家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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まず初めに。
今回の話はぬらりひょんの孫の中でも屈指の名エピソードですが、話の尺の都合上、基本の流れは回想という形でお送りします。
何卒ご容赦ください。



第十四幕 千羽鶴に想いを込めた

 都会の喧騒から離れた一角にある浮世絵総合病院にて。空が夕日に染まる中、しんしんと雨が降り続けていた。病室の一室ではベッドの上から上半身だけ起こした少女――鳥居夏実が窓からその雨を眺めている。

 そしてその傍らで、鳥居の親友の巻紗織が夏実のベッドに疲れきった表情で突っ伏している。

 

「ふふふ……」 

 

 巻のぐうすかと寝息を立てる様子に優しく微笑む鳥居。

 彼女は昨日の夜、突然意識不明となった自分を心配して一晩中ついていてくれた。鳥居の容態が安定した後も彼女は学校を休んでまで、ずっと側にいてくれた。 

 親友の心からの気遣いに胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。

 

「う~ん、う~ん」

「ありがとね、紗織……」

 

 鳥居は夢の中で何かにうなされている巻へ礼を言いながら、再び窓の外を見やる。

 

 ――今頃、皆はなにしてるかな?

 

 ここにいる巻以外の友人たちの顔を思い浮かべる。

 学校には既に両親が連絡をしてくれている筈だ。自分の突然の入院にどんな反応をしてくれているだろうかと、少しいたずらっぽく鳥居は考える。

 すっかり回復しきっているためか、いくぶんか心に余裕を持っていた。

 すると、そんな彼女の下へ、ノックもせずに勢い良く扉を開けて入ってくる者たちがいた。

 

「鳥居くん、元気かね? 元気だろーな!!」

「清継くん!? みんな!」

「うむ、清継だ!!」

 

 学校の友人たち――清十字団の面々だった。扉を開けた団長の清継を始め、男子のリクオと島。女子のカナとつららが鳥居の病室に顔を出してくれた。

  

「みんな、来てくれたんだ」

 

 まさか、昨日の今日で来てくれるとは思ってもいなかったのか、鳥居が喜びながらも目を丸くして驚く。

 

「当たり前だね。マイファミリー、トリー」

「急に入院なんてびっくりしちゃったよ、大丈夫?」

 

 清継とカナがそれぞれ自分の容態を心配して声をかけてくれる。しかし――

 

「ありがとう。でも、すぐ退院なんだ……」

 

 そう、せっかく来てくれた皆には悪いが、すでに体調も良くなり明日の朝には退院できる。

 医者にも「まるで健康体、さっきまでの危篤状態が嘘のようだ」と驚かれていた。というか何故彼女があんな危ない状態で運ばれてきたのか医者にも、よくわかっていないようだった。

 鳥居自身も自分の身に何が起きたのか、はっきりとは理解できていなかった。

 

「ん~うるさいぞ、清継……もう少し、寝させろ~」

 

 彼らの登場により、一気に騒がしくなった病室内。特に清継のやかましい――もとい、元気いっぱいな声に巻が目を覚ました。眠そうに目を擦る彼女の姿に、再びクスリと笑みを溢す鳥居。

 

「……そういえば、ゆらちゃんと凜子先輩は?」

 

 そこでふと、鳥居は気づく。清十字団の面子に不在のメンバーが二人いることに。

 

「白神先輩は委員会の仕事だそうだ。ゆらくんは……町内を見回ってくるといって、先に帰ってしまったが」

「そう……」

 

 清継の返答に鳥居は少しだけ残念な気持ちになる。ここにいる面子だけでも十分ありがたかったのだが、来ていない団員がいるというだけで寂しく感じてしまう。自分はなんて贅沢なのだろうと、自己嫌悪に落ちる。

 

「おっと、そんなに残念がる必要はないぞ!!」 

 

 すると、そんな鳥居の落ち込みようを察したのか、何故か嬉しそうに笑顔を浮かべながら、清継はカバンから何かを取り出した。

 

「ぱっぱらぱっぱら~ん! 見たまえ!!」

 

 誇らしげに彼が見せつけたものは千羽鶴だった。パッと見で、千羽はいなかったが、それにしてもそこそこの数の千羽鶴が束ねられている。

 

「千羽……は一日で無理だからね。165羽鶴だ!!」

「わっ、すごい!!」

 

 165羽。休み時間の合間に作ったとしても、たった一日で折ったにしては大した数だ。鳥居がそのように驚いていると、カナがこっそり鳥居の耳元に囁きかける。

 

「皆で折ったんだよ。ここにいる皆と凜子先輩とゆらちゃんと皆で、ね……」

「えっ?」

「『お見舞いに来れなくてごめんね』って、二人から」

 

 カナ言葉にハッとなる鳥居。きっと彼女にも自分の寂しさが伝わったのだろう。

 

「ま、数は問題じゃない。込めた想いが重要なのだ! だから、君はものすごく早く治る!!」

 

 何の根拠もない清継の自信満々の発言。普段なら呆れる、暑苦しいといっていほどの彼の明るさも、今の鳥居にはとても心強かった。

 感謝感激――皆の心からの贈り物に満面の笑顔で応える。

 

「ありがとう! 私も、そう思う。私……千羽鶴に助けられた気がするもの。ホラ巻! 千羽鶴!」

 

 鳥居は清継たちから受け取った千羽鶴を、巻に差し出してみせる。

 

「ちょっと鳥居!? まさか私に千羽様のとこに行かすわけじゃないわよね!?」

 

 怯えながらものすごい勢いで後ずさる巻。すっかり眠気も晴れたのか、パッチリと目を見開いている。

 

『千羽様?』

 

 巻の咄嗟に発した聞きなれない固有名詞に、皆が頭に疑問符を浮かべる。

 千羽様とは、この浮世絵総合病院の敷地内にある祠にまつられている守り神だ。その祠に千羽鶴を捧げてお祈りをすると、病気の直りが早くなるといわれているらしい。

 昨日の夜、鳥居の祖母――ひばりのお見舞いに来たときに、巻と鳥居の持ってきた千羽鶴を見て彼女が千羽様のことを教えてくれたのだ。

 ひばりが教えてくれたことを鳥居が皆に話すと、案の定、清継が興奮しながら目を輝かせた。

 

「へぇー! それはおもしろい、ぜひ今からまいろう! その千羽様にお礼をしに!!」

「いやよっ! 絶対いや!! あそこ、超怖い妖怪出んだから!」

 

 だが、清継の全力の願いに、巻が全力で首を振る。

 超怖い妖怪――その言葉を聞いて昨日のことを思い出したのか、鳥居が身震いする。

 

 

 昨日の夜、ひばりの話を聞いてさっそく千羽鶴をそなえにいった二人。

 そして、祖母が元気になるようにと、祈りを捧げ帰ろうと思った矢先――鳥居はそいつに襲われた。

 祠を立ち去ろうとした鳥居の制服の袖を引きながら、不気味に笑う地蔵の化物。

 

『――ワシの名を呼べぇ』

 

 突然現れたその化物に震え上がる鳥居。そして――そこから先の記憶がひどく曖昧だった。

 

 真っ暗な闇の中。彼女はただ苦しみに喘ぎながら、深い眠りについていた。

 直感的に、自分がこのまま死ぬだろうということだけ理解しながら。

 だが――

  

 ――夏実、夏実、夏実。

 

 ハッキリとおぼつかない意識の中でも、鳥居は自分の名を呼ぶ声を確かに耳にした。

 不思議と心が安らぐその声に、そっと目を開ける。

 それまで暗く閉ざされた視界が、明るく暖かな光に照らされていた。

 千羽鶴が、自分の周りを飛び回っている。

 その千羽鶴を操るように、誰かが自分の側に寄り添うように立っていた。

  

 ――人の想いの大きさが、私の力を強くする。

 ――わたし自身が強いわけじゃない、神だから。

 ――ほんの少し、後押しするだけだ。

 ――私は千羽鶴……人の想いの――結晶だ。

 

 そして鳥居は助かった。嘘みたいな話だが本当にあったことだ。きっとあのとき側にいてくれた人が千羽様だったのだろう。彼と千羽鶴を供えてくれた誰かのおかげで、自分は九死に一生を得ることができた。

 

「それこそ聞き捨てならん! 案内したまえ」

「いや~!」

「ちょ、ちょっとここ病院だから、静かにしよう、二人とも」

 

 そのときのことを思い出す鳥居を囲みながら、わいわいと騒ぐ清十字団。そんな皆を見ていると自分も楽しくなり、自然と笑みがこぼれてくる。

 

 ――巻には悪いけど、退院したらまず千羽様に祠に行きたいな。それに……。

 

 そこまで考えて、もう一度鳥居は窓を見やる。

 

 ――『笠のお坊さん』にも、お礼を言わなくちゃ……。

 

 地蔵の化物に袖を掴まれた瞬間、自分と地蔵の間を割ってはいるように現れた『笠のお坊さん』。

 彼もまた、自分の命を救ってくれて恩人の一人なのだろうと、彼女は悟る。

 

 ――千羽様の祠に行けば、また会えるかな?

 

 もう一度、千羽様、笠のお坊さんに会ってお礼を言う。

 その想いを胸に、雨の振り続ける外の景色をいつまでも鳥居は眺め続けていた。

 

 

×

 

 

 

 ――よかった。鳥居さん、なんとか間に合って……。

 

 元気に笑う鳥居の姿を見届け、とりあえず安堵するリクオ。

 昨日の夜、彼女が敵対勢力に襲われたと黒田坊から聞いたときは本当に肝を冷やした。

 急いで彼女を蝕む元凶となった地蔵の化け物――袖モギ様を始末したが、奴は死ぬ間際、リクオたちに勝ち誇るように言ってのけた。

 

 ――ああ、呪いはとけた。だが――あの娘はどうせもう死ぬぞ? ゲヒヒ。

 

 自分の呪いは命を毟る。例え呪いが解けたとしても、そこから回復する体力が彼女にはもうないと言い放ったのだ。激昂した夜のリクオは瀕死の袖モギ様に無言で止めをさし、急いで鳥居の入院している病院へと向かった。

 

 そして、そこでリクオが見たものは――危篤状態を抜け出し、穏やかな寝顔で眠りにつく鳥居だった。

 

 黒田坊はこの地に祭られている土地神――千羽様のおかげだろうと言っていた。祠に行くと誰かがお供えした千羽鶴が飾られている。

 祈る人間の想いが大きければ大きいほど、土地神は力を発揮する。誰が千羽様に祈ったかは分からなかったが、そのおかげで彼女はこうして助かることができた。

 だが、まだ危機は去っていない

 

 ――奴等はボクだけじゃなく、この街を狙っている。なんとか手をうたないと……。

 

 今回はなんとか間に合ったが、次もそうとは限らない。

 街そのものを人質にとられたような気持ちに、リクオの胃がきりきりと痛み出す。

 

 ――四国の妖怪たち、か……。

 

 相手の次なる一手を予測しながら、心中で自分の敵であるものたちの名を呟くリクオであった。

 

 

 

×

 

 

 

 ――よかった。鳥居さん、元気そうで……。

 

 清十字団の話の輪に加わりながら、鳥居の無事に安堵するカナ。

 今朝のHPで担任の横田マナから彼女が入院していると聞いたときは本当にヒヤリとした。学校が終わってすぐ彼女の入院している病院に駆けつけ、鳥居の元気な姿を見てようやく一息ついたのだが、

 

『――超怖い妖怪』

 

 巻が怯えながら言ったその言葉に、カナは思案を巡らす。

 おそらく、その妖怪が今回の元凶。鳥居がこうして無事でいられたということは、きっとリクオの仲間たち、奴良組の妖怪たちがなんとかしてくれたのだろう。

 

『――この浮世絵町で余所者の妖怪が暴れている』  

 

 昨日の夜、アパートに帰ってきた春明に忠告された言葉がカナの脳裏に鮮明に甦る。

 余所者――思い出されるのは昨日の夕方、下校途中のリクオに絡んできた青年たち。カナは彼らがその余所者の妖怪だと当たりをつけていた。

 きっと彼らはまた暴れだす。この街を奴良組から奪い取るため、奴良組の象徴であるリクオの命を狙って。

 

 ――そうはさせない!

 ――リクオくんも、清十字団の皆も、私が守ってみせる!

 

 誰にも悟られるぬよう、カナは静かに決意を固めていた。

 

 

 

×

 

 

 

「まあいいさ! その場所には後日、案内してもらうとして、さっそく今日の本題に入ろう!!」

 

 リクオとカナの二人が、それぞれ自分の考えに区切りをつけた頃合を見計らったかのように、清継が威勢の良い声を上げていた。いそいそとノートパソコンを取り出し、何かしらの作業を始める。

 

「おい清継!! こんなところに来てまで、妖怪談義始めるつもりじゃねえだろうな」

 

 清継の態度に嫌な予感を感じた巻が、顔をしかめて清継に問いかける。

 いかに妖怪好きとはいえ、その妖怪に襲われたばかりの鳥居の病室でそんな話をするのは空気が読めないにもほどがある。だが、巻の問いに清継は首を振った。

 

「そうしてもいいんだがね……残念ながら、今日は別の用件だ」

 

 そして、堂々たる態度で清継はその『本題』を口にする。

 

「ずばり――明日の生徒会選挙についてだ!!」

『生徒会選挙?』

 

 清継の発言に病室内にいる全員が口を揃える。

 確かに明日の午後からそのような行事があることを知っていたが、まだ一年生である自分たちからすればあまりピンと来ないイベントだ。この間まで小学生をやっていた彼らからすれば、生徒会長などあまり馴染み深い存在ではない。

 だが、続く清継の宣言に全員が呆気に取られる。

 

「不肖――この清継! このたび生徒会長に立候補する所存となった!!」

 

 ――……一年生から生徒会長になどなれるのか?

 

 と、その場の誰もがそんな疑問を抱いたが、そんな彼らを置いてけぼりに、清継は一方的に話し続ける。

 

「より多くの清き一票を獲得する為にも、是非、君たちに協力してもらいたいことがあるのだ! ふふふ……」

 

 清継のその言葉に、やはりその場にいる全員が背中から嫌な汗を流していた。

 

 

 

×

 

 

 

「――袖モギ様がやられた……だと?」

 

 リクオたちが鳥居のお見舞いをしていたほぼ同時刻。

 自らの幻術で作り出した高層ビルの一室で、犬神からその報告を聞いた玉章が眉をしかめる。高級そうな黒革のチェアに深く身を沈めながら、彼は熟考する。

 

「総大将もいないのに、ずいぶん手際がいいな」

 

 先日、四国妖怪の中でもかなり腕利き、妖怪殺しのプロ――ムチをぬらりひょんに差し向けた。

 あれからムチの消息は不明だが、同時に敵の総大将ぬらりひょんも「行方不明」になったと間者から報告がきている。

 頭のまとめる奴がいなくなり、その混乱に乗じて奴良組の地盤を一気にいただこうと七人同行に街の中を暴れまわるよう、昨夜指示を出したばかりである。

 その中でも、袖モギ様は土地神殺しを得意とする。

 奴良組の屋台骨を支えている土地神を潰すためにうってつけの戦力だったのだが、まさか昨日の今日でこうも簡単に失うことになるとは、思ってもいなかった。

 

「あの孫か……?」

 

 昨日の夕方、挨拶を済ませた奴良リクオの人のよさそうな面を思い浮かべる。

 まだリクオの夜の姿を知らない玉章から見れば、あんな能天気そうな少年にそこまでの技量があるとは思えなかったのだろう。

 

「玉章!」

 

 すると、ガラス張りの窓から外を眺めて思考を続ける玉章の背中に、犬神が声をかけた。彼の声音には、抑えようのない強い憎しみの念が強く籠められていた

 

「天下を取る器は、アンタ一人ぜよ。証明してやろうか? 命令しろよ、奴の――『奴良リクオの首を差し出せ』ってさ」

 

 犬神の言葉に目を瞑り、暫し黙り込む玉章。数秒の思案を経て、彼はおもむろに口を開く。

 

「リクオを殺るつもりか? それは計画を前だおしにする程のことか、犬神」

 

 急かす犬神に、玉章は自分が考えていた戦略を口にする。

 

「総大将代理をやっている可能性はあるが今は必要ない。全ての実権を握ってから、殺すか飾りにすえるか決めようと思ってる」

 

 この関東を制圧するに当たって奴良組とぶつかるのは必定、敵味方共に多少の損害は織り込み済み。

 しかし、玉章も奴良組のすべてを潰すつもりはない。将来的なことを考え、彼らを支配下に置き戦力としてある程度取り込む必要がある。その際、ぬらりひょんの孫であり、奴良組の若頭である奴良リクオを傀儡とすれば何かと都合が良いこともあるだろう。

 当面の間は彼には手を出さず、奴良組そのものを疲弊させておきたいというのが玉章の答えだ。

 だが、そんな玉章の考えに犬神が理解を示した様子はない。

 

「玉章、必要あるぜよ」

 

 そんな下僕の態度に若干呆れながらも、玉章は尚も言葉を続けようとした。

 

「………だからな、犬神――」

「だってよ!! 生意気なんだよ、あいつら!!」

 

 だがそれよりも早く、玉章の言葉を覆い隠すように語気を荒める犬神。

 

「奴良リクオと玉章との絶対的な『差』を見せてやらんと」

 

 犬神は玉章の肩に手を置き、犬のようにすり寄っていく。

 

「頼むよ、玉章……オレはぁー、お前の牙になりてぇのよ……」

「……確かに、お前を使えば護衛もろとも俊殺だろうが」

 

 妖怪・犬神の真の力。

 そのときに顕になるであろう彼の姿を想像しながら、心からの本音を玉章は呟いた。

 

「……おめえの本気は見たくない。汚いからな」

 




補足説明

 袖モギ様
  袖が大好き。袖フェチの袖モギ様。こいつといい、鏡斎といい。特殊な性癖の奴が多いな、ぬら孫は。少年誌にあるまじき変質者どもだ。

 ひばりちゃん
  夏実の祖母。今回の一件での影の立役者。アニメだと彼女の話が出てこないので少しがっかりしました。  

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