家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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『ぬら孫の小説ようやく更新したか……どうせ次の更新も、数ヶ月後なんだろ?』
と、思ったそこの読者のあなた……安心してください、もう書けましたよ。

というわけで、今回は筆がのったので速攻で書き上げました!
本当に小説はそのときの気分で書ける書けないが決まります。作者の都合に振り回すようで恐縮ですが……今回で鏡斎との戦いを一気に終わらせますので、その決着をどうかお楽しみください。

それはそうと、『ぬらりひょんの孫~陰~』第二回の感想。
まさか……本編完結後の話とは。てっきり、全編通してリクオの小学生時代の話をやると思っていたので、ちょっとびっくりした。今回は花開院の『陰』の部分を描いた内容。

…………花開院家さんよ……これはあかんわ。灰色どころか真っ黒だわ。
妖怪の死体を利用はまだしも、自分たちの一族を人柱にするって……もう完全に悪の組織がやることやで?
こんなことやってるから、先祖の芦屋道満とかが後世で悪役扱いされるんや。
とんでもない風評被害だ!! リンボに謝らないとな……。

それから、読む前にちょっとした注意点。
今回の百物語編、常に『時間』を表記するような内容になっているんですが、その時間管理が甘かったのか、原作と微妙な時間差が出来てしまいました。
一応、少しでも原作の時間軸に近づけようと、前話の経過時間を少しだけ修正しておきました。

とりあえず、続きは『AM 0:30』からスタートしますので、ご注意ください。



第百八幕  たとえこの身朽ち果てようとも

AM 0:30

 

 

 

「——てめぇら……いい加減にしやがれよ! 節操なく人間に手ぇ出しやがって……!」

 

 渋谷の地にて、怒りに満ちた奴良リクオが『敵』と対峙していく。その傍には、その敵の手から先ほど助け出した鳥居夏実が抱きかかえられていた。

 

「だ……誰? え……?」

 

 少し離れたところでは巻紗織が地面に横たわりながら、困惑の表情を浮かべている。

 今のリクオは妖怪としての姿。しかも畏を攻めに振っている状態でもあるため、パッと見で彼が学校での『奴良リクオ』だと気付くことは出来ないだろう。

 正体不明の相手に助けられ、喜んで良いのか分からないでいる少女たち。

 

「ふっ……ふっふ……」

 

 一方で、山ン本の腕・鏡斎の表情は愉悦に満ちていた。

 ずっと待ち続けていた絵の『模範(モデル)』と対面できたことを画師として喜び——残酷に口元を歪める。

 

「まさか……知り合いだったなんて……」

「!!」

 

 そのときだった。リクオが抱えていた少女——鳥居の容態が急変するのは。

 

「う……!? う、う……!」

「な、なに……おい、鳥居!? しっかりしろ!!」

「な、夏実!?」

 

 せっかくリクオの手によって助けられた鳥居が、突然苦しみ出したのだ。白目を剥き、過呼吸へと陥るように息を切らせている。

 リクオも巻も、その異変に何事かと目を剥くしかない。

 

「いや……いや……い……」

 

 嫌がる鳥居の全身からは黒いオーラ——妖気が立ち込めていく。

 全身が墨のように真っ黒に染まっていき、やがてその姿が『人ではないもの』へと変貌を遂げていく。

 

「面白い……面白いよ、奴良リクオ……ちょうど今、キミの敵に相応しい妖を作ったとこなんだよ……」

 

 そう、リクオは一歩遅かった。

 彼が鳥居を助け出すよりも先に、鏡斎は彼女の衣服をひん剥き、その背中に自身が理想とする妖の『絵』を描いていたのだ。

 彼が描いた絵は、描かれた物体を材料として具現化する。それは『人間』とて例外ではない。

 

「模範は平安期……その美しい美貌を捨て、殺された父の無念を晴らすべく自ら闇へと堕ちた大妖怪!!」

 

 しかも鳥居が作り替えられた妖怪は、そんじょそこらの有象無象とは訳が違う。

 狂画師とまで呼ばれた鏡斎が、鳥居という少女に創作意欲を刺激されて腕を振るった渾身の一枚。その絵の題材には、明確にモチーフとなった妖怪が存在していた。

 

 

 平安時代の武士・平将門(たいらのまさかど)。『日本三大怨霊』の一人にまで数えられた男を父に持つ、稀代の妖術使い。

 朝敵として殺された父の、一族郎党を皆殺しにされた恨みを晴らそうと、自らを闇へと堕とし——彼女は『鬼』となった。

 数多の妖怪たち、巨大な骸骨まで従えたとされるその妖力や恨みの深さに、朝廷は恐れ慄いたという。

 

 その名も——『滝夜叉姫(たきやしゃひめ)』。

 復讐に燃え、その無念を晴らすことが出来ずに倒された悲運の女性である。

 

『——ゴアアアアアアアアア!!』

 

 その名を冠するに相応しい、巨大な鬼女となり——鳥居夏実だった怪物は奴良リクオへと襲い掛かった。

 

 

「ぐぅ!!」

「あああ……うそだ……うそだぁあああ、夏実がぁ!!」

 

 友の変わり果てた姿に、敵意に満ちたその攻撃を受けながら表情を曇らせるリクオ。

 大切な親友を怪物にされ、巻は慟哭の涙を流す。

 

 そんな二人の反応を楽しむように、鏡斎は微笑みと共に歓迎の言葉を投げ掛ける。

 

 

「——ようこそ、地獄絵図へ」

 

 

 そう、地獄だ。

 まさにこれこそが地獄である。

 

 

 

 

 

「——夏実ぃいい! 何やってんだよ!! なんてことすんだよ! バカ野郎ぉおおおおおお!!」

 

 友が目の前で妖怪となった『地獄』に向かって巻が叫んだ。その瞳からは大粒の涙が零れ落ちている。

 悲しみでぐちゃぐちゃに泣き崩れる彼女の後方から、鏡斎によって無造作に産み出された怪異どもが近づいていたが、それらに意識を向けている余裕などない。

 

 鳥居が化け物となってしまった今、もはや生きる希望もないとばかりに巻は全てに絶望していく。

 

「危ない!!」

 

 そんな巻の危機を救うべく、リクオに続いてこの場へと駆けつけてきた雪女のつららが妖怪たちを氷漬けにしていく。

 己の意思など希薄な、群れるだけの怪異程度であればつらら一人でも一蹴することが可能だ。

 

「巻さん、泣かないで……」

「ううぅ……なんだよぉ……誰よ、アンタ……」

 

 とりあえずの脅威を取り除き、つららは巻に駆け寄って慰めの言葉を掛ける。

 しかし、今のつららが妖怪のままだからか『及川つらら』だとは気付かれていない。どこの誰かも分からない相手から慰められようと、巻の悲しみが癒えることなどないのだ。

 

「なんてことを……鳥居さんが……妖に……」

 

 つらら自身も、鳥居の変わり果てた姿にはショックを受けていた。

 

 家長カナとの距離が近くなってからというもの、他の学校の友達——特に清十字団の面々・巻や鳥居との仲も意識するようになっていた。リクオの護衛としてだけではない、つららも知らず知らずのうちに、学校での生活を大切にするようになったのだ。

 だからこそ、つららにとっても鏡斎の行いは決して許し難い蛮行であった。

 

「鳥居!! 気付いてくれ!!」

 

 リクオが、滝夜叉姫となった鳥居へ必死に呼び掛けを続ける。

 巨大な鬼の怪物となった鳥居は、一際巨大な薙刀を奴良リクオへと振り下ろしていく。妖怪・滝夜叉姫として、刀を振るうことを躊躇っている奴良リクオ相手に大立ち回りを演じていく。

 

「ははははっ! 意識はないさ」

 

 必死なリクオを嘲笑うように、鏡斎が笑い声を上げた。

 

「あの娘はもう、俺の理想に妖になったんだ……」

「!! 外道め……テメェだけは……絶対に許さねぇ!!」

 

 過去、これほどまでにリクオに怒りを抱かせた敵は数えるほどしかいない。人間を画材のように使い潰し、妖怪にして殺し合わせるという卑劣な所業に、リクオの顔に憤怒が宿っていく。

 この男だけはここで必ず仕留めると、強烈な殺気を鏡斎へと飛ばしていた。

 

 

「——今更何を言っている? キミが今までこの街で斬ってきた妖も同じなんだよ」

 

 

 もっとも、そんなリクオの激情すらもさらりと受け流し、鏡斎はこともなげに言ってのける。

 

 

「俺が妖怪に変えた女を斬っていたのさ……何も知らずに……」

 

 

 全てが全てではないだろうが、この渋谷に蔓延る妖怪の大群の中にも、間違いなく『人間だったもの』が混じっている筈だ。鏡斎が己の欲望のまま、女性たちの背中をキャンバスに妖怪の絵を描き、それが具現化していたのだから。

 彼女らも鳥居と同じよう、無理やり妖怪にされ、人間を殺すように命じられこの渋谷の地を徘徊していた筈だ。

 

 その妖怪たちを斬り捨てて、奴良リクオはここまで駆けつけてきた。

 

「キミこそが外道に堕ちたんだよ、奴良リクオ! ははは……!!」

「て……テメェ……!!」

 

 知らなかったでは済まされない、無知『罪』だと。既にリクオの手が、その女性たちの血で濡れていることを嘲笑いながら指摘する鏡斎。

 その事実に流石に動揺したのか、リクオは戦闘中だというのにその足を止めてしまう。

 

『オォオオオオオオ』

『グォオオオオオオ』

 

 そんなリクオの隙を付き、周囲に屯っていた妖たちが彼目掛けて殺到していく。リクオの身体の上に覆い被さり、数の暴力を持って彼を無力化していく。

 

「ぐっ……」

「大きいのに気を取られていると後ろからも来るぞ。さぁ、どうした……さっきみたいに斬れ」

 

 それでも、リクオがその気になればその程度の相手、造作もなく蹴散らせただろう。だが妖怪たちの正体が人間かも知れないと思えば、リクオも刃を鈍らせるしかない。

 それを理解した上で、鏡斎は挑発的な言葉を投げ込みながら高みの見物を決め込んでいく。

 

「そうすれば助かる……さあ、見せてくれよ」

 

 そして見せてくれと。

 自分が助かるために人間に手をかけるあさましい姿を、妖怪らしく残酷で無慈悲な様を見せてくれと。鏡斎は選択肢を迫っていた。

 

 

 我が身が大事と、妖怪となった人間たちを手にかけるか。

 あくまで人間は殺したくないと、何も出来ないまま自滅するか。

 

 どちらか好きな方を選べと。

 

 

 

「リクオ様!!」

 

 奴良リクオの危機に、つららが歩み出る。

 彼女にはよく分かっていた。リクオが決して人間を手にかけることなど出来ないと。人々を傷つけるくらいならば、いっそ自分を犠牲になどと考えてしまうかもしれない。

 このままでは何も出来ないまま、妖怪たちに押し潰されてしまうとリクオの身を案ずる。

 

「私が凍らせて、一時的にも動きを封じれば……」

 

 つららは己の妖術で、リクオに襲い掛かる妖怪たちを凍らせようと試みる。

 それでどうなるというわけでもない、所詮は時間稼ぎに過ぎないだろう。しかし、このまま手をこまねいているわけにもいかないと。己の中で妖気を蓄え、一気に解放するタイミングを見計らっていた。

 

 

 刹那——。

 

 

「——っ!!」 

 

 

 つららが妖気を解放しようとした直後、何を思ったのか——奴良リクオが自身に覆い被さっていた怪物どもを、躊躇なく斬り捨てた。

 躊躇いなく放たれた斬撃に、何体もの妖が木っ端微塵に吹き飛ばされていく。

 

「り、リクオ様っ!?」

 

 これにはつららも驚きを隠せない。リクオが人間を手にかけるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていた。

 だが彼は全く動揺する素振りすら見せず、その眼光をさらにギラつかせながら——目の前の敵・滝夜叉姫へと向き直っていく。

 

「どうした? 吹っ切れたか?」

 

 鏡斎もリクオの行動を少し意外に思いながら、笑みを深める。

 リクオは選んだのだ。自分が生き残るために人間を殺すことを。所詮彼も妖怪かと、鏡斎は納得したような呟きを漏らす。

 

 

「ああ、吹っ切れたぜ……」

 

 

 その鏡斎の言葉を、リクオは否定しなかった。

 

 

「鳥居だってことは……忘れる」

 

 

 彼は眼前の敵が鳥居夏実だという事実を一旦忘れ、その刃の切先を彼女へと突きつけていく。

 

「リクオ様……畏が、刃に集まっていく……!?」

 

 その際、リクオの手にした刀に彼の『畏』が集まっていく光景をつららは目撃していた。

 しかし、その刀はここまでの戦いでボロボロとなっており、いつ折れてもおかしくないような鈍と化している。

 

 そんな刀で滝夜叉姫を斬ることが出来るのか。いや、それ以前に『本当に斬り捨てるつもりか』と、つららが焦りを見せる。

 

「なんだそのボロ刀は!! おかしくなったか、奴良リクオ!!」

 

 鏡斎はリクオの無謀な行動を馬鹿にするよう鼻で笑った。この地獄を前に正気を失ったのかと、彼の愚かさをなじっていく。

 

 

 

「…………」

 

 奴良リクオはおかしくなったわけでも、ましてや自暴自棄になったわけでもない。彼は真の意味で『滝夜叉姫』という怪異を滅ぼすべく、目を瞑り、その精神を研ぎ澄ませていた。

 

 その心はまさに『明鏡止水』——ぬらりひょんとしての異能ではなく、武芸者としての極みの境地で彼は心を静めていく。

 

 その境地で、リクオは垣間見る。

 今まさに自分を殺そうと迫ってくる滝夜叉姫の——その奥底。

 

 一人の少女の悲痛な姿を。

 

『————————』

 

 鳥居夏実が、声にならない叫びを上げながら、助けを求めるようにリクオを見つめていた。

 

「…………」

 

 リクオは彼女の視線を感じ取り、より一層、刀に己の妖気を集中させる。そして、鳥居・滝夜叉姫に対し——躊躇なく刀を振り抜いた。

 

 

『——ガッ……ガァアアアアアアア!?』

 

 

 瞬間、滝夜叉姫の身体がひび割れていき——その身が粉々に砕け散る。大妖怪の名を冠してはいるものの、やはりそれは紛い物に過ぎない。

 宣言通り、リクオは滝夜叉姫を容赦なく斬り捨て、その身と同化していたであろう鳥居夏実をその手に——。

 

 

「なつみぃいいいいいいいいいい!!」

 

 

 滝夜叉姫の、鳥居という少女の末路に巻の絶叫が木霊する。大切な親友のまさかの最後に、発狂するような叫び声だった。

 

「友が殺し合う。これが地獄絵図というものだろう……素晴らしい!」

 

 その結果に、満足だと言わんばかりに鏡斎は吐息を溢す。

 せっかくの力作を葬られながらも、彼の胸にうちには喜びがあった。友と友が殺し合う、まさに自分が脳裏に描いていた『地獄絵図』に相応しい光景だと。

 芸術家としての達成感に、感動で身を震わせているようだ。

 

「そいつはどうかな……」

「なに?」

 

 もっとも、そんな鏡斎の陳腐な満足感に水を差すよう、今度はリクオが挑発的な笑みを浮かべる。

 

「よっと!」

「…………」

 

 訝しがる鏡斎の目の前でリクオは——崩れ落ちた滝夜叉姫の残骸と共に降ってきた少女を、鳥居夏実を受け止めていた。

 眠るように気を失ってはいるが、どこにも怪我はない。五体満足の無傷で、彼女はただの人間へと戻されていたのだ。

 

「夏実……なつみぃいい!!」

 

 無事だった鳥居に、すぐさま巻が駆け寄ってくる。リクオの手からひったくるようにして鳥居の身柄を預かり、確かに息をしている彼女に心から安堵の涙を流していく。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 リクオが滝夜叉姫を倒し、その依代とされていた鳥居を無傷で救出した瞬間を、鎌鼬のイタクは少し離れたところから見ていた。

 

 リクオたちに同伴していたイタクは、他の雑魚妖怪たちがリクオの邪魔にならないよう、目に付く連中を片っ端から切り裂いていた。

 そうして倒した妖たちの身体が崩れ落ち——そのうちの何体かの残骸から、『背中のはだけた女性』たちが姿を現す。

 

「……うぅうう!」

「ひっく……ひっく……!」

 

 彼女たちも皆、鏡斎の手によって妖怪へと変えられていた女性たちだ。誰も彼もが啜り泣いていたり、恐怖に怯えるように震えていたが、その命に別状はなかった。

 

 ——リクオ、畏を断ち……妖怪だけを斬ったか……。

 

 イタクもだが、リクオは化け物に変えられていた女性たちの『妖怪』の部分だけを斬り、『人間』としての彼女たち助け出していたのだ。

 そう、初めから誰一人、人間を殺してなどいない。ここまでの道中で葬った妖たちからも、しっかり女性たちの救出を成功させていた。

 

 ——畏を完璧に刃にのせていなければ、その刀が粉々に砕けてなくなってしまっただろう……。

 

 それもこれも、畏を刃に纏わせるという妖怪としての戦闘術——『鬼憑』をしっかりと身に付けていたから出来た芸当だ。

 もしも技が不十分であったのなら、刀が折れたり、女性たちを傷つけてしまったことだろう。

 

「やっと、ここで完璧になったか……おせーよ」

 

 思わず憎まれ口を呟きつつも、イタクはリクオがその技術を会得したいと言ってきたときのことを思い出していく。

 

 

 

数ヶ月前

 

 

 

 奴良組本家、地下隠し道場にて。

 わざわざ遠野からリクオの稽古を付けに来てくれていたイタクは、腑に落ちないといった感じでリクオへ疑問を投げ掛けていた。

 

『今更お前に必要か……それ?』

 

 リクオが鬼憑を身に付けることは、確かに本人の経験としてはプラスになるだろう。しかしリクオの『戦い方』を考えたとき、それはあまり懸命な選択肢とは言えなかった。

 

『畏を断つこと自体はできるし……祢々切丸がありゃ、別にいいだけだろ?』

 

 そう、確かに鬼憑で『畏を攻めへと振った状態』を維持できれば、リクオの攻撃力は飛躍的に上昇する。妖気そのものを断つことで、その刃も格段に斬れ味を増すだろう。

 

 しかし、今は手持ちにないがリクオには祢々切丸がある。あの刀自体が妖怪を断つ刀なのだから、わざわざ畏を攻めに振る必要もなくなる。

 それにリクオの場合、畏を『攻め』に振ってしまっていると、『守り』の面で畏の発動が出来なくなってしまうのだ。

 それはぬらりひょんという妖怪の強みである、『明鏡止水』や『鏡花水月』が使えないことを意味している。

 肝心なときに本来の能力を行使できなくなってしまうのは、かなり痛手ではないだろうか。

 

『それに、鬼纏って業もあるんだろ?』

 

 しかも、リクオには仲間たちと協力することで放つ御業——鬼纏がある。

 半妖であるリクオにしか使えない特権であるそれさえあれば、ぬらりひょんとしての攻撃力の不足を補うこともできる。

 

 わざわざ苦労してまで、自分の畏を変える努力など必要ないような気さえするのだが。

 

『——そんな他人任せでばっかいられるかよ……』

 

 しかし、師匠と呼んでもいいイタクの指摘を、リクオは不敵な笑みを浮かべながら突っぱねた。稽古の疲労でそれなりに疲れが見える表情だ。自身の畏を変えるということに、相当な負担が掛かっているのだろう。

 そうまでして、リクオが求めるものがその修行の果てにあるということだ。

 

『自分自身が強くなってこそ、刀の力を発揮できる』

 

 自分自身を強くする。

 それこそ、奴良リクオがこの半年間の修行で己に課した課題でもあった。それは祢々切丸に頼ることを辞めたわけでも、仲間の力を借りることに負い目を抱いたわけでもない。

 

『俺が畏を高められれば、鬼纏も百鬼夜行も強くなるんだ』

 

 そう、全ては自分が強くなってこそだ。

 大将たる自分が強くなれば鬼纏の力も、百鬼夜行として皆の力もより高まり、その刃も——新たに手にする祢々切丸の切れ味も増すというもの。

 

 そうすることで初めて、祢々切丸の切っ先が奴に——いずれぶつかるであろう大敵・安倍晴明へと届きうるものへとなると。

 

 

 そう確信しているからこそ、リクオはこの修行を最後までやり切ろうと決意を固めていた。

 

 

 

AM 0:40

 

 

 

「おい、あんた……名乗ってもらうまでもねぇ……妖を産んでるってことは、てめぇ……山ン本の『腕』だな?」

「…………」

 

 そうした修行の成果を披露しつつ、リクオは改めて鏡斎と対峙していく。

 リクオは人間を妖怪に変えているこの男こそが、この地で妖を産み出す元凶——百物語組幹部の一人『腕』だと推察する。

 図星だったのか、褐色肌のその男は先ほどまでの饒舌ぶりが嘘のように黙り込んでしまっている。

 

 いずれにせよ、リクオには相手の返答に耳を傾ける気などなかったが。

 

「一つだけ言っておく。俺の前では……地獄は産ませねぇ!」

 

 一言、リクオはこの『地獄絵図』がここで終わりだと一方的に宣言する。

 

「覚悟しな!」

「…………」

 

 リクオの言葉に最後まで何も言い返さない鏡斎だが、元より百物語組相手に問答などするつもりもない。

 自らの欲望のままに人々を苦しめてきた、そのケジメは取ってもらうと。奴良リクオは一切の容赦なく、鏡斎に向かって斬りかかっていく。

 

 

 ところが——。

 

 

「——!?」

「——消えた!?」

 

 リクオは鏡斎の身体に刃を通そうとしたが——まるで手応えがなかった。瞬間、目の前にいた筈の男の姿が蜃気楼のように揺らめき、瞬きの間に消えてしまう。

 

 どうやら、先ほどまでそこにいた鏡斎は——単なる『幻』だったようだ。

 

「っ……! どこに行きやがった!?」

 

 慌てて周囲を見渡す。今、ここで鏡斎を見逃すなどリクオの矜持が許さなかった。奴には自身の行いのケジメをしっかりと取らせねばならない。

 

 リクオは鏡斎が潜んでいる『居所』を探り出そうと、感覚を研ぎ澄ませる。鏡斎のあのドス黒い妖気の波長は、一度間近で見れば忘れようにも忘れられないほどに強烈なものだった。

 その気になれば、そのドス黒い妖気を感じ取ることで、鏡斎が隠れている居場所を探ることも不可能ではなかっただろう。

 

 しかし、いざリクオが鏡斎の居場所を特定しようとした、その刹那——。

 

 

「っ!?」

 

 

 突如、リクオの身体をとある異変が襲う。

 

「な……んだ……あ、あつい……!?」

 

 身体が焼けるように熱い。まるで内側から燃やされているかのように、全身から肉の焦げるような臭いが充満してくる。

 

「リクオ様!?」

「ん……なっ、なに!?」

「すげぇ、臭い!?」

 

 外側から見ているものからも、リクオの身体に起こった異変が伝わったのだろう。

 つららがリクオの名を呼び、気絶していた鳥居が目を覚ます。巻などは鼻が曲がるような嫌な匂いに、顔を顰めている。

 

「——っ!? リクオォオオオオ!!」

 

 中でもイタクの焦りがよくよく伝わってくる。あのイタクが、リクオの身を本気で心配し、慌てて彼の元へと駆けつけてくる。

 

 

 それほどまでに恐ろしいものなのだろう。

 リクオの身を襲い、彼の身体を崩壊させようと迫る、この『呪い』は——。

 

 

 

 

 

「やっと会えたんだ、奴良リクオ……キミの絵が描きたくてしょうがなかったんだ……」

 

 鏡斎の『本体』は、リクオと会合を果たしたあの瞬間には既に移動を始めていた。あの場に残っていたのは、彼が描き残した絵——『自画像』分身のようなものだ。

 本物はリクオの絵を描くための準備を着々と進めており、つい先ほど最後の準備を終えていた。

 

「お前の流した血が我が『墨』と混ざり合い、お前を捉える」

 

 こっそりと回収していたリクオの血液、それを鏡斎愛用・『呪縛の墨』と混ぜることで——その呪いは、リクオを捉えた。

 

「リクオ……キミは九相図というものを知っているかい? さあ、一枚一枚描いていこうね……」

 

 

 

 九相図(くそうず)

 それは人が『死体となり』『腐り』『骨になる』までを描いた、悍ましき九枚の写実絵だ。本来は僧が煩悩を捨て去るため、肉体の不浄さを思い知り、所詮この世は諸行無常であることを説くために描くもの。

 しかし鏡斎にとっては、この死にゆく様こそが芸術。奴良リクオを至高の模範とすることで、鏡斎の煩悩が激烈に刺激され、その筆が次々と九枚の絵を描き上げていく。

 

 新死相(しんしそう)——死にゆく人間が床に伏せる、死滅の始まり。

 

 肪脹相(ぼうちょうそう)——死体の腐敗が進み、ガスの発生により肉体が内部から膨張していく。

 

 血塗相(けちずそう)——腐敗した死体から、溶け出した脂肪や血液、体液が染み出てくる。

 

 乱壊相(らんえそう)——身体が朽ち果て、腐敗により蛆虫が沸き、強烈な匂いを発する。

 

 噉食相(たんじきそう)——悪臭により鳥獣が群がり、死体を喰いあさっていく。

 

 青瘀相(しょうおそう)——既に肉体はなく、骸骨の形だけが残される。

 

 焼相(しょうそう)——骨が焼かれ、灰となっていく。

 

 白骨相(はっこつそう)——焼かれた後、残った遺体が土へと埋められていく。

 

 墳墓相(ふんぼそう)——老若男女の区別なく、全ての命が終わり石碑という形だけが残るのだ。

 

 

 もしも、鏡斎がその絵を最後まで描きあげれば、リクオの身体は完全に消えて無くなるだろう。

 奴良リクオは鏡斎の『地獄絵図』を完成へと導く、永遠の死体に成り果てるのだ。

 

 

 

「こいつぁ……おそらく呪いの類だ!」

「ぐぅう……ああああああああ!!」

 

 身体が腐り、全身から血を吹き出し、肉を焦がすような匂いを発しながら、徐々に朽ち果てていく奴良リクオの身体。倒れ伏すリクオに駆け寄ったイタクは、すぐにそれが『呪い』によるものだと見抜いた。

 

 しかしそれが分かったところで、イタクではどうしようもない。傭兵として凄腕の彼だが、こういう呪詛の類を跳ね除ける術は生憎のところ持ち合わせていない。

 これはどちらかというと陰陽師などの分野だ。彼らのような術者であれば、呪いそのものを打ち消したり、呪詛返しなどで逆に呪いを返すことも不可能ではなかっただろう。

 

 しかし現状。この場に陰陽師などいない。

 こういった呪いに対抗すべき手段を——イタクたちは『たった一つ』しか持ち合わせていなかった。

 

「どこからか畏で遠隔攻撃してきてんだ……早く見つけねぇと、手遅れになる!」

 

 呪いの発信源、術者本人を見つけ出して倒すことだ。

 直接的ではあるものの、それが一番効果的。問題は——そいつが今この瞬間、どこに潜んでいるのかということだが。

 

 

「——私に任せて!!」

 

 

 イタクの話を聞くや、つららがその場から駆け出していた。

 

「雪女!! どこへ行く!?」

「リクオ様を助けるの! イタクはリクオ様を……巻さんや鳥居さんを守って!!」

 

 雪女はリクオを助けるため、術者を見つ出すという役目を買って出た。その場から離れる際、イタクに呪いで満足に動けないであろうリクオを、友達である巻や鳥居を護衛するように頼んでいた。

 

「おい、待て! なんで俺が……」

 

 つららの迷いのない指示に対し、イタクは不満そうに反論しようとする。何故自分が雪女の命令通りに動かなければならないのかと、こんなときでも変なプライドがイタクを素直にさせない。

 

 しかし——。

 

「——お願い……リクオ様は私が救う!!」

「——!!」

 

 脇目もふらず、イタクにこの場を任せて走り出すつらら。主を救おうと奔走するその後ろ姿を、イタクは黙って見送った。

 プライドはあるがつららの決意、その覚悟に水を差すほどイタクも無粋ではなかったということだ。

 

「ギャアアア! く、来るな! 来るな!! 鳥居は私が守るっ!!」

「ま、巻ぃ!!」

 

 それに、巻や鳥居たちが妖怪の大群に襲われて危ないのも事実。

 

「チッ……俺がいなかったらどうするつもりだったんだよ……下がってろ、おめぇら!!」

 

 自分が指示通りに動くことを前提としたつららの采配に、イタクは気に入らなそうに愚痴を溢すが、それでもしっかりと務めは果たす。

 巻や鳥居たちを助けたその勢いのまま、周囲に群がる妖怪どもを片っ端から斬り裂いていく。

 

 

 

 ——どこ……? ここじゃない、集中して……畏を見つける!!

 

 イタクが皆を守り抜いている間にも、つららは敵の居場所を探り当てようと感覚を研ぎ澄ませていく。つららにカナの神通力・天耳や他心ほどの探知能力はないが、妖気を探るというくらいならば彼女にも可能だ。

 今の敵はリクオに呪いを振り撒いている状態であり、その妖気を全開に放っている筈。

 つららも鏡斎のドス黒い妖気を間近で感じていた。それと同じ気配を探るともなれば、そこまで難しくはない。

 

「——あそこだ!!」

 

 実際、つららは鏡斎の居場所をすぐに看破することが出来た。

 小さなビルの屋上、そこから奴のドス黒い妖気が感じ取れる。あそこに鏡斎がいる筈だと、急いで奴のところへと乗り込んでいく。

 

『オオオオオォオオオオ』

『グォオオオオオオオオ』

 

 ビルまでの道中、つららの進行を邪魔しようと、数十匹もの妖たちが群がってくるが——そんなもの関係ない。 

 所詮、そこから湧いて出てくる連中など、鏡斎の手によって建物の壁面や道路などに描かれて具現化した程度の、即席で産み出された中身の伴っていない、空っぽの怪異だ。

 

「……どきなさい」

 

 そんな連中相手に掛けてやる慈悲も、情けもない。

 

「私の邪魔立てをするのなら……永遠に氷の中にいてもらうわ!!」

 

 つららは一切の容赦なく、呪いの吹雪・風声鶴麗にて立ち塞がる怪異どもを端から順に氷漬けにしていく。

 

 こんな連中に構っている暇はない。

 リクオを救うためにも、一刻も早く目的地を目指さなければと——つららは渋谷の街を全速力で駆け抜けていく。

 

 

 

AM 0:50

 

 

 

「はぁはぁ……いつから、ここへ逃げてたのかしら……」

 

 ビルの外階段を駆け上がり、つららは屋上へと辿り着くと同時に、そこにいた相手へ問いを投げ掛ける。

 その屋上の隅っこでは、褐色肌の男が一心不乱に絵を描いていた。

 

 

 狂画師・鏡斎。

 

 

 奴は汗だくになりながらも振り返り、つららの問い掛けに満足げに答える。

 

 

「彼と出会ったときから——」

 

 

 鏡斎は、ずっと奴良リクオの到来を待ち望んでいた。

 いつでも彼が現れてもいいよう、ずっと絵を描く準備を用意していたのだ。己の最高傑作と自負する、この『地獄絵図』に華を添える、奴良リクオの死にゆく様を収めた『九相図』を描き切るため。

 まさに全精力を傾け——たった今、その作業の全てを完了させたのだ。

 

「……なに、その悍ましい絵は……それが、リクオ様をあんな風にしたの……?」

 

 つららは我が目を疑う。

 鏡斎が描いたとされる、リクオを捉えた呪いの絵——それは見るも無惨、語るも悍ましい。吐き気すら覚えるような邪悪な絵画であった。

 元々、九相図は仏僧たちの肉体への欲望を断つため。美しかった女性の朽ち果てていく過程を描いた仏教絵画だ。

 人間の色欲を抑制するためにと、出来るだけ肉体への不快感を煽るようなタッチで描かれるものだ。

 

 だが鏡斎の腕によって描かれた九相図は、従来の作品の中でも群を抜いて嫌悪感を与えるものであった。

 身体が腐敗で膨れ上がり、全身から血を吹き出し、蛆が湧いた肉を獣が喰い散らかす。最後は骨すら残らず、全てが無常に散っていく。

 

「どうだ……良い絵だろ? 奴良リクオは……もう人でも妖でもなく、永遠に俺のもの……」

 

 しかし鏡斎は、自身が描いたその悍ましい絵画を『美しい』と評する。狂ったような美的感覚、奴自身の醜悪さがその言葉や絵そのものに表現されている。

 

「不快だわ……今すぐ……そんなもの消して!!」

 

 つららは、そんな絵の存在を認められなかった。

 そんなものがリクオである筈がない、その絵のモデルがリクオなどと、断じて容認することなど彼女には出来ない。

 

 

「——消して!!」

 

 

 一分一秒でも、そんな絵画がこの世に存在することが許せない。怒りと不快感のまま、つららは氷の礫を弾丸のように放ち——九相図を粉々に粉砕する。

 

 その絵画の存在そのものを、この世から抹消していく。

 

「リクオ様は……そんなことで死にはしない!!」

 

 リクオがそんな絵如きに、呪いなどに決して屈したりはしないと。彼の生存を信じながら——。

 

 

 

 

 

「……………………ハッ!」

 

 背筋が凍るような沈黙の果て、鏡斎が口を開く。

 

「もう奴良リクオは亡き者になっているのに……俺の九相図でな……」

 

 今更、九相図そのものを破壊したところで無駄な足掻きだ。

 九枚の写実絵が完成した時点で、呪いは完結している。放たれた呪詛は完全にリクオの身体を崩壊させ、あの絵の通りの結末へと彼を導いているだろう。

 

「こんな……こんな、無駄な抵抗をして……」

 

 だから、絵を壊すというつららの行いは何の意味もなかった。意味もなかったのに——あの傑作を、『この女』は台無しにしたのだ。

 それは画師としての鏡斎の美学を踏み躙る野蛮な行為であり、彼にとって決して許容できるものではなかった。

 

「雪女か……」

 

 鏡斎はつららの妖怪としての名を呟きながら、彼女へとにじり寄っていく。

 

 雪女と呼ばれる妖怪は総じて美しいとされる。彼女たちは氷を操る妖怪だが、その『畏』の本質は女性としての美しさで男性を魅了することにあると言ってもいいだろう。

 その美しさに知らず知らずのうちに、多くの男性が魅了され、彼女たちの虜となっていく。

 

 しかし、鏡斎に雪女の魅力など何一つ伝わらない。

 奴は汚物でも見るよう目を向けながら、嫌悪感を隠そうともせずに吐き捨てる。

 

 

「——この美を解さない、キミこそ……不快だ……」

 

 

『——オォオオオオオオ』

『——アアアアアアアア』

『——ヴァアアアアアア』

 

 

 瞬間、鏡斎とつららの周囲を取り巻くよう、怪異たちが顕現していく。鏡斎の醜悪な美的感覚より産み出された悍ましい怪物どもが、つららへと群がっていった。

 

「あ……がっ!」

 

 鏡斎の悍ましさに気圧されていたこともあり、つららには怪異どもの奇襲を退けることが出来なかった。

 纏わりついてくるケダモノどもが、つららの身を汚し、彼女の尊厳や命そのものを奪い取ろうと牙を剥く。

 

 今まさに、つららという女の終わりが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

「——っ!!」

 

 

 刹那——黒い人影が、つららの元へと舞い降りた。

 

「きゃっ!?」

「なんだと?」

 

 その影は、つららに纏わりついていた化け物どもを容赦なく斬り捨て、彼女の危機を救った。

 束縛から解かれたつららの身が地面へと投げ出され、まさかの人物を前に鏡斎が驚きの声を漏らす。

 

「バカな……確かにお前は、俺の九相図によって……」

 

 そこに立っていたのは、鏡斎の手によってつい先ほど命を終えた筈の男。

 九相図の完結で骨も残っていない筈の『彼』が——奴良リクオが、原型を留めながらこの場へと駆けつけてきたのだ。

 

 

 

AM 1:00

 

 

 

「カハッ! ゲホッ!!」

 

 呪いにその身を犯されながらも、奴良リクオは動いていた。

 彼はつららがリクオを救おうと鏡斎の元へと走り出した。そのすぐ後を追いかけ、自らも鏡斎の元へと辿り着いていたのだ。

 それにより何とかつららの身を守った彼だが、その肉体はどうしようもないほどにボロボロだった。

 

「り、リクオ様……アア……」

「ほう? これは……美しい」

 

 主の変わり果てた姿につららの顔が絶望に染まる。逆に狂った美的感覚の持ち主たる鏡斎は、その姿を美しいと感動するように呟く。

 その場に舞い降りたリクオは、どうして立っていられるのかも不思議なほどに朽ちかけていた。錆びたような全身から血を吹き出し、肉を焦がし、腐るように身体が溶けていっている。

 

「リクオ様……そのお姿は!!」

 

 見るも無惨な姿だ。しかし主から目を背けず、つららは彼を支えるためにも駆け寄ろうとした。

 

「近づくんじゃねぇ、つらら!!」

「——っ!?」

 

 だがそんなつららの献身を、リクオ自身が声を荒げて拒絶する。

 

「たちの悪い呪いの類だ……触るもんじゃねぇ」

「う……」

 

 呪いに身体を蝕まれている本人が、呪詛が触れたものへと移ることを恐れて他者を遠ざける。主の一喝に、つららは咄嗟にその動きを止めるしかなかった。

 

「今尚、朽ちていってるというのか……畏に抗い、僅かな時間差を生んだか……」

 

 どうやら、九相図の効果はしっかりと表れているようだ。今この瞬間にも、リクオの身を蝕んでいる呪いに鏡斎は満足したように口元を歪める。

 

「フン……せいぜい持ってあと一分ってとこか……」

 

 鏡斎の指摘通り、もしかしたらリクオにあまり時間は残されていなかったかもしれない。

 

「気丈に振る舞っているが……相当な激痛が走っている筈だ。さぞや体の中では朽ちてゆく身を実感していることだろう……なぁ、リクオ?」

 

 既に勝利を確信しているのか、鏡斎は余裕な態度でリクオへと声を掛けていく。

 

 

「……うるせぇよ。今の俺がどうだっていいんだよ」

「ん?」

 

 

 しかし、リクオは自分の身など全く気に掛けていない。元より勝ち負けや、自分の生死など。そんな観点からリクオはこの場に立ってはいなかった。

 

「たとえこの身が裂けようが、朽ちようが……やらなきゃいけねぇことがあるんだ……」

 

 今この瞬間、自分の命が脅かされている最中においても、リクオは自身の務め——やるべきことに目を向けていた。

 

「お前ら百物語組がこの街を荒らしている以上、てめぇを倒すまでは……散れねぇんだよ、俺は……」

 

 この東京を、リクオたち奴良組の縄張りを好き勝手に壊し、そこに住む人々を傷付ける外道ども。百物語組にケジメを付けるまで、リクオは終わるわけにはいかない。

 

「お前らが俺を嫌うように仕向けた人間も、鳥居も、巻も……」

 

 たとえ自分を嫌悪する相手であろうと、自分の正体を何も知らないでいた友人であろうと。

 

「カナも……」

 

 今頃治療を受けているであろう家長カナだって、皆を守るためにその命を賭けたのだ。

 

「奴良組も守る!」

 

 自分の命令を守り、各地で必死に戦っている仲間たちもいる。

 

 

 その全てが——リクオにとって守るべき対象だ。

 

 

「腐るのを止められねぇなら……しょうがねぇ!」

 

 彼らをこれ以上傷つけないためにも、リクオは刀を握る手に力を込めた。

 

「その前に……てめぇだけは斬る!!」

 

 百物語組の中でも、特に大勢の人間たちの命を奪うことになったであろう元凶——山ン本の『腕』を確実に仕留めるべく。

 

 

「それがこのシマを預かる、奴良組の代紋背負ってる……三代目の責任だ!!」

 

 

 リクオは全身全霊、最後の力を振り絞る勢いで駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——美……しい……。

 

 ——こんな畏は……知らない……。

 

 鏡斎は、筆を持った自身の腕から汗がつたっていくのを感じていた。

 

 すぐ目の前まで迫ってきている、妖怪の主——奴良リクオ。鏡斎が繰り出す魑魅魍魎の群れをものともせずに突撃してくる彼の姿に動揺を隠しきれないでいる。

 

 ——これは……俺の知っている、奴良リクオじゃない!

 

 ——この身を刺すような威圧感……圓潮の言っていたリクオとは……違う……!!

 

 鏡斎は同じ百物語組の幹部・山ン本の『口』である圓潮から奴良リクオがどのような妖怪で、どんな男なのかその詳細を聞いていた。

 

 その話を聞いた上で、鏡斎はリクオこそが自分が理想とする絵の模範だと。今回の戦いに意気揚々と出向き、渋谷を地獄に変えてまで彼の到来を待っていたのだ。

 リクオが至高の模範だという考えは、今も変わってはいない。それどころか、その強烈な畏を目の当たりにすることで、その思いは強まっていく一方だ。

 

 リクオは自分が思っていた通りの——いや、思っていた以上に、美しく強大な『畏』の持ち主であった。

 

 ——ああ……だからか。だから……九相図は破られたのか……。

 

 そこで鏡斎は己の思い違いを悟り、理解することが出来た。

 どうしてリクオが今も生きていられるのか。九相図の呪いが、何故完全に成立しなかったのか。

 

 ——俺は絵の中に、こいつの魅力を……捉えきれなかったのか……。

 

 なんてこともない。リクオという模範を——鏡斎が完全に『描ききれなかった』からである。

 

 奴良リクオという存在が鏡斎の予想を遥かに越えていたため、九相図は不完全に終わってしまったのだ。

 

 

 それは事実上、鏡斎が画師として敗北したことを意味していた。

 

 

「——っ!!」

 

 

 故に、振り下ろされるリクオの一刀を——鏡斎は無抵抗のまま受け入れた。

 

 

 この敗北は必然、自分は敗れるべくして敗れたのだと思い知る。

 

 

 

 

 

「……ガハッ……は、ははは…………」

 

 そうして、リクオから致命の一撃を受けながらも、鏡斎は笑みを溢していた。

 瀕死の身体を引きずり、彼は屋上の端から見渡せる眼下の景色を視界に収めていく。

 

「地獄が見える……俺の作った地獄が……」

 

 地上では未だに生きている人々が悲鳴を上げながら逃げ惑い、鏡斎の手によって産み出された妖たちが無残に人間たちを殺し回っていた。

 

「奴良リクオ、俺が死んでも……畏を断たない限り、絵は消えない」

 

『九相図』こそ破られたものの、『地獄絵図』は確かにこの地に顕現していた。

 画師としての敗北を受け入れつつも、最後の足掻きとばかりに鏡斎はリクオに向かって勝ち誇ったような笑みを見せつける。

 

「残るのさ……俺の作品は……本物だから……」

 

 ここまで広がり広がった地獄、もはや鏡斎にも制御不能だ。

 既に『地獄絵図』は自分の手を離れ、一つの生き物として蠢き、この渋谷を阿鼻叫喚の地獄へと染め上げていくだろう。

 

 

「——はたして抜け出せるかな……この地獄絵図から……」

 

 

 その結末を、最後まで見届けられないことを名残惜しく思いながらも、狂った画師は最後まで満足気に。

 自らこの舞台から退場すべく、屋上から飛び降りて自分自身の『生』を終わらせる。

 

 

 

 

 

 山ン本の腕・鏡斎——自滅

 

 

 

 

 

「——鏡斎!!」

 

 逃げるように屋上から身を投げた鏡斎の後を慌てて追いかけ、リクオは屋上から眼下を見下ろす。

 

 残念ながら、そこから鏡斎の姿を見つけることは出来なかったが、あの傷ではそう長くもないだろう。出来ればその最後をこの目で確認したかったが、それよりも優先しなければならない光景が地上に広がっていた。

 

 鏡斎が残した地獄。

 化け物が徘徊し、人間たちが逃げ惑う——地獄絵図。

 

「リクオ様……」

 

 同じ景色を見ていたつららがリクオに声を掛ける。

 

「ああ……そうだ! 急がねぇとな!!」

 

 彼女の言葉にいつまでもここでこうしているわけにもいかないと、リクオは我に返った。人間たちを救うためにも、急いで戦線に復帰しなければ。

 

 たとえ、この身が朽ち果てることになろうとも——。

 最後の瞬間まで、戦い続けなければ——。

 

「……っ!」

「つらら……!? バカッ……何やってんだ、おめぇ!? 触んなっつてんだろ!!」

 

 だが、そんな己の命すらも捨てかねない覚悟のリクオに、つららは後ろから抱きついてきた。呪いで蝕まれているリクオの身体に、何の躊躇もなく触れたのだ。

 リクオはその呪いがつららにまで危険を及ぼすことを恐れ、彼女に離れるように言葉を荒げるが。

 

「よかった。ドロドロが止まりましたよ……これで大丈夫……」

「大丈夫って……お前こそ、大丈夫かよ!!」

 

 しかし、リクオが危惧していたようなことは起こらない。既に九相図は破られ、それ以上リクオの身を蝕むことはなく、他者にその呪いが感染するようなこともなかった。

 

 その事実にホッとしたように、つららはリクオに向かって微笑みを浮かべる。

 

 

「証明したくって……リクオ様の畏は……消えてませんね!」

 

 

 リクオは自分の命を賭けるような言動をしていたが、つららはそんな心配をする必要はないと示してくれたのだ。

 

 リクオはちゃんと生きてる。

 彼の信念、畏が揺るがぬ限り、決してその身が朽ちることなどないのだと、つららは笑顔を浮かべてくれていた。

 

「……ば、バカ! 行くぞ!!」

「はい……フフフ……」

 

 つららのその笑顔に、リクオは少し照れたように叫ぶ。

 何だか恥ずかしそうなその顔が、年相応の少年らしくて、つららはますます嬉しくなってしまう。

 

 

 

 しかし、ここからはまた戦いだ。

 今は一刻も早くこの戦いを終わらせなければと、二人は改めて気合を入れていく。

 

「油断すんなよ……つらら!!」

「はい、リクオ様!!」

 

 まずはこの渋谷の地で、苦しんでいる人間たちを救わねばと。

 

 互いに声を掛け合いながら、リクオとつららは目の前の地獄に向かって躊躇なく飛び込んでいった。

 

 




補足説明

 滝夜叉姫
  鳥居が姿を変えられた大妖怪の原典。 
  名前は聞いたことあると思いますが、この妖怪が活躍している作品って……正直あんまり記憶にない。
 『鬼灯の冷徹』では地獄でゴロツキどものまとめ役をやってます。
 
 九相図
  鏡斎がリクオを追い詰めた必殺技。リクオをあそこまで追い詰めたこともあって、結構印象深い。
  本来は瞑想や修行の一環で描くものだとか。
  ちなみに九相図は出典によって、その名称が異なっていることがあります。
  今作の九相図も、一応分かりやすいものをチョイスしましたので、ぬら孫原作とちょっと違ってる部分がありますので、その点はご了承ください。

 色々ありましたが、今回でようやく鏡斎との戦いに決着がつきました。
 次回からは、ちょっとオリキャラを挟みつつ、話を前に進めていきたいと思います。
  
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