家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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 ゲゲゲの鬼太郎。二年目決定に心躍るのも束の間、47話の展開……マジで衝撃的だった!! このモヤモヤ感……次回が待ちきれん! 早く、早く続きを!!
 
 と、こちらの話はようやく追想編も終わりに近づいてきました。
 今回の過去語りが最後のまとまりです。後何話続くかは未定ですが、こちらの方も是非最後まで見届けて下さい。
 
 それでは――どうぞ!!


第三十九幕 家長カナの過去 その⑧

 二月下旬。

 冬の寒さが残る中、春の訪れを心待ちにする季節。小学校に通う子供たちは厳しい冬を耐え忍びながら、残り少ない学期末の学校へと通う。

 ここ、浮世絵小学校でも子供たちは自前で防寒服を着込み、ストーブによって温められている教室まで急いで駆け込むことで寒さをしのいでいた。

 

「あ~あったかい……やっぱり、外が一番寒いや。ねぇ、リクオくん!」

「そうだね、カナちゃん。あっ、眼鏡曇っちゃった……」

 

 そんな温められてた教室内に、ランドセルを背負った男女が仲良く揃って登校して来た。

 

 家長カナと奴良リクオの二人である。

 

 二人は幼馴染であり、乗車駅こそ違うが同じ通学バス、そしてここ数年間ずっと同じクラスであったということもあってか、毎日のように一緒に登下校を共にしてきた。

 その仲のよさに悪戯心の溢れる同級生たちから、『付き合ってる』だの『夫婦』だのとからかわれることも多いが、少なくとも現時点で本人たちにそのような感情はない。

 あくまでもただの幼馴染、大切な友達である。

  

「あっ、その眼鏡……一応レンズはついてるんだ」

 

 カナは寒暖差によって曇った眼鏡のレンズをクロスでふき取るリクオに、いまさらのように呟く。

 

 リクオが眼鏡をかけるようになったのは四年前。『妖怪くん』とクラスメイトたちから馬鹿にされるようになって、暫く経ってからだ。

 あの頃のリクオは今よりも活発で年相応の無邪気さを持ち合わせていた。自分の祖父は妖怪の総大将『ぬらりひょん』であると公言したり、自分はその孫だからみんなより足が速いと自慢したりなど。

 だが、妖怪という存在が人々にどのように思われているのか、それを知って以降彼は少しずつ変わっていった。

 

 大っぴらに妖怪の存在を語ることを止めたり、目立つ行動を控えたり、人の頼みを積極的に受けたりなど。眼鏡をかけているのもその一環らしい。なるべく真面目な『人間』の模範生に見えるようにと、視力が良いにもかかわらずかけている。

 カナはてっきり伊達メガネかと思っていたのだが、度が入っていなくてもレンズはついているらしい。

 別になくても生活には困らないそれを律儀に整備するリクオを見ながら、彼女は苦笑を溢していた。

 

「それにしても今年は冷え込むね。ほら、まだ校庭に雪も残ってるよ」

 

 カナは教室の窓から見える校庭の景色を見下ろしながら呟く。

 

 東京に雪が降る確率は地方に比べればそう高くない。平均すれば二月頃に振る可能性が高いが、まったく振らない年も珍しくない。それ故、多少の雪で交通の乱れや電車の遅れなどが発生し、首都圏は混乱に陥りやすい。

 もともと雪が降ることを前提に道路なども設計されていないため、雪の多い地域に住む人々からすれば笑ってしまうようなレベルのちょっとした積雪でもそうなるのだ。今年は特に稀に見る大雪であったため、働く大人たちはさぞ大変だっただろう。

 

 だが、そんなことは今この瞬間を生きる子供たちにとっては関係のないこと。「雪だ! 雪だ!」と無邪気にはしゃぎまわり、雪だるま、かまくらなどを作って、今年の冬は大いに盛り上がった。

 

「リクオくん! せっかくだから今日の昼休みは校庭で遊ばない? 雪合戦しようよ!」

 

 そうやって、はしゃぎ回った際の名残がまだ残っているのだろう。カナは早くも昼休みの予定を立て、それにリクオを誘っていた。

 

「ええ~? こんなに寒いのに? 今日はテストもあるし、予習したかったんだけど……」

 

 その誘いに乗る気ではないリクオ。昼休みは午後のテスト対策のために時間を使いたいと、優等生なことを言って彼女の誘いを断ろうとした。そんなつれない幼馴染の反応にカナは口を尖らせる。

 

「いいじゃない、そんなテストのことなんか! それに……」

 

 そして、寂しそうな瞳で校庭を見下ろしながら、彼女はさらに呟いた。

 

「——それに……もうすぐこの校舎ともお別れなんだら、今のうちにいっぱい想い出、作っておきたいなって……」 

「あ、そっか…………うん、そうだよね……わかったよ」

 

 カナのその寂しさに同意するように、彼女の隣でリクオも今年で最後の校庭を見下ろしていた。

 

 

 

 

 カナとリクオの二人はもう六年生だ。

 それは今年でこの浮世絵小学校と別れること——卒業を意味していた。

 

 別に小学校を卒業したからといって、転校するわけではない。彼らが通うことになっている予定の浮世絵中学は、同区内にある同じ名前を冠した中学校だ。カナもリクオも、他の見知ったクラスメイトたちも、大半は揃ってその中学校に通う。劇的な変化など起こりよう筈もない。

 しかし、それを理解していても寂しい気持ちがある。それに何人かの顔見知りはこれを機に別の学校に行くらしく、少なくとも毎日のように通い、長年慣れ親しんだこの小学校とは確実にお別れとなるのだ。

 また、中学生になるという新しい新生活に対する不安や興奮もあってか、カナは年甲斐もなく浮足立っていた。

 

 上級生としての面子や責任感など放り投げ、下級生の輪に混じって彼女は小学校最後の冬を楽しんでいた。

 

 

 

×

 

 

 

 夕暮れ時。日が落ちるのも日に日に遅くなってくる頃合い。

 とある一軒のアパートの前にて、家長カナは真剣な表情で一振りの槍を手に、同じくらいの流さの錫杖を手にしている青年と向かい合っていた。

  

「……行くよ、ハク! 今日こそ一本、取って見せるから!」

「ふっ、いいだろう。来なさい!」

 

 カナは青年姿の木の葉天狗——ハクに向かって果敢に宣言し、槍を振り回す。ハクは遠慮なく繰り出されるカナの槍の連撃を防ぐため、守りに徹していく。

 

 カナとハクが同じアパートに暮らすようになってから。ハクはたびたびカナと立ち会い、彼女に稽古をつけるのが習慣となっていた。

 このようなことをするようになったきっかけは四年前——カナの乗るバスが『ガゴゼ』という奴良組の妖怪に襲われてからだ。

 

 それはガゴゼが同じバスに乗る筈だった奴良組の跡継ぎ、奴良リクオの命を狙ったことがきっかけとなって起きた事件だった。

 その事件をきっかけに、ハクはカナを危険から遠ざけようとリクオの正体―—彼が奴良組の跡継ぎであること、彼が四分の一が妖怪であること、『半妖』である事実を教えてしまった。彼に近づき過ぎるのは危険だという、警告の意味も含めて。

 

 ところが、教えられた当人は少し衝撃を受けていたようだが、寧ろ以前より積極的にカナはリクオに絡むようになった。そして何を思ったのかある日突然、「ハク……ちょっと稽古つけて貰いたいんだけど」と、彼女の方からそのような申し出をしてきた。

 

 ハクとしては、カナに稽古をつけることは賛成だった。妖怪が蔓延るこの浮世絵町でやっていくにあたり、自衛の手段はあった方がいい。だが彼女はその力でリクオを護るつもりでいるようで、「戦う力のないリクオくんを……私が護るんだ!」と言ってリクオの側を離れようとはしなかった。

 

 ちなみに——カナはガゴゼを倒した髪の長い少年『彼』がリクオだという事実には気が付いていない。

 ハクは独自に情報収集することでその事実を知ることができたが、カナに教えてはいない。果たしてカナがその真実に辿り着くのは、いつになることやら。

 

 

 

 

「——残念時間切れ。今日はここまでだ」

「はぁはぁ……駄目か。今日も一本も取れなかった……」 

 

 そうこうしているうち、夕食の時間が差し迫っていたのでハクは稽古の終わりを告げる。結局、今日もハクから一本も取ることができず、悔しそうに息を吐きながらカナは槍を下げた。

 

 ちなみに、少し前までは人目がつかない、それこそ廃ビルや裏山で秘密裏に稽古をつけてもらっていたカナだが、現在彼女たちは堂々とアパートの目の前で手合わせを繰り返している。

 少女が槍を持った姿や男が錫杖を武器として振るう光景。普通なら警察に通報されて然るべきものだが、何故かそうはなっていない。二人が稽古してる間は誰もアパートには近づかず、そもそも人が寄り付かないようになっていた。

 それを可能としていたのが——

 

『おい、春明……稽古終わったみたいだぞ。人払い、解いてもいいんじゃねぇの?』

「ん……………あっそう……わかったわ」

 

 去年、新しくこのアパートに入居してきた住人——『少年陰陽師』の存在であった。

 アパートの屋外階段に腰掛けながら読書していたその少年は、片方の手に持った『狐のお面』に言われ、アパートを中心に張り巡らせていた人払いの結界の効果を弱める。

 

 土御門春明、狐のお面こと面霊気のコンである。

 

 二人は去年の夏休み明け。カナと同じように半妖の里を旅立ち、この浮世絵町にやって来た。放っておけば資料小屋にでもずっと引きこもっているような春明が、何故わざわざこの町に来たのか。

 

 それは半妖の里の者たちの総意によるもの。彼もまたカナと同じように、希望の種であるからに他ならない。

 

 彼は半妖の里の中でも妖怪の血が薄く、かなり人間に近い性質をもっと生まれてきた。そのため、彼ならばあるいは人の世に溶け込み、自分たちの失われかけていた願い。『いつか人里に戻る』という夢を叶えてくれるのではないかと、期待をかけられていた。

 里の者たちがこのような考えを抱いたのは、ひとえにカナの存在が大きかったのだろう。彼女を世に送り出すこと数年、定期的にハクから送られてくるカナの近況にもこれといった問題がないことがわかった。

 

 ならば、春明ならどうなるだろう? と、考えるようになった。 

 

 生い立ち、性格面からいって若干の不安はあったものの、カナの後を追わせる形で春明を世に送り出したのだ。

 

『しっかし……人間の世界って便利だよな。この時間になっても、まだこんなに明るいなんてよ~』

「……まあ、ロウソク消費しないで本が読めんのは、正直ありがたいな」

 

 徐々に暗くなっていく空を眺めながら、春明と共に人間社会に降り立った面霊気が呟く。

 初めの頃、半妖の里とあまりにもかけ離れた生活に面食らった両者だが、今ではすっかり人間社会の便利さに適応していた。

 火を使わずにスイッチ一つで部屋を明るくでき、川から水を汲む必要もなく蛇口を捻ればすぐ水が出る。

 これには色々とめんどくさがり、里を離れたがらなかった春明もご機嫌だった。すっかり文明の利器に慣れ親しみ、日々自堕落な生活を謳歌している。

 先に住んでいたアパートの住人たちも人払いで追い払い、開いた部屋に里から持ってきた大量の資料を詰め込み、そのほとんどを私物化。

 既に、自分が引きこもる新しい『城』を構築し始めている。

 今は大人しく浮世絵中学の一年として学校に通っているものの、この状態が続けばいつかは不登校児となり外にも出歩かなくなるかもしれない。カナの保護者であると同時に、一応春明の保護者でもあるハクは常に頭を抱えていた。

 

「おい、春明!」

「あん? んだよ……」

 

 カナが体を休める為自室に入っていくのを見届けた後、彼はアパートの外廊下で「ぐで~」と脱力気味の春明に声を掛ける。

 

「そろそろ……お前には話しておかなくてはならないことがある」

「……………いつもの口うるさい説教、ってわけじゃなさそうだな」

 

 いつもなら、ここで定期的に飛んでくる有難い説教に聞く耳を持たない春明であったが、いつになく真剣なハクの表情に、とりあえず話を聞くため読んでいた本をバタンと閉じる。

 

 このとき、ハクの口から語られた話を真面目に聞いたことを、今でも春明は後悔している。

 

 

「今年で彼女は十三歳の誕生日を迎える。そうすれば、私は————」

 

 

 

×

 

 

 

「カナ、夕食できたぞ!」

「は~い……あれ?」

 

 その日の夕食。カナはハクの部屋で夕食を食べるため彼の部屋を訪れていた。数年もの間、共に暮らしてきたことでカナはすっかりとハクに慣れ親しんでいるようだった。

 

「ハク? 今日、兄さんは?」

 

 部屋に春明がいないことに、彼女は疑問符を浮かべる。最近はここに春明がおり、夕食は三人で取るのが習慣となっていたのだが、そこに春明の姿はなく食事も二人分しか用意されていない。

 

「あいつは……自分の部屋で食べるそうだ。色々と考えたいことがあると言っていたな」

「ふ~ん……まっ、いっか! じゃあ、いただきます!!」

 

 ハクの返答にカナは特に気にする様子もなく、食事に箸を付けていく。

 

「う~ん、やっぱりハクがつくるご飯は美味しいね! 私じゃあ、こうは上手く作れないよ」

 

 ハクの作る料理に顔を綻ばせるカナ。浮世絵町に来てから何度か外食なるものをしたこともあったが、やはりご飯はハクのが一番美味しいと、彼の料理の腕を褒め称える。

 

「そうでもないさ。君もここ数年でかなり上達した。そろそろ追い抜かれてもおかしくはない、かな?」

 

 カナの誉め言葉にハクは自然とそう切り返す。今まで彼女の料理を作りながらも、ハクはカナに一から家事を教えてきた。その中でも料理の腕前は舌を巻くほどの成長ぶりだ。今日はハクが夕食を作ったが、既に食事作りは当番制でハクとカナが交互に作っている。(勿論、春明は何も作らない)

 砂糖と塩を間違えていた頃のポンコツぶりを思い出し、その成長ぶりにハクは内心で喜びながら黙々と食事を続けていく。

 

 

 

 

 

「——なあ、カナ……」

 

 そうして食事も終わり、ハクは台所で食器を片付けている。その間、カナはすぐには自室に戻ろうとせずリラックスした姿勢でテレビを見ていた。

 

「ん~、なに~?」

 

 昔であれば二人っきりの居心地悪さに、食事が済めばそそくさと自分の部屋に戻っていたが、今や家族同然の二人の距離感。カナは特に身構えることもなく、テレビを見ながらハクの話に耳を傾けている。

 

「その、なんだ……。君の今後の進路についてなんだが……」

「……進路ぉ~?」

 

 ほんの少し、言いにくそうに話を切り出してくるハク。そのらしくない様子に僅かな違和感を覚えつつ、カナは未だにテレビから目を離さないでいる。

 しかし、次にハクが持ち出した話の内容に、流石の彼女も目を見開く。

 

「浮世絵中学に行くの……今からでも考え直さないか?」

「————は?」

 

 ハクの言っている言葉の意味が分からず、思わず間の抜けた声で答えるカナ。それにも構わず、ハクは続けた。

 

「別に、浮世絵小学校に通っていたからといって同じ地区の中学に通う必要はないんだ。君の学力なら、もっと上のレベルの中学に行ける筈だ。そうすれば将来的にも選択肢が増え——」

 

 どうやら、カナが浮世絵中学に通うことを遠回しに反対しているようだ。浮世絵町に住んでいるからといって、そのまま同区内の中学に進学する必要はないと。カナの将来のことを考え、もっといい中学に入らないかと彼女に提案する。

 だが——その話の肝が単純な進路の問題ではないということをカナは理解していた。

 

「——またその話? ……いい加減にしてよ!」

 

 カナはテレビの電源を落としながら、苛立ち気味にハクの言葉を遮る。

 

「そんなに、私とリクオくんが一緒にいるのが気に入らないの? 私からリクオくんを遠ざけたいの?」

「…………」

 

 カナの核心をついた問いに。ハクは押し黙るしかなかった。

 つまるところ、学力のいい中学に通わせたいというのは建前でしかない。ハクは単純にカナがリクオと一緒の学校に通う現状をどうにかしたいと考えていたのだ。

 

 カナにとって確かにリクオは大切な友達なのだろう。それは認めている。

 だが同時に、リクオはカナへの危険を高めている非常に厄介な要因であることも間違いない。実際、ガゴゼに襲われたりと前例もあるのだ。

 今後、よりリクオと親しくなり、彼の側にいるようなことがあれば、さらなる危険がカナに被害を加えるかもしれない。それは人間として生きていくためにと、彼女を人の世に送り出した半妖の里の総意にも反すること。

 だからこそ、ハクは自身が憎まれ役を買ってでも、しつこいくらいに別の学校への進学を進めていた。

 カナもそんなハクの意図を理解し、それに反発するように声を荒げていた。

 

「私はリクオくんの側を離れるつもりはないから! 前に言ったよね? 私はリクオくんのおかげで、もう一度この浮世絵町で生きていく決心がつけられたって」

 

 リクオが自分の存在を忘れないでいてくれたから、カナは自分の生存を心の底から認めることができた。それは既にハクにも話していたことだ。

 

「それに、妖怪に襲われたってもう遅れはとらないから。そのために、こうやって稽古を付けてもらってるんじゃない! たとえ、ガゴゼみたいな妖怪が襲ってきても、今なら返り討ちにできるもん!」

 

 加えて、今の自分は昔とは違うとカナは言う。ハクに稽古を付けてもらいすっかり自信がついたのか、自分の身くらい自分で護れると、懐の護符から槍を顕現しそれを振り回しながら彼女は豪語する。

 だがそんな自信満々なカナの姿に、ハクは逆に危機感を抱いた。

 

「君は……妖怪の恐ろしさを甘く見てないか?」

 

 ハクは先ほどまでの相手の顔色を窺うような態度とは違い、冷たい視線をカナに向ける。

 

「確かに君は強くなった。だが、それはあくまで人間の範囲でだ。妖怪は人間よりも経験が豊富だ……力も、狡猾さも。人間などとは比べようもなく巨大だ。そんな付け焼刃など……」

「————」

 

 自分が自信をもって身に付けた力を「付け焼刃」などと評され、流石にカナはカチンとなった。

 

「そ、そんな言い方ないと思うけど! 私だって、しっかり強くなってるんだから!!」 

「それが自惚れだと言っているんだ! 実際、君は未だに私から一本も取れてないじゃないか!」

「それは——!」

 

 そこから先は泥沼だった。互いに相手の言い分に聞く耳を待たず、自分の言いたいことだけを主張するばかり、春明が人払いでご近所さんを追い出していなければ、間違いなく誰か怒鳴りこんできただろう。

 三十分くらい言い争いは続き、とうとうカナが一際大きな声を張り上げる。

 

「とにかく!! 私は浮世絵中学に通うし、これからもリクオくんと一緒にいるから。べぇーだ!」

 

 去り際にあっかんべーをし、そのまま苛立ちげな足取りでハクの部屋を後にするカナ。一人静寂の中に取り残されハクは、自嘲気味に溜息を吐き、口元を吊り上げる。

 

「……ままならないものだな。春菜さん……」

 

 半妖の里でカナの親代わりであった春菜の苦労を実感する。親が子供に言い聞かせるのはここまで難しいものかと、子育ての苦労の一部を今更ながらに理解する。

 

「しかし——もう嫌われようと憎まれようと……どちらでも構わないさ」

 

 そう呟くと、ハクは一度緩めた気をもう一度張り直し、冷静な瞳でカナの去った玄関を見つめる。

 その瞳の中に、一抹の寂しさを宿しながら。 

 

「どうせ、もうすぐ彼女ともお別れなのだ……それまでに、後顧の憂いは断っておかなければ……」

 

 

 

×

 

 

 

 東京のとある山中。木々が乱雑に生い茂る森の奥に、その廃寺はひっそりと存在していた。外装も内装もボロボロ。既に訪れてくれる人間もいなくなって久しく、その地を守護する土地神も信仰を失い消え去った。

 ネズミや昆虫、建物の中にまで侵食する植物たちの住処となった廃墟。そんな人々が寄り付かなくなった廃寺に――以前より、その者たちは潜伏していた。

 

「——ちっ、今日もまともな食事はネズミだけかよ……久しぶりに人間の餓鬼の肉が喰いたいぜ」

 

 ぽろぽろの布切れを纏った人型の何かが、ネズミを捕まえ、そのままかぶりついている。遠目から見れば人間のように見えなくもないが、よくよく見ればその顔には生気がなく、異形な者たちであることが一目で理解できる。

 

 彼らは元奴良組系列『ガゴゼ会』の生き残りである。

 

 奴良組三代目の座を狙い、奴良リクオの抹殺を企んだガゴゼは粛清された。しかし、そのガゴゼ会の組員。ガゴゼ配下の屍妖怪たちの何名かがこうして生き残っていたのだ。

 ガゴゼは元々、寺に埋葬された男が妖怪となったもの。それと近しい由来を持つ配下も寺の空気を好むものらしく、彼らはこうして土地神すらいなくなった廃寺に隠れ潜んでいた。

 

「我慢しろよ……今も奴良組の連中は俺たちを捜してるんだ。そうそう下手な真似はできねえぜ」

 

 しかし、幸運に奴良組の追跡を逃れた彼らだが、その暮らしは惨めなものであった。

 いつ見つかるかも分からない恐怖に怯え、気軽に外を出歩くことも出来ない。奴良組の方も、残党がいることを把握しているのだろう。時々彼らの潜伏先を嗅ぎつけ追っ手を放ってくるため、思いきって人間を襲うこともできない。

 日々の飢えをネズミや昆虫、木の根を食んで凌ぐ毎日。そんな惨めな生活に耐え切れず、欲望に負けて外に出向いて子供を襲った者たちが何人かいた。だがその者たちは全員、帰らぬ人となった。おそらく奴良組に見つかり、一人残らず始末されたのだろう。

 当初は数十人といた生き残りも、今や片手で数えるほどになってしまっている。

 

「ああ、くそっ!! いつまでこんな生活が続くんだよ!! 畜生めぇ!!」

「よせよ……騒いだところで、いまさら、どうにもならねぇだろうが……」

 

 最後の生き残りのうちの一人がぎゃあぎゃあと喚き散らす。他の仲間たちは達観した様子、諦めきった冷めた瞳で騒ぐ仲間の見苦しい姿を見つめていた。

 もはや彼らの逃亡生活も限界を向かえようとしていた。騒いでいる男一人以外、他の者らは既に怒る気力すら湧いてこない。すぐ側で徘徊する食糧であるネズミにすら見向きもしない。

 奴良リクオの抹殺に失敗し、当主であるガゴゼを失った時点で彼らの命運は既に尽きていたのだ。

 後はこうして、ただ消え去るのを待つしかないのだろうと、彼らは考えることを止め、己の命が尽きるのを待つばかりだった。

 

 だが、そんな彼らの元へ——

 

「——へぇ~……こんなところに隠れてるんだね~」

 

 現状を打破するための、救いの手が差し伸べられる。

 

「だ、誰だ!?」

 

 屍妖怪たちは一斉に身構え、声がした廃寺の入口を振り返る。

 そこに立っていたのは少年だった。十代後半の端正な顔立ち。一見すると少女と見間違えないほどに中性的。その顔には微笑が浮かべられており、それがまるで天使の微笑みのように見えるほどに、美しい容姿の男の子だった。

 アイドル顔負けのその少年の笑みに、人間の女性なら黄色い声援を上げたくなるだろう。だが屍妖怪たちは別の意味でその少年の登場に興奮した。

 

「見ろ!! 人間だ! 旨そうな人間の餓鬼が向こうから飛び込んで来たぜ、ヒャッハー!」

「……久しぶりに、まともな飯にありつける……ふ、ふふふっ」

 

 久方ぶりの人間——しかも彼らが大好物とする、若々しい未成年の肉。これには苛立つ気力を失っていた者たちも一斉に目の色を変えた。

 数十日獲物にありつけていなかった肉食獣のように、決して逃がさまいと少年を取り囲み、にじり寄るケダモノたち。

 だが、異形の者に包囲網をしかれながらも少年は至って冷静だった。それどころかさらに笑みを深め、自分を襲おうとしている妖怪たちに向かって語り掛ける。

 

「おやおや……すっかり目の色変えちゃって。相当ひもじい思いをしてきたんだね。可哀相に……」

 

 今まさに自分が喰われようとしている状況で少年は相手の境遇を同情する。その余裕たっぷりな少年の態度に構わず、屍妖怪たちは口々に叫んでいた。

 

「はっ! 可哀相? そう思うんだったら、黙って喰われてくれや!」

「大人しくしてれば、すぐに楽にしてやるからさぁ!!」

 

 そして、我先にと一斉に獲物に飛び掛かる。しかし——

 

「けど、いくら空腹だからって……人間なんかに間違われるなんて、ちょっと屈辱だわ~」

 

 飛び掛かってくる妖怪たちにも構わず少年は右手をゆっくりと翳し、呟いた。

 

 

 

「これは本題に入る前に——お仕置きが必要だよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあぁぁああああああああああああああ!!」

「やめっ、やめてくれえぇぇぇえええ!!」

 

 数分後。そこには廃寺の床を這いつくばる屍妖怪たちの姿があった。彼らは一様に苦悶の表情を浮かべ、頭を抱えて地べたを転がり回っていた。

 そして彼らの食料となる筈だった少年は、それを愉快そうな表情で見下ろしている。

 

「まったく酷いなぁ~、妖気を消していたからとはいえ、ボクのことを人間と勘違いするなんて。いくら温厚なボクでも、流石に気分が悪くなっちゃうよ、えい!」

 

 と、少年はわざとらしく掛け声を上げながら翳していた右手をさらにギュッと握る。

 

「い、いぎゃあああああああ!? やめ、やめてくれぇえええええええ!!」

 

 その途端、さらに声を上げて苦しみ出す妖怪たち。その光景を客観的に見ると些か滑稽なものに見える。

 

 何故なら——傍から見る限りでは、何も特別な変化は見られないからだ。

 

 少年が宙に翳した右手を振ったり、握ったりしているだけ。別に手から冷気や炎を放出しているわけでもなし、妖怪たちが外傷を負ったりしている様子も見受けられない。 にもかかわらず、妖怪たちは苦しそうに廃寺を転がり回っている。

 

「わ、わかった! 俺たちが悪かった! だから、だからこの『煩い音』を今すぐ消してくれ!!」

 

 とうとう堪えられなくなったのか、妖怪の一人が懇願するように少年に願い出る。その謝罪の言葉に少年は満足そうに頷いた。

 

「うんうん、ちゃんと謝ってくれればいいんだよ。人間でも妖怪でも、自分の非はキチンと認めないとね」

 

 そう言いながら、少年は指揮棒を下げるように翳していた右手をそっと下ろした。

 

「! はぁ……はぁはぁ」

「お、おさまった、のか?」

 

 瞬間、妖怪たちは全く同時に苦しむのを止めた。一息付けたことに安堵しながらゆっくりと呼吸を整える。

 

「お、お前はいったい……何者だ……」

 

 苦しみから脱却した一人が、恐る恐ると少年の素性を問いかける。その問い掛けに少年は、先ほどまでと何一つ変わらない、天使のような微笑みで答える。

 

「ボク? 妖怪だよ。君たちと同じ、人間の敵さ……」

 

 だが、その微笑みに屍妖怪たちの背筋に冷たいものが走る。とてもではないが少年を最初に視界に入れた時のような食欲など湧いてこない。

 少年が自分たちに行った仕打ちと、その微笑みに彼らは『畏』を感じ始めていた。

 

「それでさ、ちょっと君たちに美味しい話を持ってきたんだけど……聞いてくれると嬉しいな~」

 

 そんな彼らの心情を置いてけぼりに、少年は自身の話を進めていく。

 その話が屍妖怪たちにとって本当に美味しい話かどうかは分からない。

 だが、それでも彼らは少年の話を聞くしかなかった。

 

 

 

 

 

 自分たちに拒否権などないのだと、先の攻防で散々に思い知らされたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足説明
 
 謎の少年
  鉄鼠の話のときに出てきた少年と同一人物です。
  名前や能力は決定済み。この回想中には正体も含めて公表していきたいです。

 
 ふぅ~……最近は中々執筆が捗らない。仕事の疲れもあるけど、やっぱり原作にないオリジナルな部分だからか、話を考えるのが難しい。とりあえず、自分のペースで頑張っていきますので、今後ともよろしくお願いします。

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