家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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福袋ガチャはプーサーでした。蒼銀コラボ待ってます!

いや~……新年一発目のゲゲゲの鬼太郎……久々にカットんでましたよ。
面白かったけど……新年にやっていい内容でも、日曜の朝にやっていい内容でもないぞ、これ!!

さて、今回はかなり詰め込んだ内容になってしまった。
この辺りまで話が進んでくると登場キャラの数が多くなって文章量も必然的に多くなってしまう。読みにくかったら御免なさい、それでは後編をどうぞ!!




第三十四幕 邪魅の漂う家 後編

 

 菅沼品子という少女の家に出没する、妖怪——邪魅。

 そもそも『邪魅』とは何なのか?

 鳥山石燕の今昔画図続百鬼にも掲載されている著名な妖怪だが、具体的な成り立ちなど、あまり詳しくは書かれていない。

 数少ない解説文によれば「邪魅は魑魅の類なり、妖邪の悪鬼なるべし」と、人間を害する者として解釈されている。

 

 

 

「邪魅はね……他人の恨みをかったものにつく、悪い妖なんだよ——」

 

 ここ秀島神社の神主は、邪魅のことを人間を食い荒らすほどに危険な妖怪であると語る。

 

「神主さんは邪魅のことをよくご存じなんですね!」

 

 その語りに興味深げに聞き入る清継と、清十字団。頼りにならない神主に白い目を向けながら、もう何度目かになる邪魅の話に品子も耳を傾けていた。

 

 あの夜の騒動の翌日。清十字団の面々は品子を伴い、この秀島神社を訪れていた。

 品子を悩ませている邪魅とは何者なのか、その正体を詳しく調べるために。この秀島神社は元より邪魅の霊魂を鎮めるために建立された神社だ。だからこそ、邪魅の正体を探り、解決するための手掛かりがここにあるのではと、清十字団はこの神社を訪問していた。

 そして、神主の口から語られる。この地で生まれた『邪魅』という妖怪の成り立ちについて。

 

「……昔、この町が秀島藩と呼ばれていた頃。とある大名の屋敷があってね——」

 

 それは今から数百年も昔の話。

 そこに、名前は定かではなかったものの、非常に君主に忠実で優秀な若い侍がいたという。

 勤勉でよく働き、腕が立つ。君主である定盛を心から尊敬していたその侍。定盛もその侍のことを気に入り、大層可愛がったという。彼は瞬く間に出世していき、いつしか定盛の片腕とまで呼ばれるようになった。

 

 だが、そんな侍の存在を快く思わなかった者がいた。

 そう、定盛の妻である。

 

 彼女は、何をするにも一緒な二人の仲の良さが気に入らなかった。彼女の目には、定盛とその侍の関係が衆道——今でいう、ボーイズラブにでも見えていたのだろう。

 ある日、嫉妬した妻は、君主のいないときにいわれのない罪を侍にきせ、彼を屋敷の地下牢に閉じ込めてしまった。それは定盛が戻ってくれば、すぐにでも牢から出られていただろう、所詮は嫌がらせ程度の行為でしかなかった。

 

 だが、運が悪いことに、そのタイミングで海沿いにあるこの町を大津波が襲ったのである。

 

 後の世で『地ならし』と呼ばれる、その大津波はこの町全体を呑み込んでいった。

 町の大半の者は高い丘へ避難し難を逃れたが、侍は地下牢に幽閉されていたため逃げることができず、そのまま溺れ死んでしまった。

 それ以降、この地では邪魅の噂――彷徨う侍の霊がたびたび目撃されるようになったという。

 

 

 

「水にまぎれ、風にまぎれ……邪魅という妖怪は生まれたんだ」

 

 と、この町で伝えられる邪魅の伝説を神妙に語る神主は、さらに重い口を開き、とある事実を告げる。

 その大名家の血筋、若い侍を死に追いやった者の子孫が今もこの地に脈々と受け継がれていると。

 その血筋こそ菅沼家、秀島藩藩主の直系―—菅沼品子なのだと。

 

「…………」

「……あ、そうか……」

「知らなかった! だから襲われてたんだ!」

 

 その事実に品子は言葉を失い、場が騒然となった。清継は品子が何故こうもしつこく邪魅につけ狙われているのか、その理由がわかり大仰に頷く。

 しかし、それが分かったからと言って、具体的な解決策が閃いたわけではない。

 口では偉そうに邪魅の伝説を語る神主だが、実際何もできないでいる彼に、とうとう耐えかねた品子は声を荒げる。

 

「もうたくさんよ!! 一向にいなくならないじゃない!!」

 

 もう彼女も我慢の限界だった。あとどれだけ、この恐怖の夜を乗り越えればいいのか。終わりの見えない出口に、品子の精神は崩壊寸前だった。

 

「力及ばなくて済まない……だが、邪魅の恨みが強すぎると落とせない場合もあるんだ。憑き物落としが出来なかった家はみんなこの町を去った。さもなくば、『最悪』のことになるかもしれないからね……菅沼家も、そうなる前に…………」

 

 神主は、遠回しに菅沼家のこの町からの退去を進めてきた。流石の邪魅とて町の外までは付いてこないだろうと、希望的観測の下、彼は提案してくる。

 

「………………」

 

 その提案に、誰も何も返せないでいる。確かに神主は無力だが、それは自分たちも同じだと、何も言い返せない清十字団の面々。彼の提案に大人しく従うしか他に道はないのかと、諦めムードが高まる中——1人の少年が声を荒げた。

 

「神主さん!! 何か方法はないんでしょうか!?」

「奴良くん?」

 

 団員の中でもいつもは大人しめのリクオが声を荒げたことに、清継が不思議がる。リクオは神主に詰め寄っていた。

 

「ボクら品子さんを守りたいんです! 邪魅にはもう触れられたり、このままじゃあ……急がないと!!」

「ちょっと、何言ってんのよ、リクオ。気持ちはわかるけど……」

「この人のお札、効かないって言ってんじゃん」

 

 はやる気持ちのリクオを宥めるように、巻と鳥居が彼を止めに入る。

 この神主の術は既に効かないことが証明されている。これ以上、彼を頼って何になるのかと。だが——

 

「……仕方ありませんね。そこまで仰るのであれば、私も奥の手を使いましょう」

 

 リクオの言葉に心打たれたかのように、神主は懐から大事そうに四枚のお札を取り出した。

 

「これは強力な護符。この四枚を四神として、部屋の四方に貼り、決して表には出ないことです。勿論、品子ちゃん以外は中にも入らないこと。朝まで絶対に部屋の戸も明けてはなりません……これなら、邪魅も近寄ることはできないでしょう」

 

 神妙な面持ちでそのように語る神主に「そんな奥の手があるなら最初から使え」と、誰もが思ったことだろう。だが、そんな子供たちの心中を悟り、さらに神主は念を押した。

 

「これは本当に強力な結界なのです。本当であれば使いたくなかったのですが、品子ちゃんを守る為です。もし、途中で結界を破るようなことがあれば、その痛みが倍になって守るべき対象に帰ってくる、諸刃の剣なのです。いいですか……くれぐれも、途中で禁を破ってはいけませんよ」

 

 何度も何度も念を押しながら、神主はメガネの奥の瞳をギラつかせて語った。 

 

「それこそ——取り返しのつかないことになりかねませんからね……」

 

 

 

×

 

 

 

 ——……本当に、効くのかなぁ……でも、効いてくれないと……。

 

 その日の夜。家に戻った一同はさっそく例の結界を張り、寝る体制に入った。

 結界を張るのは品子の部屋。清十字団が寝泊まりしている大広間とはかなり離れた場所で品子は一人、薄暗い部屋で布団に包まっていた。

 

 ——……やっぱり、一人じゃ心細いよ……誰か……。

 

 しかし、品子は不安と恐怖の中で眠ることができずにいた。

 昨日はあれだけ賑やかだったのに、今日は誰も自分の側に寄り添ってはくれない。清十字団が来てくれるまではそれは当たり前だったはずなのに、それを手放した途端、孤独に晒される恐怖を彼女は再認識する事になってしまった。

 神主の助言に従うしかないのだが、これではあまりにも寂しすぎると、品子の心が折れかけていた——そのときだった。

 

「——品子さん? もう寝ちゃいました?」

 

 部屋の外から女子が品子の名を呼んだ。品子は急に声を掛けられたことに驚きながらも、それが誰の声なのかを思い出しながら返事をする。

 

「え~ええっと、その声は……白神さん、だったかしら、どうしたの?」

 

 意外な相手だったのか、目をパチクリさせる品子。

 清十字団で品子によく絡んでくるのは、巻と鳥居の二人の元気な女子だ。凛子は凛子で品子を気遣ってくれているが、二人ほど積極的に絡んではこなかった。故に、たった一人で品子の部屋の前にまで来て、声を掛けてくるとは思ってもいなかった。

 

「何だか気になっちゃってね……品子さんが眠るまで、ここに居させてもらえないかしら? 神主さんには部屋に入るなとは言われているけど、声を掛けちゃいけないとは言われてないから……迷惑だった?」

「そ、そんなことないわ! すっごく心強い!」

 

 凛子の提案に、品子は物凄い勢いで頷いた。誰か一人でも側にいるなら、その方がずっといい。たとえ側に寄り添っていなくても、品子は確かに凛子の心遣いに胸の奥の温かみを取り戻していく。その目に、涙の滴が零れ落ちる。

 

「本当にありがとう……ほんとに——清十字団の皆が来てくれて、嬉しかった……」 

 

 

 

 

 昼間のことだ。神主の下を訪れた帰り道、清十字団と品子はそれに遭遇した。

 

「あ……ほら見て、菅沼さんちの子だわ」

「あそこも邪魅に憑かれ出したんですって……怖いわ」

「ほんとよ。近寄れないわ。嫌よね~~」

 

 それは近所の人々が品子に陰口を叩きながら、彼女から距離を置いている光景だった。

 この地域は邪魅に対して、一種のアレルギーのようなものを持っていた。信心深いが故、邪魅に憑かれた家に近づくと、自分たちも邪魅に憑かれると、そんな根も葉もないデマを信じて、品子たち菅沼家を避けているのだ。

 当然、被害者である品子に非などある筈もない。だが、まるで彼女が悪いかのような口ぶりで、人々は品子に冷たい眼差しを送ってくるのだ。

 

「なに、あれ……感じわるっ!」

「品子ちゃんのこと、まるで悪者みたいに!」

 

 清十字団の皆は当然、そんな町の人々に不満を抱いた。彼女の苦悩も知らずに好き勝手なことを言う町の人たちを睨みつけ、彼女を庇うように巻と鳥居の二人は堂々と品子の肩を抱き、隣を歩いていく。

 

「よしっ! 海に行こう!!」

 

 さらに清継は、明るい声でそのようなことを口にする。それは何の脈絡もない提案だったが、もともと海が目当てだった巻と鳥居の二人は感激して水着に早着替え。邪魅の話で沈んでいた空気が吹き飛んだかのように、皆して意気揚々と海へと繰り出していく。

 もっとも、海は海でも、ここは港町だ。

 

「——ぎょ、漁船?」

「泳げねーし……」 

 

 素敵なビーチなどもとより存在せず、港のほとんどがカニ漁を行うための設備で整えられていた。

 

「しまった! まさかこの町がカニの産地で有名だったなんて! 知らなかった!!」

 

 妖怪のことになると知識が豊富なのだが、それ以外のこととなると勉強が不足する清継。期待して落とされるという、ある意味お決まりなパターン。

 がっくりと項垂れたり、やれやれと息を吐いたり、清継を締め上げたりなどと、団員たちにとってはいつもの日常。

 

「————くすっ……ありがとう。なんだか、少しだけ元気が出てきたよ」

 

 だがそんなお馬鹿な光景に、菅沼品子は薄く微笑んだ。

 邪魅の出る家は町の人間から疎まれる。きっとこれまでも、肩身の狭い思いをしてきただろう。

 そこへやってきたのが清十字団だった。彼らは邪魅のせいで悩み苦しむ品子のことを疎むでもなく、普通の女の子として接してくれた。

 それが彼女にはとても嬉しかったのだ。 

 自分は一人ではない。たとえ地元の人々から嫌われていようとも、清十字団のような仲間が外から駆けつけてくれることを知った。

 それが彼女のような人間にとって、何よりの救いとなったのだった。

 

 

 

×

 

 

 

「本当にありがとう……優しいよ、清十字団は……」

 

 そう言って、品子は何度でも感謝を口にする。

 自分がどれだけ救われたのか、それを示す方法を他に知らないからこそ、彼女は想いを言葉にするしかなかった。

 そんな品子の感謝に、凛子は少し遅れて言葉を返す。

 

「——そうね……善良な人たちだと思うわ。清十字団の皆は……」

「——みんな?」

 

 凛子の言葉に品子は引っかかりを覚える。『清十字団の皆』と発言した凛子の台詞は、まるでその皆の中に自分自身が含まれていないかのような言い草に聞こえたからだ。

 そのことに関して品子が問い尋ねてみると、凛子は少し迷いながらも答えていく。

 

「私も、あの子たちの優しさに救われた口だからね……。清十字団に入ったのも最近だし、皆とは過ごしてきた時間が短いというか……まだ距離があるというか……」

 

 

 

 そう、凛子が清十字団入りしたのはごく最近の話だ。他のメンバーのほとんどが小学生の頃からの付き合いであり、自分とは過ごしてきた時間の長さが違う。

 

 ——その中でも、あの二人の間には割って入れないわね……ちょっと寂しいけど。

 

 中でも家長カナと奴良リクオ。この二人の間には簡単に踏み込めない『何か』を凛子は常々感じていた。

 只の幼馴染でもない。かといって男女として付き合っているわけでもない。

 もっと、深いところで互いに支え合っている——そんな間柄に凛子には見えていた。

 

 ——あの二人、仲直りできたのかしら……ちょっと心配だわ。

 

 だからこそ、二人の間にどこか気まずい空気が流れていたことを凛子は気にしていた。昨日の夜、廊下の方で何やら二人っきりで話をしていたようだが、あれっきり何があったのか、凛子はまだ怖くて聞けていない。

 

「そうなんだ。白神さんも、色々あったのね……」

 

 そんなことを凛子が考えている一方で、清十字団と少し距離があるとの彼女の告白に対し、品子は共感するような思いで頷く。

 ひょっとしたら、凛子にも自分と同じような『悩み』があったのだろうと想像したのか、品子の声に親しみのようなものが宿る。

 心の距離がほんの少し縮まったのを感じ取った凛子は、そんな品子へアドバイスを送った。

 自分の経験から得た、その『悩み』と向き合うための方法を。

 

「そうね……けど、一人でウジウジ悩んでもしょうがないんだって、清十字団の皆が……ううん、あの子が教えてくれたのよ。あの子が、手を差し伸べてくれたから今の私がいる。けどね、それは最初の一歩を踏み出すきっかけでしかなかったんだって、最近は思うようになったんだ」

 

 そう、あの子——カナが半妖である自分に手を差し伸べてくれた。しかし、それはきっかけでしかなかったのだ。

 カナや清十字団との交流をきっかけに、凛子はさらに外の世界へと一歩を踏み出した。

 今までは自分から避けていたクラスメイトたちや、委員会の生徒たちなど、多くの人間たちと話をするようになった。実際に話してみれば、みんなそれほど自分の悩み、半妖としての白い鱗に対して悪感情を抱いてはいなかった。物珍し気に見られることもあるが、特にこれといって嫌悪するでもなく、普通に接してくれている。

 カナや清十字団の皆が特別なわけではなかったのだ。凛子が思っているほど、外の世界は悪意には満ちていなかった。

 

「だから……品子さんも……勇気を出して新しい一歩を——」

 

 凛子は自分のように、品子にも一歩を踏み出してほしかった。

 きっと清十字団だけではない。この町にだって邪魅の噂を恐れず、品子と向き合ってくれる人がいる筈だと。思い切ってそう伝えようと、凛子は声を張り上げようとした。だが——

 

「……あれ? 何だろう……」

「? どうかしましたか?」

 

 不意に、何かの違和感に気づいたのか品子が不自然に言葉を濁した。凛子は伝えようとした言葉を引っ込め、品子に問い尋ねる。

 

「なんか……護符に染み、焦げた跡みたいなものが。あんなものさっきまでは————」

 

 と、その違和感の詳細を品子は襖向こうの凛子に伝えようとした、次の瞬間——

 

「ひっ……ヒャ、いやぁあああああああああああ!!」

「品子さん!?」

 

 部屋の向こう側から、品子の絶叫が響き渡る。明らかに恐怖に怯えるようなその悲鳴に、凛子は必死に品子の名を呼びかける。

 

「品子さん! しっかりして下さい、品子さん!! 何があったんですか!?」

「な、なにっ!? 何よ、これ!? いやっ、いやぁああああ!!」 

 

 相当に怯えているのだろう、恐れ慄く悲鳴ばかりが返ってくる。

 

「ま、待っててください! 今、襖を……あれ、開かない? 何で!?」

 

 その尋常ならぬ様子に、凛子は神主の忠告を忘れ、品子の下へ駆けつけようと部屋の扉に手を掛けていた。

 だが、開かない。

 襖は、まるで閂で固定されているかのようにビクともしない。これが結界の効力というやつなのか。凛子が扉と悪戦苦闘している間にも、品子の絶叫はさらに響いてくる。

 

「ひぃっ、きゃぁああああああああああああああああ!!」

「品子さん!? このっ、開いて! 開きなさいよ!!」  

 

 さらに甲高くなってくる品子の悲鳴に、とうとう襖を壊そうと体当たりをかます凛子だが、それでも扉は揺れ一つ起こさない。

 

 ——駄目だ!! 私一人の力じゃどうにもならない! ……カナちゃんっ!!

 

 自分ではどうにもできない。凛子は咄嗟にカナの助けを借りようと、その場を駆けだそうとしていた。すると——

 

「——おい、下がってろ。あぶねぇぞ……」

「えっ————?」

 

 聞き覚えがあるような、ないような声が凛子の耳に届けられる。

 彼女がその場を振り返ると——あの日、生徒会選挙のときに巨大な犬と戦っていた長身の男がそこに立っていた。

 

「あ、貴方は?」

 

 唐突な人物の登場に、驚きで固まる凛子。そんな彼女を尻目に、男は手に持っていた日本刀で結界で守られている襖に斬りかかった。あれほど凛子が何をしても開かなかった扉が、いともたやすく斬り捨てられる。

 

「品子さん!」

「し、白神さん……」

 

 扉の向こう、部屋の中には戸惑う表情でうずくまる品子が。そして、そのすぐ側に刀を手に持った妖怪——邪魅の姿があった。

 

「昨日のっ! 品子さんから離れなさい!!」

 

 昨日の夜。カナと対峙した邪魅に向かって、凛子は険しい目を向ける。品子から離れるようにと、キッと力強い瞳で邪魅を睨みつけていた。

 

「…………!!」

 

 顔中にお札を貼っているその邪魅は、問答無用で凛子の側に立っていた長身の男に斬りかかる。

 

「おっと。オレは敵じゃねぇよ……邪魅、お前がその子の敵じゃねぇようにな……」

「えっ!? 敵じゃないって……どういうことですか?」

 

 長身の男は邪魅の攻撃を軽くいなし、自分に敵意がないことを示した。そして同時に、凛子たちに対してもあの邪魅が敵ではないことをほのめかす。

 

「知りたいかい? 詳しいことは道々話してやる」

 

 そのまま男は振り返り、その場にいる全員に向かって声を掛けていた。

 

「この邪魅騒動のカラクリ。暴いてやるから、知りてぇ奴はついてきな!」

 

 

 

 

×

 

 

 

「ガハハハ……迷信を利用して、また上手くいったなぁ」

「これでついに、菅沼家の土地も落ちるぞぉ」

 

 夜な夜な、黒いスーツ姿の厳つい男たちが、神社の境内という不釣り合いな場所に集まっていた。

 彼らは集英建設という、地元の悪徳建設会社の社員たち——身も蓋もない言い方をすれば。ヤクザである。彼らは土地を安く手に入れる為、邪魅の噂が立った家にチンピラブローカ―を差し向け、不当な利益を上げていた。

 ブローカーたちは邪魅の噂を積極的に流したり、その家の当人たちを脅すなど、あの手この手で土地を安く買い叩いている。

 

「ここの住人共はバカだからよぉ。邪魅なんて信じ込んで!」

「まったく、笑いが止まんねぇぜ!」

 

 そして今宵、彼らは兼ねてより狙っていた菅沼家——品子の家を手にしたと高笑いを上げていた。まだ契約を交わしたわけでもないのに、既にあの家の土地は自分たちのものだとばかりに。

 それもその筈。彼らは今日、『邪魅』を差し向け、あの家の娘にトドメを差したからだ。

 娘が『邪魅』のせいで、あんな目に遭えば、いかに歴史ある武家屋敷であろうとも手放す気になるだろうと、彼らは確信していた。

『邪魅』という、妖怪の存在を信じてもいない彼らがだ。

 

「えっ? 邪魅って……いないんですかい!?」

 

 彼らの会話に違和感を覚えたチンピラブローカーの代表であるハセベがそのようなことを聞いていた。この会合に最初から居合わせてはいたものの、イマイチ彼らの言っていることがわからない。

 

「ハセベ~~おめえは頭わり~な、相変わらず」

 

 そんな理解力の低い下っ端のハセベを軽く小突きながら、集英建設の組長はとある人物に声を掛けた。

 

「しいていうなら……俺らが飛ばしていた式神こそが『邪魅』よ……ねぇ——神主さん?」

「——くくく、そのとおりですな……」

 

 

 そう、これこそ邪魅騒動のカラクリ。つまるところ、邪魅とは自作自演、彼ら集英建設と神主の芝居に過ぎなかったのである。

 

 集英建設が欲しいと思った土地に、神主が邪魅——陰陽術の式神を飛ばし、その家の住人を襲わせる。

 そして、邪魅に襲われた家の住人は『邪魅落とし』として名高い秀島神社の神主――犯人の下に相談に来る。神主は親身になって相談に乗るふりをして、その家にさらに式神を送り込み、住人を追い詰めていく。

 一方で、集英建設は邪魅が憑いた家は危険だと、ブローカーを使って住人を町のコミュニティから孤立させていく。精神的に追いやられていった住人はやがて土地を手放したい、この町から出て行きたいと思うようになる。

 そこへすかさず、集英建設は土地売却の提案を持ちかけるのである。呪われた土地だからと二束三文の値をつけるが、住人はそれでもかまわないと、家を手放してしまう。

 全ては集英建設と、神主——彼らの思い通りに事が運ぶようになるカラクリ。

 

 まさに——『悪鬼なるべし』である。

 

 

「神主さんこそ、本物の悪ですよ……フフフッ」

「それは集英建設さんの方ですよ……ハハハッ」

 

 どこぞの悪代官と越後屋のようなやり取りを交わしながら、此度の成功を祝う悪人たち。

 だが、そうは問屋が卸さない。

 この世に悪が栄えた試しなし。

 勧善懲悪——それ相応の悪事には、それ相応の報いが必ず訪れるものだ。

 

「なるほど……おかしいとは思ってたけど、そういうことだったのね……」

「神主さん……なんでその人たちと一緒にいるの?」

「なっ、お、お前は品子!! なぜ出られたんだ!?」

 

 男たちが色めき立つ。今頃、結界によって閉じ込められた部屋の中で式神に襲われている筈の品子。あの清十字団とかいう団員の女子。その二人がそこにいたのだ。

 

「だ、駄目じゃないか、品子ちゃん。ちゃんと結界に入っていなきゃ……」

 

 神主は咄嗟に普段通りの柔和な笑みで言いつけを守らなかった品子を責めるが、もう時既に遅い。彼女たちは、彼らの会話を聞いてしまっていた。

 彼らの本性を知ってしまったのだ。

 

「アンタたち! グルになって仕組んで立ってわけね!!」

「そうか……知ってしまったか。ならば、痛い目を見て言うことを聞いてもらうしかないね……おい、やれ!」  

 

 開き直った神主は豹変。問答無用で品子をあの家から追い出そうと、集英建設の社員たちを二人の女子にけしかける。だが——

 

「外道が……人間が妖怪を語るとは、笑わせる」

 

 そんな外道たちの前に長身の男——妖怪に変化した奴良リクオが立ち塞がった。

 リクオは早い段階で、これが神主たちの自作自演だと気づいていた。

 そこで彼らに尻尾を出させるため、わざとあのように焦ったふりをし、神主に打つ手がないかと詰め寄ったのだ。案の定、神主は奥の手を繰り出して品子を追い詰めようとした。追い詰められているのは自分たちの方とは露知らず。

 リクオは妖怪から人間を守ろうと日々奮闘しているが、彼らのような外道の手合いに対してまではそうはいかない。自らの欲の為に他者を食い物にするような連中相手に、くれてやる情けなどない。

 

「明鏡止水——『桜』!」

「ギャ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 その悪逆、その悪事。その脂ぎった欲ごと燃やし尽くしてやるとばかりに、リクオは奥義の炎を彼らに解き放った。

 

 

 

×

 

 

 

 リクオが繰り出した炎は建物にまで燃え移り、社を焚火にして燃え広がっていた。しかし、死人は一人も出ていない。神主もヤクザたちも気を失っているだけで、全員建物の外へと避難させてある。

 リクオも、流石に外道相手とはいえ、人間を殺すような真似はしない。

 

「邪魅……どうして? 私たち一族を恨んでいたんじゃないの?」

「…………」

 

 豪快に燃える社を背に、品子と妖怪の方の『邪魅』は向き合っていた。

 神主の飛ばした式神の方の『邪魅』に襲われたときは本当に駄目かと思っていた。このまま殺されるのかと、品子は死を覚悟するほどだった。

 だが、そこへ颯爽と現れ、式神を全て斬り伏せ、彼——邪魅は自分を守ってくれた。

 いや、それだけではない。彼はずっと、清十字団が来る以前から、神主の繰り出し続ける式神たちから、自分を守ってくれていたのだ。

 

 しかし意外にも、邪魅誕生の経緯はあの神主の言っていた通り。

 地ならしによって溺れ死んだ若者。

 定盛の妻のせいで、命を失った侍の霊だった。

 

 だからこそ、品子は不思議だった。何故、己を殺した女の子孫である品子を守ってくれていたのか、と。

 

「お前は、殺した妻の子孫ではあるが、主君の子孫でもある」

 

 口下手な邪魅が黙っていると、リクオが彼の気持ちを代弁するかのように口を開いた。

 

「こいつはただ、主君に尽くしていただけだ。ずっと……あんたたち一族を守ってたんだ」

「…………」

 

 

 

 恨んで、死んでいったわけではない。

 死して尚、守らなければと思っていた。

 定盛様は立派な主だった。そんな主より先に死に、彼を守れなかった無念が、妖怪邪魅を彷徨わせていたのだ。

 

「あの、誤解しててごめんなさい……おかげで、助かったわ」

「…………」

 

 幾星霜、そうして彷徨い続けた邪魅の無念が報われるときが来た。

 

「守ってくれて、ありがとう……」

「————っ」

 

 定盛の直系、君主の子とも呼ぶべき品子が、邪魅に今回の騒動の礼を述べていた。

 邪魅にとっては、その一言だけで充分だった。

 その一言が欲しくて、彼は君主らの子を見守り続けていたのだから。

 

「……見上げた忠誠心だな」

 

 そんな忠誠心を貫き続けた邪魅に、感心するかのようにリクオは呟く。

 

「何処の者かは知らぬが……この御恩は——」

 

 そんなリクオに向かって、邪魅は手を貸してくれたことに礼を述べようする。

 しかし、それに先んじるように——

 

「邪魅よ。オレはいずれ、魑魅魍魎と主となる。その為に、自分の百鬼夜行を集めている最中でな……オレはお前のような妖怪が欲しい」

 

 リクオは邪魅を己の百鬼夜行にと勧誘する。

 

「——魑魅魍魎の……主?」

 

 堂々とそのようなことを宣言するリクオの姿に、邪魅は君主のことを思い出していた。

 

『お前が気にいたぞ、わしの近くにいろ』

「邪魅、オレと盃を交わさねぇか?」

 

 不覚にも、君主の過去の姿とリクオの今の姿が重なって見えてしまう。

 この人についていきたいと、そう思わせる『何か』を目の前の人物は持っていた。

 

「いや……しかし、私には、この子たちを守るという……使命が……」

 

 邪魅は頭を振りながら、一度はその誘いを断ろうとした。神主たちを懲らしめることができたとはいえ、まだまだ品子にはこれからの人生、苦難の道が続いているかもしれない。

 そんな君主らの子を見捨てて、新しい主人など作れるわけもない。

 

「いいわよ……行ってきても……」

 

 しかし、邪魅がそう迷っていると品子が口を開き、そっと彼の背を後押ししていた。

 

「アナタは十分、わたしたち一族のために働いてくれたわ。そろそろ自分のために、したいことを選び取ってもいい頃合いだと思う。いつまでもこの地に縛られないで、新しい世界へ一歩を踏み出しなさい」

 

 そう言いながら、品子はその場に居合わせたもう一人の女子、凛子の方に目を向けていた。

 

「私も……頑張ってみるから。新しい一歩を、踏み出して見せるから……自分の足で——」

「品子さん……!」

 

 品子の言葉に、感極まったように凛子は胸に当てていた両手をギュッと握り締めていた。

 

 

 

×

 

 

 

「あの……いいんですか? 邪魅さんと盃を交わさなくて……」

「ん? ああ、別に急ぎやしねぇよ。せっかく長年の誤解が解けたんだ。今夜くらい二人っきりで話をするのもいいだろう」

 

 邪魅と品子が何やら話している光景を、夜のリクオと凛子が遠巻きに見ていた。

 あれから直ぐにでも盃を交わすかと思いきや、品子の方から「すいません……少しだけ、彼と話をさせてもらえませんか?」と言ってきたので、リクオと凛子の二人は気を利かせ、席を外した。

 その結果として、凛子は今、この夜のリクオと二人っきりで隣り合っていた。

 

「……それより、あんたはそろそろ家に戻っておきな。品子なら邪魅のやつが送っていくだろう。アンタは早く清十字団のところに……」

「あの……つかぬことお尋ねしますけど……」

 

 リクオは凛子に先に帰るように促すが、そんな彼の言葉を遮り、彼女は確信に近い形で問いかけていた。

 

「ひょっとして……リクオくん……ですか?」

「————どうして、そう思うんだい?」

 

 一瞬、凛子の問いに言葉を詰まらせるリクオであったが、すぐに開き直るようにして聞き返していた。

 

「あ、その……雰囲気がちょっと似てましたし……それに、以前も見かけましたから……生徒会選挙のときに……」

「…………」

 

 思わず口ごもるリクオ。流石にあの一件で誰かに怪しまれるとは思っていたが、こんなにあっさりとバレるとは思ってもいなかったようだ。

 

「あ、あの! ご、ご挨拶が遅れて申し訳ありません!! 私、白神家の娘、白神凛子と申します。奴良組にはいつもお世話になっております!」

 

 しかし、凛子は妖怪であったリクオに恐怖するでもなく、ひたすら緊張した様子で畏まった挨拶を述べる。そんな彼女の反応にリクオはピクリと眉を動かしていた。

 

「へぇ……白神家? ウチの組の者かい? ……なるほど、やっぱりアンタも半妖の類だったか」

「はい……八分の一ですけど……」

 

 どうやらリクオの方も以前から凛子の素性については気になっていたらしく、彼女が自分と同じ半妖であることを知り、得心がいったとばかりに頷く。

 

「まあ、けど、そんなに畏まる必要はねぇよ、学校じゃ、あんたの方が学年が上なんだ、凛子先輩……」

「は、はい!!」

 

 リクオは自分の立場など気にするなと、逆に年上である凛子を尊重し、今まで通り先輩という呼称で呼ぶことにした。その先輩に対し、リクオは腰を低くするようにして、とあるお願い事を口にする。

 

「それと……悪いんだが、オレの正体に関しては——」

「分かってますよ。清継くんに知られたら、大騒ぎですからね」

 

 リクオの言わんとしていることを察し、凛子は苦笑いでその頼みを承諾する。

 

「ああ、頼むよ。オレが奴良組の跡取りだってことは、学校じゃ護衛のつららと青田坊……倉田の奴しか知らないんだ。他には誰も——オレが妖怪だってことも知らないんだ」

「……えっ?」

 

 しかし、凛子の他に学校でリクオの正体を知る者の名を聞き、彼女は目を丸くする。

 何やら、自分が知っている情報と食い違いがあるようで、凛子はたまらず聞き返していた。

 

「……あの……カナちゃんは?」

「————」

 

 そうだ、家長カナ。妖怪世界と関りを持っているであろう彼女はリクオの正体を知っていた。

 そもそも昨日の夜にカナと交わした会話、「夜のリクオくん」という言葉を聞かなければ、凛子とて目の前の人物がリクオとは気づかなかっただろう。

 そのことを、てっきりリクオも承知済みだと思っていた凛子だったが、

 

「……カナちゃんは……何も知らないんだ。オレが……半妖だってことも。夜、こんな姿になっちまうってことも……」

 

 邪魅騒動のときの勇ましい姿は何処へやら。息を詰まらせるように話すリクオの姿に、凛子は全てを察した。

 

 ——ああ、そうか……この人は知らないんだ。あの子が全部知ってるってことを……。

 

 カナはリクオのことを全て知っていた。けど、リクオはカナのことを何も知らないでいる。

 彼女が何も知らない、ただの一般人だと。自分の正体が妖怪だと知られれば嫌われる、そう思いこんでいるのだ。

 

「……………わかりました」

 

 そんな奇妙な二人のすれ違いに、凛子は暫し考え込んだ末、己の答えを口にする。

 

「誰にも言いません。清十字団の皆にも、カナちゃんにも……」

「済まねぇ……恩に着るよ、ありがとう」

 

 凛子の答えとその真剣な眼差しに、リクオは改めて頭を下げる。

 自分の秘密を必ず守ってくれるだろうと、凛子に最大限の感謝を述べていた。

 

 ——これでいい……これで良かったんだよね……ねぇ、カナちゃん?

 

 そんなリクオの礼を受け取りながらも、凛子は夜空の星々に目を向ける。

 気まぐれに姿を現した流れ星に、彼女は願った。

 

 どうかこの二人のすれ違いが、決定的な場面で崩れないようにと——

 

 

 

×

 

 

 

 邪魅騒動の顛末を見届けていたのは、リクオと凛子の二人だけではなかった。

 

「…………」

 

 彼女――家長カナもこの邪魅騒動のカラクリに違和感を覚え、独自に動いていた。

 皆が寝静まった夜更けにこっそりと抜け出し、狐面と巫女装束姿になって、あの神主の後を尾行していた。案の定、彼は悪徳建設業者と結託し、品子を陥れようとしていた犯人だった。 

 証拠の方も出し尽くし、その悪事をそろそろ白日の下に曝け出そうと思っていた矢先、カナが飛び出すよりも先にリクオが現れ、本物の邪魅と共に神主たちを成敗していった。

 

 今回、リクオが人間である神主たちを罰したことに対して、カナは寧ろ安堵した。

 人間を守れと口にした彼でも、悪いことは悪いと、それを糾弾してくれた。

 彼が——妖怪が相手であろうと、人間が相手であろうと曲がったことは許さない『立派な人』であることに、カナは嬉しさがこみ上げてくる。

 

「リクオくん……君はもう立派に、君の夢を叶えてるよ……」

 

 そんな彼の姿に、カナは昨日の夜——リクオと交わしたあの会話を思い出していた。

 

 

 

「——リクオくんの……将来の『夢』って何?」

 

 気まずさから思わず零れ落ちていたカナの言葉に、リクオは目を丸く驚いていた。

 

「ボクの……将来の夢?」

 

 リクオは首を傾げる。何故唐突に、こんな場所でそんなことを聞くのか、と。カナとしても自分で口にして驚いていた。しかしそれは、心の奥底でずっと疑問に思っていたことだった。

 夜のリクオから百鬼夜行に勧誘されたとき、彼は魑魅魍魎の主になると口にしていた。

 きっとそれが彼の夢なのだろうが、問題は何故、それを目指しているかだ。

 私利私欲のためではないと、カナはリクオのことを信じてはいるが、それでも彼女は詳しく知りたかった。

 

 彼がその場所を目指す、明確な動機を——。

 

 今の人間のときのリクオに聞いて、果たしてその答えが返ってくるかは疑問だったが、それでもカナは知りたいと、知らずにはいられなかった。

 

「将来の夢か……」

 

 案の定、カナの問いに昼のリクオは返答を詰まらせていた。

 いつもの日常であるならば「ぼくは立派な人間になる!」と茶化してくるリクオだが、その場の空気といつになく真剣なカナの問い掛けに、彼は頭を悩ませていた。どれだけ長い間、考えていただろう。リクオは意を決したように、口を開き始める。

 

「ボクは立派な人になりたいな……何をするにも恥ずかしくない。皆を導いていける、そんな人に……」

「そう……なんだ」

 

 やはり自分の正体を知られていないと思い込んでいるせいか、リクオは重要な部分を語らず曖昧に言葉を濁してくる。カナは仕方がないことだと思いながらも、気を落とす。やはり今のリクオから本音を聞き出すのは難しいと、この話題を終わらせようとした。

 だが、カナが諦めかけて部屋に戻ろうとした直後、リクオはさらに続きを口にした。

 

「うん……あの日——カナちゃんが教えてくれたような、そんな立派な人間に……」

「! お、覚えててくれたんだ……あんな子供の頃のことなんか……」

 

 カナはそれが意外なことだったのか、思わず口走っていた。

 

 

 四年前のことだ。

 当時のリクオは妖怪がカッコいい、ヒーローのようなものだと思い込んでいた。

 学校の皆にも、自分の祖父は妖怪の総大将ぬらりひょんだと自慢し、自分はその後を継ぐんだと豪語していた。

 当然、そんなおかしなことを言うリクオを、当時のクラスメイト達は気味悪がった。

 あの清継にすら『妖怪くん』などと罵られ、馬鹿にされてクラスからも孤立していた。

 

 さらに追い討ちをかけるように、彼は妖怪が決してヒーローなどではない。

 コソコソと人に隠れて悪さをするような、情けない奴等ばかりだと知ってしまった。

 

 そんな奴らと一緒にされたくないと、リクオはそんな妖怪たちを拒絶した。

 実家にも、学校にも居場所を失くし、一人トボトボと歩くリクオ。そんな彼の背に――家長カナは声を掛けて言ったのだ。

 

『だったら——情けなくない人に、リクオくんがなればいいんじゃない!』

『そういう人たちを導く、立派な人間になればいいんだよ、リクオくんが!』

 

 しょぼくれたリクオを元気づけようと、カナが放ったその言葉。

 図らずとも、それが今の奴良リクオという人物を形作る、最初の一歩となっていたのだ。

 

 

「——あの言葉があったから、ボクは今も頑張れるんだと思う。カナちゃんが、ボク自身の力で変えていけるってことを、教えてくれたから、ボクは……」

「————」

「あっ……も、勿論、妖怪とか、そんなの冗談だからね。そこは忘れていいから……はっははは……」

 

 リクオは、急に気恥ずかしさがこみ上げてきたのか照れ笑いを浮かべる。そして、しれっと過去の妖怪発言を撤回しながら、チラリとカナの表情を窺っていた。

 カナは、咄嗟に何も言い返すことができず押し黙っていたが、ふいにその口元に微笑を浮かべ、呟いていた。

 

「お礼を言うのは……私の方なのに……」

「? カナちゃん、何か言った?」

 

 その呟きがあまりにも小さかったせいか、リクオはカナの言葉を聞き逃す。

 

「ううん……何でもないよ。もう、部屋に戻るね……。お休み、リクオくん!」

 

 カナは、リクオが聞き逃した言葉の意味を彼に教えはしなかったが、それでもリクオに向かって確かな笑顔で手を振った。

 

「う、うん! お休み、カナちゃん!」

 

 カナがようやく自分に笑顔を向けてくれたことに、リクオは満面の笑みで喜んでいた。

 

 

 

×

 

 

 

 ——ほんと……お礼を言うのは私の方なんだよ……リクオくん。

 

 昨日の夜のことを思い出しながら、カナは懐から天狗の羽団扇を取り出し、炎上を続ける建物に向かって扇いだ。羽団扇から放たれた突風は建物の火を吹き消し、それ以外のものにはキズ一つ付けなかった。

 

『へぇ~……随分と上手くなったもんだな。大したもんだ……』

 

 その手際に、カナの被る狐面―—面霊気のコンが感心したように呟く。

 初めの頃は上手くコントロールできず、持て余していた天狗の羽団扇。だが、あれから何度も練習を重ね、カナは見事に使いこなすことができるようになっていた。

 カナ自身の努力の成果である。

 

「ねぇ……コンちゃん……」

『ん?』

 

 しかし、そんな自身の成長に満足するでもなく、カナは重苦しい口調でコンに己の決意を伝えていた。

 

「私、決めたよ。リクオくんの——百鬼夜行に入る……」

『…………………………………そうか、決めたんだな』

 

 カナのその告白に、面霊気は少し躊躇う様子を見せていたが、特にこれといって反対意見を出しはしなかった。

 

『お前が決めたことなら……あたしは何も言わない。けど、春明の奴が何て言うか……』

 

 代わりに、カナのお目付け役とも呼ぶべき土御門春明のことを話題に上げる。

 最近は彼も口うるさくなくなり、今回のような小旅行などに文句を言わなくなっていたが、流石にあのリクオの百鬼夜行に入るとなれば、絶対に一悶着あるだろう、

 最悪――血を見る可能性だってある。

 

「うん、わかってる。いっぱい話してわかってもらうから……」

 

 それでも、カナの決意は揺るぐことはなかった。

 彼女は夜空の星々を見上げながら、己の心境を面霊気に語って聞かせる。

 

「私はリクオ君の力になりたい。たとえ自身が報われなくても、ずっと嘘をつき続けることになっても、彼の『夢』を叶える手助けがしたいんだ」

 

 彼女が遠い昔——あの浮世絵町でリクオと再会した日のことを思い出しながら。

 

 

 

「それがあの日、私にあの町で生きる意味を与えてくれた……リクオくんへの、私なりの恩返しだから」

 

 

 

 




補足説明
 神主と集英建設の皆さん
  ほぼ原作通りの役どころですが、ひとつだけ、大事な部分を修正しました。
  アニメ二期の二話の冒頭。リクオが彼らのことを完全に焼き殺しているようにしか見えない。流石にリクオに殺人はさせたらアカン!! ということで、神主たちは『生きている』と本作の中ではハッキリと明記させてもらいました。
 
 リクオ「雷電……お前は人を殺しすぎた」←いやお前が言うな!って状態にならないように。

 邪魅
  こちらも原作通りですが、一つだけ気になっていて部分を修正しました。
  原作だと、彼はリクオの誘いを迷いなく受け、あっさりと品子から鞍替えしています。もうちょっと、悩む描写くらいあってもいいだろうと、その辺りを追加させてもらいました。


 さて、次回から再びカナの過去編に入ります。
 内容は彼女があれから半妖の里でどのように過ごしていたか、そして、カナがどのような経緯で再び浮世絵町に戻って来たかなどです。
 少し時間がかかると思いますが、それまでお待ちいただければと思います。
 



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