家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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 原作の流れから少し離れますが、先にこのエピソードを書かせていただきます。
 アニメしか見ていない人は何のこっちゃと思うかもしれませんが、原作コミック15巻の番外編の話です。



第二幕 幸運を呼ぶ白蛇

「ごめんね、家長さん。手伝ってもらっちゃって……」

「大丈夫だよ、これくらい!」

 

 カナは同じクラスの下平(しもひら)の申し訳なさそうな言葉に、迷わずそう答えを返していた。

 

 彼女たち二人は現在、職員室で担任から配るように言われたプリントの束を運びながら廊下を歩いていた。

 本来であれば、それは日直である下平の仕事なのだが、たまたま別の用事で職員室に来ていたカナが手伝うように申し出ていたのである。

 

「こういった雑用、いつもだったら奴良くんが手伝ってくれるんだけどね……」

「…………」

 

 クラスに向かう途中、下平の口から出てきた、自身の幼馴染の名を聞いてカナは複雑な気持ちになる。

 

 リクオはゴミ捨てやら草むしりなど、人が嫌がる雑用や頼みごとを何でも一人でこなしてしまう。「それ、だだのパシリじゃねぇ?」と知らない人から見ればそのように思われることだが、リクオはこれらの行為を自ら進んで行っている。

 カナはリクオのあまりのパシられっぷりに「もしや、脅されて無理やりやらされているのでは?」と疑問に思い、一度だけ真剣に聞いてみたことがあった。だが――

 

 ――違うよ!! ボクは皆の役に立ちたい! 皆の喜ぶことがしたいんだ!

 

 と、これまた真剣に返されてしまった。

 それ以降、カナはこの件に関して口を挟むことをやめた。その代わり、幼馴染の負担を少しでも減らすかのように、こうしてたまに誰かの雑用を手伝っているのである。

 

「もう……下平さん! 何でもリクオくんに頼まないでよね!」

 

 勿論、リクオに手伝ってもらうことに慣れてしまったクラスメイトに釘を刺すことも忘れない。

 カナの言葉に、困ったような顔で下平は苦笑いを浮かべる。

 

「そういえば、家長さんってリクオくんの幼馴染だっけ? ははは……ごめん、ごめん。でもさ、奴良くんて……頼まなくても何でもやってくれるからね……」

 

 下平からのその返答に、カナは心中で頭を抱える。

 

 ――これは……リクオくんの方をなんとかしないとダメだな……。

 

 すると、そうやって考えごとに夢中になっていたせいか、廊下の曲がり角から女生徒が出てくるのに気づかず、カナはそのまま彼女とぶつかってしまった。

 

「わっ!?」

「キャッ!」

 

 カナは持っていたプリントを盛大にばら撒きながら、尻もちを突いた。

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」

 

 下平が心配そうにカナに声を掛ける。

 

「ごめんなさい 怪我ありませんか!?」

 

 カナは自分と同じように尻もちをついている女生徒の手を取り、その安否を気遣った。カナが――その女生徒への違和感に気づいたのは、そのときだった。

 

 ほんの少し、それこそ、ここまで接近して初めて気づくほど微弱なものだったが、確かに間違いなく、その女生徒は――妖気を発していたのだ。

 それだけではない。取った手を見てみると、白い鱗のようなものが生えているように見えた。

 

「あ……だ、だいじょうぶ、だから……」

 

 カナの視線に気づいたのか、その女生徒とは怯えるようにその場を立ち去っていってしまう。怯えながらカナを見つめるその目元にも、同じように鱗が生えていた。

 

「見かけない人だね? 上級生かな?」

 

 床に散らばったプリントを集めながら、下平は呟く。どうやら、彼女はその女生徒の白い鱗の存在に気づかなかったようだ。

  

「やばっ! 早くしないと授業に遅れちゃうよ。行こ! 家長さん」

 

 下平は集めたプリントをカナに渡し、廊下を早歩きで先を急いでいく。

 カナは、自身が気づいた違和感に引っかかるものを覚えたが、その疑問を一旦引っ込め、プリントを配るために自分の教室へと向かっていった。

 

 

 

×

 

 

 

「……そりゃあ、うちのクラスの白神(しらかみ)凛子(りんこ)だな」

 

 茶碗にのったご飯を口に運びながら、少年――土御門春明(つちみかどはるあき)はそのように呟いていた。

 まだ午後の七時だというのに、相変わらずどこか眠たげの目をしている。

 

 現在、カナと春明の二人は一緒になって食卓を囲んでいる。

 同じアパートに住んでいるこの少年と、カナは時々だが夕食を共にする。

 この少年はとある事情から、現在のカナの後見人なような立場であり、カナ自身もこの少年のことを実の兄のように慕っている。

 自分よりも一年生先輩である彼なら何か知っているのではと思い、今日廊下でぶつかった女生徒について聞いてみたところ、案の定すぐに答えが返ってきた。

 

「有名な人なの?」

 

 カナは質問つづける。

 

「いや、むしろ大人しい奴だな。休み時間とかも、いつも一人で読書してるぞ」

 

 特に関心もなさそうに、春明はそう答えた。

 

「……あの人、妖怪なの?」

 

 春明のまどろっこしい返答に、カナは単刀直入、気になっていたことを問いかけてみる。カナの踏み込んだ質問に――春明は特に気負うことなく答える。

 

「おそらくは半妖の類だろ。つっても、あのボンクラと同じで、もっと血は薄いだろうがな……」

 

 ――あのボンクラ……。

 

 彼が口にした『ボンクラ』。それがリクオのことを指しているのは知っている。

 春明は何故だか知らないが、リクオのことを快く思ってないらしく、いつもそのような発言をする。

 何度か止めるように注意したのだが、一向に直る気配がないため、カナは諦めてその言葉を聞き流す。

 

「……どんな妖怪なんだろう?」

 

 質問ではなく、純粋な疑問として、そのような独り言を呟くカナ。彼女のその疑問に答えるべく、春明は唐突に語り始めた。

 

「昔……『浮世絵中学の七不思議』ってのを調べたことがあってな……」

「七不思議?」

「ああ。ほれ、お前がこの間行ってきた、旧校舎もそのひとつだ。『誰も近づけない幻の旧校舎』……だったかな?」

「へぇ~……」

 

 そうだったのかと、カナはその話に耳を傾け始める。

 

「『闇夜に光る初代校長像の目』『4時44分に必ず閉まる扉と幼女』『風と共に忍び寄るスカートめくりの樹』『女生徒を覗くのぞき溝』――――まっ、ほとんど無害な連中だったから、ほっといたんだけどな……」

「最後の二つは全然無害じゃないよ!? ほっとかないでよ!!」

 

 カナは猛烈に突っ込んだが、春明は特に気にもせずに話を続ける。

 

「その中に『白蛇の出る噴水』ってのがあってな……」

「白蛇……」

「ああ、その噴水にいる土地神がその白蛇なんだが、そいつと白神が話してるとこを偶に見かける。おそらく、その白蛇があいつの先祖かなんかなんだろうさ……」

 

 それを聞き、あの女生徒の体に生えていた白い鱗がなんなのか、カナは理解する。

 

「それ以上のことは詳しく調べちゃいない。まあ、大した力があるようには見えなかったから、そいつらもほっといて問題ないだろ」

 

 そう言うと、話は終わったとばかりに春明は黙々と食事を続ける。

 

 

 

「………」

 

 カナは箸を止め、少しばかり目を閉じる。

 女生徒の発していた妖気や鱗が気になっていたのは事実だが、それ以上に気になったのが――あの白神凜子が自分に向けていた目だ。

 

 彼女のあの視線、怯えるように自分を見る瞳。

 

 ――あの目……どこかで?

 

「……ナ……おい、カナ!」

「へっ!?」

 

 声をかけられ、カナはハッと目を開ける。

 食事もせずにボーっとしていたためか、春明が怪訝そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 

「……お前もさっさと食っちまえ。片づけができねぇ」

 

 カナが考え事をしている間に、春明は食事を終えたのか。食べ終わった食器を重ね、茶を飲んで一服している。

 

「あ……う、うん……」

 

 春明に促され、今が食事時だということを思い出す。

 とりあえず考えるのを後回しにし、カナは目の前の夕食を楽しむことにした。

 

 

 

×

 

 

 

「………はあ。ほんとにいたよ……『スカートめくりの樹』と『のぞき溝』……」

 

 春明から白神凜子の話を聞いた翌日。カナは浮世絵中学内の校内を、溜息混じりに歩いていた。

 

 今日は休日で、特に部活に入っている訳でもないカナが学校にくる必要はないのだが、彼女はこうして学校に来ていた。

 その理由は、昨日の話の中に出てきた『浮世絵中学の七不思議』を自身の目で確かめるためだった。

 春明は害はないから、ほっといても問題ないだろうと言っていたが、カナはそうは思わなかった。

 勿論、彼の言葉を疑っている訳ではない。

 春明が無害といったのなら、ほんとに無害で、きっとたいした悪行もしない妖怪なのだろう。

 しかし、『風と共に忍び寄るスカートめくりの樹』『女生徒を覗くのぞき溝』――この二つは別だ。

 男子である春明にとっては大したこともないのだろうが、女子としては決して看過できるものではない。

 

「……まっ、あれだけ言っておけば、もう大丈夫かな?」

 

 その妖怪がいるという場所へ行き、確認をしてきた結果を思い出し、カナはさらに憂鬱な気分になる。『スカートめくりの樹』にすれ違いざまにスカートをめくられ、『のぞき溝』を跨ぎ、スカートの中を覗かれた。 

 今思い出しただけでも、恥ずかしさで顔が熱くなりそうだった。

 とりあえず、その妖怪たちの首根っこを捕まえて、たっぷりと説教はしておいた。

 

「もうこんな時間か……」

 

 学校に来たのは昼過ぎだったはずだが、もう日が落ち始めている。

 予想以上に七不思議の調査に時間を使ってしまったようだが、実際は時間の大半を説教に費やしてしまったからだ。

 

「はぁっ……今日はもう帰ろ」

 

 帰路を急ぐため、校門に向かって歩いていくカナ。

 

「ん?」

 

 その道中、カナはとある女生徒の姿を遠目から目撃する。

 

「あれは……」

 

 白神凜子。昨日廊下でぶつかった、半妖の少女だった。

 凜子は昨日とは打って変わって、どこか楽しそうな様子でカナが向かおうとしている校門とは、逆の方角を歩いていく。

 カナはその姿に安堵しながらも、昨日見た彼女の『目』が気になってしまっていた。

 彼女のあの視線、怯えるように自分を見る瞳。

 

 ――やっぱり、あの目……どこかで?

 

 一抹の不安を覚えたカナは、失礼に思いながらも彼女の後をついていくことにした。

 

 

 

×

 

 

 

 ――昨日は驚いたな。

 

 目的地に向かいながら、白神凛子は昨日の廊下での出来事を思い出していた。

 

 自分の鱗を、他人に見られたのは久方ぶりだ。

 小学生の頃、同級生に見られたときはすぐにクラス全員に伝わり、皆から白い目で見られ、居心地の悪い思いをした。

 それ以来、凜子は決して自分の体の秘密を知られないよう、なるべく目立たないように大人しく生きてきた。

 だからこそ、あんな近くで鱗を見られたときは本当に慌ててしまった。

 

 ――でも、大丈夫だよ。

 

 しかし、見られたの一瞬だった。あれなら見間違いで済ましてくれるだろうと、凛子は淡い期待で自身の不安を誤魔化す。

 そして、丁度目的地についたため、とりあえずそのことについて考えるのを止め、彼女は前を向いた。

 

『白蛇の出る噴水』

 

 人気がなく『浮世絵中学の七不思議』の一つにも数えられているためか、普通の生徒はあまり近づこうとしない場所だ。

 だが、凜子にとってはとても身近で、心温まる場所であった。

 

「ひーおじーちゃん! 来たよ!」

 

 噴水に向かって、凜子が話しかける。すると、噴水の中から少し大きめの白蛇が現れる。

 

「よくきてくれた。いつもすまんなぁ……」

「うん、大丈夫!」

 

 突然現れた白蛇に、特に驚いた様子もなく凛子は微笑みかける。

 

「どうだ? 人としてうまくやっとるか? わしの一族はただでさえ目立つんだ。お前らには苦労をかけるな……」

 

 彼は妖怪『白蛇』。強力な幸運を呼び込む力を持つ、この噴水の土地神だ。

 白神家の先祖、凛子の曽祖父でもある。

 白神家が先祖代々、商売人として繁盛しているのは白蛇の血のおかげでもある。その感謝をするため、凜子はお供えをしに、この噴水に住む彼――曽祖父の元へとよく訪れるのである。

  

「大丈夫だよ……学校ではバレないようにしてるから」

 

 心配をかけないようにと、凛子はそう答える。

 

「ひーじいちゃんは学校の土地神なんだから、まだまだ元気でいてよね!」

「うう~……健気じゃのう、凛子」

 

 曾孫の健気な答えに感動したのか、目に涙をためながらお供え物を口にする白蛇だった。

 

 

 

 

「ほら、すぐ暗くなるぞ。早く帰りなさい……」

 

 しばらく雑談をした後、すっかり日が暮れ始めているのに気づいた白蛇がそう注意を促す。

 曽祖父の言葉に、凛子は素直に頷く。もっと話をしていたかったが、あまり遅くなると家のものに迷惑をかけてしまう。

 曽祖父に向かって笑顔で手を振り、その場を後にしようとする凛子。しかし――帰ろうとした彼女の背中を、誰かが呼び止めるように手を置く。

 

「――あっ!」

 

 振り向いた先。凜子は呼び止めた者を見た瞬間、その顔が恐怖で青ざめる。

 

 そこにいたのは――人間ではなかった。

 

 顔から下はかろうじて人間に近い体をしていたが、あきらかに人間ではない形相。その頭部は、何匹もの猫が重なり合って顔の役割を果たしている。

 その顔の輪郭をよく見てみると、それが猫のシルエットになっているのがわかる。

 大きな鈴が二つ。ちょうど目の位置にあり、こちらを睨んでいるようにも見えた。

 

「また来たね? 遊びたいのかなぁー?」

「やめて! さわらないで!」

 

 その異形を前に、すぐにその手を振り払い、凛子は走り出す。だが、逃げ出す彼女を嘲笑うかのように、その妖怪は猫でできた顔を震わせた。

 

「おや? おかしいな 凜子ちゃんも……妖怪だよね!」

 

 そう叫んだ瞬間、顔の猫たちがそれぞれ分かれて凛子に襲いかかる。

 

「うっ――!」

 

 分かれた猫たちの内の一匹が、凛子の足を押さえて彼女を地べたに転ばせてしまった。

 妖怪『すねこすり』。人を転ばせる、猫の妖怪である。

 白蛇と同じく『浮世絵中学の七不思議』の一つに数えられる妖怪。できることと言えば、人を転ばせる程度。しかし、抵抗する術を持たない凜子にとっては、それだけでとても恐ろしい妖怪に思えてしまう。

 

「ただし、八分の一しか妖怪じゃないから……何も出来ない。中途半端な存在だけどねぇ!!」

 

 分かれた猫たちを、再び元の場所に戻っていき、顔の形を作る。

 抵抗できない凜子を嘲笑いながら、すねこすりは彼女へと顔を近づけ、嘲りの言葉を放っていた。

 

「や、やめんか!!」

 

 見かねた白蛇がすねこすりに向かって叫ぶ。

 

「ふん! なにが土地神だ! てめーも長生きなだけで、何もしてねーくせに!」

 

 だが、すねこすりはその言葉を聞き流し、なおも凜子に近づいていく。  

 

「オレたちは遊んでるだけだよ! 同じ妖怪同士、仲良くやろーぜー!?」

「いや!」

 

 拒否の言葉を投げるも、こうなってしまったら、凜子にはもうどうすることもできない。いつものように、すねこすりが飽きるまで黙って耐え忍ぶしかない。

 そう覚悟した凜子は絶望しながら、かたく目を閉じ身構えた――そのときである。

 

「――ねぇ、何をやっているの?」

 

 その少女の声が聞こえきたのは――

 

 

 

×

 

 

 

 カナは最初、ただ見ているだけで済ますつもりだった。

 

 噴水から白蛇が出てきたことに少し驚いたが、遠目から見ている限り、白神凜子も白蛇も、ただ楽しそうにお喋りをしているだけで問題はなかった。

 しかし、踵を返して帰ろうとしたところ、ふと別の妖気を感じ、もう一度彼女たちのいる噴水を振り返った。

 すると、この顔が猫で出来た妖怪が、凛子に絡んでいるのが見えたのだ。

 どうみても仲良く遊んでいるようにも見えなかったため、たまらず声をかけるカナ。

 

「何だぁ? おまえ、オレが見えてんのか?」

 

 通常、妖怪は普通の人間に見ることはできない。

 妖怪は外で行動する際、人間に見つからないよう、気配を消しているからだ。

 いくつかの条件が揃えば、ただの人間にも彼らの姿を見ることができるが、彼らを常時見ることができるのは、凜子のような半妖か、特別霊感が強い人間だけである。

 故に、すねこすりがカナのような一般人に、そのように問いただしてきたのは当然のことであった。

 しかし、カナはその疑問に答えることなく、自身の要求を相手に突きつける。

 

「……今すぐ、その人から離れなさい」

「なんだてめぇは!?」

 

 疑問に答えもせず、あまつさえ自分に偉そうに意見してくる生意気な人間に向かって脅しつけるよう、ドスの効いた声で怒鳴るすねこすり。

 だが、カナは特に怯むこともなく言葉を続ける。  

 

「もう一度だけ言うわ。その人から離れなさい!」

「む、むむむ……」

 

 自分を怖がろうとしない人間に少し驚いたすねこすり。だが、すぐに気を取り直し、実力行使でその人間を排除するべく、猫で出来た顔を震わせる。

 先ほど、凜子を転ばせたようにカナにも同じことをするつもりだ。

 だが、カナは猫が分かれる前に足元に落ちていた木の棒を拾い上げ、その棒を振り回し、すねこすりの顔を――おもいっきり叩いた。

 

「ギニャァァァッ!?」

 

 いきなりの衝撃に猫たちは自らが分かれる前に、ばらばらに吹き飛ばされていく。

 そんなすねこすりたちに目もくれず、カナは呆然としている凜子にやさしい口調で問いかける。

 

「大丈夫ですか 白神先輩?」

「えっ? え、ええ……」

 

 カナの問いに、戸惑いながら答える凜子。その瞳には、昨日の廊下で出会ったときと同じ怯えがあった。

 その視線はすねこすりに対してではない、カナに対して向けられていたものだった。

 

 ――そうだ、この目!

 

 もう一度、その瞳の怯えをまじかで見たカナはその目の意味を悟り、自身の幼馴染――リクオが小学生の頃を思い出す。

 

 妖怪なんているわけないだろと、クラスメイトに馬鹿にされ、仲間はずれにされていた。そんなリクオが、クラスメイトたちに向けていた目。

 

 あのときのリクオと同じ目を、凛子はしている。

 そんな目をした彼女を、家長カナという少女は放っておくことができなかった。

 

 

 

×

 

 

 

 凛子は突然の乱入者に戸惑っていた。昨日、廊下でぶつかった例の女子。

 妖怪の存在にも怯むことなく現れた少女。一体何者なのか、何故自分を助けるのか。

 

「あなたは……いったい?」

 

 凛子は思わず少女に対し、そう問いかける。

 

「てめえ! よくもやりやがったな!」

 

 しかしその間、態勢を立て直したのか。すねこすりは顔に猫たちを戻しながら立ち上がり、こちらを睨みつけていた。

 

「……まだやる気なの?」

 

 尚も敵意を向けてくるすねこすりに、少し呆れ気味に少女が問いかける。

 

「うるせぇ、人間がっ! よくも邪魔を……」

 

 ひっぱたかれた怒りに燃えながら、すねこすりは再び顔を震わせる。そんな妖怪相手に、少女も毅然と木の棒を構える。

 一触即発の空気。凛子の身が緊張で徐々に強張っていく。

 

 だが、さらなる乱入者の存在でそんな場の空気が一変する。

 

 

「す・ね・こ・す・り~~~~」

 

 

 静かだがどこか力強い声で、すねこすりの名を呼びながら一人の男子生徒が近づいてくる。凛子は、その男子生徒に見覚えがあった。

 

 土御門春明――凜子のクラスメイトだ。

 

 自分と同じで、あまり他人と関わらず一人でいることが多い生徒。

 しかし、自分とは違い、決して目立たない生徒ではない。寧ろ、日頃から常に異様な存在感を放っており、その空気に怯え、皆が近づくことを避けてきたのだ。

 

 そんな春明が、いつも以上に近寄りがたい雰囲気を発しながら、この場に現れた。そして、彼の存在を認識したすねこすりの顔が――だんだんと青ざめていく。

 

「あ、あんたは……」

 

 呻くすねこすり。その姿に、さっきまでの威勢は欠片もない。

 

「この前言ったよな、俺。ウチの学校の生徒に悪行するのはやめろってよ……忘れちまったか。ああん?」

「そ、それは……その……」

 

 まるで、蛇に睨まれた蛙のようにすっかり怯えて黙り込む、すねこすり。

 何かしらの弱みでも握られているのか。堂々と言い返すことができず、その睨みから何とか逃れようと、何やら言い訳を考えている様子。

 すると、何かを思いついたらしく、すねこすりの表情が少しだけ明るくなった。

 

「ほ、ほら! だってこいつ、『半妖』ですし!」

「――――っ!」

「だから別にいいかなと、思いまして、へへへ……」

 

 すねこすりの言葉にショックを受け、息を呑む凛子。彼女の心が傷ついたことを気にした様子もなく、すねこすりはごまをするような仕草で春明に向かって媚を売る。

 

 

 そう――自分は半妖だ。普通の人間とは違う。

 人間社会にとって異質な存在。

 きっと、この少年少女たちもそれを知れば、凛子のことを白い目で見るだろう。

 そのことを、凜子は経験として知っていた。

 

 

 だが、春明はすねこすりの説明に、特に驚いた様子もなく――

 

「――――でっ?」

 

 それがどうした、と言わんばかりの口調で短く答える。 

 少女の方も、すねこすりの言葉にまったく動じていない。寧ろ、さっきよりも力強い瞳で、すねこすりを睨んでいた。

 

「半妖だろうがなんだろうが、ウチの生徒に変わりねぇだろうがよ。つーか……俺も半妖だしよ……」

「――えっ!?」

 

 さらり言ってのけた彼の言葉に、凛子は思わず顔を上げる。彼女は、自分と同じような存在が他にもいたことに衝撃を受けていた。

 しかし、凜子の衝撃もおかまいなしに、春明は恫喝を続ける。

 

「半妖なら、何をしてもいいってか? つまり、てめぇは俺との約束を破るだけでは飽き足らず、俺に喧嘩を売ってるってわけだ……なあ?」

 

 怒鳴っているわけではない、静かな口調。だか、その言葉には刺すような威圧感と、押し潰されるかのような圧迫感があった。

 その迫力に、既にすねこすりは半分泣きそうである。

 

「ご、ごめんなさい……ゆ、許してください……」

 

 猫で出来た頭を地に擦りつけ、春明に許しを請う。

 まるで命乞いでもしているかのようだが、そんなすねこすりの姿に心動かされた様子がない春明。彼の顔からは、一切の表情が消え去っていた。

 

「あのな……妖怪の悪行が、ごめんで済まされんなら――」

 

 そう言いながら、春明は自分のすぐ側にある木に触れた。

 

 瞬間――木の根が、地面の中から勢いよく飛び出してきた。

 飛び出した木の根は、まるで意思があるかのように、ムチのようにうねっている。

 

「――陰陽師はいらねぇだろうが」

「お、おんみょうじ……!?」

 

 春明の口から飛び出たその言葉に、さらに驚きを露にする凛子。

 

『陰陽師』

 

 その存在を凛子は知識として知っていた。

 妖怪退治を生業としている術者。妖怪の天敵である人間たちの集まり。

 この少年――土御門春明がその陰陽師だというのか。

 

「ひぃ、ひぇぇぇっ!!」

 

 うねる木の根に、すねこすりはすっかり腰を抜かしてしまっている。

 

「なあ、すねこすり。約束破ったらどうするかって、俺が何を言ったか覚えてるか?」

 

 すねこすりは答えない。覚えていないというより、恐怖で言葉が出てこないと言った方が正しい。

 

「……ふっ、忘れたんなら、思い出させてやるよ」

 

 春明は冷酷に、死刑宣告のようにその答えを実演して見せる。すねこすりの肉体に直接、その答えを刻みつけるかのように――。

 

「ムチ打ち――100回だ」

「ぎぃっ、ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」

 

 すねこすりの断末魔の絶叫があたり一帯に響き渡った。

 

 

 

×

 

 

 

「む、むごい…」

 

 目の前の惨状に、噴水に腰掛ける凛子の隣で、カナが呻くように呟く。

 

「ちょっとやり過ぎじゃない?」

 

 少し咎めるようにカナは口を開くが、春明は全く顔色一つ変えず、自身の私刑によって変わり果てた、すねこすりの惨状を冷たく見下ろしていた。

 宣言通り、木の根で100回叩かれたすねこすりは、ボロボロに朽ち果てていた。

 人の姿をしていた首から下はピクピクと痙攣し、顔の猫たちその全てが傷だらけで横たわっている。

 動物愛護団体にでも見られたら、間違いなく訴えられる光景だ。

 

「ふん……忠告破ったこいつが悪い」

 

 春明はそんな目の前の惨状にも、カナの言葉にも反省する様子がなく、つまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「…………」

「…………」

 

 純粋な妖怪であるすねこすりを圧倒した彼の姿に、凜子と彼女の曽祖父である白蛇が完全に縮こまり、怯えきっている。

 既に恐怖の対象が、すねこすりから春明の方へと移っているようだった。

 

「だ、大丈夫ですよ! 先輩……と、白蛇さん!」

 

 そんな凛子たちを安心させようと、カナは二人を気遣うように言う。

 

「兄さんは陰陽師だけど、悪行さえしなければ何もしませんから。ねっ?」

「…………」

 

 だが、カナの問い掛けに無言の春明。視線すら合わせず、無表情にそっぽを向いている。カナの言葉を否定も肯定もしないでいるその姿に、さらに凛子たちの不安感が増す。

 沈黙は暫く続いたが、カナは唐突に春明に尋ねていた。

 

「ところで兄さん、なんで学校に?」

「別に……ただの散歩だ」

 

 カナの問いに、春明は素っ気なく答える。

 

「……さてと。じゃあ、俺もう行くわ……」

 

 そして、春明はもう用は済んだとばかりに、その場を立ち去ろうと歩き出す。だが――

 

「すねこすり」

「は、はい!!」

 

 いつの間に起き上がっていたのか。すねこすりがこっそりとばれないよう、その場を立ち去ろうとしていた。しかし、それに目ざとく気づき、春明は釘を刺していく。

 春明の言葉に怯え上がるすねこすりの姿に、カナは少しだけ同情する。

 

「三度目はねぇぞ……」

 

 最終宣告として告げられた彼の言葉に、すねこすりの顔面は蒼白だ。

 

「白神」

「えっ?」

 

 さらに、春明は凛子にも声をかけた。

 いきなり自分に向かって声をかけられたことに、凜子は驚き、不安になっている様子だが、そんな彼女の不安をよそに、春明は以下のような言葉を口にしていく。

 

「次にこいつがちょっかい出してきたら、俺に言え。そんときはこいつを――」

 

 こちらを振り向きながら、春明はすねこすりに対し、無表情のまま宣言する。 

 

「――跡形もなく消してやる」

「ぶ、ぶみゃぁあああああああああああ!!」

 

 無慈悲に告げられたその言葉に、とうとう恐怖の限界点を超えたのか。

 すねこすりは本日、最大の悲鳴を上げながら一目散に逃げ出してしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すねこすりの慌てぶりに特に関心を持つことなく、春明がその場を立ち去り、二人の少女と一匹の白蛇がその場に残された。

 

「先輩、大丈夫でしたか? どこかケガはないですか?」 

 

 未だ戸惑いが残る凛子に少女が尋ねる。どうやら、先ほどすねこすりに転ばされた際の怪我を心配しているようだ。

 しかし、自分を心配する少女の問いに、凛子は答えられないでいる。

 まだ彼女の中で、この少女に対する警戒心が解かれていないからである。

 

「あっ、私、一年の家長カナって言います。えっと…兄さん、土御門先輩の親戚みたいなもんです!」

 

 凜子の心情を察したのか、少女――家長カナは軽く挨拶をしてきた。

 その自己紹介を聞き、凜子は少しだけ合点がいった。陰陽師が親戚なら、きっと妖怪なども見慣れているのだろう。

 彼女がすねこすりに果敢に立ち向かっていくことができたのにも、納得する。

 

「…………」

「?」

 

 そこまで凛子が考えていると、カナが先ほどから、じっと凛子の手の甲に視線を落としているのに彼女は気が付いた。 

 

 カナが見ているのは――凛子の白い鱗だった。

 

「……あっ!」

 

 その視線に恥ずかしくなり、凜子の顔色が羞恥に染まる。咄嗟に鱗を隠そうと、手を服の袖の中に入れようとする。

 すると、カナは凜子が隠そうとした手を優しく掴み取り、そのまま強く引き寄せ、なんの躊躇もなく鱗を自分の頬に当ててきた。

 

「な、なに!?」

 

 あまりの突飛な行動に意表を突かれ、凜子はただただ呆然としている。

 カナはそのまま目を閉じ、凛子の手を握ったまま――

 

「冷たくて気持ちいい…」

 

 と、静かにそのようなことを呟いていた。

 

 

 

 

 ――気持ちいい? 自分のこの鱗が?

 

 たとえどんな人間でも、この鱗を見れば自分を気味悪がり、拒絶すると思っていた。

 現に今まで、凛子はそのような好奇な視線に晒され続けてきたのだ。

 だが、この少女はそんな凜子の鱗を受けいれ、あまつさえ気持ちいいとまで言ってくれた。唖然と、何も言葉を返せないでいる凜子に、カナはさらに話を続ける。

 

「先輩、知ってますか? 白蛇の鱗に触れると、幸福になれるっておはなし……」

「え、ええ……」

 

 戸惑いながらも頷く凛子。勿論知っている。その言い伝えの張本人こそ、凜子の曽祖父、今ここにいる白蛇なのだから。

 

 ――なんでいまその話を?

 

 そう疑問に思った凛子だが。次のカナの発言に彼女は言葉を失う。

 

「これで、私もきっと幸せになれます――」

 

 

 

「――ありがとうございました」

 

 

 

「――っ!」

 

 その言葉で、凛子の思考は完全に停止していた。

 

 

 

 

 

 

 何故、この少女はそんなことを言ってくれるのだろう。

 何を想い、自分の手を取ってくれたのだろう。

 

 気がつけば、凛子の視界はぼやけていた。

 気づかぬうちに、彼女は涙を流していたようだ。

 

 たまらず嗚咽をもらし、子供のように泣きじゃくる凜子。

 カナは何も言わず、黙って凜子の手を握り続けてくれている。

 

 そんな二人の少女を――優しい瞳で白蛇がただ静かに見守ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「もうこんな時間ですね…」

 

 その後、凛子は涙が枯れるまで泣き続け、さらに時間が経過してから、何気なくカナが呟いた。既に日も暮れ、夜になっていたことに気づき、彼女は重い腰を上げる。

 

「もう帰らなきゃ…」

「――えっ?」

 

 カナの言葉に、凜子は落胆を隠せないでいた。

 

 ――もう……お別れなの?

 

 まだカナと話がしたい。

 もっと彼女のことが知りたいと、そう思ったからだ。

  

「さようなら 先輩!!」

 

 しかし、別れたくないと視線で訴えかける凛子に、カナは笑顔で手を振る。

 そして、サヨナラの後に続く『再会を約束する言葉』を彼女は口にしていた。 

 

「――また、明日学校で!」

「あっ……そうか、そうだよね……」

 

 その言葉でハッと我に返る凛子。

 

 そうだ、また明日会えばいいのだ。

 そのときにもっと彼女と話そう。

 自分のこと、彼女のこと。

  

「ええ、また明日……」

 

 凛子はやや戸惑いながらも、作り物ではない、心からの笑顔を浮かべ、手を振り返す。

 

 

 カナを見つめるその瞳に、先ほどまでの怯えの色はどこにもなかったのであった。

 

 




最後は駆け足でしたが、とりあえずこんな感じでまとめてみました。

補足説明

白神凛子
 原作にも登場する、ぬらりひょんの孫の登場人物です。
 個人的には番外編だけにしておくには惜しい人物だったので、このような形で登場してもらいました。
 彼女に関しては、今後もちょくちょく出てくる予定なので、楽しみにしていてください。
 苗字に関して、公式で設定されていないようなので、作者の方で勝手につけさせていただきました。申し訳ありませんが、この名前で行きたいと思います。


すねこすり
 こちらも原作に登場する妖怪。
 ビジュアルが凄い顔の猫――ゲゲゲの鬼太郎のすねこすりとはえらい違いだ。

土御門春明
 こちらは完全にオリジナルキャラです。
 職業は陰陽師。能力に関しては、今後の話で少しづつ明らかにしていきたいと思います。

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