家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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 唐突ですが、皆さんは創作のモチベーションが下がったときなど、どうしてます?
自分は創作意欲が下がったときなど、よくお気に入りの漫画や小説など、良いと思った作品に目を通すことで、自身のモチベーションを取り戻しています。

 最近とくにお気に入りなのが、漫画の『はねバド』ですね。

 アニメの1、2話を見て、よさげと思って全巻衝動買いをしましたが、原作の方がわりと好みになりました。絵柄が唐突に変わることで何かと有名な作品らしいですが、自分的に気に入っているのが登場キャラごとの心理描写です。
 まるで小説のように、キャラごとの掘り下げが上手い。主人公サイドより、寧ろ相手側の方が魅力的に書かれています。
 アマチュアながらも、小説を書く身として何かと参考にさせてもらっています。
 
 さて、長くなりましたが、続きですどうぞ。
 


第二十二幕 百鬼夜行対八十八鬼夜行

 奴良組と四国の戦いが始まる、少し前——。

 

「ああ~……久しぶりに、いい湯やったわ!」

「でしょ? やっぱり、お風呂は欠かしちゃだめだよ。わかった、ゆらちゃん?」

 

 上気した頬、かすかに湿った髪、湯上り後のほくほく顔で、カナとゆらは夜の街を歩いていた。

 

 カナの勢いに呑まれ、近くの銭湯まで強制的に連行されたゆら。当初はあまり乗る気ではなかった彼女だが、いざ銭湯に足を踏み入れれば、そこは女の子。背中をカナに優しく洗ってもらい、三日ぶりに気持ちのいい湯船に肩までつかったことで、すっかり極楽気分に浸っていた。

 さらに風呂から上がった後も、ゆらはカナにドライヤーで髪を乾かしてもらい、フルーツ牛乳まで奢ってもらい、すっかりご満悦。ゆらは上機嫌な様子で銭湯への帰り道を歩いていた。

 

 彼女たちが向かっているのは、カナのアパートだった。

 もうすっかり暗くなっている夜道を、カナ一人で返すわけにはいかない。カナは別に構わないと遠慮したのだが、陰陽師としての使命感から、ゆらは最後までカナに付き添った。

 そして、二人の少女は無事、アパートの前まで辿り着いていた。

 

「じゃあ、あたしはこれで。夕食、おいしかったで! ありがとうな、家長さん」

「うん……またいつでも食べに来てもいいから、気を付けて帰ってね!」

 

 そのまま、二人はそこで別れようと手を振っていた。

 ご機嫌気分な今のゆらの中に、既に当初の目的であった奴良リクオの正体を探ること。カナの家でアルバムを見せてもらうという目的が、すっかり失念していた。

 

「ほっ……」

 

 そのことに、カナは安堵の溜息をこっそりと漏らしていた。

 そのまま何事もなく、二人の少女は明日の朝、学校での再会を約束して帰る――その筈だった。

 だが、彼女たちがまさに別れを告げようとした、その刹那——。

 

 凄まじい妖気のうねりが、彼女たちの背筋をぞくりと吹き付ける。

 

「――っ!!」

 

 その妖気の悍ましさ、強大さ。先ほどまで、お気楽気分に浸っていたゆらの脳みそを、一瞬で臨戦態勢に移行させるだけの恐ろしさが込められていた。

 

「ゆ、ゆらちゃん……これって!?」

 

 ゆらと同じものをカナも感じたのか、その顔色が一瞬で真っ青に染まっていた。カナのそのリアクションに、ゆらはそれまで、常に心の隅で抱いていた疑問が氷解するように納得する。

 

 ――やっぱりこの子、相当に霊感がある方やな……。

 

 先ほどの突き抜けるような妖気を、陰陽師であるゆらと同じように感じ取れるくらいに、カナの霊感は優れているようだ。捩眼山のときもそうだったが、彼女は妖怪の気配を感じ取る術が常人よりも優れているのかもしれない。

 陰陽師でもないのに珍しいことではあるが、そういう人間は稀にいる。

 もしかすれば、彼女が妙に妖怪に関わりが深いのも、それが原因なのかもしれないと、ゆらは少し考える。(逆に霊感のない人間――清継のよう者もいる)

 

 しかし、今はそんなことを悠長に考えている状況ではなかった。

 

「なんなんや、この感じ……。こんなん初めてや、こんな……ものすごい妖気!」

 

 それは、ゆらがそれまで感じたことのない規模の妖気の塊であった。

 昼間、巨大な犬が体育館で暴れまわったときも、その妖気のデカさに驚いたものだが、今回のこれは、それとも違う。単純な大きさの問題ではない。これは――数の問題だ。

 驚くべき数の妖怪たちが、どこか一か所に集まろうとしている、そういう感じだ。

 そう、それこそ百鬼夜行。あるいはそれ以上の何かが、この街で蠢いている。

 

 行かなければならない。何か大変なことが起きようとしている。

 ゆらは陰陽師としての使命感から駆け出していた。

 

「ゆらちゃん!?」

 

 走り出したゆらの後を追おうとしてか、カナがゆらに向かって手を伸ばしてきた。そんなカナに向かって、ゆらは突き放すように叫ぶ。

 

「あんたは来んでええ、危険やで! 今日はもう外を出歩かんで、家に閉じこもっとるんや、ええな!?」

 

 一般人のカナに出来ることなど、何一つない。

 カナを巻き込まないためにと、拒否を許さないような強い口調でゆらは彼女を突き放す。ゆらのその言葉の鋭さに、カナはビクリと足を止めていた。

 どこか寂し気な表情でゆらのことを見つめていたが、その視線を振り払うかのように、ゆらは前だけを向き、全速力で走り出す。

 

 彼女のような良い子がこの街で安心して暮らすためにも。

 陰陽師たる自分が全ての悪を―—妖怪を討ち滅ぼさなければという、使命感に燃えながら。

 

 

 

×

 

 

 

「ゆらちゃん……っ、ごめんね!」

 

 ゆらが自分を巻き込むまいと放った拒絶の言葉の意図は、しっかりとカナの心にも届いていた。だが、カナはその思いに黙って答えることができなかった。カナはゆらの背中が完全に見えなくなるよりも早く、自身の部屋へと駆け込んでいく。

 

「コンちゃん!」

『……ああ、分かってる』

 

 カナは押入れの奥にしまい込んでいた面霊気——コンを手に取った。コンも、この妖気のうねりを感じ取っていたのか、何も聞かずにカナに身を任せてくれる。

 急ぎ身支度を整えるカナは、護符から槍と巫女装束を取り出し、天狗の羽団扇を懐にしまい込み、面霊気を被ってアパートから飛び出した。

 そして、部屋の外に出た彼女は静かに精神を集中させ、いつものように頭の中でイメージを膨らます。

 

 想像するのは、空を自由自在に飛び回る――自分自身の姿だ。

 鳥や蝶のように羽を羽ばたかせるのではなく、吹き付ける風に身をまかせるイメージ。

 

 瞬間、彼女の鮮やかな茶髪が、真っ白く変化する。

 そして、そのイメージに応えるように、カナの体はふわりと宙を舞った。

 

 神通力――『神足(じんそく)』。

 

 翼のない彼女が、人間でしかない彼女が空を飛翔するために身に付けた、身に付けてしまった神通力。

 この力を使っている間、何故だか知らないが髪が真っ白になってしまうのだが、イメージを完全に消し去り、術を解けばすぐに戻るため、特に気にしたことはなかった。

 変装の一環として、便利ではあるなと考えるくらいだ。

 

 そして、カナはイメージのまま、空へと舞い上がった。

 急ぎ、巨大な妖気の塊がぶつかり合おうとしている場所――道楽街道へと一直線に向かっていく。

 

 

 

 

 目的地に到着するまでの間、カナは空から眼下に広がる街を見下ろす。

 道楽街道に至るまでの道は、かなりのパニックを引き起こしていた。車が至る所で渋滞を起こし、歩行者の何人かが驚くように立ち止まり、携帯で何かを撮影している。

 

 妖怪である。

 

 全ての人たちに見えているわけではない。現時点で、彼らの姿が見えるのは霊感の一部強い人間だけである。その見える人間たちが、彼らの姿に恐れ慄き、パニックを引き起こしていた。

 性根の据わった人間は、彼らの姿を記録に収めようと携帯をかざし写真を撮ったりもしているが、その光景に妖怪の姿が見えない人たちまで、何事かと足を止め、渋滞をより混沌としたものにさせている。

 

 しかし、そんな人間たちの混乱を素通りし、何十匹とひしめき合っている妖怪たちの群れ――百鬼夜行は進む。

 

 クチバシのように口先が尖ったサル、お歯黒ののっぺらぼう。

 頭に皿を乗せた河童、傘を被った坊さん、白い着物纏った美しい少女。

 

 そして――その百鬼夜行を率いるように彼が、奴良リクオが先陣を切って歩いていた。

 昼の姿とは似ても似つかない、自信に溢れた様子で、彼は百鬼の主としての尊厳を知らしめるかのように夜の街を堂々と闊歩している。

 

 ――リクオくん……。

 

 カナはリクオの姿を見とめ、彼の元へと降りたとうかと衝動的に考えたが、すぐにピタリと空中で制止する。いったい、駆け寄ったところで何と声をかけたものかと、彼女の中に迷いが生じたからだ。すると、カナの動揺を悟ったのか、面霊気が彼女へ静かに語り掛ける。

 

『おい、カナ』

「な、なに、コンちゃん?」

『あそこ見てみろ。春明の奴が来てるぞ』

 

 面霊気の言うように、リクオ率いる百鬼夜行たちが向かう先の建物の上に春明の姿が見えた。

 

「……」

 

 カナは少しばかり思案に耽り、リクオと春明の方を見比べてた後、彼――春明の方へと降り立っていく。

 

「兄さん……」

「ん、来ちまったか」

 

 カナは春明の隣に立ち、彼に声をかける。春明はその呼びかけにチラリとカナの方を見やるが、特に何を言うでもなく、彼はビルの下で蠢いている百鬼夜行の方へと視線を向けた。

 それに習うように、カナもまた視線を眼下へ。百鬼夜行の先頭に立つ、奴良リクオへと目を向けた。

 

 カナたちに見られていることに気づいた様子もなく、リクオは歩いていたが、その歩みが唐突に止まり、反対側の道路からもう一つの百鬼夜行が姿を現した。

 

 四国八十八鬼夜行。

 この浮世絵町に現れた、余所者にして侵略者。その侵略者を迎え撃つように、奴良組の妖怪たちはこの道楽街道で待ち構えていた。

 四国の妖怪たちは、奴良組が待ち構えていることを予測していなかったのか、見るからに動揺していた。

 しかし、それもほんの一瞬だった。

 敵の大将と思しき青年—―玉章が余裕の態度でリクオを歓迎し、その貫禄を見せつけることで四国妖怪たちは静まり返る。

 以前、リクオの元へと挨拶に来ていた現場に居合わせたカナも、彼の顔に見覚えがあった。高校の制服をきっちりと着こなした優等生といった印象の玉章。だが次の瞬間、仮初たるその姿を消し去り、妖怪としての本性を剥き出しにする。

 

 木の葉が彼の周囲を取り巻くように渦巻き、その全身を覆い隠す。風が止み、次に姿を現したとき――優等生など、どこにもいなかった。

 そこに立っていたのは、歌舞伎役者のような出で立ちに、仮面を被った『畏』を放つ一匹の妖怪。

 

 ――あれが、敵の大将……。

 

 カナはその玉章の姿に息を呑む。特にこれといって力強い妖気を放っているわけではないが、その変貌ぶりから油断できない何かを感じとった。

 そして、両軍は静かに睨みあう。ピンと糸が張り詰めたような緊迫した空気。何をきっかけに戦いが始まるかも不確かな状況の中、カナは護符を起動し槍を取り出す。すぐにでも、リクオの元へ駆けつけられるように武器を構えた。

 だが――そんなカナの覚悟に水を差すように、春明が声をかける。

 

「やめとけ……お前が出る幕じゃない」

「兄さん、どうして!」

 

 春明はすぐにでも妖怪同士の戦争が始まろうとしている中、まったく緊張した様子もなく、一向に動き気配すら見せず、気だるそうに脱力していた。

 

「これは百鬼夜行大戦。妖怪同士の戦争だ。人間の俺たちが首を突っ込むような問題じゃない。まあ……おれは半妖だけどな」

 

 その場に腰を下ろし、彼は四国妖怪にも、奴良組に対しても冷たい眼差しを向けている。

 

「好きなだけやらせてやればいい。妖怪同士で殺し合って数を減らしてくれりゃ、無駄なゴタゴタも片付いて、俺としても楽だしな」

 

 彼のその心無い言葉に、流石にカーッとカナの感情が昂ぶり、彼女は叫んでいた。

 

「でも! もし、リクオくんに何かあったら!」

 

 そう叫んだ瞬間、春明は眉をひそめ、カナに向かって呆れたように呟く。

 

「……ああ、なんだお前。ようやく気付いたのか……」

「っ!」

 

 その言葉に押し黙るカナ。打って変わった、静かな調子で春明に問いかける。

 

「……兄さんは知ってたの? リクオくんのこと?」

 

『彼』が奴良リクオであること。夜のリクオが、あのような変貌を遂げることを。

 

「ん、まあな。……てか、やっぱりお前は気づいてなかったのか。あんだけ近くにいといて、よく気づかなかったな。普通は、気づきそうなもんだが?」

「…………く」

 

 純粋にそのような疑問を持つ春明に、カナの胸の奥はズキリと痛む。確かに、気づいてあげて然るべきだったかもしれない。

 

 幼馴染として、誰よりも彼の傍にいた筈なのに。

 彼が、半妖であることを知っていた筈なのに。

 彼が奴良組の跡継ぎ、若頭の立場にいると知っていたのに。

 

 窮鼠のときなど、リクオは百鬼夜行を引き連れて、カナのことを助けに来てくれた。

 奴良組の百鬼を率いることができるのは、その総大将であるぬらりひょん、またはその血族であるリクオだけだ。冷静に考えれば分かっていたことなのに、カナはあのような決定的な場面を迎えるまで気づくことができなかった。

 

 ――違うかな……。私はきっと、気づくことを否定していたのかもしれない。

 

 ずっと、彼を護っているつもりでいたかったのかもしれない。

 リクオを何もできない弱い半妖であることを押し付け、彼を護ることができる自分の力、『立場』という奴に固執していたのかもしれない。

 だからこそ、カナはここまで彼の正体に目を逸らしてきたのだ。 

 

 ――やっぱり、私の力なんか必要ないのかな……。

 

 カナは、奴良組の妖怪たちを率いるリクオの威風堂々たる姿を目に焼き付けながら思う。

 きっといかなる困難でも、リクオは彼自身と仲間の妖怪たちの力を借りて進むことができるだろう。

 そこに、その隣に自分が立つ意味などないのだ。所詮、人間でしかない自分では彼の力になれない、なる資格などないのだと。

 そのように、カナは自分自身を追い詰める方向で思考を巡らせている――その間にも、状況は一変していた。

 

「――えっ?」

『――ん?』

「――あん?」

 

 カナも面霊気も春明も、そして奴良組も四国も、誰もが呆気にとられただろう。

 向かい合っていた両軍、硬直した睨み合いから、どちらが先に動くか様子見していた段階。どちらが先に、どのように仕掛けるか。それを慎重に見定める段階であった筈。

 だが、その均衡状態を破るように、彼が――奴良リクオが先に仕掛けた。

 まるで散歩にでも出かけるような足取りで、彼は一人真正面から敵軍に向かっていたのだ。

 

「ちょっと……」

「なぜ、若が先陣を!?」

 

 一瞬――何が起きているのか理解できず空白の間を生むが、すぐに奴良組の妖怪と思われる小さなカラスが、組の者たちに指示を出した。

 

「何をしてる! リクオ様を止めろ!!」

 

 その指示に従い、奴良組の妖怪たちがリクオを止めようと前進を始める。だが、そんな好機を敵が見逃してくれる筈もなく。

 

「大将が先に出てきたぞ!」

「なに考えてんだ、あいつは?」

「いけっ! やっちまえば、俺たちの天下だ!!」

 

 敵の大将の首を取る好機だと、手柄を求めて我先にとリクオめがけて殺到していく四国妖怪。

 

 こうして、リクオの先陣を機に、両軍はぶつかり合う。

 いざ――百鬼夜行大戦の開幕である。

 

 

 

×

 

 

 

「リクオ様、お待ちください!!」

 

 リクオと盃を交わした彼の側近、雪女のつららはいきなりの開戦に戸惑っていた。

 奴良組の妖怪たちの中でも年若い彼女にとって、初めての百鬼夜行同士の戦い。リクオの先陣により、なし崩し的に開戦となった戦の勢いに呑まれ、彼女は一歩出遅れてしまった。

 それでもどうにかして、一人前を行くリクオに追いつこうと、入り乱れる戦場の中を奮闘するつらら。向かってくる四国妖怪を吹雪で凍てつかせ、氷で作った薙刀を振るう。

 しかし、リクオの元へと駆け寄ろうとする彼女に――次から次へと四国妖怪たちが立ち塞がる。

 

「邪魔じゃ、うぬら!!」

 

 奴良組の妖怪たちをなぎ倒しながら突撃してきた巨人——手洗い鬼。人間の巨漢と大差なかった体格をさらに巨大化させ、彼は豪語する。

 

「我が名は手洗い鬼!! 四国一の怪力! てめぇらの一番はどいつじゃあああ!?」

 

 己の力自慢を声高々に誇り、その図体で奴良組の妖怪たちを見上げる。そして、その視界に入ったのだろう、手洗い鬼はつららへと襲い掛かる。

 

「俺が大将の首を、とるぅうぅぅぅ!!」

「きゃあ!」

 

 肉弾戦が得意とは呼べないつららにとって、あまり相性のいい相手とは言えず、その巨体に彼女は思わずたじろぐ。だが――力自慢ならば、奴良組にも一人、とっておきの奴がいる。

 

「ぐふっんだぁ、貴様は!?」

 

 手洗い鬼と同程度の大きさになり、その猛攻を食い止めたのは、奴良組特攻隊長――青田坊。

 

「おっと、力自慢なら俺を倒してからにしな。鉄紺色の衣をまとった破戒僧。この青田坊様をっ!」

 

 同じ力自慢同士、取っ組み合いになる両者。青田坊は手洗い鬼を押さえつけながら、つららへと叫んだ。

 

「雪女、お前はリクオ様のお側にいろ!」

「それが見失ってしまって……リクオ様――」

 

 同じ側近として、一緒にリクオのことを支えてきたつららに彼のことを託す。だが、肝心なリクオの姿がどこにも見えず、焦りを見せるつらら。

 さらに行きつく暇もなく、敵は畳みかけてきた。

 

「ひゃっ……何よこれ、水?」

 

 つららの足元にあったマンホールが吹っ飛び、大量の水が噴き出してきた。その水を咄嗟に一部凍らせるつららだが、さらに大量の水と共に姿を現した半魚人の妖怪。

 

「ゲゲゲッ、水場がアリャ、リクオなんざ、この岸涯小僧がひとひねりよ!」

 

 岸涯小僧は普段から岸辺を好んで生息する妖怪。陸上では大した妖怪ではないが、水を自在に操るその能力は水があることによって、水を得た魚のように活き活きと真価を発揮する。

 

「くそっ、雪女、止めるぞ!」

 

 水を得て活気づいた岸涯小僧を止めるべく、つららの側に来ていた首無が彼女へ呼びかける。二人がかりでやれば手早く済むだろうと、首無は岸涯小僧の動きを食い止めるべく紐を構える。

 だが、そんな彼の背後から、その紐を絡めとるように、かぎ針状の髪が迫る。

 

「ぐっ……!?」

「首無!!」

 

 つららが振り返ると、そこには鉄の髪を振り回す、妖怪・針女がいた。首無の紐を自らの髪に引っかけ、彼の動きを阻害する。

 

「邪魔をしないでほしいな!」

 

 そのまま、首無は針女と交戦状態に入る。

 しかし、女性に甘い色男である首無は、例え敵であろうと女性である針女に手荒な真似をすることができず、彼女の対応に四苦八苦していた。

 それを見かねたつららは、彼の援護に入るべく薙刀を構えるが、その背後から岸涯小僧が攻める。

 サーファーのように水流に乗りながら、丸くギザギザのついた歯を歯車のように高速回転させ、つららへと襲い掛かる。しかし、岸涯小僧の乗る水流が突如、不規則に乱れる。

 

「ゲフッ!?」

 

 足場の安定性を失い、地面に転げ落ちる岸涯小僧。そんな彼を不敵な態度で見下ろす、奴良組の河童。

 

「へぇ~。水場がないから、また役立たずかと思ったけど……ラッキー」

 

 河童もまた岸涯小僧と同じ水場に住まう妖怪。水がないところで、これといった活躍もできず困っていたのだろう。岸涯小僧がマンホールから呼び出した水を頼りに、彼も奴良組の戦線へと加わり岸涯小僧と睨みあう。

 

「河童……ありがとう」

 

 つららは、河童へと礼を述べながら、再び進んでいく。

 幹部妖怪たちからの襲撃がなくなったとはいえ、敵はまだまだウヨウヨと湧いて出てくる。

 それらの敵相手に奮戦しながら、つららは尚も叫び続けた。

 

「若、若……どこですか、リクオ様!!」

 

 自分が守るべき主の居場所を求めて、戦場を駆けずり回った。

 

 

 

×

 

 

 

「――はははっ! いきなりの開戦とは……なんともまた豪気なもんだ!」

 

 奴良リクオの先陣をきっかけに始まった百鬼夜行戦。それを建物の上から完全に他人事として眺める春明は実に上機嫌だった。眼下で行われている戦いの様子に、にやついた笑みを浮かべている。

 

「よく見とけ、カナ。これほどの規模の百鬼夜行戦。そうそう拝めるもんでもないぞ!」

 

 春明は隣に立っていたカナに声をかける。しかし、その言葉は彼女の耳に入ってこない。カナはただ、目の前で行わている戦いに息を呑み、圧倒されていた。

 

 ――これが……百鬼夜行戦。

 

 それまで、カナはそれなりに戦闘経験をこなしてきたが、そんな小規模の争いとはわけが違う、

 魑魅魍魎の群れが、敵味方入り乱れて戦いを繰り広げる様は――もはや戦争。

 とてもではないが、春明のように呑気な気分で観戦できるほど、甘いモノとは思えなかった。

 

「……っつ、こんなことしてる場合じゃない!」

 

 その勢いに呑まれ暫し呆然とするカナだったが、彼女は思い出したように槍を握る手に力を込めた。

 これだけの乱戦であれば、戦力は大いに越したことはないだろう。こんな自分にでも、何かできる筈だと、奴良組の加勢に行こうと試みる。

 春明に何を言われても構わないと覚悟を決めるカナ――だが彼女はふいに気づき、その足を止めた。

 

「? リクオくんが……いない?」

 

 確かに先陣を切ったところまでは目で追っていた。そのリクオの姿がどこにも見えなかったのだ。

 

「…………あん?」

 

 カナの疑問に春明も気づいたようで、リクオの気配を探ろうと、目を瞑って神経を張り巡らせている。 

 カナもそれに習ってリクオの居場所を探ろうと試みるのだが、如何せん、敵味方入り乱れすぎている。あちらこちらから強大な妖気のぶつかり合い、とても一人の妖怪の気配を追うことなどできない。

 

 ひょっとしたら、既に誰かに討ち取られてしまったかもしれないと、不安がカナの胸をよぎった――そのときだった。

 

 突如——火柱が激しく燃え上がった。

 そこは、百鬼が乱戦を繰り広げる中心地とは少し離れた、四国妖怪の陣の真っ只中。

 

 敵の大将・玉章と――奴良リクオが対峙している光景がカナの目に飛び込んできた。

 

「リクオ君!!」

 

 彼女は必死になって彼の名を呼ぶも、その声は百鬼の乱戦の中、虚しく溶け去っていった。

 

 

 

 




補足説明

 カナの能力について
  今回の話で明らかにしました彼女の空を飛ぶ能力について、一つ訂正を。
  以前、感想の返信で能力の名称は漢字で二文字と書きました通り、作中において彼女の能力は『神足』と呼称していますが、正式には『神足通』と言います。
  伝承では、自分の行きたいところに行ける能力。空を飛んだり、水の上を歩いたり、壁をすり抜けたりすることができるとありますが、今作における神足は、ただ空を飛翔するだけの能力に留めています。
  現時点で、カナが使える能力はこれだけですが今後――これと関連する能力を搭載する予定です。その際も、わかりやすいように伝承と違う能力に当てはめることになると思いますが、何かとご容赦下さい。


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