もしかしたら年末の忙しさが異常だったのと、年始の地震の影響もあって……体が弱っていたのかもしれん。
メンタル的にもちょっと執筆できるような気分でもなく、色々と四苦八苦してます。
とりあえず、二月になれば落ち着くと思うので……それまでは『鬼太郎』の小説の方もちょっと更新が遅れるかもしれません。
とりあえず今回は『ぬら孫』の方を……ようやく百物語編も終わりが近づき、自分のやりたい展開に話を持っていけそうなのでちょっとやる気が出てきてます。
AM 3:30
「——どこだ、圓潮!! いるなら出てきやがれ!!」
山ン本の口・圓潮を見つけ出すため、深川へと突入したリクオたち。しかし、敵の本拠地が間近であることを証明するかのよう、そこには多くの怪異たちが蔓延っていた。
『——シャアアアアア!!』
『——ゲギャギャギャ!!』
見るも悍ましい、知性などかけらもない百物語組の繰り出す化け物ども。
「ヒェええええええ!?」
「た、助けてぇええ!!」
そんな連中が、未だ逃げ遅れていた一般人へと本能の赴くままに襲い掛かっている。
「おおおおおおおおおお!!」
人間たちを見捨てるなど出来ないリクオは彼らを救うべく刀を振るう。その活躍もあってか、喰われかけていた人々が間一髪のところでその命を救われていく。
「くそっ!! アジトを探すどころじゃねぇ!! 応援がいくら来ようが、退治ばっかじゃ先に進まねぇぞ!!」
しかし敵と交戦してばかりで先に進むことが出来ないと、リクオは焦りを見せていた。
「三代目!! あっしらも手伝いますぜ!!」
「この野郎、俺たちがあいてしてやらぁ!!」
一応、敵本拠地への殴り込みということもあり、奴良組から何人も増援が派遣されてはくるが、それも付け焼き刃といった感じだ。
これ以上、時間を取られるわけにはいかない。早く圓潮を見つけ出さなければならないというのに、ここで足踏みするのは非常に不味い状況であった。
「…………!」
そんな中、黙々と敵を屠っていた遠野妖怪のイタクが何かを感じ取ったのか。
リクオたちが降り立った深川の隅田川。ちょうど橋の下あたりに葉っぱで覆われていた壁面があり、そこに向かって無造作に鎌を振るった。
鎌の風圧によって、散っていく葉っぱ。すると——そこに巨大な下水道管が存在していた。意図的に隠されていた、下水道へと続く通路だ。
「リクオ、こっちだ!」
「イタク、ありがてぇ!! さすが、俺の師匠!!」
イタクは自らが切り拓いた道をリクオへと指し示す。リクオもイタクの判断を信じ、迷わず下水道管を通じ、その内部へと侵入していく。
「みんな、あとは頼んだよ!!」
リクオが行くのだから、当然つららもその後をついていく。外の敵の対処や、人間の救助などを応援に来た奴良組の仲間たちに託していく。
「……行くぞ、土御門」
「…………」
さらにリクオたちに一歩遅れて、陰陽師である花開院竜二や土御門春明もその後へと続いた。
総勢五名。少数ながらも精鋭たる面々で、敵の拠点に通じていると思しき場所に向かって突入していく。
「お前ら、油断すんな!! この畏を感じねぇのか!!」
「!!」
下水道内へと突入して早々に、イタクが敵の気配を察知する。
『——キシャアアアアアアアアア!!』
次の瞬間、リクオたちの眼前に巨大なムカデの怪異が姿を現す。
「なんだこいつは!? 道いっぱいに詰まってやがる!」
その巨大なムカデは下水道内に陣取り、リクオたちの進路を妨害するように立ち塞がってくる。妖気のデカさからいっても、そこそこの相手である。
「行くぞ! 躊躇うな!!」
だがそんな巨大な相手に怯むことなく、イタクは鎌を抜く。
一刀両断で巨大ムカデを真っ二つに引き裂き、その裂け目からさっさと先へと進んでいく。
『——グチュグチャ』
『——ガアアアアア!!』
すると、今度はそのムカデの内部から骸骨まがいの人型の異形が何十体と飛び出し、リクオたちへと襲い掛かる。
「おぉおい!! 今度は中からいっぱい出てきたぞ、イタク!!」
「テメェらで何とかしろ!!」
まさかの二段構えにリクオの足が止まる。ムカデだけを倒して先に進むイタクに軽く文句を口にするリクオだが、イタクはイタクで後ろを振り返ろうともしない。
こんなときでも、イタクはリクオに厳しい師のままである。その程度、お前でなんとかして見せろということだろう。
「群がってくんなら……蹴散らすまでだ!!」
そんなイタクの課題に応えるような形で、リクオは己の中の畏を研ぎ澄ませていく。
刹那、彼の持った刀に——突如として、炎が灯る。
「!?」
妖力の高まりを感じ取ってか、前だけを向いていたイタクの視線がリクオへと注がれていく。
刹那、リクオは刀を振り上げながら——眼前に立ち塞がる雑兵どもに向かって、己の『攻め』に振った畏を解き放った。
「明鏡止水——
『————!?』
リクオの刀から放たれた蒼い炎は、群がる雑兵どもを悲鳴を上げる間もなく焼き尽くしていく。
——これは……!?
リクオが見せたその技に、イタクは目を見開く。
——明鏡止水・桜を斬撃に乗せて……炎の剣へと変えた!?
リクオの放ったその炎の特性は、彼が妖銘酒なる酒を用いて敵を焼き尽くす奥義——明鏡止水・桜と同種のものであった。
妖怪が本来なら持ち合わせていない『陽の力』。ぬらりひょん一族に一子相伝で伝わる技らしいがその詳細はイタクも、それを実際に扱っているリクオですらも詳しくは知らないとのことだ。
そんな自分でもよく分かっていない力を、リクオは畏に攻めを振った状態で刀に纏わせ、炎の剣として行使して見せたのだ。
——リクオ。基礎しか教えてねぇのに、いつの間に……。
イタクが修行を付けてきたとはいえ、それはあくまで基礎的な部分だけだった筈だ。元来、自身の畏を変えるなど、純粋な妖怪でもそう簡単にはいかないもの。長い年月を掛けて、ようやく出来るかどうかだ。
にもかかわらず、リクオはそれを僅か半年でやってのけてしまい、さらには変化した畏に対応するような応用技まで実践で使用して見せた。
——こいつは強くなる……どこまでも……。
凄まじい速度で成長を続ける奴良リクオの姿に、イタクの胸に不思議と誇らしさのようなものが宿っていく。
「リクオ様……凄いです!」
主の活躍を前に、つららが一才の誇張なく彼を褒め称える。リクオの力を誰よりも近くで見てきたつららからしても、彼の成長ぶりは凄まじいものだ。
「おい、バカ!! 油断すんな!!」
だが余所見をするつららに、リクオが焦ったように叫んだ。彼女の背後から、先の一撃から逃れた異形の残党が忍び寄ってきたのだ。
『ギゲゲゲゲ』
「ちょっ……ちょっと何すんのよ!」
異形は後ろからつららを羽交締めにし、人質にでもするかのように彼女の身動きを封じる。
「このっ……!!」
つららはすぐにでもその拘束を解こうと、自らの内側で妖気を溜めていく。
『ナ、ナニ!? カ、カラダガ……ギャアアアア!!』
ところが、つららが反撃するよりも早く、異形の肉体を突如として異変が襲う。つららに助け船を出す形で異形に術を行使したのは、花開院竜二であった。
「——水よ、土に還れ」
彼がそのように言の葉を唱えると同時に——異形の肉体が燃えた。
その炎は体の内側から燃え広がり、あっという間に異形の怪物を消し炭へと変えてしまう。
「ケホッ……あ……あなた、火も使えるの!?」
思わぬ形で助けられたつららが、戸惑いながら竜二へと問う。
彼は『水』を操る陰陽師だ。『火』と『水』——素人目にも、それが相反する属性であることが理解出来る。そんな正反対の属性すらも自在に行使できるのかと、ちょっと驚いていた。
「いや……だが、水分を抜けば何でも燃えやすいものだ。雪女くらいなら瞬殺できる」
もっともそれは誤解だ。あくまで竜二が操れるのは水。彼は相手の体内から水分を抜くことで、その体が燃えやすいように調節しただけだと事もなげに言ってみせる。
「なるほど、ありがとう……って、何よそれ!?」
助けられた恩もあってか礼を言うつららではあったが——何気に聞き捨てならないことを口した竜二に思わずプンスカと怒りを露わにする。
『————』
だがこのとき、つららの死角から尚も敵が迫っていた。竜二への不満で気を逸らされているつららが、その敵に気づく様子はない。
『——ぐぎゃ!?』
すると今度はどこからともなく生えてきた木の根が、つららに迫っていた異形の怪物を刺し貫いた。
「ちょっ……危なっ!? 何すんのよ、アンタ!!」
またしても他者にその身を救われた形になったが、その木の根は勢い余ってつららですらも指し貫かんとする勢いであった。
辛うじて、つららが身を捻ることで避けることができたが、一瞬でも遅れていれば、彼女も一緒に串刺しになっていたかもしれない。
「ああん? なんだ避けたのか……ちっ!!」
その木の根を陰陽術で操っていた春明は、全く悪びれた様子もなく舌打ちする。『木』を操る彼の陰陽術『木霊』は、相も変わらず隙あらば、リクオやその仲間たちを狙ってくるようだ。
「こいつ……!!」
「土御門、テメェ……」
春明の軽率な行動に対し、つららだけではなくリクオですらも剣呑な空気になりかける。だが、そこで言い争いなどしている間などなく——。
「待て……これは、何かの残骸か?」
一行は下水道の奥で『それ』を見つけた。
その広々とした空間内の中央に——明らかに、尋常ならざるものの残骸が転がっていた。
「頭蓋骨だ……結構デカいな」
ところどころ欠けているものの、よくよく見ればそれが巨大な何かの『頭蓋骨』のようなものだと分かる。
「かつて……ここで何かが生まれたんだ。親父たちの世代の大物妖怪かもしれん」
リクオは、それがかつてこの地で暴れ回った妖怪の死体。もしかしたら祖父であるぬらりひょん、あるいは父である鯉伴が仕留めた名のある妖怪の残骸ではないかと考える。
実際、リクオの推察は当たっていた。
もしも、この場に鯉伴の百鬼夜行だったものたちがいれば、それが三百年ほど前。この地で激闘を繰り広げた百物語組。
その親玉——魔王・山ン本五郎左衛門の頭部であることを察しただろう。
かつて、人間だった山ン本五郎左衛門は鯉伴に追い詰められ、人間としての一生を終えた。
だが奴は往生際悪く、最後まで己の非を認めず、自らが〈怪談〉となることで生き延びようとした。
『——恨めしや 奴良鯉伴』
自分をこんな目に遭わせた妖怪ども、奴良鯉伴を滅ぼすまで決して消えない怪異。魔王と呼ばれるほどに強大な妖となり、当時の江戸を派手に暴れ回ったのだ。
下水道に転がっていた残骸は、その山ン本の頭蓋骨である。既にそれ自体には何の畏も残されていないが、その頭蓋骨の朽ちた様子を見るだけでも当時の戦いの激しさ、三百年という時間の流れを感じさせてくれるだろう。
「おい、雪女。お前長いこと生きてんだろ……話せ」
「し、知らないわよ、失礼ね!!」
「なんだ、意外に若いのか……」
しかし、そういった過去の事情を今この場で詳しく話せるものはいない。竜二などが妖怪であるつららに昔話を語るように睨んでくるが、生憎とつららは明治生まれだ。
妖怪としてはまだ若い彼女は、竜二に年寄り扱いされたことに怒りの声を上げている。
「ちっ……緊張感のねぇ奴らだ……」
「それについては同感だな……」
そんな二人のやり取りに、イタクや春明が多少苛立つように揃って舌打ちしている。二人とも、冗談が通じないという点ではある意味似たもの同士である。
「だいたい、なんでアンタたちはついてきてんのよ! さも当然のように!!」
少し空気が緩んだのか、ここでつららが陰陽師である竜二と春明がここまで同伴してきたことに疑問を投げ掛ける。
特に春明にはつい先ほども攻撃されかけたため、その視線に冷たいものが宿っている。
「圓潮はお前らの敵かも知らんが……全国で起こっている都市伝説の元凶でもある。ようやく突き止めたんだ……陰陽師として野放しにはせん」
つららの問いに、竜二はあくまで圓潮を追ってきてのことだと理由を口にする。
全国各地で事件を起こしている圓潮という元凶を放置できないと。彼なりの正義感のようなもので動いていることが、その言葉の端々からも感じ取れる。
「俺は連中を皆殺しにできるのならそれでいい」
一方で、春明は百物語組の妖怪たちを殺すことしか頭にない。その根底に陰陽師としての使命感などカケラもなかった。
「はぁ~……協調性なさ過ぎでしょ、アンタたち……」
同じ陰陽師でありながらも正反対な理由で戦う二人につららは呆れるやら、驚くやら。疲れたようにため息を吐くしかなかった。
「……何か来る!?」
そうこうしているうち、下水道の奥の方からさらに何かが迫ってくる気配を察知するリクオたち。
『——グォオオオオオ!!』
『——グバアアアアア!!』
見れば前方から、異形の怪物どもが群れを成して押し寄せてくるではないか。
「こりゃ……五人じゃ少なすぎたな」
「だが、アジトで当たりだろう」
眼前に広がる敵戦力を前に、リクオは人手の足りなさをぼやく。しかし竜二からはここが敵の本拠地——自分たちが間違いなく、『当たり』を引いたという確信めいた呟きが溢れる。
そう、きっとこの先に奴が——今回の黒幕と呼んでもいいだろう、圓潮が潜んでいる筈だと。
「……あのデッカイのも連れてくるべきだったな」
だがやはりというべきか。敵の本拠地だからこそ、その抵抗も激しいものとなってくる。蟲のように次から次へと湧いてくる怪異どもに、竜二はデッカイの——怪力無双の青田坊がこの場にいないことを愚痴る。
彼のような力任せの手合いが入れば、手っ取り早く道を開けただろうと言わんばかりである。
「青田坊には清継たちを任せてあるんだ、しょうがねぇ」
竜二の言葉に対し、リクオは青田坊に清継や巻、鳥居を任せてあることを告げる。
そう、せっかく渋谷で合流を果たしていた青田坊だが、今はリクオの命令で別行動を取っていた。彼には清十字団の面々、リクオの大切な友人たちを守るという大事な役目があったのだ。
今頃は奴良組の本家へと戻り、他の妖怪たちと一緒に彼らを警護していることだろう。
「ゆらでもいりゃ、一掃してくれたかもな」
「人の妹をあんな怪力男と一緒にするな。まぁ、あながち間違ってねぇがな……」
だが人手不足と言うならば、花開院からも何故竜二だけなのか。ゆらが来ていないことに、リクオからも愚痴が溢れる。複数の式神を同時に放つ、あの力任せな戦い方であれば、道を開くのも容易いだろうにと。
実の妹が怪力男、もとい青田坊と同列に扱われて反論を口にしようとする竜二であったが——正直、あまり違いはないと納得してしまう。
と、このように多少の軽口を叩きつつ、いないものに頼っても仕方がないと諦めて正面の敵と向かい合う一行。
「——なら、俺が片付けてやる」
「——っ!!」
しかしこのとき、リクオたちの後ろから強烈な殺気と共に力を解放するものが声を上げる。
その殺気に、思わずその場から立ち退いて振り返るリクオ。
そこでは同伴していた土御門春明が、いつの間にか狐のお面——面霊気を被っていた。見れば彼の周囲では植物が異常成長を遂げており、それが今この瞬間にも広がりを見せようとしている。
「…………!!」
リクオはそれを春明が本気を出す際の戦闘スタイル、全力で陰陽術を行使する前段階であることを知っていた。
そのため、眼前の敵を自分たち諸共消し去ろうとしているのではないかと、緊張した面持ちで身構える。
「こいつらは俺が殺しとく、お前らはさっさと先行ってろ……」
だが意外にも、春明はここは任せろと。この場で敵を引き付けておくことを志願した。勿論、身を挺してリクオたちを進ませようなどという、殊勝な心がけがあるわけではない。
「勘違いすんな……これ以上、テメェらと一緒にいたくねぇだけだ」
ただ単純に、リクオたちと一緒にいるのがこれ以上は我慢の限界といったところか。
「土御門……」
そんな彼に対し、竜二が何かを口にしかけるが途中で止める。寧ろ、彼の性分を多少なりとも知るのであれば、ここまでよく我慢してきたと褒めるべきだろうか。
「一応、礼は言っておくぜ……」
リクオも、春明の離脱に文句は口にしなかった。無理に引き留めれば、それこそ後ろから刺される可能性が高まるだけだ。
とりあえずの礼を口にしつつ、リクオはこの場を春明に任せて先を急いでいく。
「殺してやる……殺してやる……」
一人その場に残った春明は、眼前の敵への殺意をぶつぶつと溢していく。
面霊気で顔を隠しているため、その表情を窺い知ることは出来ないが、その内側からは今にも爆発しそうな殺意が漏れ出していた。
『——!!』
その殺気に当てられてか、百物語の雑兵たちが春明へと群がっていく。本能から彼を放置することを危険と判断したのだろうが——それこそ、彼らにとっては死を早めるだけの愚行だ。
瞬間、春明は己の殺意を陰陽術と共に解放した。
異常成長を遂げていく植物たちが、一瞬で百物語組の怪異どもを飲み込んでいく。
陰陽術・木霊『樹海』。
彼自身にもかなり負担の掛かる大技だが、そんなこと知ったことかとばかりに春明は自身の身など気に掛けることなく力を行使する。
近づくものすべてを手当たり次第に飲み込み、押し潰してしまう植物たち。もしもこの場にリクオたちが残っていれば、彼らもこの樹海に飲み込まれてどうなっていたか分からない。
「——お前も、いつか殺してやるぞ……奴良リクオ」
『…………』
だが、この場にいない彼——奴良リクオにこそ、春明は殺意を溢していく。
春明のその呟きに、彼の相棒たる面霊気は何も答えない。
まるでその意思を静かに肯定するかのように、ただただ沈黙を貫いていた。
AM 3:40
「う……うんん? なに……この音……目覚まし……?」
浮世絵中学校の保健室。眠気眼を擦りながらも、白神凛子は目を覚ました。
「…………あっ!! か、カナちゃんは……!?」
意識を覚醒させたところで、彼女は真っ先に家長カナの心配をする。彼女に幸運をもたらそうと、白蛇の畏をずっと発現し続け、いつの間にか眠っていた凛子は、あれからカナがどうなったかを知らない。
もしかしたら容体が急変、なんてことになってないかと焦りを口にする。
「すぅ……すぅ……」
しかしカナは凛子のすぐ側、ベッドの上で穏やかな寝息を立てていた。その顔色からも、彼女の容体が安定したであろうことが見て取れる。
「カナちゃん……良かった!」
カナの安らかな寝顔に凛子がまずはホッと胸を撫で下ろす。だが、彼女が安心感に浸っていられたのも束の間で、先ほどから聞こえてくる『着信音』に眉を顰めていく。
「あれは……清十字団の通信機? ……あっ!! 清継くん!?」
それはカバンの中に入れておいた呪いの人形——もとい、清十字団の通信機・携帯電話の着信音であった。携帯といっても、あくまで清十字団との連絡用にしか用いられないため、いったいそれが誰からの着信なのかを察し、凛子はその電話に出た。
「もしもし……清継くん?」
『白神先輩!? 良かった……ようやく繋がった!!』
予想通り、電話の相手は清十団団長の清継であった。彼は凛子と連絡が取れたことに驚きつつ、その無事を喜んでくれる。
『先輩は今どちらに!? 誰かと一緒にいたりしませんか!?』
電話に出た凛子に対し、清継は彼女が今どこにいるのか。他に誰かと一緒ではないかと詳しい安否確認を行なっていく。
「ええっと……私は、今は学校の保健室に……カナちゃんも一緒よ」
矢継ぎ早な質問に、凛子は戸惑いながらも自らの現状を口にしていく。
『家長さんと!? 彼女は無事ですか!? 学校に残っていた生徒たちは!?』
凛子の返答に清継はさらに質問を重ねてきた。清十字団のメンバーであるカナのことは勿論、彼は学校のみんなのことまで心配してくれている。
「ええ、みんな無事よ。カナちゃんも……もう大丈夫だって……」
清継の問いかけに凛子は口元に笑みを浮かべながら、少しだけ誇らしく答えた。
カナの活躍もあってか、浮世絵中学校でも怪我人はいるが死者は出ていない。瀕死だったカナも、凛子の白蛇の力と鴆の治療のおかげでなんとかことなきを得た。
色々あったが皆が無事であったと、胸を張って言える状況である。
『おい、清継、ちょっと代われ……もしもし、凛子ちゃん!? 巻です!!』
『鳥居です!! 凛子先輩、カナも一緒って本当ですか!?』
すると凛子の言葉に電話の向こう側がバタバタと慌ただしくなり、通話相手が二人の女子へと入れ替わる。
「巻さん!? 鳥居さんも……二人とも無事だったのね!!」
巻と鳥居だ。清継の方でも彼女たちと合流を果たしていたようで、二人の元気そうな声に凛子も表情を綻ばせていく。
「あなたたちは今どこにいるの? 三人が一緒ってことは……どこかで遊びに出掛けてたの?」
そうして、安堵感に包まれていく一方で、凛子は清十字団のメンバーが一緒に行動していることにちょっとした疑問を抱き始める。
確か今日は団としての活動もなく、皆がそれぞれで帰宅した筈だったと記憶しているが。
『私たち……今、奴良の家にいるんだけど……』
『ええっと、奴良くんのこと……凛子先輩はどこまで……』
すると、巻と鳥居は言葉を濁らせつつも自分たちが『奴良リクオ』の実家にいることを告げてきた。さらには、こちらに探るような質問まで投げ掛けてくる。
「もしかして……リクオくんが妖怪だってこと、知られちゃったのかしら?」
そんな彼女たちの言葉に、凛子は少し驚きながらも冷静に問いを投げ返す。
既に学校のネット掲示板などを通し、生徒たちの間にリクオの正体に関する話が学校中に広まったのだ。学校の外にいた清十字団の面々にも、彼が妖怪であるという話が届いていてもおかしくはないだろう。
『えっ!? そ、そうなんですけど……けど!! 奴良くんは悪い妖怪なんかじゃなくて!!』
『わ、私も鳥居も!! 奴良の奴に助けられたから……だから!!』
凛子の問い掛けに、今度は焦ったように巻と鳥居がリクオを庇いだした。
どうやら、既にリクオが妖怪であることを知ってしまったらしい。しかしネットの悪評に流されることなく、彼女たちはリクオを自分たちの味方——友達であると正しい認識を持っているようだ。
詳しい経緯を凛子は知らないが、きっと彼に助けられたというのも大きいのだろう。
しかし、やはり一番は日頃のリクオの行いだ。
彼が日々、『人間』として良い行いをしてきたからこそ、それを友人として間近で見てきたからこそ、彼女たちもリクオを信じることができるのだと。
『——でも、みんなは知っている筈だよ。リクオくんがどういう人で、これまで……どんなことをしてきたかってことを……』
あのとき、体育館で生徒たちを説得したカナの言葉を思い出せば、尚更そのように思うことができる。
「ふふっ……大丈夫よ。私も……これでも奴良組の妖怪の一員だからね!」
『はっ? えっ……?』
『え、えええええ!?』
とりあえず、二人を安心させようという意味も込めて、凛子も自分が妖怪である事実を率直にカミングアウトした。
あっさりとネタバらしされた情報に理解が追いつかないのか、電話先では困惑したように巻と鳥居が上擦った声を上げている。
『キミたち、そろそろ代わりたまえ!! もしもし、白神先輩!! 先輩が妖怪というのは本当で……いや、それはあとで聞かせてください!!』
そうして巻たちと話を続けていると、我慢しきれなくなったとばかりに再び清継へと電話相手が入れ替わる。
清継は凛子が妖怪であるという話に食いつきこそ見せるが、今はそれどころではないとばかりに『本題』へと話を戻す。
『白神先輩……今、学校にいらっしゃるんですよね? どれくらいの生徒が今も学校に残ってるんですか? 是非、みんなに見てもらいたい映像があるのですが!!』
「え、ええっと……ちょっと待ってもらえるかしら?」
そこで話が長くなると考えたのだろう。凛子はチラっと、今もすぐ側で眠っているカナのことを見て、ゆっくりとその場から立ち上がり保健室から廊下へと出た。
これ以上、ここで話し込んでいて万が一にでもカナを起こしてしまっては不味いと考え、場所を移すことにしたのだ。
幸いカナの容体は目に見えて安定している。自分が手を放しても、彼女は変わらず穏やかな顔で眠ってくれていた。
「!! 白神さん、目を覚ましてたのね!!」
「よ、横谷先生……?」
すると廊下を出た直後、凛子は白衣を纏った女性と鉢合わせする。
理科教師、カナの担任でもある横谷マナである。彼女は何やら忙しそうに大きな荷物を抱えていたが、その場で足を止めて凛子に声を掛けてくれた。
「身体は大丈夫? あのお医者様……鴆って方が言うには……あなたも畏? というのを使い切ってだいぶ疲労してるって話だけど……」
「は、はい。私は大丈夫です……まだちょっと疲れが残ってるけど……カナちゃんも、気持ち良さそうに眠ってます」
マナの心配に大丈夫だと凛子は頷く。
医者である鴆の見立てでは、彼女は白蛇の『幸運を呼び込む畏』を使い過ぎたせいで、眠ってしまったとのことだ。言われてみれば確かに疲労感のようなものはあるが、特に後を引くようなものではなさそうだ素直に答える。
「先生……その荷物はいったい? なんだか忙しそうですけど……」
それよりもだ。凛子はマナが何やら忙しそうにしていることに疑問を抱いた。もう深夜も過ぎ、そろそろ早朝といっても差し支えない時刻である。
凛子は睡眠を取って少しばかり身体を休めたが、マナの方はあれから休息を取ったのだろうかと不思議に思う。
「これは……白神さんは休んでていいのよ? あとのことは私と……他のみんなでやっておくから?」
「……?」
凛子の問い掛けに、マナはちょっと言いにくそうに言葉を濁してきた。
別に後ろめたいことを隠しているという態度ではない。どちらかというと、凛子に気を遣って余計な心配を掛けまいとしているようだ。
しかし、そんな態度にますます疑問符を浮かべる凛子。マナが何をしているのか気になり、彼女と一緒に行動することになった。
AM 3:50
「これって……」
マナと共にそこを訪れ、凛子は目を丸くする。そこは学校の浮世絵中学の体育館。つい数時間前に、カナと吉三郎が激闘を繰り広げた場所である。
本来であれば、戦いの余波ですっかりボロボロになっている筈の建物だが、どういうわけかしっかりと修復されている。ところどころ欠損している箇所こそあるが、全て真新しい木の根によって埋められていた。
おそらくは春明の陰陽術によるものだろう。燃え滓になった教頭の車も片付けられ、見てくれだけであれば元の体育館へと戻っていた。
「——本当に……ここなら妖怪が来ないのか?」
「——ああ、なんか撃退した後だっていう話だけど……いったい、誰が?」
「——なんか、ちょっと焦げ臭くないか?」
そんな体育館内が——大勢の人で溢れかえっていたのだ。
その大半が一般人である。着の身着のままでここまでやって来たのだろう、疲れ切った様子でその場に蹲ったり、怪我の手当を受けたりしている。
「ほれ、終わりだ……次だ! 次!! とっとと手当してやるから早く来い!!」
「は、はい!!」
ちなみに、その怪我人たちを一人診断して手当していたのが他でもない。奴良組から派遣されてきた鴆である。
見た目がほとんど人間とは言え、明らかに堅気ではない彼に手当を施されて、患者たちもちょっぷり及び腰になっている様子。それでも、鴆は誰であろうと的確に治療し、それにより確かに救われていく命があった。
「もしかして……ここに避難してきた人たちですか?」
暫しの間、呆然とする凛子であったが、時間を置くことでようやく目の前の光景に理解が追いついていく。そこに集まっていた人間たちは妖怪から逃れて、学校という場所を頼ってここまで避難してきたものたちだ。
そう災害発生時、小学校や中学校は『避難所』として指定されている場所でもある。
今回の妖怪騒動も、ある意味で災害といえる。必然的にこの浮世絵中学校に人々が集まってきても何の不思議もないのだ。
「ええ……最初はどう対処していいか分からなかったけど……」
そうしてこの場所に集まってきた人たちを、この学校の教師としてマナは受け入れた。
現在、学校に残っている教職員は彼女だけなため、学校の備蓄倉庫などから食料やら毛布やら、集めてくるのに必死に動き回っていたのだろう。
「けど……あの子たちが手伝ってくれてね。私も……頑張らなきゃって思ったのよ!!」
しかし、マナの顔に疲れのようなものは見て取れない。彼女は自分だけではない、頼れる人たちがいるとどこか誇らしい表情で前を向いていた。
「——水と食料配り終えたけど……もう備蓄ってないの!?」
「——テントってどうやって張るんだ……おーい! 誰か手伝ってくれ!!」
「——椅子足りないよ!! どっかの教室から持ってきて!!」
マナの視線の先には、浮世絵中学校の生徒たちがいた。学校に残っていた彼らが、率先して動き回って様々な活動に従事している。
勿論、避難してきた一般人もボランティアで手伝ってくれているようだが、動き回っているものの大半が浮世絵中学の制服を着たものたちである。
「私が何も言わなくても……みんな自分から動いてくれたのよ」
それは決して、教師であるマナが無理強いしたわけではない。誰とも言わず、自然と生徒たちが一人、また一人と動くようになったのだ。
気が付けば皆で避難所となった学校をどうすればいいかを考え、できることをやっていたという。
「ああ!? 白神先輩!? もう起きても大丈夫なんですか!?」
ふと、凛子に声を掛ける女子生徒がいた。カナのクラスメイト、彼女の友達の下平である。
彼女も両手いっぱいに荷物を抱え、様々な物資を避難してきた人たちに配っている。とても忙しそうだが、その顔に翳りなど微塵もない。
「おお、白神くん!! 家長さんの容体は落ち着いていると聞いたが……キミの方は大丈夫なのかい?」
さらに眼鏡を掛けた男子生徒、凛子のクラスメイトである西野も駆け寄ってきた。彼は全体を見て回って生徒たちにそれとなく指示を出している。この学校の生徒会長として活躍してきた、この一年間の成果を遺憾なく発揮していた。
「二人とも、どうして……みんなだって、大変だったのに……」
そんな二人の生徒に、その場で動き回っているであろう全ての生徒たちに凛子は『何故』と疑問を投げ掛ける。
浮世絵中学校に残っていた生徒たちは、直接妖怪の襲撃を受け、まさに命の危機を体験している面々だ。恐怖があっただろう、きっとまだその恐怖が抜けていないだろう。
疲労困憊で眠りについても誰も責めないだろうに、どうして彼らは率先してこのようなことをしているのだろうと。
「だって……じっとなんかしてられなかったから。それに、カナや奴良くんなら……こういうことをしてたんじゃないかって……」
「!!」
凛子の問いに、下平は少しだけ照れくさそうに答える。
そう、じっとなどしていられない。それにカナやリクオなら、きっとこうして人のために出来ることをしていたのではないかと。
彼らの日頃の親切や、傷だらけになってまでもみんなを守ってくれたカナのことを思えばこそ、下平もこれが今自分に出来ることだと頑張っているのだ。
「ボクはこの学校の生徒会長だからね!! 家長くんがあそこまで体を張ってくれたんだ。ここで何もしないわけにはいかないさ!!」
西野も生徒会長としての務めを果たしているだけに過ぎないと堂々と答える。
「まあ、私たちも生徒会の役員だし……」
「これくらいはやらないとね……うん!!」
そんな西野に付き従ってくれている生徒会の役員たちも、誰一人として文句など口にしない。無論、彼らだけではない。今も必死に動いてくれる浮世絵中学の生徒たち、皆がきっと同じ思いだ。
「下平さん……西野くん……みんな……」
「ふふ……」
そんな彼らの姿に凛子の胸に熱いものが込み上げ、その瞳から涙が滲んでくる。それを傍らで見ているマナも、どこか嬉しそうであった。
そう、たとえ妖怪との戦いに無力であろうとも、自分たちにだってやれることがある。
これが『人間』として自分たちに出来ることだと、彼らは胸を張って今この瞬間を必死に動き回っていた。
『——あの……もしもし? お取り込み中のところすみませんが……聞こえてますか、白神先輩?』
だがここで空気を読まず、いや一応は読んでいたのだろうがそろそろいいかなと。呪いの人形の電話から清十字清継の声が響いてきた。
「あっ……ご、ごめん清継くん……すっかり忘れてたわ!」
彼の呼び掛けに、凛子は通話状態のまま清継からの電話を放置していたことに気づいて慌てて応対する。
周囲の生徒たちなど、凛子がいきなり変な人形に話しかけて驚いていたが、話を聞いているうちにそれが学校一の変人・清継からの電話連絡だと察したのだろう。
「なんだ清継か……」などと、ぶっちゃけあんまり関わり合いになりたくなかったのか。自分たちの仕事に戻ろうと、その場から離れて行こうとする。
ところが——そこに清継が待ったを掛けた。
『——白神先輩……そこに生徒たちがいるのなら、彼らにも協力を仰いでください!!』
「え……協力って……いったい何を?」
先ほどの話の続きなのだろう、清継は真剣な声音で自らの意思——これからやることを協力して欲しいと凛子に、そして皆へと伝えたのであった。
『——この動画を一人でも多くの人に……みんなに彼の、リクオくんの本当の姿を見てもらいたいんだ!!』
AM 4:00
「な……なに!? あれは……り、リクオ!?」
地下の奥深く、百物語組の本拠地。
部屋中の壁に埋め込まれている眼球から突如として警告音が鳴り響き、そのアラーム音に地獄の山ン本五郎左衛門の本体と繋がっている『脳』が慌てふためく。
その眼球はモニターとなっており、今まさにこの場所へと近づいている相手——奴良リクオの姿を映し出していた。
このアジトに配備されている警備兵たちが迎撃に出ているが、もはやリクオの快進撃を止める術などない。
このままではものの数分で、奴良リクオがこの場所まで辿り着いてしまうことだろう。
「圓潮!! ここは任せた……ワシは逃げる!! 朝まで逃げ切れば……復活出来るのじゃろう!?」
リクオの襲撃を前に、脳は大慌てで逃げ支度を始めている。
この『脳』は百物語組の幹部の一人であり、全ての部位に指示を下す司令塔ではあるものの——そんなものお飾りの立場に過ぎない。
彼個人に大した戦闘力もなく、このままリクオと相対すれば間違いなく打ち倒されてしまうだろう。
「夜明けは近い、もう畏は集まって来てるんじゃないか!? とにかく畏を集めた器をなんとか隠しておけよ!!」
故に逃げる。恥も外聞も、プライドもなく逃走という選択を取り、面倒ごとを部下である圓潮へと押し付けていく。部屋の奥に鎮座する『器』と、自分さえ無事であればあとはどうでもいいと。
もはやこの脳みそに、組を預かるものとしての矜持など微塵もないのであろう。
「そうですね。そろそろですね……」
そうやってみっともなく慌てふためく脳とは対照的に、圓潮はまるで他人事のように冷静な呟きを溢す。そろそろ時間だと脳の言葉に同意しているようで、彼の視界はあらぬ方向を向いていた。
すると次の瞬間にも、脳の指示など全く聞こえていなかったかのように、圓潮は一人どこかへと立ち去ろうとする。
「ま、待て待て!! 圓潮、ワシを逃せと言っとろうが!! 早く……奴の倅が来るじゃろう!! こんなところで死ぬわけにはいかん!!」
そんな圓潮に、さらに大慌てで詰め寄って行く脳。
何故自分の言うことを聞かないのだ。早くしなければ奴が、奴良リクオがやって来てしまうと必死に圓潮へと縋り付く。
「…………」
そんな脳を、口である圓潮は感情のない表情で見ていた。
『グハッ!?』
「ヒッ……き、来た!?」
だがそうして脳が慌てふためいている間にも、そう遠くないところから兵たちの呻き声が聞こえてくる。
もう時間がない。文字通り、リクオたちは目と鼻の先まで近づいて来ているのだ。
「はよぉー!! 圓潮!! ワシを誰だと思うとる!! 今すぐ逃げ道を作れ!!」
早く、早く自分を逃せと、さらにみっともなく騒ぎ立てる脳みそ。
そんな、喚き立てるだけの脳に向かって——。
「——うるさいよ、お前」
心底うざったそうに、圓潮は手に持っていた短刀をなんの躊躇いもなく突き刺した。
「はっ……なに……?」
至近距離から刃を突き立てられた脳は、それでも自身が切られたという事実を理解せぬままに——惚けるようその場に崩れ落ちていく。
「…………え?」
圓潮たちのいる場所まで辿り着いた奴良リクオも、その状況を全く飲み込めないままその場で動きを止めた。
不気味な沈黙が、その空間内を支配していく。
「な、なぜ……なぜ……?」
数秒後、ようやく自分が圓潮から切られたという事実を認識して、脳が瀕死の声で呻き声を上げる。
致命傷であることを避けられぬ、不意を突いた一撃だ。本気で自分への反意を示した圓潮に、理解出来ないと弱々しくも疑問を投げ掛けた。
「ワシを誰だと思うとる……ぬしらの父じゃぞ……山ン本じゃぞ……こんなことをしていいと……」
圓潮は勿論、全ての山ン本たちが『本体』である自分から産まれたものだ。彼ら山ン本たちにとって、山ン本五郎左衛門とは親同然。父と崇めて然るべき存在である筈だと。
「あなたはただの脳でしょ」
もっとも、圓潮はなんでもないことのように平然と吐き捨てる。
今目の前にいるそれは、あくまでもただの脳みそ。自分たちと同じ、山ン本五郎左衛門というものの一部に過ぎないと。
「ち、違う……今話しているのはワシじゃ……地獄から……それを、お前は……」
そんな圓潮の言葉に、山ン本は反論する。
確かにここにいる個体は脳としての役目を負った端末に過ぎない。しかしその意思は、間違いなく地獄にいる山ン本五郎左衛門のものと同期している。
脳の言葉は山ン本五郎左衛門の言葉そのもの。それなのにどうしてこんな真似をするのだと、山ン本は最後まで圓潮の行動を理解できなかった。
「ワッ……」
結局、それ以上言葉を口にすることすら許さず、圓潮は倒れた脳みその頭を虫ケラのように踏み付ける。
小さな呻き声を最後に、それで脳はその動きを止めてしまった。
「あなたの役目は終わった。元々、雑多な妖を束ねる〈山ン本〉が必要なだけでしたし」
そうして、物言わぬ屍となった脳を見下ろしながら、圓潮は言の葉を紡いでいく。
「百物語組は今日で解散ですよ」
各部分を統括する脳が倒れたということもあり、そのまま百物語組という組織の解散をその口で宣言する。
それは実質的にリクオたち奴良組が、百物語組という組織に勝利したことを意味する。
倒すべき敵組織が自ら解散を宣言しての空中分解。もはや奴良組を脅かすものなどない筈だ。
「…………」
だが、勝利した筈のリクオの顔に笑みなどあるわけもなく。呆気に取られたように、圓潮という男の顔を凝視する。
そんなリクオの顔を見て、圓潮は微笑んだ。
「——鬼ここに見つけたり……って顔じゃないね」
その顔に、このゲーム——鬼ごっこの鬼として見つかってしまったという焦りはなかった。
百物語組が仕掛けた『鬼ごっこ』は確かに終わりを告げた。
『耳』は逃走し、『骨』は倒され、『腕』は自滅し、『面の皮』も捕縛された。
『脳』も裏切りによって始末された今、百物語組の幹部は『口』と『鼻』しか残っていない。
もはや組としての百物語組など成立する筈もなく、全てに片が付く筈であった。
だが、まだ何も終わってなどいない。
むしろこれが始まりだとばかりに、山ン本の口・圓潮はどこまでも静かに笑みを浮かべるのであった。
補足説明
明鏡止水・火斬
攻めに畏を振ったリクオの新しい必殺技。
明鏡止水・桜を斬撃に乗せて放つ炎の剣。
本来は火と斬を合わせた独自の漢字で表現されていますが、変換できないので本小説内では火斬と書いて『ざん』と読みます。
どうしてぬらりひょんであるリクオが、炎を操ることができるのか。
リクオの祖父が手に入れた『陽』の力が関係しているらしいが、今でも明かされない謎設定。
本小説でもどう説明すればいいのか分からん、誰か教えて……。
ここから先は、特に人間サイドの活躍にご注目下さい……。