家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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『ぬらりひょんの孫~陰~』のネタバレ感想!
先月からウルトラジャンプの方で始まった短期集中連載の第一回。
リクオが初めて覚醒した小学校三年生から中学生になるまでの空白の期間を描く本作。

いや~まさか令和の時代になってから、新作のぬら孫が読めるようになるとは……。
しかものっけから、カナちゃんが妖怪に襲われている!
ちゃんとヒロインをしていることに感動した!!

新キャラの妖怪・油取り……これまた特殊な変態が現れたな。
丁度今活躍しているぬら孫屈指の変態・鏡斎に負けず劣らずの新星だ。
こいつの台詞「カナ油ペロペロ」明らかにヤバい奴や……。

お面を被ったリクオも恰好良かったし、残り三回の連載にも期待大です!


第百七幕  狂画師・鏡斎

AM 0:00

 

 

 

 午前零時。

 日付を跨ぐ境界線。新しい一日が始まる瞬間であり、昨日という時間が終わりを告げた瞬間でもある。

 

 その瞬間をどのように過ごすか?

 大人しく床に着くか、夜遅くまで遊び回るか。あるいは深夜でも構わず働き詰めの毎日を過ごすか。人の生き方が多様化した時代、どのような在り方であれ他人に迷惑を掛けないのであれば、その人の自由にすべき。

 

 だが、その日の夜に限っては——誰も彼もが眠れぬ夜を過ごしたことだろう。

 

 夜遅くまで街に繰り出していたものは当然のことながら、家で大人しくしていたものまで震える夜を過ごしていた。東京中を巻き込む百物語組が仕掛けた『鬼ごっこ』により、人間たちの多くが妖怪の恐怖に怯えきっていたのだ。

 早く朝が来てくれと、普段は信じてもいないだろう神に多くの人間たちが祈りを捧げていく。

 

 だがその祈りも虚しく、人々の被害は広がっていくばかりだ。

 訳がわからないまま問答無用に襲われ、殺されていく人々。死に際に絶望の悲鳴を上げ、その絶叫を間近で見聞きした人間へとさらに恐怖を伝播させていく。

 

『——助けて……誰か!!』

 

『——いやだ……死にたくない!!』

 

『——どうしてこんなことに……』

 

『——誰でもいい……誰か……!!』

 

 滅亡の危機に瀕した人々の叫び、嘆きがネットを中心に広がっていく。

 

 このまま成す術もなく、人類は滅ぼされてしまうのか?

〈件〉の予言のとおり、奴良リクオのせいでこの国は滅びの運命を辿っていくことになるのか?

 

 誰もが絶望に顔を伏せる、そんな中——。

 

 

 人々の眼前に、一筋の希望の糸が垂らされる。

 

 

 

『——救世主』

 

 

 

 その噂の出どころがどこからなのか、詳しいことは誰にも分からない。

 

 だが気が付けば、人々の間でそんな噂がまことしやかに囁かれるようになっていた。

 

 やがてはそれこそが最後の希望とばかりに、人々はその噂に縋っていく。

 

 

『——救世主が、私たちを救ってくれる』

 

 

 

『——奴良リクオを殺して、私たちを救ってくれるだろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっ! ど……どうしたんですか?」

「……なんじゃ、こりゃ?」

 

 爆走中だったバイクが急停止したことで、後部座席の清継が運転手である青田坊に何かあったのかと問う。しかし青田坊自身も、目の前の惨劇に顔を顰めるしかないでいる。

 

 現在、青田坊は奴良リクオの元へと駆けつけるため、『渋谷』を目指してバイクをかっ飛ばしていた。

 本来であれば、街中に散らばる百物語組の妖怪どもから人間たちを守るため、各方面に散らばって個々の力で戦っていかなければならない状況。しかし、青田坊は清継の望みを叶えるためリクオの元へと急いだ。

 清継がリクオの活躍をカメラに収め、その映像を持って彼の身の潔白を証明しようというのだ。そのためならばと、危険な戦いの場に赴く覚悟も決めているという。

 

 ならば主のためにも、清継の漢気に応えるためにも。

 いざ渋谷へと、青田坊はバイクを走らせ——場所が近かったこともあり、一時間ほどで目的地へと辿り着いていた。

 

「こいつぁ、まるで……地獄絵図じゃねぇか……」

 

 だがその渋谷の地で、青田坊は『地獄』を垣間見た。

 これまでも、青田坊は街中に散っていた百物語組の妖怪どもを蹴散らしてきた。人間を無差別に襲い、殺戮するその光景は十分に惨劇と呼べるほどのものだっただろう。

 

 しかし、渋谷は青田坊がこれまで見てきたどんな場所よりも酷い有様だった。

 

「た、助けて……!!」

「い、いやだ!! 死にたくない!!」

「ひ、ひぎゃああああああ!!」

 

 まだ生存している人々の悲鳴が木霊する。

 唐突に降りかかる『死』、恐怖から逃げ惑うのは生あるものとして当然の行動であり、それをみっともないなどと誰が思うだろうか。

 

『ヴォオオオオオ!!』

『シャアアアアアアアアア!!』

 

 だが、そうやって無様に抗おうとする人間たちを追いかけ回し、いたぶりまわして容赦なく殺戮していく魑魅魍魎の化け物ども。

 理性も知能もなさそうな魔性の手により、一人また一人と。喰われ、潰され、引き千切られ、臓物をかき乱される哀れな犠牲者たち。

 

「うっ……!」

 

 その光景を目の当たりにした清継が気分の悪さから口元を抑えるも、なんとか吐き気は堪えた。それだけ彼の度胸が本物だと、その気概を誉めてやりたいほどだ。

 

 それほどまでに、眼前の光景は絶望一色に染め上がっている。

 希望などどこにもありはしない、まさに——『地獄絵図』そのものである。

 

「……清継、ここからは徒歩だ。行けるか?」

 

 その地獄を前に青田坊はバイクのエンジンを切り、清継に自力で立てるかを問う。

 本当ならこの地獄の中をバイクで突っ切り、一刻も早くリクオの元へと駆け付けたかったが、それだと眼前のこの光景を前に通り過ぎることになってしまう。

 いかに急いでいるとはいえ、目の前の惨劇を放置しておくことなど青田坊には出来ない。

 

 それは仁義に反することであり、『人間を守れ』と言うリクオの命令にも背くことになる。

 手間ではあるがここからは一匹一匹、眼前の妖怪どもを蹴散らしながら進んでいくしかない。

 

「は、はい……? い、いえ!! だ、大丈夫です!!」

 

 一瞬気後れする清継だが、彼もすぐに覚悟を決めていく。たとえ目の前にどんな光景が広がっていようと、彼の思いは最初から最後までぶれない。

 この地獄の中を戦い抜いている彼ら奴良組の——奴良リクオの活躍をカメラに収める。

 

 

 それこそが自分に出来ることだと信じ、清十字清継もこの地獄の中へと飛び込んでいくこととなる。

 

 

 

AM 0:10

 

 

 

「…………」

 

 悍ましい妖怪たちに追い回され、ビルの最上階フロアまで追い詰められていた巻と鳥居。何とか最後まで抵抗しようと、巻は十徳ナイフを構え——眼前の男と対峙していた。

 

 褐色肌の和装の男性。見た目だけであれば、ただの人間にしか見えない。

 しかし化け物どもを従えているその男が、ただの人であるわけもない。

 

 なにより——。

 

「ま、巻ぃ……」

 

 あの鳥居が、親友である彼女があの男に怯えた目を向けていた。パニック一歩手前といった感じで、しがみつくように自分の背中に縋り付いている。詳しい事情は何も知らないが、ここまで鳥居を怯えさせるのだから、この男が『敵』であることに間違いはない。

 油断のない構えで、巻はその男にナイフと敵意を向けていく。

 

「フフ……あのときは楽しかったね……」

 

 しかし、巻に鋭い得物と敵意を向けられようともどこ吹く風と。その男——鏡斎はまるで気にした様子もなく、その口元に微笑を浮かべ続けている。

 

「白いキミ、黒いキミ……コインロッカーに閉じ込められる少女でグッとくる絵は何だろう……キミを見ながら、色んな少女を造っては殺し、造っては殺したな……」

「!! コインロッカー……って、まさか……」

 

 何気なく呟かれた鏡斎の発言に、巻はハッと目を見開いた。

 

「お前が……ニセモンの鳥居を作ったやつか!?」

 

 コインロッカーの女の子、鳥居にそっくりだった偽物の少女。鳥居が地下のロッカーに閉じ込められる要因になった都市伝説。あの少女の『ルール』とやらに巻き込まれ、危うく巻自身も殺されかけた。

 あの後、気を失って目を覚ますと鳥居共々病院にいたため、どのようにして自分たちが助かったのか何も覚えていない。しかし、あのときの恐怖は今も鮮明に思い出せる。

 

 あのコインロッカーの少女に、巻は当然ながら良い感情を抱いていない。

 けどもしも、彼女を創造したものがいるというのなら。あのコインロッカーの少女を産みだし、あのようなことをさせていた輩がいるというのならば。

 

『——オオオオオオオオオオ』

 

 鏡斎の『腕』によって描かれたことで仮初の命を宿した妖怪たち。あの化け物どものように、コインロッカーの少女もただ産み出されただけに過ぎないのであれば。

 全ての元凶がコイツだというのならばと、巻の怒りが眼前の鏡斎一人へと注がれていく。

 

「…………キミは? その子の友達……親友かな?」

 

 もっとも、そんな巻の怒りにさえ鏡斎は全くの無関心。彼は巻が自分の気に入った少女・鳥居と親しい関係なのかと値踏みするよう、一方的に質問を投げ掛けてくる。

 

「……だったら何だよ!」

 

 その問い掛けに、巻は反抗心を剥き出しにして答える。

 

「……フッ、キミでもいい絵が描けそうだな」

 

 すると鏡斎はそんな巻の気概を気に入ったのか——。

 

「——捕まえろ」

『——オ、オオオオオオオオ!!』

 

 自身の手足となる妖怪たちに、巻と鳥居の二人を生きたまま確保するよう命令を下す。

 知性なきケダモノたちが、一斉に彼女たちへと群がっていく。

 

 

 

「ひぃっ……ま、巻!?」

「わっ……うわーっ!?」

 

 襲い掛かってくる魑魅魍魎の群れを相手に、鳥居と巻の二人が悲鳴を上げる。

 

 ——ヤバい、どうする!?

 

 ——どうする、どうする!?

 

 だがただ怯えるだけではない。今まさに迫り来る妖怪たちを前に、巻は必死に思案を巡らしていた。

 

 何かないかと。

 この状況を打開する『何か』が自分たちの手にないかと、かつてない勢いで巻は脳細胞をフル回転させていた。

 

 もっとも、ただの人間でしかない彼女たちに抵抗する術などなかっただろう。

 武器と呼べるようなものも一振りの十徳ナイフだけ、そんなもので妖怪をどうにかできるなどとは巻もそこまで自惚れていない。

 やはり無理なのかと、一瞬だが絶望しかける巻の心——。

 

「あっ——!?」

 

 しかしその日、その瞬間に限って——彼女たちには妖怪に抵抗する『確かな術』が存在していた。

 その事実を、巻は自身の『左手首』を視界に収めたことで思い出す。

 

 

「——やめろぉぉおおおおおお!!」

 

 

 巻は咄嗟に、上着の袖を捲りながら左手を妖怪たちに向かって突き出していく。

 

 

 刹那——突き出された巻の左手から閃光が迸る。

 

 

『ウォオオオオオオオオオオ!?』

『グギャアアアアアアアアアア!?』

 

 

 その光を浴びた妖怪たちが、断末魔の絶叫を上げて爆発四散した。

 

「……何だ?」

 

 これには流石の鏡斎も眉を顰める。

 爆発の規模も後方にいた彼に攻めってくる勢いであり、下手をすれば巻き込まれていただろう。その威力を前に自然と身体が仰け反り、鏡斎は彼女たちから数歩距離を置いてしまう。

 

「——今だ!!」

 

 その瞬間を、巻は見逃さなかった。妖怪たちを打ち払い、鏡斎を下がらせ、巻は鳥居の手を引きながら駆け出す。

 そのまま、すぐ近くにあったエスカレーターへと駆け込み、手すりを滑り台にして勢いよく下の階へと降っていく。

 

「巻? い……今の!! 今のなに!?」

 

 巻の手に引かれるまま、一緒にエスカレーターを降っていく鳥居だが、彼女の顔にも困惑があった。

 今のはいったい。まるで巻が陰陽術を行使したかのよう、妖怪たちを倒してあの男から逃げる隙を見出してしまった。

 喜ぶべきことなのかもしれないが、歓喜より純粋な疑問の方が先に浮かび上がってしまう。

 

「いや、ほれあったじゃん!? 京都で花開院家にいたときに貰ったやつが!!」

 

 しかし、困惑する鳥居に巻はさも当然のように答える。何故ならこれは巻だけではない、鳥居も知っていることなのだと。

 

「え!? あ、あれ……あれのこと!?」

 

 言われて鳥居も思い出す。

 半年前、夏休みに京都——花開院家に滞在していた際に手渡された『例のもの』について。

 

 

 

半年前

 

 

 

『——これを渡しとくわ……『人入(じんにゅう)の札』と呼ばれるものや……』

 

 京都で繰り広げられていたという、陰陽師と京妖怪たちとの戦い。

 巻や鳥居にとって最初から最後まで蚊帳の外——実際は色々と危ない目に遭っていたのだが、その戦いも無事に終わり、そろそろ東京へ帰ろうとしていた頃だ。

 ゆらは巻や鳥居たちを呼び止め、その札を二人に渡してくれていた。

 

『人が人でないものの世界に入るとき……または妖の世界から逃れるときに使う『人入』という陰陽術が込められとる。何かあったとき、これを使って妖怪から逃げるんや!』

 

 その札にはゆらがとっておきの陰陽術を込めてくれており、普通の人間でも念じることで妖怪を撃退することが出来るというのだ。

 但し使えるのは一回こっきり、一度使用してしまうと札は効力を失ってしまうという。

 

『ゆらちゃんどこ行くの~、ゆらちゃんが守ってよ~』

 

 故に、そんな不確かな札よりもゆら本人に守って欲しいと。巻たちはちょっぴり目に涙を滲ませながらもお願いするのだが、残念ながらそうもいかない。

 

『わ、私は……今から相剋寺を守らなあかんのや。さあ、お守り代わりやと思って!』

 

 ゆら本人も申し訳なさそうだったが、彼女はこれから京の封印を守っていかねければならない。

 

 今回の決戦で多くの陰陽師たちが命を落とし、花開院家は決定的な人手不足に陥ってしまったという話だ。ゆらも当分の間は花開院本家に留まり、浮世絵中学も休学するという。

 そうして、妖怪を倒す術を得た巻たちであったが——厳密に言うと、巻が妖怪たちを退けられたのはその札の効果ではなかった。

 

『これも渡しておけ……ゆら』

『魔魅流くん……?』

 

 ゆらの後ろから声を掛けてきたのは、長身の青年・ゆらの義兄さんだという花開院魔魅流だった。

 

瑪瑙(めのう)を使って組んだ数珠だ』

『わぁ……綺麗……』

 

 彼が巻たちに渡してくれたそれは——『瑪瑙』で作られた見るも鮮やかな数珠であった。

 

 瑪瑙は石英などの結晶が集まって出来た鉱物の一種である。仏教においても古くから七宝の一つとして親しまれ、断面に浮かぶ神秘的な模様からパワーストーンとしての役割。幸運を呼び込む力や、魔除けの効果があるとも信じられてきた。

 

『これをはめ、妖怪を拒絶する心を持て。近距離で使うと妖怪が滅する……』

 

 そしてその数珠は、その瑪瑙の効果を陰陽術で最大限まで高めたお守りだという。

 

『けど身代わりになるのは一回だけ、砕け散ったら効果がなくなる……気を付けろ』

 

 しかしこちらもゆらのお札同様、一度使えば粉々に砕け散ってしまうとのことだった。

 

 

 ちなみに巻や鳥居が貰っていたものと同じ札や数珠を、家長カナや白神凛子も貰っている。

 しかし、カナは今年になって奴良組の妖怪たちと関わる機会が増えていたこともあり、普段はお札も数珠も持ち歩かずに行動していた。奴良組の面々相手に下手に暴発してしまったら、目も当てられない。

 凛子は彼女自身がそもそも半妖である。彼女の実家にも、妖怪たちが出入りしているのだから、そんな危険なものを付けたまま歩き回ることなど出来ない。

 

 よって現状、これらの札や数珠は巻や鳥居たち専用の装備となっている。

 彼女たちのような正真正銘ただの人間が、唯一妖怪に抗うことの出来る最後の手段だった。

 

 

 

AM 0:20

 

 

 

「——ありがとう、ゆらちゃん!! ゆらちゃんの義兄さん!!」

 

 その最後の手段を、巻はこの機会に惜しげもなく使い尽くしていく。まずは左手首に巻かれていた瑪瑙の数珠が、たった一度の奇跡と引き換えに跡形もなく砕け散ってしまった。

 しかし、後悔はない。

 今ここで使わなければいつ使うんだとばかりに、巻は——『続け様の危機』に対しても、躊躇いなく切り札の使用を決断していく。

 

「うわわっ!? もう追ってきた!!」

 

 そう、一難去ってまた一難。

 エスカレーターを降っていた巻と鳥居のすぐ後ろ、上の階から妖怪たちが追いかけてきたのだ。数珠の力で何体かは倒せたものの、妖怪どもはまだまだ群がってくる。

 

「し……下からも!?」

 

 さらに下の階からも、化け物どもが巻たち目掛けて這い上がってくる。

 まさに前門の虎、後門の狼。挟み撃ちで逃げ場がない以上、やはり最後の頼みはゆらが渡してくれた『人入の札』しかないだろう。

 

「——お、お札キック!!」

 

 巻は手持ちに残っていたその札を、下から迫ってきた異形の妖に向かってお見舞いしていく。靴底に張り付けた札が、巻の蹴りと共に妖怪の額へと突き刺さった。

 

 ——頼むぜ、ゆらちゃん!!

 

 はっきり言ってヤケクソだった。いかに陰陽術の力が込められている札とはいえ、正直この状況を打開できるとは思ってもいなかった。

 

 ところが——ゆらが渡してくれたその札は、巻や鳥居が想像していた以上の威力を発揮する。

 

「え……!? み、水?」

「冷たっ……ひゃっ!?」

 

 人入の札は効力を発揮するや、大量の『水』を顕現させる。その勢いはまさに津波。瞬く間に増水していく水が、巻たちに群がろうとしていた妖怪どもを呑み込んでいく。

 

『——!!』

 

 上も下も関係ない。陰陽術によって顕現した水は、守るべき人間以外のものを一つ残らず押し流していく。

 

 水が収まる頃には、全ての妖怪たちが陸に打ち上げられた魚のように悶えていた。

 

 

 

 

 

「ちょっ……ちょっと凄すぎない? さすが、ゆらちゃんのお札……」

 

 全ての脅威が洗い流されたことで助かった鳥居たちだが、お札の想像以上の効果にドン引きしていた。魔魅流のくれた数珠も結構な威力だったが、ゆらのお札はさらにその上をいくものだ。

 こんな物騒なものを今まで自分たちが所持していたかと思うと、正直冷や汗ものである。

 

「鳥居! もうエスカレーターは使えない、階段から行こう!!」

 

 だが何にせよ、これで彼女たちを阻むものはいなくなった。あとはあの男が追いかけてくる前にこの場から離脱するだけ。

 巻は鳥居を先導しながら、水浸しで使えなくなったエスカレーターを避け、階段を駆け下りていく。

 

「やった! こっち側は全然妖怪いねぇや!!」

 

 幸運にも、巻たちが逃げ込んだ階段の先には妖怪が一匹もいなかった。他に逃げ遅れた人間もいないようなので、そのまま建物の出口までノンストップで走り抜けていく。

 

 

 

「見ろよ、鳥居……!!」

「う、うん……これでやっと……!!」

 

 そうして、巻と鳥居は一階の出口まで辿り着く。

 きっと大丈夫。この建物から抜け出せればきっと助かると。ようやくこの地獄から抜け出すことができたと、二人の表情は希望に満ちていた。

 

「——よっしゃ!! 出口だ!!」

 

 歓喜と共に、出口の扉が開かれていく。

 

 

 

 

 

『——オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 

 

 

 

 

 だが、そんな淡い希望は外に出ると同時に打ち砕かれた。

 

 

 自分たちが地獄だと思っていた建物——その外こそが、本当の『地獄』だったのだ。

 

 

 眼前を見渡せば——怪物、化け物、魑魅魍魎の群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ。

 

 視界を埋め尽くすほどの妖怪の大群が、渋谷中に広がっていた。

 

 

 

「だ、ダメか……」

「…………」

 

 その光景を前にしては、流石の巻も諦めるしかなかった。鳥居など絶望のあまり悲鳴すら上げられずにいる。

 全ての希望が失われたことで、完全に心が折れてしまった彼女たちの足がそこで止まってしまう。

 

「——無駄だよ……この地獄からは逃れられない。この『渋谷地獄絵図』からはね……」

「わっ!! う……うぐ……!!」

「巻ぃ!?」

 

 瞬間、巻たちが足踏みしている間にも、彼女たちの後方からあの男が——鏡斎が追いついて来た。

 鏡斎はどこからともなく取り出した『鞭』で巻の首を締め上げ、その動きを封じ込める。苦しみに喘ぐ巻へと、鏡斎は一歩ずつ近づいていく。

 

「キミ……なかなか面白い娘だな。キミを妖怪にしたらどのようになるか、楽しみだ」

 

 鏡斎は次なる標的を『巻』へと定めたようだ。

 

「お前……何言って……あぐ……ぐっ!!」

 

 苦しみに悶える巻は、いったいこれからどのようなことが行われるのか。嫌な想像をしながらも、何とか首元の鞭を振りほどこうと必死の抵抗を試みる。

 

「お……お願い……やめて。私が代わりになるから……」

 

 だがこのとき、近づいてくる鏡斎から巻を庇うよう、両手を広げた鳥居がその眼前に立ち塞がっていた。声や身体を震わせながらも、友達を庇って身代わりになろうと言うのだ。

 

「と、鳥居……!? な、何をやって……!」

「…………」

 

 巻は鳥居の無謀な行為を辞めさせようと必死に叫ぶ。だがその際、鳥居はチラリとその視線を巻へと向けた。緊張に顔を強張らせながらも、その瞳はまだ死んでいなかった。

 何かしらの希望を匂わせる『策』があるのだろうと、巻は鳥居の決断を信じて見守る。

 

「ほぅ……キミが? いいね……美しい友情だ……」

 

 そうとは知らずか、鏡斎は感心しながらも鳥居へと歩み寄る。一歩、また一歩と——徐々にその『間合い』と近づいてくる。

 

 

 だが——。

 

 

「ふっ……」

「あっ……!?」

 

 鳥居がいざ仕掛けようとしたその直後、彼女の動きを予想していた鏡斎が巻の首を絞めていた鞭を手元へと引き戻し、鳥居の左手の動きを封じる。袖を捲って左手首を見れば——そこに巻も使用した『瑪瑙の数珠』が仕込まれていたのだ。

 鏡斎が無防備に近づいてきた瞬間に、その数珠の力で反撃しようという魂胆だったのだろう。

 

「キミもその数珠をしてたのか……近づくのを狙ってたのかい? 悪い娘だな……」

 

 もっとも、その程度の小細工など既にお見通しだ。全く同じ手を二度喰らうほど、鏡斎は甘い男ではない。

 

「あ……あ……」

 

 これでもう本当に打つ手がなくなった。先ほどまでは僅かに希望が混じっていた鳥居の瞳には、もう絶望しか映されていない。

 

「まあ、キミの友情に免じて親友には手を出さないでおこう」

「え……?」

 

 すると、ここで鏡斎が意外にも『慈悲』をかける。

 鳥居の友情に免じ、巻には手を出さないでおくと寛大な心を見せたのだ。

 

 その言葉自体に嘘はなかった。しかし——。

 

 

「——その代わり、キミを妖怪にする。キミが……その娘を喰うんだよ」

「!!」

 

 

 人間を妖怪にするという鏡斎自身の能力もそうだが、それ以上に『鳥居に巻を喰わせる』という身の毛もよだつような発想を口にしたのだ。

 そんな残酷なことを平然と口にできるだけでも、鏡斎という男の悍ましさが垣間見えるだろう。

 

「いいだろう? そんなに友達思いなら、お互いの肉がどんな味か知りたくなることもあるだろう」

「い、いや! そんなの……嫌!!」

「な、夏実ぃいいいいいい!!」

 

 自分が妖怪になる。あまつさえ、親友である巻を喰うことになると。その恐ろしさを理解するや、鳥居は絶対に嫌だと必死の抵抗を試みる。

 巻も鳥居の身が危ないと、瀕死な状態で地に伏せながらも親友の名を叫んでいく。

 

 だが彼女たちがどれだけ嫌がろうと、一度火が付いた鏡斎の創作意欲を押し留めることは出来ない。

 

「さて……どんな妖にしようかな」

 

 彼女たちの嫌がる姿にすら興奮を覚えたように、より一層残酷な笑みを浮かべていく。

 

 

 この少女には——『どのような妖』が相応しいか。

 着想を膨らませながら、欲望のままに筆を走らせていく。

 

 

 

 

 

『————————』

 

 魑魅魍魎で埋め尽くされる渋谷の街。

 巻や鳥居を取り囲んでいた妖怪の大群は、創造主である鏡斎の前でおあずけを食らった犬のように待機状態であった。

 

 既に目ぼしい人間を軒並み喰い殺し、やることがなくなった怪物たちは電池の切れた人形のように立ち尽くしている。生まれたばかりの彼らに知性らしきものは存在せず、基本単純な命令通りにしか動くことができない。

 もはや生き物として成立していることすら怪しい、そんな恐ろしくも哀れな怪異の群れ。

 

『————————!!』

 

 そんな、妖怪たちが密集する中心地にて——突如『波』が起きた。

 

 海面から『何か』が浮上してくるよう、その周囲にいた何十体もの妖が次々と吹き飛ばされていく。

 邪魔者の存在を察知した妖怪たちが一斉に振り返ると——そこに『彼』が立っていた。

 

「————!!」

 

 それは強烈な存在感と、確固たる意志。誕生したばかりの妖どもなどとは、心身ともに格が違う『畏』の代紋を背負った一人の妖怪の主だった。

 

 知性のないケダモノどもが、その主に向かって無謀にも襲い掛かっていく。

 群がってくる恐れ知らずの妖怪たちを、魑魅魍魎の主たる彼が容赦なく手にした刀で切り捨てながら突き進んでいく。

 

 

 彼の視界に、有象無象の妖怪どもなど最初から映っていない。

 彼が目にしていたのは——今まさに危機へと陥っている二人の女の子、巻紗織と鳥居夏実が涙する姿である。

 

 

 彼女たちを救わんと、その窮地の場へと躊躇いなく飛び込んでいく。

 

 

「——っ!!」

 

 彼の存在に気付いた鏡斎が慌てて仰け反る。しかし鳥居に夢中だった鏡斎は咄嗟の反応が遅れ、筆を持ったその腕を彼によって切り落とされる。

 そのまま片腕となった鏡斎を突き放し、妖怪の主は鳥居の身柄を自身の元へと手繰り寄せる。

 

「え……?」

 

 思いがけず助けられた鳥居だが、その表情は困惑に彩られている。

 どうして自分が助けられたのか、目の前にいる彼が何者なのか。彼女にはなに一つ心当たりが浮かばなかったからだ。

 しかし彼の方は、鳥居のことを知っていた。巻のことも大事な友達だと思っている。

 

 

「——てめぇか……妖怪を産み出してるってやつは……」

 

 

 故に、その敵意は彼女たちを苦しめていた鏡斎へ。妖怪を産み出し続け、人間を苦しめている元凶に向かって怒気を飛ばす。

 その鋭い眼光に殺気すら宿し、その刀の切先を突きつけていた。

 

 

「キミは……」

 

 

 対して、鏡斎の顔には僅かな動揺と——抑え切れないほどの歓喜が浮かび上がっていた。

 まるで待ち続けていた相手にようやく対面できたとばかりに、その好奇心の全てを『妖怪の主』たる少年へと向けていく。

 

 

「——奴良……リクオ……!!」

 

 

 奴良組三代目・奴良リクオ。

 彼こそが、この鏡斎の傑作——『地獄絵図』に華を添える最後のピース。

 

 

 山ン本の腕たる『狂画師・鏡斎』が密かに待ち続けた、理想のモデルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん」

「おーい? 気づいたか、毛倡妓?」

 

 人気の少ない公園に奴良組の小妖怪たちが集まっていた。納豆小僧に、豆腐小僧、小鬼といった面々。彼らは道端で倒れていた奴良組の仲間・毛倡妓の顔を心配そうにのぞき込んでいる。

 

「大丈夫か?」

「大怪我してんぞ? 誰かが手当してくれたみたいだけど……」

 

 毛倡妓は相当な怪我を負っていたが、その傷自体は既に包帯などで塞がっている。小妖怪たちではない、彼らがここに来たときには既にそのような状態で寝かされていたという。

 それは雑な手当ではあったものの、そのおかげで妖怪としての治癒力も高まり、毛倡妓は何とか九死に一生を得ていた。

 

「わ……私は……」

 

 目覚めたばかりのぼんやりとする頭で、毛倡妓は思い返す。

 自分は敵の騙し討ちに遭い、瀕死の身体を茂みの中へと放り込まれていた。その後、何とか地面を這ってでも進もうと道に出て——そのまま気を失ってしまったのだ。

 

 気を失う直前——そう、『誰か』が自分に近づいて来たと思った。

 その人物が傷の手当てをしてくれたのだろうが、意識も曖昧だったためその顔を思い出すことが出来ない。

 いったい、あれは誰だったのだろうか。

 

「首無~、首無~……って、唸ってたぞ!」

「なぁ、首無!! ガハハ!!」

 

 しかし毛倡妓がその誰かについて思い出そうとしている横で、小妖怪たちが揶揄い混じりに声を掛ける。

 毛倡妓が無事だったことへの安心感もあってか、『すぐ傍にいた首無』へと笑いかけていたのである。

 

「く、首無!? いるの!?」

 

 首無という名に、すぐに振り返る毛倡妓。

 

 

「ああ……ったく、そんなところで寝やがって……」

 

 

 そこには——確かに首無の姿があった。

 首もちゃんと宙を浮いている。仲間たちと一緒であり、毛倡妓の無事にほっとしているその表情から『偽物』という可能性もないだろう。

 

「……なんでいるの?」

「は?」

 

 だからこそ、毛倡妓には理解出来なかった。何故、彼が無事でいるのだろうと驚いている。

 

「だって……あいつはあんたを追って……」

 

 自分の姿を写し取っていた『敵』は、確かに首無の元へ行くような口ぶりだった。

 わざわざ毛倡妓の『皮』を被っていったのだから、それを利用しないという選択肢はない筈だ。

 

「何を……言ってるんだ?」

 

 しかし、その敵の存在を知らないでいる首無には彼女が何をそんなに動揺しているのか、事情がさっぱり呑み込めないでいる。

 

 

「じゃあ……あいつは誰を狙ってるの……?」

 

 

 首無が無事だったことを素直に喜んでもいられない。

 毛倡妓の姿を奪い取っていった奴は——山ン本の面の皮『蠱惑の珠三郎』は今どこに潜んでいるというのか。

 

 

 嫌な予感に毛倡妓の背筋がゾクリと震え上がっていた。

 

 




補足説明

 人入の札
  ゆらが巻や鳥居たちのために用意した、陰陽術の込められた札。  
  ゆらの陰陽術らしく、水が大量にあふれ出す代物。
  
 瑪瑙の数珠
  魔魅流がついでとばかりに用意してくれた瑪瑙を使った数珠。  
  近づく妖怪を爆発四散させる代物。
  これが鏡斎に決まっていたら……さぞスカッとしただろうに。

 

本当にここら辺……というか、暫くの間は二次創作要素が薄く。
書いている方も色々と工夫を凝らしているのですが……やはり原作通りの流れをなぞるような展開。

次回でようやく、鏡斎との戦いに決着を付けれらそうです。
しかし今回の話を書くにあたって改めて鏡斎の話を読み直したけど……コイツ、鞭なんて持ち歩いてるんだな。

新作に出てきた油取りも結構な変質者だが、やはり鏡斎の上をいく変態は中々現れんな……。


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