家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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タイトルにあるとおり、オリキャラが出ます。苦手な方はご容赦下さい。


第十三幕 二人の陰陽師

 ――行ける、今度こそ!!

 

 四国の怪異妖怪ムチによる突然の襲撃。

 当初は相手のペースに乗せられ守勢に回っていたゆらだったが、それもここまで。奴良リクオの祖父という、足手まといを避難させた今、なにも遠慮する必要はない。

 自分が今出せる全力――全ての式神を開放して敵を殲滅する。

 

「たんろォォォ―――! こいつら、喰い殺してしまい―――!!」

 

 巨大なニホンオオカミ、貧狼をけしかけ、男の一人を文字通り喰い殺す。

 落ち武者の式神・武曲がその動きをサポートする。

 

廉貞(れんてい)!!」

 

 さらに追撃を加えるべく、ゆらは四体目の式神・廉貞を召喚した。

 金魚の姿をしたその式神を自身の腕と一体化させる。

 

『花開院流陰陽術・黄泉送葬水包銃(よみおくり・ゆらMAX)

 

 この浮世絵町にきて編み出した、ゆらの新たな力。

 腕に取り付かせた廉貞、その口から飛び出す水圧が大砲のよう敵を撃ちぬく。その銃口を男たちに向け、ゆらは狙いを定めて放とうとした。

 

 しかし瞬間――どこからともなく公園のベンチが飛んきて、狙いを定めていた男の一人を吹き飛ばす。

 

「――がッ!?」

 

 ベンチにぶつかった男が苦悶の声をあげ、それを横で見ていた仲間の妖怪たちがベンチの飛んできた方向に目を向ける。ゆらもその視線の動きにつられ、そちらを振り向く。

 そこに立っていたのは――浮世絵中学の制服をきた男子生徒だった。少年はどこか気だるげな表情に死んだ魚のような目をしている。

 ゆらはその少年に見覚えがあった。

 

 ――こいつ、確かレモンラテのっ!? 

 

 先日、清十字団の活動で訪れたレモンラテなるお店。友人の巻が万引きGメンを名乗る男に絡まれた際に、助け舟を出してきた少年だ。

 かなり強引な方法でその場をおさめた少年は、あのときも大分近寄りがたい雰囲気を発していたが、今の彼はさらにその雰囲気を五割ほどました状態で立っていた。

 

「――おい」

 

 少年が口を開く。その声音にはあきらかな怒気がこめられていた。

 

 

 

×

 

 

 

 その日、土御門春明はそれなりに機嫌が良かった。

 

 彼は日課の散歩、もとい市内のパトロールを終えてこの公園を通りかかった。

 数日前、レモンラテなる店で万引きGメンに扮した袖入れ鬼をしばき倒して以降、特にこれといったトラブルもなく、平穏無事な日々が続いた。

 余計な面倒ごとを嫌う春明は、そんな日々に心地よさを感じていた。夕飯まで特にやることもなかったため、公園内にあったベンチに寝っころがり、時間を潰す。

 静かに目を閉じ、そのまま気持ちの良い眠気に体を預けようとしたのだが――

 

 「………ほど……………ために……………東京に…………」

 「いえ………ですよ…………で………から」

 

 会話が聞こえてきた。老人と女の子が自分の寝ているすぐ側で何事かを話しこんでいた。

 何を話しているかまでは聞こえなかったし、春明自身も聞くつもりはなかった。

 多少耳障りだったが、公共の場である以上は仕方ない。さすがにその程度で怒るほど彼は短気でもなければ、自分勝手でもなかった。無視して再び眠気に身をまかせる。しかし――

 

「――危ない!! おじーちゃん」

 

 ズガァァン!と、女の子の大声と同時に響いた破壊音に眠りを妨げられる。

 気がつけば、公園全体に妖気が充満していることが感じ取れたが、陰陽師であるはずの春明は動かない。

 妖気の敵意が自分に向けられていなかったこと、面倒ごとを嫌う彼の性格、またいい加減眠かったこともあったため、あえて無視することにした。

 睡眠を邪魔された怒りを、静かに胸の内に留め、今度こそゴタゴタが起きているであろう現場に背を向け、夢の中に旅立とうとするが――

 

 ゴオオオオォォォォ!! ギュオオオォォォォ!!

 ビシュァァァ!!    ビュォォォォ!!

 

 すさまじい風切り音が絶え間なく鳴り響く。一向に止む気配のない騒音に春明の怒りが限界ぎりぎりまで溜まっていく。そして――

 

 コツンと、ムチたちの起こした突風の風圧に飛ばされた小石の一つがが春明の頭に直撃した。

 その瞬間――春明の怒りメーターが一気に限界値を振り切っていた

 

 

 

 

「さっきから、ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせんだよ手前ら………」

 

 ゆらもムチたちも動けずにいた。突如として乱入してきた少年が何者なのか、いったい何を目的としてここに現れたのか。困惑した表情で次なる彼の言葉を待った。

 

「俺は……疲れてんだよ。ここ最近は妙なゴタゴタが続いてな。その後処理で忙しかったんだよ。それもここにきてようやくひと段落着いた。久しぶりにゆっくり昼寝でも出来ると思ってたんだよ。それが、どうした? いざ寝ようってときに、横でぎゃあぎゃあ騒ぎやがってよ」

 

 苛立ち混じりに言葉を紡ぎ続ける少年。心なしか表情も段々と険しくなっていく。

 

「分かるか? お前らは俺の安眠を妨げたんだ。当然、覚悟は出来てんだろうな?」

「か、覚悟?」

 

 ベンチをぶつけられた男がよろよろと起き上がりながら、少年の口から発せられた単語をオウムのように繰り返した。

 

「ああ」

 

 男の疑問に少年は簡潔に答える。

 

「――死ぬ覚悟だ」

 

 その言葉が終わると同時に、少年が片足を地面に踏みつけた。

 

 瞬間――少年の足元から巨大な木の根が大地を突き破るように飛び出してきた。

 

 それも一つではない。いくつもの巨大な木の根がまるでタコやイカといった軟体動物の触手のように動いている。普通の人間では起こしえないその現象に、ゆらはより一層少年への警戒心を強める。

 この少年も妖怪かと疑ったゆらだったが、すぐにその考えを打ち消した。

 少年が起こした現象。その現象の力の源が自分と同じものだと感じとったからだ。

 

 ――こいつ、陰陽師!?

 

 この浮世絵町に自分と同じ陰陽師がいたことに驚くゆら。同じように男たちも驚いているのか、戸惑う表情を浮かべている。

 だが、その戸惑いによって生まれた数秒の空白が――彼らの命運を分けた。

 

 少年が無造作に腕を振る。

 すると、いくつもの木の根の先端が針のように尖り、先ほどベンチをぶつけられた男に真っ直ぐに襲いかかる。未だにダメージを引きずっていたのか、上手く避けきれなかった男の体を巨大な針と化した根が刺し貫いた。

 

「ち、散れ!!」

 

 ムチが焦ったように残りの部下たちに素早く指示をだす。

 自身を含め残り三人となった男たちが、三方向に散り少年を取り囲み、腕を振るい風の鞭を叩きつける。

 だが、その攻撃が少年に届くことはなかった。

 

 大地を割り、再び木の根が出現する。

 大樹の表面のように厚く太い根が壁のように立ちはだかり、風の鞭を防いだのだ。

 そして風を防いだ後、根は触手になり男の一人に絡みつき、そのまま締め上げていく。締め付けの圧力に耐え切れず限界をむかえた男の体が、ばらばらに引き裂かれる。

 

 その間、別の触手が公園内にあった時計塔の柱を引っこ抜き、そのまま別の男へと投げ捨てていた。投げ槍のように飛んでいく柱が、男の体に突き刺さる。

 かなりのスピードで飛んだ柱は男を突き刺さしたその勢いのまま、ゆらの呼び出した式神・武曲の元へと飛来する。

 

「むおっ!?」

 

 自分に飛火してきた攻撃に間一髪気づいた武曲は、飛んできた柱を男ごと切断した。

 

「大丈夫か、武曲!?」

「は、はい。私は大丈夫でございます、ゆら様…」

「あいつ……!」

 

 ゆらはその戦い方。周りの被害などお構いなしに陰陽術を行使する少年の戦い方に反感を抱く。

 瞳に険を宿し、名も知れぬ少年を睨みつけていた。 

 

 

 

×

 

 

 

「あと一匹……」

 

 手早く妖怪たちを片付けた春明は、残ったリーダー格の男に目をやりながら冷酷に呟いた。

 しかし、仲間をやられた男の方も騒ぐでもなく、泣き喚くもなく、冷静な様子で油断なく身構えている。

 不意に、男はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「キュアアアア!!」

 

 奇声を発しながら腕を振るい、突風を巻き起こす。取り巻きの男たちとは段違いの風の凄まじさに、思わず舌打ちしながらも、その攻撃を防ぐべく陰陽術を行使する。

 

 ――我が身を守れ。『陰陽術木霊(こだま)防樹壁(ぼうじゅへき)』。

 

 巨大な木の根を自身の周囲に、ドーム状に張り巡らせた。

 

 陰陽術・木霊。

 陰陽道における五行の一つ『木』。

 春明はその『木』の力を使い、植物の成長速度と方向性を自在に操作することできる。

 今の春明は公園内の植物に力を送り込み、この術を行使しているのだ。 

 

 張り巡らされた樹は、妖怪の風を完全に遮断したが、同時に春明の視界を封じる。風を受けきりすぐに術を解いて視界を開くと、そのとき、敵の妖怪はその足を地面につけていなかった。ゆらゆらと幽霊のように、空中に浮かんでいた。

 

「あいにくとこれ以上、おめーみてえな危なえ野郎と遊んでる暇はねーんだ、あばよ!!」

 

 口元に笑みを浮かべつつ、額に一筋の汗を滲ませながら捨て台詞を言い残し、男はそのままどこぞへと飛び去っていった。

 

 ――こっちだって追うつもりはねぇよ……。

 

 春明は立ち去る妖怪を黙って見送った。ひとしきり暴れて気も済んだうえ、わざわざ追ってまで始末をつけようとは思わない。

 怒りで忘れかけていた眠気が戻り、欠伸がこみ上げくる。家に帰って寝直そうと思い立ち、その場を立ち去ろうと歩き始めるが、

 

「ちょ、ちょい待ち!!」

「あんっ?」

 

 自分を呼び止める女子の声に振り返る。

 

「どこいくねん! 妖怪はまだ残っとるんやぞ、はよ追わんと!!」

 

 先ほどまで妖怪たちに襲われていた少女が自分に険しい目を向けている。

 

 ――あれ、こいつ確か……?

 

 少女の隣にいる式神の存在を認知した春明はそのときになってようやく、その少女がカナの話にでてきた陰陽師・花開院ゆらだと気づいた。

 

「あいつは逃げたんやない! 奴良くんのおじーちゃんを、人間を襲いにいったんや。助けにいかんと!!」

 

 ゆらの言葉に春明は男が飛んでいった方角に目を向けた。確かに男の飛んでいく先にはビルがあり、その屋上には一人の小柄な老人が見えた。ただの人間であったなら、助けに行くのが普通なのかもしれないが、

 

 ――奴良リクオのじじいっつたら、妖怪ぬらりひょんじゃねぇか。

 

「なら、なおのこと助けにいく必要なんてねえだろ」

「な!?」

 

 春明はあっけらかんと言い切り、その場を立ち去る。

 

「ま、待て……っ!」

 

 なおも春明に何かを叫ぼうとしたが、ゆらがその場に苦しそうに膝を着いた。

 

「ゆら様!! いけません!!」

 

 彼女の苦しむ様子に、式神らしき巨大な落ち武者がゆらを静止する。

 

「なんで止めるんや、武曲!!」

「無理です。一度に4体は! 引っ込めてください。ゆら様のお体が潰れてしまいます!!」

「なに言うんや!! その身をかけても、妖怪を退治すんのが陰陽師の役目やろ!!」

 

 ――式神を4体……。

 

 その言葉を聞き、春明は彼女がこれほど消耗している理由に合点がいった。 

 陰陽師が一度に4体も式神を操るなど並大抵のことではなく、かなりの精神力を必要とするはずだ。くわえて、妖怪たちにやられたダメージを引きずっている体。

 ずいぶんと元気に吠えているが、今の彼女は立っているのもやっとの状態だろう。そんなゆらにも、ぬらりひょんにも興味などないとばかりに春明は公園を後にしていく。

 

「くっ!!」

 

 一瞬だけ、春明の背中をキッと睨みつけたゆらだったが、すぐにぬらりひょんのいるビルの方へと妖怪を追いかけていった。

 誰もいなくなった公園を背に、春明はもう一度だけ男が飛んでいったビルに目を向ける。

 

 ちょうど男の手によって鹿の式神がやられている姿が見えた。これでぬらりひょんとあの男の会合を邪魔するものはいないだろう。

 先ほど自分が交戦した妖怪。周りの取り巻きの男たちはともかく、あのリーダー格の男はそれなりの力量を持った妖怪だった。まともにやりあえば春明でも、苦戦していたことだろう。だが――

 

「ふん……」

 

 そこまで考え、春明は首を振り、肩をすくめた。

 さすがに相手が妖怪の総大将ぬらりひょんでは分が悪すぎる。間違いなく返り討ちにあうであろう男に対し、特に同情することもなくそう結果を予測する。

 

「それにしても、よりにもよってぬらりひょんに喧嘩を売るとは……余所者か?」

 

 そう。この関東で生きる妖怪なら、間違ってもぬらりひょんに喧嘩を売るなどといった愚考を犯すことはない。

 もし、連中があの老人をぬらりひょんと知って、襲いかかっているのだとしたら――

 

「また、面倒なことにならなきゃいいがな……」

 

 誰にも聞かれることなく、呟かれた春明の願い。

 その願いは、数日もたたぬうちに裏切られることとなる。

 

 

 

×

 

 

 

「あー疲れた!! ずいぶん長く語ってましたね、清継くん」

「そうね。日が長い季節で助かったわ」

  

 清十字怪奇探偵団の部活動が終わった夕暮れ時。カナと凜子は談笑しながら家路への帰り道を歩いていた。

 本来、凜子は家のリムジンで毎日の送り迎えをしてもらっていたのだが、清十字団に入って以降、なるべく皆と時間を共有したいという理由から電車で通学路を通うことにしていた。

 

「そういえば帰り際、清継くんが言ってましたけど、例の携帯を埋め込んだ人形……正式に清十字団の通信機として採用するそうですよ」

「本当に!?」

「ええ、もう全員分の人形を業者に発注してるらしいです」

「嬉しいわ!! ずっと欲しいと思ってたのよ あの人形すごくかわいいから!!」

「……先輩、それ冗談ですか? まじですか?」

 

 二人の少女が仲良さげに話している様子を、隣で下校を共にしていたリクオは頬ゆるませながら見つめている。彼女たちの笑顔が、リクオの心を暖かい気持ちにさせてくれる。

 だが、そんなリクオの気持ちに横槍を入れるように、言葉を挟んでくる者がいた。

 

「あの……リクオ様」

「なんだい、つらら?」

 

 自身の護衛であるつららが、カナと凜子に聞こえないような小声でリクオに進言する。

 

「差し出がましいことですが、先日清十字団に入部してきた、白神さん。その……なんと言いますか」

 

 何と形容してしていいのかわからず、言い淀んでいる様子のつらら。

 その隣で同じ護衛である倉田――もとい青田坊も真剣な顔つきで頷いている。

 

「……言いたいことはわかるよ。つらら」 

 

 そんな護衛たちの心配を先読みして、リクオは答える。

 

 白神凜子。

 先日、新たに清十字団の仲間入りをした一年上の先輩。

 一見すると只の人間の少女に見えたが、リクオやその側近たちは既に気づいていた。

 彼女が只の人間ではないことに、なんらかの秘密をもっていることに。

 そのことは彼女の体のいたるところに生えている白い鱗からも見て取れた。

 しかし、リクオは首を振る。

 

「でも――誰にでも言いたくない秘密がある。そうだろ?」

「若……」

 

 リクオ自身も学校の皆に話すことのできない秘密を抱えている。自身が半妖であることをカナたちにも言わずに黙っているのだ。それを差し置いて、凛子の秘密を追求しようなどと、失礼極まる行為だとリクオは考える。

 

「それに……」

 

 リクオは初めて、凜子と顔を合わせた日のことを思い出す。

 

 レモンラテでの一件。

 リクオたちの友人の巻が万引きの濡れ衣を着せられそうになったあのとき、ほとんど初対面であるはずの凜子が巻を庇った。

 自称万引きGメンを名乗る男の心無い言葉に、彼女は勇敢に立ち向かっていった。

 そんな凛子の姿をまじかで見ていたリクオには、どうしても彼女が悪い存在には思えなかった。

 

「悪い人じゃない……だから、きっと大丈夫だよ」

「若がそうおっしゃるのであれば従いますが……」

 

 一応納得はしてくれたようだが、その現場にいなかったつららは未だ半信半疑といった態度だった。

 

「それよりも今はじいちゃんだよ。まったく、どこをほっつき歩いてるんだか。みんなに迷惑かけて!」

 

 リクオは、とりあえず話題を変えようと今自分たちが一番気にしなくてはならないであろう話を振る。

 

 学校で清十字団の活動中、奴良組お目付け役であるカラス天狗が何かを叫びながら飛んでいる姿が見えた。

 何かあったのか確認しようと校庭の外まで出てみたが、既にカラス天狗は飛び去った後。急いで彼の後を追いかけようとしたリクオと護衛たちだったが、その行動を制止するものがいた。

 

 牛鬼組組長・牛鬼腹心の部下。牛頭丸と馬頭丸だ。

 謀反の一件で、リクオの命を狙った直接の実行犯の二人だが、今は本家預かりの身の上。一応人質という意味合いもあるのだろうが、リクオは彼らを信頼していた。

 彼らはカラス天狗の命令でいなくなったぬらりひょんを探し回っているとのことだ。後のことは自分たちにまかせて、とっとと本家に戻れと彼らはリクオに言い残し去っていった。

 

「ま、じいちゃんのことだから、そのうち、ふらっと帰ってくると思うけど……」

 

 つららと青田坊を安心させるように笑顔で答えるリクオ。

 ぬらりひょんの不在に、リクオ自身は特に心配はしていなかった。祖父が突然いなくなることは別に珍しくもなんともないことだ。

 だが、今は時期が悪い。狒々が何者かに殺されたばかりなのだ。つららも青田坊も不安が尽きないのか、二人してその顔色を曇らせている。

 しかし、リクオはへこたれない。つい先ほど、自分がしっかりしなければと立ち直ったばかりなのだ。この程度のことで一々気を沈ませているようでは、自分を信じてついてきてくれるしもべたちに申し訳が立たないと、そう強く気を持つことで顔を上げ、前を向いて歩いていくリクオ。

 

「――リクオくん 何の話をしてるの?」

「うあ!?」

 

 すると、顔を上げたすぐ目の前でカナがリクオの顔を覗き込んでいた。あまりにいきなりだったため、思わず奇声をあげてしまったリクオは、咄嗟に笑顔を作る。

 

「な、なんでもないよ!?」

「いえないわ、秘密だもの♡」

「ちょっ!?」

 

 だが、無難に誤魔化そうとしてリクオの考えに反し、何故かつららは意味深な発言で答えていた。

 そんな言い方では、何かしらの誤解をカナに与えてしまうのではないと、嫌な汗がリクオの頬を伝う。

 

「……ふーん」

 

 案の定、つららの発言の意図を探るかのように、カナは訝しがる。

 

「は、はははは……」

 

 彼女のその視線に笑って誤魔化すしかできず、リクオの表情は引きつっていた。

 

 

「――奴良リクオくん…だよね」

 

 

 そのときだ。突然、前方から自身の名を呼ぶ声がして立ち止まる。 

 リクオの進路上に見慣れぬ二人の青年が立っていた。

 

 ――高校生? 中学生、じゃないか。どこかで会った人だっけ?

 

 リクオは学生服を着ていること、自分よりも頭一つ分ほど背の高いことから二人の青年をそう判断するも、まったく見覚えのない青年に声をかけられたことに困惑する。

 

「あ? 何もんだ、テメエら?」

「青……じゃなくて倉田くん」

 

 青田坊も彼らに見覚えがないのか、ドスのきいた声で二人の青年に臨戦態勢で向っていく。

 リクオが彼の動きを、手をかざして制止する。

 

「リクオくん 知り合い?」

「いや…」

 

 カナの問いを否定しながら、リクオは二人の青年を観察する。

 

 自分に声をかけてきた青年は、いかにも真面目な風貌の男だった。きっちり着こなされた夏服の制服、きれいに整えられた黒髪、目つきが少し鋭かったが、それを除けばどこにでもいる優等生といった感じの高校生だ。

 一方、黒髪の青年に付き添うように隣に控えていた青年、黒髪の青年とは対照的にやんちゃそうな雰囲気のある男だった。特に目立ったのがその男の異様に長い舌だ。男はその長い舌をまるで餌を目の前にしておあずけをくらう犬のように突き出している。

 

「いや聞く必要はなかったかな。こんなに似ているのだからボクと君は……」

 

 黒髪の青年が腕を組みながら、さらに一歩リクオに近づいてくる。彼はリクオの肩にそっと手を置いてきた。

 

「若く才能に溢れ、血を継いでいる……」

 

 青年のその言葉にリクオがハッとなる。

 

 ――それって、じゃあこの人も!?

 

 男たちの正体に対し、漠然とした答えを出しかけたがリクオだが、青年に自分の肩を乱暴に引き寄せられたことで、思考が一時中断される。

 

『!!』

 

 男の荒っぽい行動につららと青田坊、そしてカナが顔を強張らせて身構える。

 

「君は最初から全てを掴んでいる。僕は今から全てを掴む」

「僕が、最初から全てを掴んでいる?」

「違うのかい? 居心地の良い場所があるからといって、いつまでも呆けていたのはどこの誰だい?」

 

 自分を試すかのように視線を送ってくる青年の言葉に、思わずリクオは俯きかけた。

 確かにリクオはずっと甘えたことを言い続けていたかもしれない。家など継がない、自分は関係ないと言い聞かせ、目の前のごたごたから逃げてきたかもしれない。

 だが今は違う。既に三代目を継ぐと覚悟を決めたリクオは、青年の言葉を否定するように力強い眼差しで彼と視線を交錯させた。 

 

「お前は一体!?」

 

 青年の正体をはっきりと探ろうと質問を投げかけたが、相手はリクオの質問に答えることもなく、挑発的笑みを浮かべている。

 

「見てて、僕は君より多くの畏れを集めるから…」

「畏………」

 

 青年を睨みつけながら、リクオはその言葉の意味を噛み締めるように一人呟いていた。

 

 沈黙――痛いほどの沈黙がその場を支配する。

 どれくらいの時間がたっただろう。

 沈黙を破り、男がリクオの肩から手を離し、背を向けて歩き出した。

 

「待て、どういうことだ!!」

 

 リクオは立ち去る男の背を呼び止めようと、声を荒げる。だが――

 

「きゃあ!!」

 

 突然の悲鳴に慌てて振り向く。

 悲鳴の主は――白神凜子だった。

 いつの間に後方に移動していたのか、舌を突き出した青年が凜子の両手をがっちりと掴んでいる。

 

「女を囲んでハーレム気分てか……やっぱ大物は違うぜよ」

 

 その青年はリクオに対して憎々しげに言うと、そのまま凜子に顔を近づけ――

 ペロンと、その異様に長い舌で凜子の顔を舐めた。

 

「い、いやぁぁぁ!!」

 

 青年の突然の奇行に凜子が目に涙をため怯える。凜子のリアクションに青年は愉快そうに笑みを浮かべる。

 彼から逃れるため、必死に手を振りほどこうと凜子はもがくが、男は決してその手を離そうとはしない。

 

「てめぇ!!」

 

 青田坊が青年を凜子から引き剥がそうと、拳を握りしめて殴りかかる。

 

 パン! 

 

 次の瞬間、乾いた銃声を思わせるような音が響いた。

 その音にリクオが、つららが、凜子が、そして殴りかかる直前だった青田坊が呆気に取られる。

 音の発信源である青年の首が横を向いており、彼の頬がわずかに赤くなっている。

 そして青年の顔のすぐ側に、カナの手が見えた。

 

 一寸遅れで、カナが青年の頬に思い切り平手打ちを叩き込んだことがわかった。

 

「今すぐ先輩から離れなさい…」

 

 少女の静かな声が耳に届く。 

 

 ――カナちゃん、だよね……?

 

 リクオが唖然となる。普段の彼女からは想像もできない冷たい声音に、一瞬別人かと自身の目を疑った。

 

「この女……っ!」

 

 叩かれた痛みに、歯をむき出しにして怒りを露にする青年。

 

「犬神! 挨拶はそれくらいでいいだろう」

「…………ちっ!!」

 

 だが、先に歩き出していた黒髪の青年が連れの行動を嗜める。仲間の注意に犬神と呼ばれた青年はしばし無言でカナを睨みつけていたが、これ見よがしに舌打ちをして凛子から手を放した。

 そして一瞬、憎悪に満ちた瞳でカナを睨んだが、すぐに黒髪の青年の後に続き、歩き出す。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「え、ええ……」

 

 カナは男の怒りの目線を気にした様子もなく、凜子の無事を確かめるべく駆け寄った。

 その声音に先ほどの冷たさはなく、いつもの彼女に戻っていたことに安堵するリクオだったが、

 

「わ、若……」

 

 つららが何かに戸惑いながら自分に声をかけてきた。リクオも彼女の視線の先を追い、驚きの声を上げる。

 

「あれは!?」

 

 そこにいたあきらかに異質な存在に――その瞳を見開いていた。

 

 

 

×

 

 

 

「くそっ! むかつくぜよ……あの女」

「今のはお前が悪いよ、犬神」

 

 憤慨する犬神を黒髪の青年――玉章(たまずき)は軽い調子で宥める。彼は不敵な笑みを崩さぬまま、ただ前を歩き続ける。

 不意に、彼らの背後にいくつもの妖気の塊が集った。

 玉章は自分の後ろに付き従い歩く妖気の持ち主たちを一瞥する。

 

「着いたね、七人同行」

 

 そこにいたのは蓑笠を深々とかぶる怪しげな集団――『七人同行』だ。

 四国に出ると伝えられている妖怪。

 行き遭うと死を招くだの、不幸になるなど言われている蓑笠姿の集団。

 普段は人の目で見ることができず、牛の股の間であったり何かの間から覗くと見えるというが、しかしその実体は――

 

「いや、八十八鬼夜行の幹部たち」

 

 玉章の言葉に答えるように、七人同行たちはかぶっていた蓑笠を取った。七人同行たちはそれぞれ皆、違った姿形をとっている。

 

 顔一面に、なにかの文字が書かれた布を巻いている者。まるで金属のような髪を持つ女。

 人の姿をした鶏。巨大な巡礼僧。小柄な半漁人。小さな地蔵。

 

 蓑笠姿は仮の姿。

 七人同行とは、四国を代表する妖怪たちのことを指す。

 彼らは玉章率いる、新生四国八十八鬼夜行の幹部たちだ。

 

「やれるよ、ボクらはこの地を奪う」

 

 その長たる八十八鬼夜行、組長の玉章は前を歩き続ける。 

 秘めたる野望を胸に、妖世界の頂点を目指して。

 

「昇ってゆくのは、ボクらだよ」

 

 ただひたすら前だけを歩き続ける。

   




補足説明

 陰陽術・木霊
  オリキャラ・土御門春明の能力です。
  本文の説明にあるように、植物を自在に操る能力。色々な作品で出てくるような能力ですが、筆者が参考にしたのは昔サンデーで連載していた『こわしや我聞』という作品に登場する、脇役のキャラからです。……果たしてこの作品のことを覚えている人、知っている人がどれだけいるか。



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