家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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 間に合わなかった!!ギリギリ10月中に投稿できるかと思ったが、月を跨いでしまった。でも仕方ない、これもFGOの鬼ランドが悪い。
 まさかこんなタイミングで撃退戦が始まるとは……昨日は一日、そっちにかまけていた。

 さて、今回から新章『追想編』が始まります。
 話の流れは現在の時間軸で物語が進みながら、途中途中で回想——過去話が入るという形を取りたいと思います。
 この章から、オリジナルな設定、用語、キャラが増えていくと思いますのでその都度、後書きの方で補足説明を入れていきます。何卒ご容赦ください。

 それでは、どうぞ!!



追想編
第二十七幕 夜のデート


 霧深く覆われた森の中で、人々の悲鳴が木霊する。

 

 誰もが眼前に立ち塞がる巨大な影――絶対的な『死』を前にして必死の形相で逃げ惑う。だがどれだけ、どこへ逃げようと彼らに逃れる術はない。この霧の中、どこへ逃げようと気が付けば元の場所に戻ってきてしまう。

 何故そのようになってしまうのかと、疑問に思う前に人間たちは巨大な影の爪や牙の餌食となり、ただの屍に成り果てる。やがて血の通った生者が残らずいなくなった森の中で影の――化け物の雄叫びが木霊する。

 

 そんな中、未だに息をしている少女がたった一人だけいた。

 

 咄嗟に化け物の爪から、少女を護るように盾となった母親の機転。彼女の決死の覚悟により、少女は一命を取りとめ、さらに母親の死体が上手く少女の姿を覆い隠していた。

 しかし、それもほんの少し命の灯を引き延ばしたに過ぎない。死体しか転がっていない筈のその場から生者の匂いを嗅ぎ取ったのか、化け物は鼻を引くつかせながら、生き延びた少女の方へと近づいてくる。

 

 化け物は歯を剥き出しに、口元を歪めていた。

 まるで、生き残った少女の足掻きを嘲笑うかのように。

 少女は何もできない。母の死体に抱かれながら、彼女は虚ろな眼差しで歩み寄る『死』を漠然と見つめている。

 

 化け物が少女の目前で止まる。最後の生き残りたる彼女の命を刈り取ろうと、その爪を振り下ろそうした――その刹那だった。

 

 少女と化け物との間に、風が飛来したのは。

 

 その場の霧を全て吹き飛ばす勢いで飛来した風は、化け物の巨体をのぞけらせ、少女の窮地を救った。

 化け物――人々の命を奪った大ネズミの妖怪は、その飛来した『何か』に向かって威嚇するように唸り声を上げている。少女は、風の勢いで閉じていた目をゆっくりと開く。

 見つめる景色のその先に――真っ白い毛並みの『彼』がいた。

 

「――そこまでにしておけ、ネズミ風情が……」

 

 怒りを押し殺すかのような呟き。

 彼が何者なのか、そのときの少女は何も知らなかった。

 だが、今ならばわかる。何故ならここは少女の夢の中。かつての記憶——その追体験なのだから。

 しかし、そのときの彼がどんな表情をしていたのか、全く思い出せない。

 ただ敵対者であるネズミだけに意識を向けていたのか、あるいは少女のことを気遣う素振りを見せていたのか。

 その横顔がどんなだったのか、それを夢の中で確かめる間もなく。

 

 そこで少女――家長カナは目を覚ました。

 

 

 

×

 

 

 

「――!! はぁはぁはぁ……夢、か……」

 

 カナは自室のベッドの上で飛び起きた。部屋の中は真っ暗、窓から光が差し込む様子もない。時計を見ずともわかる。今がまだ深夜だということが。

 

「……久しぶりに見たな……あのときの夢」

 

 ぐっしょりと汗で濡れた額を拭いながら、カナは暗闇の中で呟く。

 

 あれこそ、カナという少女にとっての人生の分岐点。両親を失った忌まわしき過去のトラウマだ。

 時が過ぎ、ある程度の折り合いを付けて悲しみも薄らいではいるが、もっと子供の頃はあの悪夢を見るたびに目を覚まし、夜通し震えていた。

 彼女が涙に暮れるたび、近くにいてくれた大人が宥めてくれていたが、今のカナはこの部屋の中で一人っきりだ。誰も彼女の背をさすって、慰めてくれる人はいない。

 

「――って……もうそんな子供じゃないけどね……」

 

 しかし、それでいい。今更こんな悪夢一つに、いちいちしょげてはいられない。

 中学生に上がるのをきっかけに、カナは今の一人暮らしを始めた。同じアパート内にお目付け役として春明が住んでいるが、彼が必要以上にカナの私生活に首を突っ込んでくることはない。その距離感が今のカナには丁度よかった。

 自分は一人でもきちんと生活できる。人としての人生を全うできる。

 久しぶりに悪夢を見たからと言って、人肌が恋しくなどならない。再び眠りにつこうと、もう一度ベッドの上で横になるカナであった。だが――

 

「…………………眠れない」

 

 そう、寝付けないのだ。ここ最近、カナは不眠症で中々寝付けないことに頭を悩ませていた。原因は先ほどの過去の悪夢とは無関係。あくまで現在進行形でカナが抱えている、とある悩みのせいだった。

 

「………駄目だ!! 眠れない あ~もう!!」

 

 カナは苛立ちを口にしながら部屋の電気をつけた。だが照明の輝きが眩しくて、思わず咄嗟に手を翳す。

 

『ん……なんだ? もう朝か?』

 

 すると、カナと同じようにその灯りの眩しさに反応する者がいた。先ほどまで、この部屋には自分一人しかいないと考えていたが、もう一人同居人がいることをすっかり失念していた。もっとも、それは『人』と呼べる存在ではないのだが。

 

『……あれ? 朝じゃねえの?』

「あっ、ごめんコンちゃん。起こしちゃった?」

 

 カナは響いてきた声の方に目を向け、謝罪を口にする。彼女が振り返った先には、狐の面を模したお面が立て掛けられており、先ほどの寝ぼけたような声もそのお面が発したものだ。

 

 妖怪『面霊気』。狐面の付喪神――名前はコンである。

 

 彼女――性別は女性らしいコンには、体もなければ足もない。カナの背中をさすって慰めてやる腕もなかったが、今のカナには声だけで十分だった。誰かと話をしているだけでも、ほんの少し胸の内が軽くなるようであった。

 

『いや、あたしは構わねぇけど……眠れないのか?』

「……うん」

 

 本来であれば面霊気は春明の持ち物だが、ここ最近はカナがコンと一緒の部屋に同居している。ずっと側でカナを見続けていたコンは、カナが眠れない悩みの原因を察していた。

 

 カナの悩み――それは幼馴染である奴良リクオのことだ。

 

 奴良リクオは人間ではない。妖怪と人間の血が混じり合う『半妖』と呼ばれる存在だ。

 妖怪の総大将ぬらりひょんの血を四分の一受け継ぐクォーターであり、この浮世絵町に畏れの代紋を掲げる、妖怪任侠組織『奴良組』の若き三代目である。

 

 もっともリクオが人間でないことも、彼の家の事情もカナは以前から知っていた。学校では上手く隠しているようだが、妖気を感じ取る修練をひととおり学んだカナに、その程度の誤魔化しは通用しない。

  

 カナが衝撃を受けたのは、リクオの正体――妖怪としての彼の『夜の姿』を知ってしまったからである。

 

 カナはずっと、リクオには戦う力がない、彼を弱い半妖だと決めつけていた。事実、昼間の彼には戦う力などなく、妖気もごく僅かでほとんど人間といってもいいほどに弱々しい。

 そんなリクオを危険から遠ざけ、人知れず守る。それがリクオの幼馴染であり、多少なりとも『力』が使える自分の使命だとカナは勝手に思い込んでいた。

 しかし、それは大きな思い上がりだということを、つい先日の一件——四国妖怪との抗争で思い知らされた。

 

 あれから、数日ほど経過していたが、カナは昼のリクオとも夜のリクオとも顔を合わせていない。

 四国戦でのダメージを引きずっているのか、リクオはここ数日学校を休み、都合がいいことにそのまま休日を挟んでいた。一応、授業を休んだリクオの為にノートやプリントを届けに行ってはいるが、怪我を理由に面会謝絶と、人間に扮した奴良組の妖怪に門前で追い返されている。

 しかし、明日の休日明けになればおそらくリクオも学校に登校してくるだろう。そうなったとき、果たして自分は何食わぬ顔で彼といつも通り話をすることができるのだろうか。

 そんな心の疲弊が、カナにあのような昔の悪夢を見せてしまったのだろう。

 

「はぁ……」

 

 面霊気の視線を気にしつつ、カナは込み上げてくる溜息を抑えきれずにいた。

 

『…………なあ、カナ!』

 

 すると、そんなカナの状態を見かねたコンが威勢よくカナに話しかけてきた。どのようにして声の大きさを調整しているのか、そもそも口すら持たない彼女がどのようにして人語を発しているのか色々と謎ではあるが、コンはほんの少し悪戯っぽい声音でカナにとある提案を口にする。

 

『ちょっと、外に出てみないか』

「えっ、外って……今から?」

 

 その提案にカナは目を丸くする。彼女は特殊な事情こそあれど、その性質は優等生のそれだ。何の用もなくこんな時間帯に自分のような子供が一人で出歩くのは非常識———そんな考え方が根底にある。

 だが、面霊気は構わずに続ける。

 

『ああ、夜遊びだ。カナももう中学生なんだから、それくらい覚えてもいい年頃だろ?』

 

 気のせいか、表情の変わらない筈の狐面が嬉しそうに『ニシシ!』と笑っているように見えた。

 

 

 

×

 

 

 

「――へぇ……夜の浮世絵町って、じっくり見るとこんなだったんだ……」

『ふふん、あたしは知ってたぜ。ときどき、春明の奴と一緒に夜回りしてたからな』

 

 面霊気の口車に乗せられ、カナが家を飛び出した時点で深夜一時を回っていた。

 最初は「こんな夜中に外に出るなんて……」と、躊躇いを口にしていたカナであったが、『何を今更——』というコンの言い分に、カナは何も言い返せなかった。

 そう、既にカナは深夜の浮世絵町というものを体験していた。先日の百鬼夜行大戦の現場に駆け付けたときなど、夜通しその場に残っていたりもしている。

 しかし、目的もなく夜の浮世絵町を散策することはなく、こうしてじっくりと眼下に広がる街を眺めながら空を飛翔するのは初めての体験であった。

 

 カナは現在、巫女装束に面霊気で顔を隠すという『妖怪を模した装い』で夜の浮世絵町を『神足』という飛翔の神通力で飛び回っていた。

 顔に被った面霊気が、普段なら隠している妖気を堂々と表に晒している。それにより、相対する者はカナが妖気を放っていると思い込み、彼女を妖怪と誤認する。ついでに、この面霊気——コンには認識阻害の機能がついているらしい。

 あらかじめ、カナの正体を知っているものでなければ、どんなにすぐ側にいても彼女のお面の下を想像することができない。

 これらの効果により、カナは誰にも自分が人間だと、家長カナだということがバレないように今までやり過ごして妖怪たちと関わってきた。

 

 ――けど……。

 

 けれども、果たしてこのままでいいのかと、カナは夜風に当たることで少しばかり晴れた憂いを再び抱き始め、近くの建物の屋上へと着地し、その場に座り込んだ。

 

 このまま、自分という存在を偽ってまで、妖怪の真似事をする必要があるのだろうか?

 

 カナがこれまで妖怪の世界に関わりを持っていたのは、偏にリクオがいたからに他ならない。

 妖怪の総大将を祖父に持ちながらも、戦う力のない(と一方的に思い込んでいた)幼馴染を護るという大義名分があったからこそ、カナはこれまで懸命に努力を続けてきた。

 

 だが、この間の一件で思い知らされた。

 自分の力など、リクオは必要としていない。

 カナがいなくても、彼は立派に妖怪の総大将を目指していける。

 人間の自分が力を貸さずとも、立派に――。

 

「やっぱり人間は、人間らしく身の丈に合った平穏な日々を生きるのが正しいのかもしれないね。……ねぇ? コンちゃん……」

『…………まっ、そりゃそうだろな……』

 

 カナがコンにそのように問いかけると、彼女は同意するような答えを返してきた。

 コンはこれまで、カナが妖怪世界に関わることを否定も肯定もせずに黙ってついてきてくれた存在なだけに、その同意には感じ入るものがあった。

 

 ――そろそろ……潮時なのかもしれない。

 

『――もう十分だろう』と、カナは心のどこかでそのような囁きを聞いた気がした。

 

 そう、もう十分だ。自分はこれまで頼まれも、望まれもせずに戦ってきた。

 けど、これ以上、分相応な背伸びをしてまで何かをする必要はない。

 このまま何事もなかったかのよう日常へと戻り、その日常でリクオを支えて行けばいいじゃないか。幸い、彼は人としての生き方も大事にしてくれている。その日常の中で、彼の居場所を護っていけばいいじゃないか。

 ただの人間の女の子として、彼の隣を一緒に歩くことだって自分にはできるのだ。

 きっとそれは、奴良組の妖怪にはできない。人間である自分にしかできないことだと、繰り返し頭の中で己に言い聞かせる。

 

 ――でも、なんでだろう。全然、ピンとこない……。

 

 だが、心のどこかでその生き方を許容できない自分がいるのも確かなのだ。

 それが正しいことだと理解していても納得することができず、カナはいよいよもって、自分が何をどうすればいいのかわからない、思考の底なし沼に嵌っていく。

 

「ホント……訳がわからないよ……」

 

 感情がぐちゃぐちゃになり、カナは弱音を吐露しながら、膝を抱え込んでその場にうずくまってしまった。

 

『――!! おい、カナ! おい!』

 

 あまりの落ち込みように、コンがなにやら切羽詰まったように声を荒げたことにも気づけず――カナは近づいてくる大きな妖気の気配を察知することができなかった。

 

「――おい、そこで何をしている?」

「……へっ?」

 

 すぐ側で何者かに声を掛けられたことで、ようやくカナは顔を上げる。

 見ればそこに、甲冑を身に纏った青年がカラスの黒い翼を羽ばたかせカナを見下ろしていた。初めて見る顔だが、どこか見覚えのある雰囲気にカナは一瞬言葉に詰まる。

 

「え、ええ……と?」

「その狐面……一度捩眼山で顔を合わせているな。自分は三羽鴉の黒羽丸だ」

 

 青年はそう言いながら、自身の姿を完全な妖怪のものとする。そうして現れたのは、全身が黒い羽毛で覆われている鳥人間――鴉天狗であった。

 その姿に、カナはその人物が捩眼山で遭遇した奴良組の妖怪であることを思い出した。

 

「貴様……ここは奴良組のシマだぞ。答えろ、こんな夜更けにいったい何をしていた?」

 

 黒羽丸と名乗ったそのカラス天狗は再度カナに質問を投げかける。正体不明のカナのことを警戒しているのだろう、その態度には警戒の色が強く滲み出ていた。

 

「あ、ああ……散歩です……気分転換の……」

 

 心に余裕を持っていなかったせいか、カナは彼の質問に特に深く考えもせず正直に答える。

 

「散歩だと……? 速度制限はキチンと守っているのだろうな? 危険な夜の徘徊は罰則がつく……いや、そうではなかったな」

 

 なにやら黒羽丸は夜の浮世絵町の安全ルールについて講釈をしたが、そうではないと気づいたのか、ゴホンと咳払いを一つ、改めて言い直した。

 

「もとより貴様の正体に関しては調査するよう、親父殿より命を受けている。とりあえず一緒に来てもらおう。先日の件も含めて、申し開きがあるならば聞こうではないか」

「あ、え……そ、それは……」

 

 ここにきて、カナはようやくことの重大さに気づき、冷や汗をかく。黒羽丸と名乗った妖怪は、自分が苦戦した相手を苦も無く薙ぎ払った三人組の一人。おそらく実力では敵わない。今から逃げたとしてもきっと追いつかれるだろう。

 どうしたものかと、内心焦りながら後ずさるカナであったが――そんな黒羽丸とカナの間に割って入る男の影。

 

「待ちな……黒羽丸」

「――っ!!」

 

 聞き間違いようのないその声の響きに、カナの心臓がドクンと跳ね上がる。

 

「そう目くじらを立てることもねえだろ……どうにもお前さんは、真面目すぎていけねえな……」

「あ、貴方様は!!」

 

 唐突にその場に割って入ってきた男の軽い口調に、黒羽丸は畏まった態度で応じる。

 当然だろう、なにせ相手は――自身の主とも呼ぶべき相手だったのだから。

 

「よお、アンタ! また会ったな」

「あ……ああ……」

 

 その男は黒羽丸に下がるよう言った後、カナに声を掛けた。その呼びかけに、先ほど黒羽丸に迫られたとき以上の戸惑いがカナに襲いかかる。

 そこにいたのは、巨大な空飛ぶ蛇のような妖怪の頭に腰掛けた男。後ろに長くたなびく髪、鋭く眼光を光らせる、黒い着物に青い羽織を着こなした長身の男。

 見間違えるはずもない。現在進行形でカナの悩みの種と化している人物、奴良リクオ――その夜の姿であった。

 

「どうだい? 時間があるなら、少し俺に付き合わないか?」

 

 そして、リクオはカナの動揺する心中など知る由もなく、そのように彼女に誘い文句をかけていた。

 

 

 

×

 

 

 

「いらっしゃいませ! 化け猫屋へようこそ!」

 

 浮世絵町一番街。化け猫横丁の路地を抜けた先で、今日も妖怪和風隠食事処(ようかいわふうおしょくじどころ)『化け猫屋』の店員たちの明るい声が響き渡る。

 ここ化け猫屋は、浮世絵町の妖怪たちが呑めや騒げやの宴を毎夜毎夜繰り広げる人気の飲食店。人間ならばとっくに寝静まっている夜更けだが、妖怪たちにとって今の時刻こそが遊び時。今日もこの店には多くの妖怪たちが集まり、店内は大小様々な妖怪たちによって活気に満ちていた。

 そんな騒がしい中、一組の客が店の門をくぐり、化け猫屋の化け猫妖怪たちを俄かに驚かせた。

 

「いらっしゃい――って若! 大丈夫なんですかい、出歩いたりして!? この間の四国との出入りで、大怪我なさったって聞きましたよ?」

 

 この浮世絵町の顔役である奴良組。その若頭である奴良リクオに、店員の一人がそのように声をかけた。

 実際に抗争に参加していない面々にも、四国との話は広々と伝わっていたため、皆リクオの怪我を気にかける。

 

「おう、問題ねえよ。もうほとんど傷も治ってる。この間までずっと布団の中で退屈してたとこでな。今日はその憂さ晴らしをしにきたぜ」

 

 店員の心配に、そのように軽い調子で返すリクオ。当の本人がそう言い張る以上、医者でもない彼らではこれ以上何も言えない。リクオの体の調子を心配しつつ、彼の来店を心より歓迎する化け猫屋のスタッフ一同。

 

「あっ、そういえば若。先ほど、奴良組本家の方々がいらっしゃいましたよ! 奥のお座敷にお通ししましたが、同席なさいますか?」

 

 ふと、店員が思い出したかのように知らせる。

 奴良組の本家——青田坊や首無、つららたちのことだろう。リクオの側近である彼らと同席させた方がいいのではと、店員なりに気を利かせた申し出だった。だがその申し出に、リクオは首を横に振る。

 

「いや……せっかく、仲間内で盛り上がってるんだ。そんなところにいきなり俺が顔をだしても、興が削がれちまうだろう」

「はぁ……そうですか? 寧ろ、顔を出していただいた方が、盛り上がると思うのですが……」

 

 やんわりと遠慮を入れるリクオに、店員は自身の意見を交えながら首を傾げる。

 

「それに――今日は他に連れがいるもんでな」

 

 しかし、続くリクオの言葉に店員は傾げた首を元に戻す。

 

「おや、お連れ様ですか……これはまた、見ない顔ですね……」

 

 店員はリクオの後ろ――まるで彼の背中に隠れるようにして店内に訪れた、巫女装束の少女の存在に目を止めた。

 

「なあ! アンタもその方がいいだろう?」

「ええ……お心遣い、ありがとうございます……」

 

 リクオはその少女の方を振り返りながらそのように尋ねる。彼の問いに、狐面で顔を隠したその少女――家長カナがおっかなびっくりと言った様子で、店内に足を踏み入れていく。

 

 

 

 ――ど、どうしよう……断り切れなくて付いてきちゃったけど……。

 

 カナはリクオに誘われるがまま、この化け猫屋を訪れていた。

 本当であれば断るべきなのだろうが、あまりにも大胆かつ自然なお誘いに反射的に頷いてしまい、カナはリクオの乗っていた夜の散歩用妖怪『蛇ニョロ』に相乗りする形で、この店まで連れてこられた。

 

 ――それにしても……この町って、こんなに妖怪がいたんだ……。

 

 カナはとりあえず、リクオのことは極力考えないようにするため、化け猫屋の店内の方に目を配る。

 妖怪、妖、魑魅魍魎と、店の中は数えきれないほどの妖怪たちで埋まっている。カナはこれだけの妖怪がこの浮世絵町に潜んでいた事実に驚きつつ、お面の内側に笑みを浮かべていた。

 

 ――なんか、皆楽しそうだな……。

 

 妖怪たちは飯を食い、酒を飲みながら朗らかに笑い声を上げていた。そこにおどろおどろしい空気はなく、誰もが人間の飲兵衛とさして変わらない、陽気な笑顔で笑いあっていた。

 その柔らかな空気に、ずっと一人で悩んでいたカナの陰惨とした気持ちが、知らず知らずにほぐれていく。

 

「よお! そんなところで立ち止まってないで……着いて来いよ」

「あっ、は、はい」

 

 そうして足を止めて店内を見渡していたカナに、リクオがそのように促してくる。

 カナは慌てて、リクオの後についていった。

 

 

 カナとリクオは個室の方に案内されたが、二人っきりというわけではなかった。リクオが来たと知るや、近くで飲んでいた客や、店員たちがリクオの元に集まってきた。店員がリクオにお酌をし、美人な妖怪がリクオにすり寄ってきたりなど、流石に若頭というだけあってVIP待遇である。

 

「ささ、どうぞ。当店自慢のマタタビジュースです。ええと……そのままでお飲みになれますか?」

 

 従業員がカナの元にも飲み物を運んできたが、どこか不安そうな表情をしていた。

 この状況において、カナは当然面霊気を外すことができない。狐面で顔の前面を覆っている彼女に、そのままで料理や飲み物を口に運ぶことができるかと、店員が不安がっているようだ。

 

「あ、ええ……大丈夫です、ありがとうございます」

 

 カナは店員に礼を言いながらジュースを受け取る。そして面霊気をほんの少しずらして、口元部分だけを露出させ、ストローでジュースを飲んだ。

 

「――おいしい!」

 

 素直に思った感想をカナが口にすると、従業員たちの顔がパアッと明るくなる。

 そんなカナの一言を皮切りに、さらに周囲の妖怪たちの活気が増していった。

 

「ひゃっひゃ~! 若もすみに置けませんな! こんな可愛い、愛人連れて!」

「ええ? 可愛いかどうかわかんないでしょ、お面被ってんだから……」

「そんなの、口元見ればわかるって! とってもキュートな唇してんだから!」

「…………ふふっ」

 

 和気藹々と盛り上がる妖怪たちの騒ぎように、カナも静かに口元をほころばせていた。

 

 

 

×

 

 

 

「あのう……この間は、すみませんでした!」

「……ん? なにがだい?」

 

 それから暫くの間、料理やジュースを堪能した後、カナは意を決したようにリクオへと話を切り出した。

 席に着いてからというもの、カナは店員や他の客から「年齢いくつ?」「お名前は?」といった、質問攻めにあっていたが、リクオはその間、これといってカナに何かを尋ねようとはしなかった。

 ただ静かに、彼女の横で盃を煽っており、視線を送りつつもずっと沈黙を保っている。

 

 カナのこれまでの行動から聞きたいことが山ほどあるだろうに、こちらに何らかの事情があると察してくれたのだろう。その気遣いに素直に感謝しつつ、カナは言うべきことは言おうと、口を開いていた。

 

「この間の――青田坊さん……でしたっけ? 怪我をさせてしまったみたいで。あれ、私の知り合いの仕業なんです……ごめんなさい!」

 

 カナが真っ先に口にしたのは、前回の四国戦後の際の一幕。

 リクオの側近である青田坊に、陰陽師である春明が怪我を負わせてしまったことだ。おそらく、負い目などこれっぽっちも抱いていない彼の代わりに、カナはリクオに頭を下げていた。

 

「ああ、気にすんな。こっちもこっちで、うちの連中が随分と乱暴なことしちまったしな。おあいこってやつさ」

 

 リクオもまた、強引にカナの正体を暴こうとした部下の行動について謝罪する。

 

「そうですか……いえ、ありがとうございます」

 

 互いに謝り、許し合う。しかし、だからといって会話が弾むわけではない。

 カナは未だに、リクオに対してどのような感情を向けるべきか気持ちの整理がつかず、面霊気の下でその表情を右往左往させていた。

 そんな二人の間を取り持つかのように、周囲の妖怪たちが話を盛り上げていくが、そのとき、店の入口からリクオの名を叫ぶ声が店内に響き渡る。

 

「――リクオ様!! リクオ様はおられるかぁああああっ!!」

「な、なんだ、どうした?」

 

 その叫び声にリクオたちと同席していた店員の一人が慌ててかけていき、一分後、一人の来客を伴って戻ってきた。

 

「見つけましたぞ、リクオ様!!」

「お、落ち着いてください、カラス天狗様。他のお客様のご迷惑になりますので……」

 

 店員が困惑顔で連れてきたのは、奴良組のお目付け役——『高尾山天狗党』党首の鴉天狗であった。その小さな体でぶんぶんと錫杖を振り回しながら、彼はリクオを見つけるや、がみがみと説教を始める。

 

「黒羽丸から聞きましたぞ! 例の正体不明の小娘を伴って出かけたと。しかも、まだ傷も塞ぎきっていないというのに、貴方という人は――」

「なんだアイツ喋っちまったのか……ほんと、融通の効かない奴だな」

 

 リクオは、そんなカラス天狗の説教など慣れたものかのように、彼の苦言を右から左に受け流す。そんなリクオの態度に諦めたかのように溜息を吐いたカラス天狗は、その眼光をギロリと、カナの方へと向ける。

 

「貴様……どこの何者かは知らぬが、このワシの目の黒いうちはそうそう下手な真似はさせんぞ! リクオ様! 貴方が今宵は手を出すなということなら、私もその意向に従いましょう……ですが! ここからはこのカラス天狗も同席させてもらいます、いいですね?」

「ああ……好きにしな」

「は、はい……私も構いませんけど」

 

 リクオとカナはそのように了承し、カラス天狗はその場に居座ってしまう。

 

 

 

×

 

 

 

「……あ、そのなんだ」

「うん……これ、上手いな~~」

 

 先ほどの喧騒が嘘のように静まり返っている。カラス天狗一人がその場に加わったことにより、他の妖怪たちが緊張した様子で固まっている。

 カラス天狗は本家の中でも側近中の側近。総大将であるぬらりひょんにもっとも近い位置にいる幹部の一人だ。 こういった場に、そうそう顔を出すこともないため、皆どのように接していいか分からないのだ。

 

「そ、そういえばさ、君……何の妖怪だっけ?」

 

 すると、そんな空気を見かねた店員の一人が、話題作りのためかカナに向かって話を振る。

 この時点において、未だにカナは名前を名乗ってはいない。本名は当然、気の利いた偽名も思いつかず、彼女はまともな自己紹介すらこなしていない。

 

「ええっと……」

 

 もしも、ここでさらにはぐらかすような返事をすれば、さらに場の空気が悪くなるだろう。カナは仕方なく、自分がどのような妖怪に当てはまるかを考えた末、以下のように答えていた。

 

「…………天狗です。天狗の……妖怪」

 

 空を自由に飛翔し、羽団扇を扇ぐ自分は正に天狗っぽいのでは?と無難な解答。

 すると、そんなカナの返事にカラス天狗の目がギラリと光った。

 

「なるほど、天狗か……やはり――そうなのだな?」

「えっ……な、なにがでしょうか……」

 

 彼は改めてカナを値踏みするようにジッと見つめ、その視線にカナは気後れする。

 さらに、カラス天狗は得心がいったとばかりにうんうんと頷きながら、口を開いた。

 

「リクオ様や、馬鹿息子どもの報告を聞いたときは確信が持てなかったが……四国の戦いの折りに、お前のその羽団扇を見て思い出したぞ。貴様――『富士天狗組(ふじてんぐぐみ)』の者だな?」

「――――――えっ?」

 

 カラス天狗の口から出たその指摘に、カナの脳がフリーズする。

 咄嗟に答えを返すことができない彼女の反応を「YES」ととったのか、カラス天狗はさらに深く頷く。

 

「やはりそうだったか。それにしても、まさか今になって、あの組の者が絡んでくるとは……う~む……」

「なんだカラス天狗。コイツのこと知ってんのかい?」

 

 カラス天狗の口ぶりに流石にリクオも興味を持ったのか、盃をテーブルに置き、カナの方に目をやりながらカラス天狗に尋ねる。

 

「ふむ……よろしい、お話ししましょう」

 

 少し考えた末、カラス天狗はリクオの質問に答えるべくテーブルに置かれていた料理を脇に寄せ、その机の上で講釈を始める。

 

「以前にも説明したと思いますが、奴良組の傘下には多くの団体、下部組織が名を連ねております。我ら鴉天狗一族の『高尾山天狗党』、牛鬼殿の『牛木組』、鴆殿の『薬師一派』など。その数はおよそ70。しかし、遠い昔、まだ奴良組が百鬼夜行と言われていた頃に比べれば遠く及びません……」

 

 カラス天狗曰く、その70の団体の中でも奴良組の威光が届くのは40程。行方知れずや常時欠席者も多く、とてもその全ての内部事情を把握しているとは言い切れない状態とのことだ。

 

「それでですな……その行方知れずの組の中に含まれているのが、その富士天狗組というわけなのです」

「へぇ~知らねぇ名だな……少なくとも俺は聞いたことないが?」

「リクオ様が知らぬのも無理はありますまい。連中との関係が断たれたのは、もう四百年も昔のこと。正式に破門にしたわけではありませんが、あれっきりほとんど連絡も取っていない状態ですからな……」

「四百年前!! ははっ、そりゃきかねぇわけだ! 俺、生まれてもねえじゃねぇか!」

 

 カラス天狗の苦々しいといった口調に、リクオは何故か愉快そうに笑いながら、話の続きを促していく。

 

「あれはそう……我ら奴良組が京の都へ遠征に赴いた頃のことです。懐かしいですな~。今思えば、あの頃私は長細かった、皆若かった……」

 

 そして遠いどこかを懐かしむように、鴉天狗は過去を――四百年前の出来事を語り始めた。

 

 

 




補足説明
 富士天狗組 
  今作においてオリジナルの奴良組下部組織。詳細はまた次の話で語りますので、とりあえず現状ではそのような組織が存在しているという認識に留めていてください。

 さて、話の終わり方から、このまま原作人気エピソードの四百年前の話をやるような流れですが――きっぱりと断言します、やりません(笑い)
 基本、その辺りの話は原作と変わらないので、軽く必要な部分だけさらっと語って終わります。あくまで、この小説はカナちゃんが主役なので、彼女の出番がない過去は深く掘り下げません。何卒ご容赦を。

 更新はゆっくりですが、次回もお楽しみください。

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