家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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お久しぶりの更新です。

前々からちょっとずつ書いてはいたのですが、最近になってお気に入り数が少し伸びてきたので、その勢いに乗ってとりあえず投稿。
短めですが……次の話のための前振りと思っていただければと。

ちなみに、今回のお話でオリキャラである春明くんの伏線もちょこっと貼らせていただいています。


第百十五幕 七芒星の意味

AM 5:10

 

 

 

「はぁはぁ……」

『おいおい……大丈夫かよ、春明。ちょっと……力入りすぎじゃねぇ?』

 

 奴良リクオが青行燈を撃破していた頃、下水道で百物語組が繰り出してきた妖怪たちを足止め——否、殲滅し終えた土御門春明が激しく息を切らせていた。

 そこまで強敵という相手でもない敵に全力を出し尽くす春明の無茶に、彼と共にある面霊気のコンが心配したように声を掛ける。

 だがそういった彼女の気遣いも、今の春明には届いていない。

 

「殺してやる……」

 

 今の彼は戦いを終えた高揚感もあり、その脳裏は殺意によって埋め尽くされていた。

 そして、その殺意がもっとも強く向けられる矛先は百物語組でもなければ、山ン本の耳・吉三郎でもない。

 

「奴良リクオ……お前さえ……お前さえいなければ……!!」

 

 春明が今もっとも殺したいと思っている相手は——奴良組三代目・奴良リクオ。

 それは、彼が圓潮の言霊に踊らされているからではない。もしかしたら多少の影響を受けているかもしれないが、もっと根底からリクオに殺意を抱く理由が春明にはあった。

 

「あいつさえいなければ……カナがあんな状態になることも……」

 

 それは彼の妹分でもある、家長カナ。

 今の彼女の状態——彼女が『そうなる』まで自身を追い込んだ原因がリクオにあると、少なくとも春明の思考回路はそのように結論付けていた。

 

「今なら、野郎も油断してる……」

『…………まさか、マジで殺るつもりかよ?』

 

 そうした結論が、これまで辛うじて我慢してきたものを一気に溢れさせる。奴良リクオをこの手でと——春明の脳裏に物騒な考えが具体案として浮かび上がる。

 そんな春明の殺意が本物であると、面霊気は相方の本気を読み取って引きつったような声を出していたが、それでも無理に止めようとはしなかった。

 

 このまま行けば本当に、土御門春明はこの戦いのどさくさに紛れて奴良リクオの命を狙っていたかもしれない。

 

 

 

「——見事なものだな、少年」

 

 

 

 だが、そんな殺気立つ春明に冷や水を浴びせるかのよう——『何者』かが彼の背後で囁いた。

 

「——っ!? 誰だ、テメェ……いつの間に……!!」

 

 何の前触れもなく聞こえてきたその声に、咄嗟に飛び退いて距離を取る春明。

 

 決して注意を怠っていたわけではない。それどころか激しい戦闘の後ということもあり、周囲への感覚がより鋭敏になっていたほどだ。

 にも関わらず、春明は無防備にも背後を取られた。声を掛けられるまでその存在にすら気付くことができなかった事実に戦慄しつつ、春明は眼前に立つ人物——『その男』を注意深く観察していく。

 

 ——こいつのこの気配……陰陽師か? 隠形で俺の背後を取りやがった……!?

 

 春明は、端正な顔立ちに無精髭を生やしたその男が陰陽師であることを察し、自身の背後を取った業が『隠形』であることまで理解する。

 だが自身の背後に音もなく忍び寄った、相手方の並外れた力量に一筋の汗が頬を伝っていく。

 既にリクオへの殺意も霧散していた。余計なことに気を回している余裕などない。それほどまでに眼前の陰陽師が脅威なのだと判断する。

 

「少年、キミの戦いぶりは拝見させてもらった」

「…………」

 

 男はどこか上から目線、鋭い眼光で春明という陰陽師の戦いぶりを批評していく。

 いつもの春明であれば、そのような尊大な態度に反発心の一つも抱こうものだが、そんな気すら起こらない。

 

 同じ陰陽師だからこそか、間近で見れば見るほど勝ち目などない相手なのだと、強制的に分からされてしまうようであった。

 

「その歳で、独学で……よくぞそこまで研鑽を積んだものだ」

 

 もっとも、そういった春明の心中の戸惑いなどさして気にした様子もなく、男は春明の陰陽師としての力量を高く評価してくる。

 その際、春明という人間の出自を把握しているかのよう、匂わせるような発言もしてくる。ただのハッタリとも捉えられるが——。

 

「キミほどの才があれば……いずれは『黒装』にも手が届くだろう」

「——っ!!」

 

 男の口から、さらに意味深な言葉が放たれる。

 黒装——その言葉の意味を瞬時に理解した春明は、それによって相手が何者なのかを悟る。それと同時に、自身の体内を駆け巡る『血』が焼け付くように熱く滾ってくる。

 

 

「——また会おう。そして、共に支えよう……我らが父の作る理想の世を……」

 

 

 言いたいことを一方的に吐き捨てながら、男はその姿を消していく。

 再び隠形に入ったのだろう、その気配を眼前に立つ春明にも悟られぬよう、ひっそりと行方を眩ませていった。

 

 

 

『…………おい、春明……今のは……まさか?』

 

 面霊気は会話に挟まる暇もなく、あっさりと立ち去っていった謎の男の存在に、もしやと春明の様子を伺う。

 あの男が何者だったのか、春明の出自を知っている面霊気だからこそ、あれだけの会話で察しがついてしまった。

 

 

「…………クソッタレ……」

 

 

 一方で、男の『勧誘』とも取れる発言に春明は悪態を吐くしかなかった。恐れていた事態が起こってしまったのだ。この先、どのような道を進むべきか。

 

 

 土御門春明という少年にも、選択を迫られる時が訪れようとしていたのである。

 

 

 

AM 5:15

 

 

 

「どうやら……あの化け物に何かあったようだな……」

 

 先ほどまで轟いていた轟音がピタリと止んだことに、あの凶悪な兵器——青行燈が倒されたのだろうと、笑みを浮かべながら花開院竜二が眼前の圓潮へと言葉を投げ掛ける。

 

 対峙してから数十分。竜二も圓潮も言葉を巧みに操るもの同士、互いに言の葉を用いて牽制を続けてきたが、どちら共に隙を見せることがなく膠着状態が続いていた。

 しかし青行燈が倒されたことで拮抗が崩れてきたと、これを機に竜二が『攻め』の姿勢へと身構えていく。

 

「行かなくていいのか? キミはリクオの元へ……」

 

 竜二が動こうとしている気配を察知してか、圓潮は揺さぶりを掛けようとリクオの話題を口にしていく。

 青行燈が倒されたからといって、奴良リクオが無事だとは限らない。リクオの身を案じるのならば、すぐにでも彼の元へ駆けつけたくなるのが人情というものだろう。

 

「バカ言え。俺の目的はあくまでアンタだ」

 

 もっとも、その程度の揺さぶり竜二には通用しない。奴良組の面々ならばいざ知らず、花開院家の陰陽師である竜二にとってリクオも所詮は半妖——灰色の存在に過ぎない。

 共通の敵を前に一時的に共闘こそしているが、一度は本気で滅しようとした相手だ。

 こんなところで倒されるならその程度だったと、率先してリクオを守ろうなどとは考えない。

 

 何より、竜二にとって優先すべきは——事件の究明。

 全国各地で頻発するようになった都市伝説、それを裏から操る存在——黒幕の確保にあった。

 

「百物語組を追った結果、まさか鵺に辿り着くとは……予兆はあったがな」

「予兆?」

 

 ここ数ヶ月、無辜の人々を守らなければならない陰陽師として、竜二は増加し続ける都市伝説の原因を調査し続けてきた。

 東京に来ていたのもその調査の一環だ。そこでようやく怪談を産み出し続ける百物語組の幹部・圓潮へと辿り着いたわけだが——そこで終わりとは思っていなかった。

 

「花開院家は京の守護者として弍条城を見張り続けている……」

 

 竜二が頭の片隅で常に気にかけていたのは、半年前の京都での戦いだ。

 あの戦いで鵺・安倍晴明が復活を果たし、弍条城に『地獄の門』が開かれた。もしも奴が現世へと舞い戻って来るのなら、再びその門がその地に開かれる——そう考えるのが自然な流れだろう。

 

「だが『城からは死火山のように畏が消え、とても一年以内に鵺が復活する地とは思えぬ』とのことだ……どういうことだろうな?」

 

 しかし半年もの間、弍条城を監視し続けてきた花開院家であったが、城からそれらしき兆候は全く見られないという。

 羽衣狐が率いる京妖怪たちは『京都』という地に固執していた。てっきり、安倍晴明も同様に京の都を欲していると思い込んでいたが、そうではなかったようだ。

 

 きっと京都ではない、別の場所から安倍晴明は復活を企んでいるのである。

 

「…………」

 

 それは、一見すると今の状況とは関係のない話にも思えたが——竜二の言葉に圓潮の顔からは笑みが消えていた。

 

「閉じられた地獄の入り口……その裏で暗躍する影……ここでようやく繋がったよ」

 

 安倍晴明は、地獄において山ン本五郎左衛門の本体と通じていた。圓潮は親元であるその山ン本を裏切りはしたが、だからといってその繋がりが全て絶たれたとは思えない。

 寧ろ、より強力な『後ろ盾』があるからこそ、自分の親とも呼べる存在に背くという大胆な決断が出来たのだ。

 

「お前らの悪巧み、まだまだ聞き足りないことがあるようだ。とことん……喋ってもらうぜ、噺家さんよ……!」

 

 圓潮がいったい何を知っているのか、彼が何と繋がっているのか。その全てを聞き出すためにもここで竜二が仕掛ける。

 竹筒に入った式神を取り出し、それを圓潮に向かって解き放つ。竜二にしては随分と直線的な攻撃であったが、それには理由があった。

 

「————」

 

 突如、圓潮を庇うように『何者』かが姿を現した。きっと後ろ盾——圓潮を裏から支援しているものの一人なのだろうが。

 

「ふん!! そのくらいはお見通しさ……!!」

 

 もっとも、その程度の伏兵であれば竜二も気付いていた。

 後方で控えている敵がいると読んでいたからこそ、その敵を誘い出すためにあえて分かりやすい攻撃を仕掛けたのだ。

 伏兵がいると分かっていれば対処も簡単だ。すぐにでもその敵に対して追撃を放とうと、別の竹筒を懐から取り出そうとする。

 

 

 

「——水よ、土に還れ」

 

 

 

 ところが、その伏兵がそのように言の葉を唱えた瞬間——竜二の放った一撃目が一瞬で掻き消されてしまう。いや、正しくは消えたのではなく『土に還った』のだ。

 

 五行の法則——五行相剋だ。

『土』の前に『水』は堰き止められ、その流れを押しとどめられてしまう。

 

 

「な……に……?」

 

 

 竜二は、自身の陰陽術が——同じ『陰陽術』によって無力化されたことに暫し呆然となった。

 しかし相手方の術者は特に気にした様子もなく、まるで軽く挨拶でもするかのよう竜二へと声を掛ける。

 

 

「——キミは、花開院家の者だね」

 

 

 それは白い衣を纏った、中学生くらいの術者であった。端正な顔立ちには絶えず笑みが浮かべられている。

 

「————」

 

 竜二は、その少年の見てくれが明らかに自分よりも歳下であったことに驚き、そしてその力量差に愕然となる。

 五行の相性があったとはいえ、自身の術が瞬時に無効化された。それだけでも相手が自分よりも遥かに高い技量を持っていることは明白。見た目が子供だからといって侮れる相手ではない。

 

「ふっ……」

 

 だが竜二がそうして驚いている間にも、相手の術者は片手で印を結び術を行使してきた。瞬間、宙に『芒星図形』が浮かび上がる。

 芒星——所謂五芒星、六芒星と呼ばれるもののことだが、このとき宙に浮かび上がった図形はそのどちらでもなかった。

 

 ——七芒星!?

 

 そう、目の前に浮かぶ芒星は——紛れもなく『七芒星』の輝き。

 

 ——おいおい、その術は……あの一族の……!!

 

 その意味を察して戦慄する竜二。咄嗟に柱の影に身を隠して術から逃れようとするも、そんなもの何の障害にもならないとばかりに。

 七芒星は竜二を囲い込みながら収束していき、その首をまるでギロチンのように刈り取ろうとする。

 

「——!!」

「——!?」

 

 と、まさに首が刈られるかと思った、その寸前だった。どこからともなく姿を現した黒い影が、七芒星の呪縛から間一髪のところで竜二を救い出す。

 その黒い影は懐から大量の武器を出現させ、その切先を陰陽師の少年へと向けていく。

 

「お前は……」

「く、黒田坊……っ!!」

 

 黒い影の正体は、笠を被った僧——奴良組特攻隊長の黒田坊であった。彼に助けられた竜二が、それまでずっと蚊帳の外にいた柳田が声を張り上げる。

 

 柳田の主観からすれば、黒田坊は百物語組から奴良組へと寝返った『裏切り者』だ。

 だがそれ以前、黒田坊が百物語に所属していた頃から、山ン本五郎左衛門のお気に入りであった彼を柳田は妬んでいた。

 その嫉妬は三百年経った今も風化することはなく。より強い憎悪となり、黒田坊を射抜く眼光に殺意を宿らせていく。

 

「柳田を泳がして潜入したところだったが……何か別の者が引っ掛かったようだな……」

 

 もっとも、そんな柳田の動きを追跡することで黒田坊はここまで辿り着いた。

 地上で戦い続けてきたリクオや他の奴良組の面々とは別口で、地下に潜りながらずっと百物語組に探りを入れ続けてきたのである。

 

「見たところ陰陽師に見えるが……」

 

 しかし色々と探っていた黒田坊ですらも、眼前の少年が何者なのかは分からない。その出立から陰陽師であることは察せられるが、どうにも見覚えのない相手だ。

 全く未知の敵勢力を前に、武闘派の黒田坊も油断なく身構えていく。

 

「そ、そうか……そういう繋がりだったのか……!!」

 

 一方で、竜二にはその陰陽師が何者なのか心当たりがあるようだ。

 常に冷静な態度崩さない彼にしては珍しく、心底からその陰陽師の『正体』に驚愕。

 

 

「だ……だとしたら……」

 

 

 自分たちの前に立ちはだかる、予想以上に強大な『勢力』を予感し、ただただ戦慄するばかりであった。

 

 

 

AM 5:25

 

 

 

「——黒!! 竜二!!」

 

 青行燈を打ち倒した、奴良リクオ。彼はつららやイタクを伴い、遅ればせながらも先行する竜二の元へと駆け付けることが出来た。

 

「三代目!!」

 

 そこには竜二の他に黒田坊の姿があった。黒田坊は主であるリクオの無事に笑みを浮かびかけるが、すぐにでもその表情を引き締め直す。

 彼らは圓潮と、見慣れぬ陰陽師らしき子供と対峙していた。

 

「圓潮っ!!」

 

 圓潮を前に逸る気持ちを抑えられないリクオ。この騒動を巻き起こした黒幕に向かって、すぐにでも斬りかかろうと刀を振りかぶり掛ける。

 

「——踏み込むな!! 奴良リクオ!!」

「——っ!?」

 

 ところが血気盛んに突っ走るリクオを制止しようと、竜二の鋭い叫び声が響き渡る。彼からの呼び掛けに慌てて立ち止まる。

 足元を見れば——圓潮たちを中心に、何らかの『陣』が敷かれていたではないか。

 

「入らなかった……」

「結界……? 竜二……誰だ……? こいつは……」

 

 それは『結界』だ。圓潮の隣に佇む少年らしき陰陽師の仕業だろう。後一歩、竜二からの警告が遅ければ踏み込んでいたかもしれない。

 リクオが結界に踏み込まなかったことを陰陽師の少年は残念がっていた。もっとも、それほど悔しがっているというふうでもなく、彼自身これといってやる気があるようにも見えない。

 

 気怠げながらも、どことなく只者でない雰囲気。いったい少年が何者なのか、リクオが何かを知っていそうな竜二へと問い掛ける。

 

「こいつは……御門院家だ」

「御門院家……?」

 

 竜二の口から語られた、家名らしき名前にリクオは疑問符を浮かべる。

 御門院(ごかどいん)——果たしてその名にいかなる意味が込められているのか、次の瞬間にもその意味を知ることになる。

 

 

「——安倍晴明の……子孫だ」

「——晴明の……子孫……!?」

 

 

 そう、陰陽師として確かな知識を持っていれば、その『隠し名』を聞いて驚かないものなどいない。

 

 安倍晴明の子孫。

 即ち、リクオたち最大の敵である鵺の意思を継ぐ者たち——それこそが『御門院家』という名に込められている意味なのだ。

 

「京の地を守るのが花開院家の役目だが……こいつらは、この国の中枢を守るために陰で暗躍し続けてきたと聞く……」

 

 平安時代から今日まで。花開院家は常に京都という地を守るため、その血脈を脈々と受け継いできた。

 その一方で、御門院家は日本の権力の中枢。時代によって移り変わる権力者たちの陰に隠れながら、この国そのものを守り続けてきたとされる。

 

「実際に会うのは初めてだがな……」

 

 もっとも、その存在は徹底して秘匿されており、花開院の直系である竜二ですらも噂を聞きかじった程度。

 まさか本当に実在していたとも思っていなかったのか、その顔から動揺を隠しきれていない。

 

 もしも御門院家が、今でも安倍晴明の意思の下で動いているというのであれば。彼らも間違いなく、リクオたちの『敵』として立ちはだかることになるだろう。

 鵺との戦いは、当初想定していた以上により過酷なものとなるのは必至である。

 

 

 

「青行燈を倒したようだね……」

 

 そんな御門院という巨大な後ろ盾を横に控えさせながら、圓潮が悠々と語り掛けてくる。

 

「だけどもう遅い……青行燈が生まれた時点であたしの〈噺〉は完成している」

 

 自身の切り札とも呼べた青行燈を失いながらも、その表情は余裕に満ちていた。

  

 事実、圓潮の言霊としての力は〈百物語の最後に現れる〉とされた〈青行燈〉という存在を成立させた時点で完結されたのだ。

 人間たちの恐怖と絶望、そして畏を搔き集めて起動した青行燈は、奴良組が得る筈だったこの地の畏を根こそぎ持って行った。

 

「奴良リクオ、このシマでのキミの畏は……皆無だ」

 

 それは、この地の人々から畏を得ようとこの半年間、地道に地盤固めに奔走していたリクオたちの苦労を無に帰す蛮行であり、『奴良組全体を弱体化させる』という、圓潮たちの企みをまんまと成就させてしまったことを意味する。

 

「江戸時代から三百年……このシマを狙い続けてきたというわけか……」

 

 黒田坊は圓潮のやり口に怒りを抱きながらも、このときのためだけに三百年間。ずっと雌伏の時を過ごして来た、敵方の執念にある種の畏を感じていた。

 

 

「——だから何だ?」

 

 

 だが失われた畏にも、敵の恐るべき執念に対しても、奴良リクオは冷淡に吐き捨てる。

 彼の言葉からは隠し切れない、隠すつもりもないほどの『怒り』がヒシヒシと伝わってくる。

 

「失ったんなら、取り戻すまでだ……」

 

 畏を失ったといっても、それは一時的なものに過ぎない。

 リクオは、いや奴良組は、ぬらりひょんの代から脈々と、この地に根付き人々と共に生きながらその畏を得てきたのである。

 どれだけ畏が枯渇しようが、時間を掛ければ元通りになる。きっと取り戻せるとリクオは信じていた。

 

「そして何より、人々を闇に堕とすテメェらに……朝を迎える資格はねぇ!!」

 

 だが今宵、この戦いに巻き込まれて死んでいった人々の命は決して戻らない。

 自分たちから畏を奪うためだけに、無関係な人間たちを大勢巻き込んだ圓潮たち。そんな外道な輩に、もはや朝日など拝ませるつもりもない。

 

 日の出までもう間もなくだが、それを待つことなくリクオは連中との戦いに終止符を打とうと。鋭い殺気と共に刀の切っ先を突きつけていく。

 

「————」

 

 そんなリクオの激情に対し、まるで感情など感じられない。どこまでも能面のような表情、無機質な瞳で見返してくる圓潮。

 果たしてこの男に『心』などと呼べるものが存在するのか。思わずそのような疑問が浮かび上がってしまうところだったが——。

 

「——!?」

「なにっ……?」

 

 突如、リクオたちの後方で爆発が起き、その異変に圓潮も驚きを露わにする。

 先ほどまで激闘が繰り広げていた場所。そこから——何かが『蘇ろう』としていた。 

 

 

 

AM 5:30

 

 

 

「ハァ……ハァ……死んで……たまるか……」

 

 リクオたちとの死闘の末、青行燈は倒された。既に崩壊した残骸や、衝撃の余波で崩れかけた天井などが瓦礫となって降り注ぐ中——『それ』は最後の悪あがきにもがいていた。

 

「ハァ……ハァ……喰ろうて……やるわ……全部、ワシのなんじゃ……」 

 

 リクオたちの手によって破壊された、青行燈の動力源となっていた——〈百鬼の茶釜〉。そいつは息も絶え絶えとなりながらも、その破片を文字通り、貪り喰っていた。

 

 山ン本五郎左衛門——その意思と同調する〈脳〉である。

 

 圓朝によって切り捨てられたそれは、もはや脳としての機能。地獄にいる山ン本五郎左衛門本体の意思を代弁する、受信機としての役割を果たせなくなっていた筈だ。

 

 

 

『何も見えぬ……何も聞こえぬ……!!』

 

 実際、暗い地の底、地獄の奥で山ン本五郎左衛門は絶叫していた。

 

『おのれぇええええ、奴良組!! おのれ、圓潮ぉおおおおおお!!』

 

 彼は脳という、唯一地獄に閉じ込められている自分を現世へと繋ぎ止めてくれていたよりどころを奪われ、絶望のドン底に叩き落されていた。

 しかもその絶望が、よりにもよって自分から産まれ堕ちた圓潮の裏切りによってもたらされたのだ。

 親である自分に反旗を翻した圓潮への怨嗟が、そして自分をこんな目に遭わせたそもそもの元凶である奴良鯉伴・奴良組への憎悪が止めどなく溢れ出してくる。

 

『ワシは滅びぬ……ワシは、ワシはぁあああああああああ!!』

 

 とどまることを知らぬ恨みが、憎悪が、憎しみが——再び現世に『魔王』を誕生させようとしていた。

 

 

 

「あ、あれ……何!? さっきの怪物……!?」

 

 つららが驚愕の声を上げる。後方から迫り上がってくるそれは、先ほど必死になって打ち倒した筈の青行燈——その残骸であった。

 リクオの一刀の元、確かに沈黙したと思われた巨大兵器が再び息を吹き返したのである。

 

「こいつは……!?」

 

 しかし、その気配はもはや青行燈などではなかった。その気配に類似するものを、三百年前に同じものと遭遇した黒田坊は知っていた。

 

 

 

 

 

〈とある百物語・その百〉

 昔、あるところに大商人がいました。

 金も女も、全てを得たその男は、やがてこの世全ての〈畏〉を欲し、神様や仏様を越える存在になろうとしました。

 ですがその野望は、畏をすすって生きる妖怪たちの手によって阻止されました。

 恨みを持って死んだ男は自らが〈怪談〉となり、奴良組を滅ぼすまで決して滅びぬ、妖怪となったのです。

 

 

 そう、彼は決して滅びない。

 恨む相手がこの世に存在し続ける限り、永遠に地獄の底を彷徨いながら、怨嗟の声を叫び続けるだろう。

 

『主らが滅べ……!!』

 

 今宵も、男はその怨恨を空っぽとなった器に詰め込み、三百年の時を越えて再び蘇った。

 

 

 魔王・山ン本五郎左衛門。

 憎むべき全てを灰燼と化す、怪物の再臨である。

 

 




補足説明

 御門院家
  ようやく登場、安倍晴明の子孫たち。
  本格的な登場は次章で予定していますので、今回は顔見せ程度。  
  原作だと少年の方だけ出てきましたが……今作ではもう一人、無精髭の男も追加。
  彼が何者なのかは……原作を読んでた人なら分かるかなと。

 
 次回で間違いなく、百物語編は完結です。
 次回仮タイトル『その怨恨を叩っ斬る!!』をお楽しみに。
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