家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ぬら孫の小説を読んでくださる読者の方々、お久しぶりです。

なかなか書けないでいる中、『ぬらりひょんの孫』の原作者である椎橋寛先生が現在も連載されている作品『岩本先輩ノ推薦』が今年の7月にアニメ化されることになりました。

果たしてどんな雰囲気のアニメになるか……楽しみ半分、怖さ半分で待機しています。

今回のお話は基本的に原作通りの展開。
今作独自の展開になるには、もう2話、3話と必要になってくると思いますが……それまで暫くお待ちください……なんとか、なんとか頑張って書き上げますので。


第百十九幕 御門院家

「おう、こっちだ、こっち!」

「り、リクオ様……そ、それはいったい?」

 

 朝早く、奴良リクオと雪女のつららは茶屋の店先にある長椅子に腰を下ろしていた。

 リクオは自分の注文を運んできた店員に向かって手を振るのだが、何故かそれを見たつららの表情が引きつっている。

 

「お待たせしました!! デカ盛り遠野スペシャルあんみつです!!」

 

 それというのも、リクオが頼んだもの——それが尋常ならざる大きさに盛られた『巨大なあんみつ』であったからだ。

 

 あんみつといえば、みつ豆にあんこが入った和風で風流のある甘味な訳だが。

 そのあんみつはリクオの顔ほどの大きさがある上に、あんこは勿論、ケーキやらアイスやら果物やら、板チョコやカステラといったお菓子がわんさかと盛りに盛られた、パフェのような超特大スイーツであった。

 

 その一食で一日分の糖分、適切な摂取量をオーバーしていることは間違いないだろう。

 人間がそんなものを一人で食べようものなら、体の調子を崩してしまっても不思議ではない。

 

「これよこれ……前来たときから、食べたくて仕方なかったんだ……」

 

 しかしリクオは半妖、胃袋も普通の人間より頑丈なのか。

 修行での滞在時は、このようなもの食べることすら許されなかったのだろう。そのとき食べられなかった後悔を晴らすかのよう、夢中でそれにがっついていく。

 

「…………」

「バカ」

 

 これにその席に同席していたイタクが呆れ顔に、竜二など率直な言葉を吐き捨てる。茶屋にいながら、二人は何も口にするつもりはないらしい。

 

「美味そうじゃねぇか……」

「俺も一つ頼む!!」

「私もっ!!」

 

 一方で、その他の面々——淡島や土彦、冷麗などはリクオがあまりにも美味しそうに巨大あんみつを食しているせいか、それに感化されるよう次々と同じ物を注文していく。

 

「こら、お前ら!! これから大事な話をするところだぞ!!」

 

 そんな若い遠野妖怪たちを、年老いた河童の相談役が叱りつける。

 これから大事な話があるというのだから、そんな浮ついたものを食べている場合ではないと言いたいのだろう。

 

「ワシも貰おうか……」

「赤河童様!?」

 

 ところが、よりにもよって自分たちの大将——遠野の里の長である赤河童までもが、その巨大あんみつを頼んでしまっていた。

 

「ふむ……甘い物でも食べながら気を安めんと、これから言うことは恐ろしくて舌も回らんよ……奴良組の若大将、気のきいた場所を選んだもんじゃ……」

 

 それどころかリクオの判断、大事な話をするために自分を茶屋まで誘ってきた彼の気遣いを賞賛する始末。

 

「流石に買い被り過ぎでは……」

 

 これに相談役の年老いた河童は疲れたようにため息を吐く。

 

 

 赤河童がリクオの祖父であるぬらりひょんを高く評価していることは知っていた。なんせ赤河童自身が『ワシも大将じゃなきゃ、連れてって欲しかった』と、彼の百鬼夜行に加わりたがるようなことを口にしていたからだ。

 遠野の里を預かる長としての責任感が、他者の傘下に収まることを良しとしなかっため、なんとか踏みとどまれたらしいが、そうでなければ今頃は赤河童も里を飛び出し、奴良組の一員になっていたかもしれないのだ。

 

 そんな赤河童から見ても、奴良リクオという男はあの頃の彼——若りし頃のぬらりひょんにそっくりだという。

 容姿は勿論、その言動や行動力。何より——多くの妖たちを引き連れるカリスマ性。

 

『ぶらっと来て、あっという間に強くなって、仲間を引き連れて出ていった』

 

 遠野の里は全国に屈強な妖怪忍者を派遣している。自身の強さに絶対の自信を持っているからこそ、軒並みプライドも高く、誰かの風下に立つことを良しとしないものが多い。

 そんな遠野妖怪たちが、こぞってぬらりひょんという妖怪について行ってしまったのが、もう何百年も昔のことだ。

 

 そして現在、今度はそのぬらりひょんの孫である奴良リクオに、遠野の里の若い衆——イタクを始めとした血気盛んな面々が皆、心を許してついて行こうとしている。

 

 貴重な次世代の芽、そうそう簡単に連れていかれてはかなわんと。

 そういう危機意識があるからこそ、遠野の相談役はリクオに対して横柄な態度を取っているのかもしれない。

 

 

 

×

 

 

 

「あの……これはいったい……?」

 

 そんなこんな甘味で一息入れ、ようやく本題といったところで大量の書物がテーブルの上へと積み上げられていく。

 その本の山がなんなのかと、疑問を持ったつららの問いに赤河童は本のページを捲りながら答えてくれた。

 

「遠野武勇伝・口伝の書……遠野は様々な時代、様々な百鬼夜行に兵を出し、戦果を上げた。その口伝を江戸期に書にしたものじゃ。全部で四万冊ある」

 

 全国各地へと派遣される遠野妖怪たちは、その土地に伝わる伝承や口伝を持ち帰ったり、あるいは自分自身の活躍を武勇伝として語ることが多々あった。

 そうした話を書物にしてまとめたもの——それが遠野の里に伝わる『口伝の書』というわけだ。

 

「へぇ〜……こんなのあんだな……」

「オイラーはよく見るよ!」

 

 普段本など読まないのだろう、淡島などは物珍しそうにそれらの口伝書を手に取っていく。

 一方で沼河童の雨造。意外にもこうした書物を読むのが好きなのか、慣れた様子でお気に入りの本に目を通していく。

 

「記したのはこの者、文車妖妃ちゃんじゃ」

 

 そしてそれらの書物は、全てたった一人の妖怪の手によって綴られていた。

 

 

「どうも!! 全国を巡回し、妖怪の歴史を紡ぐ。妖怪界の書記係……文車妖妃です!!」

 

 

 赤河童が紹介してくれた彼女こそ、妖怪界の出来事を本にして後世へと残すという貴重な仕事をこなしている妖怪——名を文車妖妃(ふぐるまようひ)という。

 今では使われることがなくなった文車——本や手紙などを持ち運ぶ際に用いられる箱車に命が宿った、付喪神の一種である。

 人間に近いその姿は眼鏡をかけた美人のお姉さん。まさにやり手の司書さん、といった感じの女性であった。

 

「第ニ期口伝書を作ってもらおうと思って呼んどったんじゃ……ちょうど良い、タイミングじゃったな……」

 

 書記係という役目上、彼女はどこの勢力にも所属しないフリーの妖怪である。

 そんな彼女がこの遠野の里を訪れていたのは、赤河童が新しい口伝書を作ってもらおうとあらかじめ声を掛けておいたからだ。

 

「文車妖妃ちゃんはわずかな情報でもその者をとらえ、文と絵にしてしまう能力があるのじゃ」

「ハァーイ!! あなたがたも、何か武勇伝がおありですか? 少しお話し下されば細かいところまで保管して本にしますよ!! 有料ですが!!」

 

 何せ彼女は少し話を聞いただけでも、立ちどころにそれを書物という形にしてしまう。

 書記係という役割に、彼女以上に適した人材などいないと断言できよう。

 

「そうかい……じゃあ、あんたが書いたこの記事の説明をしてくれよ。全員の脳みそが困ってんだ」

 

 そうした文車妖妃の能力を全て承知の上で、リクオは眉を顰めながら『とある絵』に関する審議を問いただしていく。

 

 

 

 昨夜のことだ。

 体調が悪いということでリクオとの面会を一日遅れとした赤河童だったが、リクオとイタクたちが何やら和気藹々と騒いでいたので堪らず声を掛けていた。

 

『奴良組の若いの……そうやってまた、勝手にうちの息子どもを連れていく気かい……』

 

 赤河童にとって、里の仲間たちは息子同然。

 彼らが自分同様、ぬらりひょんそっくりなリクオについて行きたくなってしまう気持ちはわからなくもないが、やはり里を預かる者として釘は刺しておかなければならない。

 

『奴良リクオ、イタク……お前たちが出会った男は……この絵の中にいるか?』

 

 それはそれとして、リクオがこの里へ何をしに来たかも分かっている。

 そのため、赤河童は彼らにその『絵』を見せながらそのような問いを投げ掛けていた。

 

 

 その絵には——明らかに只者でないと分かるものたちが、ずらりと並んで描かれていた。

 

 

 一目見て陰陽師だと分かるような出立ちの者。

 身の丈よりも長い刀を手にした男。

 ゴシックロリータに身を包んだ、西洋人形を思わせるような女性。

 ドレッドヘアーの少年らしき人物は、両腕が燃えるように描かれている。

 

 それらの絵の人物たち、そのほとんどが『黒い装束』を纏っているが。その中で二人ほど『白い装束』を纏っているものがいる。

 

 その内の一名、白い装束に身を包んだ子供。

 その人物が、どこからどう見てもリクオやイタクが百物語組との決戦の際に遭遇した相手。

 圓潮と共に影で暗躍していた御門院家の陰陽師、その人であるというのだ。

 

 絵のタイトルが『御門院家・歴代当主』ということから、確かにその人物が御門院の人間であることに間違いはない筈だが——しかし、それはありえない。

 

「おう、そうだ!! なんで昨日今日見た男が二百五十年前の絵にいるんだよ!?」

 

 淡島がその矛盾点を突く。

 彼——今は今朝方なので男である淡島の指摘どおり、重要なのはそれが『二百五十年前に描かれた絵』だということだ。

 当然のことだが、人間はそれほど長い時間を生き続けることは出来ない。

 二百五十年前の時点で当主であったとされるその人物がどうして現代に、それもまったく老いた様子もない子供の姿で存在しているのか。これはちょっとしたホラーであろう。

 

「二百五十年前? 何いってるの?」

 

 そんな淡島の言葉に文車妖妃が口を開く。

 きっとこの矛盾点を解消してくれる答えを出してくれるかと思いきや——。

 

「それは描いた時の話でしょ? 口伝なんだからも〜〜っと大昔の一コマよ、それ。だいたい……四百年前ってとこかしらね〜」

「…………あん?」

「…………………」

 

 予想外の言葉に淡島を始めとして、皆が言葉を失う。

 二百五十年どころではない、それはもっと大昔の口伝。筆者である文車妖妃曰く、およそ四百年前に描いた絵だというのだ。

 それが正しければその絵の人物は四百年前——それよりもさらに昔の人物かもしれないということだ。

 

 

 

「赤河童様……これはどういう……」

 

 相談役の年老いた河童も、それらの絵に関する詳細は何も知らされていないのか。自分たちの大将である赤河童にそれが何を意味するのか問い掛けようとするが。

 

「そこの……あんみつも……取ってくれ……」

「あ、赤河童様?」

 

 側近の問いに赤河童は答えず、さらに甘味を所望する彼の大きな体は震えていた。

 

「なんだよ、勿体ぶらずに言ってくれよ」

 

 赤河童の態度に何事かと思いながらも、リクオが話の続きを促す。

 いったい何を言い淀んでいるのか。あんみつを食べようとするその手も震えているせいで、スプーンがカチャカチャと虚しく音を立てるばかりだ。

 

「泰山府君祭」

「な、なんです? その泰山……?」

「赤河童様?」

 

 やがて、意を決して口を開いた赤河童から呟かれたその言葉に誰もが疑問符を浮かべる。

 

「安倍晴明が究極の目標だった反魂の術を研究する中……並行して研究を続けていた術……」

 

 鵺こと、安倍晴明が『反魂の術』——自らが転生するための秘術を研究していたことは、リクオたちも知るところ。しかし晴明はそれ以外にも、生前密かに研究を続けていた術があった。

 

 それこそが、泰山府君祭(たいざんふくんさい)

 表向き、それは中国の泰山に住まうとされる神、それを祀る儀式のことを指す言葉であるとされているが——その真の意味は別にあった。

 

 

「人を……延命させる呪術じゃ……」

「!?」

 

 

 震えながらようやくその言葉を紡ぎ出した赤河童の発言に、妖怪たちの間でどよめきが起きる。

 

「もしも、その呪術が完成していたと仮定したなら、お前らが見た男は……この歴代当主の絵の中の男に間違いないじゃろう」

「………………」

「何を研究しちゃってんのよ、晴明ちゃんてば……」

「てことは……あの男!! マジで四百歳以上っ!?」

 

 

 人の延命、それは完全に世の理を逸脱している。

 長い時を生きるという意味では妖怪も同じではあるが、それはそういう理の中にいるからに他ならない。

 人間は、それほど長い時間を生きられない——生きていてはいけない。

 安倍晴明のやっていることは、完全に世の理に真っ向から喧嘩を売るような行為であり、そこまでして目的を果たそうとする執念に妖怪たちは完全にドン引きしていた。

 

 

「御門院家は……晴明の遺した意思を守るためだけに存在し続けたという……」

 

 人間であり陰陽師でもある竜二は、安倍晴明が研究し続けたものを完成させた御門院家というものの『存在意義』について思案を巡らせていく。

 

「その術が、一子相伝のものとして受け継がれていたとしても不思議じゃないが……」

 

 御門院家というもの自体が、全ては安倍晴明のために存在していた。

 いつか来る、晴明復活の時まで彼らは泰山府君祭、延命の呪術で命を長らえ続けてきた——ということだろう。

 

 であれば、リクオたちが遭遇したという白い装束の少年だけではない。

 この絵に描かれている歴代当主——その全てが、この現代まで生き抜いてるとも考えられるのだ。

 

「あの馬鹿強ぇ晴明に……延命した子孫だと?」

「嫌な予感しかしねぇ〜じぇ〜……」

 

 この話に、腕に覚えのある淡島や雨造といった遠野妖怪たちでさえ、恐れ慄いている様子を見せる。

 

 京都で対峙した安倍晴明、彼一人だけでも相当にヤバいという認識が皆の中にあった。

 そんな安倍晴明本人だけではない。その子孫までもが自分たちの前に立ち塞がるとなれば——この戦いが当初想定していた以上に、苛烈なものとなるのは間違いない。

 

「け……血糖値が下がる……甘いもんでも喰わんとワシャ、やっとられん……」

 

 この事実に誰よりも恐れ慄いていたのは、前もって彼らのことを知っていた赤河童であろう。故に甘味で少しでも恐怖を誤魔化そうとしていたようだが、あまり効果はなかったようだ。

 

「晴明……そして御門院家の力はまだ計り知れぬ……ワシらのような古い妖は消されるかもしれんのう……本心は……関わって欲しくないぞ……」

 

 大将としての威厳を見せなければならない立場ながらも、晴明や御門院家への畏を口にしていく。 

 

「…………」

「…………」

 

 無論、そんな赤河童を臆病者と笑い飛ばすものはいない。

 それほどまでの相手であることは、実際にそれと対峙したものたちだからこそ理解出来てしまう。

 赤河童の忠告通り、関わらないでいいのであればそれに越したことはないのかもしれない。

 

 

 

 

 

「冷麗……俺と竜二の分の防寒着を頼む」

「え、ええ……」

 

 暫しの沈黙の後、リクオは冷麗に防寒着の用意を頼んだ。

 これから行く場所のことを考えたとき、雪女であるつららはともかく、自分や竜二には防寒対策をしておいた方がいいと考えたからだ。

 

「赤河童のおっさん、世話になった……このあんみつは置いていくぜ」

 

 リクオは御門院のことを話してくれた赤河童に感謝を伝え、謝礼代わりだとばかりに残ったあんみつを差し出す。

 

「や……やはり行くのか!?」

 

 これに待ったを掛けるよう、赤河童がリクオに向かって叫んだ。

 先ほどの『関わって欲しくない』という言葉は、主に遠野の里の若い衆に向けられた言葉だが、出来ることなら、奴良リクオにも安倍晴明や御門院家といった危険なものと関わり合いを持って欲しくなかった。

 

 下手に晴明に手を出したせいで、その被害が自分たちにまで飛び火することを恐れたか。

 あるいは、単純にリクオのことを心配してくれているのか。

 

 

「今の話が本当だとすれば、確かに御門院家の力は底が知れねぇ……」

 

 

 だがいずれにせよ、リクオがここで立ち止まる理由はない。

 リクオは赤河童の話してくれたことを、決して眉唾だと信用していないわけではないが——だからどうしたという気持ちが根底にあった。

 

 

「だが、俺が進んだ道の先には必ず晴明がいる」

 

 

 ふと、リクオの脳裏に思い浮かぶものがある。

 それは京都での戦いの最後。ズタボロに使い捨てられた女性の亡骸と、それを抱えながら痛ましいほどの叫び声を上げる少女の姿だ。

 

 安倍晴明の野望のために利用され、用済みとなったことで打ち捨てられた——山吹乙女。

 その死を悼み、大粒の涙を流す幼馴染の少女——家長カナ。

 

 相手が最強の陰陽師だろうが、その血を引き継ぐものたちであろうが関係ない。

 彼女たちを利用し、悲しませた連中には必ず報いを受けさせなければならない。

 

 

「たとえそれが修羅の道だとしても……この道は絶対に譲れねぇんだ!!」

 

 

 そのためなら、自分は修羅にでも何にでもなってやると。

 決して揺るがぬ信念のまま、リクオは当初の目的どおり自らが進むべき道を歩んでいく。

 

 

 晴明を打ち倒すために必要となる『刃』を取りに行くため、いざ恐山へと向かっていくのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「——ああ、まだか……まだ、もう少し時間が掛かる……」

 

 地の底から呻くような声を洩らすもの——それこそ、安倍晴明であった。

 一度は現世へと蘇り、再び自らの意思で地獄へと戻ってきた彼は、暫しの休息を挟んでいた。

 

 復活したばかりの彼の肉体が現世に馴染むためには、適応するまでの時間が必要だった。

 それは千年間という、羽衣狐から再び産まれ出るまでの長い時に比べれば瞬きの間ではあったが、今の彼にはその時間すら待ち遠しかった。

 

「見えるよ。この先に私と共に栄える千年魔京が……力という秩序で浄化された世界が……」

 

 故にその間の退屈凌ぎとして、晴明はこれから自分が造り替えることになるであろう、新しい世界へと想いを馳せる。

 

 

 安倍晴明が理想とする世界。

 それは『闇』という名の力ある妖怪が上に立ち、『光』という名の脆弱な人間たちを統べる秩序ある世界だ。

 

 まだ若りし頃の彼は、陰と陽——人と妖が共に生きる調和の取れた世界こそを理想だと思っていた。

 しかしその理想は、身勝手な人間の振る舞いによって見事に打ち砕かれた。

 

 弱者である人間は、その弱さから愚かな行為に走り、容易く己の領分を踏み越えていく。

 人間などに主導権を渡せば碌なことにはならない、この美しい世界が破壊尽くされてしまうと思い知ったのである。

 

 故にこの世は闇によって、力あるものの手によって正しく調整されなければならない。

 

 そのためにも、絶対の強者である自分はやはり永遠を生きなければならないと。

 反魂の術を完成させ、千年もの長い時間を掛けてようやく復活。野望の実現まで、あと一歩というところまで来たのである。

 

「我が子たちよ……よくぞ今日まで……汚れた世から、我が還る場所を守ってくれた……」

 

 地獄から舞い戻ってきた晴明の目から見て、この現代はあまりにも醜く汚れていたが、それでも自分が還るべき場所だけは綺麗に整えられていた。

 それというのも、全ては晴明の子孫たち——御門院家が自分の言いつけをしっかりと守り、この国の中枢、晴明が戻ってくるであろう玉座を守り続けてきたおかげと、そのことに労いの言葉を掛ける。

 

 

「だが、まだ痛むんだ……」

 

 

 しかし今の晴明はまだ、現世の空気に耐えられる肉体ではない。

 本来であればとっくに適応を終え、現世に戻ってきても良い頃合いなのだが。

 

「あの時、あの者が振りかざした刃が……少なからず回復を遅らせているのか……」

 

 あの時、復活を果たした直後に戦った相手——奴良リクオ。

 彼の一撃を指一本で容易く押さえつけていたかのように見えていたが、剥き身の刃に触れてしまったせいで、晴明の肉体に僅かなダメージが与えられてしまったらしい。

 袮々切丸——元々の名が『鵺切丸』というだけあって、それは確かに安倍晴明・鵺と呼ばれている彼に確かな威力を発揮していたのである。

 

 

「我が子孫たちよ。私の復活までの刹那に頼むぞ……この世の清浄を……」

 

 

 口惜しいがもう暫く待つしかないと。

 地の底から自身が作る理想の世を夢想しながら、晴明は自分が戻るまでの間のことを子孫たちに託す。

 

 

 自分が還るまでにこの世界を『清浄』によって、より美しく洗い清めてくれと。

 

 

 

×

 

 

 

「ここが恐山か……」

 

 遠野の里を出たリクオたち一向は、青森県の北東部・本州最北端の地を目指していた。

 彼らの目的地——それこそ、日本三大霊山の一つに数えられる恐山である。

 

「なんだか異様な雰囲気だなぁ……恐山って名前にも頷けるぜ……」

「いえいえ、リクオ様!! 明るく、明るく行きましょう!!」

 

 眼前に広がるおどろおどろしい光景を前にそんな感想を溢す、リクオ。

 一方で場の空気が重くなることを嫌って努めて明るさを振り撒いていく、つらら。

 

 先ほどの御門院家に関する重苦しい話もあってか、つららがそのように一行の空気を取りなしてくれるのはありがたい。

 

「…………」

 

 もっとも、そんな彼女の努力も虚しく。

 恐山の光景にも、つららがもたらす和やかな空気にも、無反応を貫く男が一人。

 

「イタクのやつ……来てくれたはいいが、全然口きいてくんねぇの……」

「ですねぇ……」

 

 鎌鼬のイタクだ。

 恐山まで同行してくれた彼だが、遠野の里を出てからずっと黙ったまま。話しかけるなと言わんばかりの空気感、リクオもつららも何と声を掛けるべきか迷っていた。

 

 

 

『すまない、わがままを言って……』

『いいってことよ!! 赤河童様や、遠野は俺らに任せろって……!!』

 

 遠野の里を発つ直前、イタクは淡島を始めとする仲間たちと今後のことについて話をしていた。

 

 リクオとの会談の後、赤河童は再び体調を崩し倒れてしまった。御門院家への畏や、それに里の息子たちが関わることへの不安から心労が募ったのだろう。

 自分たちの大将を不安にさせまいと、淡島たちも今は遠野の里で大人しくしておくことにした。

 

 ——俺は戦場に身を置き続ける……こいつと共に行く!!

 

 だがイタクは、リクオと共に行く覚悟を決めていた。

 戦いの場こそが自分の居場所。傭兵としてのイタクの矜持が、ただ安穏としていることを良しとしなかった。

 

 ——修羅の道、上等だ!! とことん付き合ってやるよ!!

 

 そして傭兵として、イタクはリクオの思い——彼が『修羅の道』だろうと突き進んで行こうという覚悟に、強く共感した。

 きっと彼と共にいれば、自分はどこまでも強くなれる。どれだけ相手が強大でも、最後まで戦い抜くことが出来ると——そう信じられるような気がした。

 

『素直になったもんだなぁ……イタク!!』

 

 そんな彼を、遠野の仲間たちは素直になったと茶化したりもする。

 誰の風下にも立たないと決めていたイタクが、リクオという大将の器に知らず知らずのうちに引かれているということだろうか。

 

「……早く行くぞ」

「お、おう……!!」

 

 勿論、そんな自身の心情を素直に口にするわけもなく。

 照れ隠しなのか、イタクはリクオにギロリと睨むような視線を向けながら、先を急ぐよう促していく。

 

 

 

 そうして、一行は恐山という土地へと足を踏み入れることとなった。

 活火山の影響で地面からガスや水蒸気が噴出し、温泉がぐつぐつと沸き立つその光景から、昔の人々はその地をまるで『地獄』のようだと感じたのだろう。

 恐ろしい山々——それ故に恐山と名付けられたその場所は、あの世に最も近いとされ、実際に死んだ者と立ち会うことが出来るとも言われている。

 そのような場所であるがために、この地には自然と『畏』が集まる。その畏を刀へと込めるためにも、花開院秋房はその地で妖刀造りに励んでいるわけだが。

 

 

「秋房のやつ、迎えくらい来いよな……」

「その後も連絡が一切ないらしい……何かあったのか?」

 

 リクオと花開院竜二が揃って愚痴を溢す。

 竜二が言うに既に妖刀——新しい袮々切丸が完成しているとのことなのだが、それ以降の連絡もなく、受け取りに来たリクオたち相手に迎えの一つも寄越さない。

 

「登るしかねぇか……」

「言っとくが、ここから先は道案内出来んぜ……」

 

 仕方ないが、秋房がいるであろう場所まで自分たちで歩くしかないと、リクオはやれやれと首を振る。

 ただここまで案内役を務めた竜二でも、実際にこの地を訪れるのは初めてなのか。ここから先は自分も道案内は出来ないとのこと。

 

 目的を果たすためにも仕方なく、一行はここから先の『未知』に向かって歩を進めて行く。

 

 

 

「……ん?」

 

 恐山の荒れた地を歩くこと数分。リクオは周囲から妙な気配が漂ってくることに気付いた。

 

「……妖怪だ、妖怪がいるぞ……」

「……いったい、どこのものだ?」

 

 編笠を被った、錫杖を手に持った法師らしきものたち。

 二人、三人と片手で数えるほどでしかないが、妖怪であるリクオたちを警戒するように集まってきた。

 

「……なんだ?」

「ここは全国から修験者が集まってんだ。妖怪を見りゃ、倒しに掛かる奴が出てきてもおかしくないかもな。『やーやー我こそはドコドコ山の法師なり』っつてな……」

 

 眉を顰めるリクオに対し、竜二がニヤニヤと笑みを浮かべながら答える。

 

 恐山という場所は、一応は観光名所として開山時期などには一般の参拝客を受け入れている。

 だがそうでない、山に入るのには危険な時期などは一般の登山客ではないものたち。この地で己を鍛えようと集まってくる、修験者たちの修行の場としても有名なのだ。

 そのため竜二の言うよう、自身の腕試しや名を上げようと妖怪に戦いを挑んでくるものがいてもおかしくはないだろう。

 

「隣の男……あれは人間か?」

「なら周りの連中は、彼の式神かもしれん……迂闊に手を出すべきではない……か?」

 

 もっとも、隣を歩く竜二の存在がそういった輩への牽制にもなっていた。

 修験者としては、人間同士で争うことは避けたい。リクオたちが式神であった場合、安易に戦いを挑むのは竜二に——あるいは、彼の流派そのものに喧嘩を売ることにもなってしまうのだ。

 

 結果として、リクオたちは無用な争いをすることなく。さらに恐山の奥地へと進んでいく。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 長身、黒い装束に身を包んだ男。

 リクオたちの気配に気付いた彼は、その瞳に妖怪への隠しきれない敵意を滾らせながら、おもむろに印を結んでいく。

 黒い手袋——その手の甲には『七芒星』の文様が描かれている。

 

「黒危雨降消死呪凶不切下呪反消七悪殺下否危死吊切凶消黒火死消吊寒七脳獄屍怪魔亡切怨死呪死化黒古悪脳悪殺恐切吊不反下——」

 

 男が紡ぎ出した呪言は、耳にするだけでも悍ましい響きを孕んでいた。

 それがいかなる術なのか分からなくとも、どこか『邪悪なもの』であることを聞くものに想起させる。

 

 

『オオオ——ウォオオオオオ——!!』

『アアアアアアアアアアアアアアア——!!』

 

 

 事実、それらの言の葉にはこの地に眠るものたち——亡者たちを現世へと呼び戻す力が込められていた。

 死者の目覚めを妨げる術が邪悪でないのならば、いったい何が邪悪だというのだろう。

 

「…………行け」

 

 しかし、男は亡者たちがどのような呻き声を上げようとまるで興味もなく。

 ただただ眼前の敵——妖怪であるリクオたちを滅ぼすための尖兵として、亡者たちを差し向けていく。

 

「妖怪は……全て滅ぼす……それが清浄……」

 

 彼は、リクオたちが何者なのかは知らない。

 リクオの隣を歩く人間である竜二の存在にも当然気付いていたが、そんなことどうでもいい。

 

 妖怪や、妖怪に与するものは全てこの世から消し去らなくてはならない。

 それこそが『清浄』——男や、男の血筋が掲げる正義であり、守らなければならない不文律。

 

 

「晴明様……どうか我らをお導き下さい」

 

 

 そう、彼らは——御門院家はそのために存在し続けてきたのだから。

 

 

 




補足説明

 文車妖妃
  妖怪界の書記係。
  実際の伝承だと、恋文に込められた執念が鬼女になったともされ、恐ろしい形相で描かれているが。
  漫画やアニメになると一変、可愛い女の子で描かれることが多い。
  ぬら孫での文車妖妃は、どことなくfgoの刑部姫っぽい感じがある。
  
 
 泰山府君祭
  泰山府君という冥界の神を祀り、病気が治ることや長寿を祝う儀式のこと。  
  漫画やアニメだとそれが不老不死の法として描かれることが多くなる。
  ぬら孫だと延命の術。あくまで延命なので不老不死というわけではない。
  

 迷い家 
  本当だったらこの辺で『遠野名物・迷い家』の話が出る筈だったのですが……。
  特に原作と変化もないし、さくさく進めたかったので泣く泣くカットさせていただきました。
  ぶっちゃけ、この話をどう書こうかと延々と悩んでいたせいで……こんなにも間が空いてしまったわけでして……。


 
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