫ぶ。
「——今、世間じゃ奴良くんが悪者になってる! だからボクが撮って明らかにするんだ!! 何が本当なのか!? そして……彼が悪者なんかじゃないってことを!!」
青田坊に胸ぐらを掴まれながらも、清継は一息に捲し立てる。
リクオの活躍を、その勇姿をカメラに収める。噂話やネットで歪曲した情報に振り回されることなく、真実の姿を在りのまま撮ろうというのだ。
それは、リクオを信じていればこそ成り立つ思考だ。リクオが人間たちを助けると分かっているからこそ、その映像を持って人々に彼の潔白を訴えることができると考えた。
その話を聞く分には、少なくとも清継はリクオの味方だと判断できる。
「……お前が、どうしてそんなことをするんだ?」
しかし何故清継がそんなことを、それも街中で妖怪に襲われるような危険を冒してまでやる必要があるのか。そういう疑問が青田坊の中で生まれる。
清継がそこまでしなければならない——『理由』。それをその口から直接聞くまでは信用ならないと、清継の胸ぐらを掴んだまま青田坊は相手の答えを待った。
「闇の主はボクの憧れなんだ! 彼がこんなこと……する筈がない!!」
青田坊の問いに、清継は率直な思いで答える。
清継にとって闇の主は憧れそのもの。その憧れが、尊敬してやまない相手が不当に貶められていることが我慢ならないと。
それだけを聞くと、闇の主という存在を盲目的に信じているだけのようにも思える。
だが——。
「——それに彼は……奴良君はボクのマイファミリー……友達だからね!!」
清継はウインクしながらそのように付け加えた。
闇の主は確かに憧れの存在だが、それ以上に彼は——奴良リクオは清十字清継の『友達』だ。
寧ろ、人間としてのリクオのことをよく知っているからこそ、より彼の無実を信じることができるのだ。
ただ盲信しているだけではない。清継が奴良リクオという人間とちゃんと向き合っている証拠である。
「おめぇ……なかなか根性のあるヤツだったんだな」
清継の答えに納得がいったとばかりに、青田坊は口元に笑みを浮かべる。
それは青田坊が、初めて清継という人間を見直した瞬間だった。ただのお騒がせ小僧だと思っていた少年を、一人の男として認めたのだ。
ならばその意気に応えてやろうと、青田坊は胸ぐらを掴んだままの清継を——自身の『相棒』へと座らせる。
「気に入ったぜ、乗りな!」
「えっ!? うわっわっ!! わっ!?」
青田坊に思いっきりぐいっと引っ張られた清継は、その頭にヘルメットを被らされた。それは当然の安全対策だ。
清継が座らされた乗り物は——青田坊が愛用する『バイク』の後部座席であったのだから。
そのバイクこそ、青田坊が倉田として率いている暴走族『
「よ、妖怪がバイクに!? 現代の輪入道か!?」
これには妖怪に詳しい筈の清継もビックリだ。車輪といえば輪入道と、清継の知識でもそれくらいしか思い浮かばない。青田坊とバイクの組み合わせなど、きっと古い伝承にも記されていないだろう。
「おう、黒羽丸! ……なに? 渋谷に送ったぁ!?」
「ケータイ!? 妖怪もケータイ!?」
驚く清継を余所に、青田坊はさらに携帯電話まで取り出し、誰かと連絡を取り合う。ガラケーではあるものの、現代の文明に対応している妖怪の実態にさらに目を剥いて驚く。
「みんなにも知らせとくか……」
「は、速い!? 文明の利器に熟れてる!!」
さらには電話の内容——『リクオが今どこにいるか』という情報を他の仲間たちに知らせるため、青田坊はメール文章を瞬時に作成、それを一斉送信していく。
流れるような手際に、もはやツッコミが追い付いていない。流されるままの清継だが、そんな彼を尻目に青田坊はバイクのエンジンを吹かしていく。
「——渋谷に
「——ハ、ハィイ!!」
そう、渋谷だ。
パニック状態の清継はいまいち実感を持っていなかったが——そこに彼がいる。
清継が長年追い求めてきた闇の主が——奴良リクオが、今まさにその渋谷で戦っているというのだ。
PM 11:20
「…………家長さん」
浮世絵中学校・保健室前の廊下。
理科教師の横谷マナが祈るような仕草で項垂れている。彼女は保健室で今も意識が目覚めない生徒——家長カナの無事を願っていた。
自分たちを守るために深く傷付いた家長カナ。彼女は現在進行形で診察・治療を受けていた。彼女の容体を診てくれているのは、一時間ほど前に浮世絵中学へとやってきた——妖怪たちの集団だ。
彼らは奴良リクオの要請でやってきた、奴良組の『治療班』とその護衛の『武闘派』だという。
一応、学校を襲ってきた連中とは違い理性的で、会話が通じる相手ではあった。しかし初対面である彼らを前に、最初はマナも疑いの目を向けたものだ。本当に自分たちの味方なのか、生徒を任せていい相手なのかと慎重になっていた。
だが、彼らと同じ奴良組の傘下でもあるという、二年生の白神凛子が『彼らは大丈夫!!』と太鼓判を押してくれた。
生徒である凛子が大丈夫だと言うのならばと、教師としてそれを信じるだけだと。カナのことは医療のプロに任せ、マナは大人しく身体を休め——られるわけもなく。
何もできないと分かっていながらも、廊下でカナの容体が急変しないか。気が気でない思いでずっと待機し続けている。
「下平さん、そろそろ休んだらどう? 家長さんのことは……私が見ておくから……」
そうして廊下に待機していたのは、なにもマナ一人ではなかったりする。
「こんな状態で寝れるわけないし。私も……カナのことが心配だから……」
マナの言葉に首を横に振り、自分も起きていると主張したのは——カナのクラスメイトの下平だ。リクオや凛子ほどではないものの、彼女もカナとはそれなりに仲の良い友人の一人だ。
ちなみに以前までの彼女なら、家長カナのことを『家長』と苗字で呼んでいたが、今は『カナ』と下の名前で呼んでいる。
それだけ今回の件、下平の中でカナの存在が大きくなったということだろう。
真っ赤に腫らした目を擦りながら、カナはどうなるのかと心配そうな顔で俯いている。
「……先生、家長くんの容体は変わりありませんか?」
さらに他にも、カナの容体を気に掛ける生徒がいる。
二年生の男子生徒。眼鏡をクイっと上げるような動作が、どこか様になっている彼は生徒会長の西野だ。
生徒の代表としての立場か、表面上はそれなりに冷静な態度である。
「私からはなんとも……西野くん、他のみんなはどう?」
落ち着きを払った彼の態度に教師として安堵しつつも、カナの容体に関してはマナもどっちつかずなことしか言えない。
そのため逆に他のみんなの様子はどうかと、西野に聞き返すことでその場は何とか取り繕う。
「……ほとんどの生徒が今も起きてます。とても眠れるような状況じゃ……ありませんからね」
「そうね……みんな、不安よね……」
マナの問い掛けにやはり焦りを見せずに西野は答えてくれたが、正直あまりいい報告ではなかった。
妖怪の襲撃を受けた面々、放課後も浮世絵中学に残っていた生徒たちだが——その大多数が、今も学校に留まっている。
屋外はどこもかしこも妖怪の襲撃を受けているという話がネットを中心に広まっている中、下手に出歩くのは危険だと。幸い家族の無事を電話やメールなどで確認したことで、皆もとりあえずは一息付けている。
奴良組が派遣してくれた護衛もあるため、他所よりは安全だろうと。今夜は学校で一晩を過ごすことになっていた。
かといって、それでお泊まり会や合宿といった感じでワクワク気分に浸れるわけもなく。
生徒たちも、教師であるマナも。何も出来ないまま、不安の時間を過ごしていく。
「——ふぅ~……」
ややあって、保健室からカナの容体を診てくれていた妖怪の医者が出てくる。和服が様になっているその男は、いかにもヤクザ映画に出てきそうな血気盛んな若手の極道といった風貌。
「……!」
「……!」
彼が強張った顔で汗を拭っていたこともあり、廊下で待機していた面々が気圧された表情で一歩ずつ下がっていく。
「せ、先生!! 家長さんの容体は!? 彼女は……大丈夫なんですか!?」
そんな中、カナの体調を真っ先に心配したマナが医者の先生——鴆に向かって一歩足を踏み出す。この鴆という男こそ、奴良組から派遣された医療のスペシャリストだという。
リクオも彼ならば信頼できると、わざわざ手を回してくれたのだろうが、それでも心配は尽きない。果たしてカナは無事なのか、専門家の言葉に耳を傾けていく。
「とりあえず峠は越えた……ここから病状が急変、なんてことにはならねぇだろう、安心しな……」
厳しい表情を崩すことこそなかったものの、鴆はカナの容体が安定したことを告げてくれた。
「あ……ありがとう!! ありがとうございます!!」
マナは鴆の言葉に嬉し涙を流し、ひたすらお礼を言いながら膝から崩れ落ちていく。
教師として情けないと思いつつも、色々と限界だった。張り詰めていた緊張の糸が切れ、どっと疲れが押し寄せてきたのだ。
「せ、先生!?」
「だ、大丈夫ですか……?」
倒れるマナに下平や西野が慌てて駆け寄る。教師であるマナの身体を助け起こしながらも、彼らの表情もいくらか明るい。
皆、カナの命が無事だったことを心底から安堵している。
「礼なら俺より、あの子……白神家のお嬢ちゃんに言いな」
だが鴆はそれを自身の手柄と誇るでもなく、保健室に背中を向けたまま後方を指差した。
「……すぅ……すぅ……」
「ん……カナちゃん……」
保健室では二人の少女が寝息を立てている。一人はベッドで横たわる家長カナ。最初の頃よりだいぶ顔色の良くなった彼女が、穏やかな表情で眠っている。
もう一人は白神凛子だ。彼女はカナの手を握りしめながら、そのままベッドに突っ伏していた。寝言でカナの名前を呼ぶ彼女の表情はだいぶ疲れているようだが、どこか達成感にも満ち溢れていた。
「白蛇の畏ってやつか? ああやって、あの子が側にいてくれたからな……こっちも仕事がやりやすかったぜ」
鴆の治療の甲斐もあってだろうが、一番の功労者は凛子の『白蛇』としての畏によるものだ。
幸運を呼び込むとされる、土地神・白蛇の血を引く彼女の妖怪としての『畏』が、カナを不幸にはしないと彼女の体調を常に良い方向に整えてくれたのだという。
しかし無意識に力を行使し続けていたせいか、凛子自身もすっかり疲弊。今は力尽きて眠りこけているとのことだ。
「そうですか、白神さんが……!!」
鴆の説明にさらに感極まったよう、マナの瞳から涙が止めどなく溢れ出してくる。
カナと凛子。生徒同士が力を合わせ、この苦境を乗り越えたのだ。教師として、生徒の成長には感無量としか言いようがなかった。
——……とはいえ、あんまり楽観視できるような状態じゃねぇぜ……!!
一方、安心しきっている人間たちを余所に、鴆は内心ではかなりの焦りを覚えていた。
——あの家長って子……いったい、いつからあんな状態なんだ?
彼は医者として、カナの怪我の手当てを施しながら彼女の身体を一通り診察した。
時間も僅かで簡易的な検査しか出来なかったが、それだけでも十分にカナの身体が——決して良い状態ではないことが分かってしまった。
凛子のおかげで持ち直したし、今すぐにどうなるというものでもないが、決して放置していい体調ではない。
——……リクオに何て伝えりゃいいんだよ! あいつだって、今は苦しい時だってのに!!
カナのそんな状態を、鴆はリクオに何と報告すべきか迷っていた。
今回の一件でリクオ自身、人間社会での居場所を失い深く傷付いているだろうに。
そんな彼に追い討ちをかけるよう、今の幼馴染の容体を報告するなど。いくらリクオといえども、平静でいられるかどうか。
彼の苦悩を考えればこそ、今から気が滅入るような話である。
「…………ん? そういえばあの小僧……陰陽師の奴はどこいった?」
と、リクオやカナの今後について深刻に考え込む鴆だったが。そこでカナの保護者とでも呼ぶべき少年・土御門春明の姿がないことに気付く。
他の奴良組の面々同様、鴆も春明のことを快く思っていない方ではあるが、流石に彼にも今のカナの状態は伝えておくべきだと思っていた。
しかし肝心の彼の姿がどこにもない。カナに対してだいぶ過保護に見えていただけあって、その不在を意外に思う。
「彼でしたら、外で暴れてくると……なんか物凄い顔で……その、止めることもできなくて……」
「…………」
鴆の疑問に、生徒会長の西野が言葉途切れ途切れながらも答える。春明は外へ——今も妖怪たちが暴れている、東京の街へ単身飛び出してしまったというのだ。
西野は春明を止めようとしたらしいが、とても口を挟めるような形相ではなかったと。その表情を引きつらせている。
——あの野郎も、色々と問題のある小僧だな……。
春明の単独行動にさらに鴆は頭を抱える。
奴良組の護衛が学校に到着してから姿を消したところを見るに、ある程度自分たちの戦力を当てにはしているようだ。しかしこの状況で一人で戦いに赴くなど、あまり褒められた行動ではない。
もしかしたら、家長カナという少女を傷つけられたことで激情に駆られているのかもしれない。少し大人びて見えても、やはりその精神性は年頃の少年のものだった。
——リクオ……相手が誰であろうと、負けんじゃねぇぞ!!
そういった春明の動向を気に掛けつつも、やはり鴆が第一に考えるのは己の義兄弟・奴良リクオのことであった。
今回の戦いは百鬼夜行戦ではなく、個々の力が試される戦いだ。
そのため、一人の妖怪としては力が強いとは言えない鴆に出来ることは後方支援くらい。第一線で戦えない自分の不甲斐なさに、人知れず悔しい思いをしていたりもする。
だが自身の医者としての腕が望まれ、義兄弟が大切にしている女の子を任されたのだ。
ならばそのことを誇りとし、彼女の容体が少しでも快方に向かうよう今は全力を尽くすのみだと。
奴良リクオが必ず勝つと信じ、鴆は家長カナという少女の『その後』についても思案を巡らしていく。
PM 11:40
「うわぁ……これはダメだ……」
「どーなってんのよ、渋谷……」
どこもかしこも妖怪たちの被害が酷い東京だが、その中でも特にこの『渋谷』はまさに地獄絵図と化していた。
ビル内部、建物の上層へと逃げ込んだ女性たちが眼下の景色を覗き込めば——見渡す限り、そこは魑魅魍魎の化け物たちがあちこちに蔓延っている。
巨大な昆虫のようなものもいれば、ゾンビのように徘徊するもの。
大きな身体に口だけしかないお化けや、無数の腕を持った人型の何か。
骸骨のような定番なものもいれば、何と形容していいかも分からないものまで。
もはや生命を冒涜するような外見をした妖怪までもが、地上を這いずり回り——人々を追いかけ、殺している。
彼らをデザインした創造主がいるのであれば、相当に悪趣味なセンスをしていると言える。
「ヒャッ!? よ、妖怪が入ってこようとしてる——!!」
そんな地上を埋め尽くしていた化け物たちの群れが、とうとう女性たちの逃げ込んだビル内部へと侵入してきた。
階段やエスカレーター、ビルの壁面をよじ登ってくるものまで。まるで彼女たちの逃げ道を塞ぐよう、ジリジリとにじり寄ってくる。
「い、いやぁ! も、もっと奥に逃げようよ!!」
「どこも一緒だよ!」
「上行こう!! 上っ!!」
近づいてくる妖怪たちを前に、女性たちは逃げ道が上にしかないと急いでエスカレーターを駆け上っていく。
しかし上に逃げたところで袋の鼠だ。どう足掻いても絶望しかない状況に、誰もが悲壮感を漂わせている。
「——いや、大丈夫っしょ!」
そんな誰も彼もがパニックに陥る中、一人の女子中学生が落ち着いた様子で他の女性たちを導いていく。
「こういうのって、意外に中から招かないと入れなかったりすんのよ!」
金髪のその子の言うとおり、妖怪の中にはその家の住人に『招いて』もらわないと建物の内部に侵入できないものもいる。
無論、眼下の連中がそれに該当するかどうかは別だが、その言葉のおかげで女性たちも落ち着きを取り戻していく。
「ほ、本当? 詳しいんだぁ?」
「うん!! あたしら……妖怪超詳しいよ!!」
「そ、そーなんだ……それなら……」
さらに彼女は妖怪に超詳しいと、余裕そうな笑みすら浮かべてくれる。
それによって柔らかくなっていく空気。女性たちは慌てず騒がず、上の階層へと避難することが出来ていた。
「……巻、大丈夫?」
「ああ……とにかく落ち着かせようぜ、鳥居」
妖怪に詳しいと皆を安心させていたのは、清十字怪奇探偵団の一員——巻と鳥居の二人であった。彼女たちは偶々渋谷まで遊びに来て、今回の騒動に巻き込まれてしまった。
だが普段から清継に妖怪の話を聞かされていたり、実際に妖怪に襲われたことのある経験が役に立ったのか。彼女らはパニックにならず、他の人々に気を使う余裕すらみせる。
もっとも、そんな彼女たちからしても此度の事件は異常事態といえよう。いきなり湧き出すように出現した化け物たちの群れを前に、果たしてどこへ逃げればいいのか。
鳥居と巻は二人で身を寄せ合いながら、これからどうするかを小声で話し合う。
しかし彼女たちが対応策を話し合う暇もなく、事態は刻一刻と変化していく。
「ヒッ!? な、何よ……あれ!?」
女性の一人が『それ』に気づいて悲鳴を漏らす。
彼女の視線の先には何もないビルの壁面があったが、その壁一面に——妖怪の絵が浮かび上がったのだ。何者かが筆によって描いたその絵は、まさに魑魅魍魎が集った百鬼夜行のようだ。
そして、次の瞬間にも——その絵が蠢き始め、描かれた妖怪たちが実体化した。壁や窓を材料にして、化け物たちがこの現世に顕現していく。
「窓が……壁が!! 妖怪に!?」
「は、入ってきたぁ!?」
これに冷静さを取り戻していた女性たちも一気にパニックに陥っていく。自分たちのすぐ目前に妖怪が出現したのだ、冷静になれという方が無茶というものだろう。
「奥へ!! 上行こ……落ち着いて!!」
そんな中においても、巻は比較的落ち着きを保っていた。彼女自身も内心で驚愕しながらも、女性たちの避難誘導を率先して行なっていく。
「巻っ……どうしよう!?」
だが鳥居は既に一杯一杯だった。側に巻がいるからこそまだ平静さを保っていられるが、そうでなければ彼女もとっくに正気を失っていただろう。
「鳥居、大丈夫だから! あたしが、付いてるから!!」
しかしそれを言うなら巻もそうだ。
彼女が冷静でいられるのも、隣に鳥居がいるからこそ。彼女を守るためにも自分がしっかりしなければならないと。
その想いがあるからこそ、彼女は強気に立ち回ることができているのだった。
そうして、いよいよ持って追い詰められていく巻や鳥居たち。最上階のフロアへと辿り着いてしまったことで、これ以上の逃げ場を失う。
「はぁはぁ……」
「……っ」
化け物が迫り来る中、女性たちはアパレルショップとなっていたそのフロアの奥、カーテンや物陰に隠れ、その場をやり過ごそうとする。
妖怪に見つからないでくれと、祈るような思いで息を殺す。
「い、いやぁ!!」
「来ないで!?」
しかしその努力も虚しく、一人また一人と妖怪たちに見つかり、その身を引きずられていく。
不思議なことに、妖怪は女性たちをすぐには殺さなかった。彼らは明確な意図を持ち、彼女たちを拘束。背中の衣類を剥ぎ取っていく。
「——服を剥いで並べとけ。さて……どの娘にしようか」
それが妖怪たちの創造主——『男』の指示だった。
褐色肌に和装のその男が妖怪たちを産み出し、従え、女性たちを絶望の底へと引き摺り落としていっているのだ。
男は捕らえた女性たちを見回し、めぼしい娘がいないかと物色していく。
「ん?」
その際、男の視線は——ある一点に向けられたところで止まる。
「あんたたちは!?」
「いーから、入んな!!」
そこでは鳥居と巻の二人が他の女性を数名、防火対策用のシャッターの奥へと押し込んでいた。決して鉄壁の守りとは言えないが、何もないよりはマシだろうとそこへ女性たちを避難させたのだ。
その一方で、自分たちはシャッターの前で妖怪たち相手に立ち塞がる。巻にいたっては鳥居をその背に庇いながら、十徳ナイフを構えていた。
「ふぅ~……鳥居もいけよ」
「…………」
「へへ、渋谷なんか遊びにくんじゃなかったな……」
巻は鳥居にもシャッターの中へ避難して欲しかったようだが、彼女は何も言わずに首を振った。
どんなときでも一緒にいたいということだろう。親友の心意気に巻は強がりの笑みを浮かべながら、ここからどうしたものかと思案に耽る。
「——あの娘じゃないか」
そんな二人へと狙いを定める褐色の男。気が昂ったのか、唇を舌で舐めながらその視線を——鳥居へと向けていく。
「——え?」
ゾクリと、鳥居の背筋が震えた。
男のねっとりとした視線、どこか見覚えのあるその姿に——過去の記憶がトラウマのようにフラッシュバックする。
古びた一軒家で、鳥居夏美は縄で縛られていた。
束縛されている彼女の姿をじっくりと観察しながら、男は絵を描いている。
何度も何度も、鳥居に似た女の子の絵を描き。
やがて、地下のコインロッカーまで彼女は運び込まれていく。
こうして——都市伝説〈地下鉄の少女〉は産まれてきた。
「ま、巻!! 私、あの人知ってる……」
「えっ!?」
瞬間的に浮かび上がってきた、自身の奥底に眠っていた記憶に鳥居は縋るように巻の肩を掴む。
「嫌だぁ……」
自分がされたことを朧げながらもを思い出したことで、鳥居は恐怖と嫌悪、どうしようもない抵抗感から男の存在を拒んでいく。
しかし、男は鳥居の感情などを全く考慮することなく。
「やあ、また会えたね……」
好みの娘にもう一度出会えた幸運にペロリと筆の先っちょ舐め回し、己の創作意欲をより一層高めていく。
男の——狂絵師・鏡斎の歪んだ欲望、魔の手が二人の少女へと迫る。
「…………う……首……無………」
東京のあちこちで戦いが繰り広げられる中、瀕死の重傷を負った毛倡妓が投げ捨てられた茂みの中から這ってでも進もうとしていた。
敵幹部の術中にまんまと嵌ってしまった彼女。その姿を写し取っていった敵は、巧妙にも自分の姿に化け——首無を狙うような口ぶりで立ち去っていった。
「つたえなきゃ……」
伝えなくては。
自分と同じ姿をした敵に彼が、愛しい相手が狙われているという事実を。この際誰でもいい、彼に危険が迫っていることを伝えて欲しいと手を伸ばしていく。
だが、それ以上は満足に立ち上がることも出来ず。
毛倡妓の意識は、そこからひどく曖昧なものとなっていく。
「…………」
人気のない公園に倒れる毛倡妓へと、近づいてくる『人影』があった。
その影は怪訝そうな表情で、見覚えのある瀕死の毛倡妓を見て一言、ボソリと呟きを溢していく。
「……何が起こっているんだ?」
きっとその台詞は、東京中で起きている事件に巻き込まれている全ての人々が口にした言葉だろう。
しかし、その影に他の人間たちのように取り乱す様子はない。
己の為すべきことを理解しているのか、明確な決意を持った上で行動を起こしていく。
補足説明
血畏夢百鬼夜行
今のところ特に掘り下げる予定はありませんが、名前が出てきたので説明。
青田坊が倉田として率いている暴走族のチーム。
一応は表向き中学生である倉田が総長を務めてるって……明らかに問題があり過ぎるだろ。
次回予告タイトル
『狂画師・鏡斎』次回も鏡斎(変態)が大活躍! お楽しみにね!!
この辺りはサクサク進めたいのですが、中々書くことが多くて……。