家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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随分と久しぶりの更新。

まずは『ぬらりひょんの孫~陰~』第四回にして、最終回の感想!
最後の最後にクローズアップされたのは『旧校舎』。
最後ということもあり、トリプルヒロイン全員にちゃんとした出番があることに感動!!
というか……ゆらちゃん、随分とリクオのこと気にしているような感じだ。離れて過ごしていたからこそ、芽生え始める感情があるということか?
謎の神君……これは男の子か、それとも女の子かな?

これで全ての短期集中連載が無事完結! 四ヶ月間……本当に楽しませてもらいました。
しかしここで嬉しいお知らせ。まさかの『ぬらりひょんの孫~陰~』が単行本化!
当然買う! さらにおまけ話とかあれば……最高ですね!

さて、こちらの小説の方ですが……我ながら、なかなか思うように進んでいませんね。
同時に連載している『ゲゲゲの鬼太郎』の方に忙しいというのもありますが……単純に物語の流れが書きにくいというのがあります。
この章の最後がどうなるかは決めているのですが……そこに至るまでの流れがなかなか掴みにくい。

それでも今までも、これからも少しづつ進めていきますので。
変わらず読んでいただけるとありがたいです。





第百十幕  それぞれの仁義

AM 2:15

 

 

 

 奴良組本家にて。

 奴良若菜の命を狙おうと姿を現したのは——毛倡妓の『面の皮』を被った珠三郎という妖怪。魔王山ン本五郎左衛門の一部であり、百物語組で幹部を務めるものの一人であった。

 

「ぐはっ……!!」

 

 ところが珠三郎は本懐を遂げることもなく、異変を察知して駆け付けてきた首無によって呆気なく捕縛された。特にこれといった抵抗もなく、首無の紐で雁字搦めに縛られていく。

 

「なによ……奴良組って騙しやすい奴ばかりかと思ってたけれど……あんたはちょっとは頭が回るようね……」

 

 だが捕まってその身を地べたに押し付けられながらも、珠三郎は毛倡妓の顔を不敵に歪める。憎まれ口を叩く余裕すらあり、どこか油断できない雰囲気を纏っていた。

 

「黙れ……若菜様、屋敷の中へ!」

「は、はい……!」

 

 有利な立場でいる首無も、相手が妙に自信ありげなことを察したか。余計なことを喋らせないようにと睨みを利かせつつ、すぐにでもこの場から避難するよう、若菜に指示を出していく。

 いつもどこかのほほんとしている若菜も、流石に命の危機を感じてか首無の指示に素直に従う。

 

「そこのカラス……」

「——!」

 

 その間、首無は庭先に集まっていたカラスたちに声を掛けた。

 東京中に散らばるカラスたちは皆、鴉天狗たちの目であり耳だ。彼らに伝言を託せば、それが三羽鴉たちにも伝わる筈である。

 

「黒羽丸に、そしてリクオ様に伝えてくれ……出来るよな!?」

 

 首無は確実に自分の言葉が三羽鴉に——そして、主である奴良リクオに伝わるようにと念を押す。

 確かな覚悟を持って、その言葉を口にしていく。

 

 

「——ここは俺が……絶対に守り抜くと!」

 

 

 首無の力強い言葉を聞き届けるや、カラスたちは一斉に飛び立つ。

 彼の宣言を確かに主に伝えようと、闇夜に向かって羽ばたいていく。

 

 

 

「もうすぐ本家の妖怪がやってくるぞ……どのみち、お前は終わりだ」

「…………」

 

 カラスに伝言を託すや、首無は珠三郎の拘束をさらに強めて彼に教えてやる。

 

 若菜を屋敷内へと避難させれば、異変を察知した他の仲間たちもすぐに駆けつけてくるだろう。

 奴良組本家には隠居した身とはいえぬらりひょんが、彼の側近たちが控えている。この妖怪がどのような奥の手を持っていようと、それだけの戦力差をひっくり返すなど到底不可能だと判断する。

 

「ふっ……」

 

 だが絶体絶命の窮地に晒されておきながらも、珠三郎はその顔を愉悦に歪めた。刹那、彼の得意げな笑みに応えるよう——周囲の景観が一変する。

 

「なに!?」

「な、なにこれ……ま、前に進めない!?」

 

 突然の地鳴りに首無が困惑。見ればその場から避難しようとしていた若菜も、戸惑いながらその足を止めていた。

 

「首無くん!? これ……なんか『幕』が……!!」

 

 若菜の前方に、壁のようなものが立ち塞がっていた。

 屋敷の庭だったその場所がいつの間にか、全く別の空間へと変化していたのだ。何も変わっていなかったのは、庭にポツンと生えている梅の木くらいだろうか。

 

「これは……舞台!?」

 

 首無が目を見張ったように——そこは『舞台』へと様変わりしていた。

 役者が役を演じる本舞台に立たされている首無と若菜。誰もいない無人の観客席が彼らを取り囲み、さらには三味線や笛、太鼓の音など。舞台を盛り上げる音楽がどこからともなく流れてくる。

 

 そこはまさしく——歌舞伎座の舞台風景そのもの。

 

「そう、ここは……ボクの戯演舞(あじゃらえんぶ)。演目が終わるまで出られない、入れない」

「……!!」

 

 その舞台の上で、いつの間にか首無の束縛から抜け出していた珠三郎が不敵な笑みを浮かべる。被っていた面の皮を破り捨て、次の瞬間にもその姿を本来のもの。

 

 

 そこからさらに別の——全く違うものへと変貌を遂げていく。

 

 

「——首無、聞くより見るといい男……アッ! 戦い甲斐があぁッあるようだぁ〜〜〜〜なぁああ!?」

 

 

 芝居がかった口調と共にそこに姿を現したのは、派手な衣裳でその身を着飾った、珠三郎という一人の『役者』だった。

 それまでは毛倡妓の皮を被っていたためだろうが、どこか色っぽい雰囲気を纏っていた彼が一変し、力強く荒々しい立ち姿で舞台へと降り立った。

 

 着物に袴。派手なカツラに、白塗りの顔に紅と墨で見事なメイクが施されている。足には高下駄を履き、手には一振りの槍を持ちポーズを取る。

 まさに、歌舞伎役者そのものといった出立ちである。

 

 これぞ——珠三郎のもう一つの顔。

 面の皮で変装し、敵を欺き、惑わしてその心をズタズタにするのが——『蠱惑の珠三郎』。

 

 だが、今の彼は全く別の側面。

 

『狂役者・珠三郎』。

 自らが作り出した舞台の上で狂ったように演じる『役者』としての側面が強く押し出されていた。

 

 狂った舞台の上、珠三郎は主役として端役である首無、若菜へと襲い掛かる。

 

 

 

AM 2:30

 

 

 

「つまり……鬼ごっこです」

「鬼ごっこ?」

 

 渋谷での騒動を解決したリクオたち。彼らは次にどのように動くべきかと、寄り集まって情報を整理していた。

 ちょうどつい先ほど合流して来た陰陽師・花開院竜二からも『今の状況を説明してみろ』という要請があった。陰陽師である彼からの偉そうな態度に面白くなさそうな奴良組の妖怪たちではあったが、ここでいがみ合っていてもしょうがないと。

 

 素直に今の状況——百物語組が仕掛けて来た『鬼ごっこ』のルールについて、つららの方から説明がなされていく。

 

「ハイ……敵の大将が流した〈件〉の噂によって……人間たちは妖怪に襲われないために『リクオ様を殺すしかない!』と刷り込まれてたんです」

 

 百物語組の幹部・山ン元の口——圓潮の話を真に受けるのであれば、これはリクオたちと、百物語組、人間たちの三すくみの戦いだと言う。

 

『百物語組』は『人間たち』を殺すために妖を生み出し、街に放っていく。

『人間たち』は『リクオ』を殺すことでこのゲームが終わり、自分たちが助かると思っている。

『リクオ』たちは人間を守りながら、『百物語組』の幹部を全て倒してこのゲームを終わらせなければならない。

 

 もっとも、リクオたちから逃げなければならない百物語組の幹部が襲ってきたりしたところから分かる通り、これが単純な鬼ごっこでないことは明らかだ。

 もしかしたらこのゲーム、奴良組が気付いていないような盲点があるのかもしれない。

 

「でも……〈妖怪を産む者〉鏡斎がいなくなって……このジャンケンみたいな鬼ごっこは成立しなくなりつつあります」

 

 だが現状、百物語組の戦力の大部分を担っていた山ン本の腕・鏡斎が倒れたことで三すくみの拮抗が崩れようとしている。〈怪談〉を産み出し続けるものがいなくなったことで、百物語側の増援が止まりつつあるのだ。

 

「普通なら、これで人間はリクオ様を襲う理由がなくなりますが……うん! もしかしたら……リクオ様も戦う必要がなくなるんじゃ!?」

 

 今いる敵を掃討し、人間たちが襲われなくなればもはやリクオが追われる理由もなくなると、つららがその表情を明るくする。

 

「…………」

「…………」

 

 もっとも、それが安易な考えであることはつらら自身も薄々気づいているのだろう。青田坊やイタクといった面々も口を閉ざして緊張感を維持している。

 

 

「——ま、待って下さい!! そこの雪女さん!!」

 

 

 実際——つららの言葉に水を差すよう、彼女に声を掛けるものがいる。

 

「清継くん?」

「えっ!? なんでボクの名を……!?」

 

 リクオたちとは少し離れたところでノートパソコンを弄っていたのは、清十字団の団長である清十字清継だ。

 リクオの無実を証明しようと、その活躍をカメラに収めるために青田坊と共にここまできた彼だが、まだまだ知らないことも多い。

 たとえば、いつも学校で顔を合わせる及川つららが妖怪・雪女であることに気付かず、見知らぬ相手に名前で呼ばれて困惑したりと。

 

「こ、これを見てほしいんです!!」

 

 しかし、今はそんな些細なことはどうでもいいと、清継は操作していたノートパソコンの画面が奴良組の面々にも見えるようにする。

 

「悲しいかな、人々はまだ主の動画を見ても全然認めてくれないんです……」

 

 その画面には、SNSといった様々なサイトで書き込まれているコメントが表示されていた。その大半がリクオに対する誹謗中傷であり、誰も彼もが未だに奴良リクオという存在の『死』を願っている。

 

「それで……なんか変だと思って調べてみたら!! 新しい噂が……広まっていってるんだ!!」

「新しい……噂!?」

「その噂とは?」

 

 清継はそんな加熱気味なネットの流れに違和感を覚え、深く突っ込んだところまで調べてくれていたらしい。

 これまでの流れ。ただ単純に『奴良リクオを殺せ』と願うだけではない、もっと『具体的』な方向へと人々の噂話が変化しているとのことだ。

 

 

 曰く——〈夜明けと共に救世主が現れ、奴良リクオを殺すだろう〉とのこと。

 

 

 夜明け——それはこの鬼ごっこの制限時間とされる時刻だ。

 その時間になれば——『救世主』とやらが出現し、奴良リクオを殺すのだという。

 

 やはり逃げ回っているだけでは駄目だ。この鬼ごっこの根幹となる『何か』を攻略しない限り、リクオたちに勝利はないということか。

 

「くそっ!! 何でこんな噂を信じるんだ!! 見ても分からないのか!?」

 

 清継はそんな救世主なんて曖昧な噂話を真に受ける人々に対し、悔しさと怒りから握り拳でキーボードを叩く。

 自分が撮ったリクオの活躍する映像を皆も見ただろうに。どうしてそんな、嘘か本当かも分からないような噂話に縋るのだろう。

 

「心当たりがある。様々な場所で妖怪を滅してきて……調査するたびに浮かび上がる、一つの影……」

 

 ここで、ふいに竜二が口を開く。

 彼は花開院の陰陽師としてここ半年間、全国各地で発生する様々な事件を調査してきた。その調査の度、彼の中でどうしようもない疑問。何者かが、裏で糸を引いているという疑惑が浮かび上がってきた。

 

 

 それこそが——。

 

 

「——言霊使いだ」

「——!?」

「——言霊……使い!?」

 

 竜二の話に皆が耳を傾ける。

 

言霊(ことだま)使(づか)い』——文字通り、言葉を使って様々な事象を引き起こす力を持つものことだ。

 

 日本は古来より言葉そのものに力が宿ると信じられてきた。言葉そのものが現実に引き起こす作用。それを霊的、超自然的に引き出すことこそが『言霊』の本領。

 陰陽師たちが呪文などを唱えるのも、言霊を用いて自らの術を高めるという意味合いがある。

 また日常的にも、人は言葉によって自身の気持ちや体調を左右させることがある。ありていに言えば、それも言霊によるものなのだ。

 

「近年の都市伝説の出現数は異常だ。江戸時代の百物語には、ここまでの量と速さはなかっただろう。伝わる〈噂〉自体に畏を乗せているんだ。禍々しい呪詛のようなものだろう」

 

 竜二なりに、三百年前に奴良組と百物語組との間にあった抗争の記録を調べていたのだろう。

 その当時のことを引き合いに出しながらも、現代における都市伝説の発生件数、その広がり方が異常であることを口にする。

 

 その異常な速さでの広がり方。その根底にこそ、強力な言霊使い——山ン元の口・圓潮の存在が見え隠れしている証明だと。

 

「俺はここまで人を言葉で操った者を知らない」

 

 竜二も言葉を操る陰陽師だが、圓潮の巧みな手腕には及ばないと。自らの敗北を認めるほど、圓潮という男の厄介さに舌を巻く。

 

「放っておけばまた新たに人々を操る。何をするか分かったもんじゃねぇぞ……」

「奴を倒さねぇと……人間たちは救えねぇってことか……!」

 

 竜二の話に、リクオも表情を険しいものへと変えていく。

 鏡斎を倒して百物語組の戦力を大幅に減らせたところで、圓潮がいる限りはこの戦いを終わらせることは出来ない。

 やはり奴を見つけ出して倒さなければと、次の標的を圓潮へと定めていく。

 

 

「——リクオ様!!」

「——っ!?」

 

 

 すると、このタイミングでリクオの元に火急の報せが届く。

 その報せを持ってきたのは——三羽鴉の黒羽丸であった。彼は切羽詰まった様子を見せながらも、主に伝えるべきことを簡潔に報告する。

 

 

 

「——首無より伝令!! ただいま……本家で若菜様を狙う者が有り!!」

 

 

 

「な……なんですと!!」

「若菜さまぁ!?」

 

 その報告に奴良組の妖怪たちが色めき立つ。

 奴良若菜。リクオの母親であり、鯉伴の妻でもある彼女は奴良組の妖怪たちからも敬意を払われ、慕われている存在だ。ただの人間だが、奴良組の妖怪たちにとっても彼女は身内同然。

 そんな彼女が敵に襲われているなどと、奴良組にとって一大事。

 

 

「——か……母さんが………!?」

 

 

 もっとも、リクオのショックは他の組員たちの比ではない。実の母親が襲われていると知り、一瞬だが頭が真っ白になってしまう。

 

「だが援軍を送るには及ばず!! 首無が必ず守る!! とのことです!!」

「……!!」

 

 だが、続けざまの黒羽丸の報告にその意識がすぐさま現実へと戻ってくる。首無はリクオの百鬼夜行の中でも特に信頼のおける武闘派の妖怪だ。

 

「首無!?」

「そ、そうです……わしら二手に分かれよって……」

「首無は毛倡妓の治療を兼ねて本家へ……」

 

 豆腐小僧や小鬼の話から察するに、彼とはつい先ほどまで一緒に行動していたようだ。しかし負傷した毛倡妓を本家に連れていくと戻り——その本家で敵と遭遇したということか。

 あるいは、相手の行動を先読みした結果かもしれない。

 

「こいつ!! リクオ様と見せかけて……本当は若菜様狙いかよ!?」

 

 納豆小僧が偽物の毛倡妓の死体(生憎と土御門春明がバラバラにしてしまったせいで原型を留めていないが)に向かって驚いているように、首無以外の誰もが『敵の狙いは大将のリクオである』と思い込んでいた。

 道すがら、何体もの毛倡妓を倒して来た竜二でさえも、別の思惑があることまでは読みきれなかったようだ。

 

 いずれにせよ、若菜に現在進行形で危険が迫っていることに変わりはない。

 

「リクオ様、一刻も早く戻られた方が……!!」

 

 これにはつららも、リクオにすぐに母親の元へと駆けつけるようにと進言する。

 家長カナが狙われたという報告を受けた際も、彼女はリクオにカナの元に行くように進言していた。そのときは既に事が終わっており、カナが敵を自力で退けたということもあり、リクオも動くことはなかったが。

 

 だが今回は違う。若菜は今もまだ襲われているのだ。

 もしもその襲撃を防ぎ切れずに、その狂刃が彼女の身に届いたら——そんな万が一なんてことも有り得るのだと。

 

「なんで若菜さんなんだ!?」

「決まってる! 百物語組のやつら……リクオ様をとことんまで追い込むつもりなんだろ!?」

「リクオ様!!」

「三代目!!」

 

 つらら以外の面々もリクオの判断を仰ぐ。若菜を助けるためにも、自分たちが本家に戻るべきではないかと。

 

 

「いや……行かねぇ。ここは首無に任そう」

「リクオ様!?」

 

 

 だが、リクオは首を横に振った。

 その判断に驚愕するつららだが、あくまで冷静さを保ったまま彼は自らの意思を仲間たちに聞かせていく。

 

「首無がわざわざ任せろと伝えてきたんだ。だったら……任せる」

 

 首無は若菜が襲われていることを教えてくれたが、それと同時に『自分に任せてくれ』とも伝えてきた。リクオが真っ直ぐ前だけを見て進めるようにと。その背中を、彼の大事なものを守ろうとしてくれているのだ。

 

 それこそが、首無の覚悟——彼の貫き通すべき仁義なのだろう。

 

「あいつが仁義を通してくれる筈だ。俺は三代目として……これ以上シマを荒らさせるわけにはいかねぇんだ!! だから圓潮を探す!!」

 

 首無がそうして仁義を通すというのなら、リクオはリクオの為すべきことを為さねばならない。

 シマを荒らしている百物語組の妖怪ども——どこかに隠れ潜んでいるであろう圓潮を倒して、この戦いを早期に終結させる。

 

 それこそがリクオの仁義。奴良組の大将として貫き通さなければならない彼の責務であるのだから。

 

 

 

「……主!!」

 

 リクオの己の仁義を貫き通さんとするその姿に、遠目から彼に熱い視線を向けていた清継が感涙に咽び泣いている。

 

 これだ、これこそ清継がずっと見たいと思っていた——真なる闇の主の姿だ。

 

 あの日、ガゴゼから自分を救ってくれたときに見せてくれたあの勇姿。悪行三昧の世の妖怪に対して『人に仇なす奴』は許さないと言い放った彼の言葉が、今もこの胸に熱く残っている。

 あの姿を再びその眼に焼き付けんがためにと、今日までずっと彼を追いかけ続けたと言っても過言ではない。

 

 四年間の自身の苦労が報われたと、清継は感無量とばかりに感動に浸っている。

 

「はっ……いかんいかん!! ボーッとしてらんない!!」

 

 だが、いつまでもそうしていられる状況ではないと。感動の涙を拭いながら、清継はノートパソコンと向き合っていく。

 

 清継は自分がネットに上げたあの動画——リクオの活躍をあるがまま映した映像を、もっと多くの人の目に触れられるようにと、さらにネット内を駆け巡っていく。

 先ほどの話——圓潮とやらの言霊の前で、自分の上げた動画など無力かもしれない。誰の目にも止まらず、大多数の人々の憎しみによって押し潰されて終わるかもしれない。

 

「けどこれはボクの使命!! きっと、ボクにしか出来ないことだから……!!」

 

 だがたとえ無駄な抵抗に終わろうとも、清継はこれこそが今自分に出来ることだと。戦う力もない、ただの人間に過ぎない自分が唯一、主である『彼』に出来る貢献。

 

 友人として、リクオにしてやれる仁義だと信じて動いていく。

 一人でも多くの人の目を覚まさんと、力強くキーボードを叩き続けていく。

 

 

 

 その一方で——。

 

「ふん……」

 

 リクオの覚悟を聞かされて尚、どこか気にいらなさそうに鼻を鳴らす——土御門春明。

 彼がリクオに向ける視線は、清継のそれとは正反対のものだ。その澱んだ瞳が鋭く細まり、今この瞬間にもその昏い衝動を解き放たんと、リクオの隙を窺っているようにも見える。

 

「余計なことはするなよ、土御門……」

 

 だが、そんな春明の軽率な行動に釘を刺すべく、先んじて花開院竜二が睨みを効かせていく。

 

「お前が何を考えているかはなんとなく分かるが……今は自重しろ。それどころじゃないことくらいは……流石に理解してるだろ?」

 

 竜二は春明が何を考えているのかを、それとなく察していた。同じ陰陽師としてか、あるいは互いに『妹』『妹と呼ぶような相手』がいるからだろうか。

 だが、春明の抱えているであろう『それ』をリクオに向かってぶつけることは、それこそ八つ当たりだろうと。

 何より今は状況が状況だ。流石にこんな混沌とした場で、リクオに喧嘩を売るような真似はするなと念を押していく。

 

「…………分かってるよ……」

 

 春明も、渋々といった様子で竜二の言葉を受け入れた。

 彼とて、今がそういうときでないことくらいは理解しているのだろう。

 

 

「——とりあえず、今はな……」

 

 

 その胸の奥から湧き上がってくる情動をどうにか抑え込みつつ、その牙を静かに研ぎ澄ませていく。

 

 

 

AM 2:35

 

 

 

「——かはっ!!」

「——く、首無くんっ!?」

 

 突如として幕が上がった舞台の上、首無は相手方の一撃に吹き飛ばされていた。彼を心配する若菜の声が舞台袖から響いてくるが、今の首無に彼女の呼び掛けに答える余裕はない。

 首無は身体を起こしながら眼前の敵——狂役者となった珠三郎へと、油断のない視線を向ける。

 

 ——こ、こいつ……変装だけの妖怪じゃない!?

 

 変装で人を騙し、虚を突くことしか能がないと思われていた珠三郎という妖怪。ところがいざ相対するや、そんな相手に真っ向勝負で力負けしているという事実があった。

 

「——この舞台には正本がある」

 

 首無を真正面から跳ね除けた歌舞伎役者の格好をした珠三郎は、芝居がかった動作でにじり寄る。

 

「——立て役者が勝利する……古典的正本がな!!」

 

 自身の能力に絶対の自信を持っているからだろうか、この舞台の——己の持つ特性について饒舌に語っていく。

 

 正本(しょうほん)とは、歌舞伎における『脚本』のこと。

 立て役者とは、すなわち善人の役。大勢の人々を恐怖と混乱に陥れている百物語組の幹部が善人を気取るなど、とんだ皮肉ではあるが少なくともこの舞台ではそのように定められているのだ。

 

 ——こいつは、おそらく……特定の範囲で絶対的な強さを発揮する……領域型妖怪!!

 

 そういった舞台のルールを押し付けられ、首無が相手の能力がどのようなものか理解する。

 

 奴良組に所属する下っ端妖怪、池を縄張りとしている——置行堀。

 京都の伏目稲荷を縄張りにしていた、重軽石を持ち上げたものを自身の異世界へと引き摺り込む——二十七面千手百足。

 

 これはそういった一定の範囲内で力を発揮する妖怪たちと同じ、『領域型』の特性である。この舞台の上でなら、珠三郎は無類の強さを発揮できるということだろう。

 

 

「——闇に散れ、悪漢よ!!」

 

 

 見得を切り、得物である槍を突きつけながら珠三郎は首無に向かって吐き捨てる。

 

 珠三郎が立て役者・善人であるのならば、その向かい側に立つ首無は敵役・悪人ということになる。善なる存在を前に悪は裁かれる。分かりやすいほどの勧善懲悪である。

 

 

 

「おもしれぇ……」

 

 相手の実力と自身の不利を悟りながらも、首無は笑みを深める。

 

 その好戦的な笑みは、いつもの生真面目で温厚な優男としてのものではない、妖怪ヤクザとしての荒々しさ。それこそ、舞台の上にて定められた悪人のようである。

 

 だが、悪人であろうと首無は一向に構わない。彼は元より妖怪、正義の味方などではないのだ。

 任侠者である彼を突き動かすものは——仲間への仁義、主である奴良リクオへの仁義。

 

 そして、今は亡き主にして友——奴良鯉伴への仁義。

 

 

「ここでしゃんと仁義を通してみろや……ええ、首無……」

 

 

 その仁義を正しく貫き通さんがためにも。

 首無は自身に言い聞かせるよう、自らの戦意を鼓舞していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リクオたちが渋谷で激戦を潜り抜け、首無が珠三郎との戦いに挑んでいるように。こうしている今も、奴良組と百物語組との激戦が各地で繰り広げられていた。

 

「——おおおおおおおっ!!」

 

 池袋では、関東大猿会の二代目組長たる猩影がその太刀で敵を一刀両断に切り裂く。

 

「——ミズチ珠!!」

 

 皇居前のお濠に出現した巨大な蛸のような怪物と、奴良組武闘派の河童が激しい水中戦を繰り広げる。

 

「——オラオラ!!」

「——この荒鷲一家の目が黒いうちは……お客さんに手出しはさせねぇぞ、コラァ!!」

 

 浅草ではつららを姐さんと慕うようになった、荒鷲組の男たちが異形の化け物から屋台客に訪れていた客たちを守っていた。

 他の地域でも、奴良組は激闘を制して戦況を有利なものへと進めていく。

 

 

 

「ハァ……ハァ……ぐう……」

 

 奴良組が有利になればなるほど、それとは対照的に百物語組に敗北の二文字が迫る。特に各部位を統括する——地獄にいる山ン本五郎左衛門と思念を共有する『脳』の焦りは顕著であった。

 

「骨に続き……みんな……地獄に落ちていく……う、痛い!! くるぶしが……」

 

 自陣に引きこもりながらも、各部位の敗北が思念として本体へと伝わり、その痛みが脳自身をも苦しめていく。

 

「ご報告します。新宿・渋谷に続き……池袋・六本木でも敗戦」

「そ、そんなことは知っておる!!」

 

 人型の異形がわざわざ敗北の報せを持ってくるが、そんなこと聞かされなくても分かっていると怒鳴り散らす。

 

「畏……我が畏はどうなっておる!?」

 

 敗北する配下や部位たちのことなど顧みることもなく、脳は肝心の集まってくる筈の畏がどうなっているかしか頭にない。

 

「フゥ、フゥ……早う……早う集まらんか……」

 

 息も絶え絶えといった様子で、自身が乗り込むべき『器』を見上げ、そのときが来るのを今か今かと待ち侘びていく。

 

 

「——山ン本さん」

 

 

 そんなみっともなく焦る脳に向かって、闇の中から『口』が声を掛ける。

 

「圓潮~……」

 

 脳はみっともなく縋るように彼の名を——自身の口である圓潮の名を呼ぶ。

 今回の作戦は全て彼が発案し、実行に移したもの。一応は地獄の本体と繋がる脳の方が上位者ではあるが、もはや山ン本は彼に頼るしかないようである。

 

「何も心配する必要はない。全ての歯車は順調に回ってますよ」

 

 もっとも、不安に駆られる脳とは違い、圓潮はどこまでも平静だった。

 冷酷なまでに冷静。仲間たちの死や敗走の報せにも眉ひとつ動かさず、その口から淡々と言葉を紡ぎ続ける。

 

「このまま……朝を待てばいいんです」

「う、うむ……そうか……」

 

 感情の読めぬ顔に笑みを貼り付ける圓潮の言葉に、なんとか脳も落ち着きを取り戻していく。

 

 

 

 

 

 その笑顔の裏側に、果たしてどのような思惑を抱いているか。

 きっと脳は最後まで理解することはないだろう。

 

 




補足説明

 狂役者・珠三郎
  蠱惑の珠三郎改め、狂役者・珠三郎。
  女性らしい仕草から一変。その出で立ちはまさに歌舞伎役者。 
  歌舞伎……日本人である以上、一度くらいは生で見てみたい気はする。
 
 戯演技
  狂役者となった珠三郎が躍る舞台。
  詳細は次回に記しますが……個人的には割と好きな能力。
  これに限らず、山ン本の各部位の能力に関しては一癖も二癖もあって結構好き。
   
 言霊使い
  世の作品には様々な言霊使いがいると思いますが、園潮の言霊の使い方は一級品。
  まさに百物語組の親玉に相応しい……脳よ、少しは口を見習え。
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