この章は原作コミックスでいうところの、二十一巻の終わり~二十四巻の始め辺りの内容を想定しております。
この清浄編の後に『最終決戦編』へ。それで今作は完結する予定ですので、最後までお付き合いしていただけると幸いです。
とりあえず今回の話はタイトルにあるとおり、先の戦いにおける事後処理から……次のステージに進むまでを書かせていただきました。
ここらでようやく『彼』に関して深堀していきますので、彼の行動の方にもご注目ください……。
第百十七幕 事後処理
「——そうか、やはり彭候が殺られたのに間違いはないと?」
「——ええ、三ツ目八面とも連絡が取れていません……状況からして、奴も百物語の連中に……」
「——まさか幹部に被害が出るとは……鵺との抗争が控えてるってのによ」
「——そう言うな……寧ろ、この程度の被害で済んだのが不幸中の幸いだ」
百物語組との抗争が終結し、長い夜が明けてからおよそ一日半ほど。奴良組本家の居間には幹部たちが集結し、百物語組から受けた被害について報告し合っていた。
先の抗争における最後の戦いにて、魔王・山ン本五郎左衛門の襲撃を受けた本家だったが、建物の方は半壊程度で済み、こうして集まることが出来ていた。
しかし、百物語が仕掛けてきた『鬼ごっこ』の最中に討ち取られた幹部も多く、ちらほらと空席が目立つようになった。
特に古株の幹部たち、ぬらりひょんの代から組を支え続けてきた貸元が何人か消されてしまったと嘆くものもいる。
尚、消息不明になった幹部の中に『面の皮』を被っていたものがいたことを、彼らは最後まで知らないままであった。
「——ゴメン!! 遅れちゃった!!」
と、組の被害に幹部たちが顔を顰めていると、その会合の場に一人の少年が顔を出す。
体の至るところに包帯を巻いた痛々しい姿。それでも、笑顔で皆の前に姿を現した——奴良リクオである。
山ン本五郎左衛門との戦いの直後、朝が訪れたことで妖怪の姿を維持できなくなった彼は、人間の姿に戻るや、力尽きたようにその場に倒れ込んでしまった。
疲労の蓄積などもあったのだろう、そのまま一日以上眠り続けていた彼が今になって起き上がってきたようだ。
「リクオ様……体調の方はもうよろしいのですか?」
リクオの容体を真っ先に心配したのは、お目付け役・カラス天狗。
彼はリクオの負った傷が生半可なものではなかったと、息子たちからそのように報告を受けていたため、誰よりも過保護にリクオの体調を気に掛ける。
「大丈夫だよ。それより、あれからどうなった? 組の被害もそうだけど……人間たちの被害は?」
しかし己の容体よりも、今はあれからどうなったかを聞くのが先だと。自分が眠っている間に情勢がどのように変化したのかを急ぎ尋ねる。
特にリクオが気に掛けたのは、『奴良組の被害』と『人間社会の被害』の二つ。組の被害に関しては言われずともとばかりに、相談役・木魚達磨が口を開く。
「大分被害をこうむっております。百物語組に倒された幹部も多いですし、シマの畏も安定とは言いがたく……圓潮の流した救世主の噂も、人々の間で未だ根強いようです」
今回の戦い、最終的には山ン本五郎左衛門を打ち倒して勝利を勝ち取ったものの、奴良組は組の土台を支える屋台骨——人々から得られる筈の『畏』の大部分を失ってしまった。
全ては山ン本の口・圓潮の企み通り。彼の流した噂——『救世主の伝説』も、未だネットの中を漂い、人々から希望、期待といった形で畏を得ていることだろう。
「人間たちの被害に関しては……その全てを把握しているわけではありませんが……相当な被害が出ていることだけは確かですね」
そして人間社会の被害の方だが、これに関しては奴良組の方でも詳細を把握しきれていない。
奴良組と百物語組の抗争に巻き込まれた人間たち。死傷者、負傷者の数は日を追うごとに増えており、街や建物の被害も相当なものに及ぶだろう。
あれからまだ一日半しか経っていないというのもあるが、復旧がままならない箇所も多く。とてもではないが、その全ての被害を把握するなど奴良組にも、この国の政府機関にも不可能である。
「そうか……そうだよね……」
予想していたこととはいえ、あまりに甚大な被害にリクオの表情が曇る。
こればかりは、リクオや奴良組の皆が必死に戦おうともどうにもならない問題だ。それでも、もっと自分が上手くやれていれば、被害を減らせたのではという後悔だけが残り続ける。
「とにかく、何かあればすぐに報告してほしい……」
「承知しました……」
とりあえず、リクオは人間社会の情勢にも目を配るように指示を出す。
無論、妖怪である自分たちが表立って復興の手助けなど出来ないかもしれない。だがそれでも、出来ることがあるのなら力を尽くしたいと、そう思わずにはいられなかった。
「それから百物語組ですが……耳、口、鼻以外は死亡、または消息不明となっております」
それから、話は百物語組——倒せずに逃した敵幹部の話になった。
魔王と化した山ン本五郎左衛門を倒したことで事実上、百物語組という組織は壊滅した。
抗争の最中にリクオが打ち取った幹部も多く、生け捕りにしていた幹部も山ン本の一部として本体に吸収されたとのこと。
しかし生き残った幹部、あの騒動のどさくさに紛れて行方を眩ましたものたちがいる。
「圓潮は早めに始末しておきたいところだ」
「いやらしい奴が残ったもんだよな〜〜……ちゃんと倒しとけよ!」
その中でも、特に厄介なのはやはり圓潮だろう。
武闘派筆頭の牛鬼ですらも、決して武力で測れない圓潮の底知れない能力を警戒している。
一ツ目などは厄介な相手を逃した、リクオの不甲斐なさをここぞとばかりに責めていく。
「そこに新たな敵、御門院家か……実在しとったはのう……」
さらには、その圓潮の後ろ盾・御門院家の存在も決して無視できないと、今は隠居の立場であるぬらりひょんも警戒を促すように呟く。
御門院家——安倍晴明の子孫。
リクオたちの敵である——鵺。彼が還る場所として、御門院家のものたちはこの国の中枢を密かに守り続けてきたという。
もっとも、ぬらりひょんですらもその名前を聞いたことがあるくらいだ。実際に御門院家のものと相対したことはなく。
歴史の裏側で彼らがどのように暗躍してきたのか、その全貌は計り知れない。
今後、動き出すであろう御門院の者たち相手にどのように立ち回っていくか。
それが奴良組の当面の課題になることは間違いないだろう。
「……鴆くん……今、ちょっといいかな?」
「リクオ……」
そうして、議論が出尽くしたところでその日の総会はお開きになった。皆が解散するその流れの中、リクオは義兄弟である鴆に声を掛けていた。
鴆の方も、どうして自分が呼び止められたのか分かっているらしく。リクオの問い掛けに真剣に応じていく。
「——カナちゃんの容体は……今、どうなってるかな?」
リクオが鴆に問い掛けたのは——大切な幼馴染のこと。
家長カナ。
彼女が今どのような状態で、どうしているかを医者である彼に尋ねていた。
×
「——リクオくん、つららちゃんも!! 来てくれたんだね……ありがとう!!」
「——何よ、案外元気そうじゃない!! その様子なら、もう大丈夫そうね!!」
奴良リクオと及川つらら・雪女は家長カナの元を訪れていた。
ベッドで横になっていたカナは、見舞いに来てくれた二人にとびきりの笑みを浮かべ、その来訪を歓迎してくれる。
その元気そうな姿に、心底からホッとしたのかつららも笑みを返した。
「良かった……倒れたって聞いたときは本当に、どうなるかと……」
リクオも、カナが無事であったことに心から安堵する。
あの戦いの最中、家長カナが『百物語組との戦いで意識不明の重体に陥った』という報せを受けたときは、本当に心臓が止まるかと思った。
本音を言えば、リクオもすぐにでも彼女の元へ駆け付けたかったが、状況がそれを許しはしなかった。
奴良組の大将として、リクオには為さねば為らないことがあった。百物語組の連中を倒し、一刻も早く戦い終わらせ、一人でも多くの人間たちを助ける。
そのために足を止めている暇などなく、とてもではないがカナの様子を見に行ける時間などなかった。
しかし眼前の敵と対峙しながらも、リクオはその胸中で常にカナのことを気に掛けていた。
百物語との戦いが終わればすぐにでも彼女の元に駆け付けるつもりでいたのだが、激しい戦いの末、リクオ自身が疲労により倒れ込んでしまった。
意識を取り戻した後も、真っ先に彼女の元へ行こうと思い立ったが、やはり奴良組の総大将としての職務を疎かにするわけにも行かず。
結局、戦いから一日半以上経過した、こんな夕暮れ時にカナの見舞いに来ることになってしまったのだ。
「カナちゃん……今回のことは、本当にごめん!! ボクのせいでカナちゃんが……学校のみんなが危険な目に……」
とりあえず、カナの無事な姿にホッと一安心したのも束の間、リクオはこの戦いに彼女や学校の皆を巻き込んでしまったことを悔いるように謝罪する。
今回の浮世絵中学校襲撃の一件は、間違いなくリクオを精神的に追い詰めようとする策略の一環だ。リクオが通っているからこそ、百物語組も浮世絵中学校をターゲットに定めたのだろう。
リクオが通ってさえいなければ、このような形で狙われるようなこともなかったと。リクオの心にその事実が負い目として残ってしまっていた。
「リクオくんのせいじゃないって!! それは、他のみんなも分かってるから……」
「そうですよ、リクオ様!! 悪いのは全部、百物語組の……あの吉三郎ってやつですよ!!」
リクオの沈痛な心中を察してか、カナやつららが慌てて言葉を掛ける。
襲われた本人であるカナはリクオに非がないと言い、つららは浮世絵中学を襲撃してきた『実行犯』への怒りを露わにする。
浮世絵中学を襲撃した怪異たちを率いていたのは、山ン本の耳——吉三郎である。
つららもあの男とは一度相対したことがあるが、本当に嫌な奴という印象が残っている。おまけに吉三郎は、カナにとって親や恩人の仇でもあるというのだから、その心象は最悪だ。
「けど、あいつはカナが手傷を負わせたのよね? そのまま、どっかで野垂死ねばいいのに……」
ただ、吉三郎はカナとの戦いの末、彼女の手により傷を負い、そのまま無様に撤退したという。
加えて、山ン本の他の一部たちが復活を遂げた山ン本五郎左衛門に『肉体を喰われた』という話もある。
もしかしたら吉三郎も山ン本に肉体を吸収され、そのまま消えていなくなったのではないか。寧ろそれを期待するような呟きを溢す、つららだったが——。
「——あいつは生きてるよ。そんなことで死んでくれるほど、簡単な相手じゃないから……」
そんなつららの安直な考えは、家長カナによって静かに否定される。
「えっ……?」
「か、カナちゃん……?」
つららとリクオの二人が思わず、カナの顔を見やる。
彼女の言葉、その表情からは感情らしきものをまるで感じられない。果たして今の発言を——カナはどのような心持ちで吐き出したのだろうか。
「…………ごほっ!? ごほっ!!」
「か、カナちゃん!? だ、大丈夫!?」
などと、カナの雰囲気にただならぬものを感じたその直後だった。カナが突然激しく咳き込んだので、心配したリクオが慌てて駆け寄ろうとする。
「おう、オメェら……その辺にしときな、まだ体調が万全なわけじゃねぇんだからよ……」
しかし、そこで部屋の中に入ってきた鴆が声を掛けてきた。
彼はカナの『主治医』として、彼女の容体を考慮した上でそれ以上の面会は体に悪いとストップを掛けたのだ。
そう、家長カナが現在入院しているのは、人間の医師が経営する病院ではない。奴良組傘下の薬師一派・鴆が医院長を務める施設・
本来、ここは妖怪を患者として診ることが多い医療施設ではあるが、一応は人間も診ることで儲けや畏を得ているシノギの場でもある。
百物語との抗争の後ということもあり、今人間たちの医療施設は大勢の患者が押し寄せていたりと、混乱の極みに達している。
その混沌とした中、万が一にでも医療ミスなどあれば目も当てられないと、鴆の判断によりカナはここで療養生活を送っていたのである。
「そ……そうだよね、カナちゃんも疲れてるんだよね……」
医療に関して、リクオは鴆のことを誰よりも信頼していた。そんな彼から面会がここまでと言われればリクオも大人しく引き下がるしかない。
「それじゃあ……カナちゃん、ボクたちはこれで……」
「しっかり療養して、早く元気になりなさいよ!!」
リクオもつららもカナへの心配が尽きない、名残惜しそうな表情ではあったが彼女がきっと元気になるだろうと信じて。
またの再会を約束し、とりあえずの別れを告げていく。
「うん……またね、二人とも……」
カナも、自分を心配してくれるリクオたちを笑顔で見送った。
「——ここにいたのか、奴良リクオ」
そうして、カナへの見舞いを終えたリクオが病室から廊下へと出た、ちょうどそのタイミングで一人の男性と鉢合わせる。
「り、竜二さん? どうして、ここに……?」
「ちょっと……なんでアンタがここにいんのよ!?」
リクオとつららは、そこにいた人物——花開院竜二を相手に思わず眉を顰めた。
陰陽師である彼が、何故妖怪である鴆の医院にいるのだろう。確かに竜二は先の戦いで手を貸してくれたものの一人だが、仮に怪我を負ったからといって妖怪の助けを借りるような性格でないことは良く分かっている。
「言わなかったか? 俺はお前に伝えなきゃならんことがあるって……色々あって言いそびれちまったが……」
どうやら、竜二はリクオに用があってわざわざここを訪れたようだ。
先の騒動の際は、百物語組のことを優先して後回しにしたようだが、騒ぎがひと段落した以上、伝えないわけにはいかないと。
リクオの意識が回復するのを待ち、彼はその用件を単刀直入に伝えてくる。
「秋房から連絡があった」
「……!?」
簡潔な一言であったが、それだけでリクオは相手が何を伝えに来たのかをそれとなく察する。
花開院秋房。竜二やゆらと同じ花開院家の陰陽師であり、妖刀造りの天才だ。
リクオは彼に『あるもの』の製作を依頼していた。その彼から竜二を通して連絡があったということはつまり——。
「——祢々切丸が完成した。今すぐ……秋房のいる場所に向かうぞ……」
祢々切丸。
それは京都での戦いで失われた妖刀。鵺を倒すために絶対に必要となるそれが、ついに新たな形で蘇ったと。
その刀で鵺へと挑む奴良リクオに、それを取りに行くぞと伝えに来たのであった。
花開院竜二が祢々切丸完成の一報を伝えるや、リクオとつららは慌てて薬鴆堂を後にした。もう既に日が暮れ掛けていたが、今から出発すれば夜までには目的地近くまで辿り着けると。
急ぎ旅支度をするため、一度本家の方に戻ったのである。
「…………」
一方で、リクオたちの後を追いかけるでもなく、一応の待ち合わせを約束した竜二が——家長カナの病室へと入っていく。
「あっ……竜二さん。この度は本当に……ごほっ!! けほっ!!」
「無理して起き上がらなくてもいい、ちゃんと寝てろ……」
竜二の顔を見るや、ベッドで横になっていたカナが慌てて身を起こそうとする。しかし彼女が咳き込んだことで無理をするなと、竜二はカナに寝ているように言う。
口調や表情こそぶっきらぼうであったが、彼の言葉からはカナへの気遣いが確かに感じられた。純粋な人間である彼女を相手に、機嫌を悪くする理由もないのだろう。
「…………」
そんな二人のやり取りを、鴆は静かに見ている。リクオとの面会は途中で止めた彼が、竜二とカナの会話には口出してこない。
どうやら鴆には、竜二がここにいる理由——カナにどのような用事があるのか、その全てを把握しているようである。
「本当にありがとうございます。竜二さんが届けてくれた薬のおかげで……大分良くなりました……」
カナは横になったままの状態で、竜二への礼を口にしていた。
彼女の体調、決して万全とは言えないがこれでもマシになった方だという。それもこれも、竜二が彼女のために『薬』を届けてくれたからである。
花開院竜二が京都からわざわざ東京まで赴いたのには、いくつかの理由があった。
一つは『都市伝説の調査』。
近年になって急増する都市伝説を調査し、その元凶が東京にあると突き止めた結果として百物語へと辿り着いた。
一つは『祢々切丸完成の報せ』。
先ほども伝えたとおり、祢々切丸が出来たことをリクオに報せ、その場所まで彼を案内するためにここまで来た。
「まあ……ゆらのやつにどうしてもって、頼まれたからな。あいつも……お前さんのことを相当心配してたぞ……」
そして、もう一つが『家長カナに薬を届ける』であった。
それは、実の妹であるゆらから頼まれていたことであり、竜二自身はカナという少女が『どういう状態』なのか、具体的なことはあまり知らされていなかった。
「言っとくが……あの薬は治療薬なんて都合の良いもんじゃない。今のお前には……気休め程度にしかならんだろう」
だが、今のカナの容体を直接見た上で、竜二は彼女にあえて厳しめな言葉を掛ける。
「それ以上、無理に力を行使すれば……お前は……」
決して、カナが無茶をしないようにと釘を刺そうとする。
彼女と親しいわけでもない竜二でさえ、そう言いたくなるほど——家長カナという少女の状態が『酷いもの』だったということだ。
「…………」
医者である鴆が、竜二の言葉を否定することなく表情を強張らせていることからも、事の深刻さが分かるだろう。
それでも、カナという少女が大人しく療養生活に専念さえしてくれれば、まだ良かったのだろうが——。
「ありがとうございます……けど、自分で決めたことですから……」
全てを理解した上で尚、カナは穏やかな表情で微笑んで見せる。竜二や鴆の気遣いに感謝しつつ、決して立ち止まるつもりはないと。
「——戦わせてください、最期の瞬間……その一瞬まで……」
これから先、自身の身に何が起ころうと。その全てを受け入れる覚悟で走り続けることを決意する。
×
「急ごう、つらら!! 急いで準備して……イタクにも声を掛けないと……」
「はい!! リクオ様!!」
薬鴆堂を飛び出したリクオとつららは、旅支度を済ませるため奴良組本家に戻ろうとしていた。
竜二が教えてくれた秋房がいるという『目的地』までは、流石に今日中に辿り着くことは無理かもしれないが、その近くまでであればきっと間に合うと。
まだ奴良組に滞在している筈のイタクにも声を掛け、彼と共に東北——とりあえずの行き先として『遠野の里』を目指すつもりでいた。
「あっ……リクオくん!?」
すると薬鴆堂の門の前にて、一人の少女と鉢合わせる。彼女の自分の名を呼ぶ声に、急いでいたリクオも足を止めた。
「——白神先輩!!」
そこにいたのは、浮世絵中学の生徒・白神凛子だった。
奴良組傘下の商家・白神家。そのご令嬢である彼女は立場上はリクオに仕えている身だ。もっとも学校では一つ先輩ということもあり、凛子に対してリクオは敬意ある態度で接する。
「先輩、清十字団の……学校のみんなはどうしてますか? みんな、怪我とか……」
凛子と向き合うや、リクオは彼女に浮世絵中学の様子、学校の友人たちの安否を尋ねていた。
あの戦いの後からずっと眠っていたというのもあるが、今のリクオは学校へ行くことが出来ないでいる。
理由としては、あの騒動にて百物語の悪意ある策略によって自分の正体が知られてしまったから。リクオが『この国を滅ぼす』などという件の予言こそ出鱈目もいいところだが、リクオが人と妖との間に生まれた『半妖』であることは紛れもない事実なのだ。
なお、半妖というなら凛子もそうなのだが、リクオがあまりにも注目視されているため、彼女の方はほとんど噂にもなっていない。騒動後も、凛子は普通に学校に登校できていた。
「安心して、みんな無事だから……」
だからこそ、学校に顔を出せないでいるリクオの代わりに凛子が浮世絵中学校の様子を伝える。
皆の無事を伝える彼女の口には、確かな笑みが浮かべられているが——。
「カナちゃんが頑張ってくれたおかげよ……あの子が、みんなを必死に守ってくれたから……」
全ては家長カナのおかげだと、凛子は少し複雑そうな表情で告げる。彼女の視線はカナが入院している薬鴆堂へと向けられ、その手には花束が握られている。
「凛子先輩……その花、カナちゃんに?」
「ええ、そうよ。リクオくんも……カナちゃんのお見舞いに来てくれてたのよね?」
どうやら凛子もリクオ同様、カナの見舞いに来ていたようだ。
学校の皆が無事である一方、彼らを守ろうと戦ってくれたカナが負傷して入院することになってしまったのだから、彼女の心中も複雑だろう。
「白神先輩……暫くの間、カナちゃんをお願いします!!」
リクオも、正直なところカナへの心配は尽きない。しかしそれでも、自分にはやらなければならないことがあると、凛子にカナのことを託してその場から立ち去ろうとする。
「あっ、リクオくん……ちょっといいかな?」
ところが、慌てて走り去ろうとするリクオを凛子が呼び止め、どこか困ったような顔で『とある人物』について問い尋ねていた。
「——土御門くんのこと見なかったかしら? あれから、学校にも来てないんだけど……」
「土御門〜? アイツが、どうしたっていうんですか!!」
凛子の口から土御門——いけすかない陰陽師の名前が出たことで、それまで会話に入ってこなかったつららが露骨に表情を歪める。
「え、ええっと……もしかして、また何かやったの……彼?」
つららの反応に凛子も何かを察したのか、やはり困ったような表情で頬を掻いている。
「何かどころじゃないですよ!! あいつ……性懲りもなくリクオ様に絡んでくるし、隙あれば私たちを巻き添いにしようとするし……もう散々よ!!」
「つ、つらら……ちょっと落ち着いて……気持ちは分からないでもないけど……」
思い出すと怒りが込み上げてくるとばかりに、つららは春明の問題行動について言及する。憤慨するつららをリクオが宥めようとするが、彼自身にも春明への不満がないわけではない。
土御門春明。
先の戦いでもリクオたちと合流して百物語と戦った彼だが、その活躍は胸を張って頼もしいとは言えるようなものではなかった。
陰陽師としての実力は本物なのだが、あからさまにリクオやつららを敵視する言動や行動の数々。隙あらばリクオたちすらも滅しようと、虎視眈々と付け狙う油断のなさ。
同じ陰陽師でも花開院竜二とも違う。竜二もリクオに対して険のある態度を取ったりもするが、それでも彼の場合は頼もしいという感情の方が先に出てくる。
だが春明を、彼のことをリクオはどうしても信頼も信用も出来ないでいる。
この先、春明がリクオたちに対してどのような行動を取るか。その本心が読み取れない以上、常に気を張り続けなければならないだろう。
「ああ……そうなんだ……本当、彼にも困ったものよね……」
ただ、リクオたちから春明の問題行為の数々を聞かされて尚、凛子はやれやれとため息を吐くだけに留めていた。
その様はさながら、いたずらっ子のヤンチャ小僧に頭を悩ませる保護者のようだ。困ったような顔を見せつつ、そこに春明に対する『信頼』のような感情が垣間見えた気がする。
「白神先輩は……土御門さんとは、仲が良いんですか?」
そんな凛子に、リクオは春明について聞いてみた。
正直、リクオは土御門春明という人間のことを良く知らない。
彼がカナの兄貴分で、彼女と共に半妖の里で育ったという話を聞かされはしたが、それ以上のことを詳しく聞く機会がなかった。
この際だ。土御門春明という人間がカナ以外の相手の目にどう映っているのか、凛子にそれとなく尋ねていく。
「う〜ん……それを聞かれると困っちゃうんだけど……まあ、同じクラスだし……たまにお喋りするくらいかな?」
すると、リクオの問いに凛子はやや困惑した様子で曖昧な返事をする。
凛子も春明と、特別仲が良いという訳ではない。妖怪に襲われたりの緊急時などかなり遠慮なく言葉を交わし合ったりはするが、平時ではそれこそただのクラスメイトという感じらしい。
「ほら、春明くんってあんな性格でしょ? 友達と呼べる人もいないみたいで、他のクラスメイトたちからは話しかけにくいみたいだし……何か用事があったりするときは、私が通訳になるみたいな感じなのよね……」
「ああ……あいつ、普段からあんな感じなのね……」
凛子曰く、春明は普段から人を遠ざけるような空気を纏っているらしく。親しい友人はおろか、クラスメイトと普通に話すことすら稀だという。
春明と学校でまともに会話する相手など、それこそカナや凛子くらいだろう。
つららは春明が自分たちだけでなく、誰に対しても突っぱねた態度でいることを想像し、呆れたようにため息を溢す
彼女も決してコミュニケーション能力がある方ではないが、春明の対人能力は輪をかけて酷いようである。
「けど、まあ……やっぱり頼りになるのは確かだし……この間の戦いも、カナちゃんと土御門くんがいてくれたおかげだから……」
だが、そういった本人の性格に多大な問題があることを認めつつ、凛子は春明という男子のことを結構頼りにしていた。
先の百物語との戦いも、カナが命懸けで頑張ってくれたというのもあるが、やはり春明がいなければ乗り切れなかった部分もあるのだと。
凛子は、春明という少年に確かな感謝と信頼の念を抱いている。
「だからってわけじゃないけど……あんまり土御門くんのこと、嫌いにならないで欲しいかな……」
「——!!」
故に、凛子はリクオやつららたちが春明のことを快く思っていないことを理解しつつ、それでも彼と仲良くして欲しいと考える。
「彼にだって……色々と事情があると思うのよ。腹を割って話せば……きっと分かり合える部分もあると思うから……」
凛子とて、春明のことをなんでも知っているというわけではない。
カナから彼のことをある程度聞かされてはいるが、あくまでそれは『カナの視点』から見た土御門春明だ。
春明は自身のことを積極的に話すようなタイプでもないし、きっと意図的に隠していることも多いのだろう。
だからこそ、彼という人間を知るためには、こちらから歩み寄っていかなければならない部分があるのだと考える。
「……そうですね……機会があれば、いずれ……」
凛子の言葉を聞き、リクオも自身の中で凝り固まっていた考えがあったことを自覚する。
彼が自分たちに向ける敵意や態度、そしてリクオ自身も知らず知らずに抱いていたかもしれない苦手意識から、春明という一人の人間から目を逸らしていたかもしれない。
しかし、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。
今すぐは難しいかもしれないが、近いうちに彼と話してみよう。土御門春明という人間を理解する努力をしてみようと、リクオは自らの考えを固めていく。
「リクオ様……流石にそろそろ……」
と、凛子との会話が長引いてしまったところにつららが申し訳なさそうに口を挟む。
これ以上会話を引き延ばせば間に合うものも間に合わなくなってしまうと、彼女はリクオを急かすように促す。
「そうだね……それじゃあ、白神先輩。また今度!!」
「あっ! リクオくん……いったいどこに!?」
時間がないと、リクオは別れの挨拶を告げながら走り出した。
凛子は慌てるリクオを呼び止めようとはしなかったが、せめて行き先くらいは知っておこうと問いを投げ掛ける。
凛子の問いに、リクオは手短に目的地と用件を答えていた。
「——
「恐山か……」
リクオとつららがその場から立ち去り、凛子がカナの見舞いのために薬鴆堂へと入っていく光景を物陰から見届けながら——土御門春明は一人呟きを溢す。
『…………』
隠業で気配を隠し、狐面で素顔を隠した彼の本心は——彼と共にある面霊気くらいにしか計り知ることは出来ないだろう。
彼は心の内側に溜め込んできた感情、自らの思惑を吐露しながら己の次の目的、標的に向かって狙いを定めていく。
「——丁度いい機会だ。いい加減、ここらで消えてもらうぞ……奴良リクオ」
人知れず吐き出されたその言葉には、かつてないほどの殺意と怒りが込められていた。
補足説明
薬鴆堂
鴆が経営する医療施設。
ぬら孫の公式小説一巻『薬鴆堂日誌』にてその存在が明記されています。
恐山
秋房が刀造りのために籠っている御山。
日本三大霊山の一つ。ときより、漫画やアニメ作品でヤバい場所として紹介されてる。