家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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 先日、ずっと探し回っていたゲーム『ぬらりひょんの孫 百鬼繚乱大戦』を中古で見つけてきました。忙しくて現段階ではプレイしていませんが、次の休みにでも遊んでみたいと思います。感想はまた次の前書きに……。

 さて、前回の最後に登場したオリキャラ――木の葉天狗の白について一つお知らせ。
 本小説内で彼の名前を記すときは、白と漢字ではなく、ハクとカタカナで書きます。
 一応、本名は白と漢字ですが、その方がわかりやすいと思いますので。

 では、続きです。どうぞ!


第三十幕  家長カナの過去 その②

 富士天狗組はその名のとおり、富士山周辺を拠点とする天狗妖怪たちの集まりである。

 

 古来より、富士の山には天狗が住むと伝えられ、この地域には天狗たちを祀る神社が数多く建てられている。妖怪世界においても富士山は天狗たちにとっての聖地の一つであり、多くの天狗妖怪が自然と集まってくるようになっていた。

 現在、富士山周辺に身を寄せる天狗の数は、およそ五十名ほど。

 その天狗たちを束ね、統べる天狗こそが富士山太郎坊。富士天狗組組長その人である。

 

 今、富士天狗組は一つの問題を抱えていた。

 それはここ最近、富士山近辺を訪れた人間たちが失踪し、何者かによって殺害されているというものだ。詳しく調査したところ、どうやら余所者の妖怪が関わっていることが判明し、太郎坊はその下手人を探していた。

 人間を毛嫌いしている太郎坊だが、彼は人間を憎んでいるわけではない。そもそも妖怪にとって人間は自分たちに『畏』を供給する重要な存在だ。

 

 人間が妖怪に恐怖し、敬意を払い、畏れるからこそ、彼ら妖怪は真に力を発揮できる。その畏れが、どこの馬の骨とも知れぬ輩に奪われようとしている。心情的には言えば、人間がいくら死のうが知ったことではない太郎坊とはいえ、このままでは自分たちの存在意義に関わる。

 また下手な噂が人間社会に広まり、富士山への参拝客が減れば必然的に神社への賽銭、組の財源が枯渇する。

 そういった諸々の事情もあり、太郎坊は人間を襲っているこの妖怪――鉄鼠を早急に見つけ出し、始末するよう組員に通達を送っていた。

 

 

 

 

「——どこだ、どこにいるネズミめ……今日という今日こそ、必ず見つけ出してやるぞ!」

 

 富士山天狗組若頭——木の葉天狗のハクも、そうして駆り出された組員の一人だった。彼は現在、狼の姿で富士の樹海の中を必死に嗅ぎまわっている。

 木の葉天狗とは年老いた狼が天狗となったもの。元が狼なだけあって、彼には翼がなく飛翔することができない。その代わり嗅覚が並外れており、その自慢の鼻を以って、彼は下手人の匂いを追跡しようと試みていた。

 

「!! 匂う……匂うぞ! これは、血の匂い……現れたな!!」

 

 その成果が出たのか。彼はその匂い——多くの人間が流す血の匂いをかぎ取り、急いで現場へと駆け付ける。

 しかしその道中、彼の行く先を、濃い霧が遮る。

 

「ちっ、またこの霧かっ!!」

 

 この霧は鉄鼠が現れる際、必ず発生し、これまで悉く富士天狗組の目を晦ましてきた厄介な代物だ。

 この霧の中に入ってしまうと妖怪といえども方向感覚を失い、一歩も前に進めなくなってしまう。これまで、何度この霧のせいで鉄鼠を逃してきたことか。

 だが、そう何度も同じ手は食わない。ハクはその姿を狼のモノから、人狼のそれへと変化させ、その手に錫杖を握り締める。次の瞬間、勢いよく跳躍し、ハクは富士の樹海の上空へと跳び上がる。

 

「見定めた。そこだ!!」

 

 上空から見た森の景色は霧に埋もれていたが、どのあたりにネズミが潜んでいるか、ハクには匂いで分かった。彼は錫杖に妖力を込め、それを全力で投擲する。込められた妖力が霧を霧散させ、辺り一帯が一時的だが晴れ渡る。鉄鼠の醜き姿を、ハクはその視界に捉えた。

 

「……そこまでにしとけ、ネズミ風情が……」

 

 ハクはそのまま、地面に突き刺さった錫杖の上に着地。これまで多くの人間たちを喰い殺し、好き勝手に太郎坊のシマを荒らしまわった不届き者を睨みつける。

 その報いを受けさせるために、鉄鼠への制裁を開始する。

 

『ギィギャァアアアアアアア!!』

 

 吠え猛る鉄鼠は爪を研ぎ澄ませ、ハクへと襲い掛かった。人間を殺したばかりの鮮血に染め上がった爪をハクへと振りかざす。

 

「ふんっ!」

 

 だが、ハクはその爪の軌道を易々と見切り、逆に錫杖を叩きつける。鉄鼠の図体は無駄にデカい。攻撃を当てることは比較的容易なことであった。だが——

 

「むっ、固いな……」

 

 鉄鼠の皮膚はその名のとおり、鉄のように固く錫杖による一撃をものともしない。ハクの無駄な攻撃を嘲笑うかのように、鉄鼠は口元をニヤリと歪める。

 

『ギャッギャギャ!』

 

 調子に乗り出したのか、鉄鼠は笑い声を上げながら爪の連撃を大雑把に振るう。相手を舐めだした証拠だろう。

だがその攻撃すら器用にかわしきり、ハクは再び錫杖の一撃を、今度は鉄鼠の顔目掛けてお見舞いした。

 

『ギヤッ!?』

「……図に乗るなよ、三下風情が!!」

 

 流石に顔面への攻撃は痛かったのか、怯む鉄鼠。すると鉄鼠は怒りに目を血走らせながらも、明らかに一歩引いた態度で後ろへと下がっていく。そして、そんな鉄鼠の手助けをするかのように、再び霧が濃くなってくる。

 

「自分より強い相手には逃げるのが一番か……。ふん、情けない奴だが、正しい判断だ。だが!!」

 

 だが逃がすつもりなど毛頭ない。

 ハクは懐からある物を取り出し、それをネズミが逃げたと思われる方角に向かって仰いだ。

 

「ふんっ!」

 

 ハクが仰いだものは、組の代紋が刻まれた天狗の羽団扇だった。その効果により突風が巻きあがり、逃げ出そうと背を向けていた鉄鼠の姿を霧の中から暴き出す。

 

『ギャッ——!?』

「これで——トドメだ!!」

 

 そして、戸惑う鼠の顔面にめがけて、ハクは錫杖を全力で投擲する。しっかりと相手の姿を見えた状態での投擲は、見事ネズミの眉間をぶち抜き、錫杖に込められた妖力がネズミの頭部で爆発し、その脳みそを爆散させる。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 断末魔——多くの人間の命を悪戯に奪ってきた鉄鼠は、こうしてハクの手によって討ち取られた。

 

 

 

 

「ふぅ……これで、一件落着だな。しかし、よくもこれだけ、殺しに殺したものだ……」

 

 鉄鼠を葬り去り、一先ずの決着をつけたハクはそこで一息ついた。だが、これで富士天狗組の面目は保たれると安堵するのも束の間、彼は周囲の惨状へと目を向ける。

 自分が駆け付けるまでの間に、好き勝手に暴れ回ったのだろう。おびただしい数の人間の死体がバラバラに引き裂かれ、森の中を真っ赤に染め上げていた。

 ハク自身、特に人間に対して思い入れがあるわけではなかったが、その凄惨な光景には流石に思うところがあった。犠牲になった人間たちへ、黙祷を捧げようと目を瞑るハク。

 すると——

 

「……ん、で…………」

「ん?」

 

 声が聞こえた。かそぼい、とても小さな声。ハクはそこにきてようやく、木の根元の窪みに生き残った少女がいたことに——家長カナの存在に気が付いた。

 

「……なんで……して…………」

「人間の子供か……」

 

 その少女の顔には生気がなかった。感情というものがなかった。壊れてしまった人形のように、虚ろの瞳で「何故」と、「どうして」と、うわ言のように呟いている

 

「哀れだな。一人生き残ったか。ふむ…………」

 

 その少女のことを哀れに思ったハクの脳裏に——彼女もここで殺してやるべきかと、そのような考えが過った。

 

 一人だけ生き残り、このような残酷な光景を見てしまい、壊れた彼女の心。

 こんな傷を背負ったまま、一生を生きていくのが、いったいどれほどの苦痛か。

 いっそのこと、他の人間たちの後を追わせて楽にしてやるのが人情なのではと、妖怪ながらにそのように考えてしまう。だが――

 

「————————」

 

 ハクが見つめた先には少女と、少女を護るように覆いかぶさる女性の死体があった。この少女の母親なのだろう。命がけで我が子を庇った際の傷痕が背中にくっきりと残されている。

 この子だけでも生きていて欲しいと、そう願った母親の意思が伝わってくるようだ。

 

「…………はぁ、致し方あるまい……」

 

 ハクは大仰に溜息を吐くと、うわ言を呟く少女に向かって手を伸ばす。簡易的な神通力で彼女を眠らせ、そのまま少女の体をそっと抱き寄せた。

 

「この子は預かろう。だが、埋葬は後回しにさせてもらうぞ……」

 

 そう言葉を掛けながら、開いたままの母親の瞼をそっと閉じさせる。無念の形相からほんの少し、遺体は安らかに眠るように見えた。 

 そのまま、ハクは唯一の生存者たるカナを伴い、自らの根城——富士天狗組へと帰還するため、その場から立ち去っていった。

 

 

 

×

 

 

 

 富士山頂上。その付近に人間の足では到達できない、見ることもあたわない断崖絶壁の上に、その屋敷は居を構えていた。富士天狗組の総本山。組長たる太郎坊が住まう、彼の屋敷である。

 

「ハクよ……此度の働き、誠に大儀であった」

「はっ、あり難きお言葉です。太郎坊様」

 

 その屋敷内の太郎坊の部屋にて、人狼姿のハクは此度の鉄鼠退治完了の報告をしていた。彼の向かい側には、偉そうにキセルを吹かす、小柄で白髪の老人——現在の富士山太郎坊その人の姿があった。

 

 かつて、ぬらりひょんと共に毎夜妖怪同士の抗争に耽っていた、筋骨隆々の大男であった彼だが、四百年経った今、彼はいい感じの老人として歳をとっていた。

 妖怪の歳の取り方は、その妖怪ごとによって違いがある。

 千年経っても全く変わらないものもいれば、白髪や背が低くなったりと、それなりに変化を見せるものもいる。半妖の中にも、妖怪と同じように平然と何百年生きるものもいるし、逆に人間と同程度の寿命しかないものもいる。

 この太郎坊という天狗は、どうやら徐々に歳をとっていたらしい。四百年で別人と思えるほどの変化を見せていた。おそらく、後二百年もすれば寿命でぽっくりと逝ってしまうだろう。

 だが、肉体が衰えていようとも、その眼力には些かの衰えも感じさせない。

 太郎坊は威厳たっぷりに煙を吹かしながら、自分に畏まるハクに問い尋ねていた。

 

「ところで、ハクよ……。ちと、小耳に挟んだのだが」

「はっ、何でございましょうか?」

「鉄鼠によって荒らされた現場から、生き残った人間の小娘を拾ってきたと聞いた——それは誠か?」

 

 太郎坊の目が鋭く釣り上がる。彼が人間を毛嫌いしていることは当然、富士天狗組のものなら誰でも知っている。そんな彼の機嫌を損ねたかと、並みの組員ならば震え上がりそうな『畏』放ちながら、太郎坊を詰問してくる。だが、その問い掛けにハクは真正面から切り返す。

 

「はい、本当です。現在、部下に傷の手当てをさせております」

 

 何一つ悪びれた様子もなく、毅然とした態度でそのように答えていた。

 

「ふむ、そうか……」

 

 ハクが素直にそのように答えると、太郎坊は特に彼を責めることもなかった。

 太郎坊は確かに人間が嫌いだが、憎いわけではない。人間がいなければ、自分たちの生活がまかり通らないことも重々承知している。故に、人間を助けて傷の手当てをしてやる程度であれば、特に目くじらを立てたりはしない。

 

「して? その娘をどうするつもりでいる? ……まさかとは思うが、ここで面倒をみてやるなどとぬかすでないぞ?」

 

 しかし、自分の生活圏内に人間が居座るとなれば話は別だ。情にほだされ、ここで育てるなどと、ハクが世迷言を吐かないよう、予め釘を刺す太郎坊。

 その反応を既に予想していたのだろう。ハクは特に落胆する風もなく冷静に答える。

 

「ええ、勿論です。この富士天狗組に人間など、到底許容できることでは御座いません」

「ではどうする? 人間共の元に帰すか? それとも、ふっ……肝でも食らうか?」

 

 軽く冗談を交えながら娘の今後の扱いに関して問い尋ねる太郎坊。主の問い掛けに、ハクは少し考え込んだように間を置き、答えを口にする。

 

「そうですね……。いずれは人里に帰そうと思いますが、今の状態で人の世に放り投げるのは酷かと……体の傷よりも、心の傷が大きい。その傷が癒えるまでの間は……『里』の連中に娘の面倒を任せたいと思っています」

「ほう……『里』の者どもにか……確かにおあつらえ向きではあるな」

 

 ハクの答えに太郎坊は納得したと、しきりに首を頷かせる。

 

「ハイ……。既に里のものどもに、受け入れの体勢を整えるよう、要請を出してきたところです。近日中には、娘をそちらに移しますので、それまでは何卒ご容赦のほどを……」

「ふっ、用意がいいことだ……やはり、お前に若頭を任せて正解であったな」

「恐縮です」

 

 太郎坊の賞賛にハクは謙虚に頭を下げていた。

 

「うむ……それにしても久しぶりかもしれんな、あの里のことを口にするのも」

 

 そして、太郎坊はこれからその娘を預ける場所――その方角を見ながら、ポツリと呟く。

 

「『半妖の里』か……。今はどうなっていたか。さて……」

 

 

 

×

 

 

 

 富士の樹海。人間が立ち入らぬよう厳重な結界が施されたその奥深くに、その村『半妖の里』は存在していた。

 その名のとおり、その里には『半妖』と呼ばれる存在が集い住んでいる。

 半妖は人間と妖怪のハーフ。人の世でも、妖の世でも生きにくい彼らは自分たちの理想郷を求めて、この地に移り住んできた。

 

 そんな半妖の里の一角にて、二人の人影が静かに佇んでいる。

 二人は半刻の間、そこでずっと待ち人が来るのを待っていたが、なにぶん時計というものがないため、待ち合わせの時間などもひどく曖昧だ。おおよその時刻だけを聞きここに来たので、待ち合わせ相手がくるまでの間、ずっと手持ち無沙汰に暇を持て余している。

 だが、それでも文句一つ垂れることなく、二人は黙って時が過ぎ去るのを静かに待ち続ける。そして——

 

「——どうやら、まいられたようだな」

「…………」 

 

 二人の内の一人、犬頭の半妖の男が鼻をひくひくさせる。彼の言ったとおり、森の向こう側から一匹の白い狼が一人の少女を背に乗せてやってきた。少女は眠っているようで、それを起こさないようにと慎重な足取りで狼——ハクは犬頭の人物に話しかける。

 

「暫くだな、村長。鉄鼠の被害の方はどうなっている?」

「はい、ハクさま。作物の被害が酷いですが、里のものに怪我人はなく、なんとか今月の納品と我らの食い扶持分は確保できそうです」

「そうか……それはなにより」

 

 犬頭の半妖——村長は富士天狗組の若頭であるハクに頭を下げながら、鉄鼠討伐に礼を述べる。

 

 富士天狗組と半妖の里。この両者には明確な上下関係、極道的にいうのならば、富士天狗組が半妖の里の『ケツモチ』を持っている状態にある。

 半妖の里のものたちは決められた月に捧げ物、この場合は農作物などを組に納め、富士天狗組は彼らに何かあったとき、そのトラブルを解決するために動く——そういう契約だ。

 そもそも此度の鉄鼠の被害を最初に報告してきたのは彼ら半妖の里のものであり、彼らの目撃証言がなければ、富士天狗組はネズミの正体を知ることもできなかったであろう。

 そういう意味で両者は良好な関係を続けており、ここ数百年、これといったトラブルもない。

 ハクは、そんな彼ら相手だからこそ、今回の一件も任せられると、確かな信頼の元でここへ少女を預けにやってきた。

 

「さて、既に通達してあると思うが、お前たちにはこの娘の面倒を見てもらいたい。例のネズミに家族を殺された哀れな人間の子供だ。事情が事情故、なるべく人間に近いモノに世話をするように頼みたい……引き受けられるか?」

 

 まだあれから一度も目を覚ましていないため、どのような反応をするかはわからないが、妖怪に家族を皆殺しにされたのだ。見るからに化け物であるものに世話をされては、心穏やかにはいられないだろう。

 半妖の中には妖怪よりの見た目のものもいれば、どうみても人間にしか見えないようなものもいる。

 そういった面子が彼女の世話に回ることを期待してのハクの問い掛けに、村長は自信たっぷりに頷いて見せる。

 

「お任せください。幸い、適任者がおりましたので、今日この場に連れて参りました。春菜さん、ご挨拶を……」

「は、はい……」

 

 村長がそう言うと、後ろに控えていたもう一人の人物——一人の女性が歩み出てきた。

 彼女は緊張した面持ちで、ハクに頭を下げて挨拶をする。

 

「は、初めまして、ハクさま……わたくし、名を春菜(はるな)と申します。どうか、お見知りおきを……」

 

 どこか儚い印象のある、まだ二十代後半らしき女性。

 何の変哲もない自己紹介だったが、そんな彼女を見るや、ハクは驚いたように目を丸くした。

 

「ほう、珍しいな。お主、もしや人間か?」

「………はい、そうです……わたくしは人間です」

 

 半妖の里は文字通り、半妖たちが中心に集まる場所だが、それ以外の存在、妖怪と人間、その両者が居場所を求め、この里に訪れることもままある。

 

 だが、人間は妖怪や半妖のように長く生きることができない。 

 

 例え人間が里に居ついたとしても、数十年で寿命を迎え、天寿を全うする。ハクはこれといって用事がない場合数十年と里を訪れないこともざらなため、人間が居ついた時期があったとしてもすれ違いで出会わない。

 実際、ハクは人間をこの里で見るのは初めてだったりする。

 ハクがそのように驚いていると、ふいに村長が彼の耳元で声を潜めて耳打ちした。

 

「彼女は……『世捨て人』でしてな。そこを里のものが保護して、ここに住むようになりました」

「……そうか」

 

 村長の言葉に、何事かを考えるように目を瞑るハク。『世捨て人』とは言葉通り、人の世を捨ててこの富士の樹海に迷い込んできた手合いのことである。

 

 昔から、自殺の名所として名を馳せる富士の樹海には、様々な人間たちが死に場所を求めてやってくる。思い止まって引き返す者も多いが、そのまま森の中を彷徨い、飢え死にしたり、首を吊って命を断つ者もいる。

 だがごくまれに、死んでも死にきれず、飢え死にする一歩手前まで森を彷徨い歩き、この半妖の里の近くまでやってくる者が稀に存在する。

 半妖の里のものたちは、そういったものを保護するや、自殺を思いとどまらせ人の世に送り返したりするのだが、その中に、既に人の世に居場所を失くし、戻ることもできなくなってしまうような人間もいる。

 

 この春菜という女性もその類の人間だった。死ぬこと自体は思いとどまったものの、立場上人の世に帰ることもできず、この里でその生涯を過ごすことを決めたのだ。

 そういった手合いを『世捨て人』とこの里では言う。彼れらの大半は慣れぬ里での暮らしに翻弄されながら、人知れずひっそりとその生涯を終えていくもの。

 だが、彼女はこの里で過ごすうち、とある一人の半妖と恋に落ち、そして子供まで授かったという。人の世で生きていたよりも満ち足りた日々を過ごし、彼女は幸せを謳歌していた。

 

「ほう……それは、それは! して、その子供は? 今幾つくらいなのだ?」

 

 その話にハクが興味を覚えたようで、春菜にそのように問い尋ねていた。半妖の里で子供が生まれること自体もなかなかの珍事、世捨て人の子供ともなれば尚更である。 

 

「はい……今年で、丁度六つになります、男の子です」

「六つか……ではこの娘と同じか、少し上くらいかな?」

 

 チラリと自分の背に乗せている少女の方へと目を向けながら、ハクはその表情を緩ませる。少女の正確な年齢こそ知らなかったが、同世代の子供がいると言うならば、この少女の教育にとってもいいことである。

 少女の今後に関し、ほんの少し希望が持てる気分だった。

 

「そうかそうか……であるならば、この娘の気分も多少は休まろう。どうか仲良くするよう、その子にも言い聞かせてやってくれ」

 

 友達ができることは、その男の子にとっても嬉しいことだろうと、ハクは声を掛ける。

 ところが――

 

「……あ、そ、そうですな……ははは……」

「え、ええ……それはいいことだと思うのですか………」

 

 何故だろうが、村長も春菜も、何故だが気まずそうに視線を晒しながら苦笑いを浮かべている。

 

「? どうしたというのだ」

 

 そんな二人の反応に、自分の方が何かおかしいことを言ってしまったのかと、ハクは思わず自身の発言をかんがみてしまう。

 しかし、深くそのことについて考えようとした——そのときである。

 平和でのどかな空気に包まれていた半妖の里に、爆発音が響き渡った。

 ハクは慌てて振動の発信源と思しき場所に目を向けると、そこから煙が上がっているのが見て取れた。

 

「なんだ! まさか、敵襲か!?」

 

 もしや鉄鼠のような不遜な輩がまたも現れたのかと、彼は緊張感を高めて身構えようとする。しかし——そんな彼の反応とは裏腹に、村長は特に動揺した様子もなく、何かを達観したような態度で頭を抱えている。

 

「あの方角は……またか」

「申し訳ありません!! 申し訳ありません! 村長!」

「??????」

 

 頭痛を抑えるような村長に、何故か心底申し訳なさそうに頭を下げ続ける春菜。

 ますます意味不明な状況に、ハクはただただ困惑するばかりであった。

 

 

 

×

 

 

 

「い、いったたたた……」

「あちっ、あちいぃぃい!!」

「……こ、これはいったいどういう事だ?」

 

 一旦、少女を近くの村人のところに預けたハクたちは、爆心地があった麓にまで駆けつけたきた。ハクたちはそこで、傷つき倒れている里の住人の姿を目撃。一人は黒焦げで、もう一人は尻にまで燃え広がった炎を消そうと地面に転がっている。

 爆発があった当初、ハクは敵襲かと思い殺気立っていたのだが、村長がそれを宥め、とりあえず着いてくるようにお願いして、ハクはここまで大人しくついてきた。

 だが着いて早々、目の前の惨状……と呼ぶほどのものでもなかったが、里のものたちに被害が出ていることに、ハクは眼光を釣り上げて村長に説明するように詰問する。

 

「村長、これはどういうことか説明してもらうぞ?」

「う、そ……それは、その……」

 

 ハクが少し怒気を交えたためか、村長は言葉を詰まらせる。

 すると——そんな村長を庇うように、春菜がハクの真正面に踊れ出て声を張り上げる。

 

「ハクさま! すべては私の至らぬ不徳が成すところです。どうか罰するのであれば私一人を!!」

「??????」

 

 地面に頭を擦りつけ、自信への罰を望む春菜にさらに混乱するハク。もう少し口調を改めて問い直すべきかと、冷静になった、刹那——

 

「——なんだ? しらねぇ妖気だな……そいつは、滅してもいい妖怪か?」

「——っ!!」

 

 明らかに敵意が込められた声音にハクは咄嗟に後ろへと跳ぶ。すると、先ほどまでハクが立っていたところに、どこからともなく護符が飛来する。

 次の瞬間、護符は勢いよく燃え上がる。その場所にとどまっていたらどうなっていたかを想像し、ハクは厳しい顔つきになった。

 

「こ、これは陰陽術? 何者だ!!」 

 

 それは妖怪を滅する陰陽師が行使する、陰陽術によるもの。

 ハクは護符が飛んできた方角——煙りが立ち上る爆心地の方へと目を向ける。丁度その際に風が吹きあがり、黒煙が晴れていく。

 

「……子供だと?」

 

 ハクは目を丸くする。そこに立っていたのは、どうみても五、六歳くらいの人間の子供にしか見えなかったからだ。しかしその目元には隈が出来ており、どこか眠たげでありながら、かなり鋭い目つきをしている。

 そんな年不相応な見た目の少年にハクが驚いていると、土下座をしていた春菜が勢いよく起き上がり、その少年の下へと駆け寄っていた。

 

「春明!! 貴方またこんな無茶をして!! あれほど皆さんに迷惑をかけてはいけないと言ったじゃない!!」

「…………べつに、手加減はしてあるから……しにゃしねえよ……」

 

 少年は、自分の肩に手を置きながら説教をする春菜から、気まずそうにそっぽを向く。

 その二人の会話にまさかと思い、ハクは傍らに残った村長に問い尋ねていた。

 

「村長……まさかとは思うが、この少年が?」

「はい、お察しの通りです。ハク様……」

 

 ハクの問い掛けに、盛大に溜息を吐きながら村長は答えを口にしていた。

 

 

「この少年こそ、先ほどの話に出てきた春菜さんの息子。名を——春明と申します」

 

 




 補足説明
  半妖の里
   後半部分ですが、原作にもしっかり登場した土地です。
   細かい詳細などはあまり詳しく描かれませんでしたが、今作では重要な場所。
   富士の樹海にあると、はっきりと明言されていませんでした。
   ただ、登場人物たちの会話から察するに、おそらくこれであってると思います。
   より詳しく知りたい人は、原作コミックス二十五巻を買いましょう!!

  犬頭の村長。
   オリキャラ。半妖の里を代表する人物。
   村長と書いて、『そんちょう』か『むらおさ』と読むかはお任せします。
   名前は特に考えていません。そう、私が村長です。

  春菜さん
   オリキャラ。半妖の里に住むことになった人間の女性。春明の母親です。
   特に特殊な能力をもっている訳でもない、普通の女性です。
   ですが、若いながらも富士の樹海に死に場所を求めてやってきた方。  
   きっと、壮絶な過去があるのだと、思っていてください。
   (今のところ、そこを詳しく掘り下げる予定はありません)   

  幼少期の春明
   この頃から目つきが悪く、色々と傍若無人です。
   母親相手には少し大人しくなる、年相応な部分もしっかり持っています。
   何故、彼が陰陽術を使えるのか。その疑問に関しては次回に語る予定です。
   尚、彼の父親は普通に存命ですが、重要ではありませんので、特に登場させるつもりはありません。


 もう一、二話でとりあえず過去編を一旦終了しますので、もうしばらくお付き合いください。
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