と、いうわけで更新です。ストックがあるわけでもないのに、自分でも驚くくらいに執筆作業が捗ってしまい、早めに新しい話を投稿することができました。
こんなに好調なのは稀なので、ホント、この速度が普通だと思わないでください。ホント、たまたま調子が乗っただけなので……。
それでは、どうぞ!!
現代より、四百年も昔の話。京の都は魑魅魍魎の妖どもで溢れかえっていた。
慶長年間。太閤秀吉公の死後、覇権を握った徳川家は全国の大名に陣触を発し大阪城を包囲。
一方の豊臣側もそれに対抗すべく、食いつめた浪人を雇い入れたりと来るべき戦に備えていた。そのため、京の都には手柄を立てて出世しようと、野望に燃える男どもが集っていた。
そういった、どす黒い人間共の野望に惹かれるように、妖たちもまた全国より集結する。
古来より、妖にとってこの京の地は日本の中心地。人間の世界に転換期が訪れるたび、この地では多くの血が流れ、その流血に惹きつけられるようにして妖たちも集まる。
いつしかこの地を制するものこそ、この妖世界の頂点に君臨する。
そんな話が、人ならざるモノたちの間で囁かれていた。
江戸を拠点にしていた奴良組もまた、そういった世の流れに乗って京都に上京していた手合いだ。彼らは毎夜毎夜、他の敵対勢力との抗争に耽っていた。
総大将ぬらりひょんを筆頭に、捩眼山の牛鬼、高尾山の鴉天狗、遠野出身の雪女・雪麗。
狒々に、木魚達磨、一ッ目入道、ガゴゼなどの武闘派を率い、連戦連勝を重ねる無双集団として他の組織に畏れられていた。
そんな京都にて、とある公家屋敷に一人の少女がいた。
その少女の名は珱姫。後の――ぬらりひょんの妻、奴良リクオの祖母に当たる人だ。
彼女はどんな怪我でも病でも、立ちどころに治癒してしまう不思議な能力を持つ女性だった。
また、京都一の絶世の美女という噂が立つほどの美人であり、その噂に違わぬ美貌と愛らしさ、そして――優しさを秘めた心まで美しい女性だった。
しかし、珱姫の清らかさに比べ、彼女の父親は欲深な人間だった。彼は珱姫の力を利用し、多くの金持ちから医療費の名目で大金をせしめていた。貧乏人などは鼻から相手にせず門前払い。その事実を知る珱姫は、自分の力が全ての人々に平等に行き届かないことを嘆き、籠の中の鳥として飼い殺しにされていることに、毎日息のつまる日々を積み重ねていた。
そんな彼女の下に彼が――ぬらりひょんが姿を現したのだ。
当時の彼は今のリクオのように、後ろに長い髪をたなびかせ、リクオ以上に鋭くゾクリとする色気のある目元をした、長身の美丈夫だった。
ぬらりひょんは珱姫の美貌の噂をカラス天狗から聞き、その真偽を確かめるべく彼女の元を訪れていた。最初の出会いこそ些か乱暴なものだったが、その後もぬらりひょんは彼女を口説き落とすため、毎日通いつめた。
そしてある夜、珱姫を外に連れ出し、奴良組が逗留している旅館に彼女を招いた。
父親から束縛され続け、外の世界を知らなかった珱姫は最初こそ戸惑っていたが、妖たちが面白がって彼女に様々な遊びを教え、珱姫も初めて体験するそれらの楽しさに、その表情を嬉しそうに綻ばせていた。
そんな珱姫の横顔に、ついにぬらりひょんは胸に秘めていた想いを彼女に告白する。
「珱姫、ワシと夫婦になろう――」
その場にいた誰しもが驚いたに違いない。妖怪が人間に結婚を申し入れるなど、その当時の妖たちの価値観を以ってしても常識外れなものだったのだから。
もっとも、一番驚いていたのは珱姫である。
これまで、まともに恋愛などしてこなかった彼女が、いきなり婚姻を申し込まれたのだ。当然、すぐに返事などできる筈もなく、彼女は顔を真っ赤に困った顔をしてしまった。その反応にとりあえず、ぬらりひょんは一度彼女を家へと送り届け、後日、また返事を聞くことにした。
「いやぁ~しかし、毎度のことながら総大将には驚かされますな~」
「いやはやまったく。肝でも食うのかと思いきや、まさか結婚を申し込むとは……」
珱姫が帰宅した後の旅館内では、細々とだが未だに酒を酌み交わす妖たちがそのような雑談を続けていた。
普通の妖からすれば人間など一部を除いて、すべてが取るに足らない存在。そんな儚い人間の娘と夫婦になろうなどと、酔狂にもほどがある。
しかし意外なことに、奴良組の大半の妖たちがぬらりひょんと珱姫が夫婦になることに抵抗感を持っていなかった。彼らは自分たちの大将がどれだけ常識外れか、これまでの経験で分かっていたからだ。寧ろ、その常識にとらわれない自由な振る舞いこそ、魑魅魍魎の器に相応しいと。その気風を慕い、彼らはここまでついてきた。
だが当然、二人が夫婦になることに反対するものもいる。
「認めない……私は認めないわよ!!」
ぬらりひょんに想いを寄せる雪麗は、ずっと彼の唇を、彼と一緒になることを望んでいた。それを何処からともなく現れた女に横からかっさらわれたのだ。平常心など保てるわけもなく、ヤケクソのように飲んだくれている。
そして、もう一人。
「――おい、ぬらりひょん」
部屋の隅の方から、野太い男の声が総大将ぬらりひょんを呼び捨てにする。奴良組の者たちが一斉にそちらの方を振り返り、声の主――山伏の恰好をした大男に視線を注ぐ。
「おう、どうした。太郎坊」
珱姫を無事送り届け戻ってきたぬらりひょんは、その男の呼びかけになんの気負いもなく答えていた。
そう、このぬらりひょんを呼び捨てにした大男こそ、カラス天狗が言っていた富士天狗組の組長。四百年後も奴良組と富士天狗組の関係が断絶するきっかけとなった――
「貴様本気で……本気であの人間の小娘と夫婦になるつもりか?」
太郎坊は奴良組の中でも、特に人間を毛嫌いしていた。ぬらりひょんが珱姫を連れてくると、露骨に嫌そうな顔をし、彼女に関わるまいと一人、つまらなそうに部屋の隅で酒を飲んでいた。
「ああ、勿論ワシは本気だぞ?」
太郎坊の不機嫌な声音にも、ぬらりひょんは一切迷うことなくきっぱりと言い切る。
彼の人間嫌いのことを知ってはいても、それで珱姫のことを諦めるつもりはないとばかりに。
「……わかっているのか? 貴様とあの姫が交わり、子を宿せば、それは半妖ということになる。貴様は、俺たち妖怪に人間もどきの下につけと言うのか!!」
瞬間的に怒りを露にし、拳を畳の上に叩きつける太郎坊。その豪腕に旅館全体が軽く揺れる。
「太郎坊! 口を慎まんか、総大将に向かって!」
「おいおい……穏やかじゃないね……」
ぬらりひょんに食って掛かる太郎坊に、二人の側近、木魚達磨と一ッ目入道が身構える。
彼の無礼千万ともいえる態度に、今にも刀を抜きそうな勢いだが。
「達磨、一ッ目。貴様らは何とも思わんのか? 奴が人間の女なんぞと交わることを? 将来的に奴の子供の、半妖なんぞの下につくことになるのかもしれんのだぞ?」
「それは……」
「…………」
しかし、太郎坊にそのように問われ、両者は言い淀む。だがそれでも、表立って反対するつもりはないらしく、露骨に不満を口にすることもなかった。
「俺は御免だぞ! 人間の女なんぞを受け入れるのも! 半妖の下で働くのも!」
よっぽど嫌なのだろう。声高らかに叫ぶ太郎坊。彼の怒気で静まり返る部屋の中で、ぬらりひょんは静かに口を開いた。
「――嫌なら辞めりゃいい。誰もお前さんを咎めやしねぇよ」
「そ、総大将!?」
あっさりとそのようなことを口にするぬらりひょんに、木魚達磨が目を見開く。配下の者に辞めていいなどと、大将が軽々しく口にしていいことではない。本来であれば――
「別に太郎坊は俺の下僕ってわけでもない。まだ盃も交わしてねぇんだ。裏切りにもならないだろう、なあ?」
そう、ぬらりひょんが指摘するとおり。太郎坊は正式にはぬらりひょんの配下ではない。
他の妖怪たちの手前、彼が組長たる富士天狗組こそ奴良組の下部組織という扱いにはなっているが、彼とぬらりひょんとの間に、正式な上下関係はない。
親子分の盃も、義兄弟の盃も交わしていない、あくまで対等な間柄。
それでも、大抵のことは太郎坊が一歩引く形で何かと折り合いを付けて上手いことやってきたのだが、今度ばかりは太郎坊も我慢ができなかったようだ。
「そうか……貴様、本気なのだな……本気で、あの珱姫とかいう女に惚れているのだな」
「ふっ、そう何度も言わせんじゃねえよ、照れるじゃなぇか」
太郎坊の最後の確認に、砕けた態度で返すぬらりひょんだが、その眼差しからは真剣に珱姫のことを想っていることが見て取れた。
「……ふんっ、ならば、俺はここまでだ」
ぬらりひょんの譲らない覚悟に、とうとう太郎坊は重い腰を上げる。奴良組の厳しい視線が注がれる中、彼は総大将に背を向けた。
「面倒なことになる前に始末をつけるなら、今が好機だぞ?」
「そんなつまんねぇ真似はしねぇよ」
遠回しに「裏切り者を始末するなら今しかないぞ?」と、挑発的なことを口にする太郎坊にぬらりひょんは酒を飲みながらの余裕の態度。部屋を後にしていく太郎坊を見送った。
「………宜しかったのですか、総大将? あやつめをあのまま行かせて。下手をすれば、内部抗争の火種になりかねませんよ?」
気まずい沈黙で静まり返る室内で、木魚達磨がぬらりひょんに問いかける。太郎坊を行かせてよかったのか、組に離反者が生まれるかもしれないと大将に進言する。しかし――
「なに、気に入らないからといって、短絡的な行為に走るような馬鹿な男じゃねぇさ。あいつも」
ぬらりひょんは余裕の態度で口元に笑みを浮かべる。何だかんだで太郎坊のことを認めているようだ。今後の太郎坊の動向について、特に心配する素振りはない。
「まっ、妖怪の一生は長いしな。そのうち、気が変わるかもしれねぇ。それまでは好きにさせてやろうぜ」
「……だといいのですが」
ぬらりひょんは将来的に、太郎坊がまた戻ってくること期待し、その日の宴はお開きとなった。
しかし、木魚達磨が懸念したような荒事にこそならなかったにせよ、その後四百年――彼の率いる富士天狗組は奴良組と関わることもなく、そのまま喧嘩別れとなった。
×
「――と、まあ、こんなところですな……」
「へぇ……そいつはまた、興味深い話だな」
そこで一旦言葉を区切り、カラス天狗は冷酒で口を湿らせる。
化け猫屋で彼が語った昔語り。あの全盛期のぬらりひょんを以ってしても御しきれなかった男――大天狗富士山太郎坊。そのような妖怪が奴良組にいたのかと、聞き手たる奴良リクオは興味深げに耳を傾けていた。
「その後、珱姫様を奥方に迎え入れる際にも色々と一悶着あったのですが……それは別の機会にしましょう」
「ふ~ん、そうかい。まっ、そっちはそっちで興味がないわけでもないが……」
リクオは自分の祖母である珱姫と、ぬらりひょんのその後の話について特に深く聞こうとはせず、彼女――狐面の少女の方へと目を向ける。
「うぉぉぉおお、すげぇ! やるじゃねぇか、お嬢ちゃん!」
「いきなりやって
「うわっ、さむっ!! ちょっと親父ギャグやめてよ!」
「はははっ……」
彼女はリクオとは少し離れたところで、店の妖怪たちと一緒になって
カラス天狗の話が始まった当初は、彼女もリクオと一緒に話を聞いていたのだが、話の最中、納豆小僧といった小妖怪たちが彼女の巫女装束の袖を引っ張り、こう言ったのだ。
『お嬢ちゃん、お嬢ちゃん。俺らと遊ぼうぜ! カラス天狗の話って長くて退屈なんだよ……』
その誘いを無下に断ることができなかったのか、少女は申し訳なさそうにリクオとカラス天狗に頭を下げて二人から離れていった。カラス天狗は話をするのに夢中で気づいていなかったが、リクオはしっかりと話を聞きながらも、彼女の方を気遣っていた。
「んで? あいつが、じじいと喧嘩別れした、その太郎坊って奴の組のもんだと?」
「ええ、おそらくは……。先の四国戦で奴が振り回していたあの羽団扇。あれに刻まれていた文様。あれこそ、奴ら富士天狗組の代紋に相違ありません」
妖怪任侠の世界において、代紋は組のシンボル。自身の所属を示す重要な身分証明の証。その代紋が刻まれた羽団扇を持っているということは、彼女が富士天狗組の関係者であることを推理させるに十分な要素だった。
「しかし、今になってあのような者を寄越してくるとは……いったい、何を企んでいるのやら。リクオ様、決して油断なさらないように……」
カラス天狗は、そこに何かしらの策略があるのではと、これまで以上の警戒心を露に、疑惑の眼差しを少女へと向けていた。
「なあ、カラス天狗……」
だが、忠告を受けた当のリクオは、その口元を嬉しそうにニヤリと、吊り上げていた。
「な、なんですかな、リクオ様?」
その不敵な微笑みに、嫌な予感を感じたのか、カラス天狗の頬を汗が伝う。
「その富士天狗組ってのは、奴良組の傘下なんだよな? まだ、奴良組の一員なんだよな?」
「え? ええ……そうですね。ほとんど疎遠にはなっていますが、正式に破門状を突きつけたわけではありませんから……」
ほとんど形骸化しているとはいえ、あれから四百年経った今も、富士天狗組は奴良組の一員として名を連ねている。カラス天狗としても、それは認めざるを得ない事実だ。
「そうかい……そりゃ――都合がいいな」
カラス天狗の返答に、リクオおもむろに席を立ち上がる。そして、皆とゲームに夢中になっている少女へと近づき、声を掛けた。
「よう、楽しんでるかい?」
「えっ、あっ、は、はい……楽しいです。皆さん、とても親切ですし……」
少女は、緊張した様子でそのような返事をする。
とても何かを企んでいるようには見えないが、それでもカラス天狗は相応の警戒心を保ちながら、リクオの横で険しい表情を崩さない。
だが、次の瞬間――そんなカラス天狗の顔が、鳩が豆鉄砲を食ったようにキョトンとなる。
リクオが少女に向かって放った、その一言により。
「なあ、アンタ――俺の、『百鬼夜行』に加わってくれねぇか?」
×
「――――――――――えっ?」
面霊気で素顔を隠したカナは、リクオから告げられたその言葉の意味を理解するのに、幾ばくかの時間を必要とした。周囲の者たちも彼女と同じく呆気にとられたらしく、シーンと静まり返る店内。
そんな静寂の中において、リクオはさらに堂々と言う。
「知ってると思うが、オレは奴良組若頭の奴良リクオだ」
「――っ!」
勿論、カナは知っている。だが、改めて本人から直接そのように告げられ、ドキっとなる。内心動揺するカナに構わずリクオは続けた。
「オレはいずれ、魑魅魍魎の主になる。その為に自分の百鬼夜行を集めている最中でな。是非アンタにも、オレの百鬼に加わってもらいたい」
「…………」
「俺と、盃を酌み交わさねぇか?」
そう言いながら、彼は大きな盃をカナの方に差しだしてきた。ここにきても、カナはリクオの言葉の意味を未だに呑み込めないでいる。
「――ちょ、ちょちょ、ちょっと、リクオ様!!」
すると、動揺で固まっているカナよりも早く正気を取り戻したカラス天狗が、焦ったようにリクオに叫んでいた。
「い、いきなり何を言っているんですか、貴方は!! よりにもよって、こんな得体のしれない輩を百鬼夜行に加えるなどと……」
「なにを言ってやがる、カラス天狗」
カラス天狗の至極もっとな発言に対し、リクオはニヤりと笑みを浮かべる。
「得体のしれない? コイツは富士天狗組の妖怪なんだろ? 連中は今も奴良組の傘下だ。だったら、そこの組員を奴良組若頭の俺が勧誘したところで、何も不思議なことなんてねぇんじゃなぇか?」
「!! あ、ああっ!! た、確かにそれはそうですが、し、しかし――」
してやられた! と、そんな表情でカラス天狗は体中から大量の汗を流していた。
そう、既にリクオがカラス天狗本人から言質をとったように、彼女が富士天狗組のものなら、彼女は奴良組の傘下なのだ。組の内部に有用な人材がいたから抜擢する。リクオにとってはそれだけの話。何もおかしいことはないのだと、彼の悪戯っぽい表情がそのように告げていた。
だが、カラス天狗は尚も反論を続ける。
「し、しかし……こんな名前も名乗らず、素顔も見せぬようなものを信用しては……」
「なにぬかしてやがる。狒々の奴だって、一度もじじいに素顔を見せたことがないって言ってたぜ?」
「いや、そ、それはそうですが……」
だが、先の四国との戦いで亡くなったぬらりひょんの百鬼の一員、狒々を引き合いに出し、リクオはあっさりとカラス天狗の言い分を論破する。
「名前の方は……そうだな。流石にいつまでもアンタって呼ぶわけにもいかねぇ……なあ? もしよければ教えちゃくれねぇか、あんたの呼び名でも何でもいいからさ」
それは遠回しに本名を教える必要はない。お面の下の正体も、明かさなくて構わないと言っているようなものだった。素性を隠すカナの事情を配慮した上での発言に、彼女は徐々に落ち着きを取り戻していく。
「わ、私は……そんなに大した妖怪じゃ、ないです……」
震えた声音だが、カナはなんとかそのように返事をする。
「私なんかが貴方の百鬼に加わっても……きっと、足を引っ張るだけだから……」
実際、自分の力不足を痛感していたカナは、リクオの百鬼に加わったところで何もできないと断りを入れる。
しかし――
「ふっ……アンタの力が欲しいって言ってるんじゃない。オレはアンタの心意気に惚れたんだ」
「――っ!!」
リクオの、聞きようによっては誤解を生みかねない台詞に、カナは面霊気の下で顔を赤くする。勿論、そのような意味で言ったわけではないのだろうが。
「アンタは何度もオレを助けてくれた。あの旧校舎で、中学校の体育館で……あれもアンタだったんだろ?」
「……は、はい」
お面を被っているためか、念のためそのように確認をとるリクオは、カナが肯定したことで満足そうな表情で頷く。
「それだけじゃない。アンタは俺の友人たちを、人間を助けるために戦ってくれたと聞く。そんな妖怪、そうそういるもんじゃない」
奴良組の中でも、未だに人間を護るというリクオの考えに不満げな連中も多くいる。そんな中、彼女のようにリクオに言われてもいないのに、それを実行しようとする妖怪は貴重だ。
「アンタのような妖怪こそ、オレの百鬼に相応しい。改めて頼む! オレの百鬼に加わり、オレと共に歩んでくれないか?」
「……………」
本気だ。リクオは本気でカナのことを、自身の百鬼に誘っている。実際に彼女の正体を知れば、対応も変わると思うが、正体不明のままでも構わないと彼は言ってくれた。
カナのことが必要だと――そう告げてくれた。
「わ、わた、し……わたしは…………」
「…………」
「…………」
あまりの衝撃にカナは言葉を詰まらせている。そんな彼女の返事を、固唾を呑んで見守る一同。もはやカラス天狗ですら口を挟むことができず、カナの返事を待った。
だが、思わぬところからその静寂は破られることになる。
「――し、失礼します!」
店の従業員が襖をあけて部屋の中に入ってきた。なにやら焦った様子でリクオの元へと駆け寄り、彼に耳打ちする。
「お、お取込み中のところすみません、リクオ様……少しよろしいでしょうか?」
「おう、どうした?」
突然の横やりにも特に気を悪くした様子もなく、リクオは店員の話に耳を傾ける。
「実は、その……賭場の方で少し問題が発生しまして…………」
そこから先、店員の声が小さかったため、カナの耳まで話の内容が伝わることはなかったが、店員の話を聞き終えるや、リクオは眉を顰める。
「――良太猫が? ……なるほど、ギャンブルに熱いって噂はホントだったようだな」
「申し訳ありません、若頭。それでお手数なのですが、どうかご足労願えないでしょうか?」
相当切羽詰まっているのだろう。店員は心底申し訳なさそうにしながらも、若頭である奴良リクオの力を借りたいと頭を下げている。
「ああ、いいぜ。行こう」
「な、ならば拙者も……」
リクオは腰を上げ、カラス天狗もその後に続いていく。二人は揃ってその部屋から出ようとした。
「あ、あのっ!!」
まだリクオの誘いに答えを返していないカナは、咄嗟にリクオを呼び止める。
「悪いな、今日はここまでだ。返事は……そうだな、また今度会ったときにでも聞かせてくれりゃいい」
「…………」
もう一度会えることを疑ってもいないリクオの言葉に、カナは何も言い返せない。
「よう、誰か、あいつの見送りを頼む」
「は、はい! かしこまりました!」
そこから立ち去る間際、リクオは従業員の一人にそのように声を掛ける。
そして、最後にカナの方を振り返りながら、彼は薄く微笑んだ。
「じゃ、またな――」
×
「……………」
『カナ……お~い、カナ……駄目だこりゃ……』
店員に見送られ、化け猫屋を後にした家長カナと面霊気のコン。彼女たちは再び夜の浮世絵町へ戻ってきた。
先ほどの二の舞、黒羽丸のような見廻りに引っかからないようにするため、急ぎ家路を急ぐカナではあったが、空を飛翔しながらも、彼女は心ここにあらずといった調子でボーっとしている。
面霊気が何度かカナに声を掛けても、一向に返事がない。
『――カナ……おい! カナ!!』
「えっ? あ、な、なに……コンちゃん?」
何十回目かにコンが叱りつけるかのように叫ぶことで、ようやくカナは正気を取り戻し、コンの呼びかけに答える。
『お前……まさかとは思うけど、アイツの誘いに乗るつもりじゃないだろうな? あいつの百鬼に……』
「ま、まさか! そ、そんなことできるわけないじゃない!」
コンの疑念に慌てた様子でカナがそのように返す。
人間である自分がリクオの百鬼に加わるなどあり得ないと、ムキになって否定する。
しかし、そう言っているわりに、カナの心は昂っている。
カナに被られている面霊気には、そんな彼女の心情が明確に伝わってくる。
――『ちっ、あの坊ちゃんめ……余計なことを吹き込みやがって……』
コンは内心、余計なことをカナに吹き込んだリクオに毒づく。せっかく、カナが危険な生き方から遠ざかるいい機会だったのに、そのチャンスに迷いを生じさせるような彼の今回の提案に頭を抱えたい気分だった。
だが、一人でウジウジ悩んでいたよりはずっと生き生きとした表情で悩むカナに、コンは少しだけ肩の荷が下りた気分だった。
『まっ、それはそうと……お前、完全に富士天狗組の組員ってことになってたな……良かったのか、アレは?』
「あ、う、うん、そうだね……どうしよっか?」
一方で、コンはもう一つの懸念。彼らがカナのことを、富士天狗組の回し者だと誤解したことに対してカナと相談する。
相手のカラス天狗という妖怪が口にした推論は、ある意味的外れな内容であった。彼女の正体は人間であり、当然、妖怪ヤクザの一員として組織に所属しているわけでもない。
しかし、完全に無関係というわけでもなかった。
富士天狗組という名には、当然カナも面霊気も心当たりがあった。なにせあの組織はカナにとって、ある意味命の恩人とも呼ぶべき存在。
あの悪夢の中で登場した、『彼』が所属していた組織の名なのだから――。
「皆……今頃どうしてるだろうね」
久しぶりにその名を聞いたことで、カナは遠く富士の山にいる彼らのことを思い出していた。
「富士天狗組の人たちも……半妖の里の皆も……」
かつて幼少期の頃に自分が過ごした、第二の故郷とも呼ぶべき場所のことを――。
補足説明
富士山太郎坊
今作のオリキャラの一人。前回の話で出てきた富士天狗組の組長。
しかし、彼のキャラ設定こそ作者のオリジナルですが、実のところ彼という人物のモデルは原作にもしっかりと登場しています。
山伏の恰好をした大男で、何となく察しのつく人は気づいたと思いますが、彼はぬらりひょんの過去の回想でちょくちょく顔を出した人物。
原作の一話や、牛鬼と奴良組の抗争の際にもぬらりひょんの後ろで立っていた、青田坊に似た人です。
ぬらりひょんの孫という物語が進むにすれ、めっきり描かれなくなったため、きっとこんな感じで組を抜けたんじゃないかな~と、作者なりに妄想を膨らませた結果、このような形で出演してもらいました。
今後も出演する予定ですので、どうかよろしくお願いします。
ちなみに、今回のエピソード。裏話としてぬら孫の公式小説『化け猫屋騒動記』と一部話がクロスしている部分があります。この後、リクオが賭場で何をしたのか、気になる方はぬら孫公式小説の一巻『浮世絵町奇譚』をお読みください。