家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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 お久しぶりです。
 活動報告の方にも書きましたが、今月はFGOのboxガチャイベントで忙しくなります。
この話も、スマホの充電タイムの合間に書いています。
 おそらく今回の話が今月最後の更新だと思いますので次は10月にお会いしましょう。
 ちなみに、タイトルから分かるように、今回はつらら回です。
 今作の主人公であるカナちゃんの出番は控えめですので、どうかご容赦下さい。
 では――どうぞ。


第二十三幕 闇に際立つ白い雪

「――若! 今、お側に参ります!!」

 

 奴良リクオの側近、雪女のつらら。

 彼女はずっと、リクオが人間のことを最優先に考えていると思っていた。

 

 リクオは奴良組二代目――人間と妖怪のハーフである奴良鯉伴と、若葉という人間の女性との間に生まれた妖怪のクォーターだ。奴良組の中には、そんなリクオを半端者と疎むものも多いが、つららにとって彼は仕えるべき主であり、その忠誠心が揺らいだことなど、一度としてない。

 

 だがそんな彼女も、リクオが日頃から人間を第一に思って行動していることに、歯痒い気持ちを抱いていた。

 

 リクオは幼少期の頃、人間の友達に妖怪は怖いモノと教わり、人々から忌み嫌われている事実を知ってしまった。そのせいか、彼は人間に嫌われたくないという理由から、人として生きる『立派な人間になる』と誓いを立ててしまった。

「自分は妖怪なんかじゃない」「妖怪の組なんて継がない」と妖怪として生きるより、人間として生きることを選んだのだ。

 

 だが、つい先日の牛鬼の一件以来、リクオは変わっていった。牛鬼に覚悟を迫られたことで、妖怪である自分自身を徐々に受け入れてくれるようになった。

 そして、総大将の後を継ぐと、成人したら奴良組の三代目に襲名することを、皆の前で誓った。

 つららは、それがとても嬉しかった。紆余曲折あったものの、リクオは魑魅魍魎の主になることを改めて宣言してくれた。

 

 人間として生きることよりも、妖怪である自分たちと共に生きることを選んだのだと、心の底から喜んだのだ。

 

 しかし、そんな覚悟を決めた後も、リクオは人間としての生活を続けていた。

 正体を隠して学校に通い、人々に好かれようと進んでパシリのような真似をしている。無論、主である彼がそうすると決めたのならば、自分も護衛として黙って付き従うだけなのだが、やはり納得しきれない部分がつららの心の奥底にこびりついていた。

 しかもだ。リクオはそんな自分たち護衛を利用し、学校を秘密裏に襲撃してきた四国妖怪から、友人たちを守ろうとまで考えていた。

 やはりリクオにとって、人間と仲良くすることが一番で、妖怪の主になるのはそんな人間を護るための手段でしかないのかと。つららは、人知れず落ち込んだものだ。

 

 しかし、違った。

 

 あのとき、あの体育館で――。

 四国妖怪・犬神の強襲に奴良組の護衛達が吹き飛ばされる光景を前に、リクオは妖怪としての力を覚醒させ、夜の姿として衆目の前に姿を現した。

 下手をすれば、人間に正体がバレ、学校に通えなくなるかもしれない危険性を冒してまで、護衛たちを――妖怪の仲間を救おうとしたのだ。

 

『みんながぶっ飛ばされて、オレがなんとかしなきゃって思ったら……』

 

 人間に戻ったリクオは、自身の軽率な行動を後悔しながらも、不甲斐ない護衛達を責めはしなかった。

 その言葉を聞き、つららはようやくリクオの心情を理解できた気がした。

 

 半妖であるリクオは、人間も妖怪も分け隔てなく見てくれている。

 妖怪が人間に悪事を働けば、人間を護るために刀を振るう。

 逆に、人間が弱い妖怪を傷つけるようなら、人間を成敗することも厭わない。

 

 どちらが上などない。彼は人間も妖怪、その両方を護ってくれるお方だと。

 だからこそ、だからこそ、つららは――

 

 

 

×

 

 

 

「――よお」

「――っ!!」

 

 百鬼の乱戦の中を潜り抜け、奴良リクオは敵将・玉章に肉薄していた。敵陣真っ只中にいる玉章と刀で鍔迫り合う寸前まで、玉章以外誰もリクオの存在に気づくことができないでいた。

 それもこれも、リクオが祖父のぬらりひょんの血から引き継いだ特性によるものだ。

 

 人間の文献において、ぬらりひょんは『人の家に勝手に上がり込み、その家の食べ物やタバコを無断で拝借するいやらしい妖怪』と記録されている。

 その文献の通りに解釈すれば、彼の能力は誰にも気づかれないようにこっそりと隠れ潜む、実にセコイ能力と受け取ることができる。だが実際のところ、この能力の本質はそうではない。寧ろその逆――ぬらりひょんはその存在感を希薄にするのではなく、逆に強めるのだ。

 何者も、自分にとって大きすぎる存在を前にしたとき、その存在を畏れるあまり、気づくことを止めてしまう。見えていても、認識できないようにする。

 

 それこそ、ぬらりひょんという妖怪の能力——『明鏡止水』である。

 

 リクオの明鏡止水は、ほとんど祖父の見様見真似。ぬらりひょんの『真・明鏡止水』と比べると、その完成度に雲泥の差がある。だが、それでもリクオの『畏』は十二分に効力を発揮していた。

 リクオの畏れに気圧され、奴良組も、四国も。誰一人リクオのことを見ようとはしなかった。

 ただ一人を、除いて。

 

「――お前たち! 何をしている! リクオはそこにいるぞ!!」

 

 自分の存在に気づき、声を上げた玉章の反応にリクオは僅かばかりの感心を抱いた。

 

 ――へぇ……見えてたのかい。

 

 切羽詰まった叫び声を上げながらも、玉章は目前まで迫るリクオの存在に気づき、その一太刀を受け止めていた。

 正直なところ、リクオはこの玉章という芝居掛かった狸に、妖怪として何の興味も抱けずにいた。

 畏れを得るために、弱い堅気の人間に手を出し、自らの側近であった犬神をその手にかけたりなど。そのどれもが、リクオが心情とする『仁義』とかけ離れた行為であり、そんな妖怪を生かしておいたところで、いったい何の意味があるのかと、そのように考えていた。

 だが、玉章は畏を発動させたリクオの姿を一人捉え、こちらの一撃を間一髪とはいえ食い止めて見せた。

 

 ――なるほど。伊達や酔狂で百鬼夜行を率いているわけでもないってか……。

 

 器の方はともかく、偉そうに豪語するだけの力量はあるようだ。

 

 ――ならっ! これを、どう捌く!?

 

 ならばと、リクオは玉章を試すつもりで、さらなる次の一手を繰り出した。

 大きな盃を懐から取り出し、そこに妖銘酒『桜』を並々と注ぎ――力を解き放つ。

 

「――奥義・明鏡止水『桜』!!」

 

 リクオが放った技、『明鏡止水・桜』――火柱が玉章を襲う。それは盃の中の酒の波紋が鳴りやむまで、決して消えぬ業火の炎。かつて、巨大なネズミの妖怪・窮鼠を焼き尽くした奴良リクオの奥義だ。この技をどのようにして防ぐか。リクオは心中で期待を膨らましながら、玉章の動向に注目する。

 

 しかし、リクオの繰り出した炎を前に玉章がとった行動は、彼の予想だにしないものであった。 

 玉章は火柱から逃げるように後ろに下がると、すぐ側にいた自分の部下――幹部らしき鳥妖怪を盾にしたのだ。

 

「た、玉章さま!?」

 

 玉章の行動に戸惑いの表情を見せるが部下。そんな彼の元に、迸る業火が容赦なく襲い掛かる。

 

「ぎゃぁあああああっ――!?」

 

 断末魔の悲鳴を上げながら、鳥妖怪は憐れ――焼き鳥と化す。

 そんな部下に一瞥もくれることなく、玉章はさらに後方へと転がり、火柱から距離をとった。

 

「……………………おいおい」

 

 リクオは自分の中の玉章に対する、興味や関心が急激に冷え切っていくのを感じていた。

 大将としてあり得ない彼の行動に、玉章を見下ろすリクオの瞳に冷たい色が宿っていく。

 

「部下を身代わりにして逃げるのか。どうも、いつまでたっても小物にしか見えねぇ奴だ。――このまま消してしまって、構わねぇ気がしてきたぜ」

 

 その言葉通り、リクオは刀を握る手に力を込め、そのまま玉章を切り捨てようと一歩踏み込む。

 しかしその刹那、リクオの真上から音もなく――

 

 

 『闇』が舞い降りていた。

 

 

 

×

 

 

 

「――リクオ君!?」

 

 ビルの上から戦況を見守っていたカナは、リクオの異変に声を上げていた。

 

 彼女が一度見失ったリクオの姿を再び視認したとき、彼は盃から巨大な火柱を発生させ、敵の大将と対峙していた。他の妖怪たちはリクオの畏れに呑まれ、未だ彼を発見できずにいたが、カナは高所から戦場を俯瞰していたためか、リクオの明鏡止水の効果も薄く、リクオの姿を捉えることができた。

 

 リクオの火柱に対し、敵将は部下を身代わりに逃げ延びていた。その行為に僅かな嫌悪感を抱くカナであったが、早くもリクオが敵将に王手をかけていたことに、安堵感の方が増していた。あまりにも呆気ない幕切れかと拍子抜けしたが、戦いが早く終わることに越したことはない。

 しかし、そう安心したのも束の間。リクオの上空から音もなく舞い降りた、顔に布切れを巻いた女妖怪の介入に一気に形勢が逆転する。

 その妖怪が大きな黒い翼を広げ、羽をまき散らした途端、リクオの眼球が黒く染まり彼は棒立ちとなった。そして、敵の大将がゆっくりと近づいてくる気配に気づいた様子もなく――

 

 リクオは、その脇腹を刀で刺されていた。

 

 力を失ったように崩れ落ちる幼馴染の体。顔面蒼白になりながら、カナは急いでリクオの元へと飛び立とうとする。だが、彼女の飛翔を、鋭い声音で呼び止める者がいた。

 

「――待て!!」

 

 土御門春明だった。彼は、それまでカナが聞いたこともないような鋭い声音。見たこともないような形相で、先ほどリクオの下へ舞い降りた女妖怪の方を食い入るように見つめていた。

 その鬼気迫る迫力に押され、カナの足が反射的に止まる。

 

「に、兄さん、なんで?」

「……これを見ろ」

 

 驚き問いかけるカナに、彼は一枚の羽根を見せつける。

 それは、どうやら風に運ばれてここまで飛んできたあの女妖怪の羽らしい。カラス以上に漆黒で、毒々しい妖気を放ったその羽にカナも釘付けになる。

 

「こいつは、式――妖怪……夜雀の羽だ」

「よ、夜雀……?」

 

 その妖怪の名前をカナは初めて聞いたが、春明がここまで動揺を露わにするということは、かなり名の通った妖怪なのだろう。

 しかし、いかなる強豪妖怪、名の知れた妖であろうと関係ない。今はリクオの助成に向かわなければと、改めて踏み込もうとするカナだったが、そんな彼女の行動を溜息混じりに春明が制止する。

 

「だから、待てって言ってんだろ。あんな餓鬼の喧嘩に、俺たちが首を突っ込む必要はない」

「……けんか?」

 

 春明の呟きが理解できず、思わず振り返るカナ。

 今、カナの目の前で行われているのは純然な殺し合い。命と命を奪い合う、不毛な戦争だ。喧嘩などという、生易しいものではない筈。

 しかし、それは人間であるカナからの視点らしい。妖怪たちから言わせれば、こんなもの、所詮はただの意地の張り合い、突っ張り合いだと春明はうそぶく。

 

「妖怪ってのはタフなもんさ……。どれだけ傷を負おうと、どれだけ打ちのめされようと、『畏』さえ保っていれば、数日後にはケロッとした顔で平然と悪事を働きやがる。まっ、流石に腕や足が千切れれば生やすのも一苦労だろうがな……」

 

 常日頃から、陰陽師として妖怪をシバキ倒す立場である春明が、自らの妖怪感を語って聞かせる。 

 

「元より連中は闇の化生だ。冥途に戻るのが早いか遅いかの違いしかねぇだろ。そんな連中のガチの喧嘩に、人間のお前がまともに付き合っても疲れるだけだ。連中の気の済むまでやらせてやればいい」

「……でも……私は、リクオくんを……守って……」

 

 彼の言葉に、まるで自分に言い聞かせるように呟くカナだが、それを春明は一笑に付す。

 

「ふん、お前程度に守ってもらうようなら、奴良リクオもそれまでの男さ。それに――お前が出張らなくても、尻拭いなら同じ妖怪同士でやってくれるさ。ほれっ、見ろよ」

「えっ?」

 

 春明はカナに向かって、顎をクイっと上げ、そちらを見るように促す。カナは顔を上げて、リクオの方を見やると、今まさに、敵の大将がリクオに止めを刺そうと、刀を振り下ろしていた。

 

「リクオくん!!」

 

 幼馴染の絶対的な危機。今度こそ、自身の迷いも、春明の制止も振り切って彼の元へと駆け寄ろうとするカナだったが――迷ってばかりの彼女よりも、真っ先にリクオに駆け寄る影があった。

 その影は躊躇うことなく、敵将とリクオとの間に体を滑り込ませる。そして、手に持った氷でできた薙刀で敵の一撃を食い止め、自らの主である奴良リクオへと笑顔を向けていた。

 

「リクオ様、やっと見つけた!!」

 

 その声は、カナの耳元にもはっきりと聞こえるほど、澄み切った氷のような透明さを帯びていた。

 

「及川さん……」

 

 

 

×

 

 

 

「リクオ様、しっかり!!」

「……つららか?」

 

 間一髪、つららはリクオの危機にはせ参じることができた。敵将・玉章の凶刃を食い止め、ひんやりと冷たくも美しい、雪のように白い手でリクオの手をとっていた。

 

「――ふん!!」

 

 つららの冷気に刀を凍らされ怯んだ玉章。だが、すぐに気を取り直し、玉章はリクオへと刀を振り下ろす。つららは動けないでいるリクオの体を伴って、その攻撃を回避する。二人は揃って地面に転がる不格好な状態になりながらも、なんとか玉章の間合いから逃れることができた。

 

「ふぅ~~大丈夫ですか、リクオさ――」

「馬鹿やろう、引っ込んでろ。お前の出る幕じゃねぇ……」

 

 だが、つららに助けられた礼を述べることもなく、リクオはつららに下がるように指示を下す。

 よろよろと立ち上がりながら、彼は愛刀――祢々切丸(ねねきりまる)を構えていた。

 

「え、あ……ちょっと、リクオ様?」

 

 呆気にとられるつららは、それでもリクオを制止しようと手を伸ばす。

 

「お下がりください。私がお守りしますから……ね? いやだ、目に何かされてるじゃないですか!」

 

 そこで彼女は気づく。リクオの目。何らかの妖術によるものか、眼球が真っ黒に染まっている。視点の焦点も定まっていない。彼は実に危なげな足取りで、ゆっくりと敵将のいる方向へ体を向ける。

 そんな身でありながら、リクオはあくまで大将として体を張ろうというつもりなのか、つららに向かって――

 

「のけ――下がってろ」

 

 と、強引な言葉を放つ。

 そんなリクオの態度に、カチーンと、つららの中の何かが切れた。

 

「――いい加減にしなさい! なにカッコつけてるの!! 貴方は今、私が来なきゃやられてたのよ! 勝手に一人でつっこんでも――!!」

「え……?」

 

 つららの叱り口調に、いつも堂々としている夜のリクオにしては珍しく、戸惑いの表情を見せる。

 無理もない。つららは常に主であるリクオの意思を尊重し、彼の行動を肯定し続けてきた。幼少期の頃、悪戯が過ぎたり、怪我をしそうな危険な行為を叱ったりもしたが、それも昼のリクオのときにだけ。出会う機会の少ない夜の彼相手に、こうまで声を上げて叱りつけたことなど、今まで一度としてなかった。

 

「せっかく! 駆けつけたのに、貴方って人は!!」

「うっ……」

 

 普段ならば、不敬として他の同僚たちに咎められかねない口調で、つららはリクオを強く叱責する。そんなつららの剣幕に圧され、言葉を失うリクオ。

 そのリクオを庇うように、つららは立ち上がると玉章に向かって名乗り出ていた。

 

「さあ、私が相手よ! 隠神刑部狸玉章!」

「…………」

 

 つららと対峙した玉章は、不敵にもその場から動こうとせず、じっと値踏みするようにつららを見ている。

 そんな敵の視線に負けるものかと、つららは氷の薙刀を構え、玉章と戦う決意を固める。

 

「お、おい、つらら……」

「分かってます、でも相手が刀だけの武器なら私に分が……」

 

 護衛でしかないつららが敵の大将と戦おうとしていることを察し、リクオはつららに待ったをかける。

 だが、つららとて勝算もなく息巻いているわけではない。見たところ、玉章の武器は刀一振り。それ以外の方法、手段、能力で戦おうとする気配もない。相手が近接攻撃しかないのであれば、自身の冷気でなんとでも戦いようがある。

 そういった戦術的な根拠もあって、つららは玉章と戦うつもりであった、だが――

 

「違う、夜雀だ!!」

「えっ?」

 

 リクオのその叫びに、思わず彼の方を振り返る。

 すると、その僅かな隙を突くかのようにつららの頭上から、再び夜雀が翼を羽ばたかせていた。

 

 

 

×

 

 

 

 夜雀の能力『幻夜行』。

 その毒羽でほんの少しでも目を傷つけられれば、立ちどころに光を失い、視界は完全なる闇に覆われる。

 

 夜雀のまき散らした毒羽は、リクオやつららだけに留まらず、周辺一帯にその威力を発揮した。敵味方問わず、双方の妖怪たちの視界を奪い、余波で吹き荒れる風の勢いに、奴良組の進軍を押しとどめる。

 さらにその被害は、何も知らずに道楽街道周辺に集まってきた人間たちにまで及んだ。

 

「うん? なんだ、この黒い羽?」

 

 妖怪が見えない人間の目にも、夜雀の羽は見えていたようだ。一見するとカラスの羽と変わりなくみえるその羽に迂闊にも誰かが触れようとし、その人間の目に夜雀の羽が突き刺さった。

 

「うっ? う、うわああ、な、何も見えねぇ!!」

「いやぁっ! な、何よこれぇえ!?」

 

 その妖術の餌食になった眼球が黒く染まり、光を奪われ、唐突に訪れた完全な闇を前に、恐れ慄き悲鳴を上げる人間たち。

 古来より人間は闇を恐れてきた。それは原初から変わらない人間という生物の本能だ。その闇に抗える人間などそうそうおらず、彼らの『畏』を得たことでより一層勢いを増し、夜雀の羽は広がっていく。

 

「――あかん! その羽に触ったらあかん、下がっとき!!」

 

 そんな一般人が怯え逃げ惑う中、陰陽師たる花開院ゆらが人々にその羽に触れないよう大声で警告を促していた。

 巨大な妖気のぶつかり合いを感じ、ゆらはここまで駆けつけてきた。

 空を飛んできたカナとは違い、入り乱れる地上を走ってきたゆらは息が激しく乱れており、少し遅れてこの戦場へとはせ参じた。ゆらが来たときには既に妖怪たちが入り乱れ、死闘を繰り広げており、陰陽師たる彼女であろうとも迂闊に踏み込めぬ状況下にあった。

 そうして、どう立ち回るべきかと彼女が躊躇している間にも、あの羽が人間たちに被害をまき散らしていたのだ。

 ゆらは妖怪たちの方を後回しにし、混乱と恐怖に陥る人々を護るために奔走する。

 

「くそっ! いったい、何がどうなっとるんや!?」

 

 毒羽がまき散らされるその中心地へ足を踏み入ることができない、悔しさを歯噛みしながら。

 

 

 

×

 

 

 

「うっ……ごほごほ……ああ!!」

「つらら、逃げろ!!」

 

 自身のすぐ側で、つららの苦悶の悲鳴が聞こえてくる。どうやら彼女も夜雀の術中に嵌ってしまったらしい。戦闘音だけでも劣勢なのが伝わってくる。リクオの視界は完全な闇に包まれており、つららの姿も敵の姿も、何も見ることができない。

 闇に呑まれたリクオ。だが、それでも彼はつららへと声をかける。

 自分の配下である彼女の身を案じ、逃げろと叫んでいた。

 

「リクオ君。無能な側近を心配するより、今は君自身を心配したらどうだい?」

 

 そんなリクオに向かって、どこからともなく嘲るような玉章の言葉が耳に入ってくる。

 

「あれは夜雀の勝ち。それだけのこと……そしてこっちはボクの勝ちだ、ははは!!」

 

 既に玉章は勝ちを確信しているのか、そのような高笑いを上げ、襲い掛かる。

 自分の側近を馬鹿にされた怒りもあってか、リクオはその笑い声が聞こえてきた方向へと、己の気迫を叩き込んだ。

 

「……っ!!」

 

 相手が気圧されていることが、見えぬ視界からでも感じ取れた。

 その勢いに乗り、リクオは自身のぬらりひょんとしての能力『明鏡止水』を発動。相手に自分の姿が見えなくなれば、たとえ自分の視界が暗く閉ざされていようと、戦いをイーブンに持ち込むことができる筈だ。

 このまま、相手から認識されなくなれば――

 

「はあぁぁ!!」

「――くっ」

 

 だが失敗した。リクオの畏れに気圧されながらも、玉章は斬りかかってきたのだろう。リクオの腕に焼けるような痛みが走る。傷そのものは浅そうだが、リクオの体はたまらずよろけていた。

 すると、ふらつくリクオの背中が誰かの背中とぶつかり合う。

 

「つらら……まだいたのかよ、逃げろ」

 

 見えぬともわかる、背中越しに伝わってくるヒンヤリと冷たい、その雪のように心地よい彼女の体温が。

 

「逃げません。そんな足手まといみたいな言い方しないで下さい。若は……私が守るのです」

「いつまで言ってんだ。んなこと!!」

 

 自分の危機にも関わらず、未だリクオはつららに逃げるように言う。

 体を張るのは大将である自分だけでいい。何より、自分のために傷つくつららの姿など、リクオは見たくなかったのだ。しかし、つららは――

 

「――未来永劫守ります。盃を――交わしたお方ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 そう――つららは誓ったのだ。

 

 リクオは、人も妖怪も護ってくださるお方――。

 この方こそ、奴良組三代目を継ぐに値する器だと――。

 次代の魑魅魍魎になる、全てを捧げるのにふさわしい主だと――

 

 だからこそ、彼女はリクオと七分三分の盃を交わすことを決めたのだ。

 その交わした盃の信頼に応えるのは今――。

 彼の危機に力になれずして、何のための側近か。

 

「見ていてください、若……。我らの視界を阻む夜雀の妖術。必ずや解いてごらんに入れましょう」

 

 背中合わせのリクオに向かって、つららは豪語する。決して強がりなどではない。確かな自信を持った彼女の言葉に、リクオもとうとう逃げろなどということもなくなる。

 

「わかったよ……つらら。後ろは――おめえに任せる!」

 

 彼女のことを信頼し、自分の背中を託す。

 

「ふはははは!! 何ができるというのか。今の貴様らに! やるぞ、夜雀! 女もろとも、リクオを仕留めるぞ!!」

「―――————」

 

 一方の玉章。彼はつららの言葉をハッタリととらえたのか。夜雀に声をかけ、リクオとつらら相手に挟撃を仕掛ける。玉章がリクオを狙い、夜雀が雪女に襲い掛かる。

 既に目が見えないと油断してか、夜雀は真正面からつららへと薙刀を振り下ろした。

 その軌道を――完全に視界に捉えながら、つららは己の内から妖気を解き放つ。

 

「我が身に纏いし眷属氷結せよ……客人を冷たくもてなせ……」

 

 そう、つららの視界に夜雀の姿は見えていた。片目だけで視界が朧げだが、この角度からなら何の問題はない。

 

 つららは夜雀の羽が目に届くその刹那、目の周辺を己の氷で凍てつかせ、その侵入を拒んでいたのだ。

 咄嗟のことで片目しか守ることができなかったが、今はそれで十分。

 目が見えまいと油断した相手の意表を突くには、十分すぎる勝機であった。

 

「!? 止まれぇ、夜雀ぇぇぇぇぇ!!」

 

 そのことに気づいた玉章が焦るように声を荒げ、夜雀の動きが止まるが――もう遅い。

 既につららの妖術は完成した。あとはそれを解き放つだけ。

 

「闇に白く輝け……凍てつく風に恐れおののけ!!」

 

 そして顕現する彼女の眷属たる冷気が――

 

「『呪いの吹雪・風声鶴麗』!!」

 

 それは強力な吹雪を巻き起こし、対象を氷漬けにする雪女の『畏』。

 

「――――――――」

 

 その一撃を真正面から喰らった夜雀の体が氷の中に捕らわれ、彼女は行動不能に陥った。

 夜雀の畏れを、つららの畏れが上回った瞬間である。

 そしてその成果を、つららは自分自身の体で実感する。

 

「み、見える……ちゃんと両の目で! や、やりましたよ、リクオ様! 私やりましたよ! リクオ様――!!」

 

 両の瞳で光を感じることができたことで、夜雀の妖術の束縛から解かれたことを悟る。リクオの期待に応えることができた喜びに、彼女は子犬のようにはしゃぎまわっていた。

 

「――ふっ!!」

「う……おのれぇ、リクオ!」

 

 つららが主の方を振り返ると、既に形勢が逆転していた。視界を取り戻したリクオの眼球がもとに戻り、襲い掛かってきた玉章を迎撃していた。

 

「やるじゃねぇか、つらら!」

 

 敵を上手にあしらいながら、つららの活躍を褒めたたえるリクオ。

 彼は玉章に刀を突きつけながら、自身のしもべの活躍を誇るように言い放っていた。

 

「さんざん人の側近を見下しやがって。玉章よ……てめぇのしもべの方が下じゃねぇか」

「…………」

 

 リクオの言葉に、何も言い返せないでいる玉章。リクオはつららのことを、まるで自分のことのように自慢しているようである。つららの心が、温かいもので満たされていく。

 

 ――ああ……私は、リクオ様のお役に立てた。あの方の信頼に応えることができましたよ……お母様。

 

 自分を奴良組に奉公に出るように言った母――雪麗(せつら)に心の中で報告を入れながら、彼女はリクオの戦いを見守る。

 

 彼は自分を信頼してくれた。次は自分が彼を信頼する番だと。

 リクオと玉章。大将同士の一騎打ちを静かに見届けていく。

 




補足説明

 鳥妖怪——犬鳳凰
  原作では特に何の見せ場もなく焼き鳥になった唯一の七人同行。
  アニメ一期で名誉挽回かと思いきや、こちらでも結局、焼き鳥と化す。
  残念ながら、作者の技量で彼を救済することができませんで――やっぱり焼き鳥。
  誰か、犬鳳凰に救いを!!
 
 雪麗
  つららの母親。名前だけ出ましたが、特に原作との変更点はありません。
  しかし、つららの父親って誰なんだろう? ちょっと……気になりますね。


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