家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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最近の楽しみの一つ、『真・侍伝YAIBA』を視聴してて思うのは、ヒロインである峰さやかの扱いに関して。

一応、剣道をやってはいるものの、戦力的には非戦闘員的なヒロインの彼女。
しかし毎回のようにちゃんと出番があり、決して空気になってないのが良い!!

…………こういった活躍を、原作のぬら孫でのカナちゃんにもして欲しかった!!


というわけで、唐突ですが久しぶりの更新です。
一応細々と書いていますので、なんとか完結に向けてこれからも頑張っていきたいと思ってます。


第百十八幕 彼女の身を案じるものたち

「フン……袮々切丸を取りに恐山へ? 成程、確かにあそこは死の山と呼ばれるほど、霊力の強い場所。妖刀を鍛えるのにはうってつけか……いや、果たしてその者まで生きているかどうか……クックック……」

「…………」

 

 歴史を感じさせる、立派な武家屋敷の居間にて。

 年老いた河童妖怪が皮肉げな笑みを浮かべながら、客人——奴良リクオとの会談に臨んでいた。

 

「…………」

「ふん……」

 

 会談の場にはリクオをここまで案内した、鎌鼬のイタク。

 本来であれば妖怪と敵対関係にある陰陽師、花開院竜二。

 

「なあ……なんだって相談役はあんな態度なんだ?」

「そりゃ、年寄りの見栄ってやつじゃねぇの?」

 

 それから、興味本位で同席している沼河童の雨造、天邪鬼の淡島などの姿もあった。

 リクオと仲の良い彼らは、年老いた河童妖怪・自分たちの上役がリクオに対して横柄な態度であることに軽く不満を溢していく。

 

 そんな彼らが顔を突き合わせての話し合いに臨んでいたその場所は——遠野の里だ。

 恐山を目指していたリクオたちだが、今日はもう夜も遅いということもあり、一晩この地で体を休めるということになった。

 その際、リクオは遠野の里の長である赤河童から新たに判明した敵——御門院家について何か話が聞けないかと、彼との面会を希望した。

 

 妖怪忍者として傭兵を各地方へ派遣する遠野の里は、その役割上、全国の妖怪組織にも顔が効く。

 その元締めともなれば、御門院という謎多き存在についても何かしらの情報を持っているのではないとか、そう思ったからだ。

 

「赤河童様は残念ながら寝込んでおられる。まっ……明日の朝には答えが得られるだろう」

 

 しかし肝心の赤河童本人は、体調が悪いとのことでその日は会うことが叶わず。

 仕方なく赤河童の補佐を務める、嫌味な相談役と話をしていたわけなのだが——。

 

「やはり、その袮々切丸という刀はそれ程重要なのか?」

 

 話し合いの中、ふとイタクが陰陽師である竜二に対して『袮々切丸』という刀の重要性について問う。

 鵺を倒すために必要だということでその刀を取りに来ているわけだが、本当にその刀がそこまで必要なのかと。人の手によって作られた刀ということもあってか、僅かだが懐疑心を抱いている様子だった。

 

 すると、そんなイタクの疑問を解消するよう——ここで竜二はとある事実を打ち明けた。

 

「……袮々切丸とは元々……鵺切丸(ぬえきりまる)とはいう銘でな……」

「……!?」

「鵺切丸……?」

「初耳だじぇ!?」

 

 竜二の話に一同が驚きの声を上げる。

 

「いつの間にか呼びやすく『ねねきりまる』に変わってしまったがな……刀を作った十三代目は生涯最高の一本を後世に伝えるため、その名を付けたと言っていた。本人がな……」

 

 花開院家にとって、鵺——安倍晴明は倒さなければならない大敵として語り継がれてきた存在だ。その鵺を切るための刀ともなれば、そこに特別な意味合いが込められて然るべきだろう。

 十三代目秀元も、その銘のとおりに鵺を斬らんと——そう願いを込めてその刀を打った筈だ。

 

「それを今また秋房が打ち直す……つまりは宿命なんだ。あの刃には、花開院の『打倒・鵺』の精神と歴史が刻まれてるといっても過言ではない」

 

 その銘を持った刀を、花開院秋房——現代の陰陽師が打ち直す。

 竜二の言う通り、まさしく宿命だ。花開院家の陰陽師たちの手によって代々引き継がれてきた想いを今へ、未来へと繋いでいく。

 

「それを妖怪に託すのは気が引けるが……ま、それは歴史がそうさせたと納得しておく……」

「そりゃどーも……」

 

 ただその刀の使い手が妖怪——奴良リクオであることに、竜二は不満げな様子を隠そうともしない。

 もっとも、そんな彼の態度も慣れたものだと。リクオも特に気を悪くすることなく静かに盃を傾けていた。

 

 

 

 ちなみに——。

 

「——無理です!! 死んじゃいますよ!!」

「——大丈夫よ!! 畏を上手く操作すれば、雪女だってお湯に入れるんだから!!」

「——ケホ、ケホッ……」

 

 リクオに同伴して遠野の里に来ていたつららは、同じ雪女である冷麗や座敷童子の紫と共に温泉へと浸かりにいっていた。

 熱に弱い雪女が温泉など、体が溶けてしまうのではと思われるが、そこは『畏』を身に纏えば肉体を溶かすことなく、お湯に浸かることが出来るとのことで。

 雪女として先輩である冷麗が、後輩を可愛がるようにつららを温泉へと誘っていたのである。

 

「——やっぱり無理ですぅううううううううう!!」

 

 もっとも、つららの悲鳴と共に温泉が凍りついていく音が響いてきたことから、その試みが失敗に終わったことは明白であった。

 果たしてつららが、念願の温泉にゆっくり浸かる日が来るのだろうか——それはまた別の話。

 

 

 

「待て、奴良リクオ……」

「竜二? どうしたよ、まだ何か言い足りないのか?」

 

 それから夜も深まってきたこともあり、各々が部屋へと戻って休みを取ろうとしたところ、奴良リクオに向かって竜二からの待ったが掛かった。

 珍しくも自分を呼び止める彼に、リクオはまだ何か愚痴でもあるのかと挑発気味に笑みを浮かべる。

 

 打倒晴明のために協力してくれてるとはいえ、所詮自分たちは妖怪と陰陽師。

 本来は敵対する立場だというスタンスを常に崩さないのが、花開院竜二という人間だ。

 

 それ自体、リクオは不快だと思ったことはない。

 寧ろそういった彼らしさを、最近は好ましいと思うようになっていたところだが——。

 

 そんな竜二から、思わぬ提案を受けたことで流石のリクオも目を丸くすることとなる。

 

 

「…………少し付き合え、話がある……」

 

 

 

×

 

 

 

「まさか、お前の方から誘ってくるとはな……飲むか?」

「誰が妖怪なんかと盃を交わすか。それ以前に俺は未成年だぞ……お前もそうだろうが……」

「良いんだよ、妖怪は十三歳で成人なんだから」

 

 リクオと竜二は互いに盃を傾けていた。

 もっとも、その盃に酒を注いでいるのはリクオだけ。竜二は妖怪からの盃など受け取れる筈もないと、リクオの酒の誘いを悉く拒否——というか彼自身まだ未成年なのだから、当然飲酒は御法度である。

 とりあえずただのお茶でその場を濁しつつ、竜二は静かにリクオと向かい合っていく。

 

「それで……話ってなんだよ? わざわざ俺だけ残して……遠野の連中に喧嘩でも売る気か、ん?」

 

 一方でリクオは竜二から何の話があるのかと、茶化しながらも興味本位に身を乗り出していた。

 竜二の性格上、話があるのであれば先ほどの場でしていた筈だ。それをわざわざ自分だけを呼び止め、二人だけで何かを話そうなどと。

 その竜二らしからぬ態度に、他の妖怪たちに聞かれたくないこと——もしや遠野妖怪たちを滅する企みでもしているのかと、冗談混じりに聞いてみる。

 無論、本気ではない。同じ陰陽師でも土御門春明ならいざ知らず、竜二がそのような軽率な行為に走る男ではないことくらい、リクオも理解していた。

 

「……お前、ゆらと頻繁に連絡を取り合ってるらしいな……あいつとは、普段はどんな話をするんだ?」

「……はぁ? 何かと思えば……」

 

 意外なことに、竜二の口から出てきたのは彼の妹である花開院ゆらとリクオとの交友関係に関する探りであった。

 まさかの話題に拍子抜けしながらも、リクオはゆらとの付き合いに関して思案を巡らせていく。

 

 

 

 本来なら敵同士である妖怪と陰陽師——奴良組と花開院家。今は打倒晴明のためにと協力関係を築いているわけだが、その目的を果たした後にその関係がどのように動くは不透明だ。

 ただリクオとゆらは、そういった組織同士の利害関係を抜きにしても、友達として互いに頻繁に連絡を取り合う中でもあった。

 

『奴良くんが、私と……?』

『うん、連絡を取り合おう!』

 

 それはリクオから提案したことであり、ゆらの方も最初は面食らっていた。

 まだ正式に決まったわけではないが、破軍を扱えるゆらは花開院家では次期当主という扱いを受けている。

 陰陽師の代表者になろうものが、妖怪と仲良くなるなどそれこそ問題があるだろうに。

 

『ボクは妖怪のことは勿論、学校のみんなのこととかも教えるし……』

『花開院さんも、定期的に京都がどうなってるかを教えて欲しいんだ!!』

 

 しかしそんなことお構いなしに、リクオはゆらとの関係を密にし、頻繁に連絡を取り合うべきだと主張した。それは晴明を倒すという目的以上に、友人としてゆらの力になりたいという、リクオの『人間』としての人の良さから出る意見だった。

 

『奴良くんて、ホンマ真面目やなぁ……ホンマ、尊敬するわ……』

 

 これにはゆらもすっかり毒気を抜かれ、やれやれと肩をすくめつつも、満更ではない様子でリクオとの電話に応じることとなる。

 

 

「つっても、あいつ俺が出ると電話切りやがるからな……そういうのは、昼間の俺に全部任せてある」

 

 とはいえ、それはあくまで『昼間』のリクオとの間だけで結ばれる友好関係だ。

 妖怪としての『夜』のリクオが出張ってくると——何故か途端に不機嫌になり、場合によっては問答無用で電話を切ってしまうのだ。

 

『何で……妖怪のアンタに頼られな、あかんねん!!』

『ヒィ!! キザったらしい喋り方!! それ、何とかならんのか!!』

 

 妖怪だからか、あるいは夜のリクオの変に格好を付けた言動が気に入らないだけなのか。

 いずれにせよ、同じ奴良リクオの筈なのに対応に差があると、夜のリクオとしては首を傾げるしかないでいる。

 

「なるほど……そこの線引きはしっかりと出来ているようだな。完全に絆されたようじゃなくて、安心したぞ」

 

 そんなリクオの愚痴に、寧ろ安心したとばかりに竜二は口元に皮肉げな笑みを浮かべる。

 彼としても、妹が妖怪と仲良くなるなど歓迎すべきことではない。だからこそ、妖怪としてのリクオには辛辣な対応をするゆらに心底から安堵したと息を吐く。

 

 それが陰陽師として、妖怪との距離を考えなければならないという思想からくるものか。

 あるいは兄として、妹に近づく異性を牽制しようとしているだけなのか。

 

 ——なんだかんだ言っても、ゆらのこと心配してんだな……こいつも……。

 

 そんな竜二に対し、リクオの口角も自然と吊り上がる。

 初対面では妹に対しても全く容赦がなく、ゆらをあまり良く扱っていないように見えたが、彼にも兄貴としての情は確かにあるらしい。

 それが分かっただけでも、二人だけで話した意味があったと。酒を煽りながら一人満足するリクオであったが——。

 

「そういえば……あの清十字団とかいう連中とも仲が良いらしいが……」

 

 そこで話は終わらず、竜二はゆらのリクオ以外の交友関係についても話を振ってきた。

 

「まっ……巻や鳥居、凛子先輩やカナちゃんといった女子とは特に仲がいいんじゃねぇか?」

 

 リクオ自身酔いが回ってきたこともあってか、竜二の問いかけに率直に答えていく。

 リクオもゆらの交友関係を全て把握しているわけではないが、彼女が清十字団以外の生徒たちと仲良くしているところを見たことがないため、返答自体はありきたりなものだ。

 

「カナ……あの神通力の娘か……」

「? そういえば……ゆらから、カナちゃんの様子を見るように頼まれたって言ってたな……」

 

 すると、カナの名前に竜二が反応を示した。

 リクオも眉を顰め、ふと竜二が『ゆらにカナのことを頼まれた』ようなことを口走っていたことを思い返す。

 薬鴆堂を訪れていたのも、入院していたカナの様子を見るためだったのだろうと、その時点では特に引っ掛かるものはなかった。

 

「あの娘の生い立ちに関しては、俺もゆらから聞かされてるからな……」

「……!!」

 

 しかし竜二の口から彼女の——家長カナの生い立ちについて語られた際は、リクオの酒を飲む手も止まった。

 

 カナの生い立ち。

 自分の知らないところで戦い続けてきた彼女の奮闘をリクオは勿論、今や多くのものが知ることとなった。

 竜二のように自他共に厳しい人間でも、彼女が背負ってきたものを知れば気にも掛けたくなるということなのだろう。

 

「奴良リクオ……お前もあの娘が無茶をしないよう、気に掛けておいてやれ……」

「そんなこと、言われるまでもねぇよ……」

 

 竜二にしてはトゲのない言動で彼女のことを気遣うようにと、リクオへ忠告を促す。

 もっとも、リクオにとって今更言われるようなことではない。

 

「カナちゃんは……彼女は必ず、俺が守るさ……」

 

 

 

 忘れもしない。

 妖怪として覚醒した日。あの日のリクオはカナを助けるためならばと、人間なんか捨ててやるという覚悟を持って、妖怪としての自分自身を受け入れた。

 

 あれから、自分が半妖であることをしっかりと受け止めて、さらに多くのものをこの手で守りたいと思うようになり、心身共に強くなったリクオ。

 しかしそんな中でも、やはり家長カナという少女の存在がリクオにとって特別な意味合いがあることに変わりはないだろう。

 

 カナが決して守られてばかりではない。

 自分自身の力で道を切り開ける強い少女だと、理解した今でも彼女を守りたいという想いに変わりはない。

 

 そうだ。たとえ何があっても、彼女のことは最後まで守り抜く。

 少なくとも、このときのリクオはそう思っていたし、自分にはそれが出来ると強く信じていた。

 

 

 

 しかし、リクオは何も分かっていなかった。

 何故、竜二がわざわざカナを名指ししてまで、その身を心配するようにと忠告したのか。

 

 

 

 その本当の意味を——。

 

 

 

×

 

 

 

「————」

 

 

「————————」

 

 

「————————————————」

 

 

 全てが闇で覆われた空間。まるで奈落の底。全てが死に絶えたような世界。

 ピチャンピチャンと、定期的に水滴が落ちる反響音だけが、その空間内がどこかの洞窟であることを示唆していた。

 

 外の光も届かず、昼も夜も分からない。

 まともな人間であれば一日と保たず気が触れてしまうであろう、そんな地獄のような環境。

 

 

「——捜しましたよ。よもや、こんなところに引き篭もっていたとはね……吉三郎くん」

 

 

 そんな闇だけしかなかった空間に、突如として光が差し込む。

 提灯の明かりを頼りに洞窟内を照らしていたのは——山ン本の口・圓潮であった。

 

 先日の抗争で実質解散となった百物語組。百に分かれた山ン本も、幹部を含めその多くが地獄へと還っていった。

 そんな中、しぶとく生き残った圓潮。彼は自分と同様、あの戦いをなんとか生き延びることの出来た同胞——山ン本の耳・吉三郎の元を訪れていた。

 

 

「——やあ、圓潮。よくここが分かったね」

 

 

 圓潮の到来に、暗闇の奥から吉三郎が返事をする。

 表面上、その声音にはいつもの軽薄さ、人を小馬鹿にするような響きが含まれている。

 

「随分と、良い格好をするようになったじゃないか。それも裏切りの代償ってやつなのかな?」

「ええ、まったく業腹ですが……致し方ありません」

 

 吉三郎は圓潮の姿を見た上で、皮肉げな言葉を投げ掛ける。

 圓潮は僅かに不快そうに眉を顰めたが、それが自分の『裏切り』という行動の果てによって生まれた結果である以上、これといって反論することも出来ない。

 

 

 圓潮は、体の半分を失っていた。

 それというのも、魔王として蘇った山ン本五郎左衛門という自分たちの大元が、足りない肉体を補うためにと無理やりその肉体を吸収したからである。

 

『返せ……我が肉体……』

 

 肉体を奪い取ろうとする山ン本の声は、怨嗟に満ちていた。

 奴良組への恨みは勿論、圓潮の裏切り行為がより山ン本の憎悪を掻き立てたのだろう。

 

 もっとも、圓潮はまだ幸運な方だ。あの場に残っていた山ン本たちの大半は肉体を全て奪われ、そのほとんどがこの世から消滅してしまった。

 圓潮もそうなっていておかしくはなかったのだが、彼は寸前のところで『協力者』の手によって助けられ、なんとか体半分で済んだのだ。

 

 今は失った肉体を包帯などで手当てし、そこに悪戯っぽく目を描いたりして体裁を整えている。

 その姿は滑稽と笑われても仕方がない、いまいちしまらないものであった。

 

 

「そういうあなたは……山ン本の手からは無事に逃れることが出来たようですね……」

「まっ、あの人が復活してたときには、もう浮世絵町から離れてたからね」

 

 その一方で、吉三郎はいたって無事。少なくとも、山ン本に肉体を食われるようなことはなかった様子だ。

 吉三郎がそうならないで済んだのは、魔王として山ン本が復活したときには、既に浮世絵町から距離を置き、安全圏へと脱していたからである。

 

「幸運でしたね……もうあたしら以外、残っているものは誰もいませんから……」

 

 もしも浮世絵町に残っていたら吉三郎も、他の山ン本たち同様本体に吸収されていただろうと、圓潮は互いに運が良かったと呟きを溢す。

 ちなみに——生き残りといえばまだ柳田の存在もあったのが、もとより山ン本の一部ではない彼のことなど、圓潮も吉三郎もすっかり忘れ去っている。

 

「どうでしょう? 同じ山ン本のよしみです。あなたさえよければ、あたしが今お世話になっている方々のところに、招待してあげても良いと思ったんですがね……」

 

 ここで圓潮は最後の同胞ともいうべき吉三郎相手に、一緒に来ないかと手を差し伸べた。

 もっとも、その言葉にこれといって感情はこもっていない。彼からすればどちらでも構わない、あくまでお情け程度の誘いでしかないようだ。

 

「お世話って、ああ……キミが裏でコソコソと繋がってた連中。御門院とか言ってたっけ?」

「……聞き耳でも立てていましたか……流石の地獄耳ですね」

 

 その誘いに吉三郎は圓潮の協力者が御門院家であることを看破し、これに圓潮が少し驚く。

 

 御門院家は、その存在が徹底的に秘匿された謎多き陰陽師の一派である。

 圓潮が彼らと知り合えたのも意図したことではなく。それこそいくつかの偶然が重なった幸運であり、彼らと関係を持った後も、他の組員や山ン本本体にも勘付かれないよう、秘密裏にことを進めてきた。

 

 だが、耳の良い吉三郎にはとっくにバレていたらしい。

 もっとも、圓潮が誰と繋がっていようとさしたる関心もなかったのだろう。

 

「遠慮しておくよ。正直、キミや御門院家の連中が何をしようと、興味はないからね」

「つれない返事ですね……やはり、あなたはリクオくんにしか興味はありませんか……」

 

 せっかくの誘いにも特に関心を持った様子もなく、圓潮の提案をすげなく袖にする。圓潮もそれを特に残念とは思わなかった。

 

 もとより、己の欲望を優先するのが山ン本というもの。

 吉三郎という男は特にその傾向が強く、百物語組という組織内においても、割と好き勝手に動いており、その行動は誰にも制御することが出来なかった。

 

 唯一、奴良組——奴良リクオとの抗争においてだけは、彼も幹部としての仕事を果たしていたような気がする。

 それも、あくまで『奴良リクオの苦しむ声が聞きたい』という、個人的な欲求からだ。

 きっと百物語組が瓦解した今も、彼の行動原理は奴良リクオを追い詰めることに終始するのだろうと——少なくとも、圓潮はそのように考えていた。

 

 

「奴良リクオ? ああ、いたねそんなやつ。でもそれも、もうどうでもいいんだ」

「…………はっ? それは、どういう……」

 

 

 ところが、その奴良リクオに対しても、今や吉三郎は関心を抱けないというのだ。

 それまでの彼では考えられない心境の変化に、圓潮は思わず何があったのだろうかと——その様子を伺おうと一歩、吉三郎へと近づく。

 

 

 それまで、圓潮は吉三郎の『顔』が見えないでいた。

 唯一の光源である提灯の明かりは、真っ暗な闇の奥に蹲っているであろう吉三郎の足元だけを照らし、その全体像を晒してはいなかったのである。

 それでも普通に会話が成立していたため、特にこれといって違和感など覚えなかった圓潮だったが——。

 

 

「——っ!?」

 

 

 吉三郎の素顔を直視した瞬間、圓潮は息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 吉三郎という妖怪は、内面はどうあれ、見てくれだけは中世的で美しい容姿をしていた。

 しかし、今はその整った顔に縦一文字に裂けた、大きな刀傷が出来てしまっている。おそらく先の戦いで負傷したのだろう。

 

 

 もっとも、そんな傷痕など些細なもの。

 問題はその顔に浮かべた表情が——あまりにも『悪意』と『憎悪』に満ち溢れた、直視するのも憚れるほどの『笑顔』だったということだ。

 

 

「どうした、圓潮。ボクの顔に何か付いてるかい?」

「…………」

 

 吉三郎本人は、自分がどんな顔で『嗤っている』かなどまるで自覚がないらしい。

 だが向かい合っている圓潮は、それ以上目の前の『それ』とは言葉も交わしたくない、それほどまでの悍ましさに背筋を凍らせていた。

 

 仮にも、人の形をとった生命体がしていい表情ではない。

 いったい、どれほどの悪意を内包すればこんな顔が出来るのかと。山ン本という同じ生みの親を持つ圓潮ですら理解出来ない、理解を拒むほど——目の前のそれは、あまりにも穢らわしかった。

 

「もう奴良リクオなんてどうでもいいんだよ、圓潮。ボクはあの小娘を……家長カナさえ殺せれば、それでいいんだよ……フハッ! フハハハハハハハ……」

 

 一方で、吉三郎はぶつぶつと独り言を呟くよう——たった一人の少女への憎悪を吐露している。

 

 

 家長カナ。

 圓潮も名前くらいなら知っている、奴良リクオの幼馴染である少女だ。少し前までただの人間だとされていたが、どうやら神通力を扱えるということが最近になって判明した。

 

 もっとも、そういった能力があることを鑑みても、所詮はただの小娘に過ぎないと。

 あくまで奴良リクオを追い詰めるくらいの材料——という認識でしかなかった。

 

 

「そうか……リクオを殺すなんて、ボクにとっては本当はどうでも良いことだったんだ。ボクの本当の願いは、望みは……あの女を殺すことで……ようやく始まるんだ……」

 

 ところがそんなただの小娘によって、吉三郎という妖怪の心は激しく掻き乱されていた。

 いったい彼女との間に何があったのかなどと、それを気安く聞けるような雰囲気でもなく。

 

「そ、そうですか……それじゃあ、あたしはこれで……が、頑張ってくださいね」

 

 形だけでも激励の言葉を送りつつ、圓潮は素早く踵を返してその場から立ち去っていく。

 もうこれ以上、一秒だってこんなところにいたくなかった。それほどまでに、吉三郎が纏うおぞましく、邪悪な空気には触れていたくないと。

 

 

 去り際、こんなものに付け狙われることになったカナという少女に、圓潮は心底から同情するのであった。

 

 

 

 

 

「そうさ……あの女は、ボクのこの手で必ず殺す……だから……」

 

 そんな、自分のことを恐れてそそくさと立ち去っていく圓潮のことなど、吉三郎は最初から目もくれず。

 ただひたすら、暗闇の中で静かに息を潜めながら『精神統一』に没頭していく。

 

 もっとも、それは心を穏やかにするなどという生温いものではない。

 ただひたすらに、脳内で『憎い相手を殺す』という想像、妄想、夢想をひたすら繰り返し続けるという、常軌を逸したものであった。

 

 そうすることで、己の中の憎しみをさらに磨き上げ、来るべきその日に備える。

 だからこそ——今は彼女に死なれては困る。

 

 

「君を地獄に突き墜とすのは、ボクなんだ……勝手に壊れるなんて、絶対に許さないから……」

 

 

 自分が殺すそのときが来るまで、吉三郎は誰よりも家長カナという少女の生存を望むのである。

 

 




補足説明

 赤河童
  そういえば、本小説ではまだ出てなかった遠野の大将。
  ぬらりひょんに脳を焼かれながらも、大将としての責任感から里に残った人。 
  今回は名前だけですが、次回からはガッツリ喋ります!!

 赤河童の側近
  常に赤河童の側にいる側近……というか、腰巾着。
  何かと遠野以外を見下すきらいがあるが……本人の実力などは全くの謎。
  コイツの名前、どの媒体を調べても出なかったから……とりあえず相談役にした。
  
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