家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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最近インフルエンザが流行ってるそうですね。自分の職場でも何人かダウンしてます。
作者はまだ今年は大丈夫ですが、去年はインフルにかかってえらい目にあいました。
皆さんも体調には気を付けましょう!

それでは続きをどうぞ!





第三十六幕 家長カナの過去 その⑥

 家長カナは育ての親とも呼べる春菜から半妖の里を旅立つように言われ、案の定言い合いとなり、そのまま勢いに任せ家を飛び出してきた。

 里にいれば否が応でも誰かに見つかって連れ戻されるため、カナは人目を避けるように富士の樹海の奥に逃げ込み――たどり着いた場所は不思議な泉だった。

 その泉で不運にも彼女は足を滑らし、泉の中へ頭から転げ落ちてしまった。

 このまま溺れ死ぬかと思いきや、カナは何者かに救い出され、気がつけば見知らぬ場所で目を覚ましていた。

 

 星ひとつない闇の中、桜の木が咲く小島が泉の上に浮かんでおり、その木陰に一人の男が腰掛けていた。

 男は『鯉さん』と名乗り、カナに向かって親しげに話しかけくる。

 

 状況的に考えて、溺れそうになったカナを助けたのは彼なのだろうが、カナは油断なく男から距離を置く。突然このような場所、見知らぬ男に声を掛けられたのだ。カナでなくても警戒するだろう。

 ところが――

 

「―—それでね! 兄さんってば、ここ最近ずっと家に戻ってきてないんだよ!? ちょっと薄情だと思わない?」

「ハハハ……そいつは、困ったもんだな……」

 

 一刻と経たぬうちに、カナは何故かその男とすっかり打ち解けており、春明への愚痴など様々なことを話題に盛り上がっていた。

 鯉さんは不思議な人だった。 

 最初は彼のことを不審がっていたカナだったが、そんな彼女の警戒した様子にも構わず、鯉さんは気さくに話しかけてきた。

 飾ることなく接してくる彼の態度に徐々にカナの心は解きほぐされ、気がついた頃には、カナは桜の木の下で彼と友人のように楽しげに語り合うようになっていた。

 

 ぬらりくらりと――心の内側に入り込まれていた。

 

 カナは鯉さんに色々なことを話した。

 好きなこと、嫌いなこと。特技や趣味などといった他愛のない話題。

 自分の生い立ち。人間である自分が半妖の里で暮らすようになった経緯、そこでの暮らし、新しい家族のこと。

 

「―—なるほど……それでこんなところまで飛び出して来ちまったてわけかい」

「うん……」

 

 そして、その家族と喧嘩して家から飛び出して来てしまったことを、その理由などを自身の心情も含めて鯉さんに話していた。

 

「わたしは……ずっとみんなと一緒にいられればそれで幸せなのに。やっぱり、わたしが人間だから一緒にいられないのかな?」

 

 カナは半妖の里を離れたくなかった。いまさら外の世界になど行きたくなかった。

 だが、里の皆はカナが出ていくことを望んでいる。やはり自分が人間だから仲間外れにされているのかと、彼女は肩を落としていた。

 

「んなことはねぇよ……」

 

 落ち込むカナを、鯉さんは慰める。

 

「お嬢ちゃんのこと、ここまで大事に育ててくれたんだろ? そんな連中が人間だの、半妖だの。そんな小せえことにこだわるわけがねぇ。それは他でもない、嬢ちゃん自身がよくわかってんじゃねぇのかい?」

「そ、それは……」

 

 そうだ。本当はカナにもわかっていた。今日まで一緒に過ごして来た彼女には、みんながそれほど薄情な人たちではないということが。

 けれども、だからこそわからない。何故今になって里を出ていかなければならないのかが。

 う~ん、う~んと頭を悩ませるカナ。そんな彼女の疑問に鯉さんは諭すような口調で答えてくれた。

 

「まあ、でも仕方ないさ。里の連中にとってお嬢ちゃんは『希望の種』だ。いつまでも手元で持て余しているわけにもいかないんだろう……」

「わたしが……希望?」

 

 それはどういう意味だろうと、彼の発言にカナは首を傾げる。鯉さんは、静かに口を開く。

 

「……『半妖の里』。半妖たちが集まる、狭間に生きる者たちの『楽園』『理想郷』……けどな、本当は連中だって外で、もっと広い世界で生きていければと思ってるんだよ」

 

 半妖の里はいいところだ。人と妖の未来を象徴した半妖たちが集い、平和で争いのない社会を実現している。

 だが彼らとて、最初から望んで今のような社会を実現しようとしたわけではない。半妖の里で住まう大半の者たちが、最初は人間の社会で人と共に生きようと望んでいた。

 けれど、人間社会で彼らは『異物』そのもの。残念ながらいつの世も、人は自身と大きく異なるものを認めようとはせず、いつだって半妖は迫害の対象とされてきた。

 純粋な妖怪からも半端者と罵られ、居場所を追われた末に彼ら半妖たちはこの地に流れ着いてきたのだ。

 

 同じ境遇の者同士、互いに支え合うことで彼らは今のような幸せな暮らしを送っているが、今でも半妖たちは人里に憧れを抱き、人間に寄り添って生きることを夢見ている。

 世代を重ね、外の世界を知らない子や孫の代になっても、その願いが色褪せたことはない。

 

 そんな彼らの下に、彼女―—家長カナはやってきた。

 

「君は人間だが、ここでの暮らしを知っている。半妖の存在を認知した上で連中の存在を受け入れてくれた。そんな君が人里に戻ることができるってのを証明できれば、それはあいつらにとって何よりも心の励みになるんだ。いつか自分たちも……てな……」

 

 カナのように自分たちを理解してくれる人間が増えれば、半妖に対する偏見もなくなるかもしれない。

 それが淡い幻想だとわかっていながらも、そう願わずにはいられない。

 だからこそ、彼女の存在は彼らにとっての『希望』なのだ。

 

「……けどわたし、外の世界に戻ったところで何をすればいいのか、わからないよ……」

 

 カナは鯉さんの話、里のみんなの心情に理解を示しつつも、未だ躊躇うように顔を俯かせる。今さら人間社会に戻ったところでやりたいこともなく、どこに行けばいいのかもわからない。目標も目的もない状態で旅立つことなど、カナには不安でできなかった。

 

「……そうかい。なあ、嬢ちゃん。それなら俺の頼みを聞いちゃくれないか?」

「頼み……って?」

 

 そんな迷えるカナに向かって、鯉さんは何かを思いついた様子で笑みを浮かべる。人懐っこいその笑みにカナは顔を上げ、彼の頼みに耳を傾けていた。

 

「まあ、勘のいい嬢ちゃんならもうわかってると思うが……里の連中と同じで、俺も半妖なんだ」

「あっ、はい……それはなんとなく」

 

 鯉さんは自身の素性をはっきりと明言してこなかったが、あれだけ里のみんなの気持ちを我がことのように代弁していたのだ。きっと彼もそうなのだろうと、カナにも何となく察しがついていた。

 

「それでな……実は、俺には子供が一人いるんだ。無事に成長してれば、丁度嬢ちゃんくらいの年頃の男の子だ」

「へぇ、そうなんですか! 鯉さんの息子……どんな子なのかな?」

 

 既に鯉さんに対して好感を持ち始めたカナは、その同年代の彼の息子に興味を抱き、その脳裏にどんな子かと思い浮かべていた。

 すると、そんなカナの心を読むように鯉さんはカナに願い出ていた。

 

「それでどうだろう、カナちゃん? あいつと――友達になっちゃくれないか?」

「―—えっ?」

 

 思いがけない言葉に、カナは鯉さんを見る。彼は悪戯っぽい笑顔を浮かべながらも、その瞳は真剣そのものだった。

 

「あいつも俺と同じ半妖だが、人間の血の方が濃い。そのおかげで、人間社会に溶け込んで暮らすことができてる。けれど……やっぱり正体を堂々と晒すことができずに、自分が半妖であることをひた隠しに生きていると思うんだ」

 

 鯉さんは空を見上げる。星も何もない虚空の暗闇に目を向けながらも、彼は遠く人間社会に残してきた息子へと思いを馳せていた。

 

「俺はあいつのことを信じてる。どんな境遇にも負けず、強い男に育ってくれると。でも……やっぱり辛いもんがあると思うんだ。本当の自分を隠し続けなきゃいけないっての……」

「鯉さん……」

「俺は……理由があってここから離れることができねぇ。親として、あいつの成長を側で見届けることができないんだ」

 

 いったい、どのような事情を抱えているのか。悲しそうな表情の鯉さんの横顔に、思わず釘付けになりながらカナは彼の話に耳を傾ける。

 

「それで……どうだろう? こんな不甲斐ない俺の代わりに、あいつの側にいてやってくれないか?」

「えっ、わたし? わたしなんかが、そんな……どうして?」

 

 何故自分にそんな大切なことを、今日初めてあったばかりのこんな小娘に大事な息子のことを頼むのかと、カナは驚きで目を丸くする。

 

「どうしてだろうな……不思議と君になら頼める。そんな気がするんだ……」

 

 カナの問いかけに理由などないと、鯉さんは片目をウインクする。

 

「だからカナちゃん。君さえよければでいい。あいつの友達になるためにも、もう一度外の世界に足を踏み入れちゃくれねぇかい?」

「あっ――」

 

 カナはハッとなる。一見すると無茶な頼みに聞こえるかもしれないが、幼いながらにも理解できた。鯉さんの意図が――。

 彼は、目的もなく外の世界に飛び出すことを恐れるカナのために、一つの指針を示してくれたのだ。

 カナに外の世界に触れる、きっかけを与えようとしてくれているのだ。

 

「ま、無理にとは言わねぇが……」

「―———————わかった」

 

 鯉さんの意図を受け取り、カナは僅かに迷った末にそう返答していた。

 

「わたし、その子と友達になりたい! そのために、外の世界に出てみるよ!」

 

 本当はカナにもわかっていた。自分は里から旅立たなくてはならないと。必要なのはきっかけだったのだ。何のために外の世界に行くのか、その理由が欲しかった。

 鯉さんのおかげでその目的ができた今、恐怖はだいぶ薄らいだ。やっぱり寂しい気持ちは残るが、それでもようやく一歩を踏み出す決心がついた。

 

「……そうか。ありがとな、カナちゃん……」

 

 鯉さんはカナに頭を下げて礼を述べる。

 すると、そのタイミングを見計らったかのように、不意に暗い世界に一筋の光が差し込む。

 まるでカナが決断するのを、待っていたかのように。

 

「どうやら、お別れの時間のようだ。ほら、もう行きな。あの光に向かっていけば外に出られるだろう……多分な」

「はい……あの、もう会えないんでしょうか?」

 

 鯉さんに言われ、光の当たる方へ足を向けようとしたカナだったが、名残惜し気に彼女は鯉さんに目を向ける。

 

 ここで別れれば、きっともう出会うことはない。カナはなんとなくそれを理解していた。

 この出会いは何かの間違いのような奇跡だと。本来であれば、カナはここに来るべきではなかったし、鯉さんも姿を見せるべき存在ではなかった。

 

「ああ、さよならだ! もう二度と、会うこともないだろうさ」

「……そう、ですか」

 

 寂しげなカナとは反対に、鯉さんは笑顔でカナを見送った。

 若い希望の種である彼女を送り出せる。その喜びを噛みしめるように。

 

「はい……それじゃ。あの、色々とありがとうございました!」

 

 最後にカナは深々と頭を下げ、鯉さんに感謝を示した。そして、さよならの寂しさを振り払うかのように光に向かって駆け出していく。

 しかしふと、肝心なことを聞き忘れていたのを思い出し、彼女はその足を止める。

 

「あっ、名前……鯉さん! その子の名前、まだ聞いてな――」

 

 その男の子の名前を、まだ聞いていなかった。

 最後にしっかりとその名を心に刻みつけておこうと思い、カナは鯉さんの方を振り返る。

 だが、彼女が振り返ったときには、もうそこには何もなかった。

 

 泉に浮かぶ小島も桜も、鯉さんも。全てが幻のように消え失せていた。

 

 

 

×

 

 

 

「―—い、おき――」

「う、う~ん?」

「起きろって、言ってんだろうがぁ!」

「痛っ! 何するの……って、アレ? こ、ここは?」

 

 何者かに頭を叩かれカナは目を覚ました。気が付けば元いた場所―—彼女は森に囲まれた泉へと戻っていた。

 すぐ側では、不機嫌そうに眉を顰めた春明がカナの顔を覗き込んでいる。

 

「やっと起きたか。こんなところで眠りこけやがって……風邪ひいても知らねぇぞ」

「あ、あれ……お兄ちゃん? 鯉さんは……?」

 目を擦りながらカナは周囲をキョロキョロと見渡し、春明に鯉さんの所在を確かめる。

 

「あっ、鯉だぁ? 鯉どころか、生き物一匹、泳いじゃいねぇよ」

 

 春明は鯉という言葉に、魚の方を連想したらしい。泉の方へと目を向けながら、カナの言葉を否定する。カナも視線を向けてみたが、そこには確かに魚はおろか、生き物一匹泳いでいなかった。

 溺れる前――カナが見かけたと思った人影も、何もいない。

 

「夢…………いや……違う」

 

 一瞬、あれは何もかも夢だったのではと自身の体験を疑うカナであったが、鯉さんとのやり取りをちゃんと覚えている。最後の質問にこそ答えてもらえなかったが、確かにあれは幻なんかではなかったと。

 

「まったく……こんなところまで逃げ込みやがって……捜すのに苦労したぞ……」

「え、あ、う、うん……ごめんなさい。でも、お兄ちゃんも捜しに来てくれたんだ!」

 

 やれやれと悪態をつく春明に素直に謝るカナだったが、いつも素っ気ない春明が自分を捜しに来てくれたことに若干の喜びを噛みしめる。すると、春明はそっぽを向いてぶっきらぼうに呟く。

 

「親父に駆り出されたんだよ。お前も引きこもってないで手伝えってな……」

「ふふ、ありがとう。けど、よくここがわかったね?」

 

 そんな彼の仕草を微笑ましく思いながらも、カナは純粋に疑問だったのでそのようなことを尋ねていた。

 ここは富士の樹海の奥。森の木々に囲まれた秘境で、カナのように空を飛べなければ早々に辿り着ける場所でもない。この短時間でどのようにカナの居場所を探り当てたのだろう。

 

「ああ、それな。大したことはねぇ。『森』に聞いたんだよ」

「森に……聞いた?」

 

 何やら春明の口から似合いもしないメルヘンな響きを聞いた気がしたが、カナの反応に春明は珍しく得意げな様子で胸を張る。

 

「ふん、いいだろう。丁度いい機会だ。お前に見せといてやるよ、俺の研究成果を――」

 

 そう言いながら、彼は近くで生い茂っていた木々の一つに手を当て、精神を集中させるように目を瞑る。

 

「……木々よ。五行の法則に従い、我が意に応じよ――陰陽術『木霊』」

 

 春明がそのように呟いた、次の瞬間―—行く手を遮るように生い茂っていた木立が一斉に騒めく。生き物のようにその幹を揺り動かし、春明の眼前に一つの道を形成するため、木々たちが自分から退いた。

 まるで整備された道路、街路樹のように整った帰り道が突如として目の前に現れ、カナは目を輝かせる。

 

「すごい! 何これ! 魔法!?」

「魔法じゃなぇ……陰陽術だ。陰陽術『木霊』―—まっ、見ての通り、植物を操る術だな」

 

 カナの言葉に訂正を入れながら、春明はそのように語る。どうやら彼がここ数週間引きこもっていたのは、この術を完成させるためだったらしい。ずっと家に帰らず、春菜たちに心配かけていた彼の今日までの素行に呆れつつも、カナはその『成果』を褒め称えていた。

 

「すごいね! わたしの居場所も、このおんみょうじゅつ……ってやつで、植物さんたちに聞いてくれたの?」

「まあな。色々と応用が利く便利な能力だよ……っと、いつまでもだべってるわけにもいかなぇ。とっとと帰るぞ」

 

 カナの称賛に気を良くした春明だったが、すぐにいつもどおりの不機嫌そうな顔つきに戻り、開いた帰り道を一人先行していく。だがカナは、そんな彼の服の袖を掴んでその歩みを止めていた。

 

「? なんだよ……」

「あのさ……手、繋いでもいい? はぐれないように……ねっ?」

 

 恥ずかしそうに上目遣いでそのようなことを頼むカナの健気な様子に、春明は思いっきり顔を歪める。

 

「いきなりどうした、気持ち悪い。別に迷いやしねぇよ。道なりに進んで行けば、すぐ里に戻れる」

 

 けっこう酷いことを言いながら、カナの申し出を拒否しようとした春明。だが続くカナの言葉に、彼は立ち止まって目を見開いていた。

 

「い、いいじゃん! も、もうすぐ……お別れすることに、なるんだから……」

「―———————ほう……決心が着いたのか?」

 

 カナが里を出て行くという話は春明も耳にしている。そのことで春菜たちと喧嘩をして、カナが飛び出していったということも。てっきり、まだタダをこねるかと思っていただけに、春明は感心する。

 

「お前、それが嫌だから飛び出したんじゃなかったのか? どういう心境の変化だ?」

「うん……わたしも、いつまでも立ち止まってるわけにはいかないって気づいたし。それに――約束したから」

「約束だぁ? なんだそりゃ?」

 

 カナの言葉に春明は詳細を説明するよう求める。だが、カナ自身もどう説明していいかわからないようで、どうにも要領の得られる答えは返ってこなかった。ただ、服の袖を掴む力だけは強くなっていく。

 春明は溜息を吐きつつも、スッと、カナに手を差し伸べる。

 

「―———————しょうがねぇな……ほれ。とっとと帰るぞ」

「う、うん!!」

 

 差し出された手をしっかりと握り、カナは春明と共に泉を後にしていく。

 不器用にも繋がれた互いの手。連れ立って歩く姿は、まさに本当の兄妹のようであった。

 

 

 

×

 

 

 

「―—ん? おおー春明だ! 春明とカナが返って来たぞ!!」

 

 日が薄っすらと昇り始めた、半妖の里。

 なかなか見つからないカナを捜索する為、里のものたちが大規模な捜索隊を編成しようとしていた頃合いに、カナを連れ立って春明が戻って来た。村人たちは我先にと、カナの下へと駆け寄っていく。

 

「ああ、よかった、見つかって!」 

「どこにいってたんだ? 随分と捜したんだよ?」

 

 口々にカナに声を掛け、皆が彼女の無事を案じていた。

 

「ご、ごめんなさい……心配かけてしまって……」

 

 カナは彼らが自分を心配してくれていることを嬉しく思った。それと同時に、やはり寂しさもこみ上げてくる。 彼らと離れ離れになりたくないと、再びこの地に留まりたいという未練がこみ上げてくる。だが――

 

「ちょっと、済まない。通してくれ!!」

「カナっ!!」

 

 カナを取り囲む輪を押しのけるようにして、春菜とその夫が彼女の下へと駆け寄ってきた。春菜はカナの姿を目に止めるや、真っすぐに彼女を抱きしめていた。

 

「は、春菜さん……」

「ごめんなさい。ごめんね……カナ……」

 

 急な抱擁に戸惑うカナだが、春菜は構わず強く抱きしめ、涙ながらに謝罪の言葉を口にする。

 ずっと後悔していたのだろう。カナを叩いてしまったことを。ずっと懺悔しながら、カナの身を心配してあちこちを駆けずり回っていたのだろう。衣服のところどころを土と泥で汚し、体にもいくつかの擦り傷があった。

 

「ううん……わたしこそ。みんなの気持ちも考えず酷いこと言って、ごめんなさい……」

 

 カナは、そこまで必死になって自分を捜してくれる春菜に感謝を抱き、先ほどの無神経な自身の発言を謝った。 そして、カナは改めて告げる。春菜に、ここに集まったみんなに、自身の決意を――。

 

「わたしも、決心が着いたよ……。みんながどれだけわたしのことを想ってくれてたのか、分かったんだ」

「カナ、あなた……」

 

 思わずカナの瞳を覗き込む春菜。

 そこには寂しそうに涙で潤む瞳こそあれど、自身の決断を躊躇うような揺らぎは感じられなかった。

 

「―—わたし、この里を出る……外の世界に、行くよ!」

 

 はっきりと断言するカナ。そんな彼女の決意に、半妖の里の皆が各々反応を見せる。

 

「おお! そうか、とうとう!」

「寂しくなるな……ほんとうに……ぐすっ」

「おいおい泣くな! これも、カナちゃんのためだ……」

 

 概ねカナの決断に好意的な反応を見せる一方、やはり寂しさを堪えきれないのか、暗い表情を見せる者も大勢いた。しかし、名残惜し気な様子もそこそこに、彼らはさっそく次の問題に入る。

 

「なら、色々と準備をしないとな。必要なものを揃えないと。何か欲しいものはないかい?」

「住まいはどうする? なんだったら、近場でも構わないんだぞ? 学校が休みの日にでも、すぐに遊びに来れるようになっ!」

「おいおい……気持ちはわかるが、それじゃあ意味がないだろ」

 

 里の衆はこぞってカナに詰め寄り、彼女の希望を聞いてくる。

 寂しさを紛らわすようにワイワイと陽気に騒ぐ彼らに、カナは一つだけ――たった一つだけ、自身の希望を口にする。

 

「ほ、欲しいものとかはまだ思いつかないけど、行きたい場所ならあるんだ……」

「へぇ~、どこだい? 出来る限り希望には答えるつもりだが……」

 

 カナの気になる発言に、皆を代表するように村長が問いかける。

 誰もが彼女の言葉を待つ中、静かにカナは口を開いていた。

 

「―—浮世絵町」

『―—っ!?』

 

 カナの行きたいと言った場所に、皆が戸惑いその場がシーンと静まり返った。カナを囲んでいた人の輪から離れるように立っていた春明ですら、ピクリと眉を吊り上げていた。

 

 彼らがそのような反応をするのは無理もない。彼女が口にした場所は――カナにとって因縁めいた土地。

 浮世絵町――それはかつて、家長カナが亡くなった両親と共に住んでいた町の名前。

 実の両親との幸福だった過去を思い出してしまう――ある意味で住むのを避けるべき場所だった。

 

 だがそれでも、カナは拳を固く握りしめて皆に決意を口にしていた。

 

 

「私はあの町に、浮世絵町に行くよ。そこに会いたい子がいる――守らないといけない、約束があるんだ」

 

 

 

 

 

 

 




補足説明 
 カナと鯉さんの関係について。
  感想欄での呟きに答える形で書かせてもらいますが、カナと鯉さんの二人は初対面という感じで書かせてもらっています。昔、お互いに浮世絵町に住んでいた頃、ひょっとしたらすれ違ったりしているかもしれませんが、これといって互いに面識もなく、誰かから話を聞いていたとしても忘れていると思います。

 
 ちょっと仕事の方でゴタゴタがありまして、暫く落ち着くまで更新は控えたいと思います。二月中には解決すると思いますが、申し訳ありません。

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