これも全部『ゼノブレイド2』が面白いのが悪いと、言い訳を述べさせていただく(笑)
新年、何か新しいものと軽い気持ちで買ったのですが、これが予想以上に面白かったわ!!
最近はゲームを買っても後悔することが多くて最後までやらないんですが、いや、これは久々の当たりだわ。
と、それでは続きです! どうぞ!
富士の樹海にはいくつかの都市伝説があるが、その一つに『謎の集落』の存在が囁かれている。
曰く、その集落には『樹海を訪れた自殺者たちが死にきれずに集まって生活している』など。『犯罪者や世捨て人が身を隠すために村を作った』など。様々な憶測が語られていた。
もっとも、実際にその噂の出処にある建物は民宿、通称民宿村と呼ばれる建物群である。インターネットからも普通に予約ができ、安いところで一泊4000円から宿泊することができる。自殺志願者や犯罪者が集う集落など、どこにもありはしない。
だが、それはあくまで人間が認知できる範囲での話だ。人が立ち入れぬ、さらに森の奥深く。
そこに人ならざる者たちが集う集落——『半妖の里』は存在していた。
半妖の里には『人間』でも『妖怪』でもない、『半妖』と呼ばれる者たちが寄り添いあって集落を形成していた。彼らは人間の世にも、妖怪の世にも受け入れられず最終的にこの地に流れ着いてきた者、またその者たちの子孫である。
彼らは富士山一帯を管理する妖怪任侠組織『富士天狗組』の庇護の下、農作業や魚や森の動物などを狩って慎ましやかな日々を送っていた。
「はぁはぁ……!」
そんな穏やかな空気に包まれていた半妖の里の集落の中を、ここ最近若い息吹が駆けまわっている。その幼い表情はとても活き活きとしており、瞳は輝きに満ちていた。
「みんな! おはよう!」
「ああ、おはよう」
「朝から元気だねぇ~」
活力にみなぎる大声ですれ違う半妖の大人たちと挨拶を交わす、その若い風は少女だった。
名を家長カナという。
彼女は半妖の里では異質な存在、純粋な人間である。しかし、彼女と顔を合わせた半妖たちは決して嫌な顔をせず、皆微笑ましい様子でカナの背中を見送って行く。
「村長さん! おはようございます!」
「やあ、カナちゃん。今日も早いね」
カナは里の長である犬頭の村長の家の前で立ち止まり、深々とお辞儀をする。村長は他の村人同様、笑顔で彼女の存在を迎え入れた。
あの忌まわしい事件から3年。カナはすっかり半妖の里に馴染むようになり、年相応の子供らしさ、少女らしさを取り戻していた。
勿論、ここに至るまで、決して一言では語りつくせぬ困難がカナの前に立ち塞がった。
妖怪化の難から逃れたあの後―—カナの様子にこれといって変化はなかった。以前のように抜け殻のまま、その目には暗い影が宿るばかり。
だが、そんなカナのことを見捨てず、里の人々は献身的に彼女を支えてきた。特にカナの助けとなったのは、彼女の身元引き受け人である春菜だ。彼女はカナと同じ人間であり、実の我が子のようにカナに愛を注いだ。
彼女の半妖である夫も、里の隣人たちもそんな春菜の手助けをし、カナの瞳に生気を宿そうと奮闘した。
そんな春菜たちの努力の甲斐もあってか、カナは少しずつ人としての『心』を取り戻していった。
しかし、感情が正常化するにつれ、また別の問題が次々と浮上していった。
それまで気にならなかった、人ならざる存在である半妖に怯えたり、両親のことを思い出したり。夜中など、あの日の悪夢に跳ね起き、何度も夜通しすすり泣いていた。
そんな困難の中、やはり一番の支えになった春菜の存在はカナの中で大きかった。
いつも、真夜中に泣き崩れるカナのそばに寄り添い、ずっと側で慰めてくれた。人間である春菜が半妖の人たちとの間に入り、怯えるカナに彼らが敵ではないことを教えてくれた。
春菜がいなければ、カナの顔から笑顔が戻ることはなかっただろう。
春菜がいなければ、里の皆もカナを立ち直らせることを諦めていたかもしれない。
春菜がこの時、この時代。半妖の里にいたことが、カナにとって僥倖だったといえた。
「ねぇ! お兄ちゃん見なかった? 昨日の夜も家に帰ってこなかったみたいなんだけど……」
そうして、すっかり里に馴染んだ家長カナ。もはや近所のおじさんとなった村長に現在探している人物について心当たりを訪ねていた。
「春明くんかい? う~ん、私も昨日から見てないな…‥またいつもの場所じゃないかな?」
「また!? もう~いっつも、そう!」
推測混じった返答にカナは頬を膨らませ、少女の怒った仕草に村長は口元を綻ばせる。
「うん、わかった。教えてくれてありがとう! それじゃ、またね!」
「ああ、気をつけるんだよ」
聞くことを聞いたカナは、その目的の人物がいると思われる場所を目指し再び駆け出していく。
忙しなく走り回る少女の背中に、やはり笑顔で手を振って見送る村長であった。
×
「お兄ちゃん。お兄ちゃん! ……おっ、にい~ちゃん!!」
カナは目的の場所。村はずれにある小屋にたどり着いて早々、声を張り上げる。そこに隠れていることはわかっているが、生憎とその小屋には結界が張られているためカナには入ることができない。中にいる人物が諦めて自分から出てくるのを待つしかなかった。
何十回と呼びかけること数分。ようやく観念したのか中の人物は勢いよく扉を開け放ち、カナの前に姿を現す。
「——あ~もう、鬱陶しい! 朝っぱらからギャンギャン喚くな! 集中できねぇだろうが!」
「あっ、やっと出てきた。おはよう! 春明お兄ちゃん!」
顔を出したその人物にものすごい剣幕で怒られるも、カナはケロっとした表情で彼——春明に朝の挨拶をかましていた。
春明は春菜の実の息子、カナより一つ歳上の男の子だ。同年代の子供がほとんどいない半妖の里において、程のいい遊び相手であり、カナも歳の近しい彼によく懐いている。
もっとも、当の本人はそれを迷惑がっているらしく、日がな一日、彼は祖父の遺した陰陽術に関する資料を読み漁るため、この蔵に引きこもっていた。
昨日も泊まり込み、徹夜明けで資料を読み込んでいたのだろう、目の下に隈ができており、元から悪い目つきがより一層近寄りがたいものになっていた。その人相と、昔かなり無茶をしたこともあってか、彼は里一番のヤンチャ小僧と、大人たちからも恐れられている。
だが、カナは全く遠慮する様子もなく、彼に向かって堂々と愚痴をこぼす。
「お兄ちゃん、昨日もずっとここに閉じこもってたでしょ? 春菜さん、心配してたよ。本ばっか読んでないで、たまには外で遊ぼうよ。私が付き合ってあげるからさ!」
「……何があげるからだ。ただたんにテメェがあそびてぇだけだろうが……」
カナの遊びの誘いにあからさまに迷惑そうに眉をひそめ、春明は一旦小屋の奥に引っ込む。再び顔を出した彼は手にお面を持っており、それをカナに向かって投げ渡した。
「生憎とオレは忙しいんだ。そいつを遊び相手に貸してやるから、そいつに遊んでもらうんだな」
『春明……お前、またあたしに面倒ごと押し付けやがって!』
春明からカナの手に渡ったその狐面は、持ち主の投げやりな扱いに悪態をつく。
彼女は面霊気という、お面の妖怪『付喪神』の一種である。一年ほど前、春明は埃まみれの面霊気をこの蔵の中から引っ張り出した。見つけたときから自我を宿していた彼女は、何だかんだで春明の持ち物となり、里の人々からも認知されるようになった。
しかし、先ほどのぞんざいな扱いから分かるように、春明は面霊気を大事にしているわけではない。カナの気をそらすため、面霊気にカナの遊び相手をさせるためにちょくちょく貸し出したりなどしていた。
「う~ん……まっ、いいか! じゃあコンちゃん、今日も一緒に遊ぼう!」
カナはそれでも満足だったのか、面霊気―—既にコンちゃんという名で慣れ親しんでいる彼女を手に嬉しそうに駆け出そうとした。だがふと、何かを思い出したのか。春明の方を振り返り、彼に向かって風呂敷に包まれた荷物を突き出す。
「あっ、そうだ。はいコレ、お弁当! 春菜さんから……ご飯くらいちゃんと食べなさいだって!」
「…………貰っとく」
それは春菜から渡すようにと、ことづかった弁当だ。流石に腹は減っているのか、素直に包みを受け取り、それっきり春明は再び小屋の中に閉じこもった。
×
「さてと……今日は何して遊ぼっか、コンちゃん?」
『コンちゃん言うな』
春明と別れたカナは面霊気と二人っきりで里の中を歩く。この時間、大人たちはみんな仕事で忙しい。昼頃になればそれなりに腰を落ち着かせるのだが、それまでの間は手が空いておらず、カナはいつも暇を持て余している。
「しりとりする? それとも、なぞなぞ? あ~あ、コンちゃんにも体があれば、もっといっぱい遊べるのにね」
『……悪かったな。腕も足もなくて』
お面の付喪神である面霊気では生憎とやれる遊びも少ない。彼女と二人でできる遊びをはほとんどやり尽くしたカナは、他に何ができるかを考えていた。
やがて、何かを思いついたように手をポンと叩くカナ。
「しょうがないか。じゃあ、今日も——お空を散歩しに行こう!」
そんなことを呟きながら面霊気を頭に被り、目を閉じて集中。次の瞬間、カナの頭髪が真っ白に染まり彼女の体が浮き上がった。
これぞ『神足』。空を自由に飛び回るカナの神通力だ。
本来、ただの人間でしかないカナだが、あの日―—妖怪化から逃れて以降、何故かその能力を身につけてしまった。
富士天狗組の組長たる太郎坊の話によると、それらの神通力を人間が使えるようになるには長い修行が必要になるらしい。修験者などの山伏や悟りを開こうとするお坊さんが、長い修行の末に自らの肉体を開発していくもの。それが正しい会得方法だという。
だが、カナは先の妖怪化の影響により、その神通力を行使するために必要になる『機能』が強制的に空いてしまったらしいのだ。それが発現するようになったのが一年ほど前。当初はカナの意思に関係なく宙を浮いてしまったりと、制御するのにも四苦八苦していた。
その問題を解決したのが太郎坊だった。
太郎坊はその神通力の制御方法を知っていたらしく、里の皆からの願いで嫌々ながらもカナにその方法を伝授してくれた。人間嫌いの彼だったが、最後までその行く末を見届けると宣言した以上、手を貸さないわけには行かず、ため息混じりにカナに神足の指導をしてくれた。
「う~ん! 今日も風が気持ちいいね!」
『……ああ、そうだな』
そんな太郎坊の指導の甲斐もあってか。今ではすっかり己のものとして空飛ぶ術を身につけたカナ。面霊気と一緒になって優雅な空中散歩を楽しんでいた。
「お~い、お嬢ちゃん!」
するとそんなカナの元に近寄り、声を掛けてくるものがいた。
それは見るからに異形、翼の生えた天狗たちだった。
「あっ! 富士天狗組の妖怪たちだ。お~い!」
カナは臆することなく手を振り、空の上で彼らと向かい合った。
空を散歩するようになってから、カナは彼ら富士天狗組の天狗たちとも関わりを持つようになった。
最初の頃はカナも天狗たちも互いに一歩引いた態度で接していたが、何度も顔を合わしているうちに話をするようになり、今ではすっかり打ち解けてしまった。一応、この地域の治安を守る天狗たちにはカナの飛行をやめさせる役目があるのだが、互いに慣れ親しんだ今、彼らは口頭での軽い注意で留めていた。
「一応注意しておくが、人里の近くで飛ぶんじゃないぞ。人間たちの間で騒ぎになっちまうからな」
「へへへ、わかってます!」
彼らの言葉を素直に聞き入れ、カナは大人しく人目に映らないルートを選んで飛び去っていった。
「……あの子もすっかり半妖の里に馴染んだな」
「ああ、あの抜け殻状態でよくぞここまで……里の連中もよく頑張ったものだ」
カナの背中を見送りながら、天狗たちは感慨深げに語る。
彼らは陰陽師である春明の監視という任務の傍、遠くからカナの様子をずっとうかがってきた。直接的にカナのケアに関わってはいなかった立場だからこそ、その回復具合に驚きを隠せず、里の者たちの努力に感服していた。
しかし、そのようにカナの復帰に喜びを口にしながらも、彼らの表情はどこか曇っていた。
「例の話……あの子にはもう伝わっているのか?」
「いや、あの様子ではきっとまだだろう」
誰かが聞いているわけでもないのに声を忍ばせ、彼らは残念そうに呟いていた。
「里の連中も寂しいだろうな……あの笑顔も——もうすぐ見納めなんだから」
×
「ただいま! ああ、お腹すいたから!」
「お帰りなさい、カナ」
1日遊び倒したカナは疲れた様子を見せつつも、元気よく自身の帰る場所―—春菜の待つ家に戻ってきた。既に春菜は夕食の準備を済ませており、半妖である夫と共にカナの帰りを待っていてくれた。
「アレ、 お兄ちゃんは? また帰ってきてないの?」
「ああ、あいつならさっき一度戻ってきて、また出かけていったよ」
「また~!? むう、ここんとこずっとじゃない!」
「……なんでも、お爺様の残した記録の解読がいよいよ大詰めらしい。今日も徹夜で泊まり込むそうだ……まったく、困ったもんだ」
春明はここ数週間、陰陽師の祖父が残したなんらかの記録の解読をするため、あの小屋にずっと泊まり込んでおり、そのことを父親が愚痴っていた。
「ほんとにね~、食事くらいみんなで食べればいいのに」
「なぁ!」
その愚痴に同意するように頷くカナ。互いに頷きあう姿は、まるで本当の親子のように見える。
「仕方ないわ……いただきましょう。早くしないとせっかくの料理が冷めてしまうわ」
食卓を一緒に囲んでくれない息子のつれない態度に、料理の作り主である春菜はあからさまにがっかりしつつ、カナと夫の三人で夕食をとることとなった。
「あー、美味しかった! やっぱり春菜さんの手料理は最高だよ!」
夕食を終えて、カナは満足げにお腹を抑える。まだ体重だの、カロリーだのを気にするような年齢でもない。遊び疲れの育ち盛りである少女は春菜の手料理を全て美味しく平らげた。
「それじゃ、わたし歯磨いて寝るね。おやすみなさい!」
そしてご機嫌気分のまま、就寝の挨拶を済ませ床につこうとするカナ。
完全に余談になるが、半妖の里には歯ブラシの他にも髭剃りやゴム手袋などといった、わりと近代的な小道具が揃っている。天狗組の妖怪たちが人間に擬態してコンビニなどでまとめ買いし、お土産として里のみんなに配るのだ。そのため、昔に比べて半妖の里での暮らしにそこまで不自由はない。
「——待ちなさい、カナ」
ふいに、就寝の準備に入ろうとしたカナを春菜が呼び止める。先ほどまで食卓を囲んでいた朗らかな雰囲気とは打って変わり、凛とした口調に彼女の隣に座っていた夫が緊張した面持ちで汗を流す。
「春菜……話すのかい?」
「ええ……そろそろ伝えないと」
「???」
二人の態度にカナは疑問符を浮かべる。だが、そんなに大した話でもないだろうと、軽い気持ちで二人と向き合い、春菜の口から語られる話に耳を傾けていった。
「————————えっ……………………は、はるなさん、今……なんて……?」
「…………………」
だが、春菜の話が進むにつれカナの顔色が変わる。そして事の本題、春菜がその話の根幹部分に触れた瞬間、カナは息が止まる思いで聞き返えしていた。
「ええ、わからなければ……何度でも話してあげる」
困惑するカナとは対象的に、春菜は極めてドライな調子で言葉を紡いでいく。
「カナ……貴方はいつまでここにいてはいけないわ。一ヶ月後、この半妖の里から——旅立ちなさい」
×
「………………ど、どうしたの? きゅ、急に、そんなこと……言い出すなんて……」
何故唐突にそんなことを言うのか訳がわからず、カナは尚も混乱状態が続いている。そんなカナに対し、春菜はあらかじめ何と答えるのか決めていたのか、淀みなく言葉を返していく。
「あら、急なんかじゃないわよ。貴方をここで引き取ったあの日から、ずっと里のみんなで決めていたことなんだから。貴方を――人里に返すんだって……」
そう、半妖の里の住人たちは幾度となく話し合いを行った末、決めていたのだ。
カナの身の振り方。彼女を——いずれ人里に返すということを。
別に、半妖の里の住人はカナのことを疎ましく思っているわけではない。寧ろ彼女のことを実の娘のように大切に育ててきた。
だが彼女は人間。それもまだ若く、本人も人間社会の記憶を色濃く残している。
心の傷が治りかけている今なら、人間社会への復帰も可能だろう。逆にこれ以上、半妖の里に溶け込んでしまえば、カナは帰り道を見失い二度と人の世に戻れなくなってしまう。
カナの将来のためにも、彼女を人間世界に返すべきだと、早い段階で皆の考えは一致していた。
そしてその動きは、ここ数週間で具体的な内容を帯びるようになっていた。
カナが人間社会で生きていくために必要な物資の確保。資金や戸籍、居住地のピックアップなど。富士天狗組の全面的な協力の元、どうにか形になり始めていた。
あとはその事実をカナに伝え、カナの覚悟を促すだけ……だったのだが。
「——ぜったい、いや!!」
案の定、カナは春菜の話に、里の住人の総意に全力で食い下がった。
「わたしはずっとここにいたい! みんなと一緒に、いつまでも!!」
その境遇故か、いつもはわがまま一つ言わないカナが、聞き分けのない駄々っ子のように癇癪を起こす。
一方、感情的になるカナとは正反対に、春菜は一切の私情を交えず淡々と口にしていく。
「勿論、今すぐ何もかも一人でやりなさいなんて、非常識なことを言うつもりはないわ。暫くの間は富士天狗組の天狗さんたちが人間に化けて貴方に付くわ。そこで色々なことを教えてくれるそうよ。そうね……少なくとも成人するまでの間、彼らのお世話になりなさ——」
「——やだ!!」
だが、説明口調で語る春菜の言葉を、カナの感情的な声が掻き消す。
「どうして!? どうして出て行かなきゃいかないの!? いまさら外の世界に何て、わたし興味ないもん!!」
「…………カナ、あまりワガママ言わないで……」
カナの言動に、困ったように春菜は頭を振るう。それでも冷静にカナを諭そうと言葉を重ねようとするが、それに先んじてカナはその言葉を発していた。
「わたしが……人間だから?」
「——っ!」
「か、カナ……」
ハッと目を見開く春菜。彼女の隣で半妖である夫が息を呑んでいた。
「わたしが人間だから駄目なの? 半妖じゃないから里にいられないの? 妖怪じゃないから天狗組にも居場所がないの…………だったら、だったらわたし——人間でなんかいたくない」
それは勢いで出た言葉だったのかもしれない。
人間であることを卑下し、半妖である里の皆を羨み——そして、あの日妖怪になれなかったことを後悔する言葉。
「わたしもあの日……妖怪になっていればよかった。そうしたら……いつまでもずっと——」
「——カナ!!」
カナが最後まで言葉を言い切る前に——
バチーン! と、春菜の平手打ちが飛んできた。
「いっ……!」
それはカナにとって初めての経験だった。実の両親にすら叩かれたことのないカナが初めて味わう、保護者からの躾、暴力。真っ赤に腫れあがる自身の頬を押さえながら、カナはキッと春菜を睨む。だが——
「…………っ」
カナをビンタした筈の春菜の方が、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
息を荒げ、体中を震わし、唇を血が滲むほど噛みしめ、表情は後悔に苛まれていた。
「…………っ!!」
そんな春菜の表情に返す言葉をカナは失い、彼女は逃げるようにその場から飛び出していた。
「カナ!? 春菜! 何も殴る必要はっ——!!」
家から飛び出していくカナを呼び止めながらも、彼は夫として春菜に苦言を呈した。カナの発言は確かに不謹慎なものだったが、何も手を出す必要はなかったのではと、珍しく妻を責める。しかし——
「ごめんなさい……ごめんなさい……カナ……」
「春菜……」
その場で泣き崩れてる春菜の姿に、喉まで出かかっていた言葉を呑み込む。先ほどまで淡々とカナに現実を理解させようとしていた冷静さは何処へやら。彼女は何度も何度も懺悔の言葉を口にしている。
先ほどまでの冷静さは全て演技だ。心を鬼にしてでも、カナを人間社会に返さねばという使命感が彼女をそうさせていた。
本当は、誰よりも春菜自身がカナを旅立たせることを心配していた、不安がっていた。
それは実の母親のように。許されるのなら、いつまでもあの子の側にいてやりたいという想いがあった。
だが、それでは駄目なのだ。
カナは人間。たとえ、待っている肉親がいなくても、彼女は彼女の世界に帰らねばならない。
帰りたくても帰れない。春菜のような特殊な事情でもない限りは。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
だからこそなのか、春菜は先ほどのカナの言葉がどうしても許せなかった。
人間をやめてでも、自分を捨ててまでこの里に残りたいと願うなど、それはこの半妖の里の住人に対する冒涜にも等しい言葉だったから。
この里、この『狭い世界』で生きていくことしかできない。彼らや自分に対しての——
「春菜……少し性急過ぎたのかもしれない。もっとちゃんと話し合ってわかってもらおう。……君の正直な気持ちについても……」
「はい…………ごめんなさい……」
春菜の肩をそっと抱き寄せ夫として彼女を立ち上がらせる。最愛の夫に涙を拭って貰い春菜は顔を上げる。
二人は神足でいずこかへ飛び去ってしまったカナを捜索する為、里の住人達に声を掛けて回っていった。
×
「……あんな顔の春菜さん……初めて見た」
その頃、夜空を無我夢中で飛び回っていたカナは、適当に開けた場所を見つけ、そこで膝を抱えて蹲っていた。
いつもは優しい春菜の、あんな鬼気迫る表情をカナは見たことがなかった。そして、あんな顔をさせてしまったのは自身の軽率な発言なのだと、カナは悔いる気持ちで逃げ出してしまったのだ。
だがそれでも、カナは納得できないでいた。
「どうして……春菜さんも人間なのに。どうして私だけ……」
子供であるカナは、春菜が『世捨て人』であることを知らない。彼女がどのような経緯でこの地に流れ着いたのかを知らないため、同じ人間なのにと、自分だけが里を出て行くことに不満を抱く。
どうせなら、春菜に一緒についてきて欲しいと、そんな想いで悶々と悩み続けていた。
「…………それにしても、ここどこだろう? 初めて来たな……こんなところ……」
ふいに、カナは顔を上げ、辺り周辺に目を向ける。
そこは大きな泉だった。周囲を木々に囲まれており、空からでなければ大人の足でもきっと辿り着けない奥地。 泉の真ん中には巨木が根を張っており、不思議なことに、水晶のようなものが水面の上に浮かんでいる。
神秘的で、どこかもの悲しい、墓場のような静けさが漂う、不思議な土地であった。
「アレ……? なんだろう……何か、沈んでる?」
その神秘さに目を奪われているカナであったが、ふと視界の端に何かを捉えた。
泉の中心部――水の底にまで根を張っている巨木。その木の根に身を沈ませるように、何か――人影らしきものが浮かんでいるように見えたのだ。
「あれ、ひょっとして……人!? 大変! 早く助けないと!」
カナは人が溺れていると思ったのか急いで立ち上がり、その人影の下へ飛び立とうと足を踏み出す。
「えっ、わわわわっ——!?」
だが慌てていたためか、カナは飛翔するために前に突き出した足を勢いよく踏み外し、
そのまま泉の中にドボン、と転がり込んでしまった。
「………………………!!」
カナは泳げないわけではなかったが、頭から水の中に突っ込んでしまったため、咄嗟に体を動かすことができなかった。さらに落ちた拍子に思いっきり泉の水を飲み込んでしまう。
——い、いきが……できない! は、春菜さん、お兄ちゃん! 助けて!!
水底に沈んでいくカナの手は、助けを求め水面へと伸ばされていた。
だが――彼女を護ろうとした人々の意思を拒絶し、こんなところまで転がり込んできたのはカナ自身だ。
助けなど来る筈もなかった。
——だ、だれか…………………………
呼吸困難に陥り、意識も朦朧としだす。
あの日、幸運にも助かった小さな命。
その命が、誰にも看取られることなく、寂しく息絶えるという結末を迎えようとしていた。
『——大丈夫かい? 嬢ちゃん?』
「——えっ?」
意識を完全に手放してしまう手前、カナはそんな風に問いかけてくる『男の人』の声を聞いた。
そして、誰かがカナの手を掴み取り、思いっきり彼女の体を助け起こす。
「ぷはっ!! はぁはぁはぁはぁ……はぁ、アレ?」
新鮮な空気で肺を満たすカナだが、咄嗟に何が起きたか理解できなかった。
まず、見える景色が違っていた。
足元は泉のままだが、その泉を囲むように広がっていた森が無くなり、そこには星空すら見えぬ『闇』が広がるばかり。そして——そんな闇の中を、紙吹雪のように桜の花びらが舞っている。
「え……え? な、なに? どこ、ここ……?」
余りの事態に困惑するカナは、目をパチクリさせ、辺りをキョロキョロと見渡す。
そこでカナは視線の先、泉と闇だけの空間の中にポツンと小島が浮かんでいるのを目にとめる。
その小島の上に一本だけ、見事な桜の木が咲いている。そして——
「——よぉ、嬢ちゃん……気が付いたかい?」
「だ、誰!?」
その桜の木の下。そこに、一人の男が座り込んでいた。
着物を羽織った、長い黒髪。若そうな人間の男だ。
だが、半妖の里でも天狗組でもそうだったが、見た目の風体などあまり当てにならない。
カナは警戒心を露に、その正体不明の人物に対して問いかけていた。
「誰か? 誰かか……。俺は、ぬ、いや…………」
その男は口にしかけた答えを一旦引っ込め、暫し考え込む。
そして、ウインクするかのように片目を瞑り、カナの質問に答えていた。
「俺のことは
補足説明
鯉さん
一応、本名は伏せますが、モロバレですね(笑)。
彼がこの地に眠っているのは公式の設定です。
カナを浮世絵町に戻す、シナリオの都合から出演してもらいました。
カナたちが今いる空間はアニメ二期の最後、ぬらりひょん一族が会合を果たした所謂『謎空間』です。
詳しい理屈などは、きっと原作の作者にもわからないと思う。