家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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遂に明日、ゲゲゲの鬼太郎でバックベアード様が上陸なされる。
一緒に台風まで上陸してくるのが少し不安だが、仕方ない。
無事に乗り切れるよう、祈るしかないな。

それでは、続きですどうぞ!


第二十五幕 変わらない心、畏れへの憧れ

 

 ――な、なんてすごい妖怪や……!

 

 花開院ゆらは、眼前に立ち塞がる巨大な妖気を前に、震えながらも立ち向かおうと歩を進めていた。

 

 先ほどまで、夜雀の幻夜行による一般人の被害の面倒を見ていた彼女だったが、何故だか知らないがその妖術の効力が切れ、視界を取り戻して落ち着きを取り戻した人間たち。

 騒ぎの収集に一応の一段落を付けたゆらは、すぐさまこの騒動の源。妖怪たちが争い合っている中心点へと急ぎ駆け足で向かっていった。

 

 しかし、現場に向かう道中、ゆらは感じとれる妖気の数が先ほどよりも少ないことに気づいていた。この先に妖怪がいることは確実。なのに、その絶対数が現在進行形で徐々に減ってきている。

 

 ――何者かが、妖怪を滅している?

 

 ゆらの脳裏に真っ先に思い浮かんだのが、同じ浮世絵中に通っているであろう少年陰陽師の存在だ。

 昼間の体育館の騒ぎの後では、彼の怒号に思わず押し黙ってしまい、その素性を詳しく問いただすことができなかったが、彼も陰陽師であるのならば、この巨大な妖気のぶつかり合いに気が付いている筈だ。

 自分よりも先に現場へと駆け付け、妖怪を倒しているのかと、ゆらは考える。

 

 しかし、ゆらが辿り着いた先に例の少年はいなかった。そこにいたのは、巨大な妖気の塊ともいえる妖怪が、同じ妖怪を斬り殺しているさまであった

 

 ――な、なんやこいつ!!

 

 初めにその光景を見たとき、いったい何をやっているか理解不能なゆらであったが、その妖怪が妖怪を殺すたびに、その妖気が増していく様子を感じ取り、すぐにその行動の意味、その力の正体を察する。

 

 ――あ、あれは蠱術や!

 ――なんでそんな刀、妖怪が持ってるんや!?

 

 蠱術は本来であれば人の手によって生み出される呪術であることは、ゆらも知識として知っている。その人間の力を、何故あきらかに妖怪であるそいつが利用しているのかと疑問を覚える。

 しかしそのような疑問、その妖怪の悍ましい姿を目に焼き付けた瞬間、どうでもいいものとして打ち消される。

 

 蠱術の力が宿った刀は、妖怪を斬り殺していくたび生き物のように脈打ち、その形を不気味な形状へと変化させていく。そして、刀を手にしたその妖怪の元に、斬り殺されていった妖怪たちの恨みや怨念が集っていく。

 まるで、一つの百鬼夜行のように。

 

 ――いやや、見えてまう。あの妖怪……一人で百鬼夜行を背負ってるかのような……。

 

 その巨大さを前に、ゆらの全身が震え、彼女の中の生存本能が逃げろと警告音を鳴らしていた。

 だが、ここで自分が背を向けて逃げ出すわけにはいかないと、ゆらは陰陽師としての使命感を総動員してその場に押しとどまった。

 

「げぇー!? 何あいつ!?」

「妖怪!? ウソ……怖い!」

 

 既に周囲には、妖怪の姿が見える霊感の強い一部の人間たちが騒ぎを聞きつけ集まってきている。もし、あの人込みの中にあの妖怪が突っ込んでいけば、その被害は怖ろしく甚大なものになるだろう。それだけは、絶対に阻止しなければならない。

 

 それに――この街には彼らが、清十字団の皆がいる。

 

 清継に島、巻に鳥居に凛子に奴良リクオ。まだ出会って半年も経っていないが、皆大切な友達だ。

 そして――この街には彼女が、家長カナがいる。

 ゆらの脳裏に、先ほど別れたばかりのカナの笑顔が思い浮かぶ。

 両親を失って尚、自分に向けられた優しい笑顔。

 あの笑顔を護るためにも、彼女たちの平和な日常を護るためにも、ゆらはここで引くことなどできなかった。

 

 ――皆が、あの子のいる街を――私が守らんと!!

 

 その決意を胸に、ゆらはその強大な妖怪相手に果敢に立ち向かっていく。

 

「待てや、そこの妖怪!! 人を害することはこの私が許さへんで!! いくで、全式神出動や――」

 

 出来る、信じろ、自分は花開院家の跡継ぎになる女だと。自分自身を奮い立たせながら、彼女は自分の戦力、全式神を総動員して妖怪を迎え撃つ。

 ニホンオオカミの貧狼。エゾジカの禄存。落ち武者の武曲。三体の式神を解放し、いざその妖怪の進軍を阻止しようと立ち向かっていった。

 だが――

 

「――――――」

 

 妖怪が、煩わしそうな動作で刀を持つ手を無造作に横に振るった。

 それだけだった、それだけで――顕現したばかりの式神たちが一瞬で惨殺されて消え去っていく。

 

「――え……?」

 

 ゆらの目には何も映らなかった。あまりにも速すぎた妖怪の剣速に、何が起こったのか理解すらできない。出てくる筈の式神たちはおらず、その残骸とも呼ぶべき切り裂かれた護符のみが虚しくも宙を舞っている光景に呆然と立ち尽くす。

 

「え……たん、ろ……どこ?」

 

 何をされたのか分からなかったゆらは、式神たちの名を呼ぶ。 

 しかし、どれだけ名を呼んだところで彼らが出てくる筈もなく、その声は空しく宙に溶けていく。

 

「八ッハェ……アグァッ!?」

 

 すると棒立ちになっていたゆらに妖怪は近づき、刀の切っ先を彼女の口の中に突っ込んできた。

 

「何のつもりだ……ん?」

「八ッ、あ、あぅ……ああああああ!!」

 

 刀の切っ先から生き物のように触手が伸び、ゆらの頬を舐め回すように撫でる。

 

 背筋が凍る、怖気が走る。

 ゆらは恐怖のあまり、数秒前の決意も、覚悟もその全てが砕け散り、心がへし折られそうになった。

 

 ――こ、殺される! 

 

 死の恐怖に呑まれ、ゆらの意識が完全にブラックアウトしかけた、正に――その刹那だった。

 

「うぉおおおおお!!」

 

 ゆらの危機に駆けつけるように、一人の男が巨大な妖怪へと斬りかかった。

 その男の振り下ろされた刀の一撃は、妖怪の顔を斬りつけ、その妖怪が被っていた仮面を斜めに切り捨てる。

 斬られた痛みにぐらりと揺れ、怯む妖怪。それによりゆらは自由の身となった。

 

「はぁはぁ……」

 

 妖怪の魔の手から逃れられたことに安堵するのも束の間に、ゆらは自分を助けた男の姿を見るや、再び臨戦態勢に身構える。

 

「お前は、妖怪の主!!」

 

 そこに立っていたのは妖怪の主――ぬらりひょんだった。

 窮鼠のときに自分を助け、今日の昼間にも体育館で巨大な犬の妖怪と戦った百鬼夜行の主。

 そんな妖怪の総大将に助けられた屈辱に身を震わせ、ゆらは彼に眼を飛ばす。その視線を涼しい顔で受け止めながら、彼はゆらに言った。

 

「死ぬぞ、下がってろ。こいつは俺の相手だ……お前は人間を護れ」

「妖怪風情が私に――なんやと? 人間を護れ?」

 

 彼の偉そうな態度に反射的に噛みつくゆらだったが、その言葉の意味を悟るや、彼女は目を見開いて驚く。

 こいつは今何と言った? 人間を護れと、確かにそう言った。

 人間を害する筈の妖怪が、人間にとっての悪である筈の妖怪が。

 それが自分を助け、あまつさえ、他の人間を護るように指図してきたのだ。

 

「こいつ、妖怪のくせに……!」

 

 陰陽師として、今すぐにでもこいつを滅さなければならないと思いながらも、式神を失った今の自分では何もできないと、ゆらは無力感と屈辱に体を震わしていた。

 

 

 

×

 

 

 

 ――リクオ君……そうか……。

 

 ゆらの危機に誰よりも真っ先に駆けつけ、彼女を助けてくれた奴良リクオ。その姿にカナは改めて思い知らされる。彼が――奴良リクオであるという事実を。

 姿形をいくら変えようと、その言動や、態度がほんの少し変わろうとも、その心根に変わりはないのだと。

 彼は、自分の大切な幼馴染。そしてあの日――自分を助けてくれたのも彼だったのだと、当時のことを思い返す。

 

 

 

 四年前のあの日――

 

 浮世絵町のトンネルで起こった崩落事故。そのトンネルを通る路線バスが生き埋めになった。当時小学生だったカナと清継たちもそのバスに乗っていた。

 後で知ったことだが、その崩落事故は妖怪が起こしたものだったらしい。

 奴良組配下の妖怪・ガゴゼ。奴良組三代目の座を狙い、リクオの暗殺を企んだ。

 

 当時から、カナはリクオの家の事情を知っていたが、今のように戦う力はなく、出来ることと言えば『神足』で飛び回って逃げることくらいだった。

 だがそれも、トンネルという閉鎖空間に閉じ込められた状況では何の意味もない。

 カナは他の子どもたち同様、自分たちを殺そうと現れたガゴゼ率いるガゴゼ会の屍妖怪たち相手に、ただ死を待つだけの無力な子供であった。

 そこへ、『彼』は来てくれた。奴良組の妖怪たちを多数従え、自分たち人間を救うために。

 

『――カナちゃん。怖かったら目つぶってな』

 

 あのとき、自身に向かって優しく掛けられた言葉を、カナは今でも鮮明に思い出すことができる。

 思えば、あのときから本当は気づいていたのかもしれない――彼の正体に。

 それにずっと気づかないふりをして、真実を知ろうとする心にずっと蓋をし続けていた。

 

 

 

 ――そうだ、リクオくんはあのときから何も変わっていなかった!

 ――ずっと、私たちを傍で見守っててくれたんだ!!

 

 今このときになって、カナは目を晒さずにリクオの背中を真っすぐに見つめる。

 あのときよりも大分背丈が大きくなったが、彼の在り方は何も変わっていない。

 陰陽師であるゆらを背に庇いながら、リクオは強大な妖気を背負った玉章相手に、一切の揺らぎもなく立ち向かっていく。

 

「なんや、偉そうに! あんたの助けなんかいらん、あんたはうちが――」

 

 リクオの正体を知らず、妖怪の主である彼と敵対する立場にいるゆらは、彼の助け舟を拒絶し、リクオに噛みついている。そんなゆらに静かに歩み寄り、カナは優しく語り掛けていた。

 

「大丈夫だよ……ゆらちゃん」

「!! あんた、何で……あたしの名前を?」

 

 面霊気で顔を隠したカナ。何者かもわからない相手に自分の名前を呼ばれ困惑するゆらであったが、それにも構わずカナは続けていた。

 

 

「この人を――信じて」

 

 

「――っ!!」

「…………」

 

 カナの言葉にゆらは目を見開いて固まり、リクオがチラリと、自分の方を見ていた。

 しかし、リクオはすぐにその視線カナから外し、玉章へと向き直り、彼へ戦いを挑んでいく。

 激突する二つの妖気。つばぜりあう両者の刀。

 

 ――信じてるから、リクオくん。私も……信じてるから!!

 

 リクオの戦う勇姿を目に焼き付けながら、カナは言葉にならない想いをリクオへと託していた。

 

 

 

×

 

 

 

「……くっ! なんでや、なんで……」

 

 そのとき、花開院ゆらの中に小さな迷いが生じ始めていた。

 妖怪は『絶対悪』。そう教え込まれ、そう信じて今まで陰陽師として研鑽に励んできた日々。なのにその意思がここに来て大きく揺らぎ始めていた。

 殺されてもおかしくはなかった。刹那の間に式神を失い、その勢いのまま、斬り殺されてもおかしくない流れだった。その流れを食い止め、ゆらの命を救ったのが、よりにもよって百鬼夜行の主。

 二度に渡って命を救われ、挙句の果てに人間を護れと言われた。

 その言葉に、思わず敵対心と自分の未熟さを認めたくない思いから彼に反発したゆらであったが、そんなゆらを諭すように彼女は声を掛けてきたのだ。

 

『――信じて』

「……っ!」

 

 狐面で顔を隠した巫女装束の少女。

 奴と一緒に現れたということは、彼女も奴の仲間なのかもしれない。

 だが、何故だが知らないが、彼女の言葉によってゆらの中の迷いはさらに大きく波打つこととなる。

 

 決して大きな声ではなかった。だが彼女の言葉には切実な思いが、願いが込められているように思えた。

 自分でも何故だかわからない。どうして、どうして――彼女の言葉がこんなにも胸に響くのか、と。ゆらはさらに深い戸惑いへと落ちていく。

 

『――おい、花開院』

「っ!?」

 

 すると、その迷いから何も行動を起こせないゆらに対し、何者かが声を掛けてきた。その声は、いつの間にかゆらの耳元にふわふわと浮いていた、人型の札から発せられたものだった。一目見て、陰陽師の使う連絡手段だと察したゆらは、その声の主が誰なのかを理解する。

 

「あんたは、昼間の……」

『土御門だ。別に覚える必要はない』

 

 例の少年陰陽師――土御門と名乗ったその少年の声に、ゆらは我を取り戻す。

 どうやら、相手側は自分のことを知っているようだ。花開院家であるゆらに呼びかけ、彼はすぐに本題に入った。

 

『ここは俺が面倒を見る。お前は他の素人どもを下がらせろ』

「な、なんや……なんでアンタの指図なんか、受けなあかんねん!」

 

 ゆらは咄嗟のことで、反抗的な態度で返事をしてしまう。しかしそんなゆらに対し、土御門は声の質量を高め、容赦なく言い放った。

 

『式神を失ったてめえなんざ、たかが知れてる。いいからとっとと野次馬どもと一緒に避難しやがれ!』

「くっ――」

 

 全く持ってその通りの正論に、ゆらはそれ以上の反論ができず唇を噛みしめる。

 式神を失った自分に今できること。それは妖怪を滅することでも、この戦いを見届けることでもない。この騒ぎを聞きつけ集めってくる、無力な一般人を避難させることだ。

 人々を護る。それだけは決して忘れてはいけない、陰陽師としての最低限の責任だ。

 それを妖怪や、リクオの祖父を見捨てようとした同業者に諭されるのは癪であったが、そうも言っていられない状況だ。

 

「下がるんや、一般人ども!!」

 

 己の無力さに歯噛みしながらも、残った理性を搔き集め、ゆらは周囲の人々に声を掛けていく。

 後方で繰り広げられている、百鬼夜行の主と、百鬼夜行を背負うものとの死闘に背を向けて――。

 

 

 

×

 

 

 

 長く続いたこの百鬼夜行戦も、とうとう終わりの刻が近づいてきていた。

 既に幹部たちの敗北や玉章の暴走もあってか、四国妖怪たちからは完全に戦意が失われている。誰も奴良組と戦おうとせず、黙って武器を下げ、自分たちの大将・玉章の戦いを静かに見届けていた。

 

 戦いは、奴良リクオと玉章の一騎打ちとなっていた。

 魔王の小槌によって限界まで高められた玉章の膨れ上がった力を目の当たりにし、奴良組の面々はリクオを庇うため、あえて自分たちだけで玉章を討ち取ろうとした。だが、それを他でもないリクオ自身が制止した。

 

「――まて、こいつはオレがやる。大将は体を張ってこそだろ」

 

 と、皆を後ろに下がらせる。

 味方を使い捨てる玉章とは違い、リクオは自らが傷ついてでも皆を護る道を選んだのだ。

 それこそ、リクオと玉章との器の違いだろう。

 だが――残酷なことに、その器の差とこの戦いの勝敗は別物かもしれない。

 

「ぐっ……」

 

 皆の代わりに体を張って立ち向かっていくリクオではあったものの、その攻撃はことごとく玉章に蹴散らされている。魔王の小槌の力で百鬼を背負う妖となった玉章の体は、文字通り大きく膨れ上がっていたのだ。リクオと同程度の背丈だった彼の体格は、今や完全にリクオを見下ろすまでになっていた。

 刀と刀による真っ向からの力のぶつかり合いにおいて、それはリクオの不利を如実に物語っていた。

 それでも諦めず、リクオは何度も何度も玉章に斬りかかっていくが、その刃を玉章にまで届かすことができずにいた。

 

「若ぁ!!」

「――っ」

 

 奴良組も狐面の少女も、その様子に歯がゆいものを感じながら、彼を信じて黙ってその戦いを見届けている。

 しかし、玉章は空を見上げながら、残酷にもタイミリミットを宣言する。

 

「空が白んできたぞ、リクオ……」

「――!?」

 

 玉章の言うとおり、空が白み始め、長かった夜が明けようとしていた。

 その夜の終わりと共に、リクオの体に変化が訪れる。

 

「若――!?」

「あ、朝だ……リクオ様が、人間に戻りつつあるぞ!!」

 

 そう、ぬらりひょんの血を四分の一しか継いでいない奴良リクオは、夜の間しか妖怪でいることができない。

 昼間の体育館のように、空間全体が闇に閉ざされていれば別だったかもしれないが、ここは屋外。否が応でも、朝焼けの光から逃れることはできない。

 リクオの体はどんどん縮んでいき、今にも人間に戻りそうな勢いであった。いかにリクオと言えども、人間の状態で巨大な妖力を誇る玉章に敵う筈もない。

 勝利を確信したのか、玉章は余裕の態度でリクオへと近づき、その刀の切っ先を彼の首下へと突きつける。割れた仮面の向こう側から見下すような視線を向け、獲物を舌なめずりするように勝ち誇る。

 

「恨むのなら、非力な自分の『血』を恨むんだな……」

 

 

 

×

 

 

 

 ――そう、このボクのように……。

 

 玉章は思い出していた。ここに至るまでに費やしてきた、自分の道筋を――

 

 玉章は、父である隠神刑部狸の血を、誰よりも色濃く受け継ぎ、この世に生を受けた。

 だが、彼の身に宿った力は必要とされない力であった。三百年前に決定的な敗北を喫し、牙をもがれた四国は今更力など、何一つ求めていなかったのだ。

 

『――玉章、なんだその眼はっ!』

『――無駄にギラギラさせおって、馬鹿がっ!』

『――今の四国に、お前のような奴は必要ないわい、ははははっ!!』

 

 自分よりも先に生まれたというだけで、玉章は兄たちから見下され、罵声を浴びせられる毎日。

 生まれる順番を間違えたのか、生まれてくる時代そのものを間違えたのか。

 玉章は何の野心を持てない兄に、そして――何の発言権も、決定権もない自身の序列に、生まれに絶望していた。

 

 しかし、それでも彼は野心を捨てきることができなかった。

 いつかきっと来る日の目。自分が表舞台で活躍できることを信じ、彼は自分一人で動いた。

 表向き、言われた通り人間の学校に大人しく通い優等生を演じながら、裏では自分と同じように燻っている若い妖怪たちを、己の神通力で従わせ下僕として集めて回った。

 

 いつか来る、必ず来ると――そう、信じて。

 そして――その機会は何の前触れもなく訪れた。

 

『――天下を獲るのです、玉章。貴方には、その力がある』

『――この刀を使い、百鬼夜行を作るのです』

 

 かつて、父の野望を打ち砕き、その牙をもいだ――魔王の小槌。

 その神宝を、玉章はあの男から手渡された。これで自身の野望を叶えられる。この力を前にすれば、あの腑抜けた兄たちもきっと目を覚ますだろうと、ほんの少し彼の胸の内に希望が湧いていた。だが――

 

『――何が魔王の小槌だ、くだらぬ!!』

『――玉章、今さらそんなもの、何の役に立つというのだ!』

 

 その神宝を前にして尚、兄たちの腑抜けきった態度には何の変化もなく、挙句彼らは玉章から神宝を取り上げようとまで画策した。

 彼らの腐った目を覚ますことは、もはや不可能。そう悟った玉章は――兄たちを皆殺しにした。

 血の通った兄弟であろうと、自分に逆らうことは許さない。神宝を得て増長した玉章の心が、そのように裁定を下したのだ。

 悲鳴を上げ、許しを請いながら命乞いする兄たちを一人、また一人と魔王の小槌の錆にした。

 兄たちの妖力を得て、魔王の小槌はさらにその力を増し、使い手たる玉章もどんどん力をつけていった。

 

 その力を目の当たりにした四国妖怪たちは、皆玉章を恐れ、彼の後についてくるようになった。

 新生四国八十八鬼夜行、誕生の瞬間だった。

 

 そのとき、玉章は悟ったのだ。これだ、これこそが『畏』なのだと。

 

 自分が圧倒的な力を持って、彼らに恐怖に与えてやれば、皆がそれに従う。

 自分一人が、圧倒的な存在になれば――。

 

 

 

「この街に来て、一週間……とうとうこの玉章の畏れが、奴良組総大将のそれを凌駕したのだ!!」

 

 長かった、ここまで来るのに本当に長かった。しかし、これは前哨戦に過ぎない。奴良組を潰すことなど玉章にとって単なる通過点だ。

 関東を制し、関西を制し――そして、親父を超える。そこまでやってこそ、玉章の野望は完全に果たされるのだ。

 

「そうだ、これで――!」

 

 その野望の第一歩。奴良組に勝利するため、玉章は最後の一太刀をリクオへと振り下ろそうとした。

 だが無粋にも、玉章と奴良リクオの一騎打ちに割り込み、その一撃を止めようと、弾かれるように飛び出した者たちがいた。

 

「リクオ様から、離れろぉおおおおお!!」

「玉章ぃぃぃい!!」

「――っ!!」

 

 奴良組の妖怪たち。彼らはリクオを護ろうと、一斉に玉章へと向かっていく。

 首無が、青田坊が、黒田坊が、河童が、雪女が、毛倡妓が、玉章たちの手によって父親の狒々を殺された猩影が、奴良組の妖怪かも分からぬ狐面の女が――

 誰も彼もが奴良リクオを庇おうと、圧倒的な力を持つ玉章へとその牙を突き立ててきた。

 

「ふん――!!」

 

 それら全ての妖怪たちを、玉章は軽く退ける。そして彼らに対し、玉章は疑問を投げかけていた。

 

「なぜ、貴様たちは……こんな弱い奴についていく?」

 

 それは彼らの大将たるリクオを愚弄し、挑発するための問いかけではない。純粋に疑問に思ったからこそ、玉章の口から出てきた問いかけだった。

 

 そうだ、リクオは弱い。この玉章の力を前に、彼は膝を突いたのだ。

 妖怪であるなら、その時点で彼を見限り、自分に従属するべきではないか。

 少なくとも四国の妖怪たちはそうだった。圧倒的な玉章の力に屈服し、彼らは玉章に隷属することを誓った。

 力を前に平伏す、それこそ妖怪としてあるべき姿ではないのか。

 故に、玉章は弱い大将であるリクオを、奴良組の面々が庇う理由が理解できなかった。

 

 しかし、理解できないのは奴良組とて同じこと。玉章の問いかけに彼らは喧嘩を売るように真っ向から答える。

 

「ああん? 当たり前だろ……」

「何、馬鹿なこと言ってるのよ」

 

 自分たちがリクオを庇うなど、当然だとばかりの言い分。

 

「?」

 

 奴良組の返答に、己の内側からますます疑問と、謎の苛立ちが沸いてくる玉章の心。

 すると、その疑問に応えるべく、奴が――奴良リクオが護衛たちを押しのけ、満身創痍の体を引きずりながら玉章の眼前へと立ち塞がった。

 

「玉章……てめぇの言うその畏れ。俺たちはテメェの、どこに何を感じろってんだ?」

 

 

 

×

 

 

 

 そうだ。力が、強さが全てだというのなら、誰もリクオについてなどいかない。

 玉章の指摘した通り、現段階でリクオは別に飛び抜けて強いわけではないのだから。

 

 純粋な腕力で、リクオは青田坊には敵わない。

 黒田坊のように、無数の武器を扱えるわけでもない。

 首無や毛倡妓の二人のように、見事なコンビネーションを発揮できる相方もまだいない。

 炎で敵を焼き尽くせても、河童やつららのように水や氷を自在に操れるわけでもない。

 

 未だ未熟なリクオには、足りていないものがたくさんある。だが――それでも、皆がリクオについていく。

 それはリクオが、皆がリクオの在り方に憧れを持っているからに他ならないのではないか。

 ただ強いだけではなく、カッコよくて、飄々として、でもどこか憎めない。

 彼の人柄、彼の器の広さに魅入られ、敵わぬと感じたからこそ、皆が彼を慕う。

 

 リクオ自身もそうだ。

 彼も、ぬらりひょんという偉大な祖父に、そのような憧れを抱いた身だからこそ分かる。

 ただ食いや駄菓子を貰って来たりと、せこい悪行に対して口うるさく説教することもある。

 考え方の違いから、祖父とぶつかり合って口げんかすることもあった。

 だがそれでも――リクオはぬらりひょんという妖怪を憎み切れなかったし、幼少期の頃より聞かされてきた彼の武勇伝に、今も心踊らされる

 そんな祖父の作った奴良組。そんなぬらりひょんを慕い、集まってきた仲間たちのいる組だからこそ、リクオは後を継ぐと心に誓い、護りたいと思うことができた。

  

 いつか自分も祖父のように、なりたいと思うことができた。

 

「――そうさ、ボクは気づいた。それが百鬼夜行を背負うということだと!!」

 

 リクオは叫ぶ。自らの思いの丈を全てぶちまけるかのように。『畏』の意味をはき違えている玉章に向かって。

 

「仲間をおろそかにする奴の畏れなんて、誰もついていきゃしねぇーんだよ!!」

 

 恐怖で縛り、力を誇示するだけの支配など、畏れではないと。

 自分一人の力だけを信じ、ついてきた仲間を斬り捨てるような奴に、自分が理想としている『畏』の形を示してやらねばと。

 

 玉章――君は間違っていると。

 

 そんな相手には負けられないと、リクオは強大な妖気を垂れ流す玉章へと正面から立ち向かっていく。

 

「――黙れ」

 

 その言葉に苛立ちを募らせ、玉章はただ一言吐き捨てながら、リクオを斬り捨てた。

 リクオの言葉など玉章からすれば戯言だ、世迷言だ。

 自分こそが正しいと、それを証明するために玉章はリクオへとどめの一撃を放った。

 そして、無残にもリクオの体は真っ二つに切り裂かれ……切り裂かれ――?

 

「――あ?」

 

 玉章の口から呆けるような声が漏れていた。

 

 手応えが――なかった。

 確かに斬り捨てた筈なのに、ざっくりと体を斜めに分断した筈なのに、リクオをそこに平然と立っている。

 ゆらゆらと、砂漠に揺らめく蜃気楼のように。

 

 畏れの発動? ぬらりひょんの能力——明鏡止水?

 しかし、それならば姿が見えなくなる筈だ。

 玉章の視界はしっかりとリクオの姿が捉えていたし、見えていた。

 

 ――何だ……これは!?

 

 これは違う! これは今までのリクオとは、まるで違う!!

 理解しきれぬリクオの力に玉章は戦慄し、そして――呑まれた。

 玉章も、そしてリクオ自身も自覚がないまま、彼はぬらりひょんとしての新たな力の一端を垣間見せた。

 

『鏡花水月』

 

 リクオの畏れに呑まれ棒立ちになる玉章へ、リクオは愛刀——祢々切丸を振り下ろす、

 そして――魔王の小槌が握られていた玉章の右手を見事、一途両断に切り捨てて見せた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決着――奴良組若頭・奴良リクオ 対 新生八十八鬼夜行大将・隠神刑部狸玉章。

 

 

 

 勝者――奴良リクオ。

 

 

 

 

 

 

 




う~ん……特に補足することがないので、とりあえず一つ。

次回のタイトルは原作と同じ『野望の終焉』。
次で長かった四国編を完結させますので、どうかよろしくお願いします!



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